月下の誓い

(投稿者:ニーベル&店長)




ザハーラの王国に、古より伝わる伝承がある。
俗に言う山の翁といわれる……アサシンである。
最も、共和国となったザハーラに、アサシンの居所はない。
ただひっそりと歴史に埋もれ、細々とその業を伝承し、緩やかな滅びを迎えるのみである。

ザハーラ共和国でも滅多に人の立ち寄らない静かなオアシス。地図には記されていないこの地は、そんな歴史の迷い子たるアサシンの隠れ里である。
歴史の表舞台から消えてから、気が遠くなるよう時が過ぎ去っていった。
一族の血族同士による結婚、または一人旅に出る若者が他の地より子供や伴侶を連れて帰る。こうすることでこのオアシスを中心とするこの集落は生きながらえていた。

その中であっても、長老と呼ばれるリーダーの家系とそれに連なる者たちは古より伝わる業を伝承する。彼女もまたその伝承者であり……長老の孫娘であった。

生まれてくる時代がもう数百年昔であれば、間違いなく王家抱えの暗殺者となったであろう才能を持った娘。長老はその才能ある孫娘に対して複雑な思いを抱いている。
暗殺の業もはや時代遅れなのは分かっている。それに気性が暗殺にそぐわないほどに優し過ぎた。そんな孫娘には別の生き方をするべきではないかと深い顔の皺をさらに増やしながらキセルを吹かせる。

その孫娘は他の女たちと一緒に今頃食用の仙人掌を収穫していることだろう。
近くで栽培されている仙人掌は非常に強壮な上に丸ごと食用にできる種である。
このオアシスがあまり人と関わらずに暮らしてこれた理由のひとつだ。

このまま、歴史に埋もれていくのも悪くはないか……。

そんな、彼の思いは……遠くから見える砂埃の知らせを受けたときに崩れ去ったが。


広大なザハーラの砂漠を行く一台のアルトメリア製の軍用車両が行く。
大量生産前提の四人乗りのジープという名前のそれは、アルトメリアの持つ強大な工業力も相まって、数万台という生産量を誇った。
その数割は各戦線に導入されており、多国籍軍の様相を呈するザハーラの戦線にも普及しているのだ。実に多機能でタフな構造をしているが、唯一欠点といえたのはその座席の硬さであった。

「あー、ケツいてぇ……ったく、どうにかならんのか?」
「どうにもならんだろう」
「俺は平気だがね……」

そのジープの後部座席でどっかりと座りながら駄弁っているのは、隆光とグエンであった。
前方の運転席では彼らより若く中性的な顔つきをしたクロードが生真面目な表情を崩さずに運転している。
彼らは別に遊んでいるわけではなく、定期的なパトロールにでているのである。
ときより、思いがけない進路をGが進んでいくことがある故に。
後方の無防備な箇所をGが侵攻するだけでも、大被害がでるのは簡単に予想できることだ。
そのための通信用の無線も、ジープに搭載されている。
ジープの操縦から無線機の操作に至るまでクロードはカヴァーできており、狼の獣人が元になっているグエンはその嗅覚と聴覚による索敵を行う。
最後の隆光は結局のところ戦闘要員である。通信機を操作している間のクロードの守りをするのが専らだ。

「どーかしているぜホント……で、今日も平和だな」
「どうだろうね? ザハーラは広いからな……」

グエンが言葉の途中でふと黙り込み、鼻を鳴らし始める。
同時に特徴的な耳に手を添えて周囲から聞こえる音を少しでもかき集めようとする。

「……グエン?」
「少し黙れ……クロード、3時の方角だ」
「──了解した」

ハンドルを一気に回し、ジープはグエンが感じ取ったモノに進路を向ける。
グエンは先ほどから嗅ぎ取っている血潮の匂いに顔をしかめる。

「しかし……この先には何もないはずだがな」
「大方、地図に載っていない村だろう」

隆光のぼやきに、律儀にクロードは反応する。




また一つ、悲鳴と共に命が散る。
村の中に大挙してやってきたのは異形の化け物であった。
外で情報を仕入れてきた人は、あれらがGという種族であることを告げた。
戦えるものは各々の得物を携えて、戦えないものをGから遠ざけようと奮戦する。されど相手は国家の正規軍ですら危険である人類の敵である。
いくら村に伝わる達人の技とは言え、それは人を殺める程度のものだ。

暗殺とはすなわち、人の命を最小限の力で効率よく奪うためののもの。
その業はあくまで人に有効であって……それ以上の生命力と頑強さを誇る異形に有効とは程遠い。
目らしき部位や間接に対して攻撃を行って怯ませるしかできなかった。
達人はこうして僅かな時間を稼ぎ、Gによって喰われる。

その中で村長の孫娘は果敢にも他の女性たちを守るために普段は嫌悪している短刀を引き抜く。
投擲にも切断にも優れたこの村に伝わる短刀は、本来であれば死の代名詞というべき象徴であった。
しかし、異形に対してはあまりにも無力。
切り付けようにもその外皮は滑りやすい上に強靭、それでいてしなやかで刃が通らない。

女性の筋力ではどうあがいてもあの外殻を貫くことが叶わないと悟った娘は、噛み付くために開いた口の中へと短刀を投擲する。喉奥に正確に飛び込み、貫く刃によって耳障りな化け物の悲鳴が木霊する……それでも倒す数より遥に襲ってくる数が多い。

すぐさま、携帯していた短刀すべてを投擲し尽くす。倒れた仲間のそれらを拾っては投げることもしたが、それでも巨大な化け物は怯まずに襲い掛かってくる。

いよいよ残った得物が手元になくなった娘は、首元にかけていた布を取る。
この布もまた、彼らの一族が伝える暗器の一つ。
一族代々が伝える強靭で粘りのある金属を加工し生成した繊維を織り込み、他の繊維もまた外見とは裏腹に非常に重い上に頑丈。
発火にも強くてほぼ燃えず、飛ぶ矢も払いのけるその布は彼女の最後の武器となった。

──注意をこちらに向けることぐらいは……。

倒すためでなく、身内を逃がすための戦いが始まる。
どこかに行こうとするGに対し、彼女は持っている布を勢いよく頭部目かげて振るう。
鬱陶しいだけで決して損傷を与えれない一撃だが、お陰で注意をこちらに向けることはできているようだ。あの一団が一度村の外の逃げていく者に襲い掛かっていれば、一瞬で全滅していたに違いない。

露のような汗を掻きながら、肌に幾多も傷を負っている。流れる血汗が衣服に染み込んでいくにつれて、彼女の呼吸は荒くなる。
回避と陽動にのみ集中力を費やすことで絶望的な戦力差を補っていく。

だが、ついに今まで保ってきた紙一重の均衡が崩れる。
疲労によって反射が遅れたところに、ワモン種の巨体が命中したのだ。
脇からの突進が彼女のわき腹に命中する。
攻撃の反動で地面に倒れる彼女を、ウォーリア種はその発達した腕部で押さえつける。
上からの圧迫でさらに嫌な音が響く。彼女の骨が数本折れた音だった。

か弱いうめき声を上げる彼女に対して、ウォーリア種はその醜悪な顔に備わった顎が開け、口から涎に似た液体をこぼす。

上に覗く死の権化に、彼女は死を覚悟し……両目を瞑った。



疎らに逃げてくる人々を確認した隆光ら3人はクロードに本部への連絡をさせると同時に護衛を任せると、隆光とグエンはまっしぐらに飛び出す。

「くそ、臭いやがる……!」

濃厚な血錆をはじめとする死の臭いが、グエンの嗅覚を強烈に刺激する。
そのお陰か、人の堵殺場となった村に迷わず向かえた。

村の中央あたりに、数十ものワモン種と一体のウォーリア種がいた。
その間を縫うように、一人が舞っていた。

たった一人で残りの村人を逃がすべく戦うその姿に、隆光は一瞬心を奪われる。
だが、次の瞬間に彼女の体が吹っ飛んでいく。横から飛び込んできたワモン種に撥ねられた彼女は、ついにウォーリア種に捕まる。

――まずい。

「おい、隆光!?」

そう思ったときには、隆光の身体は動き出していた。グエンの呼ぶ声が遠くから聞こえる。
咆哮を上げながら、彼女を捕らえたウォーリアを、こちらに気付かせるように銃弾を撃ち込む。
鈍い、肉に食い込むような音がするが、ウォーリアはそれが効いた様子すら見せず、食事を邪魔した、忌々しい存在へと注意を向ける。

隆光にとっては、それは計算済みの事であり、気にすることではなかった。むしろ予定通りと言って良い。
そのまま、勢いに任せて拳を叩きつけてくるウォーリアを回避し、銃口を頭に向ける。
ウォーリアがそれに気付いたかのように、頭を保護しようと、腕で防ごうとするが、遅かった。

至近距離からのショットガン。エターナル・コアの影響によって力を引き上げられてるそれは、鉄壁だったウォーリアの装甲を容易く砕く。
保護が間に合わなかったウォーリアの頭は、ばらばらに砕け散り、体液が散る。身体はゆっくりと倒れ、しばらくはカサカサと動いていたが、それも止まった。

すぐに、彼女の身体の容体に目を移す。
脂汗が止まらず、腕などがおかしい方向に曲がっている。そして、脇腹から突き出ている骨。
一目で分かるほどに、彼女の身体は弱り切っていった。

それでも、彼女は戦い続けていた。一人で戦い続けていた。
そう考えると、腸が煮えくり返るような思いに、自身が囚われているのに隆光は気付いた。だが、それは気付いたところで止められるようなものではない。
グエンがワモン種の群れの横っ腹に突っ込んで叩き潰し始めている。何匹かは、それを抜けてこちらに向かってくる。

――残らずぶち殺してやる。

こちらに向かってくる虫の頭を狙い、スナイパーライフルを構えて、弾丸を打ち込む。二匹は、それで頭部を撃ち抜かれ、前進を止める。残り、八匹。
距離にはまだ余裕がある。持っていた手榴弾のピンを外し、渾身の力で投げつける。メールの身体能力ならば、届く距離だ。
爆音が響き、ばらばらに飛び散るワモン種の肉体。爆して、五匹。
もはやスナイパーライフルでは間に合う距離ではない。投げ捨てて、アサルトライフルを構える。
バースト射撃。それも、メールでなら近距離とも言うべき距離。耐えきれず、悲鳴を上げながら倒れる。貫かれ、二匹。
飛びかかられる。腰に差していたククリナイフを取り出し、頭をえぐり取る。切り落とし、一匹。
振り返りざまに食らいつこうとしたワモンの頭に、ショットガンの方の銃剣を突き刺す。歯が隆光の顔の前で止まる。そのまま、撃つ。
先程のウォーリアと同じように、頭部が飛び散り、息絶える。かくして、全滅。

「……あーくっせ。落ち着いたか。隆光」

気がつけば、いつの間にか後ろにグエンが立っていた。それすら分からぬほど、自分は興奮していたのか。
グエンの身体は、Gの体液で汚れていたが、自分も似たようなものだった。

――そうだ。

「おい、グエン!!あの子はどうした!?」

「あの子つっーと、あの女か。……ありゃもう駄目だろう。今更手術なんて身体が保たないし、臓器がやられたんじゃ」

そこからのグエンの言葉が、入ってこない。
ふざけるなという感情と、やはりそうかという諦めに似た想いが入り交じる。
やはり、もう人間では助からないのだ。あの傷では、人間は遅かれ速かれ死ぬ。そう人間――

――いや、待てよ。

「……グエン。連れてくぞ」
「おいおい。どうした隆光。まさかとは思うが…」
「メードにする。責任は俺が持つ」

言っていた。思わず口から出ていた。
今は、この女を助けることが、自分にとっての最優先のことになってしまっているのだから仕方ない。

お前さんの勝手にしな、と告げるグエンを尻目に彼女の応急手当をし、出来るだけ安静にしながらも、抱えて駆け出す。
もう援護の部隊も来ているはずだ。それならば、いけるかも知れない。
メードにする前に死なれては、どうしようもないのだから。


「助かるんだろうな。おい」
「そんなことは分からん。適性はあるが、どうなるかは――」
「いいから、意地でも成功させてくれ、頼む」
「おいおい、頭を下げるな。お前らしくない」

声がする。口調に比べて、酷く心配していて、優しい声。

「……成功か」
「まったくもって、運だったな。我々ザハーラにすれば、新たな戦力が加わって嬉しいとは思うが、あの子にはどう説明する気だ。隆光」
「俺がやる」
「恨まれても、知らんぞ」
「仕方がないさ」

恨むわけがない。命を助けられたのだ。
待て、どうして私は命を助けられたと言ったのだろうか。
それ以前に、私はどこにいるのだ。私の名前はなんだ。思い出せない。

――私は、誰。

その声は、出ずに、また暗闇の中へと消えていった。



酷く眩しい。なんなのだろうか、この明るさは。
目を開けようにも開けられず、彼女はもどかしい気分になった。
誰かを呼ぼうとして、声をあげる。

「すいません、誰かいませんか?」

声が出た。それもはっきりと。
ふと自分の姿に目をやると、衣服は着ていかなった。身体を隠しているのは薄い布一枚。
誰もいなかった事が幸いなのか、不幸なのか分からない。
明るさに漸く目が慣れたのか、次第に周囲がモノクロからカラーの世界に変わっていく。
周囲は白を基準とした部屋だった。もし彼女が都会の生まれであったのならば、病院の部屋を連想させただろう。
彼女は、相変わらず何故ここにいるか分からなかった。

少し、警戒した方が良いかもしれない。
自分は、もしかしたらどこかに売り飛ばされた人間なのかもしれない。
そう考え、改めて辺りを見回す。
そうしていると、目の前のドアが開いた。

「……おお、元気そうでよかった。目が覚めたようだな」

出てきたのはいくらか初老に入ったのであろう。
挙動は軍人であり、笑顔が印象的な男性だった。
そのまま近くにあった椅子に座り、彼女の前に座った。
早速とばかりに、彼女がが口を開こうとすると、男は掌を出して、止めた。

「まぁ、落ち着きたまえ。まずはお腹がすいてるだろうから。ほれ」

ビスケットが差し出される。それを見て、彼女は初めて今自分が空腹だと言うことに気付いた。
男が差し出したビスケットをおずおずと手を伸ばし、食べ始める。男はそれを見て微笑んだ。

「私は、ここでメードの研究をしている男だよ。名前はザナードとでも呼んでくれ。ああ、メードとは何かとは、後で話そう。まずは、君のことからだな」

以前の彼女の事が語られ始めた。
ザハーラの生まれであること。王家に過去、使えていた一族。Gの襲撃。どうしてメードになったのか。
メードの事に関してとなると、男の人は言葉を選んでいた。言えないところもあるのだろう。問いただす気は別になかった。

「これぐらい――かな。私が言うべきことはね」

ザナードが、ひと休みするように、コーヒーを口に運ぶ。
彼女――イウサームは、メードのことではないが、一つだけ聞きたいことがあった。

「すいませんザナードさん」
「なんだね?」
「その、今までの経緯などは分かりました。それで一つ聞きたいのですが」
「言ってみてくれ。答えられることなら答えよう」
「……その、私を助けてくださった方。タカミツ様はどちらに」

想定していなかった質問だったのか、ザナードは吹き出し、しばらく咽せていた。

「あ、あの男なら今はちょうどこの施設にいると思うが。どうしてまたそんな」
「御礼を、言いたいのです」

強く、はっきりと言う。彼には、絶対に言わなければならない。
そういう気持ちが、心の中で強くなっていた。
そこまでいうならと、ザナードが場所を教える。飛び出そうとしたが、ザナードの、服は此処に置いていくよという言葉で、我に返る。
危うく恥をかくところだった。




「……そんな改まって言うもんじゃねぇさ」

隆光からすれば、あの時のことは咄嗟の事であり、感謝されるべきことではない。むしろ憎まれても仕方ないとすら考えていた。
それが何故か、感謝すらされている。それは、隆光を戸惑わせるのには十分だった。

「いえ、言うべきだと思います。貴方は、私の命の恩人なのですから」

強い視線が隆光を見る。思わず視線をそらす。
自分には、このような強い視線は……刺激が強すぎる。

「俺は、俺が出来ることをしたまでだって言ってるだろ。それに、メードになったからといって、俺の傍で働くなんて絶対に駄目だ」

先程から何度も言ってること場を繰り返すが、イウサームが退く気配は見えない。
むしろ、さっきよりも強い視線を、自分に浴びせてくる。

「私は、貴方の傍にいさせて欲しいのです」
「駄目だ」
「どうしてですか?」

どうしてと言われても、答えようがない。何故か、自分は拒否してしまうのだ。
答えられずに俯いていると、また新しい声が入ってきた。

「隆光、もう良いじゃないか」

声のした方に顔を向ける。ザナードが笑みを浮かべながら近寄ってきて、肩を叩いた。
もう身体は大丈夫なようだねと、イウサームに声をかけてから、喋り出す。

「イウサームさんは、君の傍にいたい。君の大好きな女の子の願いだ。聞いてやるべきだろう」

――それとこれとは、話が別だろう。
そう、声に出そうとしたが、手を出され遮られる。

「それに、これは決定事項なのだよ。隆光」
「どういうことですか」

にやにやと笑みを浮かべながら、ザナードは言葉を続ける。
正直、ぶん殴りたい。

「今、ザハーラには教育担当官に余裕がなくってね。戦歴のあるメードにそういうことは頼んでいる」

嫌な予感がする。

「ネイトに対するアピスがそうだ。今更一人や二人、増えても構わん」

ああ、これは。

「隆光。君に彼女の担当官を命じる。これは軍人としての命令だ。いいね?」

――やっぱり。


イウサームは笑みを浮かべて、よろしくお願いいたします。隆光様といっている。
ザナードは満足げに、では頼むぞといって去っていく。
ふと外を覗いてみれば、月が綺麗に、この施設を照らしていた。




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最終更新:2008年12月07日 21:41
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