彼女達の物語 ◆MmI69YO1U6



人が、死んだ。

こうやって口に出してしまえば、不思議と空気に溶けてしまう。
ただの言葉な筈のそれは、空へ溶けてしまってもずっと、心を縛り付けるくらい、重たい。
想像してしまうだけで、ずぶずぶと暗い何かに意識が沈んでしまうようで。
背後から迫ってくるような恐怖感をふるりと体を揺すって考えないようにする。

本当の本当に当たり前のお話で、今更言うようなことじゃないけれど。

命は尊くて、大切なモノだ。
何にも変えられない、大切なモノ。
失うなんて出来ない、大切なモノ。

アイドルとか、プロデューサーとか、そんな立場なんて関係なく。
お金持ちも、貧乏な人も、そんな付加価値なんて関係ない。
誰もみんな命が大切で――死んでしまうのは、怖い。

死ぬ、ということは命が消えてしまうということ。
命が消えてしまったら、もう何も、ない。
死んでしまったら、命が失われてしまったら、全部が終わり。

誰かと喜んで、笑顔になることも出来ない。
誰かに怒って、喧嘩をすることも出来ない。
誰かを哀しんで、涙を流すことも出来ない。
誰かで楽しんで、怒られることも出来ない。

死んでしまったら全部全部、おしまい。

思い出や、絆、或いは血縁関係や、そんなものを超えた感情。
後に残されるであろう誰かには、そんな、自分が生きていた証が刻まれるのかもしれない。

でも、死んでしまった人には何も残らない。
これまで誰かと共に創り上げた笑顔も。
これから誰かと共に上っていく舞台も。
過去と未来が別け隔てなく、失われてしまう。

だから、死ぬのは、怖い。
無くなってしまうのは、怖い。
無かったことになってしまうのは、怖い。

言葉にしなくても、心の底ではそんな当たり前が存在していて。
他の皆にも、当たり前が確かにあるんだって思っていて。

『……う……そ……なんで……なんで……死ななきゃならないのよぉ!?!?』

けれど、その命は呆気無く、いとも簡単に、容易く失われてしまった。
お腹が空いたからご飯を食べるくらいの気軽さで、人が、死んだ。
目の前で、当たり前は当たり前じゃなくなった。

――認めたくなんて、ない。

それを認めてしまったら、
それが当たり前になってしまったら、

そしたら、きっと――――


星一つない真っ暗な夜空も、星々の光に照らされてきらきらと輝くように。
完全に消灯されて明かり一つない漆黒の空間を、小さな円形の光がぴょこぴょこと跳ね回る。

「にゃーん♪にゃにゃにゃにゃーん♪」

光源である懐中電灯の持ち主は、自身の置かれた状況にはとてもそぐわないような。
およそ場違いと言っても過言ではない軽い声音で、呑気に鼻歌を辺りに響かせる。
殺し合いを強制された『イベント』とは思えない、軽やかな声音。

「あっかり、あっかり、あかりチャンはどっこに隠れてるのかにゃー☆」

自らの目の前ですら把握することが困難な、重苦しい暗闇。
その中をぱたぱたと、せわしなく歩き回る足音と同時に聞こえる彼女の声だけが、しんとした静寂を破る。
どうやら電灯のスイッチを探しているらしい、警戒なんて言葉は欠片も感じることが出来ない物音。
わたわたと紡がれるそれは、時折何かがぶつかる音と重なりつつもやがて乾いた音と共に静まることになる。

「あ、いたたた……やぁっと発見にゃ!」

同時。
天井に設置された電球に淡い光が灯り、空間が眩く照らされ暖かな光に包まれる。
漸く周りを視認することが出来るようになった彼女――前川みくは、にゃうぅ、と目尻に大粒の雫を浮かべて恨めしそうな視線をどこへやら送っていた。

「どうせなら、電気も点けといてくれたら良かったのににゃあ」

四苦八苦している時にでもぶつけたに違いない、恐らくたんこぶが出来ているであろう頭を片手で撫でつつ、ポツリ。
ジトリと、しかし深刻さを余り感じさせないそれをこれ以上重ねることはない。
すぐに気を取り直したような、いつも通りの無邪気な笑顔を浮かべて明瞭になった視界を確認する。

暗闇の中周りが見えないというのは、想像以上にストレスが溜まるものである。
何かにぶつかったり、うっかり物を落としてしまったり、或いは言いようのない恐怖を感じたり。
そんな様々な不安を掻き立てる何かが心の奥底に潜んでいたからだろうか。
いくつも並ぶ電灯のスイッチを発見した彼女は、特に意識することもなくスイッチを全てオンにしていた。
故に、一般的にフロントと呼ばれる位置に立っていた彼女は電灯に照らされる周囲の状況を用意に把握し、明かりを求めてなんとはなく飛び越えて進入した其処を、今度は正式な出入り口から脱出する。

若しかしたらスカートの中が見えてNG?

などと、腕を組んでうにゃうにゃ思案しながらも、背負っていた鞄をぎゅっと背負いなおして暗闇に阻まれた目的地であるエレベーターへと歩き出す。


「よーし、いっくにゃー!!」


咆哮一閃。
彼女の物語はここから始まる。


目を覚ました時、最初に感じたのは強い、強い、恐怖。
妙に重たい瞼も、身体を襲う倦怠感も、不思議と気にはならなかった。

心の中心にあるのはたった一つ。

「なんで、なんで、なんで、にゃあ……」

かたかた、と理由もわからず小柄な身体が震えている。
――否、理由を理解しているから、震えは止まらない。
意識が途切れる寸前まで彼女の視界を占めていた光景。
無論、今は瞳に映る筈もないソレが、瞼を閉じると鮮明に浮かび上がる。

鈍いあかいろ。
錆びたにおい。
訪れたおわり。

考えると同時に喉下まで昇ってくる不快感を、必死に堪えて唾液を飲み込んだ。
ぽたぽたと、両の瞳からは涙が流れ落ち視界がぼやける。
飲み込んでも飲み込んでも、押さえた口から嗚咽が零れる。

じわり、じわり。
お気に入りの衣装の胸元が滲む。

無理だ、と。
心の中で何かが悲鳴をあげている。
無理だ、と。
心の外で何かが悲鳴を上げている。

なのに、そんな意志に反して身体はむくりと起き上がり、両足で地面を踏ん張り立ち上がる。
ちひろさんは言っていた――これは殺し合うイベントだと。

無意識に首元へと手が伸びていた。

触れるとひんやり冷たい首輪は、文字通りの意味を与えていて。
逆らったら死んでしまうと、言葉なく伝えてきていて。
だとしたら、こんな所で寝転んで泣きじゃくっている自分も若しかしたらあの人みたいに――

そこが、限界だった。

「う、え、ぇ……! えほっ、えほっ……ッ、ひっ、ぐ……ふ、う」

すっぱい液体がとめどなく地面に零れ落ちた。
でも、そんなことを気にしている余裕なんてあるわけがない。

怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、怖いから、怖かった。

他のことなんてなにも考えられない。
たった一つの感情だけが全部を支配して、他のものは壊れてしまう。
恐怖に震えて、涙を流すことしか出来ない。

そう、思っていたのに。
意識も、身体も、止まってはくれない。

いつの間にか背負っていた鞄の紐を、落とさないようにしっかり握り締める。
寝転んでいた道は舗装されていて、周りからは丸見え。
せめて誰にも見付からない所へ行こうと、ゆっくり歩き出した。

忍び足のつもりの足取りには震えが幾分も混ざり、押さえようもなく地面を踏みしめる音が聞こえる。
静寂に包まれ、月の光が辺り照らす光景は何処か幻想的だと場違いなことを思うけれど。
いまはその静寂が、どうしようもなく嫌だった。
一歩踏み出す度、鼓膜を震わす音に、心臓はばくばくと脈打っている。
口から漏れる吐息は不規則で、上手く呼吸ができているのかわからない。
握った拳がじんわりと汗ばんで、きもちわるい。
涙と、汗と、体液で全身はぐしょぐしょだ。

けれど、そんな状態でも歩き続けていれば、なんとか人気のない路地裏へと辿り着くことが出来た。
誰にも見付からなかったことに対する安堵と、いつまでも終わらない恐怖に対する不安。
膨大な感情に靄がかかる思考は、何も考えたくないという意思とは裏腹に目まぐるしく脳裏を駆け巡る。

プロデューサーが死ぬのは、絶対嫌だ。
それなら言われるがままに、誰かを殺すのか。
それとも殺されないように、何処かへ隠れるのか。
どうすれば皆と離れずに、また一緒に帰ることが出来るか。
家に帰ることが出来たとしても、またトップアイドルを目指せるのか。

形にならない乱雑な思考は次々湧き上がる、が。

――このまま死んでしまうのは、嫌だ。

結局、彼女の答えは一つ。


「死にたく、ないにゃあ……」

死んでしまったら、大好きなプロデューサーといられなくなる。
死んでしまったら、彼の傍を誰かに獲られてしまうかもしれない。
死んでしまったら、一緒に頑張ってきた日々がなかったことになるかもしれない。
死んでしまったら、二人で描いてきた夢は別の誰かと叶える夢にすり替わるかもしれない。
死んでしまったら、心から忘れ去られてしまうかもしれない。


そんなのは、絶対に、嫌だ、


でも、だからといって他の誰かを殺すなんて、出来ない。
このイベントに集められたのは、皆アイドルである仲間だ。
頂点を目指して頑張る仲間を、ライバルを殺すなんて出来るワケがない。

この手は、誰かの笑顔を作るもので。
この目は、誰かの笑顔を見るもので。
この身は、誰かの笑顔を守るもので。

誰かの笑顔を壊す為にあるんじゃないから。

でも、殺さなければ殺されてしまう。
死ぬのも殺すのも、怖い。
だったら、どうすれば、

と。
そこまで考えたところでふと、今更のように自身が背負った鞄の存在を思い出す。

ずるりと肩から滑り落ちる紐を、勢いに任せて下へと引っ張る。
さして抵抗もなく地面に落ちたソレを、縋るような手つきで検分していく。
何を求めているのか理解しないまま、一心不乱に。

そうして暫く、懐中電灯や名簿といった品々を指先で掴み取るのだが、その次に触れた物が中々取り出せない。
震えた指先では上手く掴むことが出来ず、それに苛立って強引に引っ張り出そうとしても引っかかって顔を出さない。
プラスチックのような、チャチな材質の何かをカリカリと爪先で引っ掻いている状況にやがて痺れを切らすと、鞄をさかさまにして上下に振りたくる。
一瞬遅れて聞こえる、荷物がばら撒かれる音。

そして、漸く何かの正体が瞳に映る。

苦労して取り出した、何か。
蛍光色で塗られており、薄暗い路地裏でも容易く目に入る何か。

ソレが何であるかを確認した瞬間、全身から力が抜けペタンとお尻から崩れ落ちる。

「はぁぁぁあ……プロデューサーチャンも冗談キッツいにゃあ
 ……ドッキリならドッキリって言ってくれなきゃ、困る、にゃ」

彼の名前は呼ばない、公私混同は駄目なことくらい理解している。
ごしごしと、充血して真っ赤になった目元を拭って涙を隠す。
近くにあった紙でちーん、と鼻をかんで小さく咳払い……そのまま投げ捨てるのはご愛嬌だ。
そして、改めて取り出したプラカードを確認する。

『ドッキリ大成功』

テレビでもよく見掛ける小道具を前にして、やっと彼女に小さな笑顔が戻る。

そう、よくよく考えてみれば可笑しい話だ。
誰かを集めて殺し合わせるイベントなんて、そんなの誰も認めるわけがない。
警察が、そんな大掛かりな事件を見過ごす筈がない。
それ以前に、自分達は『アイドル』なのだから、殺し合わせる理由なんてあるわけがない。

ちょっと考えれば、こんなにも当たり前なことだったのに。

簡単に騙されて、アイドルらしからぬ醜態を晒した自分が急速に恥ずかしくなってくる。
頬が熱くなるのを感じつつ、さり気なくを装って周りを見渡すが、どこにもカメラは見当たらなかった。
きっと、見付からないように此方の反応を窺っているのだろう。
だが、ドッキリの醍醐味ともいえる、リアクションを浮かべた表情を撮り逃す筈がない。
今度こそアイドルらしい自分を表現しなくてはと、満開の笑顔を咲かせようとするが、どうにも表情が強張って仕方がなかった。

「でも……なんで、みくにコレが……?」

ふと、脳裏を過ぎる疑問も、最早敵ではない。

きっと、ドッキリの種明かしをする立場――所謂仕掛け人に選ばれたのだ。
きっと、これまでの努力が実を結んで自分はその立場に選ばれたに違いない。

「うーん? あっちの方に、みくのセンサーがビンビンでギンギンなのにゃ☆」

そう、いつも通りに声を張った視線の先には、豪勢なホテルの一室が映っていた。
建物全体が消灯している中に一室だけポツンと明かりが灯る様子は、暗い恐怖の中で芽生えた一つの希望のようで。
ホテルを介して自らの希望を再度認識しながら、あそこにいる誰かにも希望を早く分けてあげようと即座に立ち上がる。

不安も、恐怖も、もう終わりだと何度も心の中で呟いて。
この震えは嬉しいからだと身体に言い聞かせて。

そして彼女は建物に灯る希望へと歩き始める。


「怖いのは、ぜーんぶおしまいっ! 後はみくチャンにまっかせっにゃさぁーい!!」


咆哮一閃。
彼女の物語はここから始まった。


大きく息を吸って、大きく息を吐く。
その度に胸がたゆんと上下に大きく揺れるが、彼女にとっては今更なことであり気にする素振りはない。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吸って、吸って、思い出したように吐いて。
いくら落ち着こうと意識してはみても、流石に恐怖は拭い去ることが出来ないのだろう。
深呼吸を何度も繰り返した結果、余計に心拍数は上昇し頭に血が上るのを自覚する。

「これからどうしましょうかー」

先程から奇妙な行為を至極真面目な表情で行っていた及川雫は小さく呟きを漏らすと、部屋に備え付けられたベッドに寝転んでぎしりと身体を沈める。
雫が目を覚ましてから既に一時間は経過しており、自分の置かれた状況は嫌という程理解させられていた。
理解はしていても、そう簡単に答えが出るような甘い状況に雫はいなかった。
勿論、雫の思考速度が些か以上に緩慢なのも原因の一端ではあるだろうが。

「誰かを殺すなんて、そんなの絶対駄目ですー」

何をどうするか答えは出なくともその一点だけは、雫の中の確固たる意志として答えが存在していた。
目の前で人が殺されて、死へ誘う首輪を嵌められ殺し合いを強制されて猶、その選択肢を選ぶことだけは絶対に、ない。

「私達はアイドルですからー、誰かを悲しませるようなことはしちゃ駄目なんですよねー?」

人を殺してはいけない。
そんなのは小学生でも理解している、当たり前の事実だ。
殺人を犯せば罪になり、罰を与えられる。
例えそれ抜きにしても、倫理観という感性が人間には備わっていて、忌避感が働く。
法であり倫理であり、あらゆる理屈を以って殺人は罪とされる。

とかなんとか。
そんな上辺だけの論理以上に、及川雫はアイドルだった。

彼女の中のアイドルとは、誰かに夢を与え、誰かを癒すことの出来る存在で。
自分自身がそう在れていると、断言出来るような自信と実績は未だないが。
それでもそう在ろうと、アイドルでい続けることは今の彼女にだって出来る。
きっと、雫が誰かを殺したと知ったら――さんの笑顔が曇ってしまう。
今まで応援して来てくれたファンの方々も、家族の皆も笑ってはくれない。
そうなってしまったら、もう、雫はアイドルでなくなってしまう。
誰かの笑顔を奪うアイドルなんて、アイドルである筈がない。

こんなことを考えていて、人質になった――さんが死ぬのは怖い。
誰かの命を、こんな所で終わらせてしまうのは怖い。
ゆっくりと、一歩ずつ歩いてきた道が途切れてしまうのは、怖い。
どれ程決意していても、その感情は常にじくじくと彼女の身体を蝕んでいく。


けれど。




こんな怖さ、とっくの昔に乗り越えてきていた。




目を瞑り、恐れに震える手できゅっとシーツを握り締めて、心に仕舞った大切な思い出を頭に浮かべる。

――さんと出逢ったあの日、アイドルにならないかと言われたあの日、確かに雫の胸には恐怖が在った。

男の人に可愛いと言われたのは初めてで、こんなにも胸がどきどきするのは初めてで、嬉しいのに震えてしまうのも初めてで、風邪でもないのに顔がぽかぽかするのも初めてで。
嬉しいと思う反面、その言葉を自分自身で汚してしまうのが怖かった。
自分の性格をわかっているからこそ、アイドルなんて無理なんじゃないかと弱音が零れた。
人前に出て、何かをするのは緊張して無理だと、彼の言葉を否定した。
期待を裏切るのが怖いと、諦めようとした。

そんな自分に“大丈夫”だと言ってくれたのは――さんだ。

大好きな牛さんのように、ゆっくりでも一歩ずつ前進していけば良いと。
自分は雫のそんな姿に癒されていて、きっとファンになるであろう皆を癒す存在になれると。
雫のソレは、コンプレックスでもマイナスでもないんだと。
皆恐怖を感じてる……でも、それを乗り越えられるのがアイドルだと。
諦めずに頑張れば、どんな夢だって叶えられる――それがアイドルなんだと。

語っても語り尽せない言葉の数々に励まされたから、雫は此処まで辿り着くことが出来た。
他人から見れば小さな一歩でも、雫にとっては大きな百歩だから。

アイドルになったあの日、雫の胸にあったのは夢に対する希望だ。

そんな、自分を助けてくれた全部を裏切るわけにはいかないから、この場所でもそれを貫こうと決意する。
雫がプロデューサーを通して、癒しを感じていたように。
今度は雫を通して、皆に癒しを与えられるようここで頑張るのだ。

「アイドルは、誰にも負けませんからー
 大丈夫、どんな夢だって叶えてみせますー」

大丈夫、は魔法の言葉。
いつの間にか震えの止まった手を、今度はぎゅっと力強く握り締める。
今は何をどうして良いかわからないけれど、諦めずに一歩ずつ歩いていけばきっと道は開ける。
一人じゃ駄目なら二人で、二人じゃ駄目なら三人で、三人で駄目なら皆で。
叶えられない夢はなく――不可能なことなんて何もない。
きっと皆が笑って、またトップアイドルを目指す生活に帰ることが出来る。
何の恐れも躊躇なくその意志を、その想いを、アイドルの皆を信じる。
及川雫というアイドルの生き方を、ここでも歩き続ける。

「まずは衣装から、ですー」

アイドルは衣装も大事、それも雫の心に刻まれた大切な教えだ。
何故だか――さんが顔を赤らめていたのは不思議だけれど、きっとその言葉には間違いない。

うんうん、と頷きながらゆっくりと起き上がって、ベッドの傍に置いてある鞄を開ける。
迷いない手つきで取り出されたのは、雫が良く着ていた衣装の一つ。
――さんがデザインしてくれたらしいオリジナルの衣装で、大好きな牛さんをイメージした可愛らしい衣装。
大好きと大好きが合わさって、もっともっと大好きになった、雫を象徴するような衣装。
これでもっと頑張れる、と満開の笑顔を咲かせると緩慢な速度で脱衣を始める。

衣擦れの音共に晒される肢体。
ゆっくりとしたペースであるが故に見るものの心を惹きつけて止まない絶妙な速度。
徐々に晒される少女の柔肌は、微かに日に焼けて健康的な色を醸し出し、思わず指先で触れたくなるような瑞々しい張りと潤いを、瞳に映すだけで理解させられる。
ほっそりとした鎖骨から胸元まで均等に魅力は配分され、童顔であることも合わさり年齢相応の幼さを存分に放ち少女の価値を引き立てている。
だが、その未成熟な果実が少しずつ成長していく様を見守るような微笑ましい感情は、視線がずれる度に少しずつ削り取られていく。

牛が好きだからか、はたまたこう在るから牛が好きなのか。

胸元で柔らかく揺れながらも、破壊的な凶器としか表現しようのない二つの果実は、圧倒的な質量と存在感を以って立ち塞がるあらゆるものを崩壊させんとしている。
熟した果実のように濃厚な旨みを保ちつつ、驚くなかれ未成熟な果実のように成長する余地すら残している。
未完成であるが故に完成しているそのアンバランスな破壊力を余すことなく引き継ぐのは、程よい肉付きながら決して下品にはなりえない臀部のまるみ。
低いものを用意するのではなく、高いものを超える高いものを用意することで産み出されるギャップは、天性の財であると言わざるを得ないだろう。

そんな、アイドルになる為に生まれたと言っても過言ではない肢体を惜しげもなく晒しながら雫は丁寧に脱衣した服を畳んでいく。
窮屈だと訴えるかの様に胸元のロゴはくたびれ、はちきれそうな身体を包んでいたシャツはもう汗に濡れていて気持ちが悪い。
下着まで濡れてしまっていて、出来るなら洗濯したい程だが、いくら雫とはいえそこまで愚かではない。
用意されている衣装には下着もちゃんと付いているのだと、プロデューサーの準備の良さを誰にでもなく胸を張って誇っていると、不意に足音が聞こえる。

その迷いない足取りはこの部屋の前で止まり、一瞬の間の後にドアノブが動く。
早速一人目に出逢えたんだと無邪気に喜ぶと同時、雫の意識から自らの格好は消えていた。

そして扉は開かれる。


「~~~~~っ!!? ……!?!?」
「いらっしゃいませー! 及川雫ですー」
「――――――――――お」
「お?」
「おっぱいはいくらなんでも駄目にゃーーーー!!」


咆哮一閃。
彼女達の物語は、ここから始まる。



【A-3 ホテル内部/一日目 深夜】
【及川雫】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、牛さん衣装、不明支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:何をしていいかわからないけど一歩ずつ前に進んで、アイドルとしてこんなイベントに負けない。

【前川みく】
【装備:『ドッキリ大成功』と書かれたプラカード】
【所持品:基本支給品一式、不明支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:ドッキリの仕掛け人として皆を驚かせる。


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最終更新:2013年06月28日 15:08