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ハラス家のたしなみ

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ハラス家のたしなみ

(title:羨望)



「うーん……。」



数々の食材を前に、クリスは腕を組み難しい表情を浮かべている。



今日はクリスの所属する一部隊の演習のための遠征がとり行われていた。

ようやく騎士になったばかりのクリスは、遠征先での炊き出しを任されたのである。

大部隊なら専門に調理班の任に付くものがいるのだが、今回はごく少人数での遠征であり、

そのようなものも居らず、クリスに白羽の矢が放たれたというわけである。



そして、クリスの表情が晴れないのは、料理をするということが苦手であるということに他ならなかった。

共に遠征に出た騎士たちは、まだその事実を知らず任せてしまったのであった。





「うーん……。」



そういうわけで、クリスは唸りながら、どうするべきか悩んでいるのだった。







「ん……あれは…クリス殿?」



そんな様子のクリスを不思議そうに見る人影があった。

その影はクリスにゆっくりと近づいていった。





「クリス殿?」



「は、はい!?」



背後から声をかけられ、クリスはあわてて振り返る。



「サロメ殿!」



振り返った先には、サロメが心配そうな顔つきで立っていた。



「ここを通りかかったもので、少し様子を見に来たのですが…。」



「は、はい。…あの…ありがとうございます。」



サロメが気にかけていてくれたことが嬉しくて、クリスの声のトーンがつい明るくなる。



「調理当番を任されたのでしたな?」



「あ…はい。」



クリスはコクンと小さく頷いた。



「私の気のせいでしたらよいのですが、あなたの表情が曇っているように見えまして…。」



「あ…。」



「クリス殿。どうかされたのですか?」



「あ、あのっ……。」



クリスにとってサロメは少なからず好意を持っている相手であった。

そんな相手に”料理が出来ません”などとは中々言い出しにくいものである。

クリスはサロメの前でもじもじしている。



言いにくそうにしている、そんなクリスの様子を見て、サロメはふっと寂しそうな表情を浮かべる。

クリスの女心など全く持って想像がついていないのだった。



「……もし、私でよければ話してもらえませんか? その……私では、力になれませんかな?」



「サロメ殿。」



ジン…とクリスの胸が熱くなる。

差し伸べられた好意に甘え、クリスは意を決してサロメに打ち明ける事にした。



「あの…実は……。」















「そうでしたか。」



「はい…申し訳ありません…。」



すべてを打ち明け、クリスはサロメの手を煩わせてしまったことにすまなそうにうつむいている。



「いえ、気にする事はありません。それでは…手が空いていますので私が腕を振るいましょうかな。」



「え!?サロメ殿が??」



思いがけないサロメの言葉にクリスは顔を上げ、目を丸くする。

ハラス家といえばゼクセンでも有数の貴族である。

そのような家の出身であるサロメが料理をするなんてクリスには想像がつかなかった。



「こうみえても得意なんですよ。」



そう言ってにっこりとクリスに笑いかける。



「さて、クリス殿も手伝っていただけますかな?」



「は、はい!」



こうして、クリスにかわって、サロメがてきぱきと調理をすすめていった。















「すごい…。サロメ殿は本当に何でも出来るんですね。」



完璧に仕上げられた料理を前にクリスは感嘆の声をあげていた。

そしてサロメを羨望のまなざしで見つめている。



「おおよそ騎士らしくはありませんがね。」



「そ、そんな事ありません!」



気恥ずかしそうに苦笑するサロメに対し、クリスはぶんぶんと首を振ってサロメの言葉を否定する。



「ありがとうございます。あなたにそう言われるととても嬉しく思えますな。」



「サロメ殿…。」



自然とクリスの頬が赤らみ、クリスはそのことが恥ずかしくて、ついうつむいてしまう。



「どうされました?」



「あ、いえ!なんでもありません。……あ、あの、サロメ殿はどうして料理を…?」



心配そうに覗き込むサロメをごまかすようにクリスはあわててサロメに訊いた。



「まあ、言うなればハラス家のたしなみ…といいましょうか。」



「ハラス家の…?」



「ええ。」



「その…たしなみとは他にどういったものが……?」



「そんなに、たいしたものではございませんよ。」















そうこうするうちに遠征も終わり、クリス達はブラス城に帰ってきた。

そして遠征の疲れもあろうと皆に1日の休日が与えられた。







「はあ…。」



橋の袂で一人ため息をついているのはクリスだ。



「たしなみ…か。」



ぽつりと呟く。

昨日サロメに聞かされた”ハラス家のたしなみ”というものが気にかかって仕方が無いのである。



「やっぱり、まずは料理を身につけないといけないよな…。」



好きな相手がたしなんでいる事である。

少しでも近づきたい、自分も身に付けたい……

とそう思うのは恋する乙女としては至極自然な事だろう。



「でも…どうしたらいいんだろう。」



料理を身に付けると言っても誰かに教わらないといけなくて…その”誰か”が思い浮かばないクリスである。

騎士になったばかりのクリスである。そのような面でなかなか頼れるものがいないのが現実であった。



頼れると言って一番に思いつく人物。

料理の出来る人物。

そして教えてくれそうな人物。



これは、どう考えても一人しか思い浮かばない。



「やっぱり…ここは直接…。」



散々悩んだ挙句、クリスは城内へ入っていった。















思い切ってサロメの部屋の手前まで来たものの、再びクリスは悩んでいた。





―いきなり部屋におしかけたら…やっぱり迷惑…だよな。





そう思いためらっていると不意に目の前の扉が開いた。

クリスはあわてて後ろに飛び退く。



「あ、あ、あ、……あのっ…」



突然の事で、心の準備が出来ていない。

クリスはなんと言っていいかわからずにうつむいてもじもじしている。



「………。」



「あれ?」



何の反応も無いので顔を上げると。

サロメは書類に目をやっていて考え事をしているのか、クリスに気づかずに通り過ぎようとしている。



「サロメ殿?」



そっと横から声をかける。



「………。」



「サロメ殿ー!!」



今度は前に回って声をかける。



「!!ク、クリス殿っ!!???い、いつからここに?」



自分を呼びかける声に気づいて顔を上げると、いきなり視界にクリスの姿が飛び込んできたのである。

サロメは心底驚いた様子で、持っていた書類を落としそうな勢いの慌てぶりだ。



「…サロメ殿が出てこられるときから、いました。」



「え?そ、そうだったのですか??でしたら声をかけてくだされば……。」



「ずっと…かけてたんですけど…。」



「そうでしたか!?つい考え事に夢中になっていたようですね。悪い癖ですな。」



「くす。あ!すみません。」



いつもの冷静なサロメと打って変わった様子に、クリスはつい笑みをこぼし、あわてて謝る。



「あ、いえ。構いません。」



そういって、サロメもつられて照れ笑いをうかべる







「今日はどうしました?休暇を与えられていたと思うのですが…」



たまたま通りすがるような場所でもない。

何か用事があって赴いたのだろうとサロメから用件を聞いてやるべく切り出した。



「あ、あの…実は……。」



クリスは言い辛そうにもじもじとしている。



その様子を見ていると、なにか深刻なことのようにも見えてくる。

どうやらこのような場所では中々に言い出しにくいことらしい…。



サロメはそのように状況を判断した。



「……では、外の空気でも吸いに行きましょうか?話はそこで伺いましょう。」



「あ、はい!」



ここがサロメの部屋の前と思い出し、クリスはあわてて頷いた。

そしてサロメに促され、二人は外へと足を運んだ。















ブラス城を出て少し歩いたところの木陰に2人はやってきていた。

城内の喧騒から隔離された静かな場所である。



ここならば相談ごともリラックスして言えるのではないかというサロメの気遣いがあった。



「ここでよく本を読むんですよ。」



「気持ちよさそうですね。」



「ええ。木漏れ日が心地よくてついついまどろんだりしますよ。」



他愛もない会話を交わし、二人は木陰に腰を下ろした。







「さて、今日は一体どうしたんですか?」



「……サロメ殿。」



サロメの問いかけに、クリスはくるっとサロメのほうに向き直り、真剣な表情でサロメを見据えた。



「はい」



サロメも同じく真剣なまなざしでクリスの言葉を待つ。



「…………」



「…………」



しばらくの間沈黙が続く。

やがて意を決したように、クリスが口を開いた。



「サロメ殿。私に料理を教えてくださいっ!」



「料理……ですか??」



思いもかけなかったクリスの言葉にサロメが困惑の表情を浮かべた。



「はい。」



「……騎士になったばかりの貴女には他にやるべきことがたくさんあるでしょう?突然、どうされたのですか?」



「はい。わかっています。……ですが。」



クリスの真剣なまなざしは先ほどから変わっていない。

その表情に、サロメの心は何故だかわからないが、ひどく揺さぶられた。





―ひょっとしたら、誰か手料理を食べさせてやりたい者がいるのだろうか?





そう考えると、クリスの様子にも納得がいく。



「わかりました。私でよければ協力しましょう。」



他でもないクリスの頼みである。

それに、その動機もわかった今、断る理由も無い。

サロメはクリスの申し出を快諾した。



「あ、ありがとうございます!!」



サロメの言葉にクリスの表情がたちまち綻んだ。















「それで…クリス殿はどういったものを作ってあげたいのですか?」



料理といっても多種多様である。まずは何を作りたいのかとサロメはクリスに問いかけた。



「作って…あげたい……?」



「ええ。相手の好みのものとか…。」



「相手……?」



サロメの言っている意味がわからず、首をかしげるクリス。

そしてサロメはクリスが首をかしげていることがわからない。



「???」



「???」



2人で首を捻りながら向き合うという、周りからみると非常にこっけいな構図であった。





―もしかして、私は何か勘違いをしているのだろうか?





サロメの脳裏にひとつの疑問が浮かんだ。



「あの…クリス殿。」



「はい。」



「どなたかに作ってあげるのではないのですか?」



「あ、ええと……サロメ殿さえよろしければ…。」



「え?」



「あ、いえ…その……。」



クリスは真っ赤になってうつむいた。















「たしなみ……?」



サロメの驚いた声にクリスは小さく頷いた。



「はい…身に付けたいと……」



そういえば昨日料理はたしなみだと言っていたのをサロメは思い出した。



「ああ、そうでしたか。わがハラス家の家訓に賛同されたのですな。

料理をたしなむというのは、なかなかに面白いことでして……」



どうも微妙にクリスの意図を取り違えているようで、クリスが純粋に料理に興味を持ったものだと思い、うんうんとサロメは頷いている。



「はい。そうですね。」





―ちょっと、ちがうんだけど……。





と思いつつも、クリスは小さくうなずいた。



「料理というのは非常に楽しくて……。」



料理のことをいつになく熱く語りだすサロメに、クリスは一つずつ相槌を打って熱心に聞いていった。









「料理って、奥が深いのですね。」



「ええ。その通りです。わかっていただけますか?」



「はい。」



「ああ!…そうですな……どうです?

もしよろしかったらわが屋敷に一度いらっしゃいますか?

よい釜のある厨房があるのですよ。」



すっかり料理談義に花を咲かせているサロメである。

ついつい、何の気なしにクリスを実家へと誘った。



「サロメ殿のご実家ですかっ!?」



クリスは驚きと嬉しさの入り混じった声を上げた。





―ど、どうしよう!!サロメ殿の実家に招かれるなんて!!





「ええ。ワイアット様には随分とお世話になりましたゆえに、家のものもよろこびます。」



どこか懐かしそうな表情を浮かべるサロメである。

クリスの心中のドキドキなど全く気づくかけらもない。



「あ、…でもっ、ちゃんと料理を習得しないと、私…」



「え??」



「だ、だって、ご実家…ですよね。

…ハラス家のたしなみをきちんと身に着けてからでないと…行けません。」



頬を赤らめ、クリスは残念そうにしている。





「クリス殿…。」



サロメは驚いた様子でクリスを見ている。





―も、もしかして…そ、そんな可愛らしい事を思い悩んでいた…とか!?





―い、いや…まさか、な。





しかし、浮かんできた考えを打ち消すようにかぶりを振った。

そしてクリスに優しく語り掛ける。



「クリス殿。」



「はい。」



「そんなに気負う事はありませんよ。クリス殿が思われるような厳しい家ではございません。

どうぞ軽い気持ちでいらしてください。」



「あ、は、はい。」





―そ、そうだよな……、ふ、普通に家によんでもらっただけ、だものな。





一人で気負って、ドキドキしていたことが恥ずかしくて…

そして少し、淋しかった。





サロメはそんな少し気落ちした様子のクリスを、どこか慈しむような表情で見ていた。



「クリス殿」



「はい。」



「その…たしなみというものは、おいおい身に着けていけばよい事で…。

あ、いえ!…そのあまり深い意味では無くて、ですな…。」



クリスを励まそうと言ったつもりだったのだが、

思いがけす、ぽろりとこぼれてしまった言葉を、真っ赤になってあたふたとフォローするサロメであった。



それを見て、クリスの表情は明るさを取り戻す。

そして、満面の笑みでクリスは答えた。



「わかりました。いずれ必ず身に着けます。……それまで、待っていてください。」









おわり
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