SILVERMOON

今日の宿題

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今日の宿題


「じゃあ今日の授業はここまでです。」

パタンとアティが本を閉じる。
いつもの日課の青空学校の後のウィルへの授業。
今日も順調に進み、その日の予定はおろか宿題にしようと思っていた分まで全てこなされていた。

「先生。ご指導ありがとうございました。」

ウィルはアティに一礼する。

「はい。お疲れ様。」

アティはにっこりと微笑みを返す。

島で繰り広げられる戦いが徐々に激しさを増す中で、ウィルの授業に対する熱意はそれに比例してか、大変大きくそして真剣なものであった。
教えることをみる間に吸収し、成長していくさまは教えている当のアティも驚くほどであった。
気取られないようにはしているが、影での努力が実を結んでいる結果だろうということがアティにはよくわかっていた。

頑張ってくれるのは教える側としては教師冥利に尽きると言えよう。
しかし、むしろ頑張りすぎて倒れてしまうのではないかと反対の心配をしてしまう。


生徒としては優秀で、出来すぎていて申し分ないんだけど…
たまにはもう少し子供らしいこともさせてあげたい。


常々アティはそのように考えていた。

自分は元々戦うことを生業とする軍人であったし、大人だからいい。
だがウィルは…。

まだまだ子供なのに、戦闘に巻き込まれ、貴重な戦力として前線に立つことも余儀なくされている状況だ。

”戦うな”

などと言うつもりは毛頭なかった。
ウィルがそれを望んでないのは十二分にわかっているから。


だけど、彼を戦いに駆り立てたのは他でもない自分なのではないのか…。


そんなことがアティの脳裏を掠めていく。


だからせめて…たまには戦いのことから切り離してやりたい。


そう、思うのだ。





「さて!今日は時間もあることですし、これから何をしましょうか~!」

アティが大きくのびをする。

「これから…って?」

「はい。これからです。せっかく授業が早くおわったんですから…」

アティはにこにこと笑っている。
ウィルを一人で帰しては、自分の望むようにウィルが休んだり遊んだりしないだろうことは目に見えていた。
だからなんとかそれを阻止しようと企んでいるアティなのだ。

ウィルは一瞬ぽかんとした表情でアティを見上げる。

「……。僕は復習と予習があるから。」

しかしアティの気遣いなどつゆ知らず、ウィルはさらりと答えてのけた。
そしてにこにこと笑っているアティを尻目に席を立ち、机の上を片付け始める。


ウィルがこんなにも熱心に勉強する理由…、名目上は軍学校合格という目標のためだ。

だが本当はそれだけではない。

今の戦いで足手まといになりたくない、そしてなによりアティの力になりたい。

…それが本音である。

そのためには授業だけじゃ足りなかった。
やはりアティの思ったとおりで、そんな理由から、ウィルは空き時間を見ては自己訓練に勤しんでいるのだった。

「あ 、待って!ウィル君。」

立ち去ろうとしたウィルにあわててアティが呼びかける。

「何か…?」

「じゃあ宿題!宿題を出しましょう!」

「宿題?…それならかまわないけど…。」

答えたものの、ウィルは首をかしげる。
先ほどは時間があるから何をしようか…と言っていたはずなのに、今度は”宿題”と来たからだ。
どうも矛盾しているような気がしてならないのだが…。

「えーと、今日の宿題は…ですね……。」

口元に人差し指を当て、上のほうを見ながらアティは話し出す。
それが考え事をしているときのアティの癖だということにウィルは最近になって気づいた。
そして、多分気づいているのは自分だけ。
皆といるときは気を張っているからかそんな可愛いしぐさは見せていないから。

ウィルはそんな事にささやかな優越感を感じてしまう。


まあ、授業中しょっちゅうそうしているからいやでも気づいちゃったんだけどね…


しかしながら、自分がついついアティの仕草を目で追っているという事実には気づいていないウィルなのだが。

「くす。」

「ん?なに笑っているんですか…ウィル君?」

「え、今僕笑ってた!?」

アティに言われて初めて自分が笑みを漏らしていたことに気づく。

「ええ。どうしたの?」

「な、なんでもないっ。」

顔を覗き込もうとするアティを振り払うように、ウィルは慌てて顔を背けた。
その頬にはうっすらと朱がさしている。

「そうですか??」

ウィルの態度にアティは訝しげに首をかしげている。


ふ、不覚だ。先生を見て笑ってたなんてっ!!


「そ、それより宿題は?」

ウィルは何とか話を戻した。

「あ、そうだったよね。今日のウィル君への宿題は…」

鈍感なのか気にしない性質なのか、
そんなウィルにさしたる疑問も持たず、アティはウィルへの宿題について説明しだした。





「気分転換にゆっくりする…!?」

ウィルはアティの言葉を反芻した。

「はい。」

いつものように、にこにことアティが笑みを浮かべる。

「そんな宿題…。」

予想もつかない宿題を出され、ウィルは困惑した表情を浮かべる。

「あのね、ウィル君。」

「はい…。」

アティは腰をかがめ、ウィルと視線を合わせ諭すように話し出した。

「一生懸命がんばるのはいいことです。でもそれだけじゃ体がもたなくなっちゃうから……ね?」

「先生…」

自分がしていたことを見抜かれていて、そして心配されて…
気恥ずかしさともどかしさと…ちょっぴりうれしさもあいまってウィルは頬を染める。

「わかって、くれた?」

そう言って微笑むアティの笑顔はまぶしくて、思いがけず目の真ん前にあってウィルはどぎまぎしてしまう。

「う…うん。」

そうとだけ答え俯く。

「じゃあ一緒に帰りましょうか。」

「そうだね。」

アティの笑みにつられるようにウィルも笑う。
満足そうに頷いてから、アティはウィルの手をとり、連れ立って船へと帰っていった。





「… でも、先生はひとつだけわかっていないね。」

帰り道、ふいにウィルが足を止め、口を開いた。

「え?」

「先生だって頑張りすぎて無理…してるんじゃないの?」

「…ウィル君…」

自分を見上げるウィルの眼差しは真剣で、アティは言葉に詰まる。
生徒に心配されるというのは教師としては失格で、これではだめだな…と思うのだが、
その反面、ウィルの心遣いを嬉しいと思ってしまう自分がいるのも事実だった。

「先生としてちゃんと見本を示してもらわなきゃいけないよね?」

正論である。

「うう…。そ、そうですねー」

「じゃあ、ちゃんと示してくださいね。」

「……はい。」

生徒に諭され、頷くしかない先生であった。





「…で、結局これなんだ。」

ウィルが半ば呆れ顔でつぶやく。

「はい♪」

反対にかなり乗り気のアティである。

二人がやってきた先は岩浜。
アティが持っているのは釣り竿である。

アティが選んだ気分転換はのんびりと釣りを楽しむことだった。

「さあ!ウィル君。掛け声をおねがいしますよ~」

「え?掛け声?」

意味がわからずウィルは聞き返す。

「この間、一人で釣りにいったんですけどね、ウィル君のあれがないと先生どうも調子が出ないんです。」


………、この人ってどうしてこう可愛くて嬉しいことを言ってくれるんだろうか。


アティの発言にウィルはわずかに頬を赤らめる。

「だめかな?」

アティは少し寂しげに首をかしげている。

「まあ…、掛け声ぐらいだったらいつでも僕が掛けてあげるから。
釣りに行くときは言ってくれたら、その……つっ、付き合うよ。」

照れながらも、自己主張を交えつつ答える。

「本当?じゃあこれからは大漁間違いなしですね!」

その言葉にアティは満面の笑みを浮かべる。
当然ながらウィルの言葉の本当の意味には気づいていないようだ。

「ふう……。」

ウィルは小さくため息をついた。


まあ、いいか。

「さあ、いくよ……READY GO!」





それからというもの授業の後の釣りは二人の日課となるのだった。
お互いにいい息抜きになっているようである。


(終わり)


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