彼女たちはもう思い出のトゥエンティーセブンクラブ ◆John.ZZqWo



「じゃあ、アタシはお姉ちゃんと帰るから、ちひろさんにはよろしくね☆」
「うん、またいっしょにお仕事しようね」

佐々木千枝と揃っての撮影モデルの仕事を終えた城ヶ崎莉嘉は、彼女に手を振り足早にスタジオを後にした。
息を荒げながら階段を上り、廊下をスタッフさんに怒られないギリギリのスピードで早歩きする。
向かう先は同じ建物の中にある別のスタジオだ。そこでは姉の城ヶ崎美嘉が同じく撮影モデルをしていて、互いに仕事が終わった後は食事に行く約束だった。
角を曲がり、その先の休憩スペースに向かうと、そこに仕事を終えた姉の姿が見える。けれど……、

「お姉ちゃん、おつかれー……って、――くんは?」

そこにいるのは姉だけで、もうひとりいるはずだった彼女らのプロデューサーの姿はなかった。

「おつかれ莉嘉。プロデューサーさんはねぇ……、さっきまではいたんだけど、なんか急な打ち合わせが入ったーとかで行っちゃった」
「ええーっ!!」

静かだった休憩スペースに城ヶ崎莉嘉の声が響く。

「だって、今晩は3人でごはん食べるって約束だったでしょー!」

妹はひどい剣幕だったが、しかし姉はというとただ肩をすくめるだけだった。

「でもしかたないじゃない。仕事が入ったって話なんだから」
「しかたなくないよー! それにお姉ちゃんはずっと――くんといっしょだったんでしょ! アタシはずっと今日はひとりだったのにぃ!」
「莉嘉は千枝ちゃんといっしょだったんでしょ?」
「千枝ちゃんは千枝ちゃんだもん。――くんとは違うよ」

城ヶ崎莉嘉はがっくりと肩を落とす。3人での、特に――くんとの食事はとても楽しみにしていたのだ。
普段から学校に休まず通い、門限も6時と決められている彼女にとって、プロデューサーといっしょにいられる時間は少ないし、夕食をいっしょにしたこともない。
だからこそ、今日という特別な、両親が町内会の旅行に出ていて家に誰もいないから姉と外食しなさいという日は千載一遇のチャンスだったのである。
あわよくば、家まで送ってくれた彼をそのままお家に上げて……深夜番組を見ながら夜更かししたり☆……なんてことも考えていたりもした。

「――くん、すぐに戻ってくる?」
「んー……、プロデューサーさんは『今日はごめん。埋め合わせはまた今度する』って言ってた」
「うわぁー……」

城ヶ崎莉嘉は冷たい床の上にヘタりこむ。夢も希望も打ち砕かれ、まさに絶望……という風だった。
そんな彼女をやれやれと姉が腕を引いて立ち上がらせる。

「まぁ、3人でってのはまた今度に期待してさ。今日はふたりで食べにいこう。どっちにしろお母さんたちは家にいないわけだしさ」
「むー……」
「奢ってあげるから」

城ヶ崎美嘉はあやすように微笑みを浮かべる。しかし、逆にそれが城ヶ崎莉嘉の癪に障った。

「子供あつかいしないでよ! アタシだってお仕事して稼いでいるんだから、お金くらい払えるもん!」
「でも、莉嘉はお母さんからお小遣いしかもらってないはずだし、それも“計画”のために貯金してるんでしょ?」
「そ、それは、そーだけどさ……」
「まぁまぁ、今日はアタシに奢られておきなさいって。たまにはお姉ちゃんらしいこともしたいしねー」

言いながら、城ヶ崎美嘉は懐からスマホを取り出す。そんな姿も姉はどこか様になっていた。

「莉嘉は今晩、なに食べたい?」
「どこでもいいよ」

城ヶ崎莉嘉はできるだけつまらなさそうな声を出したが、姉はというとそんなことには気をかけず話を進めていく。

「じゃあ、友達に聞いたオススメの店があるからそこにするねー。クーポンで10%オフだし……と。メチャおいしいって言ってたから、莉嘉も絶対気にいるよ」

絶対に気にいる……んだと、城ヶ崎莉嘉も思った。お姉ちゃんのすることに間違いはほとんどない。なにせ自慢のイけてるお姉ちゃんなのだ。
きっと、お店につくまでの間に今日あったことをおもしろおかしく話してくれて、お店では頼んだ料理を分け合いっこして、あまーいデザートを食べて、
帰り道につく頃にはふたりともにこにこと笑って、そしてゲーセンで最新のプリクラを撮るか、クレーンゲームでぬいぐるみを取ってくれるに違いない。
そんなことが彼女にはありありと想像できたし、それはこれまで何度も繰り返してきたパターンだった。

だからこそ、くやしい。自慢のお姉ちゃんは自分よりも何歩も先を行ってて、追いかけても追いつけなくて、一足早く大人になろうとしている。
プロデューサーとのこともそうだ。彼は妹のことは子供扱いするのに、姉のことは“オンナ”扱いする。
彼の目が時々、お姉ちゃんの胸に釘付けになっているのを城ヶ崎莉嘉は知っていた。

“アレ”は自分にはないもので、城ヶ崎莉嘉はそれを少しズルいと思っていた。
ちょっと生まれた時が違うだけなのに、今プロデューサーはひとりしかいなくて、先に生まれたお姉ちゃんが彼を取ってしまおうとしている。
もっと早く生まれていたら自分にもチャンスがあったかもしれないのに。

もっと、早くに生まれていれば……、

もっと、アイドルになるのがふたりとも遅ければ……、

もし、

お姉ちゃんがいなければ――……。








そして、気づけば城ヶ崎莉嘉はひとり見知らぬ空き地の真ん中に立っていた。

――異常事態。殺しあい。生き残れるのはひとりだけ。殺しあいをしなければ、――くんは、死んじゃう?

暗闇の中で、心の底に溜まった澱が形を持ち、立ち上がろうとしていた。

――お姉ちゃんがいなくなれば、お姉ちゃんが死んじゃえば、お姉ちゃんを殺してしまえば?

小さな手には重たい拳銃が握られていた。

――これで撃てば、みんな死ぬ。お姉ちゃんも死ぬ。そうすれば、目の前にあるジャマなものは全部なくなる?

ドキ、ドキ、と心臓が痛いくらいに弾む。ひどく気分が悪かった。こんなことを考えられる自分が恐ろしかった。
けれど、引き金を引けば問題が解決してしまう。そんな暴力の魅力。殺しあいという異常事態の後押しがぐいぐいと黒い心を掻き立てる。
もしかすれば、いや、“彼女”の狙いどおりなら城ヶ崎莉嘉は手に握った拳銃で誰かを殺していただろう。



「うぅん…………」

その時、どこからか細いうなり声が聞こえてきた。城ヶ崎莉嘉はとっさに拳銃を後ろ手に隠し、周りを見渡す。
誰かいるのだろうか? しかし真夜中の空き地は暗くて、誰の姿も見当たらない。

「…………うーん」

また、うなり声が聞こえてくる。もう一度、今度はよく目をこらして探してみると、草むらの中に誰かが寝ているのがわかった。

「杏っち……」

そこにいたのは双葉杏だった。
草がちくちくとするのか、むずがるように身体をくねらせうなり声をあげている。その姿はひどく無防備で、彼女らしくもある。

「ぷっ……」

城ヶ崎莉嘉はその邪気のない姿に吹き出すと、恐ろしい拳銃をバックに戻し、彼女を起こすことにした。


 @


「ねぇ莉嘉、そろそろ休憩にしない?」
「まだ十分くらいしか歩いてないじゃん! 杏っち疲れるの早すぎだよー!」
「失礼な。杏は莉嘉の体を心配してるんだよ?」
「そんなこと言って、本当は自分が休みたいだけでしょ!? 駄目だからね!」

杏の手を引いて莉嘉は街灯に照らされた道を前へ前へと進んでいく。

「じゃあ、支給品の確認をするべきだよ! ほら、莉嘉もまだ確認してないよね!?」

びくりと肩がゆれる。どうしようか? 思ったけれど、考える前に言葉が出ていた。

「たしかにまだだけど……もう、杏っちは仕方ないなぁ」

拳銃なんて見せたら気が変わりそうで怖かったけれど、隠し続けるのも無理だし言ってしまったほうが楽だ。
それに、いいかげん、あの手この手で休憩を求めてくる杏に莉嘉も辟易してた。
せめてここで言うことを聞いておけばその後、こっちの言うことを聞いてくれるかも、そんな風に考えて譲歩することにする。

「ねー、ついでに少し仮眠とっていかない? ほら、寝る子は育つって言うよね!」
「ダーメ!」

今までとは逆に先を行きだした杏に手を引かれ、莉嘉は暗く静まった民家のほうへと歩いていく。
意識を失う、その直前に姉を交わした会話を思い出しながら――

前へ前へ、どこまでもこの先へ……アタシのかっこいい、最高にイけてるお姉ちゃんの背を追って、いつか追い越すために。




お姉ちゃんが拾ってくれたタクシーに乗って城ヶ崎莉嘉は姉の(正確にはその友達が)オススメするお店へと向かっていた。
窓の外には夜の街の光が流れている。それは彼女にとって珍しいものだったけれど、この時はまだその輝きも目の中には入ってはこなかった。

「そんなに残念だった?」
「うん…………」

こぼれた声は自分で思っていたよりも弱々しいものだった。

「うわ、本当に残念そう」
「だってぇ……」

城ヶ崎莉嘉にとっては2週間も前から楽しみにしていた夜だったのだ。その間に、したいことの妄想も期待も最大まで膨れ上がってた。
それをあっさりとふいにされ、それでいてなにもかもがいつもどおりに流れていってしまうのは悲しいことだった。

「まぁまぁ落ち込まないでよ。なんだったら、今度お姉ちゃんが莉嘉とプロデューサーのふたりきりのデートをセッティングしてあげるからさ」
「本当に!?」

思いがけない展開、それも一気に二段飛ばしくらいの急展開に城ヶ崎の莉嘉の身体が跳ね上がる。

「うん、マジな話で」
「でも……いいの? お姉ちゃんは、それで」

城ヶ崎美嘉はわざとらしい神妙な顔をすると腕を組んでうんとうなづいた。

「うーん、確かにプロデューサーさんがロリコンの罪で逮捕~なんてなったら困るかなぁ……。でもね――」

彼女は妹を横目に見ながら不敵に微笑む。窓から差し込むネオンの光が当たって、その横顔はドキリとするくらいにかっこよかった。

「なにごともフェアにいきたいじゃん? アタシたち姉妹だし、さ」

城ヶ崎莉嘉はその言葉に、はぅとため息を吐く。



かっこよすぎるお姉ちゃん。城ヶ崎莉嘉にとって、お姉ちゃんはいつもスターであり、憧れであり、手を伸ばして向かう先だった。






 ※城ヶ崎莉嘉の不明支給品は「シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾x24」でした。


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最終更新:2013年08月14日 21:14