オキガエ・イン・エアポート ◆kiwseicho2



 かたや巫女服を着た少女である。
 茶がかったショートの黒髪は当人の気質を表すかのようにところどころおっちょこちょいに跳ねており、
 不安げに遠くを見つめる瞳にするどさはなく、くりくりとしてキュートであった。なんと実際に巫女でもある。
 かたやチェックシャツの上に白いシャツを着た少女である。 
 黒髪の後ろにお団子ポニテを作り、クラスに一人くらいいそうという形容がぴったりな顔立ちで、
 顎に手を当てて考えごとをするポーズ。見るからに平凡な彼女だが、しかしその瞳にはパッションが宿っている。

 巫女アイドル――道明寺歌鈴
 自己模索系アイドル――矢口美羽(FLOWERS)。

 ぱっと見た限りでは共通点のほぼ見つからないこの二人はつい先ほど、
 お互いの大切に思う人たちのために殺し合いで手を組み、
 彼女たちなりのやり方でゲームを勝ち抜くことを決めたのだが――。

「ふええっ!?」
「わぁ!? なにもないところでいきなり歌鈴ちゃんの足がほつれて!?」

 びたーん

「いたたっ……ご、ごめんっ美羽ちゃん! ってあわわ、デイパックから煙!?」
「ま、まさか転んだときに黒煙弾のスイッチを押して……あ」

 もくもくもくもくぅ

「げほっ、げほっ! す、すごい煙でっ、喉がっ……水……」
「待ってそれ違うよっ! それわたしの支給品! しびれ薬――――!!」

 はらほろっひれはれっ

「……あぅ、ありがとうっ、美羽ちゃん。十分くらいで治るやつでよかった。
 もうどうにか動けるみたい、バナナも食べて元気出たし、今度こそ、出発してっ」
「(あっフラグだこれ)」

 つるっからの、びたーん

「はわわ……」
「うん、うん……いや、わたしもけっこうやらかす方だけども。
 歌鈴ちゃんってなんというか、その、ほんとにすっごいドジっ子なんだね」

 以上がこの一時間ほどの間に起こった出来事である。
 それも、だだっぴろい飛行場の真ん中を、たった数十メートル移動する間に起きた出来事だ。 
 発生源は全て道明寺歌鈴であった――そう、
 美羽はFLOWERSのリーダー高森藍子から彼女について若干話を聞いていたゆえ大きく驚くことはなかったが、
 歌鈴のアイドルとしての個性はリアル巫女さんだということだけではない。
 歩けば転び、走っても転ぶ、
 天性のドジっ子体質もまた歌鈴がキュートたるゆえんの一つなのだ。

 が……ステージの上ならともかく、こんな場所でそれが発動してしまうのはマイナスにしかならない。 
 それも何故だか今の歌鈴は、三歩歩けばドジるレベルにドジっ子パワーが高まっている。
 仕方なく、今二人はとにかく動くのをやめて、微妙に距離を開けて小休止していた。
 申し訳なさげに遠くを見つめる歌鈴と、
 じっと歌鈴を見つめながら顎に手をあてる普遍的なポーズをとる美羽という構図。

「ええっと、一つ確認なんだけど。歌鈴ちゃんはいつもこのくらいの頻度でドジってるのかな?」
「いいいつもはここまでじゃないですよっ。確かにジュースとかすぐこぼしちゃうけど、こんなにいつもじゃ。
 あ、でもプロデューサーさんと二人きりになった時とか、ライブの始まる前の楽屋とかだと、このくらいひどくて……」
「ふむふむ。するともともとの素質に加えて、
 この状況下での緊張とか焦りがドジっ子パワーを加速させてるのかも」
「緊張……わ、私、でもだって、決めたのに!」
「うん。わたしも決めたよ。でも決めたからすぐに演(や)れるかっていうと、違うとも思う。
 一人じゃ難しいって思ったから、わたしたち手を組んだんだし――でもこれはそれ以前の問題。ええと、どうしよっか?」
「どうしよう、って」
「どうしようもないじゃダメだよ」
「……う」
「……どうにかしなきゃ。きついこと言うけど、今の歌鈴ちゃんとじゃ何もできないよ」
「ううっ」

 歌鈴は美羽の言葉に目を伏せて、巫女装束の胸のあたりをかきむしるように掴む。

「……なんで。なんでこうなっちゃうんだろう。こんなところで止まってる場合じゃないのに。
 いまもどこかで、プロデューサーさんや美穂ちゃんがひどいめにあってるかもしれないのに……なんで私はっ」

 そして想い人を叫びながら、自分の不甲斐なさを虐した。
 手は震えていて、顔はこわばっている。素人の美羽にすら、歌鈴の焦りと緊張は手に取るように分かった。
 共感もできた。今こうしている間にも殺し合いは進んでいる。
 美羽が大切に思うFLOWERSのメンバーが無事かどうかも分からない。
 こんなところで止まっている場合じゃない、と思っているのは美羽も同じだ。

 それに、彼女たちには急がなければいけない理由がもう一つあった。

 それは彼女たちのとった作戦にある。

 「対主催に紛れながら人数を減らしていく」という二人の作戦。
 これは裏を返せば、「人数を減らすまでは対主催と見分けがつかない」ということでもある。
 あまりにもたもたしていれば、二人は主催側に、殺し合いに反逆していると勘違いされてしまうかもしれない。
 そうしてプロデューサーの首輪が爆発させられてしまう場合もゼロではない。
 美羽はFLOWERSの面々の生き残り優先ではあるが、プロデューサーが死ぬところを見たいわけではないし、
 歌鈴に至っては、プロデューサーが死んでしまったら殺し合いに乗った意味が無くなってしまう。

(でも早く行動を起こすにしたって、まずわたしたちにとって無害なグループを見つけないといけない。
 さらにその上で怪しまれないように信頼を得て……みんなを欺いて行動する……。絶対すぐにはできないことだ)

 潜伏する期間のことまで考えると、早期にどこかのグループに紛れる必要があるのは間違いなかった。
 おそらく歌鈴が焦っている原因の一つはこれだろう、と美羽は考える。
 でも、その焦りと緊張の結果、肝心の歌鈴がこうなってしまっていては何の意味もない。
 美羽の中に歌鈴を切り捨てるという選択肢は今のところないが、急いで切り替えてもらう必要があるのは確かだ。
 そのための一手を。考えなきゃいけない。
 緊張をほぐして歌鈴を行動可能にする。どうすればいい?

 わたしたちのプロデューサーなら、どうしていた?


『――ははは、よーしお前ら、見事なまでに緊張してるな。
 ――そしたらこの俺じきじきに、お前らがこれから緊張しなくなる魔法を教えてしんぜよう。それはな――』


「そうだ……歌鈴ちゃん!」
「は、はい」
「えーとですね。ここに学ランがあります!」
「はい?」

 矢口美羽はデイパックから男子学生服(上下セットSサイズ)を取り出した。
 それは彼女のもう一つの支給品だった。
 最初これが支給されたと分かったときは、ハズレだなあ運がないなあと思っていたけれど。

「今から歌鈴ちゃんには、この学ランに着替えてもらいます!」
「えっ?」
「着替えるんだよっ、こ・こ・で!」
「え……ふええっ? ほ、本気なの、美羽ちゃん。だってここ、外だよ?
 夜だけどすごいライトアップされてるし、ほら障害物も飛行機くらいで、誰か来たら!」
「そうだね。だからこそだよ、歌鈴ちゃん。だってそっちのほうが――恥ずかしいでしょ?」

 美羽が思い出したのはFLOWERSの初ライブ前の一幕だ。
 本番前二十分の控え室、輸送車トラブルで遅れて到着したLIVE衣装を手にしてドアをばーんと開けたあの人は、
 かちこちに固まった暗い空気をいつも通りの笑顔で一気に柔らかく明るくしながら、美羽たちにこう言ったのだ。

「“緊張するのは恥ずかしいからだ。自分がなにか恥ずかしいことをしちゃうんじゃないかと思ってるからだ!
 だから――今ここで一生これを超えることはないってくらい恥ずかしいことをあえてすれば、どんなことも怖くなくなる!
 さあお前らレッスンだ、俺の前で俺から目を離さずに、その衣装に着替えてみせろー!” って」
「な……なんだか豪快な人ですね」
「あのときは結局、友紀さんと夕美さんがほんとに脱ぎだしたら顔真っ赤にして控え室から出てったけどね」
「い……意外とうぶな人なんですね」
「まあね、とにかくだ! それがあったからFLOWERSの初ライブは成功したんだよ。
 衣装が届く前にさ、初ライブでいろいろ考えちゃってたんだよね、期待に応えなきゃとかミスしたくないとか。
 でもそれ全部、プロデューサーがいきなりそんなこと言ったせいで吹っ飛んじゃったんだ。
 だから、さ。思い浮かべただけでこれなら、実際にやればきっと効果はもっと絶大!」
「ま、待って待ってそれ、飛躍してないですかっ!?」
「違うよ、飛躍してるからいいんだよ!」

 ぐいぐいっと美羽は歌鈴との距離を詰めて、うろたえる歌鈴に学生服を押し付けた。

「さあ! れっつお着替え! 衣装チェンジで心のお着替えしよう!」

 そして歌鈴のデイパックをひったくるように奪って数歩下がり、なんとなく逃げ出しづらい空気を作ったのだった。

「ふえ……そんな……こんな場所で着替えるなんて、いくらなんでも……」

 学ランを押し付けられた歌鈴は目をぱちくりして、学ランを見て、もう一度美羽のほうを見た。
 美羽は期待やら何やらが入り混じったキラキラした目で歌鈴をじ~~っと見つめている。
 本気なのは嘘じゃないみたいだった。
 確かに彼女の言い分には一理あるとは思うけれども、普通実行はしないだろうに。
 美羽が意外と突拍子もないことを考える子だということを、このとき歌鈴は初めて知った。

「大丈夫、歌鈴ちゃんだけにはやらせない。歌鈴ちゃんが着替えたらわたしがその巫女服を着るよ!」
「えぇ……!?」
「うん、実は巫女さん衣装ってけっこう着てみたかったんだよね。なんとなくわたしに似合ってる気もするし。
 むむむ、そういえば歌鈴ちゃんに学生服もなんだか似合ってる気がしてきた! わたしプロデュースの才能あるのかも?」
「み、美羽ちゃんっ、急にテンションあがりすぎ」
「さあ歌鈴ちゃん早く早く! 誰か来る前に!」
「ふええ……」

 同行者の純粋な視線に耐えきれなくなって、歌鈴はきょろきょろ周りを見回す。
 ――黎明の空はまだ暗い蒼色だが、だだっぴろい飛行場は明るくライトアップされていて見通しが良い。
 ただし何もないわけではない。飛行場の形を仮に長方形とすると、
 その両の長辺には等間隔でいろんな飛行機が置かれている。
 ヘリコプター、ジェット機、戦闘機みたいなのから普通の旅客機まで、大小さまざま、空飛ぶ乗り物博覧会の様相だ。
 いま二人がいる位置はちょうど大きな旅客機と軍用ヘリの中間で、
 旅客機のエンジンのそばだ。向こう側から人が来たとしても、どうにか隠れなくはない、ギリギリの位置。

(いけなくは、ないのかも? ――うぅ、でも無理だよおっ)

 一瞬出来そうな気がして、頭の中でシミュレートして、やっぱり無理だと歌鈴は竦む。
 転んだ拍子に巫女装束が脱げそうになったことなら何度もあるが、
 脱げてしまうのと自分から脱ぐのはぜんぜん違うことだ。アイドル的にもちょっとダメな気がする。
 しかも多分……。

「言い忘れてたけど、もちろん一旦全部脱いでから着るんだよっ!」

 と、歌鈴が危惧した通りの言葉を美羽が投げかけてきた。
 そうだ。実際のところ着替えるだけであればできるのだ。
 学生服のズボンを緋袴(巫女服のスカート)の下で着てから緋袴を脱ぎ、
 上着を白装束の上から羽織ったあとに白装束を脱げば、大した露出もなく着替えを終えることが出来る。
 しかし、今回のこれは歌鈴を恥ずかしがらせるのが目的だ。
 そんなやり方では効果半減なのは歌鈴でも分かる。

 分かるけれど、でも。 
 更衣室でも家でもない外で一瞬でも服を全部脱ぐなんて――恥ずかしすぎる!

 一旦学生服を地面に置き、歌鈴はせいいっぱいの勇気を振り絞って緋袴に手をかけた。
 でもそこから先が無理だった。
 無理、無理、無理――ぞわりと体を不可能に包まれたような気分になる。
 おそるおそる前を見ると、美羽は「先に脱ぐよ!」と言ってもうすでに上のシャツを脱いでいるところだった。
 提案してきただけあって迷いのない脱ぎ方だった。
 美羽だって恥ずかしくないわけがないだろうに……なんという体当たりな姿勢だろうかと、歌鈴は驚嘆する。

(私は……私は何をやってるんだろう)

 すると。不意に歌鈴の頭に思考が浮かんだ。
 意味もなく着替えようとしていることにではない、
 自分がこんな所でこんなことをしてるのが、だんだんおかしいことのように思えてきたのだ。
 いや、本当におかしいのだった。それはそうだ、本来なら今も歌鈴はアイドルとして多忙な日々を送っているはずで、
 知らない島に連れてこられて殺し合いをさせられているほうがおかしいのは当然だ。

 でも違う。それだけじゃない。
 下着姿になった美羽が、歌鈴に目線を送ってくる。無理に笑顔を作った彼女の目はこう言っていた。
 “これからわたしたち、もっとひどいことをするのにさ――この程度で怖気づいてちゃ、だめなんじゃないかな?”

「……!!」
「さ、さあっ。歌鈴ちゃんも、はやく」

 歌鈴はようやくここにおいて、美羽に励まされていることに気付いたのだった。
 意味のない、あまりにも飛躍したこのお着替えは。
 さっきまでのドジは着替えて全部忘れちゃおうという意味でもあったのだ。
 許されないと思っていた。あれだけ決意をしておいて空回りしてドジする歌鈴のことを美羽は怒っていて、
 だからこんな突拍子もないことを提案して歌鈴を困らせているのだと、罰なのだと、勝手に。
 本当は、そういう悪い考え方をこそ吹き飛ばすために、心を着替えなければいけないというのに!

「……うん」

 歌鈴は美羽の言葉についに頷いて、緋袴の紐を緩め、緋袴を地面に落とした。
 ずいぶんと皮肉な話だなあと思いながら、白衣の前を勢いよく開いて、これも下に落とした。
 ああ、ほんとうに、皮肉な話だ。
 歌鈴がこの殺し合いで取ろうとしている行動は、罪悪感からくるものだというのに。
 いまは罪悪感を吹き飛ばさないと、行動さえできないだなんて。

 本当に――恥ずかしい話だ――。

「って、わわっ」

 とと。地面に落ちた学生服を取ろうと、一歩踏み出して下に手を伸ばしたときだった。
 緊張とか焦りではなく、単純にちょっと油断してしまっていたようで、
 歌鈴は自分が脱いだ緋袴に足を取られてバランスを崩してしまった。
 どうにか両手をついて怪我は避けたが、四つんばいの体勢になる。そこから、不意に右を見て。

 その視界に映った、シャレにならない光景に気付いた。

「え」

 歌鈴の右にあるのは大きな旅客機だ。
 当然翼の下のエンジン部分も大きくて、歌鈴と美羽の姿を右側からはしっかりと隠してくれていた。
 だがそれは今どうでもいい。
 重要なのは、その旅客機のエンジンと地面との隙間が、おおよそ五十センチ程度だったことで。
 ゆえに四つんばいになって右を見た歌鈴だけが気づけた。その隙間の先の光景を見ることができた。

 足が四本。
 数えて二人分の足が、反対側のエンジンの向こうから――こちらへ歩いてきている。

「ぇ!? ……○×▽◇!?」
「だいじょうぶ美羽ちゃ、ってわわわわっ!?」
「――――か、かっかか、隠れううっ!!!!」

 その後の歌鈴の行動は早かった。
 彼女は即座にすべての荷物および地面に落ちていたバナナの皮を腕で抱え込み、
 デイパックに脱いだ服をつっこんでいた美羽の下へ一瞬で駆け抜け、彼女の腕を掴みながら辺りを確認し、 
 幸い内部展示用に片側の扉が開いていた軍用ヘリにばびゅんと駆けこむと扉に手をかけて、
 内側の取っ手代わりのバーが壊れるくらいの速度で一気にそれを閉めた。

 ばたんと小さな音がして。飛行場から二人の少女はいったん消えた。

 ……その二分ほど後。
 当時、飛行場内をゆっくり散策することにしていた高垣楓佐久間まゆがこの軍用ヘリの隣を通っていたが、
 一人用の小さなコクピットの窓ガラスから頭がはみ出さないように、
 身体を重ねてヘリの中に伏せていた二人の存在には、いくらなんでも気付かなかった。 


 *


「ふえ……なんで……なんで私たち、服脱いだ状態で三十分もじっとしてなきゃいけなかったの?」
「すべてわたしのせいです、ごめんなさい歌鈴さん」
「いや怒ってはないよ、美羽ちゃん……。確かにすっごい恥ずかしかったけど。美羽ちゃんも震えてたの、わかったから」
「な。ななっ」
「私を鼓舞するためにはりきってくれてただけで、美羽ちゃんだって女の子だもんね。その……ありがとね」
「わ……わたしは何もしてないよー? 全部他の人からの受け売りだし、ほら、そのうん……どういたしまして?」

 かたや学生服を着た少女である。
 茶がかったショートの黒髪は当人の気質を表すかのようにところどころおっちょこちょいに跳ねているが、
 なんとなく可愛い系男子がワックスでかっこよさを求めて跳ねさせた感じに似ていて、存外キュートであった。
 かたや巫女服を着た少女である。 
 黒髪の後ろにお団子ポニテを作ったその姿は清潔な巫女さんのイメージに意外とよく似合っているのに、
 本人は顎に手を当てて上の空をするポーズ。自分を平凡と信じる彼女の瞳には、本当はパッションが宿っている。

「さ、さあて! せっかく巫女さん衣装を着たことだし、これからの行き先はこれで!占いで決めようっ」

 C-3、飛行場。
 あれから数十分が経過して、二人の着替えは終わっていた。
 デイパックに入っていた美羽の私服は軍用ヘリの中で二人に押しつぶされてしわくちゃになってしまっていたので、
 当初の通り歌鈴が男子学生服を身に着け、美羽は巫女装束を身にまとっている。

 しばらくして軍用ヘリから出たあと、彼女たちは先ほどニアミスした二人組の姿を探してみたものの、
 もう彼女たちはどこかへ行ってしまったようで、飛行場の中には人の影も形もなかった。
 とすれば考えられるのは――すぐ南の空港施設に行ったか、あるいは北東の街へ向かったか。
 または北西の橋へ向かい、ライブステージに向かっている可能性もある。

「うーん、それは占いっていうより、運を天に任せてるだけじゃないかなぁ……」
「いやいやこれだって占いだよ! 本職の巫女さんからしたらアレかもだけどっ」

 そういうわけで二人は、軍用ヘリの内部からある意味拝借した鉄パイプを武器にし、
 どこへ行くか迷った子供が悪戯にそうするように地面にそれを立て、自然に倒れた方向に向かうことに決めたのだ。
 二人で決めたことだった。
 そして二人はこれから向かう先で、もっと沢山のことを二人で背負っていくのだ。

「じゃあ倒すよ。っとその前に。――歌鈴ちゃん、ねえ、もう大丈夫?」
「うん? あ、もうドジらないかってことなら、ごめんね、私にもわからない」

 軽い感じで問いかけた美羽に、歌鈴は同じくかるーい感じで返す。

「でも、私は――歌鈴はもう、大丈夫。きっと、ちゃんと演(や)れます。さっき一生分ドキドキしたしね」
「プロデューサーさんといるときとどっちがドキドキした?」
「ふえっ!? ちょ、そ、それは……それは秘密っ」
「あははー。恋する乙女は可愛いね。よし、じゃあ改めて。行くよっ」

 美羽が鉄パイプから手を離す。
 かーんと音を立てて棒が倒れて、こうして二人はそちらへ向かうことにした。




  幕間、舞台裏、衣装チェンジの時間はおわり。
  少女たちを包む夜の幕はもうすぐ上がり、劇は第二部へと移るだろう。
  それが悲劇なのか、あるいは喜劇なのかは太陽さえも知るところではない。
  しかしどうやら。――演者である少女たちのコンディションは、悪くはないみたいだ。 


【C-3 飛行場/一日目 黎明】


【矢口美羽】
【装備:鉄パイプ、歌鈴の巫女装束】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:対主催チームに潜伏しながら、人数を減らしていく
1:そして、フラワーズのメンバー誰か一人でも生還させる
2:棒の倒れた方へ向かい、対主催チームを探す

【道明寺歌鈴】
【装備:男子学生服】
【所持品:基本支給品一式、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:対主催チームに潜伏しながら、人数を減らしていく
1:そして、出来るなら美穂を生還させる。
2:棒の倒れた方へ向かい、対主催チームを探す

小日向美穂と同じPです。

※高垣楓と佐久間まゆが飛行場を散策していた経緯については、035話「飛べない翼」参照。
 また、歌鈴たちは彼女たちがどのアイドルなのかまでは把握できませんでした。 

【ペットボトル入りしびれ薬】
二口ほど飲んだ歌鈴が十分くらい上手く身体を動かせなくなった、どうやら運営特製のしびれ薬。
基本支給品の水と同じペットボトルに入っているため端目からはそれがしびれ薬だとは分からない。


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道明寺歌鈴

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最終更新:2013年01月13日 19:21