彼女たちのためのファーストレッスン ◆John.ZZqWo



「そもそもおかしいんですよね」

青白い月明かりで照らされる山の斜面、丁寧に整備されたハイキングコースをトコトコと靴音を立てて下りるひとりの少女がいた。

「ボクみたいなかわいくて可能性のある女の子が殺されちゃうかもしれないってことが」

月があるとはいえ不確かな足元に、慎重に慎重にと歩を重ねている彼女の名前は輿水幸子という。
誰よりも自分の可愛さに自負のある彼女は、この“アイドル同士の殺しあい”について非常に懐疑的であった。

「もしボクがプロデュサー……いえ、もっと偉い立場の人だったとしたら、絶対にボクをこんなことに参加させません。
 だって、そうじゃないですか。そんなことありえないんですよ。人類史にとっての大いなる損失なんです」

故に、この殺しあい云々というのは所詮“ドッキリ企画”だ――というのが彼女の考えであった。

「あの……、あのスプラッタなのだって、きっと人形かなんかですよ。VFXです。CGとかスペシャルエフェクトです」

と強がってはいるものの、不安もなくはない。
例えドッキリ企画だとしてもこんな山中にほったらかしにされるのは怖いし(本当にドッキリならスタッフが見守っているはずだが)、
その他にも懸念することは色々とあった。なのでその不安を少しは紛らわそうと彼女は後ろを振り返り――

「ねぇ、聞いてるんです……あれっ!?」

”同行者”の顔を見ようとしたのが、そこには誰もおず、見えるのは彼女が降りてきたハイキングコースの道程のみであった。


 @


「えっ、どうしてですか? なんでいなくなっちゃうんですか?」

いつの間にだろう、彼女と一緒に山を下りてきていたはずの少女の姿がどこにもなかった。
その少女とは共に山の中でばったり出くわし(かつ、互いに死ぬほど驚いた後)、2人とも殺しあいをしようなどという気は毛頭なく、
だったらどこか明るい場所でゆっくりしようと、煌々と明かりを灯す遊園地のほうへと一緒に山を下りていたのだ。
なのに、(輿水幸子としては)一緒にお話しながら歩いていたはずなのに、その少女の姿はどこにも見当たらない。

「こ、これもドッキリなんですか?
 ボクを驚かそうと隠れて……、でもお生憎様ですね。ボクはこんな幼稚な脅かしには――」
「わ、私ならここにいますけどー……」
「うんにゃあああああああああああああああああああああッ!!」

獣も寝静まった夜の森に輿水幸子の乙女らしからぬはしたない悲鳴が――もとい、“可愛らしい悲鳴”が響いた(※輿水本人チェック済み)。

「ど、どこから出てくるんですかぁ……じゃなくて、どこにいってたんですか」
「どこにも……でも、そこで新しいトモダチを見つけたので力になってもらおうと……」
「え、誰かいたんですか?」
「…………これ」

輿水の目の前、色素の薄い長い髪を整えることなく方々に散らしたままの一見すればお化けと見間違えても無理はない陰気な印象の少女。
一応はアイドルであるらしい彼女――星輝子が新しいトモダチだと目の前に差し伸べたのは1本の“キノコ”であった。

「これ……って、なんですかこれ?」

しかもそのキノコは微妙に発光していた。ちょっとどころか相当に普通じゃない気がする。

「ツキヨタケ」

ツキヨタケというらしい。
星輝子は普通に手のひらにのせているが、自分は触りたくもないなぁというのが輿水幸子の率直な感想だった。
それはともかく――

「トモダチっていうのは?」
「これ」
「そんな気はしてたんですけどね……」
「今から新しいトモダチ」

……ともかくとして、ツキヨタケ?を大事そうにしている星輝子を促すと輿水幸子は再び山を下り始めた。


 @


「あー、お気に入りの靴が泥だらけになってるじゃないですか」

あれから十数分、2人はハイキングコースの途中にあった休憩所――とはいってもベンチと屋根だけの東屋の中にいた。
例え十数分にすぎなくとも彼女たちの細足に山歩きは過酷で、座れる場所を見つけるやいなやに吸い込まれるのも致し方ない。
それから一息、彼女たちは――いや、輿水幸子はひとりで配られた鞄の中身を改めて検分していた。
星輝子のほうはというと、東屋の外に置いてあった鉢植えにさっき拾ったキノコを移植するのに夢中のようだ。

「うーん……」

輿水幸子の手の中には一丁の拳銃があった。
彼女の小さな手でももてあますことのないコンパクトな拳銃で、重さもそれほどでもない。
一緒に添えられていた説明書によるとこの拳銃の名前はグロック26というらしい。

「おもちゃ、ですよねこれ。なんかプラスチックみたいですし、軽いですし」

彼女にとっての懸念のひとつがこの銃だ。もしこれが本物の銃だとしたら、この殺しあい企画も本当のことだとなってしまう。
確認することは容易い。一度撃ってしまえばそれが本当か嘘かがわかる。
しかし、それを確認する勇気はなかったし、あったとしても実行できたかどうかはわからない。

「この首輪だって、どう考えてもおもちゃっぽいですし……」

もうひとつこれが本当かどうかを確認する方法がある。爆弾入りだという首輪を外そうとしてみればいいだけの簡単なことだ。
だがこれも、いやこちらは死んでしまうと警告されているだけにより、とても到底には確認するなんて勇気はもてない。

「……………………」

もしドッキリなら(ドッキリに決まっているけど)、こんな屈辱的なことはない。
真夜中にどこともしれない場所に放り出されて、恐怖に震え泣きそうになったりしてるところをいろんな人に見られてしまうのだ。

「まぁ、本当でも嘘でもこのステージで一番になるのはボクなんですけどね!」

どこかで自分を撮影しているはずのカメラにむかって嘯く。
本当はプロデューサーの名前を呼びたかったがそれはしない。仕事中に身内の名前を呼ぶのはNGだ。画を使ってもらえなくなる。
鼻の頭が熱く目もしぱしぱするけどそれも我慢。月明かりがあるとはいえ、現場が夜で暗いのは幸いなことだった。


 @


「あ、真っ暗」

そろそろ出発しようかと鞄を背負ったところで東屋の中が停電のように真っ暗になった。いや東屋の中だけでなく周囲一帯がだ。
どうやらわずかな明かりとなっていた月に雲がかかってしまったらしい。

「もう、しかたないですね」

目の前すら見えない闇の中(正確には星輝子のもってるツキヨタケだけは光って見えるので彼女の場所だけはわかる)、
輿水幸子は懐中電灯を取り出すべく背負いなおした鞄をもう一度降ろした。
そして、ほどなくして闇の中にちかりと白く眩しい光が点る。
だがしかし、それは輿水幸子の持つ懐中電灯からではなく、ましてや星輝子のものからでもなかった。

「(誰!?)」

光が浮かび上がったのは彼女たちが下りてきたほうとは逆で、その人物はわざわざ山を登ってきたらしい。
その何者かが持つ懐中電灯は何かを探すかのように右往左往し、輿水幸子らが潜む東屋へと近づいてきていた。
すぐに東屋がそこにあることに気づいたのだろう。揺れていた光はぴたりと東屋のほうへと固定されるとどんどんと近づいてくる。

「(か、隠れないと……!)」

何故かはわからないけど(無論、彼女は怖かったのだが)、輿水幸子は光を避けるよう、咄嗟に柱の影へと身を隠した。
柱は細く小柄な彼女といえどもその姿を隠しきれてはいない。しかしそれでも彼女は必死にその柱へと身をしがみつく。
額を柱につけると頭の中にドクンドクンという心臓の音が響きだす。
地面を通じて近づいてくる人物の足音が届き、更に懐中電灯の光が柱の上を舐めると心音は激しさを増した。

「(だ、誰……?)」

光が身を隠している柱の前を通り過ぎた隙に、輿水幸子はほんの少しだけ顔を出して近づいてくる人物の姿を確認しようとした。
だがしかし、逆光の中にいる人物の姿はよく判別できない。
わかるのは長い髪がなびいているから自分たちと同じこの殺しあい企画に参加している女の子だろうということ、
そして片手に懐中電灯、もう片方の手に――“大振りの鉈”をゆらゆらぶら下げているということ!

「サ、サツジンキ」
「のひぃ!」

喉の奥から変な声が出る。
気づけば、いつの間にか星輝子が背中にぴたりとつくように身体を寄せていた。声の振るえからして彼女も相当にビビっているようだ。
ゴリゴリと背中に押し付けられる鉢植えが痛いが、そんなことよりも今はどうすべきか。
少しだけ冷静になった彼女の脳みそがそれを計算し始めた。

「(れ、冷静に……殺しあいなんて嘘、誰も信じてない。驚かさないよう冷静に話しかければいいだけ)」

そして、意を決して柱の影から身を出そうとし――ようとしたが何もできなかった。
両手は柱からはがれず、足はガクガクと震えだしてとてもいうことをききそうにはない。輿水幸子は柱の影で涙を零しながら震えていた。

「(ボクはこんなところで死んじゃいけないのに……なんで、なんで……ッ!)」

彼女の一番の懸念は“もしその気になっている人がいたら?”ということだった。
例えこれがドッキリ企画だとしても嘘だと保証する何かがなければ本当のことだと思いこみ実際に誰かを殺す人が現れるかもしれない。
いや、そもそもとして輿水幸子はもうすでに気づいていた。

「(どうしてプロデューサーさんは助けに来てくれないんですかぁ……!)」

自分のプロデューサーがこんな企画を了承するはずがない。自分のことを一番だと言ってくれたあの人が。
他のアイドルたちにしてもそれは同じはず。だからみんな最初から全部気づいているにちがいない。
死体が本物にしか見えなかったとか、薬で眠らされるなんて尋常じゃないとかそんな些細なことが問題なんじゃなく、
プロデューサーを信じるからこそこの殺しあい企画はドッキリなんかじゃないんだってことを。

「(ボクは……ボクは……)」

近づいてくる足音がはっきりと耳にザクという音を刻む。
柱の影に隠れた輿水幸子からは直接姿は見えないが、しかしおそらくもう“射程距離内”だろということを彼女は確信していた。

「(ボクが一番に決まってますよね……!?)」

もう“そうする”しかない。彼女は後ろ手に鞄を探るとたどたどしい手つきで“それ”を取り出し胸の中に抱いた。
そして、今度こそ柱の影から身を出そうとした、その時――


『――み、みなさん! 私の声が聞こえまひゅはっ!?』


何か大きな声がその場に流れた。
しかも噛んでた。


 @






「はぁ~~~~~~……」

輿水幸子は東屋の床にへたりこむと大きなため息を吐いた。
“あの女”も立ち去り、彼女に襲い掛からんとする危機は当面のところ見当たりはしない。

「こ、今回のところは見逃してあげますよ……へへ」

言いながら彼女は山頂の方を見上げる。
そこから聞こえてきた声は、殺しあいをやめてみんなで協力し、プロデューサーを助けて逃げよう……そんなことを言っていた。
それについては、なんならボクが協力してあげてもいいんですよ――と彼女も思わなくもない。
だがしかし、今回に限ってはパスするしかない。
下りてきた山をまた登る(しかも山頂まで! 待ち合わせ場所は選んで欲しい)のはとても億劫だし、
その後にまた山を下りることなんか考えたくもない。
もう休みたい時間だし、シャワーを浴びたいし、あったかい飲み物が欲しいし、他にも色々ある。
しかし、そんななによりも優先しないといけない問題がある。

「“殺人鬼”を倒す手柄は“あなたたち”に譲ってあげます」

鉈を持った“あの女(結局後ろ姿しか見てない)”は山頂の彼女らの呼びかけを聞くとくるりと踵を返し山道を登って行ったのだ。
あの躊躇のなさはそれこそ“やる気”になっている証拠だろう。
しかもその上、背中を見せた彼女はそこに大きな銃を背負っていたのだ。おそらくはマシンガンという種別のものである。

「ボクが倒しちゃってもいいんですけどね。他人の“フリ”を奪ってまで出番を取るほどボクはおこがましくないですから、ハハ……」

へたりこみ、今しばらく立ち上がれそうにない輿水幸子。その手には間違えて取り出していたスタミナドリンクが握られていた。






「ツキヨにツキヨを浴びてツキヨタケー……フフ……この力、強い……」

星輝子は輿水幸子の葛藤をよそに、ただ新しい友人であるキノコを愛おしそうに愛でていた。






【E-5/一日目 深夜】

【輿水幸子】
【装備:スタミナドリンク】
【所持品:基本支給品一式×1、グロック26(15/15)、スタミナドリンク(9本)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:1番になるのはボクって決まってますよね!
1: 本気を出すのはよく休んでからです。

【星輝子】
【装備:ツキヨタケon鉢植え】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品x1-2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:???
1: ???






 @


水本ゆかりは特殊な女の子ではない。暴力も血なまぐさいことも苦手でできるだけなら遠ざけたいと思っている。
控えめで我侭を言わず、清楚なお嬢様として周りから羨まれることもある。
本当なら、こんなシチュエーションの中に放り込まれたらただの犠牲者にしかなりえない。そんな女の子でしかない。

しかし、彼女にも譲れないものがある。絶対に譲れない約束がある。

「私が守らないと……」

木々の深みを増していく山の中、水本ゆかりは山頂への道をゆっくりと上って行く。






【E-5/一日目 深夜】

【水本ゆかり】
【装備:マチェット】
【所持品:基本支給品一式×1、シカゴタイプライター(50/50)、予備マガジンx4】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーを助ける。
1: 山頂に向かう。


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最終更新:2012年11月19日 04:25