鳥籠より飛び立つ煉獄の空 Second phase

(投稿者:レナス)


外気を圧縮して取り込む。それ自体は画期的な発想である事は否めない。
しかしそれを成す為にはより緻密な設計、精確なフォルム、そして何よりも経験によって完成するものである。
このプロジェクトの主旨はジェットエンジンの開発促進、初めて行われる実践テストである。

リミッターの存在しない推力全開の機体が無事でいられると何故言えるだろうか?

航空力学に稚拙な機体構造。
空気抵抗に不十分な空気の取り入れ口であるエアインテイク。
剛性に弱い継ぎ接ぎ式の機体表面。
無理に取り付けたコンテナ群。
メードに依存した姿勢制御。

あらゆる視点から見ても不安材料を満載した機体でしかない。
墜落必至の機体はアルトメリア領西部戦線の空域へと進入を開始し始めた。
巻き添えを食らうのは人類か「G」か、それとも双方諸共となるか。

メードという奇蹟なる存在が、その行方を担っている。



知っている。風圧と加速圧の狭間で視界を黒く染まりながらも自身のこの感覚に戸惑っている。
識っている。この空の薫りを。戦いの空気を。そして何よりも"この臭い"を。

全身を這いずり回るこの感覚は何。四肢が侵食される喪失感は何。鼻にこびり付く腐敗臭は何。
神経を蹂躙するこの熱さは何。舌を舐め回す粘着質な液体の味は何。


戦域に近づくに連れて、込み上げて来るこの『記憶』は一体何だ!?


「アアア゛ァア゛ア゛ア゛アアアァ゛ァ゛――」

物理的な負荷及び機体の破損から受ける負傷により著しく摩耗している精神が明確に壊れ始めた。
それに加えて識る筈のない五感より感じ得る錯覚が拍車を駆ける。
破断と侵食に無垢である心が食われていく。狂い行く心。壊れ行く心。失われて行く心。

植え付けられていた機体を御する心すらも、その意味を儚く失せて行く。
それは気絶と医学的には言われるだろう。だがそれは永遠の目を覚ます事の無い眠りとなる。

「―――ァァァ゛・・・・・・」

肢体の力が完全に抜ける。意識は朦朧とし、完全に意識を手放すと同時に機体は漸く限界を迎える。
幸いにも既に戦線の兵士達に被害を被る地点を通過していたという事実だけが唯一、このメードの救いとなるだろう。

「――――――ぁ」

最後に捉えたもの、それは―――


目敏く此方に気が付いたフライの姿であった。





『これが実験に使うという素体か・・・何故まともな物を寄越さない?』

『どうやかこの素体の経歴によるものらしいですね。飛行経験を有している素体ならば制御能力にプラスになるのではと考えたのでしょう』

『だがこれは少し楽観過ぎないと思わんか? 見ろ、手足が無いではないか。これではメードにしても満足に動けまい』

『先方もそれを承知の上の様です。制御するのは頭であって肉体では無いので、むしろこの方が御し易いとの見方が成されています』

『体の良い使い捨てか』

『機関の方でも良い実験体として他にも細工をする手筈ですし、数が限られているので余す事なく使い切る方向の様ですよ』

『・・・・・人の創造の領域に足を踏み入れた我々は何処へ向かおうとしているのだろうな』

『我々には必要だからこそ、種の生存を賭けた戦いに敗北しない為に必要な事なのをお忘れですか?』

『判っている。さっさと始めるとしよう』

『分かりました』




映像として劣悪なるフィルム。決して知る筈の無い記憶を鮮明に記録を見せ付ける。
視覚で認知する事に意味は無い。意味があるのは知覚した事による心の有り様。
同じ映画を観賞しても感ずるものが感動であり、笑いであり、墳怒でさえあり得る。

屠られた翼。
朽ち行く機体。
驕られし精神(こころ)。
蔓延りし怨敵。

彼が感じた答、それは『敵(てき)』である。

空を駆ける鳥の『敵(かたき)』であると。



弾け飛ぶのはフライの方であった。

例え音の壁を超えようとも真正面から迫るも、その程度ではフライの捕食から逃れられない。
メードにその顎が掛かる寸でに捉えたその時、変化が生じた。
それはほんの些細なもので、この状況では何一つ変える事の叶わぬ事象であり、無意味と断ぜられてもおかしくは無かった。

翼が生えた、ただそれだけである。

"フライを屠るのに必要だからこそ、翼を欲した" だけなのだ。

その願いが単に叶っただけ。

しかしその身には力を有していた。

世界最高の推力。生まれた翼。奇蹟の命。
命の箱舟は大空に浮かび、船と舵と船頭員が揃っていた。



「―――っ! 何だ、あれは・・・?」

台座に固定された銃機関銃を斉射して迫る「G」を牽制していた一人の兵士が気が付いた。
視界の上の隅を横切った黒い物体。あまりにも一瞬の出来事にその行方を目で追ってしまう。

「・・・・戦闘機?」

それにしては速過ぎるのではないだろうか?
最早その姿は黒い点でしかなく、直ぐに有視界より掻き消えてしまっていた。

「・・・洩光弾の見間違いか」

そう結論付けた。今もこうして目を逸らしている内に「G」との距離は更に狭まってしまっている。
余計な事に思考を向ける暇など皆無なのだから。そう思うのが自然であった。
銃器のトリガーに再度指を掛ける。そしてそのまま狙いを定めてトリガーを―――、引けなかった。

「――なっ・・・」

地上を這う害虫どもが、宙を舞っていた。
ワモンが、マンティスが、ウォーリアその他諸々のありとあらゆる「G」が右から左へと次々と弾け飛ぶ。
空中を我が物顔で飛んでいたフライが不思議な踊りを踊っている、傍で戦闘機が揚力を失ってをして墜落していなければそう見えていただろう。

「一体何が・・・?!」

嘗て無い程に異常な光景を映し出す戦場に混乱する。
周りを見渡せば自身と同じく行き成りの現象に仲間も呆然としている。
そして次瞬に、認識した光景は青い空が目の前に存在していた事だった。

(―――ぇ?)

平衡感覚が無く、サイレント映画の主観視点におけるワンシーンの如く緩やかに視界が回転する。

(あれ、確か銃座に居たはずじゃあ―――?)

何故自分が宙を舞っているのか、戦友が如何して同じく空中を飛んでいるのか不思議であった。
当然重力に引かれて地上へと落ちる。だが痛みを感じる事がない。それ以前に視覚以外の感覚が麻痺している様な間隔に襲われている。

「―――!――!――――!!」

誰かに仰向けにされ、頬を叩かれ、何やら叫び声を上げている様だが分からない。
如何してか思考がうまく働かず、意識が遠のく心地良さに身を委ねる事にした。

「―――おいっ、しっかりしろ!! くそっ!駄目だ!!」

「負傷者の搬送――いや、応急手当てをその場でしてやれ! 手遅れになる前に!!」

周囲に散乱する人間の骸達。身動ぎをする者が大半を占め、例外なく耳より血を流していた。

「どいつもこいつも鼓膜が破裂してやがるっ。戦闘中だっていうのに何てこった!」

「一体何があった?! 誰かこの状況を説明出来る奴は居るか!?」

「何処かの馬鹿が戦場で飛行テストを行うとかほざいてやがったぞっ!」

「近くを通過しただけでか? どんな実験だよ糞ったれ!!!」

「敵も味方もお構いなしかよっ。巫山戯てやがる!」

兵士達の転がる姿があちこちで見られるのと同じく、「G」達も突然の事態に混乱していた。
蟲であろうとも自らに襲い掛かった不可思議な事態に当惑し、後方から押し迫る蟲と揉みくちゃとなって更なる混乱を生み出している。
最早両陣営の戦線は瓦解。両者共に撤退と相成った偶然は今日以外には記録上唯一の戦闘となった。




ブレイブドックより結果報告:

推定墜落区域をおよそ150km超過した地点にて墜落の痕跡を発見。
直線状におそよ10kmに渡って地上を削った跡を確認。「G」の存在は確認されず。至急回収に向かわれたし。


回収班より初期報告:

機体の外装は全損。エンジンは一基脱落、二基損壊、残り一基は辛うじて原型を留めている。
コンテナは正常に着脱の後を確認するも一部欠損が見られる。
墜落の原因は予定通り燃料切れによるものと推測でき、実験は成功したと思われる。

メードの生存も確認。義肢は全損しており、早急に医療施設に搬送する必要あり。
後、発見時にメードの背より翼の様な光の帯を見たとの証言あり、現在は確認出来ないが複数の目撃証言からして信憑性は高いと言える。


メードに関する中間報告:

身体機能の著しい低下により、回復の兆しは未だ見えない。
エターナルコアにも異常が確認され、今しばらくは様子見の状態を継続する。
翼の顕現と言う興味深い事象が起きたという報告により、摘出は見送る事が決定。

意識が戻り次第、精密検査・事実確認に入る予定。



結果如何で、この雄型メードの『処分』が引き伸ばされる可能性は十分にあり得ると思われる。







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最終更新:2008年10月06日 11:20
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