Chapter 7 : the round table

(投稿者:怨是)


 本日の集まりにビールは無かった。
 否、昼間からアルコールに浸るのも確かに問題なのだが、流石にストップがかかったのである。
 主に、本日のメインゲストから。

 実は戦果並列の弊害についてゼクスフォルトに説明する際に出したはいいものの、少しノリが合わないのだ。

「一杯だけでも駄目かね」

「ええ、昼間から嗜めるほど丈夫な肝臓を持ち合わせておりませんので」

 ――この、目の前で苦笑する男、ダリウス・ヴァン・ベルン少将とは。
 何やら、一度呑んでしまうと自制が利かず、酔いつぶれるまで呑んでしまうそうなのだ。
 それでは話し合いにならないが、せめて一杯くらいは良いではないか。
 ブレーキのかけかたくらい知っておけと、ヴォルケンは自らを棚に上げて頭を抱える。

 それともただの建前で、ビールの費用が軍の経費で落とされている事を感づかれたか。
 どちらにせよ、酒の無い特別講義など御免被りたいところである。


 MALEのディートリヒも、愛用の得物を取り上げられて不機嫌そうな表情だった。
 先ほどから、世間話にしても難しい話ばかりで流石に退屈か。
 何か気の利いた話題が提供できれば良いのだが、そう思い立った時に限って、ベルン少将とおしゃべり中だ。
 嗚呼……酒があったら、呑みたい!

 軽く苦悩するヴォルケンをよそに、ノックの音が響いた。
 すかさず、気の抜けた裏声で呼び出す。


「お名前と“お階級”のほうを、なるべく大きなお声で名乗ってくだしゃぁ~い」


 ドアの向こうから噴出す声が聞こえ、少し間を空けて威勢の良い声が聞こえた。

「――ぶふッ、あっ、アシュレイ・ゼクスフォルト少佐です! 入室の許可を!」

 本日のゲストその2のお出ましだ。
 これで本日の役者は揃った。

「入ってよし!」

 勢いを付けて呼び込む。
 大歓迎の意味を込めて満面の笑みを浮かべたが、ゼクスフォルトは引きつった表情をすると、傍らのMAID――シュヴェルテに曖昧な笑みを向けるだけだった。
 急激にヴォルケンの気力が萎えてゆく。


「うむ、元気な青年ですな。中将よりお聞かせいただいた通りだ」

 ベルンの感心する声に、ゼクスフォルトが慌てて応える。
 シュヴェルテもそれに続く。

「ぁ、お初にお目にかかります、私はアシュレイ・ゼクスフォルト少佐と申します! 本日は、よろしくお願いいたします!」

「ゼクスフォルト少佐の担当MAID、シュヴェルテです。よろしくお願いいたします」

「俺はダリウス・ヴァン・ベルン少将だ。で、こいつがMALEのディートリヒ。君たちの事はヴォルケン中将から聞いているよ」

「よろしくな、夫婦漫才!」


 各々の自己紹介を済ませてゆく。
 一部、よくわからない単語が耳元をよぎったが、おそらく空耳だろう。
 ヴォルケンは久しぶりに賑やかになった事に喜びを隠せないでいた。

「ところでアシュレイ君、約束のものは? レジュメ以外にもう一つあるだろう」

「は? や、約束のものですか?」

 ――酒だよ酒!
 ビールを持ってきてくれ! 君なら私の念を受信してくれるだろうに!
 できんのか!
 暗黙の了解というものを理解してくれ!

「そう。約束のものだ」

 流石に発言を促すような態度と、ベルンの苦笑に気づいたのか、ゼクスフォルトがうんざりした表情で応える。

「どうせビールか何かでしょう。ダメですよ、私は経理課への申請権限が無いんですから」

「そうか……では帰――いや、流石に同じネタを何度も使うのはいかんな。本題に移ろう」

 ベルンとディートリヒ、ゼクスフォルトとシュヴェルテのペアに分かれ、向かい合う形で並ぶ。
 こちらの指示を伺うように、ベルンが眼差しを向けた。

「着、席!」

 一同がいっせいに席に座り、ワンテンポ遅れた形でシュヴェルテも座る。
 流石に、MAIDのスカートの長さでは座りづらいか。
 移動効率にいささかの問題を残す服装である。しかもこれで戦闘までこなさねばならないのだ。
 ドロワーズなどを下に着用しているために下着まで露出してしまうことは無いのだが、不便なものを作ったものだ。
 律儀な一同(ディートリヒはドカッと座ったが)に感心しつつ、議題の宣言を行う。

「本日の議題はジークフリートの神格化、及び戦果並列の恣意的な解釈と、それに伴う弊害である。アシュレイ君、頼んだ」


 事前に手書きした書類を用意し、起立する。
 それを基に清書したレジュメを、シュヴェルテがそれぞれに配って行く。

「まず初めに。我々エントリヒ皇室親衛隊の内部で、ジークフリートを持ち上げるために戦果並列が悪用されている可能性があります」

 ベルンが神妙な面持ちでメモを取っていく。
 ディートリヒも思うところがあるのか、少しだけ険しい表情を浮かべる。

「俺のところでも“ウン匹以上は倒すな”って、わけわからん指令がよく来るんだが、ひょっとしてそれ絡みか?」

 彼が不満そうな面持ちで質問を述べる。
 ディートリヒは巨体と、をれを活かして刃渡り5mにも及ぶ巨大な剣を振り回す、パワーファイターである。
 確かに彼が動きすぎれば一般兵のスコアが無くなってしまう。
 そうすると、前線の兵士が動かなくなってしまうのだ。無用な消耗よりは確かにマシだが、緊張感を失えば結果的にGの駆除効率は落ちる事となる。
 その上、戦闘力をMAIDに大きく依存してしまえば、303作戦の二の舞である。

「そこに関しては私も気になる部分ですな、ヴォルケン中将」

 ベルンもディートリヒの発言に乗る形で質問した。やはり思う所があったか。

「ああ、元を辿ればダリウス君に嫉妬した上層部が私にアツアツな焼き餅を妬いてくれた事に端を発するからな。
 共産主義者の嫌疑までかけられてはたまったものではない」

「まどろっこしいですぜ、ヴォルケンの旦那」

「そう焦ってくれるな、ディートリヒ。拳以外の長所を伸ばす良い機会になると、私は信じているぞ」

 ヴォルケンは自分の用意したレジュメを、ゼクスフォルトのレジュメと並べる。
 おもむろに立ち上がり、この日くらいしか使い道のない黒板を壁に立てかけた。


「これが今年、9月19日から10月10日までの戦果。前回の出撃だな」

 1943時点で立案された、通称“20日作戦”。
 グレートウォール戦線へ移動し、仮設兵舎で約20日間そこで寝泊りする。
 そして、日勤と夜勤とに分かれてGを撃退するというものだった。

 これを中心にシフトを組み、エントリヒ帝国のMAIDを中心とするαチーム、クロッセル連合王国を中心とするβチームが交代するのだ。
 両チームは5日間の重複期間が設けられ、役目を終えたほうのチームが共同戦線の中で後退して行く。
 物資は殆ど共有。

「戦果並列化が採用されて約一ヵ月後……そうだな、1943年3月時点からのスコアが、以前の5分の1程度にまで低下してしまっている」

 いくつかの数字とMAIDが黒板に併記される。
 ディートリヒの一回の出撃における平均撃墜数は、それまではジークフリートと殆ど同等の、125匹前後。
 実働時間は約二週間前後。一日分に換算すると平均で8~9匹相当となる。
 巨大な一振りは、攻撃力は高いものの高速で移動するG相手には空振りしやすい。
 そこで、稀に現れるタンカー級、ヨロイモグラ級の撃退なども担当することになっている。
 種類を問わず計算されている上に、他のMAIDのスコア(だいたい12体前後が投入されている)と比べても、高い。

 だが、戦果並列化が提案されて以来、一回の出撃で25匹前後。
 一日分に換算してもこれでは1~2匹という結果となってしまっているのだ。

「しかし中将。自慢ではありませんが、ディートリヒは妨害を受けつつも上官の通達を無視し、前々回は78匹、前回で85匹のGを撃墜しております」

 つまり実際の戦果は以前の70%程度なのだが、更に過少に報告されているという事になる。
 この辺りでヴォルケンは眉をひそめ始めた。

「実直で正直なベルン少将の事だ。その報告に偽りはあるまい」

 では、計算されなかったスコアはどうなるか。
 ご存知の通り、ジークフリートのスコアに上乗せされるのである。
 残りは一般兵の撃墜スコアへと分配、加算されているのだろう。



「同じ部隊のエースだったMAIDのドロテーアやヒルデガルト、その他何名かも不可解な死に方をしたり、行方不明になったりしております。どれも、その直前までネガティヴキャンペーンが行われておりました」

「俺ァ、ヒルデガルトを守りきれなかった責任を問われて軍事裁判にまでかけられましたぜ。味方が“誤射”りやがったと説明しても嘘をつくなの一点張りで」

 このような事がずっと続いていたという事か。
 恣意的などんぶり勘定で続いて来たという事か。
 それも、刻々と変化する戦況の中で忘れ去られてしまっていた。
 戦場の霧に飲み込まれてしまっていた。


「そうだったのか。さて、アシュレイ君。シュヴェルテも同じ事が?」

 メモを取るアシュレイが、顔を上げた。
 ああ、その顔は……とんでもない局面に出くわした時の顔だな。


「……間違いありません。私の部隊でも同じ事が起きています」

 ならば。
 これ以上はこれを続けさせてはならない。
 一応の有効期間は、20日作戦の失効と同時期となっている。
 更新の手続きをさせないように作戦司令部各位を募って会議せねば。













 ――大規模な相談は幕を閉じ、静寂は訪れた。
 ヴォルケンは書類をまとめ、本日の内容と睨めっこする。

 どこまで把握できただろうか。
 どこまで真実なのだろうか。
 どこまで、悩まねばならないのだろうか。

 ダリウス・ヴァン・ベルン少将は実直である。
 報告に意図的な虚偽が認められた事は無く、かなり信頼性の高い人間だという事は重々承知の上で、なおかつ公平を期すためにも疑わねばならない。
 ディートリヒを部隊ぐるみで庇っていたために陸軍上層部からも睨まれていた。
 ゆえに、無意識のうちに恣意的に誇張しているという可能性も無くはないのである。
 そんな彼は退室する時、他の参加者にこう漏らしていた。

『たとえその場で解決したとしても、また同じ事は繰り返される。ならば、脅威を未然に防ぐネットワークが必要だな』

 今日のこの集まりで、ヴォルケンにとって一番信頼できる言葉であった。
 本来なら、秘密警察はこういった局面で、ネガティヴキャンペーンを行わないように監視するべきものだった筈だ。
 どこかで歯車が狂っているとしか思えない。



「……ジークフリート、か」

 MAIDであるジークフリート、そして特にあのヴォルフ・フォン・シュナイダーが担当する以上は、情報の途絶に晒されている。
 周囲に訊いて回るほどの度胸も彼女には無いだろうし、シュナイダーがそれをさせる事もおそらく無い。
 仮に訊く事ができていたとしても、既に根回しが行き届いている危険性が高い。
 そして何より、MAIDを担当官の同伴無しに呼び出す事も出来ないのだ。
 特に、ジークフリートは。

 ヴォルケンもまた、上層部によって束縛を受けていた。
 ジークフリートの呼び出しを禁ず。一定レベル以上の接触を禁ず。
 大物舞台役者でもあるまい。しかし、規則である。破れば罰則が大口を開けて待っている。

 軍隊は何千万、何億の単位である。親衛隊とてそれは例外ではない。
 たった今、ネガティヴキャンペーンの指示などの疑いがある人物をリストアップしただけでも、200余名。
 これらを洗いざらい調べねばならないのか。
 骨の折れると云ったら無かった。



 ――ふと、眉間の皺の合間にノックの音が浸透した。
 思わず全身が震度4以上の地震を発生させてしまう。

「名前、階級を」



ヴォルフ・フォン・シュナイダー少佐、入室します」

「……入って良し!」


 噂をすれば何とやらだった。
 この際だから話をつけるか?



「丁度良かった。そちらの用件をまず訊こう」

「……国際対G連合統合司令部への推薦を受けたいのですが」

 何かと思えば。
 そういうことだったか。

 各国の軍関係者の幹部クラスの人間で構成される、対G戦線の司令部とされる組織である。
 シュナイダーはそこへの推薦を受けたいというのだ。
 最低階級は大佐だが、国家への一定以上の貢献が認められ、なおかつ3人以上の将官から推薦が出れば、晴れて特進コースを経て移籍される。
 ジークフリートの教育担当官である彼なら、その素質は充分にあると云えよう。

「自推用の書類は用意したか? これをクリアすれば、すぐにでも推薦書を手配するぞ」

 目の前の陰気な男は、機敏な動作で紙を差し出す。
 このオーラから連想される雰囲気としては、なめくじのように緩慢でやる気の無い動作なのだが、彼の場合は機敏だ。
 それゆえ、常に緊迫感のある空気が彼を取り巻いているようにも思えた。
 ヴォルケンは書類を受け取ると、単語の綴りに至るまで丁寧に眼を通す。
 先ほどの話し合いの疲れで読解には難航したが、じっくり読めば問題は無かった。

「……なるほど」

 自推カードの大まかな内容は、こうだ。
 ヴォルフ・フォン・シュナイダーは此の度、新種の発生の影響もあって各地で更に勢いを増したGに対抗する為、国際対G連合統合司令部への移籍を希望するというものである。
 残りは自身の戦績やジークフリートの今までの種類別撃墜数など。

「解った。エントリヒ帝国の一人の軍人としては、実力主義の観点から公平を期して熟考して行きたい。
 理由はご理解いただけるかな? シュナイダー少佐」


「……現状におけるスコアの計算方法に若干の問題があると」

「よく解っているじゃないか。民衆はあのスコアを真実のものとして受け取るが、我々軍人はそうではいけない。
 常日頃からスコアの自明性を疑っておかねばならん。そうだろう?」

 自明性を耳にした辺りで、シュナイダーの口元が引きつる。
 やはり、心当たりがあるという事か。
 ヴォルケンは両手で耳を前方に向け、シュナイダーの声を一音たりとも聞き逃すまいとした。

「スコアの計算は、最終的には司令部の裁量に依存するものとお聞きしておりますが……」

「何を焦っているのか知らんが、ジークフリートをネガティヴキャンペーン屋に売り込んだ覚えは無いかね?」

「……?」


 シュナイダーの眉間の皺が深まって行く。
 図星を付かれてしまったのか。
 それとも、質問の意図を解っていないのか。
 ヴォルケンは更に砕いた説明を加える。

「彼らを利用して、周囲のライバルを蹴落としてはいないかと訊いている。
 既に何名かのMAIDは身内の裏切りで消されたらしいという話も聞いてな。事の次第によっては悲しい結末を迎えねばならん」

 眉間の皺に留まらず、表情の陰りが増してきた。
 明確な、不満だった。

「私は、常に上層部の命令の範疇でのみ行動してきたつもりです。独自に動くほどの器用さは持ち合わせておりません」

「不思議な事に、周囲の調査では貴様に関する情報が殆ど出て来ていなかったものでな。まぁ気にするな。疑って悪かった。
 まぁ厳密な審査には一週間程度かかる。その間に他の将官にも相談しておくといい」

「……諒解しました」


 ヴォルケンも人間である以上、彼には個人的な怨みがあった。
 昇進のスピードの速さに関わらず、主体性や人間性の見られない態度は、ヴォルケンの性格とは相容れぬものだったのだ。
 その上、ジークフリートの戦果をさも当然であるかのように受け止める姿勢も、また士気の問題を鑑みて、良からぬものに映った。
 他にも述べるとなれば、もはや枚挙に暇が無い。
 正直な話、ヴォルケンにとっては体のいい厄介払いのチャンスであると同時に、ネガティヴキャンペーン解決の糸口になるのではないかと踏んでいた。
 厳密な審査という名目で彼の活動内容を詳細にあぶり出し、用が済んだらどこへでも、という寸法である。


「ご苦労であった。帰っていいぞ」

「は」

 足音は、ドア越しに遠のいて行く。
 書類と睨めっこの続きでもやろう。
 そして協力者に見せやすいよう、要点だけでもまとめて置こう。

 幸い、ヴォルケンには信頼できる仲間がいる。
 ライサ・バルバラ・ベルンハルト
 戦技教導学校「マイスターシャーレ」の設立に携わり、また講師としても活動中の彼女なら、出張講義なりなんなりの名目で調査を行わせる事だってできる。
 ルーチンワークをすぐにこちらに任せてくるという怠け癖はあるが、要領はかなりいいほうだ。
 事が起こる前に間に合うと良いのだが……


最終更新:2008年11月28日 00:16
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