My Best Friend ◆j1Wv59wPk2
「どうして、こんな事になっちゃったんだろ」
町役場の中で
若林智香は呟いた。
彼女が手にもっていたのは、特性手榴弾『ストロベリー・ボム』。
その威力は通常の1.5倍らしく、それでいてかさばらず軽いコンパクトさ。
ただの女の子である智香にとって1.5倍の威力というのはいまいちピンとこなかったが、
これのピンを抜いて、レバーを倒すだけで人が死ぬ。それだけは理解できた。
――私は、これで人を殺す。殺さなければならない。
そうしないと、私の大切な人が死んでしまうから。
「殺し合いなんて、したくないのになぁ」
でも、他の皆は乗るのだろう。
同じユニットのメンバー、
相川千夏、大槻唯、緒方智恵理、
五十嵐響子。
皆、同じプロデューサーに恋をするライバルでもあるのだ。
そして、皆が皆覚悟を決めて、殺し合いに乗るのだろう。
「わかる、わかるよ智絵里ちゃん。きっとたくさん謝ってるよね」
――緒方智恵理。気弱でおとなしい少女。
あの子とはパジャマをモチーフにしたイベントで二人で参加し、
そこからプライベートな話とかで仲良くなった、友達だ。
智恵理もプロデューサーに恋心を抱いていたのは昨日の話で理解していたし、
あんな機会が無くたって大体予想はついていた。
だから、そんな彼女でさえもこの殺し合いに乗るのだろう。
昨日の時点で五人の気持ちは伝わったから。
あの子を縛る鎖はもうないから、覚悟は決めているはずだ。
自分勝手だ。愚か過ぎる。プロデューサーのために、かつての友人も殺す。
「だけど――アタシだって!」
愛する人を救う。大切な人を救う。
最後のストロベリー・ボムをバックに入れ、背負った。
この背中の武器が11人の命を、奪う。その事実が、バックを重く感じさせた。
もう、元の日常には戻れないから。
だから、せめて私の思いを伝えたい。
彼女は意を決して、町役場を飛び出した。
* * *
「はぁ…はぁ……もう、追ってきてないみたいだな」
町の通りの真ん中で、息を切らした
神谷奈緒は後ろを振り返った。
そこには誰もいなかった。
あるのはただの暗闇、奈緒にはもうこの道は引き返せない。
「……ごめん」
奈緒はもう姿の見えない友人に謝った。
逃げたことに、殺しかけたことに、――これから自分がすることに。
殺し合いに乗る。友人と、プロデューサーのために。
もちろんそんな理由で殺人が正当化されるはずは無い。
きっと加蓮も、凛も、プロデューサーもそんな事は望んでないのだろう。
だが、やらねば死ぬ。加蓮も、凛も、プロデューサーも。
誰かが手を汚さなくてはならないのなら、あたしが背負おう。
――もう、あの頃の日常には戻れないのだろう。
どうしてこんな事になったのか。
答えのない問いは考えないようにした。
(…………!)
目的地も無く、歩き続けた先にあったのは町の役所。
その入口、そこに次の相手は居た。
奈緒は咄嗟に角に隠れた。手に握られたトマホークに汗がにじむ。
こんな武器では正面から戦うには分が悪い。やるなら不意打ちしかない。
(まだ、心の準備が出来てないってのに……)
より握る手に力が入る。
さっきはその直前までできた。今回だって、いけるはずだ。
角から覗き見る。相手は向こう側へ進んでいた。つまり、こちらに背を向けている形になる。
この距離なら、飛び出して振り下ろすだけで、殺せる。
今度は良く知る相手ではない。躊躇する必要はない。
相手は遠ざかっていく。こちらに気付いている様子は無い。
これ以上離れられると手が出せなくなる。
…やるなら、今しかない。
(動け、あたしの体っ!)
建物の影から飛び出す。足がもつれそうになる。
だが、ここで止まる訳にはいかない。
相手もこちらの存在に気付いたようだ。だが、この距離なら当てられる!
あたしは、武器を横に大きく振りかぶり…
その瞬間に、あの光景が浮かんだような気がした。
あの時の加蓮の姿が。
「―――っ!!」
相手は地に倒れる。
だが、相手は生きていた。
結論から言えば、致命傷を与えることは出来なかった。
咄嗟に腕で防がれた。腕こそ砕けたとは思うが、それで死ぬはずがない。
……一瞬の戸惑いが、相手に防御のチャンスを与えてしまったのだろうか。
「あぐっ……ひぐっ……」
「…………」
だが、それが何だというのだろう。
確かにこの一撃で相手は死ななかった。だがその痛みで戦意を喪失している。
相手の運命は変わらない。またこの武器で頭を粉砕すればいいだけの話だ。
この悲痛な喘ぎを聞くと決意が鈍ってしまいそうだった。
だから、あたしはすぐに構える。
これを振り下ろすだけ、それだけで神谷奈緒の人殺しデビューは完了だ。
嫌な汗が体中を包む。だがもう三度目だ、決断は早かった。
「悪いな、アタシ達のために死んでくれ」
こんな時、アニメとかだったら誰かが救いに来るんだろうな、って。
そんな事を思っていたからかもしれない。
「奈緒……っ!」
「………加蓮」
まさに振り下ろす直前の出来事だった。
一番出会いたくなかった人に、また最悪のタイミングで出会ってしまった。
* * *
―――昔の私は、自分の力じゃ何もできないと思ってた。
なら、今の私は?
今の私には奈緒を止められるすべは何もなかった。
奈緒は私達を思って、私達を守るために殺し合いに乗ろうとしている。
だから、きっと声が届いたとしても、頑なに拒むのだろう。
奈緒の進む道には絶望しかない。
暗く、深い絶望の道。
私にはそれを救う、連れていける力は無い。
今の私に出来ることは何もないの?
奈緒を、凛を、プロデューサーを救うために。私は、私は……。
私は、『覚悟』を決めた。
気がつけば、涙は止まっていた。
走り続けていた影響か、脇腹は痛く、呼吸は整わない。
目の前は暗く、先は見えない。
でも、まだこの先に…奈緒がいるはずなんだ。
そう遠くない場所に。
私を包むカーテンはもう無くなった。
私は現実と向き合わなくてはいけない。
私は、また走り出していた。
足が痛む。息も荒くなる。
でも、私は向かわなければいけない。もし彼女を止められないのなら、私の覚悟を…
道を曲がる。そこに、探し人の姿はあった。
「奈緒……っ!」
「………加蓮」
その体を血で濡らして。
出会った瞬間、今まさに人に刃を振り下ろそうとしていた。
あの時と同じように。
きっと、私が来なければ振り下ろされていたのだろう。
「それ……奈緒がやったの?」
「………」
返事は無い。だけど、逸らした目がそれを真実だと伝えていた。
ああ、奈緒はもう戻れない所まで行ってしまったのか。
もう私の説得の言葉は届かない。彼女はこれから、罪を背負って生きていくから。
引き返すことなんて、できないから。
「…見ればわかるだろ?あたしがやったんだよ」
「……奈緒」
「あたしは、殺し合いに乗ってるから」
冷たい言葉。でも、私にはそれが強がりの嘘だとすぐにわかった。
私を巻き込みたくないから。いつもの強がりで突き放そうとしているんだ。
奈緒は、こちらへ瞳を向けた。
その目には、奈緒の覚悟と、決意と、…悲しみがあった気がした。
「それ以上近づいたら、……お前も殺すぞ」
嘘だ。奈緒が私を殺せるはずがない。
長く付き合ってきた仲だから、本当にそんな事が出来ないことは知っている。
でも、それを指摘した所で、きっと奈緒は止まらない。
今の奈緒を救える方法は、思いつく限りで一つしかない。
私だってもう覚悟はできているはずだ。
あとは、それを行動に移すだけ。
今からすることは、奈緒の気持ちを踏みにじる事かもしれない。
でも、奈緒がもう戻れないのなら、私は……
私は、クロスボウを構えた。
* * *
刃が、止まった。
「あ……ぐぅ…」
向こう側に人影が見える。彼女が止めてくれたのだろうか。
なにやら言い争いをしているようだ。今相手の意識は自分には向かっていない。
チャンスだ。この窮地を脱せるのは今しかない。
智香は残りの精神を全てフル回転させる。
いま持っている武器はバックの中のストロベリー・ボムしかない。
しかし、この至近距離では自分自身も無事では済まないだろう。
だが、近くの人間を盾にすればどうだろうか?
それの威力を見たことは無いが、おそらく人を完全に破壊するほどのものでもないはず。
形さえ残っていれば直撃は防げるだろう。
あるいは、人質を作りこの場を離れる?
この二人は知り合いのように思えた。仲が良いのなら充分にいけるはず。
他に何か…
頭の中で思考が巡る。
こんな所で死ぬわけにはいかないから。
だから、それに気付くのに遅れたのだろうか。
ドン、と。体に衝撃が走った。
「……ぇ」
一瞬、何が起きたのか全くわからなかった。
かすれていた意識を全て自分の状況に使っていたから。
確認しようにも、うまく動かない。
片腕は無残な姿となり、もう片腕は震えるばかりだった。
そうしているうちに、彼女の体にさらにもう一発撃ち込まれる。
「がっ………は」
口から血が吹き出る。体からも流れ出ていく。
何か言い合っているように思えるが、もはや彼女にそれを認識する力は無かった。
感じるのは痛みのみ。うっすらと、しかし確実に死を実感していた。
(う…嘘、こんな……ところで……)
片方がこちらに向かってくる。その手にはクロスボウが握られていた。
狙う先は頭。とどめを刺す気なのだろう。
彼女はもう、痛みと悲しみで、生を諦めていた。
最後に思い浮かんだのはそんな現状の事でも、自分の事でもない。
親愛なるプロデューサーと、友人の姿。
(智絵里ちゃん…頑張って生きて。――さんといっしょに、しあわせを…)
それは、ユニットの仲間としてではなく、殺し合いのライバルとしてでもなく、
純粋な、友人としての願い。
届くかなぁ、私の応援。
(……届くわけないか)
人を盾にするとか、人質をとるとか。
そんな私は、アイドル失格だから。
彼女にとって、最後の音が聞こえた。
* * *
「な……!」
それは突然の出来事だった。
加蓮が持っていたクロスボウで人を撃った。
狙いは…あたしが殺そうとしていた相手。
反応が遅れた。その間に間髪いれずもう一発撃ち込まれる。
「か、加蓮……お前」
「奈緒は、殺し合いに乗る」
加蓮が口を開く。それはおそらくあたしに言ったわけではなく、
自分への確認の意味があったのだろう。
そうだ、殺し合いに乗る、その意思は確かに伝えたはずだ。
なのに、なんで…
「私達を守るために、自らが汚れ役を被って」
「………っ!?」
どきっとした。あたしの真意はとっくのとうに気付かれていたのだ。
加蓮はそれを気にもせず歩きだす。あたしの方ではなく、動きを見せない少女の方へ。
「でも、私だって奈緒には死んでほしくない」
凛やプロデューサーだって。そう言葉を続ける。
加蓮は歩みを止め、そしてクロスボウを向ける。その先にはあるのは…標的の頭。
「何、するつもりだよ…加蓮」
「私だって!」
あたしの言葉をさえぎるように叫ぶ。
いや、質問の答えなんてとっくに気付いている。
あたしが聞きたいのは、そんな事じゃない。
「私だって、奈緒を!凛を、プロデューサーを守りたい!
私にアイドルの楽しさを教えてくれた皆を、死なせたくない!」
加蓮の悲痛な叫びがこだまする。
ここまで感情を露わにした加蓮の姿は初めて見た気がした。
そうだ。このままだと加蓮は人を殺す。
止めないと。そんな汚れ役はあたしだけで十分なんだ。
加蓮には、普通の日常に戻ってほしいから。
「だから、だから私……!」
「馬鹿っ、やめろ!」
引鉄を引いた。それはさも当り前のように対象を貫いた。
――死んだ。もう動く事は無かった。
「……私も、殺し合いに乗るよ」
加蓮の言葉。その覚悟は、既に行動で示していた。
「奈緒一人に、全てを背負わせないから」
瞳が合う。その目はきっと、さっきのあたしと同じものなのだと思った。
「……加蓮、お前……!」
「二人でなら、きっと殺人も楽にできるよ」
殺人。
加蓮の口から出たその言葉は、あまりに非現実的な言葉で、
まるで夢なのかと錯覚してしまう。
でも、これはまぎれもない現実だ。
加蓮は、人を殺した。そして……あたしも。
「人を殺すのは、辛くて悲しくて、罪悪感も酷いけどさ」
―――二人なら、きっとそんな痛みも分け合えるんじゃないかな。
ああ、だから、嫌だったんだ。
きっと、加蓮はあたしを救おうとするから。
本当は駄目だってわかってるのに。
あたしは、甘えたら駄目なんだ。一人で、守って……
気がつけば、あたしは泣いていた。
この先にあるのは相変わらず暗い絶望の道だけど。
その手を掴んでくれる、……親友がいたから。
【若林智香 死亡】
【G-4/一日目 深夜】
【
北条加蓮】
【装備:ピストルクロスボウ】
【所持品:基本支給品一式×1、専用矢(残り21本)、不明支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。
1:奈緒と一緒に、凛と奈緒以外の参加者を殺していく
2:凛には、もう会いたくない。
【神谷奈緒】
【装備:軍用トマホーク】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品0~1(武器ではない)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:加蓮と共に殺し合いに参加する?
1:凛と加蓮以外の参加者の数を減らしていく
※若林智香の支給品はすぐ近くに放置されてあります。
最終更新:2015年12月11日 20:14