(投稿者:エルス)
純粋な怒りは力を生むが、純粋な恐怖と孤独はただ人の精神を蝕む。
その恐怖と孤独を味わった者は傷を癒せる事もなく、ただ朽ちてゆく。
それを救うか否かは、傷を負った自身と周りが決めることである。
A.D.1941年 グレートウォール戦線 最前線
ただサーベルを滅茶苦茶に振り回して、死の恐怖と孤独を味わいながらルルアは奮闘していた。
周りには『G』『G』『G』。
さっきまでライフル銃を乱射していたルルアの教育担当官も耳を劈く絶叫を上げたきり姿が消え、バルディッシュを振り回していたバーバラも左腕が食い千切られたまでを最後に消えている。
右目から滴る血を口に含みながらルルアは怒りの声を『G』に向ける。
「お前らが、お前らが殺した!」
バーバラを庇った際に切り払ったフライの足が右目を引き裂き、その能力を奪い去ったのだ。
ルルアは右側の見えない状況でそれでも戦い続ける。人類共通の敵を倒すのではなく、ただ戦友を食い殺し、自分さえも食事にしようとする凶暴な怪物を掃う為にだ。
待っていても救援はこない。それは分かりきった事だ。何故なら最も近くの基地にいたメードはあの食い殺されたバーバラだけだったのだから。
「バーバラを、ゴドウィンを!」
幾ら叫んでも救いは無い。ただ最期の最期まで仇である『G』を殺し続けたかった。内面から襲い掛かる恐怖と孤独に負けるわけにはいかない。
だから力の限り、ルルアは叫んだ。
もう疲れきり、身体は悲鳴を上げる事すら止めている。いっその事コア喰いでも起こしてくれれば良いのにと本気で思った。
そうすれば多くの『G』を道連れに逝く事が出来る。
「こ――」
また叫ぼうと口を開いた瞬間、体が左側に引っ張られ、激痛が脊髄を突き抜けた。
左手首から先の感覚がその手首の激痛を最後に無くなっていた。
怒りが、痛みが、恐怖がルルアの心――エターナルコアを奮わせる。
「あああぁぁぁぁ!!」
もう叫びというよりは獣の咆哮に似た声が響き渡る。だが『G』は恐れる事無く、ルルアを喰らおうと襲い掛かる。
止血よりも、この『G』を叩き、斬り、解体し、壊し尽くす事を優先する。
理性が飛びかけたコアで考えられる事はただ一つ、破壊。
ただ『破壊』するのみ、自分の身体の事など眼中に無い。なぜならルルアの目には『G』しか映っていないのだから。
「うああああぁぁぁ!!!」
さっきよりも滅茶苦茶に、それでも威力と鋭さを増した攻撃で『G』を破壊する。
飛び散る体液がルルアの服を汚し、耐え切れないような異臭を放っていたとしても彼女は気付こうとしない。
理性を失いかけている割にルルアは最後の希望を、来る事の無い救援を待っていた。
心の奥では諦めたくなかった。死にたくは無かった。このまま餌になって消えるのが嫌だった。
左足に衝撃を受け、半回転しながら倒れる。またさっきのように左膝から下が無くなっていた。
抵抗力の薄れた獲物に舌なめずりをするように『G』の攻撃が止んだ。
死の恐怖が心を支配する。
「イヤだ、止めて、来ないで、イヤ・・・イヤだ・・・」
カサカサ、とゆっくりとルルアに迫るワモンとコイノバイオント。
これから始まる苦痛と屈辱、その恐怖。押さえつけていた理性が消えた。
誰も聞くことの無い悲鳴、泣き叫ぶルルア。最早人の言語として成り立っていない声が空しく木霊する。
それを掻き消すかのように強い風が吹いた。
反射的に目を閉じたルルアが次に目を開けたときの光景は一生忘れることの出来ないものだった。
40匹程いたワモンとコイノバイオントの群れが半分にまで数を減らしたいた。
20匹はどれもが綺麗に両断され、残りの20匹は新たに現れた獲物に対抗していた。
視認出来うる領域を超えたその剣技、ルルアは一度だけその剣技を使うメードを見た事があった。
楼蘭皇国から軍事支援として送り込まれ、そして帰っていった男性型メード。
「神狼・・・?」
「えぇ、そうですが何か?」
見る見ると数を減らしていくワモンとコイノバイオントの群れにその神狼は剣を振るっていた。
楼蘭刀と呼ばれるそれは片刃の微かに湾曲した丈夫な剣であり、楼蘭を象徴する武器である。
一分もしない内にその戦いは終った。不思議と神狼が戦っている姿が少し格好良く見えた。
「大丈夫ですか、ルルア嬢。お久し振りです」
「え、えぇ。一年ぶりでしょうか」
ルルアは無意識に顔を逸らした。こんなにも直ぐに来たのだからあの絶叫も聞いていたに違いない。
そんなルルアを無視して神狼は自分の服を細長く切り裂き、ルルアの左手首と左膝にきつく巻いた。
激痛に顔を歪ませるルルアに神狼は優しく語りかけ、痛みを少しでも軽減しようとしていた。
彼は何時もそうだった。一年前も負傷したルルアを所謂『お姫様抱っこ』で運んでいったり、それからの療養期間、戦闘から帰ってきては付きっ切りで看病してくれた。
優しい人間だ。
ルルアはこの親切で優しい男性型メードに人間で言う恋愛感情を、少しだが持っていた。
「思いの外、本国での任務が長引いてしまいましてね。此方に来た瞬間、貴方の救援に向かえと言われました」
「そうでしたか・・・」
「全く、貴方は何時も無理をする」
「そういう性分です」
「いや、本当は可憐で美しい女性だ。でも、何かに反抗してそうなってしまう」
「・・・・・・」
「あぁ、すみません。つい饒舌になってしまいました」
笑いながら神狼は止血を終え、また集結しだしたワモンを見る。数はさっきと変わらない。
が、何故か襲い掛かってこない。それどころか少しづつ後退しているではないか。
ルルアと神狼は互いに見あった後、何か異常だと感じ即刻離脱する必要があると考えた。
と言ってもルルアは既に歩けない程負傷しているので神狼が運ぶしかないのだ。
「一年前と同じような展開ですね」
「えぇ、でもお姫様抱っこだけは勘弁して貰いたいです」
「でしょうね、あの後一週間も口を聞いてくれませんでしたから」
そう言いながらも神狼はルルアの忠告を無視し、お姫様抱っこの状態で走り出した。
「ちょっと――」
「恐らく、ワモン達が襲い掛かってこないのはそれを越える上位種が我々を狙っているからです。背中からバッサリという事もあります。ですから貴方を背負う訳には行かないのです」
「・・・」
そう考えればそうだとルルアは朦朧とする意識の中で思った。止血されているとはいえ二箇所の動脈やら何やらがブツリと切れているのだ。
神狼の服もルルアの血で赤く汚れてしまっている。
しょうがないとは言え、ルルアは少し申し訳ないやら、お姫様抱っこで運ばれて恥ずかしいやらで顔を赤らめた。
しかし神狼の目は今から自分が通る道だけを見ている。何か危険は無いか、異常は無いか。
後ろからワモンは追って来ない。ますます変だ。まるで何かの縄張りを恐れるかのように・・・
「まさか・・・・・・」
神狼が小さく呟いた瞬間、前方20m程先に巨大な砂柱が出現した。
実際は地中から勢いよく『何か』が飛び出してきただけなのだが、遠目から見ればセンチピードが現れたと誤認しても
不思議ではない。しかし神狼は砂と塵の中にしっかりと『何か』の影を見ていた。
それは空中で方向転換し、此方に向かってくる。
「ルルア嬢、どうやら面倒な事になってしまったようです」
「え?」
直後、ルルアは地面にゆっくりと置かれ神狼は楼蘭刀を鞘から抜き、迫ってくる脅威に叩き付けた。
狙いも付けずに放った一撃はウォーリアに良く似た何かの額に直撃した。普通ならそのまま一刀両断される筈である。
だが、このウォーリアはその一撃を『身体』で受け止めたのだ。
見れば退化したはずの羽がフライのような半透明な羽になっており、身体のいたる所に威嚇的な棘がある。
この固体はウォーリアであって、ウォーリアではなかった。スポーンと呼ばれる固体である。
何らかの形でエターナルコアを体内に取り込み、進化した個体。メードのような特殊能力を使い、一般的な『G』とは一線を欠く存在だ。
「神狼!」
「ルルア嬢、どうやら手こずりそうです。隠れていてください」
後ろへジャンプし、体制を立て直そうとした神狼にスポーンは体当たりを仕掛けた。
それを神狼はギリギリで避け、横振りの一撃をスポーンの腹部に喰らわせるがまた弾かれる。
楼蘭皇国の試作初期型の神狼は技量では圧倒していてもパワーの面で圧倒されている。
スポーンはゆっくりと旋回する。どうやらフライのように機敏な飛行能力は無いようだ。
神狼は楼蘭の剣術の一つである抜刀術を行うため、鞘に剣を戻し、意識を集中させた。
外殻はメードの武器強化の要領で硬化しており、神狼には割る事など不可能だ。
それを頭に入れた上で神狼は迫るスポーンを凝視する。
まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ。既にその距離は10mを切った。
そのスピードから言ってしまえば目と鼻の先の距離である。
襲い来るスポーン、その繰り出された強靭な腕の一撃を避ける。
息を抜いてはいけない。鞘から抜刀し、激しく上下運動を繰り返す羽を断ち切る。
「フン!!」
クシャリと間の抜けた音が響いた後、スポーンは飛ぶ力を失い、地面を50mは滑る。
そこに点在していた岩は動く筈もなく、転がってきたスポーンに直撃する。
強固な外殻も連続して襲い来る一撃一撃には耐え切れず、一つ、また一つと罅が入ってゆく。
だが、それだけである。スポーンはまた立ち上がり、何の問題も無いかのように攻撃する。
神狼ではなく、動けなくなっているルルアを。
スポーンと神狼の合間の岩陰にルルアは隠れていた。神狼が隠れろと言ったのだ。
だが、今更後悔しても遅い。神狼はスポーンと同じ速度で走った。
スポーンは羽が発達している為か通常のウォーリアと比べて陸上移動は遅かった。が、それを
神狼が考えられる暇などない。スポーンの右手が上がり、ルルアに下ろされる瞬間に
神狼は楼蘭刀でそれを弾いた。その時点で衝撃に耐え切れず左手首が折れていた事は本人もルルアも知らない。
スポーンの左腕がこの時とばかりに神狼の胸を捕らえ、貫いた。
ルルアの顔が赤く染まり、神狼は血を吐く。
「神狼!」
「いえ――――まだ――――――諦める――など」
神狼は楼蘭刀を罅割れているスポーンの頭部へ突き刺した。奇声を上げ、倒れる。
貫通した左腕がルルアには信じがたく、これが夢ではないかと、悪い夢ではないかと、そう思ったが、次には身体を引きずって神狼に寄っていた。
灰色のゴツゴツとした岩肌に深紅の血が広がっていく。しかしメードには身体的外傷は直結した死に意味をなさない。
コアが無事でさえいれば助かる可能性はまだあるのだ。その一点を信じ、ルルアは彼の
顔を覗きこむ。青白く、生気を失った神狼の顔がそこにあった。
「神狼?」
「何でしょう―――か?――ルルア」
ゆっくりと、それでも確かに動いている唇にルルアは唇を重ねた。
何故そうなったのかはルルア自身分からなかったが、神狼にはそれで満足だったようで弱々しい笑顔を作った。
あまりにも突発的な偶然を喜ぶように。
「両―思いです―――ね」
「―――馬鹿」
「あぁ、私は―――」
神狼は優しくルルアの頬を撫で優しく微笑んだ。
「―――本当に――幸せ者だ」
そして次にバリンと、ガラスを思い切り割ったような派手な音が響き、神狼は消えた。
あの一撃はエターナルコアに大きな罅をいれ、そして神狼を奪っていった。
今残るはその剣と、ルルアだけ。遠くから響いている遅すぎた援軍の音も、自分の嗚咽も
ルルアは聞こえないふりをした。
彼の命が砕け散る音、それを聞いた耳がこれ以上に悲しく、空しい音が他にあろうかと、他の音達を拒絶していた。
――――4年後
A.D.1945 グレートウォール戦線 前線基地
トンと肩を叩かれると、ルルアはハッとして振り向いた。
基地の外れに一本だけポツンと立っている針葉樹の下で、かれこれ30分程じっとしていたから誰かが不思議がって肩を叩いたのだろうとルルアは思っていたが、振り返った先には黒い鎧を付けた人がルルアを見下ろしていた。
正確に言えば、それは人ではなくメードである。
それも、ルルアとは比べ物にならない程、強い。
ニコリとルルアは笑ったが、暗い過去を追憶していた心では明るい笑顔など作り出せるはずも無く、苦笑にしか見えない。
「どうしました、タワー」
タワー、クロッセル連合王国の最高戦力。通称『黒騎士』。稼動年数がルルアと同じであり、何か運でもあるのか、二人はよく会うのだった。
今回も所属部隊が偶然同じ基地に留まっている。
ルルアの問いにタワーは何も答えず、ただ右手でルルア左目の下を撫でた。
本の筈かだが、涙がその指先に付いていた。
ルルアはそれを見て慌てて顔を俯けたが、タワーは既にその泣き顔を見ていた。
右目を覆う黒い眼帯、左目からは涙が流れ、その顔に浮かぶのは苦笑。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
タワーが何を考えているのかルルアには分からなかったが、出来ればこのまま放って置いて欲しかった。
誰でも、泣いている姿は見られたくないものだ。
「・・・タワー、礼はします。ですが、どうか・・・・・・私の事は放って置いてください」
「・・・・・・・・・・・・」
返答は無言。何時もそうだとルルアは心中呟いた。
その呟きが聞こえたのか、タワーの鎧が擦れ合う金属音がしたかと思うと、俯いていたルルアの目の前に白いハンカチが差し出された。
反射的に受け取ると、タワーは満足したように歩いていった。
無論、何か言った訳でもなく。表情も鎧で見えなかったが、ルルアはそう感じた。
突然の事に呆然としていたルルアだが、手渡されたハンカチで残りの涙を拭うと、クスリと笑った。
あのタワーも、無口だけれども優しいのだと。ルルアは歩き出す。その手に持つのは楼蘭刀。
名を『神狼』と云う
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最終更新:2009年03月05日 23:27