SILVERMOON
あまやどり
最終更新:
mayusilvermoon
-
view
あまやどり
(title:雨)
「それではデュパ殿、また近いうちに…。」
「うむ。」
一夜明けて、クリスとサロメは朝から大空洞の族長の間へと赴いた。
そして、再度休戦協定への互いの主張を確認しあった。
そして、再度休戦協定への互いの主張を確認しあった。
「ではもう出立するのだな?」
「ええ。おかげ様でゼクセンに戻ってすべきことが山のように出来てしまいましたからな。」
デュパの問いかけにサロメが苦笑混じりで答えた。
「違いない。」
それにつられてデュパも苦笑をこぼす。
「長居をしてすまなかったな。」
「気にするな。我々は共に戦った同朋。いつでも歓迎する。」
これがゼクセンの騎士団長とリザードクランの族長の会話であるとは、敵対していたころからは全く想像もつかないことだろう。
このようなやりとりからも、互いに譲れない一線はあるが休戦協定が結ばれるのは間違いないだろうとサロメは確信を得ていた。
急ぐことは無い。
そう自分に言い聞かせてもいた。
「さて、クリス様。参りましょうか。」
「ああ。そうだな。」
クリスは軽く頷き席を立った。
「ふむ…。」
族長の間に一人残ったデュパはふいに首をかしげた。
「昨夜は、サロメ殿が一人だけ残っていたような……。」
そうつぶやいたかと思うと、今度はぽんと手を鳴らした。
「…そういうことか。」
うんうん。と頷き、自分の考えに納得している様子である。
当人たちのあずかり知らぬ所で、またしても二人の仲が勝手に進展していくのだった。
大空洞を後にして、二人はブラス城へと馬を進ませていた。
「……。」
「……。」
いつもなら他愛も無い会話も交わすのだが、今日は言葉が続かない。
理由は違えどお互いに眠れぬ夜を過ごした翌日である。
普段どおりに振舞えるようになるにはもう少し時間が必要なのかもしれなかった。
理由は違えどお互いに眠れぬ夜を過ごした翌日である。
普段どおりに振舞えるようになるにはもう少し時間が必要なのかもしれなかった。
でも…ずっと私たち”このまま”なのか?
そんなのって…
だって、私は…
道すがら、クリスの頭にはそんな言葉が回っていた。
「…これは…まずいですな…」
「え!?」
ふいに聞こえてきたサロメの言葉にクリスはあわててかぶりをあげた。
見るとサロメは神妙な眼差しで東方の空を見上げていた。
見るとサロメは神妙な眼差しで東方の空を見上げていた。
「空か?そういえば雲が出てきたな。」
サロメの目の方向を追うと、見る間に雨雲が迫ってきていた。
「クリス様!ここはともかく急ぎますぞ。」
「ああ。」
クリスはあたりを見渡した。
雨を凌げる場所を探すためだ。とにかく馬を長く雨の中走らせる事は避けたかった。
雨を凌げる場所を探すためだ。とにかく馬を長く雨の中走らせる事は避けたかった。
「少し行った所に遺跡の跡地がありましたな。」
「そうか!そう遠くないはずだ。」
先の戦いでは敵の拠点となりそうな遺跡を洗い出していた。
「そこならば馬も休ませる事ができましょう。」
まさかこんな場面で役に立つとは思っていなかったがサロメの提案で二人はそこに向かうことにした。
「そうだな。……さあ、もう少し、がんばってくれ。」
クリスは愛馬に労いの声をかけてやる。
愛馬は軽く嘶き主に答えた。
愛馬は軽く嘶き主に答えた。
ぽつり、ぽつりと降り出した雨は間もなく激しさを増し、結局着くまでに随分と濡れてしまった。
着いた先は洞窟状の遺跡になっており、とりあえず雨風を凌ぐには十分な場所だった。
「スコール…というものですな。
この季節、ここグラスランドでは時折見受けられるとは聞いておりましたが…。」
この季節、ここグラスランドでは時折見受けられるとは聞いておりましたが…。」
入り口のあたりで外の様子を伺ったのち、サロメはクリスにそう告げた。
「そういえば、聞いたことがあるな。」
「……。」
「……。」
ずぶ濡れで立ち尽くす二人の間になんとも気まずい空気が漂う。
「何…すぐにやみましょう。」
「あ、ああ。」
クリスはサロメの言葉にぎこちなく頷いた。
しばらくはここで様子を見ることになりそうだった。
ふと見ると、サロメはクリスに背を向け、ストールをほどいていた。
その様子にクリスもあわてて後ろを向いた。
そして自身も上着を脱ぎ去った。
その様子にクリスもあわてて後ろを向いた。
そして自身も上着を脱ぎ去った。
こ、これは……っ
自分たちの置かれた状況を考えれば考えるほど、クリスの心拍数がやたらと上がってくる。
これは…寄り添ってあたためあうという例のアレではないのかっっ!!!???
勝手に思い込んでいる感は否めないが、思いもよらない展開にクリスはあせりまくっていた。
ど、どうしようっ…え、え~とえ~と…
頭の中が真っ白になりそうである。
そ、そうだ。サロメは…
クリスはちらりと視線を後ろのサロメの方に向ける。
するとサロメはいつも通りの的確さで火を熾したり濡れた服をしぼったりてきぱきと動いている。
全くもって平静そのものだ。
全くもって平静そのものだ。
クリスにはそう映るサロメだが、本当のところはやけに無駄な動きが多い。
どうやら動いていないと落ち着かないようである。
どうやら動いていないと落ち着かないようである。
しかし悲しいかな、クリスは全く持ってその点に気づいていなかった。
「サロメ…。」
切なげにクリスはつぶやいた。
サロメが熾した火の前で暖をとりながらクリスは服が乾くのを待っていた。
クリスは、上には薄手のシャツが一枚、という出で立ちである。
クリスは、上には薄手のシャツが一枚、という出で立ちである。
「さ、クリス様。こちらは濡れておりませんでしたので。」
サロメは馬の鞍にくくりつけてあったため、かろうじて雨にやられなかった布を持って来た。
そして、後ろからそっとクリスにかけてやる。
そして、後ろからそっとクリスにかけてやる。
「ああ…。ありがとう……。」
サロメはやさしい。
やさしいけど、
ひどく遠くて……さみしい
クリスはサロメのやさしさにどうしようもなく距離を感じてしまう。
こみ上げてくる感情をこらえるように下唇をきゅっと噛む。
こみ上げてくる感情をこらえるように下唇をきゅっと噛む。
「クリス様?」
心配そうにサロメが声をかける。
「あ、ううん。なんでもない。…なあ、サロメは…寒くないのか?」
「あ、私ですか? 私は、だ、だいじょう……は~くしょんっ!!」
思わず大きいくしゃみが出てしまう。
明らかに大丈夫ではない返事をしてしまうサロメである。
明らかに大丈夫ではない返事をしてしまうサロメである。
「全く…。だいたいいつも私より着込んでいるくせに無理をするな。ほら…」
毎度毎度の事ながら、自分を省みないことこの上ない過保護ぶりに
半ばあきれたように苦笑を浮かべ、クリスはかけられた布をはずしサロメに差し出した。
半ばあきれたように苦笑を浮かべ、クリスはかけられた布をはずしサロメに差し出した。
「い、いえっ…そのっ…。」
サロメはあわてて差し出された布を押し返す。
「寒いんだろう?熱も出てきてるんじゃないか?顔が赤いぞ。」
「あ、いや…その…これはですな……、そのようなお姿……心臓に悪い…。」
クリスの誘導尋問に、しどろもどろになりながらついついぽろりと本音が漏れてしまう。
「……悪かったな見苦しくて。」
しかし、今ひとつ自分の格好がどう映っているのか理解していないクリスである。
サロメの言葉の真意をとんでもなく履き違え、小さく口を尖らせむくれて見せた。
サロメの言葉の真意をとんでもなく履き違え、小さく口を尖らせむくれて見せた。
「見苦しいなどと!!と、とんでもございませんっ。」
「じゃあ。受け取らないか!!」
「いえ。クリス様が寒い思いをされては大変ですからな。私は結構ですので。」
頑なに譲ろうとしないサロメにクリスは苛立ちを覚える。
やさしくするだけしておいて
どうしてこっちからの好意は受け取ってくれない!?
こうなったら意地である。
クリスはなんとしてでもその距離を詰めようと一大決心した。
クリスはなんとしてでもその距離を詰めようと一大決心した。
多少強引ではあるかもしれないが…。
「そうか。ではお前は私が寒い思いをしたら一大事というんだよな?」
クリスは今一度サロメに念を押す。
こうして退路を断つわけである。
こうして退路を断つわけである。
「はい。ですからその…包まっていてください。」
やっと分かってくれたかと、何も知らないサロメはぶんぶんと頷く。
「……これだけじゃ寒い!」
「は…?」
予想外の切り返しにサロメは一瞬言葉に詰まった。
しかしクリスがそういうのなら応えないわけにはいかない。
しかしクリスがそういうのなら応えないわけにはいかない。
「で、では火をもっと焚きましょう。」
「酸欠になるぞ。」
クリスは冷静に答える。空気の循環の悪い場所ゆえに、そのようなことは十分に考えられた。
「はっ!そうですな。つ、つい失念しておりました。」
困ったとばかりにサロメは首をひねる。
じ~っ。
そんなサロメをクリスは訴えるような目で見つめる。
目で訴えられてサロメはようやくクリスの意図を理解した。
”例のアレ”だ。
しかし昨日の今日である。その訴えをすんなりと受け入れる余裕はサロメにはなかった。
クリスはただ、親に甘えるような感覚でいるだけなのだろう。
そう。分かりきっていることではないか。
サロメは自分に言い聞かせる。
サロメは自分に言い聞かせる。
分かっている。頭では分かってはいるのだが……。
こんな状況で心の奥底の感情を殺しきれるかというと……。
こんな状況で心の奥底の感情を殺しきれるかというと……。
答えは否である。
クリス様…
きっと意識はしていらっしゃらないでしょうが……
ほんとうに、あなたは罪作りな……
サロメはすっかり困りきっていた。
とは言え”寒い”というクリスの申し出を無下にするわけにもいかない。
とは言え”寒い”というクリスの申し出を無下にするわけにもいかない。
「そ、そろそろ雨も止みましょうか。」
「……さっきよりひどくなってないか?」
思いつきで言ってみたものの、クリスの言葉どおり外の雨は止むどころかますます激しく降っている。
「う…。」
にこにこにこ
返答につまるサロメの苦渋の表情とは裏腹にしたり顔のクリスである。
もう…どうなっても知りませんからな。
なんだかんだ言っても結局はクリスの言うことを聞いてしまうサロメである。
覚悟を決め、やれやれといったように、サロメは小さく嘆息する。
覚悟を決め、やれやれといったように、サロメは小さく嘆息する。
そしてそれをクリスは肯定の意に捉えた。
「そっちに行くぞ」
「……どうぞおいでください。」
クリスの声に、とうとう観念したサロメはそっと腕を差し伸べる。
そしてその腕の中にクリスがするりとしのびこんだ。
そしてその腕の中にクリスがするりとしのびこんだ。
互いの体温で暖めあうというのはどうやら道理にかなっていたらしく、二人はようやく寒さから開放されていた。
「あったかい…な。」
「ええ。」
短い言葉のやり取りだったが、
こうやって触れ合っているだけで随分と距離が縮まったような気がして、クリスはうれしかった。
こうやって触れ合っているだけで随分と距離が縮まったような気がして、クリスはうれしかった。
そして、もっとサロメのぬくもりを感じたくて、もっと近づきたくて、クリスはサロメの胸に頬を寄せた。
「……!!!」
その途端にクリスは驚き、息を呑んだ。
頬から伝わるサロメの鼓動は激しく、それは思いもよらないことだった。
頬から伝わるサロメの鼓動は激しく、それは思いもよらないことだった。
なん、で…?
なんで、私といっしょなんだ…?
「サロメも、ドキドキしているのかっ!?」
がばっと顔を上げ、クリスはサロメに言い寄った。
「あ……。」
サロメは一瞬、迷いを見せた。
しかし、この至近距離で、確固たる事実に気づかれたのである。
もはや言い逃れ出来る術はなかった。
もはや言い逃れ出来る術はなかった。
「……はい…。」
潔くその事実を認めるサロメであった。
しかし、クリスの言葉に一つだけひっかかる点があった。
「………え…? …今、” も ” …とおっしゃいましたか?」
「は?何を言ってるんだ?あ、当たり前だろう!!」
そういうクリスの頬が見る間に染まっていく。
当たり前…って?
クリス様なにをおっしゃって……
「で、ではクリス様。クリス様もドキドキしている…と?」
恐る恐る確かめる。
「あ、ああ。」
こくんとクリスが頷く。
これって、もしかして…もしかするのか……?
二人の脳裏に同じ思いがよぎる。
一つの疑惑が徐々に歓喜を伴った確信へと変わりつつあった。
一つの疑惑が徐々に歓喜を伴った確信へと変わりつつあった。
「……。」
「……。」
互いの思いを探るように二人は無言で目を合わせた。
結局、
いったんゆるんだ結び目は、するするとほどけてしまったようで、
それぞれの誤解は解消され、心の中にあったわだかまりもきれいさっぱり無くなっていた。
それぞれの誤解は解消され、心の中にあったわだかまりもきれいさっぱり無くなっていた。
そしてクリスは先ほど以上にぴったりとサロメに身を寄せている。
一方のサロメも、クリスを包み込むように回す手は少なからずの力がこもっている。
一方のサロメも、クリスを包み込むように回す手は少なからずの力がこもっている。
「どうやらとんだ回り道をしてしまったようですな…。」
苦笑交じりにサロメが漏らす。
「ふふっ…。そうだな。……でも……」
「でも…?」
クリスの言葉の先を促すように優しくサロメが声をかける。
「でも…な、それが私たちらしくていいんじゃないか?」
クリスがにっこりとサロメに微笑みかける。
家族のように、あるいはそれ以上に近くありすぎて、
だからこそ気づかなかった相手の思い…。
それは本当に、この二人ゆえの回り道だろう。
「そうかも、しれませんな。」
クリスの笑みに誘われ、ふ…とサロメも口の端を緩めた。
二人の心を表しているように空もいつの間にか晴れ渡っていた。
しかしそんなことはどうでもいいようで、二人のあまやどりはしばらくは終わらないようである。
終わり