Prologue 2 : Emerinski

(投稿者:怨是)



「聞いた話に拠ればヴォルケン中将はレクリエーションと称し、数回に渡ってアレと家族ごっこをしたらしいな」

 コーヒーを飲みながら、噂話を思い出していた。
 アレとは、ベルゼリアの事を指す。
 時は1944年1月30日。ベルゼリアは正式な配備が決まってからおよそ二ヶ月ほどしか経っていない。
 今までのMAIDと比べると明らかに雰囲気が柔らかすぎるせいで、あのテオバルト・ベルクマン上級大将をして「愛玩用か?」と技術部に質問を投げかけた程である。
 今となっても、そのベルゼリアとホラーツ・フォン・ヴォルケンがどうしても結びつかなかった。
 特にこの席で向かい合うアロイス・フュールケ大尉と、ライオス・フォーゲル・シュミット少佐は。
 シュミットに至っては噂話程度という興味しか抱いていなかった。

「そうなんだよな。あのヴォルケン中将がだぜ? 酒と仕事とベルンハルト少将くらいのイメージだったな」

「そのくらいの認識で充分だろう。しかし、おままごとまで嗜んでいらっしゃるとは中々恐れ入る。そう思わないか」

 軍人が家族ごっこという、どうにもシュールな話は、二ヶ月経った今でも信じられない。
 本当にやったのか、そうではないのか。いつしか姿を消したヴォルフ・フォン・シュナイダーが実はレイプ被害者であった、という噂話と同様に真偽の程を測り難い。

「まぁ実際、そうでもしないとMAIDってのは周りに溶け込めないらしいぜ」

「もっと短時間でやれる方法は沢山ある。MAIDとて本質は所詮、道具だろう」

 道具、か……俺達が命をかけて守ったのは道具なんかじゃなかった。
 だいたい道具の為にあそこまで頑張って、涙を流した奴がいるか?
 フュールケの表情が凍る。流石に今の発言はカチンと来たぜ、シュミット。

「ライオス、そういう云い方はあんまり感心できないぜ」

「ああ、すまない、言葉のあやだ。無論、MAIDの持つ人間性そのものを否定しているという訳ではない。あくまで立場上の話だ」

「そうかい」

 言い訳がましい口ぶりだが、よほど焦っているか後ろめたいのだろう。先ほどの発言との矛盾が激しい。
 それもまた詮無き事と切り捨てるのは容易いし、フュールケはそちらを選ぶ。
 待て、まだタブーを破るタイミングじゃない。

 席を立ってコーヒーを注ぎ足す。かれこれ3杯目あたりになるだろうか。
 周囲の兵士達も先ほどに比べると、随分とまばらだ。

 ……あの事件以降、葬られてきたMAIDやその関係者について公然と語るのはタブー視されてきた。
 今回もタブー。きっとこれからもタブーである。
 暗黙の了解をうっかり破ってしまった時に突き刺さる視線の鋭さは、まるで割れたガラスに手を突っ込むようだった。
 それ故、今は細かい所だけでも突いておこう。友人だからと云って黙して語らぬというのは、フュールケのプライドが何より許さなかったのだ。

「俺はね。道具とかそうやって線引きするのは良くないと思うんだ。あれだって元は人間だろ?」

「見かけはそうだし、人格も持っているな。だが、線引きは明確にせねばならん」

「軍隊だとそうなっちまうよなぁ。仕方ないのかな」

 仕方ないで済ませてしまうしか無いのだろうか。道はまだどこかにあるのかもしれない。
 だが分厚い氷が今の彼らから道を、目も開けられぬほどの大雪が今の彼らから視界を奪っている。
 氷(タブー)を破壊するだけのハンマー(度胸)も無ければ、大雪(陰謀)を止めるような力(情報)も無い。
 ならば迂回する他無いのだろうか。細かい所をピッケルで突きながら、迂回する他無いのだろうか。

「そうだな。諦観もまた、処世術の一つだ。ところで、エメリンスキー旅団がまたヘマをやらかしたらしい」

「またあいつらかよ」

 次の情報の雪崩れが、フュールケの苦悩を記憶のクレバスの奥へと押しやる。
 エメリンスキー旅団。前身はヴォストラビア国民解放軍。
 1914年のルージア大陸戦争当初にヴォストルージアの反共産主義が正規軍から離反し、その大部隊がエントリヒ帝国皇室親衛隊へと編入されたのである。
 前隊長のバトロフ・エメリンスキーの息子である、ミロスラフ・エメリンスキーが現隊長。
 編入当初から問題行動が絶えず、現在もその悪名は脈々と続いて来ている。

「なんであいつらがまだ残ってるのか、俺は理解に苦しむんだけどなぁ」

「同感だ。確かに我々エントリヒ帝国皇室親衛隊への実害はまだない。だがそれ故に本格的に排除に踏み込めないのが歯痒いな」

「いっそ何かデカい事をやらかしちまえば、あんたもとっとと掃除しに行けるってのにな」

 同じくして突撃旅団ドリルヴァンガー大隊も悪名高い部隊であり、これら両部隊はしばし、国防軍側との確執の種となっている。
 しかしデメリットとメリットを比較したら後者のほうが高いウェイトを占めるというのが上層部の見解だったのだ。

「風評被害は極めて軽微と云わざるを得ない現状において、上層部も重い腰を上げられないでいるからな……以前、直接出向いたのだがな」

「出向いたって……上層部に? それともエメリンスキー旅団に?」

「後者だ」

 中々に度胸のある行動である。エメリンスキー旅団は、旅団と名乗るだけあって隊員は相当な数にのぼり、下手をすれば戦闘中に行方不明になる事さえあるのだから。
 確かに親衛隊少佐であり、上級将官であり、更に公安部隊という役職を持つシュミットだ。
 しかも彼の事だから部下も大勢連れて行ったのだろう。あちらが迂闊に手を出せば、他の公安部隊がエメリンスキー旅団を排除する口実が出来てしまう。

「だが、上層部の出した答えはこうだった。彼らは問題行動こそ多いものの戦力としては貴重であるし、無闇に刈り取って数を減らすのは得策ではない、と」

「へぇ。どっかで聞いた事のあるセリフというか。後ろ暗い連中が吐く常套句みたいなもんだな」

「まさにその通りだな。彼らの問題は我々の想像以上に根深い。それに彼らが居る事でヴォ連への牽制にもなり得るのだろう」

 人海戦術と突撃戦法を得意とするなど攻撃的な性質を持つヴォストルージアの軍隊だが、圧政下において反ヴォ感情の強い市民も少なくなかった。
 相次ぐ粛清によって士気は降下の一途を辿り、現在でも離反者が出続けているというのである。
 そのような中、反ヴォ感情の強い一部の市民にとっては将来的に解放軍の代表となってくれるであろうエメリンスキー旅団は必要不可欠な存在とも云える。
 いくら素行不良と云えど、たったそれだけで国内で潰しにかかるのでは駄目だ。
 国外、それもヴォストルージアが倒すというものでなければならなかったのである。

「それでも化けの皮はいずれ剥がれる。削除するならその時だ」

 実害を伴ってしまえば、もはや保護する理由は無くなる。存在意義は消える。
 ヴォ連の政治家達は「それ見たことか! やはり彼らは素行不良の集団だ!」と笑うのだろう。
 そして、一部の反ヴォ市民は「絶望した! 未来の解放軍の実情に絶望した!」と泣くのだろう。
 その時、もはや彼らを残しておく理由は無い。


「秩序を乱す存在は、常に刈り取られねばならぬのだ」


 ホントにそうなのかな。フュールケはそう云おうとして喉を引っ込めた。
 まだ云わなくていい。そう自分に云い聞かせねばなるまい。
 目の前の男は友人だが、鋼の大蛇と呼ばれた男だ。

 融通はあまり、利かないかもしれない。


「ああ、まぁそうでもしないと社会が回らないしな。“仕方ない”よな」



最終更新:2009年01月04日 03:35
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