ドロリ濃厚ミックスフルーツ味~期間限定:銀のアイドル100%~ ◆FGluHzUld2






飲み込めないこの味わいをあなたに






 まあ、なんやかんやあって。
山の道中、一つの声が響いた。


「バッカじゃないですか!」


 この世のすべてのものを超越する天使、輿水幸子様はなんとも素晴らしいお声でお叫びになりました。
普段は慈愛に溢れる彼女に、ありがたくもお叱り頂いている少女の名前は、星輝子というそうです。
輿水幸子様に比べたら、月とスッポンではありますが、この少女も曲がりなりにもアイドルでした。
キョトンとする仕草も、陰気でありながらどこか可愛らしく映ります。

 まあ。
キノコの方が可愛いです……けど……。


「あなたは何度はぐれたら気が済むんですかぁー!」(なおこれは恐怖心ではない。協調性の薄い同行者に対する正当な言い分である By輿水幸子)
「……ここはツキヨタケの宝庫……トモダチ……いっぱい、フフ、フフフ」(気味悪く笑った、ボクの高貴な笑みとは比べものになりませんね! By輿水幸子)

キノコはやっぱり素晴らしい。
彼女はそういうと、悦楽の世界へとトリップしていきました。
既に植木鉢いっぱいに生えたツキヨタケーズ(命名、輿水幸子。星輝子により採用決定)を見て、再び漏れた「フフフ」の控えめな笑み。
大きめなカサを手で軽くつつき、ポワンポワンと揺れるキノコをみて、顔を明るくさせる。
キノコの魅力に憑かれたようである。彼女はなんたる幸せ者だろう。
彼女の笑みを見ていると、不思議とそんな気が湧いてくる。

 とはいえども、だ。
博識であり将来、学者としても名を馳せることも決して不可能ではない逸材、輿水幸子様は有り難いお言葉を彼女にかける。

「けれどボクは知ってますよ、ていうか思い出しました。そのツキヨタケってキノコ、確か毒があるんでしょう? そんな危ないものわざわざ持つ義理ないじゃないですか。
 別にボクはこーんなハッタリ(この場合、殺し合いの事を指す)全然全くもってこれーっぽちも微塵たりとも信じてませんが、だからって毒で倒れちゃあ、情けなさすぎですよ」

流石我らが輿水幸子様。
少々残念な子認定をした者に対しても、この溢れんばかりの愛を以て、常識を説くだなんて!
他のアイドルには到底できない所業です。
それをさらりとやってのけるこの麗しきアイドル、輿水幸子に敵などいるのでしょうか。

 しかし伊達にキノコ好きを称している星輝子ではなかった。

「……知ってる、だけど基本的に食べなきゃ大丈夫」
「そ、そう? ふ、ふーん。別にボクだって知ってたしぃ。あなたが口だけじゃないか確かめただけだしこの辺で許してあげますよ、ふんだ」
「……?」

不思議そうに、顔を傾げる。色素の薄い髪を揺れ、たまたまそのひと房がキノコに触れる。
すると、なんということでしょうか。キノコがピョーンピョーンと今までにない動きをするではありませんか。
小刻みに左右に揺れる様子は、かの著名な絵画にも劣らない、旺然たる美であった。
揺れたキノコは一本だけではございません。
連鎖的に揺れ動く様は、例えるならライブコンサートで見られるケミカルライトの様に似ている。

「……! おおぉ……」

感嘆の声。
なんともまあ楽しげである。

キノコの栽培が趣味と言うだけあり、当たり前だがそれなりの知識は弁えている。
少なくとも輿水幸子のそれよりは、よっぽど信憑性はある言葉。
食べなければ、大丈夫。そう言い聞かせた上で今彼女は持っているのだ。
無類のキノコ好き。
地味、空気薄いと揶揄されることも多い彼女にとっては唯一と言っていいほどの特異点である。

「……はあ。まあボクの邪魔さえしてくれなきゃいいんですけど」

 魅力全開。
前を通れば十人中十一人がその姿をもう一度見たくて振り向くとされる輿水幸子さまを前にしては塵も同然かもしれないけれど。

 いえいえ、キノコと彼女の相乗効果を馬鹿にしてはいけないですよ。
一見地味と地味が重なりあっただけの、焼け石に水に思われるかもしれないが、その裏に秘める彼女の本性を――コホン、あれは夢です。
話を戻して、自らカワイイカワイイ言わなきゃ気付いてもらえない可哀相なアイドルとは違い、彼女はボーとしておいてもアイドルとして、その魅力に気付いてもらえたのだ。
眼前の自信たっぷりアイドル、輿水幸子とはもはや雲泥の――。

 な、などという戯れはさておいて、だ(会話強制シャットダウン)。
輿水幸子様一行は、下山をし終え、遊園地に辿りついた。
電力は通っているのか、くるくると回る観覧車が、彼女たちの視界を覆う。
特筆することもないほど、シンプルな作りの観覧車を仰ぎながら、彼女たちは門をくぐり敷地内に入る。

上を見ていたら、「いてっ」と、目の前の段差に気付かず転んだ輿水幸子様のお姿があったと言うが、詳しい事は彼女の名誉のために伏せておこう。

「う、うぅぅ……。どうしてボクがこんな目に……」

面子を保とうと、泣いてこそいないが、泣きそうにはなっていた。
涙目になりながらも、輝きが失せない彼女は、まさしくアイドルのトップに立つべき人間だ。
風格が、そんじょそこらのアイドルと異なるのは、致し方ない話だったのだろう。
比べるのは、酷というもの。

「あ、待ってくださいよー!」

転んだ輿水幸子を待とうともしないで薄情にもさっさと先に進もうとする星輝子を急いで追う。
ちなみに、だが。
彼女らがそれでも共に行動しているのは、輿水幸子の提案である。
――多少の我儘は、我慢をしなければいけない立場である。まあ、それでも自重しないのが、彼女のいいところでもあり、悪いところでもあるんだろう。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 闇を食らう孤独の支配者(懐中電灯もつけず、夜の闇に取り込まれるように、たった一人で彼女はいた)。
刻印されし名を礼賛のすべし堕天使、神崎蘭子(アイドルを職とする少女、名前を神崎蘭子と言う)。
遊戯を司る魔性の祭壇に参拝するものは消滅(あれから結局、遊園地に訪れる者は、少なからず彼女と遭遇したものは誰もいなかった)。
休息の祭具に導かれ、純然たる魔を祓おうと赴く(ベンチに座って、恐怖を落ち着かせようと、一息つく)。
弛んだ気の先に待ち構えるは、燦然と輝く数多の財(ふと空を見上げると、広がっていたのはキラキラと輝く星の数々だった)。
勝利を微笑む、彼方の女神(まるで神崎蘭子に、「頑張れ」とエールを送っているようにも見える)。
全てを浄化する光の魔術は、されど無為に空疎と化す。(そんなエールも、実際は何ら解決には向かわなかった)。

顕現する親愛の糸(プロデューサーの事を思うと、どうしても『なにかを決心する』と言う結論が決まらない)。
殺戮のマリオネットを興じるか(殺し合いに乗って、プロデューサーの命だけは確保するか)。
我が誇りを貫くか(とりあえずが、殺したくないと言う意思に則って行動するか)。

意味失せし二者択一の結論(どちらにしたところで、彼女のやりたいことは決まっている)。
思い人が為の高潔なる騎士(プロデューサーを護りたい)。
意味するは、暴虐の風?(だったら彼女がするべきなのは、他のアイドルを殺すことなのだろうか)。
示すは否定。世界の理では、否定であるはずなのだ(答えは違う。違うはずなんだ)。
望まれざる鮮血の結末(誰も、殺したくなんてない)。
果実が最も熟れようが、不変の理想(たとえそれが、どんなに甘い考えであろうと悟ったところで、結局のところ誰も殺したくなかった)。

「明日見えぬ我が旅路よ……(プロデューサー、私、どうしたら……)」

再生されるは、過去の虚像(繰り返される、先と同じ自問自答)。
無能が誘う、招かれざる純然たる魔の再興(恐怖が、再び巻き起こる)。
親愛なるものの行方はいずこに(プロデューサーのことが心配で、それでいてなにもできない自分が確かにそこにいて)

「……プロデューサー、加奈ちゃん……私は……私は!!」

未来は、誰が為に霧散する(答えを出してくれるプロデューサーも、今井加奈はそこにいない)。
抹消された人の記録(それどころか、近くには彼女を支えてくれるような人間もいない)。
色あせし心象世界(視界は、さながら色がなくなっていくように、絶望感が立ちはだかる)。


刹那(そんな時である)。
気流を遮る、二つの気配(二人の人間が、近づいてきた)。

「き、キ、キノコ触らせてあげるから誰か出てきてー!」
「いやそんなんじゃ来ないから」
「ぐぅ……ひ、人付き合いは苦手なんですよー……」
「じゃあなんでアイドルやってんのさ」

「どうしてボクがこんなツッコミ役に」と落とした悲劇のヒロイン(「どうしてボクがこんなツッコミ役に」と愚痴を零す)。
堕天使の視界を遮りしは、機械仕掛けの無機質な輝き(神崎蘭子の視界に、懐中電灯の光がはいる)。
瞬く閃光が紡ぎ、三者の邂逅(その光により、三者が三者とも、新たな存在が近づいたことに気付く)。

時遅き進軍を前に憚るは漆黒の衣に包まれし堕天使(つまりは、ゆったりと歩く輿水幸子と星輝子が神崎蘭子、神崎蘭子はその両名の存在に、気がついたってことだ)。

停滞の序章(しばしの沈黙)。
弾けだす自己証明(輿水幸子は、声を上げた)。


「……あ、意味分かんない奴」


糸に繋がれし堕天使の降臨(つられて、神崎蘭子も、声を出す)。


「……輿水、幸子ちゃん」
「ちゃん付けだと威厳がないから止めてくださいと何回も言ってます!」


運命共同体、流血の同朋(おなじプロダクションの、プロデューサーこそ違えど共にがんばってきた仲間)。
自称・カワイイ、輿水幸子(自称・カワイイこと、輿水幸子)。

「……ドうモ」
「どうしてそうカチコチなんですか」
「……う、うーん……。……すごい、豪勢な服。……――偉い人!?」
「あれはゴスロリファッション。ゴシック・アンド・ロリータの略で――――ていうか女の子だったら、ていうかアイドルなんだったらそれぐらい知ってて下さいよ!」
「……ご、ゴメンなさい……」
「はあ……まあいいですけど、もう……。寛容なボクに精々感謝していてください」
「……御意?」
「いつの時代ですか……」
「キノコ大ブームの時代」
「なんでここだけははっきり答えるんですか! それと今は……は違うけどすぐにボクの時代ですよ! ニューウェーブ到来です!」


――追随する、灯りし胞子を抱えるは偶像――星輝子(何故か輝きを見せるキノコを抱えたアイドル、星輝子)
深く封印されし記憶を解放しても、掘り出されるメモリはない(神崎蘭子からしてみれば、初めて見るアイドルだ)。


「……愚劣を極めし退廃の魔物?(……えーと、な、なにやってるんですか? なんでそんな楽しげなの?)」
「カワイイボクが事もあろうか涙跡ついてる人にすごく馬鹿にされたんですけど! 裁判所は何処ですか」
「……アッチ」
「いやないですから」
「……ボケ、難しいですね……」
「黄昏は此処にあり(どうすればいいんでしょう?)」


万物を食らいし銀翼天使の戯れ(とても色濃い三人のアイドルは、こうして出会う)。
混沌は、鐘を鳴らしたばかりである。(まだまだ、彼女たちの物語は、始まったばかりである)


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 何とも心優しい輿水幸子様は、これまでの経緯(いきさつ)を簡単に述べられた。
その相手は、輿水幸子と同じプロダクションで働く、神崎蘭子である。
前々から、プロデューサーからそんな子がいると聞いていたし、何回か話をしたこともあった。

結論から言って、幾許聡明で知られる輿水幸子であろうとも、その言語(通称蘭子語、命名輿水幸子、不採用)を理解するには至らなかった。
彼女の言語を理解出来るのは、彼女のプロデューサー、そして、そのプロデューサーが同時プロデュースしている、今井加奈と言う少女ぐらいしか、少なからず輿水幸子は知らない。
無論、今も彼女の言い分が通じている訳ではない。
まあ。
とはいっても、先ほどから一緒にいたのもまた、話の通じにくい相手ではあったが為に、彼女から見ての現状はあまり変わらないのだけれど。


「勝利の凱歌を謡う者?(殺し合いはせず、主催者さんに痛い目を合わせる、ですか?)」


 暗転の先に秘めたるは劇場の転換(いまは、ベンチからところ変わって遊園地内の飲食店にいた)。
無限に広がる彩りの海に飛び込み、死線を交わす(何故か通常通り作動したドリンクバーで、ジュースを注いで、席に着いていろんな情報を交換する)。
神崎蘭子が選ぶは陽光瞬く橙の供物、輿水幸子が選ぶは弾ける泡沫を秘めし果物の王の搾りかす(ちなみに神崎蘭子はオレンジジュースを選んで、輿水幸子はメロンソーダを選んだ)。
響く咽喉の流動を交え、堕天使と天使は神の託宣に従うがままに契約に従事する(ジュースを飲みつつ、彼女らの目的を果たす)。

アカシックレコードに記されるが曰く、神崎蘭子の綴りし歴史は漆黒に染まる(公然の事実であるが、神崎蘭子の喋り方は、他人には易々とは伝わらない)。
世界が定めしカルマに歯向う勇者の猛りを無情に屠る(その言語を前にして、様々な者どもが、交流を諦める)。
自伝を埋める双のペヱジ、記されるにプロデューサーと今井加奈(過去を振り返っても、プロデューサーと、今井加奈ぐらいがまともに理解してくれたぐらいだ)。

 それでも。
その程度で諦める輿水幸子様ではない。

路頭に迷うアイドルを簡単に見捨てるなんて、彼女にはできなかった。

「(まあ、ここで冷たく見捨てるのは、テレビ向けじゃありませんよね!)」

その魂胆はあまりに尊かった。
――カメラすらロクに見せないのに、それでもファンサービスを忘れない誠心。
眩しいほどに、アイドルの鑑である。
輿水幸子様、まだまだ奥底が窺えない。
それほどまでに、人徳に富んだ人間であった――と言うべきか。

「えーと……。まあ、よくわかりませんが、多分そうですよ。ボクは凱歌をあげるんです。
 ボクは世界で一番ですからね。そんなことは余裕です。
 ――それに、こんなことを強要させる性根の腐った方を見捨てるだなんてそれこそないですよ。ありえません」
「純然たる魔の脅威は何処に……(怖くはないんですか……?)」
「……うーん、何言ってるかよく分かんないけど別にいいんじゃない」
「……裁断すべきは貴女の業(そう、ですか……?)」

ボクはボクのやるべきことをやるだけです。
最後にそう付け加え、可憐でいて凛然でいて至高な表情を、神崎蘭子に向ける。
彼女の表情は、それでも懐疑的に眉をひそめ、猜疑的に顔をしかめる顔をしかめる。
彼女は、それをあくまで彼女の問題と置いておいて、二杯目のジュースを取りに行く。
トコトコトコ、室内に響く彼女の足音。
キョロキョロ、室内を見渡す彼女の顔。
だけれど、彼女の望むようなものはなかったし、いなかった。

「(……まあ、ドッキリだったら、ここでスタッフがドッキリって言うのもテレビ的には興ざめですしね。
  ……ふーん、徹底してるなあ。まあ、ここはプロデューサーに免じて、しばらくはドッキリに乗ってあげますか。
  カメラが見つかり次第、即刻苦言を申し上げる予定ではあるんですけれど――覚悟しなさい、プロデューサーさん……フフッ)」

怪しげに笑う姿も、齢14でありながら、妖艶な美というものが引き立っている。
元々、思った事をそのまま口に出しやすい彼女ではあるが、それでも思った事を、そのまま口に出さずに、番組の事を一生懸命考えていた。
どれだけのアイドルが、そんな空気を読める行為をできるだろうか――答えは恐らく、零に等しい。
輿水幸子様がどれだけ素晴らしいか、これでわかるだろう。

「(ボクがこんなところで死ぬわけないんです。プロデューサーさんだって、もっと偉い人だってこんなの許すはずがないんです)」

幾分か前に思った事を、繰り返す。
――自分の不安、嫌な現実を見て見ぬ振りをしながら、輿水幸子様は、遠い未来を見る。

そこに映るのは、プロデューサーと共に、アイドルとして大成功を果たし、順風満帆な人生を送っている姿。
あわよくば――彼女自身がシンデレラとなって、ヴァージンロードを歩く姿が思い浮かぶ。
隣に立っているのは、誰だろうか。もしかしたら、プロデューサーみたいな人なのかな。
そんな未来予想図が、簡単に思いつく。

現実は確かに残酷だけれど、彼女はそれが果たせると感じているし、信じている。
だからこそ、輿水幸子様――彼女は純粋なのだ。
純粋すぎる、そんな罪を、負っている。
現実を疑うことを、知らな過ぎることが、今の彼女を成り立たせている。

現実の過酷さを知っているようで、あまりにも現実慣れをしていない。
夢を夢として、現実を現実として、独立した世界だと言うことを、実感していない。

敗北を知らない彼女は、純粋に、彼女自身が一番であると認識している。
いつもの自信過剰――いや、確かに輿水幸子様にはそれを成し遂げれるほどの才能は、満足に有しているし、努力だって惜しまない。
が、それにしたところで、自己至上主義の大元は、この辺りの現実知らずが所以となっているのだろう。


「(だからさっきの鉈だって、この銃だって――――偽物なんですよ。トリガーを引いたところで、発射されるのは、そうですね、花束でしょうか)」


想いは、胸の奥深くに穿たれる。
殺されかけたという現実を――あくまでドッキリの一部だと、誤謬を犯しながらも、認識する。
現実を疑うには――自分が死ぬと言う可能性を信じるには、あまりに彼女は純粋だった。

今度はコーラを選んで、彼女は席に戻る。
戻ってみると、神崎蘭子の瞳の光沢が、変わっていた。



「(……私はこの人を信じて、ついていってもいいのかな?)」

 神崎蘭子は頭脳が構築する迷路へと彷徨いこむ(神崎蘭子は、思案する)。
運命を共にす片割れ(これから行動を共にする、言わば仲間)。
天秤が傾くのは、現世か地獄か、はたは天国か(その結果が、彼女にとって、いい方向に向くのか、悪い方向へ向くのか、はたまたどっちつかずな結末となるのか)。
聖痕の疼かない(それは彼女にはわからない)。
されど、道を踏まなければ、彼女は何者にもなれない(だけど、決断を下さなきゃ、彼女は何もできない)。
我が使命とも親愛なるものの渇望とも(自分が為すべきこともできなければ、プロデューサーの為になることもできないままだ)。
同胞ともだ(今井加奈に対しても、それは同じ)。

「(だったら私は、どうするべきなのかな)」

 足音を響かせる裁きの刻(迫りくる決断の時)。
牢獄に閉じ込められし愛しき双影を思フ(頼れるプロデューサーは何処にもいない、いや頼ってはいけないのだ)。
宙を掛ける守護の契り(彼女が、プロデューサー、今井加奈を護らなければならないのだから)。
覇道は拓かれた(分かっている)。
振り返し過去、我がありのままの邪悪が、光を奪った(でも、それでも、今までは決断が出来なかった)。
――だがあるべき我は、そうではない(――けれど)

「(……ううん、もう、迷ってはいられないんだよね……)」

幸運の女神は、彼女が前を降臨し、幸の子、輿水幸子を置いていく(幸運なことに、今現在、彼女の近くにいるのは、顔見知りがあり、殺し合いには乗っていないと言う輿水幸子)。
謀叛は世界に淀めく摂理(裏切りだって確かにあるかもしれない)。
帰還の旅路を経て座する輿水幸子(ジュースを取りに行って、丁度帰ってきた輿水幸子を見る)
双眸に交る邪気はない(瞳には、何ら敵意など存在しない)。
穿たれた希望(決意は決まった)。

「あ、あの……」

されど光を奪取するのと、闇への逃亡――希望の比重が傾くのは――神が囁くのは――(彼女がしたい事は)。


「私を、仲間にしていただけませんか……?」


――――殺し合いへの、反抗であった。
彼女の選んだことは、およそ選択肢の中にあったモノの中で何よりも難解なもの。
先ほどまで、大罪を抱き、戒めを施されていた彼女が望むものとして、圧倒的に高すぎる目標。
それでも彼女は「やる」と断言した。

確かにその内容は単純明快だ。
最初からしたいことと言ったらそれだけであって、殺し合いなんか、したいわけがない。
幾ら、言葉が禍々しくとも、それは言葉。
言葉は――感情を越えられない。

切っ掛けがあれば、よかったのだろう。
なにか最後のひと押しがあれば、恐らくそれでよかったのだ。

彼女は普通の少女であったから。
なによりも彼女は――天使(アイドル)なのだから。

怖かったのも事実だし。
躊躇っていたのは紛れもなく彼女だった。
彼女にそれだけの気概があるかだなんて、彼女自身胸張って宣言できることではないけれど。
それでも彼女は恥ずかしげもなく、堂々と言う。


「私も、あのふざけたお方の出鼻を挫いてやりたいです」


それこそ、彼女が何時も喋っている『中二病』の延長線上にある言葉なのだ。
恥ずかしいわけがない。
むしろその様は、いつにもまして輝いている。
『瞳』の持ち主として――あのプロデューサーが育ててくれたアイドルとして。
そして彼女個人の感情が決めた決意。

『絵』に描いた餅ではない、覚悟を伴う純粋な決意。

神崎蘭子は、グビグビとオレンジジュースを喉に通す。
最初に飲んだ一口よりも、何故だか美味しく感じていた。
そんな姿を見て、輿水幸子は彼女の言を返す。

「別にいいですよ。同じプロダクションのよしみですしね。共に頑張りましょうか」

 あっさりと彼女の言を受け入れる。
輿水幸子様の懐の深さはマリアナ海溝を優に越す。
現に、中二病言語(蘭子語)から、通常の喋りに至るまでの変化に、茶々を入れないあたり、流石は天使である。と言うしかない。
決して面倒だったと言うわけではない。

「そんなことよりも、まずはこれからどうするかです」

 そんなこと、と言われ少し頬を膨らます神崎蘭子であったが、
彼女はそれを『「それが社会の厳しさだ」』と言わんばかりに華麗に無視をして。
一先ずは、人差し指を立てて神崎蘭子に提案をする。


「とりあえず先あたっては、ここを中心に、遊園地の園内ならびに動物園の探索あたりが手頃ですかね」


動物園は、この遊園地に隣接する施設の一つだ。
動物園と冠するぐらいなのだから、きっと動物の何匹かはいるのだろう。
まあ、いたところでいなかったところで、園内を闊歩するということには変わりないだろうけれど。

「無辜に還る同族の賛美(それでいいと思いますよ)」
「なんて答えているかは分かんないけど、否応なしに一緒に来るくんですよ。仲間じゃないですか」
「ありがとう、幸子ちゃん(ありがとう、幸子ちゃん)」
「礼なんていいですよ、当然の事をしたまでですからね! なんたってボクは素晴らしい人間ですし!!」



 二人は結託する。
――片や社会の残酷さを知らないけれど。
――片や現実の無残さを知らないけれど。
きっと未来、近い内に彼女たちは自分の考えることの甘さを経験するであろうけれど。
今はまだ、淡い希望を抱いて、舞台に立つ。


「ところで、星輝子さんはどこいったんでしょう?」
「……水害を救いし孤独な戦士――」
「それ以上は言わなくていいです」


ったく、あの方は。
輿水幸子は嘆息しながら、椅子に浅く座る。


「じゃあまあ、あの方が帰ってきたら、行動を開始しますか」
「御意(了解です!)」
「それ流行ってるの……?」
「神の仰せのままに(え、私は知りませんよ?)」
「ちなみにそれだとどっちかというと教徒みたいですよ」


そして、時間は過ぎていく。
夢物語ではない、夢の国に似合う希望を胸に。
彼女たちの物語は、 失敗/成功 に向けて、歩きはじめる。


【F-4 遊園地・飲食店/一日目 黎明】


【神崎蘭子】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品x0~2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いの打破
1:輿水幸子、星輝子と行動

※今井加奈と同じプロデューサーです
※輿水幸子、今井加奈と同じプロダクションです

【輿水幸子】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、グロック26(15/15)、スタミナドリンク(9本)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:1番になるのはボクって決まってますよね!
1:神崎蘭子、星輝子と行動します
2: 本気を出すのは星輝子さんが来てからです。

※神崎蘭子、今井加奈と同じプロダクションです


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 時は少し遡る。
彼女は、トイレの個室に腰をおろしていた。
尿意を催したわけではない。
現にスカートから下着を降ろしていないようだ。

なら、わざわざあの二人から再度はぐれて、一人籠っているのか。
人見知りな性格も所以しているんだろうけれど、この場合それとは違う。

目的は大きく分けて二つ。
一つは――――。


「キノコ、キノコ、……フフッ、こんな姿もやっぱりいいよねぇ……フフフフフ」


先とは打って変わって。
蛍光灯の光に晒されて夜道で煌いてた姿とは違う色を見せている。
新たなキノコの姿に、彼女は感銘に似た気持ちを抱く。
より明確に伝わるツキヨタケーズの輪郭。
各々の大きなカサが、それぞれ強く自己主張をして、植木鉢から溢れんばかりにシルエットが飛び出ていた。


「~♪」


楽しげに鼻歌を奏でながら、人差し指でキノコをつつく。
山中で見せた輝きの協奏曲とは違う趣に、心が潤う。

だけどその楽しげな様子も、突如止まる。
嬉しげな表情から一転、暗い表情が顔を射す。

「……っと、こうしているわけじゃなかったね」

言いつつ。
ポケットから黒い物体を取り出す。
基本支給品として配られた情報端末ではない――携帯電話であった。


「…………ッ」

息を一つ飲む。
登録している電話番号は、全部で二つ。

一つは施設の固定式電話、残りの一つは、誰とは分からないが、参加者に宛てたものであった。
これらは、元々携帯電話そのものに登録されていた電話番号であり、彼女の覚えている番号を押しても、案の定というか、繋がらなかった。
ちなみに既に――輿水幸子と下山をしている途中に二回ほど――押している。応答はなかった。


「今度は出てくれると……嬉しいな」


電話の番号を押す。
ちなみにわざわざ二人から離れてで電話をかけるのは、ただ単に、人に電話で話しているのを見られるのが好きではないから、という羞恥心故のものだった。
まあ輿水幸子ばかりに仕事を取られたくなかった、というのもある。

「じゃあ、掛けよう」

もう三度目である。
慣れた手つきで、同じく携帯を持つ特定参加者の番号を選択する。


――プルルルル――プルルルル――



何度か繰り返された機械音。
星輝子も半ば、「今回もダメだったか」と諦めかけたその時。


――ガチャリ――



相手は、電話に出た。
その先に待ち構えるは、神か悪魔か。
星輝子は緊張した声色で、問いかける。





「も、もしもし……、あなたは……誰ですか?」





相手は、答える





【星輝子】
【装備:ツキヨタケon鉢植え、携帯電話】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品x0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:???
1: ???


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最終更新:2013年01月26日 12:20