真夜中の太陽 ◆BL5cVXUqNc



「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ! た、珠美があなたのナイトにですかぁぁぁっ?」
「はい、そうですわ」
「し、しかし珠美はまだ未熟者……っ、誰かを守るなんてそんな思い上がったことなど……っ! それに……」

 消え入るような声を残し珠美はうつむいた。
 弱き者を守る騎士になる。それは珠美にとって己が剣の在りよう示す絶好の機会であった。
 剣道とは剣の道、決して人を殺す殺人術ではなく、己を守り他者を守るもの――すなわち人を活かす術
 そのためには鍛え抜かれた肉体と、己に打ち克つ精神が必要と珠美は思っていた。

 物心ついた時より剣を振るい己が腕を磨く日々。その技術と実力は折り紙付きなのであるが、
 生来の臆病な性格が邪魔をして、自分の思うような試合をできなくなることも少なくはなかった。
 それが珠美にとってひとつのコンプレックスとなっていた。

「珠美には……誰かを守る資格なんてありませぬ。さっきまで怖くて寂しくて木陰で震えて泣きそうになっていた臆病者の珠美は――」
「珠美さん――」
「は、はいっ!?」

 声を詰まらせた珠美の声を桃華が遮った。

「珠美さんはそんな臆病な自分に打ち勝つために剣を振るっていらっしゃるんですの?」
「それは……」

 それもあった。無心で剣を振るえば弱い心を克服できると。
 でもうまくいかなかった。

「わたくし、武道の心得については素人も同然ですが……武道というものは自分の弱い心と向き合い、それを受け入れることも大事だと思うんですの。ただ克つことだけにこだわっていてはうまくいかない、そう思いますわ」
「あ――」
「も、申し訳ありませんっ、素人がこんな差し出がましいこと言ってしまって……でも、あなたはわたくしの命を救ってくださったんでしょう? 怖くて怖くてたまらなかったのにそれでも勇気をふりしぼって。そして……こうして自分の弱さと向き合えている。それで十分ではないですの?」

 それは真夜中にかかわらず太陽のように暖かい笑顔で。
 道に迷った者の足下をほのかに照らす月のようで。
 桃華のその徳のあるたたずまいは自然と跪いてしまう高貴なる者のようで。
 だから、そんな彼女の真っ直ぐで邪念のない言葉に目の覚めるような思いをして、己の未熟さを噛みしめる珠美だった

「……こんな珠美でいいんですか? こんなちっちゃくて頼りない珠美を頼りにしてくれて」
「もちろん、あなただから――あなたでないとダメなのですわ」

 桃華はにっこりと微笑むと珠美の右手を両の手のひらで握りしめる。
 小さくも温かい桃華の手のぬくもり。
 珠美の正義、珠美の勇気、そして珠美の弱さも認めた上で桃華は弱きものを護る騎士になって欲しいと願う。
 剣士にとって最高の誉れ。ここまで信頼を寄せられて断る理由など珠美にはなかった。

「わかりましたーーこの脇山珠美、全身全霊をもってこの命にかえてでもあなたを護るナイトになりますっ!」

決意を秘めた眼差しと共に桃華の手を握り返す珠美。しかし、桃華は少し不服そうな表情で言った。

「命にかえて、はダメですわ。自己を顧みない者が誰かを護るなんてできっこありませんもの。決して自分の命を粗末にしてはいけなくてよ」
「ご、ごめんなさい……うー、やっぱり珠美は未熟者です……」

 この少女には敵わないな。と珠美は思った。
 似たような年なのに彼女はこうも強く凛々しい。きっと誰もが彼女に惹かれて傅くだろう。

「この不肖脇山珠美! あなたを護る剣と盾になりますっ!」
「ふふっ……ならば騎士としての誓いの口づけをお願いしますわ」
「えっ……えぇぇぇーーーっ!?」

 予想外の桃華の言葉に耳まで真っ赤に染める珠美。

「何か問題があって?」
「だだだだだって、珠美は女の子で桃華さんも女の子ですよっ! 女の子同士でキスなんてきゃぅぅ……」
「……あなた何を勘違いしてるんですの」
「はいぃ?」
「中世の騎士が王女の手の甲に口づけをするようにですわ……そ、そのわたくしだって同性同士でキ、キスなんてする趣味なんてもってませんことよっ」
「えっあっ、そ、そうですねっ。珠美ったら何を勘違いしてるんだろあははは……」

 恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻く珠美。
 忠義を示す騎士と王女のキス。
 以前見た映画の主役とヒロインを思い出す。
 いつかあのような舞台に立ってみたいと思った憧れのシーン。

 桃華はほんのりと顔を染めて右手の甲を差し出した。
 二人の視線が交差する。珠美は静かに首を縦に振る。

(プロデューサー……珠美はこの島で生きる意味を見つけました。今だけはアイドルではなく弱き者を護る騎士となります――!)

 跪き、桃華の手をそっと取りその手の甲に口づけを交わす。
 小さな騎士は今、太陽の姫君に神聖なる誓いを立てたのだった。


「これで――あなたはわたくしだけの……いえ、この島で迷い苦しむ全ての者を護る騎士ですわ――」
「はい――!」




 ◆




「さてと……これからどうしませんこと?」
「うーん……」

 誓いを交わした二人。
 まずは殺し合いには絶対に乗らない。これだけは全てに優先されることであろう。
 そして共に力を合わせられる者を、そして己が歩む道に迷った者と合流する。
 これらが当面の目標とした桃華だったが、具体的に何をするかまでは考えてはいなかった。

「ま、悩むより歩めですわ。珠美さん、いきますわよ」
「はいっ!」

 新たなる一歩を踏み出す桃華。しかし足元に走った痛みで思わずふらついてしまう。

「――っ!」
「桃華さん!」

 とっさに倒れそうになった桃華を抱き止める珠美。

「申し訳ございません……先ほどの一件でちょっと足をくじいてしまったようですの」
「だ、大丈夫!?」
「ご心配いりませんわ。少し痛むだけですから」
「桃華さん。ちょっと見せてください」
「だ、大丈夫ですわ……」
「捻挫を甘くみたらダメですっ! 最悪骨折よりタチが悪くなるんだから」

 剣道というスポーツに熟知しているからこそ、小さな怪我も見逃せない。
 素人判断の結果が選手生命を絶たれてしまうことも十分あり得るのだ。

「はぁ……しょうがありませんわねえ」

 真剣な珠美の視線に桃華は地面に腰を下ろし、靴下を脱いで珠美に右足を見せる。
 くるぶしあたりが熱を持ち、赤く腫れていた。
 珠美は桃華を痛がらせないようにそっと足首に触れる。
 桃華は少し顔をしかめ身をよじらせる。

「どう……ですの?」
「たぶん少し捻っただけかな。きちんと冷やしてテーピングしておけば大丈夫」

 だがここは林の中。家や道場に常備してある応急処置のための救急箱なんてあるはずもなく。
 当然のごとく二人の荷物の中にも桃華の捻挫を治療できそうなものはなかった。
 もしあるとすれば――林を北東に抜けた市街地のドラッグストア。
 珠美はスマートフォン状の端末の地図アプリにそれが表示されていたことを思い出していた。

「桃華さんっ、ちょっとごめんなさい!」
「えっ――? きゃっ!?」

 小さな悲鳴を上げた桃華の身体が宙に浮く。
 否、珠美に抱え上げられたのだ。しかもいわゆるお姫様抱っこの姿勢で。

「ちょっ、何を――」
「林を抜けた先の街に薬局があるんですっ、そこなら桃華さんの足を治せますから!」
「そ、それならわざわざこんなことしなくてもっ」
「桃華さんはそんな足でこんなまっくらな林を歩けるんですか?」
「う……それは……」
「でしょ、それに珠美は鍛えていますからっ。これも鍛錬のひとつです!」

 自分と同じ体格の桃華を軽々と抱え上げる珠美。
 どうやら鍛えているのは伊達ではないようだ。

「しょ、しょうがありませんね……目的地までしっかりエスコートお願いしますわ。ナイト様」
「おまかせあれー」



 ◆




 桃華を抱え上げた珠美は月明かりにうっすらと浮かび上がる林を駆け抜ける。
 人ひとりを抱えているのにも関わらず息切れ一つしないで木々の間を縫って駆ける。
 それはまるで野生のカモシカのような足取りだった。

 やがて一面漆黒の緑に覆われていた視界が開け、灰色の世界が飛び込んでゆく。
 人っ子ひとりいない灰色の街並みは緑に覆われた林と違い、無機質でより一層この島に蔓延る死の空気に満ちているようだった。

「桃華さん、方向はこちらであってる?」
「ええ、このまままっすぐ行って大通りを右に曲がれば目的地ですわ」

 お姫様抱っこ状態の桃華は支給された端末の地図アプリを眺めながら珠美のナビを勤めている。
 この端末は自分の現在位置もきちんと表示してくれる便利な物だった。

(他の参加者の位置も表示してくれるともっといいのですけど……)

 ぼやいても詮無きこと。
 しかし自分の位置を把握できるということは自然と人が集まりそうな場所に参加者が集まりだすということ。
 もちろんそれが共に協力し合える者だけではないということも承知しているのだが――

「とーちゃーく。降ろしますよよー」

 ようやく目的地のドラッグストアにたどり着いた珠美と桃華。
 無人の街に門を構えるそれは照明が落ちていることを除いては普段街中で見るものとなんら変わりはなかった。

「よっと……歩けますか?」
「そんな大げさな……歩くことぐらいはじめからできますわ」

 足に負担をかけないようにそっと桃華を地面に降ろす。
 彼女の足首はまだ熱を帯びて腫れてはいるが悪化してる様子はない。
 適切な処置を施せばなんら問題はないだろう。

「それじゃあちょっと待っててくださいねー」

 笑顔で手を振って店内に駆けてゆく珠美。
 その背中を見送った桃華はアスファルトの地面に腰を下ろす。
 地べたに直接座るのは少し気が引けたが、そもそも一度土の上で大きく転んで服は泥だらけ。今さら気にするべくもない。

「やれやれ……ほんと騒がしいナイト様だこと……」

 夜空に煌々と輝く月と星を見上げてくすりと笑みを漏らす桃華。
 これまでのたった数時間の出来事がまるで何日の出来事のよう。
 そんな中でようやく訪れた安堵のひととき。
 昂ぶった精神が落ち着きを取り戻しつつあると同時に、戻れない日常の光景がふつふつと浮かび上がってくる。

 両親の温かい笑顔。
 仲の良い学校の友人との会話。
 そしてアイドルとしてレッスンや仕事に励む日々。

 それらがもう戻ってこないと考えてしまうと涙がぽろぽろこぼれてくる。

「ぐす……あれ……どうしてわたくし……泣いて……まだ泣いたらいけないのに……」

 この狂気に満ちた世界に抗おうと気丈に振る舞っていたしてもまだ12歳の子ども。
 両親に甘えたい年頃の娘にはあまりにも過酷すぎる世界だった。

「助けて……お父様……お母様……ぐすっ……プロデューサー」

 一度揺らいだ感情は堰を切ったかのように溢れ、涙と嗚咽の声が止まらない。顔を両手で覆いむせび泣く桃華
 恐怖と哀しみで震える身体。しかし――そんな彼女の背中を温かい感触が包み込む。

「――大丈夫だよ。桃華さん……あなたは珠美が護るから」
「た……まみ……さん」
「だって珠美は桃華さんのナイト様、そうでしょ?」

 はっと首だけを動かした先には戻ってきた珠美の優しい笑顔。
 桃華を怖がらせまいとそっと背中を抱きしめる珠美はまるで母親のようで。
 その温もりは凍てつきそうに桃華の心を溶かしてゆく



「はい……これからもよろしくお願いしますわ。素敵な騎士様――……」



 珠美と一緒ならまだ頑張れる。
 くじけるのはまだ早いと涙をぬぐって自分に言い聞かせる桃華だった。





 ◆




「これでよしっと。桃華さん足はどう?」

 桃華の足首に湿布を貼り、その上からテーピングを施して包帯を巻く。
 簡易な応急処置ではあるが現状もっとも効果的な治療である。

「……おどろきましたわ。全然痛くないですの」

 治療を行うまでは足首に体重がかかる度に走っていた痛みもほとんど感じない。
 患部に巻いた伸縮性のテープがしっかりと関節を固定しているため、余分な力が伝わらなくなった結果である。
 その反面足首の可動域は狭くなったものの、普通に歩くことに関しては痛みが気にならないほどである。

「ふふっ、これで櫻井桃華完全復活ですわっ」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねてみるがさすがにそれは関節に負担をかける行為。
 電撃のように走る足首の痛みに思わず涙を浮かべてしまう。

「だ、だめだよ! まだ飛んだり走ったりしたら……」
「ううっ……申し訳ありません……でも……珠美さんはすごいですの……わたくしと同じ小学生なのに剣道を嗜みこんな医療の心得もあるだなんて」
「えっと……珠美、高校生なんですけど」
「えっ?」
「えっ?」

 素っ頓狂な声をあげる桃華。
 それに釣られて珠美もまた変な声を出してしまう。
 おかしい、なにか大切なことを勘違いしている。
 非常に重大な認識のズレを二人は感じていたようである。

「も、もうしわけございませんっ! ま、まさかわたくしよりずっと年上だなんて……!」
「いいもん……高校生に見られないのはなれてるもん……」

 がっくりと肩を落とす珠美。
 小学生と勘違いされたことよりも、ずっと年下の桃華のほうが大人びていてしっかりとしていることのほうがショックだった。

「ほ、ほら珠美さんだってまだ成長期ですわっ。毎日牛乳飲んでればきっと大きく――」
「うー……それフォローになってないですよぉ……」

 ひとときの和やかな空間。
 まるで仲の良い友達か姉妹のような桃華と珠美。
 そんなムードに気が抜けていたところがあったのかもしれない。














 からん。



















 だから、足元に響いた金属音が何なのか気づくのに遅れてしまった。










(え――……?)










 ほんの少しだけ桃華が先にその変な音に気がついた。
 肩を落としている珠美はそれに気がついている様子はまだない。

 黒く塗られた金属の缶。
 少し小ぶりなスプレー缶のようにも見える物体。
 桃華は少し前に事務所に置いてあった小道具にそれと似たようなものがあったことを思い出していた。

(まさか――――っ)

 それが足元に転がって何秒たった?
 一秒?
 二秒?
 三秒?

 桃華の頭の中にあったのは少しでもそれを珠美から遠ざけようと。
 自分を護ると騎士の誓いを立ててくれた珠美を救いたいと。

(動け動け動け動け動けぇぇぇぇぇわたくしの身体ぁぁぁぁ! でないと珠美さんが――っ!)

 極限まで研ぎ澄まされた思考に身体がまったくついてこれない。
 周囲の景色も、自分の動きもスローモーションになった世界で桃華は足元に転がるそれを拾い上げる。

 もう、どこかに投げる余裕も残されていない。
 桃華に出来たことはたったひとつ。それの威力が珠美に届かなそうな場所に運ぶことだけ。

(う、ご、けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーッ!)

 捻挫した足首が激痛が走る。
 まるで足が千切れてしまったのかと錯覚させるほど。
 目的地はたった数メートル先のドラッグストア。
 ただ無我夢中で。
 素敵な小さなナイトを死なせたくない一心で。
 ぽっかりと口を開けた店舗の暗闇の中に転がり込んだ。




 そして――夜の闇を白く照らす閃光が桃華の全身を灼く。
 その光と炎はまるで真夜中の太陽のようだった。







 ◆





「え、あ……? も、も……かさん……?」

 突然桃華が足元に転がっていた『何か』を拾ってドラッグストアの中に駆け込んで行った瞬間。
 建物の入り口から凄まじい光があふれ炎が吹き上がった。
 赤ではなく黄色い炎を噴き上げ炎上するドラッグストア。
 地獄の炎が建物全体を舐め尽くす。

 あまりにも突然の出来事は珠美の脳は完全にフリーズしてしまっていた。

 なんでここに桃華はいなくて。
 どうしてドラッグストアは激しく燃えていて
 じゃあ桃華はいったいどこにいったのだろう。

 ややあって、轟々と燃え盛る建物入り口にゆらめく黒い影。
 炎を纏った人のようなもの。
 襤褸布を巻き付けたマネキンようなものがぎこちないロボットのような足取りで近づいてくる。
 そこには目も口も鼻も髪もなくて代わりにガラスの破片の様なモノを全身にびっしりと生やして珠美の下へ。

 想像を絶する人でない何かがゆっくりと焼け焦げた枝のようなものを珠美へ伸ばす。

「い、や……こないで……こないでぇばけものっ! ばけものぉぉぉぉぉっ!」

 あらん限りの声をあげて珠美は叫ぶ。
 ぴくりとそのばけものが伸ばした枝が止まる。
 目も口も鼻もないのにばけものは少しだけ哀しそうな表情を見せたような気がしてその場に崩れ落ちた。
 黄色い炎はいまもなお倒れたばけものを焼き続けている。もうぴくりとも動かないばけもの。

「いやあぁぁぁ……助けて……助けてよプロデューサー……桃華さぁん……――あ」

 気づかなければよかった。
 気づかなければまだ珠美の心はかろうじて平衡を保っていたのかもしれない。
 今ここに桃華はいない。じゃあ桃華はどこに行った?
 そう、ドラッグストアの中に行ったはずだ。
 だったらそこから出てきたものは――桃華以外にありえない。

「あ、あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!」

 喉の奥から絞り出すような珠美の慟哭。
 桃華は珠美を助けたいただ一心で放り投げられたものを持って建物の中に駆け込んだのだ。
 そして爆発。しかし桃華はその瞬間即死ではなかった。
 全身を炎に灼かれ、鋭い破片を浴びてもなお生きていて最後の力を振り絞って珠美の無事を確認したかったのだ。
 その桃華に対して珠美は何と言った?

 ――ばけものと。

「あは……はは……あはははは……」

 力なく嗤う珠美。
 何がナイトだ。
 何が誓いだ。
 何が弱き者を護るだ
 自分は桃華の最期の想いを無惨に踏みにじったのだ。
 なんのために自分は今まで剣を振るってきたのか。

 ――信じた道の結末はあまりにむごく、みじめなものだった。



「あはは……はは……は」



 からんと再び音がした。
 黒いスプレー缶が転がる。
 ああ、これはさっき桃華が持って行ったものだ。
 その桃華は目の前で黒い塊となって今もなお燃えている。

 誰もそれをどこに持ってゆく者はいない。
 閃光と炎が炸裂する。

 これは罰なのだ。
 王女の想いを踏みにじった裏切りの騎士への――


(やっぱり――珠美はナイトにはなれませんでした)


 二つ目の太陽は白い炎を噴き上げて珠美の何もかもを飲み込んでいった。






 ◆





「……ちひろさんはなんてものを私たちに持たせるのよ」

 すべてが終わった後で、五十嵐響子はぽつりとつぶやいた。
 千川ちひろ謹製手榴弾『ストロベリー・ボム』それは通常の破裂し爆風と破片をまき散らすものではなく、
 起爆の瞬間凄まじい高温の熱量を発生させる焼夷手榴弾タイプであった。
 化学反応によって発生する炎は生半可な水では決して消すことのできない炎。
 対象を燃やし尽くすまでその炎は消えることがない。

 現にドラッグストアは今もなお炎上し続けている。
 そしてその傍らに転がるふたつの黒い塊。
 髪の毛を燃やした臭いを何倍にも強めたような異臭が漂っている。

「うぐ……」

 その臭いとストロベリー・ボムの犠牲者の惨状に思わず口元を覆う。
 死体は完全に焼け焦げておりもはや元の顔はおろか性別すらも判別できないほど炭化しきっていた。
 ここまで燃やし尽くさないとこの手榴弾の炎は消えることがないということだった。

 始めて人を殺した――
 しかし響子は罪悪感よりもどこかやり遂げた達成感のほうが強かった。

「そっか……これって告白といっしょなんだ」

 大好きな人に想いを告げる。
 その過程で結果を予想して悶々とする少女の想い。
 もし断られたらどうしよう? 受け入れられてもらったらどうしよう?
 顔を真っ赤にして枕に顔を埋めた時の気持ちと一緒。
 そして想いを告げたい人を呼び出した時の感覚はきっと手榴弾のピンを抜いた時と同じ。



 呼び出してしまえば/ピンを抜いてしまえば。
 もう後戻りはもうできない。後は突っ走るだけ。



「だったら――もっと早くプロデューサーに告白しておけばよかったな」

 抜け駆けとだと他の四人から後ろ指指されようとも自分の想いに素直になっておけばこんなことになることもなかったかもしれない。
 が、そんなことを考えても全てが遅い。

「戦わなければ、生き残れない……か」

 もはや響子は自分自身がシンデレラ・ロワイヤルの主役になるしか道が残されていない。
 そして――今まで一緒にシンデレラを目指していた四人はこの瞬間、互いを蹴落とす宿敵となるのだ。

 たったひとつの椅子取りゲームの勝利者となるために――






【櫻井桃華 死亡】
【脇山珠美 死亡】


【C-7 ドラッグストア前/一日目 深夜】
【五十嵐響子】
【装備:ニューナンブM60(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×9】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。




※ドラッグストアは炎上中です
※ストロベリー・ボムは焼夷弾タイプの手榴弾です
※桃華と珠美の荷物は焼失しました


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桜井桃華補完エピソード:彼女たちが巡り会ったよくある奇遇(トゥエンティスリー)
脇山珠美 死亡
脇山珠美補完エピソード:~~さんといっしょ

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最終更新:2014年02月27日 21:13