晴れ ◆j1Wv59wPk2
<iDOL>
「いやー……やっぱ、生ものはダメだね。怖くて食えたものじゃないよ」
「そんな問題かなぁ……」
塩見周子と、
小日向美穂。二人は肩を並べて歩いていた。
その内容は、とても此処が命が脅かされているはずの殺し合いの場だと思えないものだった。
彼女達がこの場所に来てもうすぐ六時間が経とうとしている。
それでも彼女達が冷静を保てているのは、単純に危機が無かったから……というよりも。
「魚市場ってさー、もっとこうお土産コーナーとかあるもんだと思ってたんだけどね。
保存できそうなものが何一つ無いってのはびっくりだよ」
大体、塩見周子のおかげである。……せいで、とも言えるか。
彼女はこの場所においても自分を見失わず、一歩引いた視点で現状を把握する。
それは傍から見れば何とも無気力かつ不活発なように思えるが、実際はその逆。
彼女は生き残る為に、歳不相応な冷静さで現実を見つめているのだ。
彼女達は(主に周子が先導して)魚市場に行ったものの、あまり有用な食料が見つからなかった。
とはいえ、既に食料に関して言えば食べていたし、これ自体は急ぎの用事ではない。
急ぎの用事では無い、が。そもそもこの状況では逆に急ぐ用事が彼女達には無かった。
どちらかといえば、これから何処に行かうか…という方が問題だった。
「あの……ところ周子さん。今、どちらに向かっているんですか?」
「もー、さん付けはやめてって言ってるじゃん」
その疑問を投げかけたのは小日向美穂の方だった。
先程、急ぐ用事が無いとは書いたが、それでも二人は歩みを止めてはいない。
その理由……といっても、周子はただなんとなく歩いている。というだけであり、
強いて言っても『理由は特に無い』の一言で済む話だった。
「そうだなぁ………じゃあさ、次美穂ちゃんが決めてよ」
「……え?わ、私ですか!?」
「そーそー、道明寺ちゃん探すっていってもアテも無いし、
いっそのこと美穂ちゃんの勘でさ、ビシッ、と決めたら案外見つかるんじゃない?」
彼女達の当面の目的は、小日向美穂の親友である
道明寺歌鈴の捜索。
しかし、というかもちろんというか。そのアテは全く無い。
だから彼女達は特に理由も無くその辺を捜索していた。
……一応、周子なりの考えでいろんな施設を回ったわけなのだが、
それが良い成果に繋がっているのかは今の段階では分からない。
「び、びしっ、って言われても………」
「大丈夫、大丈夫。そんな気を張り詰めなくても、テキトーにやればいいよ。
そこに居なかったら別のところ探せばいいわけだし。ほらほら、東西南北、どっち?」
「う、うぅ………わかりました、だったら……北、かな?」
そう遠慮がちに言う。
そもそも彼女達は南の町にいるので、島を探索するのなら結局北には向かうのだが。
実際、既に彼女達は北に向かって歩いている。
「えーと、北って言ったら……結局こっちじゃん。
ま、いいけどねー。なんなら、この島縦断してみる?」
「じゅ、縦断……ですか?」
「そ。まー結局この島探索するんだったら結局北にいかないと始まらないよねー。
……なんだ、だったら聞く必要も無かったじゃん」
そういって、周子はけらけらと笑う。
彼女のその適当ともとれる態度は、実際に一つの支えになっていたのかもしれない。
「………確かに、そうですね」
だから、美穂もそれにつられて、にこりと笑う。
現状は何も変わらないが、彼女といる、ということは不思議な安心感があった。
「そーそー、そうやって肩の力抜いてかないと。
適度に力抜いて、ゆっくり進んでいけば………ん?」
そうやって彼女がまた話をしようとした矢先、その言葉が途中で切れた。
美穂も彼女より数歩進んだ先で、周子が止まっている事に気づいて止まった。
彼女は町角の向こう側を覗いていた。何か、気になるものがあるかのように。
「周子さん?一体どうしたんですか?」
「……美穂ちゃん、次さん付けで呼んだら無視するからね」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「………なんだろ、あれ……」
思わず謝るが、周子はそれを気にする様子は無い。
何か、向こう側の方に何かあるらしい。
小日向美穂は何気なく通った道ではない、そのもう片方の道。
何かあっただろうか。そういえばこの近くには役場があったような気がするけど。
気になり、声をかけようとした途端、
「……………―――――ッ!?」
彼女の顔が、一気に青ざめたような気がした。
「あの、何かあったんですか?」
「あっ、いや!別に…別に何もなかったよ!
ごめんごめん、あたしの勘違いだったみたい。こんなところで時間くってる場合じゃないよね」
「えっ、で、でも……」
「ほらほらっ、早く!目指すは北、でしょ?」
そういって美穂の背中を押す。
その声や表情には焦りが見える。この場所では初めて見る姿だった。
――あきらかにおかしい、何かがあったのだろうか。
それは美穂にもよくわかっていたが、それを深く聞くはできなかった。
彼女は誰かが必死に隠そうとしていることを追求できるような性格ではない。
特に出会ったばかりの人で、今世話になっている人なら尚更だ。
だから彼女はそれを探る事はしなかった。
そうして彼女達は町を抜ける為、北へ向かう……。
(――危なかった。あんなの、美穂ちゃんに見せられないよね)
彼女は、美穂の背中を押しながらそう思っていた。
柄にも無く慌ててしまい、一時はどうなることかとも思った。
彼女がそこまでに平常心を失う『モノ』が、確かにそこにあったのだ。
それは死体だった。それも、絶望に染まった死体。
目は黒く濁り、血に塗れている。その体には無機質な物がおよそ三つも突き刺さっている。
とてもアイドルであるはずの少女とは思えない、変わり果てた姿だった。
そして、彼女はそれと目があった。
その姿は見たことがある。テレビでもそこそこ出ていたアイドルだ。
――
若林智香、彼女はもう動くことは無かった。
(やっぱり実際に見るとキツいね……ホント、まいっちゃうよ……)
その元気な姿を知っている分、彼女が死んだ姿を見た時の衝撃は相当なものだった。
それを見て、いつもの飄々とした格好をとれるはずがない。
しかし、それを美穂に悟られるわけにはいかなかった。
――心配をかけさせるわけにはいかない。そんなのは、らしくない。
(やっぱり、のんきな事いってられないのかな。
……なんて言っても殺し合いとか、無理、だよね……)
あれこそが現実だ。
殺し合いに乗っている人がいて、実際に殺めた人がいる。
しかし、彼女はそれでもこのスタンスは変えない。否、変えられない。
殺し合いをしろと言われて、できるような性分では無い。
周子自身も、………そして、背中を押される小日向美穂も。
現実を直視した少女は、迷いながらも進んでいた。
* * *
<Heroine>
「……誰も居ない店って、なんか不思議だね」
「………」
結局あの後、
神谷奈緒が焦げた肉に気づいたのは
北条加蓮に声をかけられてからだった。
そのせいで作り直しになり、バイトをしていた時より大幅に時間がかかってしまった。
持ってきた時には、「おそーい、そんなんじゃバイト失格だよ?」とからかわれてしまった程である。
そして珈琲を持っていった時は、まぁ想像通りの反応。
その光景だけを見ればまるで普通の日常、少なくとも平和な光景だった。
しかし、ここはそんな和やかな場所じゃない。彼女たちは、それをよく理解していた。
「普通さ、こういう所って賑やかだったし……奈緒?」
「………あぁ、悪い。何?」
「いや……対した事じゃないけどさ」
奈緒は相手の言葉に反応が遅れる。
彼女は傍目から見ても分かるように気落ちしている。
――分かってる。それは全て、私のせいだ。
加蓮はそう思い、俯く。
言うなれば、加蓮が奈緒の気持ちを踏みにじったようなものだ。
この決断は確かに、あまりにも残酷なものだろう。
しかし、加蓮は決してこの決断が間違っているとは考えない。
……この道しか無かった。これが彼女を救える唯一の道だった。
あれから加蓮は、ずっと彼女の前でいつもの自分になれるようにしてきた。
少しでも、奈緒の苦痛を減らすことができるように。
しかし、その効果は一向に見いだせない。ずっと彼女は苦悩している。
未だに彼女を支えられていない事に、加蓮は複雑な感情を抱いていた。
「………そういえばさ、加蓮」
そうしているうちに、ふと奈緒が口を開いた。
「えっ?な、何?」
「いや、大したことじゃないんだけど……
えっと、それ。ハンバーガー。…食わないの?」
「あ……」
そう指差したのは、加蓮の前にあるダブルチーズバーガー。
それは、奈緒が持ってきてから一口分しか欠けていなかった。
だが確かに、それは大したことではない。奈緒自身も、ただふと気になっただけ。
加蓮が話しかけてくれるのを気にかけて、ただこちらからも話のタネを作ろうとした、それだけの事だった。
「…………」
しかし、彼女の手は動かない。
いざそれを意識してしまうと、なぜかそれに手が伸びない。
実際に、奈緒に頼んだ時には空腹だったはずなのに、今ではその意欲は無い。
お腹の底で何か渦巻いているような、そんな状態だった。
「……?どうしたんだ、加蓮……」
なんでもないよ、と。
そう言おうとした矢先の事だった。
『はーい、皆さん、お待たせしました! 第一回目の放送です!』
唐突に、それは始まった。
「……放送、か」
「………!」
その声を聞いた瞬間に、薄々感じていた何かが確固たるものとなった気がした。
先程までの良くも悪くも冷静になれていた自分とは違う感情。
心臓が高鳴る。目眩も起きる。嘔吐感さえ覚える。何故?
『……さて、ではお待ちかねの死者発表ですっ!』
その理由が、見えた気がした。
あの光景がフラッシュバックする。
奈緒を救う為に一生懸命だったあの時の、知らずのうちに目を逸らしていた光景が。
あの時の匂いが、音が、光景が。
『若林智香』
――アイドルだった、その顔が。
「加蓮……?」
友人の呼ぶ声が聞こえる。
しかし、今の彼女はそれ以上に、耐えられなかった。
無意識に口元を抑える。が、意識してしまった以上、もう止められない。
「奈緒………う……」
「大丈夫かよ、加蓮…何か、顔色が……」
「……ごめん、ちょっとトイレ……」
そう言って、加蓮は席を立ち、フラフラと向かっていった。
「加蓮………!」
その姿を、奈緒は放っておくことができなかった。
あの時、覚悟を決めた加蓮とは違う。
今にも消えてしまいそうなその姿が、非常に気にかかった。
その彼女の姿が、奈緒の心に眠る決意を揺れ動かす……
* * *
<Contact>
「あの……周子…ちゃん。元気無いけど、やっぱり……」
あれから、めっきりと会話の数が減った。そう小日向美穂は感じていた。
常に話を切り出していた塩見周子の口数が減って、会話自体の数も激減している。
もちろん、彼女にはその心当たりはある。そして、彼女が見たその原因にも大方の想像がついていた。
ここは殺し合いの場だ。目を逸らしていたわけではないが、実感しているわけでもない。
おそらく、あの時周子はそれを理解してしまうような何かを見てしまったのだ。
そして今それを聞いたのは好奇心からではない。周子を心配したが故の発言だった。
「え……い、いや。だから何にも無かったんだって。
元気が無いのは……ほら、ちょっと疲れちゃったし?」
「……そう」
そして、それを深く追求することはしない。
その周子自身が何も無いと言っているのだ。
たとえ傍目から見てそう思えなくとも、それを深く追求することはできなかった。
「ちょっと感覚麻痺してたところもあったけど、これ夜中からだったからさー。
疲れもたまってくるんだよね。レッスンで鍛えてたつもりだったんだけど……。
精神的な部分がちょっとキツいかも、なんて。美穂ちゃんは大丈夫?」
「は、はい。今のところは……」
そう言われてから、彼女はまるで取り繕うように言葉を連ねる。
こちらを心配させまいと、必死で普段の自分になろうとしている。
それを確かに実感していながらも、彼女がその事を何も語らないのなら、美穂も深くは聞かない。
そして、彼女がさらに話を続けようと口を開いたところで、
『はーい、皆さん、お待たせしました! 第一回目の放送です!』
それは、唐突に始まった。
「え………」
「…そーいえば、なんか放送あるとか言ってたっけ」
そう、それを理解するのに少しの時間を要したが、それは事前に伝えられていた事だ。
六時間毎に行われる放送。その内容は、禁止エリアの報告と、死んだアイドルの報告。
『……さて、ではお待ちかねの死者発表ですっ!』
その声は、それをとても軽い口調であっさりと言いのけた。
そして淡々と、名前を羅列する。もっと輝いていけるはずだった、アイドルの名前を。
「…………!」
二人はそれを静かに聞いた。というよりも、一言も声を発することができなかった。
この六時間で、15人。それだけのアイドルが死んだというのだ。
それを、さながら事務的に、何の感情も持たずにただ読み上げるだけだった。
『――――最期まで、生き延びて見せなさい』
そして、あっという間に放送は終わった。
「そんな………」
「………」
あまりにも多い。
自分の大切な人が死んでいないとはいえども、楽観視できるようなものではない。
それだけ、この場所が危険であるという事だ。理解はしていた筈でも、実感するのはほとんど無かった。
だが、それはあくまで小日向美穂の視点の話であって。
(美波ちゃん………)
新田美波。
同じプロデューサーの元、共に切磋琢磨したアイドルが死んだ。
それは、周子に大きな衝撃を与えた。
そして、その時脳裏に浮かんだのはあの時の光景。
一人のプロデューサーが見せしめに殺された時もそうだが、それ以外で見た死の光景。
彼女も、あんな風に殺されてしまったというのか。
あの、純真で笑顔の輝くアイドルであった少女が。
「……周子ちゃん」
「んー?」
「大丈夫?何だか、顔色が…」
「顔が白いのは元からだよ。だいじょーぶ」
それでも、美穂の前ではいつもの調子で返す。
美穂相手だから、というわけではない。誰の前であろうとも、塩見周子は弱音は吐かない。
「こんな危険な場所なら、早く道明寺ちゃん探さないと。そうでしょ?」
それが、塩見周子というアイドルだから。
強がりなんかではなく、それこそが塩見周子というアイドルとしての在り方。
所謂、塩見周子の信念だった。
「……でも、やっぱり一度どこかで休んだ方が…」
「まー…確かにショッキングだったもんねー。
いいよ、じゃあそこの店で少し休もっか」
そう言って指をさしたのが目の前にあったファーストフード店。
休む、というには少し不相応な場所ではあるが、別に不便があるというわけではない。
特に深く休むわけではないのだから、少し座れる場所ならどこでも良かった。
ただ赤と黄色の看板が目立ったからそこを指差した。
「んー、ポテトとか食べたいかも…、
でも作ってくれる人居ないよねー。ま、別にいいんだけど」
そう誰に話すでも無く喋る周子は、店の中へと向かっていった。
小日向美穂もそれに続く。自動ドアはあっさり開いた。
中は、大方想像通り、少なくとも目に見えた範囲では誰も居ないようだった。
「んー、やっぱり人っ子一人居ない。寂しいねー」
まだ夜が明けたばかりの店は、独特な神秘感さえ漂わせる。
所々入る光に宙に浮く埃が反射して、何とも言えない美しさがあった。
そして、その神秘感をより際立たせているのはやはり人が居ないことだろう。
誰も居ない店というのは、本来ある騒がしさが無くなって何とも空虚な気持ちにさせた。
「…周子ちゃん、あれ……」
だが、その中で美穂はその中で何かを発見する。
それはハンバーガーや紙袋といった、それ自体は別にあっても不思議ではないもの。
しかし、誰も居ないはずのこの場所でそれがあるのは、少なからず違和感があった。
「……あれ、食べかけのご飯じゃん。誰か、居たって事?」
「あんまり時間が経ってないみたいですけど…」
美穂はハンバーガーのパンズを触り、そう応える。
放っておいたパンというのは少なからず固くなるものである。
それがまだふわふわであると言う事は、まだ時間が経っていないという証拠であった。
「んー…もしかしてまだ店内に居たりするのかなぁ…」
「え……?」
その言葉に美穂はぴくりと反応する。
未だに二人はお互い以外とこの場所で会っていない。
故に、先程の放送で殺し合いが進んでいる事は知っていても、
どんな人物がどういう思想を持っているのかについては、未知数であった。
そんな未知の恐怖がまだこの場所に居るかもしれない。
二人の間に、ひいては店内の空気も張り詰める。
「……うーん、ちょっと怖いなー。これは別の所にいった方が良いかもね」
「はい……私も、そう思います」
沈黙を破り、周子はそう提案した。美穂もそれに反論せず、すぐに肯定する。
一度根付いたイメージはそう易々とは覆らない。
先程は神秘的とも思えたこの空間も、今では気持ちの悪い恐ろしさが支配している。
今更このような場所で休憩する気にもなれない。二人は場所を変える事に決めた。
「………ッ!危ないっ!」
「え………」
だが、それを遮るように、突然凶刃が襲いかかる。
「…………ッ!」
刃は、間一髪の所で外れた。
そのギリギリの所で、周子が美穂を自分の方向へ引っ張ったのだ。
斬ろうとしてきた相手は、まっすぐにこちらへ目を向ける。
その目には一種の狂気が宿っていた。
先程の行動、その表情、彼女が殺し合いに乗っていると判断するには十分な材料だった。
「なんなの、いきなり…!」
負けじと周子も睨みつける。
目の前の相手は確実にこちらを殺すつもりできている。
そもそも他の参加者と接触する事が無かった二人にとっては、それは初めての死への恐怖だった。
それでも、ここで怯むわけにはいかない。それはすなわち、死へ直結するからだ。
先に動いたのは相手の方だった。
小さな斧を不器用に、しかし素早く振る。
「うわっ!?」
それも、間一髪で避ける。
さっきのも、そして今回の攻撃を避けれたのも偶然の部分が大きい。
このままの状態を維持すれば、そのうち凶刃に倒れる事は明白だった。
「……美穂ちゃんっ!逃げるよ!」
「は、はいっ!」
後ろで呆気にとられていた美穂に声を掛け、この場から逃げ出そうとする。
難しい事ではない。踵を返して全速力で逃げれば、すぐにこの店から脱出することができる。
手を広げ美穂を庇い、逃げるまで少しの時間稼ぎをしようとする。
「……無駄だよ」
しかし、相手は斧を振らなかった。
その代わりに届いたのは、たった一言の言葉。
「………?」
周子は、その言葉の意味が分からなかった。
何が無駄だというのか。単純に考えれば、逃げる事に対してだろう。
しかし、ここから逃亡することは先程の通りそう難しい事ではない。
しかし周子には、どうしてもその言葉に対しての疑問が消えなかった。
何より、相手の雰囲気ががらり変わっていた。狂気のようなものが消え、一種の後悔のようなものさえ見えた。
それはまるで、その言葉を自分自身に言っているように――
「…………え?」
その思考は、衝撃により赤く塗り潰された。
* * *
<Confession>
時は、周子と美穂が店に入る前まで遡る。
「………はっ……はあっ……!」
「……加蓮……」
大方想像がついていた光景だ。
だが、実際に見てみれば、それはとても強烈なものだった。
ファーストフード店の一角、お手洗いの中で奈緒は加蓮の背中をさする。
これからどうするであれ、目の前で苦しむ親友を放っておくわけにはいかない。
北条加蓮は、その重圧に押しつぶされてしまった。
人を殺したという罪を背負うという事を、改めて理解してしまったのだ。
そう、いかに普通に振舞っていたとしても、加蓮は普通の少女だ。
奈緒の、そして凛やプロデューサー為に殺し合いに参加するという事が、どれだけ辛い事なのか。
それは十分わかっていたはずだ。ただ、それから目を逸らしていただけ。
……今こそ、奈緒は自分がしなければいけない事がわかった気がした。
親友の為に、神谷奈緒がしなければいけない事を。
「加蓮、大丈夫か……?」
「……うん。ごめんね、迷惑かけないようにって、思ってたんだけど……」
そう、彼女は弱々しく笑う。
それは正に、すぐにでも散ってしまいそうな儚いものだった。
……やはり、このままではいけない。彼女を、これ以上汚してはならない。
「…………なぁ、加蓮」
「………何?」
それをきっと、彼女は認めはしないだろう。
しかし、決して譲るわけにはいかない。ここで止めないと、もう歯止めが効かなくなる。
「あいつを……あのアイドルを殺したのは、あたしだ」
はっきりと目を見て話す。自分の決断を伝えなくてはいけない。
「え………」
「あたしが殺したんだ、加蓮は何もしていない……!」
そう、致命傷を与えたのは神谷奈緒だ。
止めを刺したのは確かに北条加蓮だろう。しかし、あの場所に来なければ、それも奈緒の役目だったのだ。
「奈緒……何を言ってるの……?」
「無茶なお願いなのは分かってる。でも、あたしは…加蓮に傷ついてほしくない。
あたしが、全部背負うから…。あたしが、他の全員を殺すから……!」
拳を強く握る。
本当に、自分勝手だと思う。
加蓮は奈緒の事を思って、その道に踏み込んだのだ。
それを、その決意を無駄にさせるような行為を今からする。
それでも、今こうすることが、加蓮にとって一番良い事のはずなのだと、自分を奮い立たせる――
「もう、あたしの事は忘れてくれ……後はあたしが、全てやるから」
――そうだよな?凛………。
「………奈緒」
加蓮の返答とほぼ同時、という所で、自動ドアの開く音が聞こえた。
「誰か、来たみたいだな……」
お手洗いの出入り口からそっと店内を覗くと、確かに二人の少女が入ってきている。
何やら変な格好はしているが、その姿は見たことがある。共にアイドルとして輝く二人であった。
共にまだこちらにはまだ気づいていないようで、ならばこれは大きなチャンスである。
それはつまり、相手を殺すチャンス。ひいては、改めて覚悟を決めるチャンスでもある。
「加蓮…ここで、お別れみたいだな」
「……っ!」
これこそが、本来神谷奈緒がしなければならない事だったんだと、そう思った。
たとえ自分がどれだけ犠牲になろうとも、大切な人たちを守ってみせる。
それこそが今……否、この場所にきて一番最初に決意したことであった。
……もしも、もしもこれが凛だったなら、もっと上手くできていたのかもしれない。
だが、もう既に手を汚し、そしてこれからも汚してゆくであろう奈緒には、これが限界だった。
「……嫌」
加蓮はその言葉に対しぽつりと、しかし力強く言う。
それは否定の言葉。奈緒の決意に対し異を唱える言葉だった。
そう言うことは分かっていた。彼女が、すぐには納得しないことは覚悟していた。
それでも、彼女とは道を分かたなくてはいけない。それこそが、加蓮の為になる筈なのだから。
「……加蓮?」
しかし振り返ってみれば、その姿は想像していたものとは違っていた。
「……私は、奈緒が傷つく姿なんて見たくない」
俯き、震えている姿は、涙をこらえているようにも見える。
いや、声を聞けば、それは確かに涙声だった。
意外だった。いつもの加蓮ならば、強い意思を凛として貫き通すと、そう思っていたのに。
……その姿は、自身の弱さを隠さずにただ願う子供のようだった。
「でもっ、それ以上に奈緒が居なくなる事が嫌なの…!
奈緒が私たちの為に、知らない場所で死んでいくのが嫌なの…!
もう離れたくないっ、私、考えて…やっと一緒にいられたのに……っ、
私、もう迷惑かけないから……だから、置いていかないで……!」
思いのまま、感情をぶつける。
その姿は、今までの中で初めて見たものだった。
加蓮の悲痛な決意は、それ自体が加蓮の行動意義だった。
人殺しという悲痛な道であろうとも、奈緒と一緒にいられる事が、彼女にとっての一つの支えにもなっていた。
それを失ってしまえば、この場所で彼女は路頭に迷う事になる。この、殺し合いが行われる危険な場所で。
「………っ!」
なら、奈緒の押し付けていることはエゴではないのか。
こんな殺し合う場所という異常な空間で、潔白なままでいてほしいと思う事に何の意味があろうか。
既に散々悩んだ筈の問いにまた戻される。本当の加蓮の幸せとは何なのか。その答えがまた霧に消えた。
……だが、単純明快な答えが一つだけある。ずっと認められなかった、その答え。
『……これは別の所にいった方が良いかもね』
向こうの方の、話し合いの一部が聞こえた。
この場所を離れようという提案。あと少しもしないうちに、彼女達は場所を移してしまうだろう。
ここで自分の覚悟を決めておきたい。しかし、加蓮への説得は済んでいない。
何より、奈緒は今になって揺れていた。自分の意思は、本当に正しいのか。
もう時間は無い。一体何が加蓮の為になるのか?
突き放す事?共にいく事?
答えはすぐには出ない。それでも時は待ってくれない。
ただ、純粋に願う加蓮の目を見て、無意識のうちに……
「……分かった」
なんだか、そんな事を言っていたような気がする。
* * *
<Live>
それは、全てが突然の事だった。
気づいた時には、自分の胸に何かが突き刺さっていた。
おそらく、というよりも確実に、それは後ろで何かを構えている少女によるものだろう。
その何かには見覚えがある。それは、あの時見た死体に刺さっていたものと同じだった。
(あー……あれ、この人達がやったんだ……)
こんな状況でも、彼女は冷静だった。
というよりも、この現実を受け入れられない…と言ったほうが正しいのかもしれない。
生き残らなくてはいけない。しかし、目の前に広がる光景は、自分に生を感じさせない。
こんな状況で、果たして助かるのだろうか。
「ごほっ……ぅ……」
足元がふらつき、口から血が吐き出される。
目の前には、トマホークを構えなおす少女の姿。
これだけの状況を見れば、生存できる可能性はほぼ絶望的。
冷静に判断して、現実を直視した。おそらくもう、助からないだろう。
…もしあそこで、先を急いでここに立ち寄らなければ。
そんなもしもの話は無駄だという事は、周子自身が良く知っていた。
(限界まで見極めた結果が、これか……。
なんか、意外とあっけないなー……ごめんね、――さん)
その目はまっすぐ、精一杯に相手を睨みつける。
もちろん、死にたくはない。
もうプロデューサーに会えなくなってしまうのは、泣いてしまいそうなほどに、寂しい。
だけど、結局そんなのはらしくない。
最期まで取り繕うのは無駄かもしれないけど、ある意味、それも一つのこの世界への抵抗だ。
ただ、それでも、ただ一つだけ、彼女には気になる事がある。
《嫌……嫌……!》
それは、この悪夢が始まって、すぐのことだった。
道端でうずくまり、震えている少女が居た。
もしも周子が殺し合いに乗っていたなら、その無防備な背中をいくらでも狙えただろう。
それほどまでに、最初に出会った彼女は、恐怖していたのだ。
……それほど、彼女は弱かった。
《なーにやってんの?こんな所で》
《ひっ……こ、来ないで……!》
《そんな怯えないでよ……何もしないってば》
生き残る為なら、ただ震える少女は邪魔だったかもしれない。
だが、流石にあんな場所で無視をするほど血も涙も無い性格では無い。何より――
《殺し合いなんて、やんなーい。だるいでしょ》
ゆっくりと、後ろを振り向く。
そこには、あの時と同じように震える少女の姿があった。
当の本人より絶望に染まった顔をして、涙を浮かべていた。
周子がいつもの自分でいられたのに理由があるとするのならば、きっとそれは彼女のおかげだ。
本当は弱い、年相応の自分を隠せたのも、彼女という存在がいつも見ていたからだろう。
結局、たった六時間しか話せなかったけど、それでも彼女の事は放っておけない。
――んー…やっぱり、興味あるよね、あたし。
というか、放っておけない感じ?まぁ、どっちでもいっか。
「………逃げ、なよ」
「え……?」
気がつけば、周子は美穂に声をかけていた。
目の前の相手は未だに切りつけて来る様子は無い。
とはいえ、呼吸を整えれは、すぐにでも襲いかかってくることだろう。
すぐ横には武器を構え狙っている少女も居る。
時間は無い。その間に、せめて彼女だけでも。
「ここで、美穂ちゃんまで、死んだら、それこそ、無駄…じゃん。
早く、行ってよ……もうそろそろ、厳し……」
「で、でもっ、周子ちゃんは……!」
彼女は躊躇する。
なんとなく分かっていた事だ。彼女の性格なら、すぐに見捨てるなんてことはしないだろう。
だが、それで誰かが助かるわけでは無い。そんな事で、何かが救えるわけでは無い。
「………!?」
気がついた時には、美穂の背中を押していた。
それは、今まで何度もしてきた事。そしておそらく最期になるだろう行動だった。
自動ドアが開く。美穂は涙を目一杯に浮かべてこちらを見る。
おそらく、あの少女も武器を構えている筈だろう。美穂の体へ向けて。
だけど、撃たせやしない。周子の心は固まっていた。
最期の最期、精一杯の反抗をしてやる。
「走って……早くっ!」
「あ…………っ!」
その声に押されて、彼女は走りゆく。
たどたどしくも、振り向かないで走り去る。
「行かせない!」
その後ろから、銃のようなものを構えた少女が追おうとする。
彼女も、今をときめくアイドルだったはずだ。
それが今では、同じアイドルを殺さんと向かってくる。
――それは、こっちのセリフ!
頭の中で思っても、それが口に出ることは無い。
しかし、その意思は確かに行動として表に出る。
「あう……っ!」
「加蓮っ!」
体重に任せて無理矢理押し倒す。その衝撃で相手は得物を落とした。
周子は体には特に自信があるわけではないが、これくらいならどうにでもなる。
だが、これはただの足止めであり、何か策があるわけでは無い。
どちらにしろ、周子自身の運命が変わるわけでは無い。
事実、もう一人の相手が後ろから振りかぶり――
「が……―――っ」
赤い世界が、さらに赤く塗り潰される。
背中が、焼けるように熱い。
世界が、消えて無くなってゆく。
――あ、もう死ぬかな、これ。
その瞬間は、意外と穏やかな気持ちだった。
痛みを感じる神経は振り切れ、後は意識を手放すだけ。
致命傷だと思ったのか、これ以上の追撃が来る様子は無い。
とにかく、もう邪魔は入らないようだった。
死ぬまでの時間は意外と長かった。
その間に、走馬灯のようにいろんな考えが巡った。
時間稼ぎになれただろうか。彼女はちゃんと逃げてくれただろうか。
そういえば、と。
死ぬ間際の走馬灯で見えた、同じプロデューサーの元集まったアイドルの事を思い出していた。
新田美波ともう一人、
藤原肇の事だ。
一言でいえば、クソ真面目な性格。本人の前でも言ったことがある。
そんな彼女はこの殺し合いでどうするのか。
決まっている。アイドルとして反抗するのだろう。
彼女のあまりの堅物ぶりには呆れる反面、尊敬している部分もあった。
それは絶対に周子自身では出せない魅力だったから。その真面目さは本当に信頼できる理由になった。
だから、安心できる。絶対に彼女が道を外す事は無い。
周りに流されないあの子なら、美波が死んでも、自分が死んでも、
例え、どれだけ辛い事があったとしても――
(きっと、あたしが出来なかった事、やってくれるよね)
意識が、遠くへ飛んで逝く。
生き残って、美穂ちゃん。
成し遂げて、肇ちゃん。
…ごめんね、――さん。
* * *
<fine…>
「ごめん、奈緒。一人逃した」
そう彼女は申し訳なさそうに俯く。
その横では、血濡れになって倒れた少女が居る。
それを手にかけたのは、紛れもなく――奈緒自身だった。
「あぁ……」
初めて、人を殺した。これが人を殺すということか。
単純に傷つける事とは違う、相手の人生を理不尽に終わらせる。
この罪は重い。とても一人では背負えないほどに。
もしも加蓮が居なかったら、結局潰れていたのだろうと思えるほどに。
「………奈緒」
その彼女が心配そうに声をかける。
彼女も、奈緒の為に、奈緒を助ける為に人を殺した。
その道に進んでしまったのだって元を辿れば奈緒が元凶であるだろう。
しかし、それでも彼女は後悔していない。その意思は既に確認した。
「なぁ、加蓮」
「………」
「服、汚れちゃったからさ、どっかで着替えるか。そしたら……二人で、他の奴らを殺しに行こう」
「………!」
彼女の顔がぱぁっと明るくなる。
何故、彼女は嬉しそうなのだろう。
これからまた、人を殺すというのに。重い罪を、いくつも重ねてゆくというのに。
――違う。彼女は人を殺す事を喜んでいるのではない。
一緒にいられる事に、共にいられる事に喜んでいるのだ。
例えどれだけ人としての道から踏み外しても、どれだけ暗い闇の中でも、
友人と共にいられる…という事は、何よりも救いであったのだ。
(ごめん、凛……でも、もうあたしたちには、これしかないんだ……)
* * *
雨は、降らなかった。
雲は晴れた。これからはきっと青い空が広がるのだろう。
しかし、必ずしも『晴れ』が良いものとは限らない。
彼女の心は砂漠のようだった。その上で、じりじりと太陽が照りつけている。
それは確実に、その心を蝕んでいく。
雨は、降らなかった。
【塩見周子 死亡】
【F-4/一日目 朝】
【北条加蓮】
【装備:ピストルクロスボウ】
【所持品:基本支給品一式×1、専用矢(残り20本)、不明支給品0~1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。
1:とりあえず服を探す
2:奈緒と一緒に、凛と奈緒以外の参加者を殺していく
3:凛には、もう会いたくない。
4:愛梨と藍子はどうしているか興味
【神谷奈緒】
【装備:軍用トマホーク】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品0~1(武器ではない)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:加蓮と共に殺し合いに参加する
1:とりあえず服を探す
2:凛と加蓮以外の参加者の数を減らしていく
3:これで、良かったんだよな…
【小日向美穂】
【装備:防護メット、防刃ベスト】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌、毒薬の小瓶】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺しあいにはのらない。皆で幸せになる方法を考える?
1:とにかく逃げる、その後は……?
最終更新:2013年04月18日 16:27