完全感覚Dreamer ◆GeMMAPe9LY



A-3ブロックに位置するホテルの一階部分には喫茶店のような施設がある。
本来ならば宿泊客の憩いの場として使われるだろうそこは、他の施設と同様に店員がおらず閑散としていた。

「なるほど~、これってドッキリだったんですか~」
「そうにゃそうにゃ! みくも一瞬驚いちゃったにゃあ!」

だが、そんな雰囲気を吹き飛ばすような明るい声が響き渡る。
オープンカフェをイメージした一角に2人の少女が向かい合って座っている。
猫と牛……どちらも動物をイメージした奇妙な衣装の2人がそこで談笑していた。

「……なーんて、最初からみくはわかってたにゃ!
 だってコロシアイなんてそんなことあるわけないにゃ!」

みくはころころと笑う。
先ほどまで感じていたプレッシャーから開放されたせいもあるのだろう。
いつも以上に饒舌だ。

「それにしてもあんなミニドラマまででっちあげて趣味が悪いにゃあ!
 一瞬でもビックリさせたプロデューサーチャンはあとでとっちめてあげないといけないにゃあ!
 ……まぁ、でもこんなに美味しいアイテムを用意してくれたんだから手加減はしてあげるけど」
「美味しい、ですか? 牛乳ですか?」
「いやいや、そういう意味じゃないにゃ。
 ……いうか牛乳っておいしいモノカテゴリに入るものなのかにゃ。
 ……それはともかく! ……みくにはこんなイイものが支給されてるんだからにゃ!」

そう言ってみくがディパックから取り出したのはメタリックシルバーのビデオカメラであった。
最近のCMでもやっている、ハンディサイズながら長時間撮影・完全防水・高性能手振れ補正その他諸々の機能がついた最新機種だ。

「ふぇ~、ビデオカメラですかー。 うーん、でもコレのどこが美味しいんですかー?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたにゃ!
 みくたちは……とってもとっても"おいしい"役どころなんだにゃ!」

ネタ晴らしのプラカードとビデオカメラを支給された……これが意味するところは一つしかない。
つまり自分は騙される側ではなく騙す側……そう、"いじる側"の人間なのだ!
同じ立場の人間は他にもいるかもしれないが、決して多くはないだろう。
つまり以下のようなことが予測されるのだ。

おいしい映像をスクープ!
⇒後にスタジオでその事について尺が裂かれる。
⇒当然撮影者のみくにたくさん話題が振られる。
⇒アップになったカワイイみくにゃんにお茶の間釘付け!
⇒人気がうなぎのぼり! やったねみくにゃん! レギュラーが増えるよ!
⇒プロデューサーチャン大喜び! 事務所も喜び! みくもとっても嬉しいにゃ!

ああ、なんという緻密かつ壮大な計画だにゃあ……!
しかしその一部の隙もない完璧な計画には大きな大きな壁が立ち塞がっているんだにゃあ。
――そう、すごく……大きいんですにゃあ。

「……? どうかしましたか~?」

というか何だろう、あれは。
みくの視線の先にあるのは、机の上に鎮座した2つの大振りな果実。
メロン……下手すれば小玉スイカぐらいあるんじゃないかにゃ、アレ。

みくだってスタイルに自信はある。
アルファベットの最初から数えて6番目という数字は同年代のアイドルたちに比べても頭一つ抜きん出ているステータスだ。
その証拠にグラビアのお仕事だってたくさんもらっているし、プロデューサーもそれを意識してか、最近は衣装も胸元を強調するセクシーなものが多い。

……が、目の前の存在はそんなちっぽけな自信など粉々に打ち砕く逸材だった。

アレだけでかいくせに微塵も型崩れしていない。
それだけじゃない。さっき座る時ちらりと見えたが太ももから上もヤバい。マジやばい。雫やばい。
アレと比べられたらみくのボディなんて、月とすっぽん、プラチナとシルバー、イベント上位報酬と完走報酬ぐらいの差がある。

流石にコレだけの企画となると支給されたハンディカメラだけでなく、そこかしこに隠しカメラがあるのだろう。
それがコンピューターか何かで動かせるタイプだとして、もし自分がカメラマンなら、"あれ"をメインに追っかける。
誰だってそーする。みくだってそーする。
……というかどうやったらあんなにまで育つんだにゃ。
ミルクか! やっぱりミルクがええのんかにゃ!

「……さん~、みくさん~」
「ハッ!」
「どうかしましたか~?」

そこにはこちらの顔を心配そうに覗き込む雫の姿があった。
まさか『貴方の大変けしからんボディについて考えをめぐらせてました』などとバカ正直に告白できるはずもない。

「え、ええと……これは、そ、そうだにゃ! インパクトのある登場を考えていたんだにゃ!
 例えば……物陰に隠れて、こう、パパーッと飛び出すとかインパクトがあっていいかもしれないにゃん!」
「――それは、やめたほうがいいとおもいます」
「へ?」

半分冗談で口にした言葉を、予想以上に強い口調で諌められた。
――アレ、何かまずい事言ったかにゃ?
きょとんとしてついマジマジと雫の顔を見てしまう。

「……もし相手が驚いたら危ないですよー。怪我なんてしたら台無しですしー」

だがその先にあるのはいつも通りののんびりとした笑みだった。

「へ……ああっ、それもそうだにゃ! 仕方ないにゃあ。もうちょっと穏便にやるかにゃあ……」

そういってああでもない、こうでもない、と思考錯誤を繰り返す。
その様子を見て雫は内心ため息をつく。

(……間違われたら、本当に危ないですから~)

そう、雫が懸念したのは物陰から飛び出して『間違って殺されてしまう』可能性だった。

(みくさんはTVって言ってますけど、ホントにそうなんでしょうかー……)

雫はみくのいうTV番組説を信じれなかったのだ。
なぜならばもしこれがただのTV番組であると仮定した場合、いくつも引っかかる点があるからだ。

(……まずスタッフさんたちが誰もいないのは、いくらなんでもおかしいですよね~)

まだ自分がデビューしたての頃、実家の牧場にアイドルユニット――確かFLOWERSという名前だったか――が来た時だってそうだ。
その時は"常に"といっていいレベルで、彼女らのそばには大柄なカメラマンさんが控えていたものだ。
いや、カメラマンさんだけじゃない。
照明さんや音声さん、レフ板をかかえた助手の人、コードが絡まないように操作するADさんもいた。
それにディレクターさんやメイクさんと見たいなたくさんの人が集まって一つのものを作り上げていたのだ。
だが、この場所にスタッフは一人もおらず、目立ったところにカメラもない。

(たしかに最近はハンディカメラで色々撮る番組とかもありますけど……
 だとしたら私にもカメラが渡されてないのは不自然ですよねー)

果たしてみくに支給されたビデオカメラだけで60人以上のドラマが取りきれるだろうか。
答えはNO。それは火を見るよりも明らかだ。
そもそもアイドルは撮られる側の存在で、撮っているほうは映像に映らない。
それはあまりにも非効率な話だ。
だから普通はADさんか誰かが撮影者として同行するものではないだろうか。

それらを隠しカメラでフォローするにしても、島一つは広すぎる。
実家の牧場でもどこにカメラを取り付けるかでスタッフの皆さんが頭を抱えていたのを思い出す。

(それに……やっぱり、"何か"がおかしいですよねぇ)

そしてそれ以上に雫が思う最大の理由が最初に見せられたあの凄惨な光景だ。
雫はコンピューターには詳しくないが、あれも近頃流行のCGで作った"つくりもの"なのだろうか。

(……違う、気がするんですよねぇ……)

以前、事務所で小梅と涼が見ていたスプラッタ映画を思い出す。
良くできていたが、"何か"が違った。
その"何か"をうまく説明する事はできない。
なんとなくとしか、及川雫は言い表せない。
言葉にできない、もっと深いところで何かが引っかかっているのだ。

――その違和感は及川雫のこれまで生活環境に起因する。
彼女の実家は牧場を経営している。
そして牧場という場所はきれいごとだけではない。
動物の糞塗れになることもあれば分娩時には体液を見るし、内臓と対面することもあった。
そして時にはとても辛い事――殺傷処分にも向き合う機会があった。

そこにあるのはありのままの命であり、また飾り気のない死であった。
そんな中で育った彼女は都会に生きるみくよりも、生と死に対する感性が磨かれていたのかもしれない。
だがそれは自分自身の感性として感じるだけのもので、他人に伝えるべきモノではなかった。
だから及川雫は口を噤む。
その違和感が何に基づくものなのか、自分でも理解できていないから。
正確な言葉で表せる気が到底しないから。
それに目の前の少女はコレはTV番組だと言い聞かせることで、必死に自分を落ち着かせているようにも見える。

(そんな時にあやふやなことを言っても、混乱させてしまうだけかもしれませんしねー……)

それにみくの言うとおりこれは単なるイベントで、これは自分の杞憂なのかもしれない。
それならばそれで――きっと問題はない、はずだ。

「……ちゃん! 雫ちゃん!」
「はい~?」
「もうっ、話を聞いてなかったのかにゃ!
 まずはここから移動するって話だにゃ!」

いつの間にか自分は予想以上に考え込んでいたらしい
心配そうにみくはこちらを覗きこんでいる。

「移動するんですかー?」
「こんなところにこもっていたら決定的瞬間を見逃してしまうにゃ!」

他の人たちに話を聞けば何か分かるかもしれない。
雫にも反対する事情は特になかった。

「う~ん、でもどこに行きましょうかー」
「んっふっふ……良くぞ聞いてくれたにゃ! ジャッジャーン!」

効果音付でみくが取り出したのは、カウンターの上にあったパンフレットだ。
そこにはデカデカとディフォルメされた島と主な施設がのっている。

「これに鉛筆を立てて……これが倒れた先に向かうってのはどうかにゃ?」

特に行き先があるわけでない。
雫に反対する理由はなかった。

「それじゃ、いくにゃあ! う~っ、にゃー!」

みくの細い指が鉛筆から離れ、倒れる
その倒れた先は――果たして。



【A-3 ホテル内部/一日目 黎明】
【及川雫】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、牛さん衣装、不明支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:何をしていいかわからないけど一歩ずつ前に進んで、アイドルとしてこんなイベントに負けない。

※ 小梅、涼とは顔見知りのようです。

【前川みく】
【装備:『ドッキリ大成功』と書かれたプラカード、ビデオカメラ】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:ドッキリの仕掛け人として皆を驚かせる。


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前川みく

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最終更新:2013年01月22日 18:30