今、できること ◆j1Wv59wPk2



行くあても無く歩いていた南条光は、大きな建物を見つけた。
そこは飛行場と呼ばれる場所だった。
地図にも大きく描かれており、広い島の中でもひときわ目立つ。

「よし……まずはここだな」

彼女は迷うこと無くその中へ入っていった。
今の彼女の目的は、とにかく人に出会う事。
良い人なら共に行動し、悪い人なら成敗し、改心させる。
そして最終的には巨大な元凶を倒し、なるべく多くの人を救う事。
それが彼女なりの『ヒーロー』としての行動だった。
その為にもまずは人を探す。この島を隅から隅まで。

(……もう、菜々さんのような人を出したらいけないんだ……!)

そのマスクの下には、確かな覚悟と情熱があった。

しかし、それが報われるとは限らない。
この世界は非情で、無慈悲だ。14歳の少女の思い通りになんてならない。


――ドォ……ン――


それを思い知らせる、決定的な音が響いた。


「………っ!?」


施設内に響く轟音。その音には心当たりがあった。
というより、この殺し合いの場に居るならば大体の人間が察しがつくだろう。
――銃声、である。誰かがこの中で銃の引き金を引いたのだ。

その結論に至った瞬間、彼女は走り出していた。
自らが危険に晒されようとも、これ以上の犠牲を、自分の前で出したくない。
その思いが、全力で彼女の脚を動かす。
間違いなくこの施設の中で鳴った。となればおそらくここからかなり近いはずだ。
何があるかは分からないが、自分のできることは全てやり尽くす。
それが、この場所でヒーローとして、皆の憧れになる者として、
そして南条光自身としての決意だった。


――そして、リトルヒーローが見たその光景とは……


    *    *    *


時は少しだけ遡り、黎明と呼ぶには明るすぎる、時の境目の頃。
一人の少女が飛行場のロビーの中を歩いていた。
その先にはまた一人、人形のように寝ている女性が居た。

その少女はただお手洗いに行っていただけである。
とはいえ、ただ用をたしていた…という訳でも無い。
少女は一人、その考えをまとめていたのだ。自らのなすべきことについて。

――少女の名前は佐久間まゆという。
彼女はこの場所に来てから、ずっと悩んでいた。
プロデューサーに好意を抱き、ずっと尽くしてきた少女。
その事実だけ見れば、彼女は殺し合いに乗り、その人のために生き残るしかない。

しかし、その単純な決断をすることができなかった。
その決断をする絶好のチャンスはあった。その時、目の前には抵抗をしない女性が居た。
だが彼女は、そこで相手を殺すことができなかった。
あの人を救いたい。その気持ちは確かにある。
だが、そのために進まなければならない道は厳しく、あまりにも報われない。

結局、彼女は一人で考えをまとめあげることはできなかった。

そして、今こうして二度目のチャンスがある。
だが、まゆは彼女を殺そうとはしない。否、できなかった。
寝ている女性、高垣楓はまゆの中でひとつの支えになっていた。
その感情は一言では言い表せないが、この短い時間で確かに特別な感情を抱いている。
だから、まゆは彼女を殺すことはできない。

………今は。

サバイバルナイフを手に取り、高垣楓の首筋に当てる。
自分の命に危険が迫っているわけではないのに、自分の方の心臓の鼓動が早くなる。
この殺し合いで生き残れるのは一人。だから、最終的にはどちらかは死ぬ。
それは抗いようのない事実だ。だから、いつかは自分も手をかけないといけない。
でも、それは今では無い。今じゃなくていい。そんな安心感を、何の根拠もなく持っていた。
この人に限らず、今のまゆに人を殺す事が出来そうに無い。刃物を突きつけてみて、改めて実感した。
その事を確認して、ナイフをしまおうとする。


それが、始まりだった。


「なに……何、してるノ?」


その声の先には、困惑した表情の少女……ナターリアが立っていた。
だが、彼女が誰か、という事はまゆにはあまり関係のないことだった。
むしろそれより重要な事は、相手が持っていた物……銃。
それを持つ姿が、まゆの心に危機感と焦りを生み出した。

――このままでは、殺されてしまうのではないか。
彼女の精神は、そんな考えで埋め尽くされた。



    *    *    *



まただ。またいけない事をしようとしている人が居る。ナターリアはそう思った。
ライブ会場へ向かう道中にて見かけた、飛行場の中。特に理由なく入ったそのロビーで彼女は見てしまった。
……少女が、眠る女性の首にナイフを突きつけている光景を。

真実のみを述べれば、その少女に殺意は無い。
しかし、そんな事実を一目見ただけのナターリアに理解できるはずが無かった。
だから彼女は誤解したまま、彼女自身の意思を貫く。

「ダメッ!駄目だヨッ!そんなことしたラ……いけない事、なのニ……!」
「………!」

その言葉を聞いた少女の表情が険しくなる。
アイドルが、いや、それ以前に人としてやってはいけない事だ。
自分自身も人を殺めてしまった事実があるからこそ、それを他の人にさせてはいけない。
彼女の固まった、譲る気のない意思が更なる食い違いを生む。


その一方で、向かい合う少女は恐怖に揺れていた。

(……死にたくない、こんなところで、死にたくない)

佐久間まゆは、先ほどのナターリアの言葉で一部を理解した。
――相手は、高垣楓が殺されてしまう事を恐れている。
そして一方で、彼女は理解することができなかった。
――相手は殺し合いには乗っていない、ということに。
そんな偏った情報に加え、突然の事で正常な判断ができず、平常心がなくなっていた為に。

彼女もまたその食い違いから、更なる誤解の種を生む。


「……来ないで……」
「………ッ!?」
「それ以上、こないでください……!」


ナイフを持つ手に力を込める。
そして、今度はしっかりと、楓の首へナイフを向けた。
相手を近づけてはならないという恐怖心が、彼女を間違った方向へ突き動かす。
その顔は引き攣り、手は震えていた。
その姿を見れば、いよいよナターリアも自らの行動に確信を持つ。
同じような悲劇を繰り返さない為に、さらにナターリアは言葉を投げかける。

「やめて……やめてヨ!
 どうしテ?どうしてこんなコトするノ!?
 こんなの、アイドルのすることじゃないヨ!!」
「……アイ、ドル?」

だが、その言葉はまゆの何かを突き動かした。
彼女は、普通の女の子として、愛する人を救う為に悩んでいた。
……そこに、アイドルは関係無い。

「……まゆは、アイドルである以前に、一人の人間です。
 愛する人と一緒にいることを望んで、何がいけないんですか!?」

その言葉を革切りに、まゆの中でだんだんと怒りがこみ上げてきた。
それはナターリアに対する怒りだけでは無い。
もっと根本的な部分、自分がこんなところに居ることへの怒りだった。
こんなくだらない事で、自分の愛する人が危険に晒されている事への怒り。
今ならこの感情に任せて、そのまま首を切れそうなほどの勢いだった。


そしてまゆの言葉は、この場に居る三人目の意識を覚醒させた。


「ん………ぅ……?」
「まゆは……まゆは間違って無い……!」

三人目――高垣楓は目が醒めたばかりで、いまいち自体を把握出来ていなかった。
しかし、その判断材料はある。
自らの首筋にはナイフが突きつけられている。突きつけている少女は……佐久間まゆ。
……真実を知るならば、もう少し状況を判断しないといけなかったが、楓はそれを放棄した。
目標も無く、死に場所を探しているような楓には、ここで死ねる事だけがわかれば十分だった。

「……まゆ、ちゃん」
「…………!
 か、楓さん……ごめんなさい、私……!」

まゆは、自分自身を呼びかける声で一時我に返る。
あるいは、もしここで大人らしく状況を理解して、事態を纏められれば、運命は変わったのかもしれない。
しかし、今の彼女は有る所を失い、ただ放浪する抜け殻でしか無かった。


「……最初の時も、言ったわね」
「え……?」
「私は、あなたに殺されても良い……愛する人が居る、あなたになら」
「あっ……!」

そういって、楓は目の前にあるナイフに手をかけ、自らの首に付ける。
このまま食い込ませれば、鮮血が吹き出るであろう、その位置まで。

「楓さん……」
「……できるだけ、痛くないように、お願い」
「………!」

その手は震え、目は虚ろだった。
まだ眠気なまこなのか、それともこの時点で、全てを覚悟し諦めたのか。
どちらにしろ、もうまゆが少し力を入れるだけで一つの命が失われる事に変わりは無かった。


そして、それを理解していたのは一人ではない。


(駄目……それだけは、止めないト!)

ナターリアは、焦っていた。
このままでは、また目の前で人が死んでしまう。
それだけは、それだけは止めないといけない!
彼女の中でそれ以外の思考がシャットダウンされ、その考え一本に絞られた。
どうすれば良いのかと考えている内に、握り締めた右手が掴んでいた物に気がついた。

それは、赤城みりあが持っていた拳銃。
そうだ、みりあがやっていたようにこれで動きを止められるんじゃないか。
動かないで、動いたら撃つ!
そう言って、その後、ゆっくりと説得をすれば良い。
彼女はそう思考し、その銃を構える。
そして、相手に向かって叫ぼうとしたその瞬間――



ドン、と。





「…………え?」



――轟音が響いた。




    *    *    *

――ナターリアは、この音を知ってル。

二回も聞いた事があるのだから、忘れるはずがなイ。

そう、この音がなってから、ミリアは………


……え?じゃあ、今の音は、何?

誰が?誰が鳴らしたノ?


目の前にみえるのは、自分が持っている拳銃で、煙が出ていル。

そして、さっきの音。これだけのモノがそろってるなら、もう、分からないはずがなイ。


……ナターリアが、また撃っタ?


違う、違うちがうチガウ。

だって、ナターリアはただ銃を構えて、動きを止めようとしただケ。

銃を撃つつもりは無い……ハズなのニ。


……この距離なら当たってなイ。

ミリアが外した距離ぐらいあるし、当たっている筈がなイ。

だから、大丈夫。大丈夫、大丈夫、大丈夫……!

絶対に、絶対に当たってなイ……!




「あ………」




まるで、糸が切れたように。


少女は、崩れ落ちた。







    *    *    *



―――その光景に、南条光は呆気にとられた。



状況を説明するのは簡単だった。
一人が銃を持ち、一人が血塗れで倒れ、一人がその近くで自分と同じように呆然としている。
それだけの状況が揃っていれば、誰が、どのような事をしたのかを判断するのに時間はかからなかった。

「………これは……」
「チっ、ちがウ!ナターリアはッ、ナターリアはぁ…っ!」

かたん、と。銃の落ちる音が響く。
おそらく撃たれた、と思われる少女はぴくりとも動かない。ただ、胸から血が止めどなく流れていた。

「ア……アぁぁァぁッ………イヤぁぁぁぁぁぁァァァァッ!!!」
「ま、待て……っ!」

銃を持っていた少女はロビーの奥へと逃げ出した。
光はそれを追いかけようとしたが、足が動かなかった。
……今は、もっと優先すべき事があるのでは無いか?彼女の中で、ヒーローとしての思いがこだまする。
そうだ、命の危機に晒されている人が居るんじゃないのか?
それを助けるのを優先するべきだ、と。彼女はそのもう一方を見る。
そこにはさっきまでも視界の中に入っていた、あまりにも非情な現実が広がっていた。

「……だっ、大丈夫か!?」
「……あ……が………っ……」
「……まゆちゃん……」
「………かえ…で、さん………」

まだ、息がある。意識がある。だが、胸の傷からは並々ならぬ血が吹き出ている。
素人目から見ても分かる、分かってしまう。……この状態では、助からない。

「ごめんなさい……かえでさん……まゆ、かえでさん、に……ごほっ…!」
「喋っちゃダメだっ!血が……!」

口を開くたびに、鮮やかな血が吹き出る。
光にとってそれはどうしようもなくて、涙ぐみながらもなんとか死なせないようにする。
だが、どれだけ願っても体から流れ出る液体は止まる事は無い。
それが、彼女に焦りと絶望を植え付ける。

「……私は、いつ死んでも良かったのに」
「………!?」

しかし、それ以上に気になったのはもう一人の言葉だった。
だが、今はそれを追求できるような状況ではない。
呆気にとられているうちに、また少女が口を開く。

「………かえでさん、…かえでさんに、おねがいが……あるん、です」
「……私、に?」

彼女の目には生気を感じられず、しかし確かな意思があったように思えた。




    *    *    *




―――嫌だ、死にたくない、死にたくない。死にたくない!

体で感じる確かな熱と痛みは、自分が死にゆく事を確かに認識させた。

―――まだ、伝えたい事が、言いたいことが、たくさんあるのに!

その思いとは裏腹に、体は全く言う事を聞かない。

―――こんなところで、終わったら、いけないのに。



「………だっ、大丈夫か!?」

見覚えの無い少女が目の前に現れる。
彼女が一体誰なのか、何故こんなところに居るのか。そんなことを考える気力は無かったし、興味も無かった。
今の彼女が思う事は大切なプロデューサーの事、そして………


「……まゆちゃん……」


高垣楓。短い間だったけど、一緒に行動をした人。
彼女にはこの場所で、とてもお世話になった人だ。
それなのに、最後には刃を向けて、結局何もできなくて……。

「ごめんなさい……かえでさん……まゆ、かえでさん、に……ごほっ…!」
「喋っちゃダメだ!血が……っ!」

せめて、彼女に謝罪を述べようと、言葉を発してみようとする。
しかしその言葉さえも、吹き出る液体に邪魔をされうまく言えない。
自分の体から大切なものが溢れ出ていく。それは彼女にとって大きな絶望だった。
死にたくない。でも、この現実はもう変えられない。
このまま、何も出来ないでただ死んでいくという事が、知りたくもない現実が実感できてしまった。
もはや彼女は、絶望の底へ堕ちていく……それを待つだけだった。


「……私は、いつ死んでも良かったのに」


(…………!)


だが、その人の言葉が、彼女の心を変えた。

……私の、願い事。そして、私が残せる物。
楓のその言葉が、その表情が。……まゆをある仮定へと導いた。


「………かえでさん、…かえでさんに、おねがいが……あるん、です」
「……私、に?」


高垣楓には、もう愛する人は居ない。
その喪失感から、この世界を生きる事を諦めている。
そして彼女はこの世界全てに無関心で、どうでもよくなっている。そう思っていた。
だが、まゆが楓にたいして特別な感情を抱いていたのと同じように、楓自身も変化が起こっていた。
彼女の表情は確かに哀しみをおびている。その声も、内なる感情も。
もしも、楓の心の中で少しでもまゆに対して特別な感情があるのなら。
――まゆは、楓の中の思いに賭けた。

「……かえでさん……いきのこって…ください。
 そして……まゆのプロデューサーに、つたえて……ほしいんです。
 ……まゆは、……さんの事が大好きです。天国に行っても、ずっと見ていますから……、
 ………誰か、他の人と一緒になっても、まゆの事を、忘れないでください………って」
「………!」

だから、まゆは楓に託す。大切なプロデューサーのために、そして……楓自身のためにも。

「………かえでさん……、
 まゆは……かえでさんに、いきていてほしいんです……。
 わがまま……かも、しれませんけど……しんで、ほしくない……」
「…………」

彼女にこそ託せる、むしろ、彼女に託さなければならない。
今の私なら、これから死にゆく私だからこそ、あの人に『翼』を託せる。
飛び方もわからなくて、今にも落ちてしまいそうだけど、
でも、もしも私の気持ちが伝わるなら、たとえ脆くて小さくても、きっと『飛び方』と『飛ぶ意味』を託せるはず。
それが、今の私に唯一できること。せめて生きていて欲しいと願う、佐久間まゆにできることだった。

「かえでさん………おねがい、します…………」
「……分かった。あなたのプロデューサーに伝えるわ……必ず」
「……あ……――」

ありがとうございます。
その言葉を言おうとした瞬間に、急に体に力が入らなくなった。
体が寒く、さっきまでの熱さや痛みも感じなくなっている。
目の前がだんだんと暗くなっていく。体はもう少しも動かせそうに無かった。

ああ、これが、死ぬということ、なんですね。
薄れゆく意識の中、まゆは確かにそう感じていた。
もう残せる言葉はたった一言しか無いのだろう。
まゆは先程の、楓に対する感謝の言葉を言いかけて、それを止めた。
せめて最後の言葉だけは、自分の為に使いたかった。今、自分が思っている事に。




「―――良かっ、た」




その瞬間、まゆをつなぎ止めていた何かが、切れた。
その最後は、驚くほどに穏やかだった。



    *    *    *



少女はゆっくりと目を閉じ、そしてとうとう動かなくなった。
それを意味するものは、まだ幼い南条光にも理解できた。
それが、もう取り返しのつかない事実である事も。
既に一度、人の『死』に関わった南条光だからこそ重い事実としてのしかかった。

「そんな………っ!」

目の前で、一つの命が失われた。
あの時とは違う、もっと現実的で、悲惨な最後。

もちろん南条光に非はない。もっといえばあの場に居た誰ひとりとして非は無い。
全員が思い違いをして、自分の道を貫いて、…そして起こった悲劇であった。

「アタシは……何も出来ないのか……!
 ヒーローにもなれないで、手が届かないところで、皆が死んでいく……!
 菜々さんも、杏おねーちゃんも、レイナも……小春も……!」

しかし、それでも南条光は自分を責めた。
彼女の道は、自分の親しい人を乗り越えて来た道だ。
それを振り返ってはいけない。その人の為にも、自分のできることをしなければならないはずだった。
それなのに、目の前の少女はあっさりと逝ってしまった。
この短い時間の間で二人目。それは彼女の心に大きな影響を与えた。

もう少し急いでいたら、この悲劇は回避されていたかもしれないのに。
彼女の中で、自責の念が強くなっていた。
銃声が聞こえるよりもっと速く、道中をもっと速く進んでいれば……
そんな実現するはずのない『もしもの話』が膨らんで、彼女を責め立てる。

「誰も助けられないで……アタシは……アタシは……ッ!」

目から、とめどなく涙が溢れてくる。
深い深い後悔の沼、その奥へ沈んでいく。
このままいけば、きっと彼女は戻れなくなるのだろう。
だが、それを助ける救いの手は意外なところから伸ばされた。


「……そんな事を言うより、もっと他にやることがあると思うけど」
「………えっ?」


突然、死体の傍らに居た女性が話しかけてきた。

「さっきの女の子……逃げていった、女の子。
 あの子を放っておくと、きっとまずいことになるわ」
「あ……」

その人の言葉で、はっと目が覚める。
――そうだ、今こそ自分ができることをするべきなんだ。
逃げた少女の事は少ししか知らない。
だが、ナターリアという少女の事は知っていた。
テレビで見た限りでは、その姿からとても殺し合いに乗っているようには思えない。
そして、先程の姿。決して率先して殺し合いをしている訳ではない。
……彼女こそ、まだ間に合うはずなのだ。
こんなところで、悔やんでいる時間は無い。南条光はやっとその事実に気づく事が出来た。

「そ…そうか……だったら、早く向かわないと……!
 …えっと、楓さん!……だよな?早く向かおう!」
「………私は………」


楓は誘いの言葉に応えず、目を逸らし、俯いている。
南条光は彼女の事情については全く知らない。だが、何か深い哀しみを背負っているのは理解できた。
それは同行者である佐久間まゆを失ったからかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
そこまでの事情を聞ける程、光は無頓着な人間では無かった。
南条光その腕を掴もうとして、しかしその手を引いた。

「……楓さん。私は、さっきの人を探してくる。
 方向はわかっているから、多分すぐ見つかると思うけど。
 それまで、ここで待っててほしい。アタシは必ず、あの人を連れて戻ってくる。
 そしたら、一緒に行こう。アタシ達の手で、未来を掴むんだ」
「……未来……」
「ありがとう、楓さん。アタシの道を示してくれて。じゃあ、行ってくる!」
「あ……っ」

だから光は選択を与えて、この場を去ることにした。
本来なら来てくれるに越したことは無い。だが、今は一刻を争う自体だ。
それに強制することも出来ない。今の光自身には、説得できる言葉を持っていなかった。
光は時間がかかる事よりも、今、できることを優先した。

――しかし、それでも南条光は彼女が来てくれる事を信じていた。
なぜなら彼女も、アイドルのはずなのだから。




    *    *    *



「……ごめんなさい、まゆちゃん」


誰も居なくなったロビーで、楓は一人謝った。

「必ず、なんて言ったけれど……どれだけ頑張っても、その気力が起きないの。
 あなたの思いは伝えたいけれど、今の私に……生きる気力が、生きようとする思いが、何も無い。
 こんな私が……あなたより長く生きてしまうなんて」

彼女の心は空っぽだった。
今はその中に、ほんのちっぽけな思いが入れられた。
しかし、そんなものでは心の穴は埋められそうに無い。
未だに空虚の中、虚ろな目はひとつの物を見定められなかった。

血に濡れた少女をそっとソファーに寝かせる。
その体は、とても軽い気がした。




「未来を掴む、か……」


ぽつりと呟いた。

私の未来って、何だろう?

高垣楓はふと、そんな事を考えていた。




【佐久間まゆ 死亡】




【D-4 /一日目 早朝】

【ナターリア】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、確認済み不明支給品×1、温泉施設での現地調達品色々×複数】
【状態:健康、発狂?】
【思考・行動】
基本方針:アイドルとして……?
1:???

【高垣楓】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品1~2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:まゆの思いを伝えるために生き残る?
1:南条光を待つ……?

【南条光】
【装備:ワンダーモモの衣装、ワンダーリング】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:全身に大小の切傷(致命的なものはない)】
【思考・行動】
基本方針:ヒーロー(2代目ワンダーモモ)であろうとする
1:ナターリアを追いかける
2:仲間を集める。悪い人は改心させる

※タウルス レイジングブルは佐久間まゆの死体の近くに落ちています


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佐久間まゆ 死亡
佐久間まゆ補完エピソード:~~さんといっしょ

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最終更新:2014年02月27日 21:15