兵どもが夢の跡 2話

(投稿者:店長)


フロレンツに存在するエントリヒ帝国の総領事館に訪れたメディシスは、
自身の用事を済ませるがために目的であるユリアンのいるであろう執務室にやってきた。

相変わらずその外見に見合わず綺麗に整頓された執務室には、残念ながら彼の姿はない。
どうも、どこかで入れ違いになってしまったようだ。

「出かけるとはいっていませんでしたし……少し待ちましょうか」

数分ぐらいなら待っていた方がいいだろうと判断したメディシスは手ごろな椅子に座る。
と、丁度視線の先にある執務用の机の上に伏せられている写真立てを見つけるのであった。
写真を見てみたい衝動に駆られるものの、態々伏せてあるものを暴こうとするのは果たしていいものか。
周囲の状況をみても、資料等で押されて倒れた様子ではない。おそらくは部屋の主たるユリアンが伏せたであろう。

「その写真が気になるのか?」

ドアを開けて開口一番、帰ってきたユリアンは写真立てを観察していたメディシスに言葉を投げかける。

「え、ええ……まぁ」
「まあ隠すほどでもないがね」

執務机の前までメディシスの横を通り過ぎてやってきては至極あっさりと写真立てを起こす。
そこに写っていたのは──。

「珍しいですわね。……皇帝陛下に宰相閣下まで一緒に写っているなんて」

やや染みのある古い写真には現在の皇帝とギーレン、ユリアン……そして一人の女性。
男性陣は今より若く──特にわかりやすいのはギーレンの髪がまだ後退していないこと──写っている。おそらくはだいぶ前の写真なのだろう。
女性の格好はどこかで見かけた鎧に、儀礼用なのか、装飾の濃い大きい槍を携えている。

「だろうな。後にも先にもこの写真だけだよ」
「でしょうね……あら、この方は」
「名前だけは知っているだろう……ブリュンヒルデだ」
「ええ、ジークが出てくる前までの帝国最強だったとか」

まあそうだな、ユリアンは椅子に腰掛けながら天井を見上げて零すように呟く。

「私はアイツのことは嫌いじゃなかったな」

──……


このフロレンツの総領事館に表向きは視察──事実は堂々と観光したかったからだと知っているものは皆口を揃えてそう言う
──しにやってきた皇帝と真面目に視察しにきたギーレンの護衛として、ブリュンヒルデ一人がついていた。
この二人の仲の悪さはこの当時も強かったが、その間に立って取り持ってたのはブリュンヒルデだ。

なにかと我が強い皇帝の我侭に対して宰相が頭を悩めるとやんわりと、従者として皇帝を嗜める役を担ってた。
フロレンツについて早々出歩くぞ!と言い出し、ギーレンの米神がヒクついたところでブリュンヒルデは懇願するように告げる。──やるべきことを成してからにしてください。マイン・カイザー。
あくまで願い出る、という控えめの態度に皇帝の我侭は先送りされる。すかさずブリュンヒルデはギーレンに対して頭を下げる。
差し出がましいことを、と謝罪のそれであった。

皇帝やギーレンに対してあの当時表立って意見を述べる存在がいなかった時、皇帝のお気に入りであってあまり自を出さない態度のブリュンヒルデの存在は大きかった。
これで自重しない者ならば、ギーレンはすぐさま処断してたに違いない。

「丁度、君が生まれる一年ぐらい前に逝ったよ。あの時の父上の表情は忘れられん……」
「そんなに凄かったです?」
「なんせ、あの父上がしばらく真面目に政をしてたからな」

あの濃い顔で真剣な表情を作り、真面目に書類にサインをしたり交渉に赴く凛々しい皇帝……想像しただけでメディシスは寒気を覚えた。
ソレほどまでに現在の皇帝は真面目に仕事をしないというのが印象にあるからだ。

「今彼女がいたら……派閥争いはなかったかもな」

久々に覗くその写真の入った写真立てを指でなぞりながら、ユリアンは思い出していた。
彼女の存在は接着剤のようなものであり、当時からギスギスしてた宰相と皇帝との間をとりもってこれた数少ない人材だったと。

しかし、今いない者を惜しむばかりではいられないのが現在の状況である。
ユリアンはそのまま椅子に座ると、メディシスからの用事を伺うのであった。

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最終更新:2009年01月06日 22:17
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