失敗禁止!火事場のチョイスはミスれない! ◆44Kea75srM



「プロデューサーさん! 心理テストですよ、心理テスト!」
「お、心理テストの本か。どんなのだ?」
「えっとですね。まず、あなたの前で建物が燃えています」
「いきなり衝撃の展開だな」
「次のうち、あなたが取った行動はどれ!?」

 A:もっと燃やす。
 B:怖くなって逃げる。
 C:野次馬に駆けつける。
 D:気にしない。寝る。

「なんか選択肢がどれも極端だな……119番ってのはないのか?」
「ありません。この中から選んでください」
「うーん。まあ、Cかな……」
「はーい、プロデューサーさんはC! 結果発表は、この次のページです!」
「そもそも、この心理テストでなにがわかるんだ?」
「それは結果が出てからのお楽しみです! それじゃいきますよ~」

 ベリリィ!

「って、わー! 強く引っ張りすぎてページが破けちゃいました!」
「あーあー。またベタなドジを。それで、心理テストの結果は?」
「そ、そんないつものことーみたいに流さないでください!」
「いつものことだろ」
「うー。え、えっとですね――」


 ◇ ◇ ◇


 ドガ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ン!!!!!


 なんて、漫画みたいな擬音が出ていたかどうかは定かではないが、とにもかくにも大爆発が起こった。
 起こしたのは彼女――『ストロベリー・ボム』という焼夷手榴弾を与えられたアイドル、五十嵐響子である。

「あー……うー……」

 いきなりのうめき声。
 別に痛いとか悔しいとか苦しいとか、そういうことで呻いているわけではない。
 ならなんで呻いているのかといえば、響子自身にもよくわかっていなかった。

 場所は、炎上するドラッグストアから充分に離れた位置にある小さな雑居ビル。
 爆破後、響子はここの五階の部屋に押し入り、一旦気持ちを落ち着かせるための時間を作ることにしたのだ。
 部屋の中にはあまり質の良くないソファーや、使い古された机やテーブル、数年前は薄型と呼んでいたようなテレビなどが置かれている。

 まるで小さなアイドルプロダクション事務所……と思えなくもない。
 響子の所属するところは60人以上のアイドルを抱えるマンモス事務所なので、実際はわからないが。
 これくらいの規模の事務所に入っていたら、こんなことにも巻き込まれなかったのだろうか。
 でもそれだと、プロデューサーにも会えなかったんだろうなあ……なんて。

「鼻、ツンってするよぉ……ここ、お掃除したい……」

 響子はソファーの上に寝転がり、埃っぽいクッションに顔をうずめて考える。
 室内は暗い。電気は通っているようだがあえてつけなかった。このまま眠ってしまってもよかった。

「ちゃんとやったんだから……しばらくだいじょうぶ、だよね」

 誰にでもなく問いかける。
 それはもしかしたら、どこかで見張っているのだろう千川ちひろに宛てた言葉かもしれなかった。

 ――五十嵐響子は人を殺した。

 同年代の女の子を、夢を同じくするアイドルを殺した。名前も知っている。櫻井桃華脇山珠美だ。
 特別仲がよかったというわけではなかったが、同じ事務所に所属するアイドルとして、何度か言葉を交わしたことがあった。

 ……そんな二人を、響子は殺したのだ。
 手榴弾でその華奢な体を爆破し、清らかな肌を炭にした。
 爆音と炎に包まれ、焼け爛れるヒトの臭い……二度と嗅ぎたくないと思った。

 でも、いつかはまた、あの臭いを嗅がなきゃいけないんだろうなと思った。
 でなければ、響子が想いを寄せる男性――プロデューサーが殺されてしまう。

 桃華と珠美の二人を殺したことで、ちひろに『五十嵐響子は殺し合いに肯定的である』という姿勢は示せた。
 ストロベリー・ボムを与えられた他のアイドルたちの動向にもよるが、他の四人だって想いは同じだろう。
 これで『殺し合いをしないんならプロデューサーさんを殺しちゃいますねっ♪』とはならないはずだ。

「だから、私はしばらくここで休んでても大丈夫……」

 そう、思った。
 そう、思いたかった。
 しかし、気づいてしまった。

「…………だめだ。だめだよ。そうか。なんで気づかなかったんだろう。ううん、早いうちに気づけてよかった」

 クッションから顔を離し、響子は青ざめた顔で起き上がる。
 二人殺したから大丈夫――なんて、そんな安心をしてはいられない。
 他の四人だって、きっとちゃんと殺す――それも、安心の材料とは呼べない。

 響子は気づいてしまった。
 気づくべきことに気づいた。
 しかし気づきたくないことに気づいてしまったとも言える。
 結果的にはどちらなんだろう。
 わからない。
 わからないが、とにかく気づいてしまったのだから仕方がない。

 テーブルの上に置いていたデイパックを取り、肩にかける。
 すぐに出発しなければ。そして捜さなければ。
 なにを探すのか、誰を捜すのか、それは明確だ。
 響子は、気づいてしまったモノの名前を呼ぶ。

ナターリアだ」

 それは、響子の親友の名前である。
 リオデジャネイロ出身、14歳の外国人アイドル。
 活動は個々だが、響子とは仕事を一緒にすることも多かった。

 なぜって、響子とナターリアのプロデューサーは同じ人だからだ。

 殺し合いの前日、ちひろに集められ『シンデレラ・ロワイアル』の説明を受けた五人は全員が同じプロデューサーに恋をしていた。
 しかし同じ担当プロデューサーを持ちながら、あの場に呼ばれなかったアイドルが一人だけいる。
 それがナターリアだ。

 プライダルショーで一緒に仕事をしたときのことを思い出す。
 二人でウエディングドレスを着て、いつかプロデューサーと三人で結婚しようね、なんてお喋りをしたことがあった。
 ナターリアもナターリアで、プロデューサーのことを恋しく思っているのは間違いない。

 でも、仮にそうだとしても。
 彼女はきっと、こんな殺し合いには乗らない。

「だって、ナターリアは太陽だから」

 響子や唯や千夏や智絵里や智香みたいに、盲目的な恋はしない。いや、知らないと言ったほうが適切かもしれない。
 たぶんちひろも同じように思っているのだろう。だからあの場にナターリアを呼ばなかった。
 だとすれば。ナターリアが殺し合いをしないというのであれば。つまり――

『ナターリアちゃんが殺し合いをしないので、彼女のプロデューサーさんを殺しますね。あっ、響子ちゃんたちのプロデューサーも同じ人でしたっけ?』

 ちひろの声が、響子の耳に深く突き刺さった。
 幻聴だ。
 そう思っても、不安を抱くことはやめられず。

「休んでる暇なんて、ない」

 おそらく、五人の中でこの危機に気づけるのは私だけだろう。あの子のことを一番よく知っているのは、私だから。
 なら、私がやらなくちゃいけない。他のアイドルよりも、優先して殺さなくちゃいけない子がいる。
 彼女が殺し合いを拒み続ければ、プロデューサーが死んでしまう。それは絶対に嫌だ。
 なら彼女に殺し合いをするようお願いする? ううん、そんなこと絶対に無理。彼女が人を殺すはずがない。
 説得しても無理。ならどうする? 決まってる。やるしかないよ。うん。やらなきゃいけないんだ。

「ナターリアを殺しにいかなくちゃ」

 五十嵐響子は標的を定めた。
 口にしたのは、彼女の親友の名前だった。

 そうして、五十嵐響子は火事場を離れる――――。


 ◇ ◇ ◇


 ドガ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ン!!!!!


 その爆発音が耳に届いたとき、市原仁奈はどこにいただろう。街中だ。しかし、彼女はそれをよくわかっていなかった。
 周囲に建物があるのだから、街には違いない。でもここは仁奈の知っている街ではないし、そもそも日本かどうかもわからない。
 本当に街なの? だって人がいないよ? コンクリートジャングルってやつ? 人は、声は、姿は、みんなはどこですか!?

「プロデューサー……プロデューサー……! どこに、いったいどこにいやがりますか……!?」

 そう遠くはない場所で、大きな音が鳴った。土地勘のない仁奈は、その音だけを頼りに人を探し求めた。
 ログハウスの中にプロデューサーはいなかった。森の中にもいなかった。街まで来たが、まだ見つからない。
 立ち止まったら、後ろから魔女が追いかけてくるかもしれない。振り返ることは、とてもではないが怖くてできなかった。

 仁奈は地図を確認していない。方角もわからない。そもそも東西南北のどれがお箸を持つほうかも知らない。
 仁奈はまだ9才なのだ。
 こんな凄惨な舞台に上げられて、ゲームのキャラクターのように上手く立ちまわることなんてできるはずがなかった。

 それだけに。

「な、なんでごぜーますか? なんでそんなに燃えてやがりますか!?」

 ただ轟然と燃え上がる火柱を目印に走りついた先――炎上するドラッグストアを目にしたときの衝撃といったらなかった。
 火事だ! 防災頭巾をかぶって避難しないと!
 いや、それよりも消防車を呼ばなければ。消防車を呼ぶときは何番だっけ。消化器で消せるかも。水は。電話は!?

 仁奈は頭の中が真っ白になった。もともと真っ白だった頭の中に、新しく白のペンキをぶちまけられたような新感覚だった。
 ともかく、逃げなくちゃ!
 このままここにいては危ない。大事なキグルミに火が燃え移るかもしれない。じゃあどこに。どこに逃げればいいの!?

「教えやがってください、プロデューサー……!」

 叫んでも叫んでも、キグルミをくれたプロデューサーは仁奈の前に現れなかった。
 そんなことはない! きっとプロデューサーが助けに来てくれる!
 仁奈は走り続けた。がむしゃらにT字路を曲がろうとしたところで、ドンッ!

「うぎゃっ!」

 なにかにぶつかった。
 いや『誰か』か。
 仁奈は衝撃に尻餅をつき、見上げる。

 大人の女性だった。

 とにかく、大人だった。大人ということしかわからなかった。自分よりも大きくて、強そうな。美人さんだ。
 どこかで見たことがある気がする。でも思い出せない。
 仁奈はそれどころではなかった。相手が誰かを検索するよりも先に、本能が『逃げろ!』と指示を出してきた。

 ぶつかった相手は、長い棒のようなものを持っている。

 あれはきっと怖いものだ。形がそう告げている。あれで叩かれたりするんだ。頭を。おしりを。めっためたに。
 イヤだ! コワい!
 仁奈は無我夢中で逃げた。一周して喜んでいるようにも聞こえる奇声を上げ、近くの裏路地に逃げ込んだ。

 このままここにいてはだめだ。
 ここは火事だし、怖い人がいるし、プロデューサーもいない。
 じゃあどこに、どこに行こう。ここはどこで、この先はどこにつながっているの?

「あっ、あっ、うあっ、わぁああ~~~~…………っ!」

 仁奈はとうとう泣いてしまった。
 大泣きの状態で、アスファルトの上を駆けずり回った。
 まるでママを探し求める迷子のようだったが、ここにはママなんて存在しない。
 泣いている子供を見つけ、放っておけずに声をかける大人。そんな優しさを世界は持ちあわせていない。

 そうして、市原仁奈は火事場を離れる――――。


 ◇ ◇ ◇


 ドガ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ン!!!!!


 白坂小梅の追跡を断念した和久井留美はそのまま北部の街まで移動し、その轟音を耳にした。
 遠目からでもわかる大爆発。夜という名の暗黒を灼熱の赤が蹂躙する様は、この世の終わりかとも思った。
 日頃からニュースで見るような火災の映像も、ここまでの迫力はなかっただろう。

「爆弾、か」

 留美は瞬時に理解した。あの火災、そして爆発は、誰かに支給された武器――超威力の爆弾によるものだと。

(まいったわね……想定しなかったわけじゃないけれど、こんな形で現実を見せつけられるなんて)

 手元のベネリM3を見る。
 12ゲージのセミオートマチックショットガン。対人武器としてはこれ以上ないほどの一品と言える。
 が、しかし。留美に支給されたベネリM3にも、欠点と呼べる要素がいくつかあった。

 まず、重い。
 きちんと測ったわけではないが、体感の重さは3キロから4キロほどだ。女性の細腕で持ち続けるには些か厳しい。
 単純な重量だけでなく、引き金の重さもある。一撃の反動は構えて撃たねば肩を外しかねないため『咄嗟に撃つ』というアクションを困難にさせている。

 次に、弾数。
 初期段階で7発、既に1発撃ってしまったので、残り6発。これは単純に、この銃で殺せる人数があと6人だけということを示している。
 予備弾が豊富に支給されていたことは幸いと言えるが、あったらあったで装填という手間が生まれ、これも隙というデメリットに通じる危険性がある。

 さらに、扱いにくさ。
 先に挙げた重さも関わってくるところだが、留美は銃に関しては素人であり、いざ戦闘となれば狙いを外すこととて大いにありえる。
 散弾銃の特性上、対面状態からの攻撃成功確率は高いと言えるだろう。が、逃げる敵を狙い撃つ場合は距離や相手の動きをよく読む必要があった。

 攻撃力の高さは評価できるとしても、これからの殺し合いを生き抜くにあたって絶対の信頼が置ける武器ではない。
 その点、爆弾ならどうか。
 これはある意味、最強と言える。殺傷力は銃以上、携帯性に優れ、取り扱いも簡単だ。もちろん爆弾といってもモノによるが。

(少なくとも、アイドルが使う武器としてはあちらのほうが『アタリ』と言えるでしょうね)

 故に、留美は歯噛みする。
 故意にしろ事故にしろ、誰かがこの街で爆弾を使ったことは間違いない。そしておそらく、それで誰かを殺害した。
 仮に草葉の陰から爆弾を投げ込まれたとして、自分は対応できるだろうか。無理だ。気づかず爆死というオチが簡単にイメージできる。
 いや、むしろそれこそが普通なのだろう。和久井留美は訓練された兵士でもなんでもないのだから。

 彼女は――ただの、覚悟を決めただけのアイドルなのだ。

 今井加奈、白坂小梅と、立て続けに『獲物』と呼べる人間に遭遇してきた。
 しかしここで、ようやくというべきか、『ライバル』と思しき存在の確認ができたのだ。
 これは狩りではなく戦争だ――無自覚ではいられない。これからの身の振り方を考えなければ、自滅する。

 爆弾が存在するということが明らかになったところで、手持ちの武器について再考してみる。
 筆頭と言える武器はベネリM3と予備弾数十発。強力すぎるためか、留美の支給品はこのワンセットのみだった。

 次いで、先ほど手に入れた今井加奈の支給品。デイパックの中に入ってた武器は二点だ。
 一つ目はガラス製の灰皿。サスペンスドラマなどでは定番の凶器だが、お世辞にも武器と呼べる代物ではない。
 二つ目はなんと、なわとびだ。手に持ったのは小学校以来な気がする。ご丁寧に名前を書く札まで入っていた。
 とはいえ、なわとびの強度を馬鹿にすることはできない。おそらくはこれで相手を絞殺しろということなのだろうが、だからといって。

(この二つは……『ハズレ』よね)

 留美は今井加奈の運の悪さを気の毒に思った。そしてすぐに、自分にそんな権利はないかと自嘲した。
 なんにせよ、手持ちがショットガンにガラス灰皿になわとびでは心許ない。
 来たるべき『ライバル』との相対を視野に入れるのなら、自分も爆弾の類が欲しいところだが。

(……奪う、か)

 もとより、方法などそれしかなかった。これはゲームではないのだから、ダンジョンを探しても宝箱が見つかるわけはない。
 では誰から奪うか。真っ先に思い浮かんだその対象が『たったいま大爆発を起こした張本人』である。

 行動方針は決まった。ならば、と留美は今井加奈の荷物を漁り、食料と水に少しだけ口をつけた。
 使い道のありそうなガラス灰皿となわとびだけを自分のデイパックに移し、残りはその場に破棄する。
 今後は荷物の重量が足枷になる、そう判断しての取捨選択だ。地図や端末は紛失が怖いが、身軽でいることのメリットのほうが大きい。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

 天まで届きそうな炎の明かりを目指し、留美は慎重に歩を進める。静謐な夜の街は、誰が潜んでいるとも限らない。
 徐々に炎の熱気が近づいてきたような気がする。爆破犯ははたしてどこにいるのだろうか。
 あれだけ大きな火災だ。電灯に群がる羽虫のごとく、近寄ってくる参加者を物陰から狩る魂胆かもしれない。
 だとすれば安易に近づくのは危険か。そう思いつつも、留美は足を止めなかった。焦りが、留美の思考を鈍らせた。

 姿の見えぬ『ライバル』に気を取られすぎたのかもしれない。
 路地を曲がったところで、ドンッ、と。
 留美の脚に小さな影がぶつかった。

「うぎゃっ!」

 ――それは、羊の耳だった。
 ぴょこんと垂れた羊の耳。その本体たる小さな身体。
 一目見て自分の中のデータベースと合致した。それくらい彼女は有名人だった。

 キグルミアイドル、市原仁奈。

 年齢は、たしか9才だったろうか。特別親交があったわけではないが、そのスタイルの特異さ故に嫌でも記憶している。
 なぜ、彼女がこの場に――まさか彼女が爆破犯だとでもいうのだろうか――そのキグルミの中にごっそり爆弾が?
 まさかの登場人物に、思考と動作が一瞬遅れた。動けたときにはもう、仁奈は奇声を上げ背中を見せていた。

「くっ――!」

 走り去る背中にベネリM3の銃口を向ける。
 そしてすぐに引き金に指をかけ――やめた。

「……ッ。なにをやっているのよ、私は」

 舌打ちをしてから、銃を下ろす。
 仁奈は見逃す。
 いや、見逃さざるをえないと、脳がそう判断してしまった。

 第一に、全速力で逃げていった相手に銃を当てられる自信がない。
 もし狙いを外したら、限りある一発が無駄になってしまう。

 第二に、銃声によって留美の居場所が知れてしまう危険性。
 冷静に考えて、爆破犯が9才の子供であるとは考えがたい。
 となれば、真の『ライバル』が近くに潜み新たな獲物を待っている可能性は大いにある。
 見据えるべきはその『ライバル』だ。ここで焦りを見せ、隙を作ってしまうのは間抜けにもほどがある。

 第三に、相手が怯える子供なら自分が追いかけて手をくだすまでもない。
 白坂小梅のときもそうだったが、留美はなにもキルスコアの更新に挑戦しているわけではないのだ。
 だから戦況が不利なときや、相手が労力をかけて殺すほどではない場合、見逃すという選択肢を取ることができる。
 9才の子供など、どう足掻いても生き残れるはずがない。なら彼女に向けて銃を撃つこと自体が、体力と物資の無駄遣いと言えるだろう。

(冷静に……そう、冷静にならなくちゃね)

 『ライバル』の存在が見えてきたからこそ、冷静にならなくてはならない。
 留美は仁奈には目もくれず、さらに慎重な足取りで火災の現場へと近づいていった。

 微かに残っていた建物の輪郭や看板から察するに、燃えているのはドラッグストアのようだ。
 周囲に人影はない。感じられるわけはないが、自分を狙う殺気もないように思える。
 もう既に退散したあとなのだろうか。それともこちらの出方を窺っているのか。
 だとしたら、相手はどこかから爆弾を投げて――

「あっ」

 そこで、留美はハッとした。
 爆弾。
 そう、爆弾だ。

 先ほど見逃した市原仁奈。無理をして彼女を殺すことは愚策かと思ったが、そうではない。
 彼女を殺して、彼女の持っている武器を奪うという選択肢があったではないか。
 むしろそれこそが正解だった。数分前の武器の心許なさに悩んでいた自分はなんだったのだ。

 ダッ、と留美は走り出した。
 近くにまだ仁奈がいることを望んだ。しかし現実はそう上手くはいかない。
 逃した魚の姿はもうここにはなく、留美はほどなくして途方にくれた。

 収穫というか、わかったことがあるといえば、一つだけ。
 ショットガンを片手に持ちながら走るのは、息が切れる。

「……仕切りなおしましょうか」

 息を整え、頭を振り、留美は自分自身に言い聞かせるため、あえて声に出して言った。
 この街からは離れよう。西か南か、別の街へ移動してそこで他の参加者を狩ったほうが実りはありそうだ。
 どちらの街に向かうにしても、道のりは遠い。殺し合いというプログラムの終わりも、まだまだ遠い。

 いまはとにかく、頭を冷やすべきだ。
 そのためにも、背後の炎から一度離れるべきだ。
 あの熱気にあてられていると、いつか大きなミスを犯してしまうような気がしたから。

 そうして、和久井留美は火事場を離れる――――。


 ◇ ◇ ◇


 ドガ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ン!!!!!


 その音を耳にしたときは、さすがの双葉杏も飛び起きた。
 五階建ての小さなワンルームマンションを見つけて、エレベーターで上がった五階の部屋を寝床と定めたのがほんの40分ほど前。
 ふかふかのベッドに身を横たわらせ、枕をよだれでべちょべちょにしていたら、マンションの外から突然、轟音が鳴り響いた。

 閉めていたカーテンを開き、バルコニーに出て夜の街を見やる。
 空は変わらぬ星空だ。杏が殺した城ヶ崎莉嘉も、いまとなってはお星様。きっとあの中できらきらと輝いているに違いない。
 と、そんな感傷はどうでもいい。杏が興味を示したのは爆音の正体だ。そしてそれはすぐに判明した。

 近い。
 たぶん、100メートルもないんじゃないだろうか。

「おー……」

 建物が一軒、燃えていた。燃えているので、なんの建物かはわからない。しかしでかい。でかい建物が燃えていた。
 ああ、きっと爆弾かな。杏は素早く正解にたどり着いた。爆発音で、大炎上なのだから、それはもう爆弾しかありえない。
 配られる武器はアイドルによって違うとちひろが言っていてたから、たぶん爆弾を支給されたアイドルがいたのだろう。
 それを使って、建物を爆破した。いや、建物を爆破する意味はないから、建物ごとアイドルを爆破したのか。

「よくやるなー。みんな『果報は寝て待て』って言葉を知らないのかな」

 爆発の正体を知った杏の対応は、ずばり他人ごとだった。
 だって、自分が爆破されたわけじゃないし。距離が近くてビビったけど、被害がゼロならセーフだし。

 ……案外、みんな乗り気なのかな。とも思った。
 いまもどこかで、刀を支給されたアイドルがチャンバラしたり、銃を支給されたアイドルが早撃ち対決とかしてるのかな。
 そんなのゲームの中だけにしてよね。と杏はため息をついた。殺し合いなんて、心底くだらないと思う。

「でも……そんな杏も一人殺しちゃってるんだよね」

 40分間の睡眠で、人殺しの感触が癒えるはずもない。杏の手には、確かに莉嘉の頭をハンマーで殴った感触が残っている。
 いや、でもあれは衝動的な犯行だ。怨恨の可能性大というやつだ。たぶん次はない。
 そりゃ、生きて帰りたい、プロデューサーを助けたい、とは思うけど……そのために殺し合いをするだなんて。

「……絶対にイヤだ。私は働かないぞ」

 このまま、ここでだらけていよう。
 その間に他のアイドルのみんなが死んでいくなら、それもいい。
 最後までだらだら寝て遊んで逃げて、それで生き残っちゃったなら、しょーがないじゃん。

 杏はバルコニーの窓を締め、鍵をかけ、カーテンをかけた。
 またベッドに潜り込む。
 寝よう。寝ちゃおう。寝て忘れるんだ。何回もそう唱えた。

 近くにはまだ爆弾魔がいるかもしれない。その可能性を考慮しながらも、杏はこのマンションに留まることを選んだ。
 わざわざ何の変哲もないマンションを選んで、わざわざ上がるのが面倒くさい五階の部屋で寝ることにしたのだ。
 ここには誰も来ない。ここに杏がいることなど誰も気づかない。爆弾魔だって、きっと見逃すはずだ。

 そもそも近くに爆弾魔がいるからって、慌てて逃げたりしたらどうなるだろう。
 たぶん運悪く鉢合わせたりしちゃって、それで殺されてしまったりする。
 逆転の発想でそんな可能性に考え至ると、杏の顔は『してやったり』といった笑みに染まるのだった。

「やっぱ働いたら負けだよね」

 そうして、双葉杏は火事場を離れ――――るわけがなかった。



【C-7/一日目 黎明】

【五十嵐響子】
【装備:ニューナンブM60(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×9】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:ナターリアを殺す。
2:ナターリア殺害を優先するため、他のアイドルの殺害は後回し。
3:ただしチャンスがあるようなら殺す。邪魔をする場合も殺す。

【市原仁奈】
【装備:ぼろぼろのデイバック】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品1~2(ランダム支給品だけでなく基本支給品一式すら未確認)】
【状態:疲労(中)、羊のキグルミ損傷(小)、パニック状態】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーと一緒にいたい。
1:怖い。寂しい。プロデューサー、プロデューサーはどこにいやがりますか。プロデューサー……ッ!

【和久井留美】
【装備:ベネリM3(6/7)】
【所持品:基本支給品一式、予備弾42、ガラス灰皿、なわとび】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。
1:その為に、他の参加者を殺す。
2:西か、もしくは南の街へ移動する(爆弾魔の存在を危険視し、火災現場から離れる)。
3:使える武器(できれば爆弾の類)が欲しい。奪える機会があれば他の参加者から奪う。
4:『ライバル』の存在を念頭に置きつつ、慎重に行動。無茶な交戦は控える。

※今井加奈の基本支給品一式はC-7の路地に廃棄(食料と水を少量消費)。


【C-7 マンション五階/一日目 黎明】

【双葉杏】
【装備:ネイルハンマー】
【所持品:基本支給品一式×2、不明支給品1~3】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:印税生活のためにも死なない
1:働いたら負けだよね。だから杏は寝ることにするよ。


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前:悪夢かもしれないけど 和久井留美 次:彼女たちは袖触れ合うテンパーソン
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最終更新:2013年01月13日 18:40