S(cream)ING! ◆U93zqK5Y1U



――憧れてた場所を、ただ遠くから見ていた。

どうして、あんな歌を歌うことができたんでしょう。

――隣にならぶみんなは、まぶしくきらめくダイヤモンド

もう歌う資格なんかないのに、どうして思いだすんでしょう。
もう、隣にならんで歌ってくれる人もいないのに。

――スポットライトにDive! 私らしさ光るVoice!

私らしさって、何ですか?

――聞いてほしいんだ。 おっきな夢とメロディ

みなさんはアイドルに大事なものって、なにかわかりますか?

容姿? スタイル? 歌唱力?
――それとも、未央ちゃんが言っていた、ゆかりちゃんが言っていた、『笑顔』?
がんばればいつか見つかったのかもしれないけど、私は自分で壊してしまいました。
私は、汚くなってしまったから。

もう、歌えません。


☆★☆★☆


歌っている。

小鳥が、歌っている。
チチチ、と舌ったらずな輪唱が森のそこかしこから聞こえてきて、それが朝を告げる歌なのだと分かる。
この小鳥になれたらいいのに、と島村卯月は思った。
踊ることも、レッスンに通うことも、休日に街に遊びに行くこともできないけれど、歌うことはできる。
何より、自分の醜さに気がつかないでいられる。
友だちを見捨てたり、幸せだった毎日のことを思い出したりせずに済む。

泣いて泣いて、喉が痛くなるぐらい、泣き声をあげて。
うずくまっている間に、どのぐらい己を責めただろうか。
こんなに汚い『島村卯月』が嫌なのに、どうして死ねないんだろう。
自分のせいで皆が死んでしまったのに、どうして日常に帰りたいなんて思うんだろう。
いっそのこと、このままずっとじっとしていたら飢え死にできるだろうか。
ゆるやかに、死ねるだろうか。

けれど、そんなささやかな希望さえ、『殺し合い』は許してくれなかった。

ゴポッと濁ったような雑音が、森に据えられたスピーカーを鳴らした。
それを先触れとして、島じゅうにその声が響き渡る。
千川ちひろの、うるさいほどに元気なアナウンスが。

『はーい、皆さん、お待たせしました!
第一回目の放送です!』

鞭で打たれたように、卯月の体がびくんと震えた。
朝六時の放送。
色々なことがあって、その存在をすっかり忘れていた。

『皆さん、頑張ってますねー。
アイドルとして、ヒロインとして、精一杯生きてます。
ええ、実に素晴らしいと思います!』

頑張ってる?
精一杯生きてる? 
素晴らしい?
どこが。どこがなの。
叫び声が、卯月の心中でこだまする。
友だちを死なせて、友だちを裏切って、もう幸せになることも、笑うこともできないのに。

『プロデューサーの為に。
自分自身の為に。
ファンの為に。』

包丁で心臓のあたりを刺された気がした。
違う、そんなんじゃない。
プロデューサーの為とか、ファンの為とか、そんなことも考えられなかった。
自分自身の為に。
自分が、可愛かったから。
私は、凛ちゃんを――。

『……さて、ではお待ちかねの死者発表ですっ!
今回死んでしまった皆さんは……』

『死者』という言葉に、身がすくんだ。
死者を告げることが、そのまま罪を糾弾を意味するかのように。


知っている名前。
よく知らない名前。
アイドルになる前から、知っていた名前。
同じライブステージの上で、一緒にきらきらしてた憧れの先輩。後輩。ライバル。

本田未央

――未央ちゃん!

悲鳴をあげそうになり、しかし続く名前を聞けない恐怖から思いとどまった。
卯月が拡声器を使ったから、死なせてしまった親友。
島村卯月による、最初の被害者。
そう、卯月の被害者は、まだ2人いる。
呼ばれる順番があいうえお順じゃないということは、きっと『死んだ順』に呼ばれているということで。
呼ばれる。
卯月の罪が、呼ばれる。

新田美波

新田さん。
『もう一人の親友』と一緒に、見捨ててきてしまった人。
とても、優しくてしっかりした人だったのに。

そして、きっとこの次だ。
呼ばれる。
呼ばれる。
呼ばれる。
呼ばれる。
呼ばれる。
呼ばれる。
呼ばれる。
呼ばれる。
呼ばれる。
呼ばれ――


――え?



以上、15名です!』

呼ばれ、ない。
呼ばれて、ない。
呼ばれ……なかった。


…………どうして?


卯月の頭を、ぐらぐらするほどの不可解が占めた。
あんな恐ろしい場所で、生き延びられるわけがないのに。
ただのアイドルの女の子が、銃を向けられて敵うわけがないのに。


親友が、渋谷凛が、助かっていた?


まず思ったのは、信じられないということ。
卯月の眼に、水本ゆかりという『アイドル』は阿修羅か何かに見えたから。
そのゆかりから生き延びたなんて、信じられない。
ちひろの放送が嘘ではないのか。しかし、それならどうして未央と新田の名前は呼ばれたのか。

さっきまで、未央も凛も天国にいるはずだと疑っていなかったのに。
凛が生きているとしたら、どうなる?
凛が生きていて、逃げのびていて。そうしたら卯月は、どうする?
凛を探して、謝るのか? そして2人で生き延びるのか?
榊原里美というアイドルは、見捨てたのに?
助けを求められていたにも関わらず、無視したのに?
何より当の親友であり凛を、見捨てて逃げ出してきたのに。
どうやって助かったのかは分からない。
けれど、助けようとした友だちから我先にと逃げ出され、命からがら生き延びたはずだ。
どんなに凛が優しくたって、卯月を恨んでいないはずがない。

どうして見捨てたの。どうして裏切ったの。あなたのせいで、未央も死んだのに。
凛の少しハスキーな声が、憎悪をともなって卯月を糾弾する。
あのそっけないけれどいつも可愛らしかった目つきが、鬼のように鋭く卯月を責め立てる。
そんな凛が待っているに違いないと思うと、友だちを探すという発想さえ怖かった。

けれど、糾弾されるのが怖いから、友だちの無事を確かめることすらしないなんて、そんな『島村卯月』も嫌だった。
生きているかもしれない。
もしここで卯月がじっとしたまま、その次の放送で凛が呼ばれたとしたら。
そんなことがあったら、もう死んでも死にきれない。
拡声器でゆかりを呼んでしまった卯月を、それでも凛はかばってくれた。
そんな凛が、こんな卯月より先に死んでしまっていいはずない。

無事を確認するだけだ、と言い聞かせて己を納得させる。
卯月が疫病神で、卯月では友だちを助けられないなら、せめて。
自分が死ぬ前に探しだして、姿を見るだけでもして、無事でいることを確かめるだけ。

――凛ちゃんを、探そう。

少しだけ勇気を振り絞ろうと、卯月はそう言葉にしようとした。










「――」










あれ……?





最初は、何が起こったのか分からなかった。
ただ、友だちの名前を口にしようとしただけだったのに。

「――――」

口を開き、声を出す。
そんな簡単なことをするだけのはずだった。
口は開けた。
声が、出てこない。
そう言えば、と気付く。
泣いている時に、最後に声を出したのはいつだったのだろう。
最初は、泣き叫んでいた。いつしか、しくしくとすすり泣くだけになった。
最後に言葉を発したのがいつのことか、思い出せない。


「――! ――!! ――!?」


人目も気にせず、声を出そうとする。叫ぼうとする。
それもできないなら、持ち歌を歌ってみようとする。
いつも歌っていたのに、できない。
喉の内側がひきつるような違和感と。
かすれた呼吸音のような呻きが、口からこぼれていくだけだった。

声が出せない。
叫べない
歌えない。

「――――!!」

あれだけ歌う練習をしたのに、あれだけ声を出すことは得意だったのに。
方法を忘れてしまったみたいに、口から音が奪われていた。
養成所でトレーナーさんから教えてもらった、声を響かせる為の発声方法なのに。

「――――――――」

何度も、何度も、声を出そうとして。
のどからすぅすぅと吸い込まれて吐き出されていく、冷たい空気がのどに痛かった。

「――――――――――――」

あまりに、ストレスを受けたせいかもしれない。
泣いて泣いて泣いたから、のどを痛めたのかもしれない。
あるいは、あまりに己を責め続けたせいかもしれない。

あるいは、もしかしたら。


「……………はっ」



こぼれたのは、声ではなく吐息だった。
あるいは、もしかしたら、罰なのかもしれないという諦めだった。
こんな痛みに比べたら、未央の方がずっと痛かったのだろうけど。
友だちを見捨てるような女の子になってしまったから。
きっと、歌うことも声を出して笑うことも、その権利を奪われてしまったのかもしれない。

こうして、彼女は声を出す努力をやめた。

これが罰なのだと思うことで、少しでも罰を受けている心地になれるなら。
それが自己満足だとしても、歩き出す力になるのなら。
その身を持って、凛と一緒には戻れないと諦めがついたから。

卯月はもう少しだけ、歩き続けることを選んだ。
未来の見えない、贖罪を始めるために。


☆★☆★☆


こうして私は、歌えなくなりました。

――Fly!「今さら」なんてない
ずっと Smiling!Singing!Dancing!All my love!

でも、でも、おかしいのです。

私は、汚いのに。キラキラする資格なんてないのに。
どうして、“歌えなくなった”ことが、こんなに辛いんでしょう。
どうして、“歌えない”だけで心がすごく痛くなって、取り戻したいと願ってしまうのでしょう。
それはまるで、思い出せない大切なことがあったみたいに。


【E-5 山間部/一日目 朝】

【島村卯月】
【装備:拡声器】
【所持品:基本支給品一式、包丁】
【状態:失声症、後悔と自己嫌悪】
【思考・行動】
基本方針: ??????
1:凛ちゃんが生きているかだけでも確かめる
2:歌う資格なんてない……はずなのに、歌えなくなったのが辛い


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最終更新:2013年02月11日 07:35