(投稿者:レナス)
淹れ点ての珈琲を景気良く飲み干し、椅子に深く腰を掛ける。
「ふぅ・・・。今回は何の問題も無く順調そのもの、と」
此処の主であるキョウコ以外は今は誰も居ないラボに彼女の独り言が響く。
ルーリエと
クロエは二人仲良くデートで外出中、というには味気ない義肢の『調整』に出掛けているだけ。
単に手足が動かせるだけならばあそこまで高性能に仕上げる必要は無い。戦争が本物かそれ以上の性能を必要したのだ。
「そう言えばコイルガンが撃てる義手を欲しがった変態も居たっけね」
結局作りはしたものの、どー考えても現代科学では発熱問題や反動制御を無視した物しか出来なかった。
依頼者が文句を垂れて来たので要らないなら帰れと言ったらしぶしぶ持ち帰り、今も偶に発注が来る所から何処かの馬鹿が使っている様だ。
因みに私は義肢専門の技術者では決してない。私の知識の中で可能なだけで、義肢は
エントリヒ帝国の専売特許である事は断言しておく。
「しかし―――」
カップを置き、天井を見上げて虚空を睨み付ける。
「なのに如何して私の所に奴を寄越す――?」
ルーリエを運搬する男達は身分や国籍を紛らわす為に一般人の服装に扮していた。
だがその統制された動きと国を象徴する癖から類推すれば容易く依頼している国が見え隠れする。
「それに"男のメード"、そしてあの症状は―――」
初めてルーリエの義肢の調整が済んだ夜。宛がったベッドで奴は発狂した。
運んで来た奴等の警告通りに義肢は外し、皮のベルトで完全に固定しての状態で。
断末魔とは、あの様な声なのだと知りたくもない体験をしてしまった。
調整の為に強力な筋弛緩剤が投与されて身体機能の高いメードとは言え暫くはまともに動けない身体で暴れた。
一体何処からそんな力を引き出し、腹の力だけでベルトを引き千切らんばかりの暴れっぷりを発揮していた。
「・・・あれはもう、人間じゃなかったね」
薬物中毒によるフラッシュバック現象、ではない。あれは"壊れていた"。
薬物をやっている人間の根底は人間だ。だからそれを超える事は無い。
「『G』、だろうね・・・」
こんなご時世だ。戦いに人生を狂わせた人間を幾人も見ている。
だが彼ほどに壊れた存在は居る筈がない。居て堪るものかっ!
その時の発狂の原因が『実験の作業音が『G』の這う音に聞こえた』というものだったのだから。
発砲。
光の尾を引いた弾丸が音速を超越して飛翔する。大気を裂き、風を押し退けて突き進む。
着弾。
目標は着弾点を基点に吹き飛び、数メートルを容易く転がり回った。
「―――」
静かにコックを引いて薬莢を排出、次弾を装填して再び構え直す。
日光で黄金色の輝く7.62mm口径の薬莢が大地へと墜落し、既に排出された多くの先人たちの仲間入りを果たす。
「―――」
そよめく風が黒い髪を撫で、紅い瞳が銃口の先の未来を見据え続ける。
既に目標は"また"立ち上がっている。幾度もの此方の狙撃をその身に受け続け、尚を立ち向かい続ける。
真っ直ぐ此方を睨みつけているのが分かる。2km以上彼方の此処を、奴は的確に捉えていた。
発砲。
必殺の弾丸が奴を抉る。
それを奴は、受け流して払い退けた。
はっきり言って異常である。クロエは新たなカートリッジを装填しながらそう思った。
既に異論を挟むのを諦めているが、それを実行する本人にとって気分の良いものでは無い。
狙撃を払い除ける反応テスト。ルーリエが選んだ"調整"である。
クロエが超遠距離からルーリエ目掛けて狙撃し、その弾丸にどれ程反応出来るかで義肢の性能を判断をしている。
幾ら有効射程ぎりぎりからで洩光ペイント弾(キョウコお手製)を用いているとはいえ、危険極まりないのは変わらない。
現に先程から直撃を受けて何度も吹き飛んでいる。身体中をペイント塗れにし、彼は再び立ち上がっているのが2km以上先から確認出来る。
「―――変な人」
同じメードありながら男であり、義肢であり、弱い。
メードであればこの程度の迫る弾丸に反応するのに訳は無い。洩光弾であれば尚更だ。
コックを引いて新たな弾丸を給弾。
「―――」
目標までの距離は2614.36m。風速南南西4.71m/s。大気圧1014.69hPa。
射撃の基礎情報は本より、自転による慣性や上昇気流の流れを視覚的に読み取る。
カチ、
耳元の添えた懐中時計が先ほどの狙撃より30回音を刻んだ。
30回目の音と同時にトリガーを引く。クロエ専用の多目的狙撃銃『FK-25』が火を噴く。
風の抵抗を受け、気圧の壁を突き進み、大地の流れを逆らい、重力回転の引力に引かれながら突き進む。
そうして到達するポイントは、ルーリエの"左脚"。
「――ふぅ」
腹這いの体勢から身体を起こし、土で汚れた個所を払う。
伸びをして持続し続けた集中力を解し、銃を背負う。
30分30秒インターバルの狙撃。クロエは計60発もの弾丸をルーリエに命中させ続けた。それも狙った四肢には確実に到達する精度で。
刻々と変化する自然条件の下でのこの成果はメードであれど驚異的である。
キョウコ技師が残骸から再生させた以前のメードとしての資質らしく、その絶対的な距離間があってこその芸当であった。
因みに今も、2km以上先の大地に転がっているルーリエの姿が細部に至るまで確認出来ている。
身体中を赤いペイント塗れにし、右手を眺めて義手の調子を確かめている様子に肩を竦めさせられる。
他にも調整を確かめる術はあるはずなのに、彼はこの手段を肯定し続けた。
その理由として相対速度が音速域の
フライと交差する際に撃墜されない反応が必要だからだという。
驚く事に彼は飛行が可能なメードであると、この時にクロエとキョウコは知った。
「・・・ホント、変な人」
何故メードは女性ばかりなのか。それは核とするエターナルコアの適合率が女性体が圧倒的に高い為だ。
況してや「G」との戦いで多くの男性が戦死し、働き手が一時的に激減したという理由も加味している。
嘗てはそれなりに居たかもしれない男性型のメードも、今では特殊な事情を覗いて皆無と言って良い。
更に言うなれば、飛行が可能なメードは
ベーエルデー連邦の専売特許。近年になって導入されたメードだけである。
男性体。
空戦メード。この二点を併せ持った存在を繋ぎ合せるのは困難だ。
故に彼を変だと断ずるに値する存在だと、クロエは思う。
「――――そんな変な人に付き合う私も、変なのかな・・・?」
そして少し本気で自身の在り方を問い掛けるクロエであった。
ついでに主人であるキョウコ技師についても――――考えるまでも無かった。
「ぶえーーーーーくしょんっ!
あ゛ー、やはり寝なかったから免疫が落ちて少し風邪でも引いたか。
それとも誰かが私の噂でもしているのかねー? どーせ碌でも無い事だろうけどさ」
注意:
当初公開されていた安全鎚様の設定からこの物語は構成されております。
助手=クロエ。義肢を作れる腕を持つアマハラ技師。等の設定は勝手に創造したものです。
キョウコ・アマハラ技師及びクロエの設定は安全鎚様の公開設定から派生させたものであると此処で申し上げます。
関連項目
最終更新:2008年09月20日 10:55