SILVERMOON

一夜酒

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mayusilvermoon

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カラン・・・

グラスの中の氷が柔らかい音を出す。
ここは聖地にあるレオナードの私邸の一室。

館の主が元バーテンダーということもあってか、この部屋にはバーカウンターが備え付けられていた。
その当人はというと、慣れた手つきで氷の入ったグラスにブランデーを注ぎ足したのち、窓際へと足を向けていた。
ガラス越しに見える夜空をぼんやりと眺めながら、レオナードはブランデーを一口含み息をつく。

「ったく、10も下のコムスメ相手に俺は何をこんなに惑わされてるんだろうな…」

そう一人ごちると彼は自嘲気味た笑みを浮かべる。

「この百戦錬磨のレオナード様が、だ。」

レオナードは自分の中にある感情をもてあましていた。
思えばいつもエンジュと接するときに心のどこかで距離を置くようにしていた。
いつからか心の奥底では彼女の全てを渇望している自分に気づいてはいたが、心に距離を置くことで自分の気持ちに余裕を持たせていた。
それは、長年の経験から作られてきた本当の自分を覆う殻であり、いわば自己防衛本能のようなものである。
なまじ上辺だけのものとはいえ酸いも甘いも知り尽くしている分、そう簡単に破ってしまえるものでもなかった。
その殻を破り去ってしまい、それを彼女にすべてさらけ出してしまったら…、
一体自分はどうなってしまうのか。
それがわからないのだ。
彼女が1年の職務を終えた後、自分の思いを受け入れてくれたときのように自分を保っていられない気さえする。

しかし、決してそれは不快なものではなかった。
むしろ、甘さと苦さが入り混じったような、このもどかしい感情が自分の中にじわじわと浸透していく事のなんと心地のよいことか…。

「お前にだったら、俺のありのままを見せてしまえるのかもな…」

それはある意味麻薬以上に高揚感を味わせるものだった。



「レオナード様。」

「ああ、エンジュか。」

声をかけられ振り向くと、入浴を済ませたエンジュが部屋に入ってくるところだった。
いつも着ているのであろう赤地のチェック柄のパジャマ姿に髪はゆるくひとつにまとめられていた。

あー、これで荷物が多かったわけか。

エンジュの格好を見てレオナードは妙に納得していた。

「あ、お風呂お先でした。」

いつもは見せない格好のせいかエンジュは少し恥ずかしそうにしながらレオナードに微笑む。

「ああ。」

エンジュの笑みにレオナードも同じく目を細めた。
これも聖天使の力といったところなのか、二人の間にほんわかとした空気が漂う。

「この部屋ってレオナード様と初めてお会いしたところに似ていますね。」

エンジュは興味深そうにカウンターバーを眺めている。

「趣味と実益を兼ねたような仕事だったからなァ。まだ腕はなまっちゃいねえぜ?」

「ふふっ。レモネード、おいしかったです。」

当時のことを思い出したのか、エンジュが楽しそうに笑う。
あの頃はまさかお互いが正式に守護聖と聖天使となり、さらには恋仲になるなんて想像もつかなかったことである。

つくづく運命というものはわからないものだと今更ながら二人して思うのだった。

「あぁ…、そうだ。エンジュ、ちょっとそこで待ってな」

ふと、レオナードが思い立ったようにエンジュに窓際のソファに座るよう促した。

「?」

エンジュは首をかしげながらもレオナードの言葉に従いソファに腰掛けた。

「今からカクテルを作ってやるよ。」

「ほんとうですか?」

「ああ。」

うれしそうに声を弾ませるエンジュにレオナードはうなずいて見せ、カクテルを作りにカウンターの中へと入っていった。



「ほらよ。」

「わぁ…。」

ショートグラスに入れられた桜色のカクテルがエンジュの目の前に出される。
しばらくはカクテルの外観を眺めて楽しんでいたが、やはり味わってこそのカクテルである。
エンジュはそっとグラスを手に取り口元へと運ぶ。
鼻腔をくすぐる香りに誘われるように一口カクテルを含むと、とたんに甘酸っぱい味が口中に広がる。

「おいしい!」

お酒と言われないとわからないようなやさしい口当たりにエンジュは感嘆の声を上げた。
エンジュの反応にレオナードは満足げに笑みを浮かべた。

「ま、今夜は無礼講って事でな。そんなにアルコールは強くないから お前でも飲めるだろ?」

「はい。とってもおいしいです。」

「んじゃそれ飲んで待ってな。」

そういってレオナードはひらひらと後ろ手を振り部屋をあとにした。



「うーん……?」

シャワーを浴びながらレオナードは一人つぶやいている。
ついさっきのパジャマ姿のエンジュを思い起こし、レオナードは首をひねっていた。

「なんつーか。色気ゼロ…?」

先ほどの自分のあれやこれやの葛藤がバカらしく思えるほど、エンジュは”いつもどおり”なのである。
自分の気持ちを受け入れた時点で、とうに覚悟は決まっているのか…
はたまた一緒に寝泊りする以上のことを想定していないか…。
前者であってほしいのだが悪い予感が頭をよぎる。

「いやいや、さすがにそりゃあねェだろ…。」

執務室で見せられたエンジュの様子からしても後者であるとは考えにくい。

「あー、もう考えんのヤメだ!ヤメ!」

シャワーを止め、水滴を振り払うかのようにレオナードはかぶりを振る。
その気じゃなけりゃその気にさせてやりゃあいいだけじゃねェか。
エンジュも”いつもどおり”なのだ。自分もいつもどおり振舞えばいいのだ。

エンジュのおかげで(?)すっかり吹っ切れたと言うか開き直ったレオナードであった。



「悪ィ、待たせたな。」

そう言って先ほどの部屋へとレオナードが戻ってきた。

「……っと。」

レオナードは思わず言葉を飲み込んだ。
レオナードの目に入ってきたのはソファの背もたれに身体を預けて気持ちよさそうに眠っているエンジュの姿だったのだ。
そっと音を立てないようにエンジュの元へと近寄ってみる。
隣に腰掛けるがエンジュが目を覚ます気配は無い。
ふとテーブルに目をやると、空になったカクテルグラスとロックグラスが並べて置いてあった。

「こいつ、オレの分のグラスまで空けてやがる…」

すーすーとエンジュの寝息が耳元をくすぐる。
そういえば…と、エンジュが今日の夕方に宇宙から帰ってきたところだったことを思い出す。
疲れた身体に慣れないアルコールである。
眠ってしまうのも仕方が無いだろう。

レオナードはやれやれといったふうに肩をすくめた。

「……ったく、疲れてんならムリするなっての。」

そういって軽く指でふにふにとエンジュの頬をつつく。

「ん……。」

小さくエンジュが声をあげるがそれ以上の反応は無い。
どうやらすっかり眠り込んでいるようだ。

「仕方ねェな…。」

口ではそういいながらも、レオナードはその口調とはおおよそかけはなれた優しい表情でエンジュを見ている。
そして、起きそうにないエンジュをそっと抱え上げ、レオナードは寝室へと向かった。



月明かりがうっすらと差し込み、中央のベッドが白く浮かび上がっている。
明かりはつけずにレオナードはベッドにエンジュを横たえ、シーツをかけてやった。

「さすがに寝ているコムスメを襲うほど飢えちゃいねェからな…。今夜のところは襲わないでおいてやるから、…ゆっくり休みな。」

そっとエンジュの額に口付けを落とす。
そしてカーテンを閉め、自分もベッドの中へともぐりこんだ。










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