(投稿者:店長 挿絵:オルサ氏 感謝!)
-
飾り気が限りなく少ないという印象があるが、ベットの上のくまのぬいぐるみを見ればそうではないことに気づくだろう部屋。
この部屋の主である
ジークフリートの朝が今日も始まる訳だが、目覚めると何故か片方の腕に軽い痺れを覚えた。
寝巻き姿のジークフリートはそのまま眠気の残る眼をゆっくりとあける。
しかも自分から彼女を抱きしめる格好。
つまり腕の中に寝巻き姿のアースラウグが包まれているという状態だった。
その中でアースラウグは気持ちよさげに腕の中で丸まって寝ている。
まるで暖かいところで丸くなっている猫の様に愛くるしい表情を浮かべるアースラウグは、見ている分には和ませたりするに十分な魅力を持っていた。
そう、傍目からみているという状況であれば。
だが、当事者である彼女の精神はそんな状態に耐え切れなかった。
彼女とは無論ジークフリートのほうだ。
「──!?」
「んぅあ!?」
突然飛び跳ねるように起き上がったジークフリートによって、眠ってたアースラウグが暖かな人肌から放り出される。
ひんやりとする外気とのギャップと相まって、アースラウグは目をぱちくりさせるほどに突然の覚醒をさせられる。
暫く両者の間に微妙な沈黙が跋扈する。
「…………あ、あー…アースラウグ………おはよう」
「ふはぁっ……おはよーございますジークねー様っ」
先ほどの起こし方にすまなさを感じていたジークフリートの挨拶に、アースラウグは曇りの無い笑みを浮かべながら返事するのであった。
その笑みは日向のように明るく元気そのもの。
その笑顔に、ジークフリートはひとまずの安心を覚える。
アースラウグ。
ブリュンヒルデのコアを用いて再生された転生体で……ジークフリートが突然教育担当官になってしまったメードである。
ブリュンヒルデはジークフリートより身長があったが、アースラウグは低い。
髪の毛も同じ色をしているが、長さはうなじが隠れる程度のセミロング。
顔も体も少女然としており、成人女性の落ち着きの代わりに明るさと元気をその体に秘めている。
ただ時々みせる仕草の一旦に、ブリュンヒルデを連想させるものがあった。
「…………アースラウグ。身だしなみを整えよう」
「はいっ。ねー様」
きっとカッツェルトらのような亜人であれば、尻尾を振っているであろうアースラウグの姿を見て。
ジークフリートは数日前から変わった自分の日常の始まりを再確認する。
☆
朝から昼までのジークフリートとの訓練を終えたアースラウグは、武装を解いて宮廷の廊下を歩いていた。
明るい日差しで漸く明度が増した廊下を二人並んで歩いていくジークフリートとアースラウグ。
寒い中、運動したためか体は程よく温まっている。
力量といった点で言えば、アースラウグはまだまだジークフリートには及ばない。
それでも、成長著しい彼女はメキメキとその才覚を伸ばしてきている。
ジークフリートはその中に、嘗て自分を育ててくれた彼女のことを思い出す。
──ブリュンヒルデも、私に対して同じ思いを抱いたのだろうか。
彼女が思考に頭を占有させている最中、反対側からよく見知った小さな女の子の集団を見つける。
彼女らもこちらを確認すると、二人の下にやってきた。
「ジークー、アスち~。こんちゃー」
「「こんにちは~」」
「あ、ねー様がた、おはようございますっ」
三人組……ベルゼリアを先頭に
プロミナとカッツェルトである。
なにやら隊列を組んで宮廷内を歩いているようだ。
おそらくこのまま昼食のために食堂にいくのだろう。
因みに彼女らメードは皇帝の計らいか知らないが、基本的に施設の大半は顔パスである。
「アスちー。ご飯食べる?」
「あ、えっと……」
昼食の誘いに対し、おどおどとジークの顔と三人とを見比べる。
どうやらジークフリートに許可を出してもらいたいようだった。
その様子にくすり、とジークはほほえましいものを見る様子で。
「……アースラウグ。行ってきなさい」
「あ、……はいっ、ねー様!」
ぺこり、とお辞儀をしたアースラウグは他の三人に混じっていっしょに食堂に向かう。
その後姿を追うジークフリートはちょっぴり寂しい思いをするのであった。
☆
食事をし終えた四人はテーブルの上で雑談を始める。
「みんなー、暇?」
机につっぷすベルゼリアが顔だけ持ち上げて尋ねる。
「大丈夫ー」
「大丈夫だと思いますけど。アースちゃんは?」
「あ、はい……午後からの予定は開いていますよ」
「ん、……ぼーけん、する!」
「「「冒険?」」」
ベルゼリアは目を輝かさせながら言う。広い宮廷の中で面白いものを見つける冒険がしたいということだ。
時々トレジャーハントーとかいっているあたり、
以前ベルゼリアがクロッセルでエターナルコア発掘に携わる人といたことが影響しているかもしれない。
この中で一番年長者となってしまったプロミナ、なにかと他の年少組との行動の多いカッツェルトは同意。
一方のアースラウグはいろいろと考えてた上で。
「私も宮廷を歩き回ったことはないので……ごいっしょさせて下さいっ!」
「ん、アスちーもいっしょ」
こうして”皇室冒険隊”なるものが急遽結成されることになった。
☆
四人は宮廷の方に隊列を組んで歩いていく。
先頭をベルゼリアが歩き、その後ろにアースラウグ。三番目にプロミナ、最後にカッツェルトという順番である。
廊下を歩く他の将兵らはそんな彼女らを見ては黙って見送る。
別に彼女らに悪意があるわけがない、そんな信頼感が彼女らの行動の自由を許したのだ。
最も、悪意があっても悪戯に過ぎないに違いないが。
「んー、あっちいこー」
「「「やー♪」」」
そんな皇室冒険隊は次第に人が少ないところへと歩んでいく。オドロオドロした空気が少しだけ漂っている気がする。
だが、無邪気な彼女らはそこに冒険の匂いを感じたのか。迷わずに其の奥へと向かう。
そしてたどり着いた扉にはしっかりと木製の扉に黄金の文字で、
『帝国宰相執務室』と記された札がかかっていた。
そう、彼女ら四人は宰相の部屋に偶然たどり着いてしまったのだ!
「おじ様の部屋、ですか……」
「閣下の部屋ー」
「ん、開いてるー?」
「あ、ホントだ」
ドアから伸びる光、少しだけ開いた隙間──好奇心が彼女らに覗きを強要する。
余りにも無邪気さに、彼女らが見ていることに気づかず、
観察対象にされてしまった帝国宰相ギーレンは洗面台の前に鼻歌交じりに立っていた。
その手にはなにやらボトルが握られている。表面には何もかかれてはいない。
恐らくは正規に販売されていない特別な薬品なのだろう、とアースラウグは推測する。
「──技術部はいい仕事をしているな。この試作品育毛剤で私の懸念材料が払拭できるかもしれん」
そのまま、頭部にその怪しげなボトルの中身を振り掛けている様子を伺う四人。
振りかけた液体を満遍なく頭皮に送り込むように念入りにマッサージしていくギーレンの表情は真剣勝負に挑む騎士のようであった。
「あれってなんですー?」
「うー。いくもーざい?」
「なんでしょうかー?」
「おじ様、なんだかとっても幸せそーです」
部屋の内側から彼女らを見たら、まるでトーテムポールみたいに頭を連ねているように見えるだろう。
一方で見られていることにまだ気づかないギーレンは毛根にくる刺激に感激を覚えていた。
電撃に似た衝撃が頭部の、後退してしまった髪の毛前線前の荒野に走る。
「来た来た来たぁ……!」
「「「「ぉぉぉぉ……」」」」
普段クール──言い過ぎる表現では冷徹──な人柄で有名な宰相の奇声に四人は思わず驚きから声が漏れる。
その声も高まる興奮に包まれた宰相には聞こえていなかった。
感動に浸る彼の元へ、奥から現れるのは
スィルトネート……ギーレン閣下の配下にして閣下好き。
文字通り閣下のために死ねるを体現するほどに閣下への忠誠を誓う彼女であるが、流石の奇声に驚いた様子で尋ねた。
「閣下?」
「……うぉっほん。何かね?スィルトネート」
咳払いをするまでの微妙な沈黙。
その間スィルトネートは完全に体勢を整えなおした閣下の冷静な顔に躊躇しつつも、
「ああいえ……先ほど、その……声が」
聞こえていた、と発言する前に。
ちらりと目線がドアの隙間のほうに注がれた。
無論、中の様子を観察していた四人は頭を連ねた様子のままで。
「「「「「あ………」」」」」
そうなれば無論、皇室冒険隊は実にあっけなく発見されてしまう。
当然、両者ともに一瞬ばかり……お約束通り時が止まったかのように固まる。
──止まるな!
誰の声なのだろうか。
少なくとも女性の声だと、アースラウグは気づいた。
彼女の心の中に響くその声に従うことが、最善だと直感したアースラウグは、
「戦術的撤退を進言しますっ!」
「──んっ!」
「了解っ!」
「逃げますーっ!」
浮かんだ声に従い、咄嗟に叫んで静止を振り払う。
それが今回良い方向に働いた。
硬直の呪縛から解き放たれた四人は一気にドアから宮殿の別箇所のほうに戦術的撤退を開始する。
その鮮やかな逃走劇にスィルトネートは二度目の驚きを受ける。
「なんて逃げ足の速い……」
──流石は槍の継承者です。アースラウグ。
咄嗟に自軍を掌握し、命令を下す。普通は真似できないことだろう。
スィルトネートはアースラウグが咄嗟に見せた才能の片鱗に感嘆をもらす。
しかし次の瞬間には、
「──スィルトネート」
「は、はい……なんでしょうか?」
「──あの四名は機密を見た。口封じしてこい」
「は?」
「何度も言わせるな。口封じしてこい」
ギーレンのとても冗談に見えない目を見て……スィルトネートはいきなり突きつけられた難題に頭が痛くなった。
☆
冒険隊は今、追跡者から追われている。
猟犬の名前はスィルトネート。四本の剣鎖が時より彼女らを捕まえようと迫ってくる。
それらを迎撃せずに回避する。たまに壁とかに突き刺さる剣に彼女が本気であることをうかがわせる。
後ろから、スィルトネートの静止を促す脅迫紛いな言葉が飛んできているのは気のせいだろうか?
少なくとも、このときの四人には死刑執行人の言葉にしか聞こえなかった。
「アスちー!」
「何ですかー!」
「どーするの?」
その言葉に残りの二名も注目する。
このままでは、数を生かせるほどの広さを確保できないこちらが不利である。
迫るスィルトネートの最大の特徴であり武器である剣鎖グレイプニールの回避が難しいからだ。
どーにかしてスィルトネートを止めねば、何故か命の危機を感じてた四人は打開策をアースラウグに求めた。
アースラウグならどーにかしてくれる、そんな予感を抱かせるものが彼女にはあった。
少しだけ彼女は沈黙し、
「──私に考えがありますっ!ひとまず広い場所へっ!」
アースラウグの本能か、前世の記憶の残照か。
その歩みの先にあるのは……薔薇園があった。
☆
「やっと追いつきましたわ……あら、ここは」
薔薇園の薔薇は、冬の風においても健気に枯れずに残っている。
スィルトネートの真正面では、四人組が既に各々の得物を構えている……相手はやる気のようだ。
「ねー様方っ、手筈通りいきますよっ!」
「「「ヤー!」」」
先ほどからリーダーがアースラウグへと変わっている。そう、少数といえども部隊の先頭に立つ様は。
──血は争えない、といったところでしょうか?
最も、メードに血縁なんてものはないけれど。そうスィルトネートは心の中で呟く。
「──吶喊!」
最初に飛び込むアースラウグ。スィルトネートに対して、傷つけないように振るうヴィーザルの払い。
回避か防御を促すための一撃にたいし、
「今ですっ」
スィルトが余裕をもって交代したところで飛び込むのは赤毛──ベルゼリアのうーくんパンチ!
白い兎グローブの一撃はスィルトネートの、鎖の根元を狙っている。
──あ、アースっ…!
流石は軍神の再来か。咄嗟にスィルトネートの剣鎖グレイプニールの弱点を突いて来るとは……!
スィルトネートは相手の作戦の一旦についつい口元を上に歪めていく。
グレイプニールはスィルトネートの操作能力でその運動を得る。そのため本体である彼女と鎖が繋がっているという制約がある。
つまり、鎖が千切れるといった本体との繋がりが断ち切られると操作ができなくなるのだ。
「けど、つめが甘い…!」
右腰を狙ったベルゼリアに対し、咄嗟に狙われた鎖が金属同士が擦れ合う音をたてて伸び、絡んでは締め上げようと迫る。
「──プロミナねーさまっ!」
「いきますよぉ──爆・熱!ばーにんぐなっくるぅぅ!!」
その正反対のところから、プロミナが燃える拳を振りかざして迫る。
位置的にいえばベルゼリアとプロミナが、スィルトネートをはさむこむそれだ。
「くっ!」
反撃の左腰の鎖で、燃えていない肘と手の間を捉える。
反対ではベルゼリアをぐるぐる巻きに梱包。じたばたと暴れるベルゼリアを逃がさない程度に締め上げ…。
「カッツェねーさまっ」
──ちょ、とぉぉぉぉ!?
「鎖の根元……っ!」
スィルトネートは動けない。腰から伸びる1対は二人を抑えている──
否、あえて動きを止めるために二人はかかったといったほうが正しい。
鎖を二人は綱引きのように引っ張ることで、鎖の担い手の動きを封じているのだ。
カッツェルトの狙撃による基部破壊に対し、流石にそうはさせないと、正確無比な狙撃を先端の剣状の部位で弾く。
これで──!
「貴方で終わりですっ!」
咄嗟に、背後から迫る気配に対し、残った鎖を伸ばす。
案の定、首だけ振り向かせた目線の先にはヴィーザルが鎖に絡め取られているアースラウグの姿が見える。
すでにカッツェルトは既に先ほどの鎖でそのままゲットしている。
ソレに対する全員の表情は──笑ってる!?
「──今ですっ!」
今度は全員、絡まったままの状態でスィルトネートを中心に回転運動を始める。
それもアースラウグとカッツェルトが右回り、残りが左回り……ッ!?
「え、あ、あぁぁぁ!?」
彼女らが一周するときには、自身が放った剣鎖の鎖がスィルトネートをがっちりと締め上げる。
巻き取り器の心棒となってしまったスィルトネートに、どんどん鎖を巻き取ることを強いる。
こうして、スィルトネートの鎖和えという謎の物体が生成されることになった。
☆
四人の勝利の勝ち鬨を上げる間もなく、次に薔薇園にやってきたのは
メディシスとジークフリートだった。
「貴方達! 何をしているのかしら?」
「………」
メディシスは言葉で、ジークフリートは目線で追及する。
その視線に四人は狼狽し、頭を垂れる。
ここで助け舟は意外な人物が出してきた。先ほど鎖巻きにしたスィルトネートである。
「アース、少し話を合わせてくれます?」
「スィルトねー様? あ、はい……」
「ちょっと、そこ何しゃべってますの?」
「ああー、そうそう。それはですねメディ……訓練です」
「……はいっ、スィルトねー様に稽古つけてもらってましたっ! ですよねっ?」
スィルトネートの言葉に咄嗟にアースラウグが合わせ、残りの三人もアースラウグに合わせて頷く。
その様子に怪しいと感じる年長組であったが、スィルトネートの言葉を信じるほかは無い。
「はぁ、まったく……せっかくパスタを自作しようとしてたましたのに。呼び出させるような事、もう二度としないでくださらない?」
「ははは……何分、緊急時における訓練でしたので。善処いたします」
「………アースラウグ」
「……はい、ジークねー様」
「………心配、させないでほしい」
ジークフリートの叱咤ではない言葉は、怒られるよりもアースラウグに堪えた。
その後、ベルゼリアやカッツェルトやプロミナにもそれぞれお叱りが飛ぶが、それだけで済んだのが幸いだ。
いつの間にか自力で鎖を解いたスィルトネートと四人を残して、ジークフリートとメディシスはさっさと帰る。
「さて……
ベルゼリア、カッツェルト」
「ん?」
「はい?」
「部屋で見たこと、お菓子をあげる代わりに黙っててくれますか?」
二人にはお菓子による買収を、残る二人には言いつけることでギーレン閣下のオーダーをクリアするスィルトネートであった。
☆
「ねー様っ、今夜も一緒に寝てくれませんか?」
「……」
可愛い妹が姉との添い寝を頼むようにしか見えないこの構図に、ジークフリートは大いに悩んだ。
アースラウグと寝るのが恥かしい彼女と、アースラウグの思いに答えようとする彼女とがせめぎあう。
最も脳内のジーク達もまた、普段の彼女らしくボソボソと呟き合いをしているあたりが彼女らしいといえばらしいのだが。
「ダメですか?」
「わ、わかった……一緒に、寝よう」
結局のところ、アースラウグの見上げる少し潤んだ目線の破壊力でジークフリートは打ちのめされる事になったわけだが。
そして二人の一日が終わり、新しい日がやってくる……。
関連
最終更新:2009年04月06日 11:23