23時59分59秒 ◆BL5cVXUqNc
運命が変わった日は――そう、いつかのバレンタインイベントだった。
それまでは近頃頭角を現してきた若手アイドルのひとりで、
コアなファンは以前からいたものの、そこまで常に多数のファンに囲まれるわけでもなかった。
だけどその日を皮切りに彼女の――
十時愛梨の運命の車輪は激しく回り始める。
眠っていた実力が開花したのか。
はたまた類い希なる運に恵まれたのか。
まるで江戸時代末期の『ええじゃないか』のごとく流行神に大衆は彼女に魅入られ、ブームを巻き起こした。
倍増する仕事、連日の取材。
流行神は愛梨の戸惑いなぞどこ吹く風で彼女をシンデレラへと押し上げる。
高みへ、さらなるアイドルたちの頂点へ。
狂乱した大衆はついに150人のアイドルの中から愛梨をシンデレラガールへと導いた。
ごく普通にアイドルに憧れた女の子がアイドルの頂点に上りつめた。
魔法によって馬車に変えられたカボチャとネズミは愛梨を乗せてさらに爆走する。
まるでブレーキの壊れた特急列車。
人気はさらに加熱しファンは狂乱する。
愛梨はただパーティーに向かう馬車から振り落とされないようにするのに必死だった。
分不相応に手に入れてしまった地位に負けないようにひたすら仕事やレッスンに励む日々。
普通の女の子であった愛梨ひとりではとてもそのプレッシャーに耐えることは出来なかっただろう。
だけど彼女にはもっとも信頼し、時にはやさしく、時には厳しく彼女を導くプロデューサーがいた。
彼との二人三脚がなければとてもシンデレラガールの重圧に耐えることは出来なかった。
だが信頼し、そして異性としても意識しだした彼はもういない。
彼女の目の前で物言わぬ骸と化した。
魔法は解けてしまった。
だから一人ぼっちに戻った愛梨は、自分で自分に魔法をかけるしかなかった。
元の灰かぶりに戻ってしまわないように。
「終わらない……終わらない……こんなところで私の魔法は絶対に終わらせない……」
今もなお残る人を殺した感触。
ただ自分は銃の引き金を引いただけなのに、まるで人を刺し殺したか殴り殺したような死の感覚がべっとりとまとわりつく。
これこそ彼女が自分自身にかけた魔法。
この島では23時59分59秒より決して進まず、また決して戻らない時間。
いつまでもシンデレラでいられるかわりに時が進んでしまえばいつでも階段から地獄まで転がり墜ちる。
シンデレラであることが自らの存在意義でしかなくなった彼女が自らにかけた悲しい魔法だった。
彼が最期に残した『生きろ』の言葉は呪いとなって彼女の魂を蝕み続ける。
150人の頂点に立てたのなら、60人の一人になるしかない。
それが自らのせいで命を落としたプロデューサーのせめてもの償いと思うしかなかった。
「藍子ちゃん――私はあなたが羨ましい」
堕ちたシンデレラが唯一認め、失った希望を託したアイドル――
高森藍子。
彼女は絶望に抗い、最後までアイドルとして生きるつもりなのだろう。
「藍子ちゃんがアイドルであり続けられるのなら……私は安らかに絶望できる」
殺して。
殺して。
殺して。
殺し尽くして。
絶望の果てに生にしがみつく。
最後の相手が藍子でありますように。
最後のふたりとなってもアイドルでありつづけた藍子でありますように。
そして愛梨はふと思う。
――どうして私は藍子ちゃんに執着しているだろう。と。
シンデレラたる自分と双璧をなすアイドルユニットFlowersのリーダーたる高森藍子。
彼女もまた世間の狂熱に晒されながらも高みを目ざし続けていた。
同じ世間の祝福という名の呪いをその身に浴びながらも目指す道が分かたれてしまったのか。
そんなこと言うまでもない。
藍子には頼れる仲間がいた。
苦しいときも辛いときもプロデューサーだけではなく、同じ重圧を分かち合える大切な仲間たちがいた。
でも、愛梨にはプロデューサーしかいなかった。
彼がいたからこそシンデレラの重圧に耐え抜くことができた。
だが、今となってしまってはひとりぼっちのシンデレラは絶望に堕ちる以外に道は存在しなかった。
だから託した。
まだプロデューサーが生きていて、頼れる仲間がいて、アイドルとして輝き続けることができる彼女にひとかけらの希望を託した。
階段に残されたガラスの靴を拾う役目を藍子に託した。
「勝手ですよね私。絶望して、それなのに壊れた希望を藍子ちゃんに勝手に見いだして」
シンデレラの重圧。
プロデューサーへの恋心。
そんな彼の死。
今の愛梨がすがれる物は彼の最期の言葉と、藍子に押し付けた希望だけだった。
それがなければとっくの昔に自ら命を絶っていたか、狂っていただろう。
もう後戻りはできない。
今の愛梨は返り血を浴びたドレスをまとったシンデレラなのだから。
◆
空が白み始めた。
極限まで研ぎ澄まされた緊張の糸が昇りつつある太陽に緩んでくる。
「少し……休もう……」
愛梨は肉体、精神共に限界だった。
少しでも休息を取らなければ彼の約束も果たすことはできない。
この島には他にも愛梨と同じ結論に至った者が必ずいるはず。
今のろくに頭の回らない状態で対峙することなんて到底不可能だ。
愛梨は適当な民家を探し出して玄関のドアノブを開ける。
幸いドアに鍵は付いていない。土足で薄暗い民家に上がった愛梨は裏口があることを確認すると両方のドアを内側からロックをかけた。
これで何者かがやってきても少しは目を覚ませる余裕ができるはず。
リビングや風呂、そしてトイレの戸締まりは確認した愛梨は襖から毛布を取り出すと頭からすっぽりと被りリビングの壁に背をあずける。
「寒い……な。私ってこんな寒がりだったっけ……」
疲労と眠気で朦朧とする愛梨の脳裏に一人の女性の姿が浮かび上がる。
奇しくも愛梨と同じプロデューサーの元でデビューしたアイドル――
高垣楓。
クールなミステリアスな大人の印象を持ちながらもどこか子どもっぽい雰囲気を持った不思議な女性。
年の差を感じてか積極的な交流はなかったものの同じアイドルとして愛梨にないものを持っていた彼女は憧れの対象でもあった。
それは愛梨がシンデレラとなった今でも変わらないものだった。
彼女は今どうしているだろうか。
自分のせいで死んでしまったプロデューサーを恨んでいるだろうか。
それとも大人な彼女はプロデューサーの死を受け入れているのだろうか。
どちらにせよ。愛梨は彼女に確信めいたものを持っている。
きっと――彼女は彼に恋をしていた。
だって自分も女の子だから、恋というものがどんなものかよくわかる。感情をあまり表に出さない楓の様子の変化は否応にも理解できるのだ。
だからこそ、先にプロデューサーにふり向いて欲しいと愛梨は彼にキスを求めたのだった。
(あはは……抜け駆けの代償がこれだなんて、かみさまはほんと酷いよね……)
生き残るために全てを犠牲にする愛梨はもう止まらない、止まれない。
でも時計の針は23時59分59秒で止まったままだった。
【G-3・市街地/一日目 早朝】
【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(14/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×4】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生きる。
1:殺して、生き抜く。
2:少しの間眠る
最終更新:2013年04月17日 00:15