曇り、のち…… ◆yX/9K6uV4E



あれほど瞬いていた星は既に消えかかり、空は段々と青みがかり始めていた。
そんな、夜と朝の曖昧な時間の空を神谷奈緒は、黄昏るように見つめている。
もうすぐ、長かった夜が終わる。そして空は青く澄み渡るだろう。
けれど自分の気持ちは全然晴れやしない。
むしろまるで雲が空を閉ざすように、もやもやとするばかりだった。
このまま、雨が降らないといいけれどもと、奈緒は一人心の中で思う。

「……もうすぐ朝だね、奈緒」
「ああ……」

一緒に空を見ながら、隣で微笑む北条加蓮の笑顔を、奈緒は戸惑いながら、見つめていた。
護るべき少女、護らないといけなかった親友。
それが何の間違いで、彼女が自ら手を血に染めないといけなくなったのか。
彼女とまた会ってしまったから? 自分自身に覚悟が足らなかったから?
何度自問しても、答えは出る訳が無かった。
解かるのは、結果として加蓮が覚悟を決めてしまった。
殺しをするという、覚悟を。

「なーお?」
「んあ!?」
「何見つめちゃってさ、何かある?」
「い、いやなんでも……」
「ふふっ、変な奈緒」

無邪気に笑う加蓮が、奈緒にとって救いでもあり、苦痛でもあった。
加蓮と傍に居れるのは嬉しい。
けれど、加蓮はその為に殺しをしてしまった。
あそこで自分が止めをさしておけば、加蓮が手を汚す事も無かったのに。
奈緒はただ、自分の不甲斐なさを心の底から呪いたくなってしまう。
もしあの時ああしていたらとそればかり考えて、悩んでしまう。
悩んでも変わらないのを知ってるというのに。

「ねえ、奈緒。あれ!」
「……ん、ああ」

加蓮の呼びかけに目を向けてみると、見慣れた店が見えてきた。
赤と黄色で書かれた派手な看板で、既に無くした日常で一緒によく行っていたお店。
奈緒達の憩いになっていたファーストフード店だった。

「ね、奈緒ってバイトしてたんだよね」
「……まあ、一応な」

しかも、其処は奈緒がアイドルになる前、アルバイトしていた場所だった。
特に何のこだわりも無く、高校生でも気軽にバイトできる店だっただけでもあるが。
お陰でというべきか、そのせいでというべきか。
今のプロデューサーにスカウトされたのも、そのファーストフード店でバイトしていた時だった。
そんな奇妙な縁で、結ばれたチェーン店にこんな殺し合いの場でも出会うとは。
なんだかよく解からない気持ちに奈緒は複雑な表情を浮かべていた。

「じゃあさ、何か奈緒作ってよ!」
「はあ!?」
「そろそろ、放送だしさ、休憩しよ、ね? お願い!」

加蓮の唐突なお願いに奈緒は面を喰らうが、中身は現実的だ。
時計を見ると最初の放送に近い時刻だ。
それに、幾ら気丈に振舞ってるとはいえ、加蓮の体力の無さは此処に来る前と変わっていない。
4時間ほど、歩き回っていた上に、更にこんな状況では加蓮も疲れているだろう。
そういう奈緒自身も疲れてはいる。休憩を取るにはいい頃合なのだ。
奈緒は、そう思い、必死に手を合わしている加蓮を見て、溜め息をつき

「……解かったよ」
「やったっ! ありがと! 奈緒!」

そうやって、加蓮はとても嬉しそうにに笑う。
そして、その笑みを見て、奈緒は力なく笑った。


やっぱり、加蓮の笑顔は、救いでもあり、苦痛でもあった。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「ふう……」

加蓮は角の席を陣取り、調理中の奈緒を待っていた。
硬いソファーにもたれ掛かりながら、取り留めもない事ばかり考えている。
何だかそんな気分だったのだ。この六時間で余りにも色々なことがあったから。

(あ、あれは……)

ふと、壁に貼られていたポスターが目につく。
それに写っていたのは、二人の少女。
それぞれ、太陽のような笑顔と日だまりのような微笑みを浮かべ、新作スイーツの宣伝をしていた。
加蓮は二人の少女の事をよく知っている。
何せ、今をときめく二大アイドルなのだから。
一緒に仕事をしたことがあるが、二人とも輝いていた。

「こんな所まで……流石シンデレラガールと、フラワーズのリーダーだね」

アップルパイを頬張りながら、笑っている少女が十時愛梨
その隣でプリンアラモードをスプーンですくっているのが高森藍子だった。
二人とも狭いボスターの中で、驚くぐらい輝いている。

「二人とも凄いな……」

加蓮は思わず、驚嘆の溜め息をついてしまう。
こんな駅を降りたら必ず有るような全国区のファーストフード店のキャンペーンガールに使われる程、人気なのだ。
同じアイドルとして、加蓮は悔しいと思うと同時に、純粋に凄いと思った。
それは彼女達だけの輝きがあるからだと加蓮は考える。

誰にも負けないオンリーワンの輝きが。
そう、自分より先に輝いた凛のように。

渋谷凛、加蓮と奈緒の親友。
そして、自分より先にデビューした彼女。
三人の中で一番年下なのに、不思議と大人びた子だった。
冷めてる様に見えて、とても熱く。
ぶっきらぼうに見えて、とても優しく。
そんな子だったから、凄い輝いていた。
人を惹きつける不思議な彼女の魅力に溢れていた。
そう、オンリーワンの輝きがあったのだ。
だからきっと誰よりも人を魅了するのだろう。
それを加蓮はうらやましいなと思う。
きっとそんな輝きは自分にはないから。

「最も、もう絶対敵わないけどね」

けれどもう加蓮は一生敵わないだろう。
だって加蓮は手を血に染めてしまったのだから。
自分の輝きを、自分自身でけがしてしまった。
そんなアイドルに誰が魅了されるのだろうか。
誰も、誰も魅了される訳がない。
だから……一生敵う訳がないのだ。

「……でもそれでいいんだ」

だけど、それでいいのだ。加蓮が自分自身で選んだ選択なのだから。
例え自分達が汚れたとしても、凛が輝けるならそれでいい。それがいい。
それが加蓮の選んだ道なのだから。


「あの二人はどうしてるのかな」

ボスターに写る二人を見ながら、何となく呟く。
アイドルしているのかなと加蓮は思う。
愛梨は何といってもシンデレラガールだ。
まるで輝く事が運命付けられているようで。
きっと殺し合いの中でも強く生きているだろう。

藍子はどうだろうか。
あのフラワーズのリーダーだ。
けれど、あの子はちょっと愛梨とは違う気がした。
あの子は理想のアイドルだ。それは誰もが認めている。
けど、あの子は理想のアイドルで“いようとしてる”
まるで、それでしかないように。
そんな気が……何となくする気がするのだ。
それでも、輝いているのには変わりはないのだけどと加蓮は苦笑いを浮かべる。

兎に角、二人はそれぐらいのアイドルだ。
そんなアイドルに会ったら、自分はどう思うのだろう。
輝きに目が眩むのだろうか。よく解からなかった。

「凛は……」

凛は、と言葉を紡ごうとして、加蓮は其処で止まった。
彼女がどうしているかは、考えたくなかった。
だって、これは、加蓮の願望だった。願望でしかなかった。
でも、口にしたかった。
それが自分たちの救いになるだろうから。
穢れてしまった自分たちへの救いに。
そう、凛は


「私達の『憧れ』のままでいてね」



北条加蓮にとって、憧れのアイドルだった。
そんな願いめいた呟きが、広い店内にポツンと響いたのだ。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






ジュージューと、鉄板の上で成型された肉が焼けていく。
冷凍された肉なので、腐る事も無く冷凍庫にあった。
それを奈緒は解凍し、今ハンバーガーを作ろうとしている。
幸い野菜などは傷んでなく、使えそうだった。
調理場もチェーン店らしく、自分のバイト先の店だった所と殆ど変わらず、上手く出来そうだった。
なので、後は肉が焼けるのを待ってればいい。
今作っているのは、加蓮が好きなダブルチーズバーガーだった。

「……ついでに、暖かい珈琲でも入れておこうかな」

そこはコーラでしょとか加蓮に言われそうだけどと奈緒は苦笑いしながら、珈琲を温めに行く。
今は冷たいものより、温まって欲しかった。
そんな奈緒の我侭で、珈琲を用意する。
砂糖は二つ。加蓮の好みは完全に把握していた。

珈琲を温めながら、奈緒は何か懐かしいなと思う。
こんな風に、ファーストフードであれが好き、これが苦手と言い合ってたなと。
凛は、ピクルスが実は少し苦手で。専らチキンを挟んだものばかり食べていた。
自分は太る太ると言われながらも、アップルパイを追加で頼んでいた。
勿論今も自分用に暖めている。それが、奈緒が好きなものだったから。
三人で今時の女子高生らしく、していた。
そんな懐かしい日々が追憶して。

「加蓮……くそっ……」

そうして、手を汚してしまった親友の事を考えて、苛立ってしまう。
解かっている、奈緒の我侭だって。
けれど、苛立たざるざるおえなかった。

「なんで……殺したんだよ」

それは、解かりやすい理由だった。
加蓮に手を汚して欲しくなった。
加蓮は綺麗なままでいて欲しかった。

なぜなら、

「その為に……あたしは殺そうとしたのに」

その為に、奈緒は殺そうとしたのだ。
加蓮と凛に綺麗なままでいて欲しいから。
追憶したような日々のままでいて欲しいから。
例え我侭でも、そうであって欲しかった。

「くそっ……あたしは……」

なのに、加蓮は手を汚した、汚してしまった。
もうきっと戻れない。
そのことが悔しくて、悔しくて堪らない。
加蓮だけは、堕ちて欲しくなかったのに。

「ああ……」

だから、奈緒は今が嫌だった。
加蓮を救えなかった。
そして、自分は加蓮に救われようとしている。
痛みも罪も分かち合おうとしている。
あの、優しい微笑で。
それが本当に、救いで苦痛でしかなかった。

「あたしは……加蓮に手を汚して欲しくなかったんだよっ……!」

それが、奈緒の本心だった。
なのに、それがもう叶わない。
自分がしようとした事さえ迷ってきて。
奈緒は、心がかき乱されたままだった。
本当に、雨が降ってきそうだった。


「なぁ、凛……凛なら、どうする?」

そして、此処にいないもう一人の親友の名前を呟く。
一番年下の癖にしっかりとした子で。
いつも前を向いて、真っ直ぐな子だった。
凛なら、きっと迷ってはいないだろう。
迷って欲しくない、こんな自分のようになってないだろう。
そう願いじみた思いを、奈緒は凛に向ける。
勝手な願望だけど凛はそういう子だから。
ステージで輝いていた凛は奈緒にとって憧れだったから。

もしこんな状況に、凛が置かれたらどうするのだろう?
そう奈緒は考えて、凛はどうするのだろうと考え、直ぐに答えが出る。
余りにも簡単だった。

きっと、加蓮を止めるんだろう。
だって、そういう子だから。


「そんなの解かっている……解かっている……けど!」


でも、自分は、そんなに簡単に決められない。
護りたい自分、止めたい自分の両方が奈緒の中に居て。


「あたしは…………どうすればいいんだよ!」

だから、搾り出すように、声を上げる。
迷いに迷いきった奈緒の言葉だった。
けれど、その問いかけに答えるものは居なく。


ただ、鉄板の上の肉は真っ黒にこげて、珈琲は熱くなりすぎてしまっていた。


それに、奈緒が気付くのは、大分先のことだった。



【F-4/一日目 早朝】

【北条加蓮】
【装備:ピストルクロスボウ】
【所持品:基本支給品一式×1、専用矢(残り21本)、不明支給品0~1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。
1:奈緒と一緒に、凛と奈緒以外の参加者を殺していく
2:凛には、もう会いたくない。
3:愛梨と藍子はどうしているか興味

【神谷奈緒】
【装備:軍用トマホーク】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品0~1(武器ではない)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:加蓮と共に殺し合いに参加する?
0:どうしたいんだ……?
1:凛と加蓮以外の参加者の数を減らしていく?


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最終更新:2013年01月21日 00:38