夢は夜に見ろ ◆44Kea75srM
今井加奈の名前が読み上げられても、
和久井留美は表情を変えなかった。
努めて無表情のまま、目的地への移動を続ける。
歩みを止める理由はない。
放送の内容は後からでも確認することができる。
そして午前六時を回った頃、和久井留美は目的のキャンプ場に到着した。
◇ ◇ ◇
キャンプ場に点在するいくつかのテント、管理棟と銘打たれた木造の建物を回ってみたが、めぼしいものは発見できなかった。
ターゲットとなるアイドルも、武器として活用できそうなものも、少なくとも和久井留美の視点では見つけることができなかった。
カセットコンロや木炭を見つけはしたが、肝心のライターやマッチがない。
テントを解体すれば長くて丈夫なロープが調達できるが、そんなものがあっても荷物になるだけだろう。
バーベキュー串は刺殺に使えそうでもあったが、強度はそれほどではないしこれで人を殺すのは現実的ではないのでやめておいた。
日光浴に打ってつけと思える林も調べてみるが、どの木々も痩せていて人が身を隠せそうな箇所はない。
ふと空を眺めてみる。空気はまだ冷えていたが、澄み渡る空が今日は快晴であることを告げていた。
子供が遊ぶためだろう。アスレチック木とロープで作ったアスレチック場を見つけもしたが、だからどうしたという話である。
(キャンプ場――うん。真の意味でのキャンプ場ね。あたりまえだけど……特別なところはなにもない、か)
散策を終えると、備えつけの水場に趣き蛇口を捻る。
流れ出る水で顔を洗った。気持ちいい。清々しい朝だ。
(ふぅ……)
キャンプ場には誰もいなかった。人がいた形跡もこれといってない。テントはスタッフが最初から張っていたと見るべきだろう。
あてがはずれたのか、それともたまたまなのか。どちらにせよ、和久井留美が得た収穫は無尽蔵に使える水だけだった。
水道から流れ出る水は冷たくて気持ちがいい。朝の陽気も相まって、いっそ水浴びでもしたいくらいだ。
(……こんな状況だもの。女は捨てなきゃね)
化粧を落としたすっぴんの顔で、そんなことを思う。
殺し合いの最中に屋外で水浴びだなんて、自殺行為もいいところだ。
これ以上の収穫はない。ならば早々に場所を移すべきだろう。
だがその前に、誰もいないならいないで新たに得られるものがある。
それは情報吸収のための時間だ。
(さて……)
和久井留美はキャンプ場の管理棟に入り、もうしばらく足を止めることにした。
窓のカーテンを閉め、外からは絶対に覗き込めない死角へと身を置き、情報端末を手に取る。
端末は数十分前に流れた放送の内容を受信していた。
照明のない、明かりはカーテンから漏れる陽光のみという薄暗さの中で、和久井留美はじっと情報を閲覧する。
注目するべきポイントは三点あった。
ひとつ、死者の数。
ふたつ、禁止エリアの位置。
みっつ、
千川ちひろの言動。
(十五人……か。私が殺した彼女を除いたとしても、十四人……誰かに殺された)
これは殺し合いだ。死因として、交通事故や病死、凶悪な通り魔による犯行などは考えられない。
アイドルによるアイドルの殺人。
この島内における死の原因は、すべてこの一言で説明できる。
(気になるのは『アイドルを殺したアイドルが何人いるのか?』という点ね)
単純に死者が十五人だから殺害者も十五人……とは断定できないだろう。
一人の殺害者が複数の死者を出すことは充分に想定できる。現に留美も『二人目』として
白坂小梅を狙った。
また『アイドルがアイドルを殺す』とはいってもそれが他殺一本であるとも限らない。
血を見たこともないような少女たちに殺し合いを強いるのだ。
悲惨な現況を鑑みれば、絶望に落ち自殺に踏み切った者がいたとしても不思議ではない。
(複数人を殺せる強力なライバルが少人数ながらいるのか、それとも単純にライバルの数が多いのか)
和久井留美の懸念はそこだ。前者と後者、どちらもライバルの存在を重く捉える彼女にとっては好ましくない。
これで今井加奈を除く十四人の死者が全員自殺だというなら警戒するだけ損なのだが、そんなうまい話もないだろう。
(答えはわからない。でもどんな答えだったとしても……十五人という数は、あまりにも多い)
情報端末を眺めながら、憂鬱に頭を抱える。
弱気な仕草だとは自分でも思ったが、誰も見ていなければいいと甘やかした。
和久井留美という『人殺し』を自己評価した上で、一番の強みと言えるポイントは『決断力の早さ』だと思っていた。
彼女はこの殺し合いが始まって早々に人を殺すことを決意し、実際すぐに一人の少女を殺してみせた。
ただの女の子に、それもアイドルなんて輝かしい仕事をやっているような女の子にできることではない。
だからこそ、この速攻はライバルと比した上で相当なアドバンテージになると考えたものだが。
(ちょっとだけ、自信をなくすわね。最近の子は私が思っているよりも死生観がドライなのかしら?)
名簿に名を連ねるアイドルたちは、全員把握しているわけではないがほとんどの子が彼女よりも年下のはずだ。
やはり10代後半の子が多い。先の放送では10代前半の子が多く読み上げられた気もするが、これも弱肉強食か。
しかし自分よりも年下の女の子たちが、殺し合えと言われてすぐに『殺そう』と決断できるだろうか。
仕事柄、若い子の感性というものには敏感だ。経験則で話すこともできる。10代の女の子に殺し合いなど不可能であると。
(考えられるとしたら……運営が撒いたエサが、彼女たちにとってそれだけ美味しそうに映ったということなんでしょうね)
さすがは六十人以上の現役アイドルを抱える大手プロダクションといったところだろうか。
仕事のできすぎる人間というのも考えものである。と、和久井留美はため息をついた。
続いて、禁止エリアについて。
侵入すれば即時退場というデッドゾーン。
今回の放送では、区分された地図の中から禁止エリアが二箇所指定された。
地図上の西端にある【E-1】と、和久井留美も足を運んだ北東の町がある【C-7】だ。
(なぜ、この二箇所なのかしら?)
【C-7】はわかる。ここは爆弾による火災が発生し周辺地域への被害も考慮した結果、封鎖せざるをえなくなったといったところだろう。
だが【E-1】は些か意図が掴めない。地図を見る限りここは建物らしい建物も置かれていないし、あっても林か野原なのではないか。
禁止エリア最大の目的――と推測できる『殺し合いをしない者への籠城禁止策』としては、適した場所ではないように思える。
だって、こんな開けた場所では隠れ潜むことも難しい。そもそも公道からも外れているため、人すら寄りつかなそうだ。
(あるいは、それが狙い……? 他のアイドルの移動に差し障りのない場所を、面目程度に指定してみただけ?)
そんな馬鹿な。それでは禁止エリアというシステム自体が無駄ではないか。本末転倒もいいところである。
(いえ、でも……これが運営側にとっても『想定外』の事態だとしたら?)
禁止エリア本来の目的――引きこもっているアイドルを燻り出す。
もし、その必要がなくなったとしたら……?
禁止エリアの指定枠は二つ用意していたが、実際には【C-7】だけで充分だったとしたら。
(この無駄な禁止エリア指定。これは『運営の予想以上に殺し合いをするアイドルが多かった』という証明になるんじゃないかしら?)
だとしたら、先の十五人という死亡者の多さにも頷ける。
今井加奈、白坂小梅、
市原仁奈――和久井留美が遭遇したアイドルはことごとくがターゲットだったが。
本当はもっと多くのライバルが、この島内にはひしめきあっているのかもしれない。
そして、これらの考察にも関係する無視できない要素が――放送を担当した事務員、千川ちひろの言動だ。
(社交辞令の可能性もあるけど、あの嬉々とした口ぶり……イベントは順調に進行していると見て取れるものだったわ)
放送では、殺し合いの進捗状況に対する彼女の所感のようなものを感じ取ることができた。
ちひろは十五人の死亡者に『少ない』と嘆くでも『多い』と舞い踊るでもなく、功労者を『さすが』と褒め称えたのだ。
(『アイドルの死』自体が目的ではない……彼女たちにとっては『アイドルがアイドルを殺すこと』こそが本来の希望?)
想像する。このような陰惨な催しを企画した意図について。
ただ単に特定の人物を殺したいだけならば、このような周りくどい方法を選ぶ必要はない。
システムやルールの面から見ても、ゲーム性とサバイバル性に満ちたこの殺し合い……やはり本質は『イベント』なのではないか。
(だとしたら顧客がいると考えるのが妥当よね)
そう――たとえばアイドル同士の殺し合う様を観覧することを望む、悪趣味な大富豪が裏に潜んでいたり。
その富豪がスポンサーとして億単位の出資でもすれば、この非現実的なイベントを現実のものとすることも不可能ではない。
(倫理や法律を無視できるなら、だけれど)
そこはいかんともしがたい。
しかし唯一、倫理や法律の網を掻い潜れる手段がないわけでもない。
(まさかとは思うけど……国や政府が関わってる?)
それならば、あるいは。
いや、まさか。
(……それこそ、ありえないわ。いいえ。真実がどうであろうと、私には関係のないことよ)
ちひろの言動について、いま考えなければいけない点は他にある。
それは、人質であるプロデューサーの処遇についてだ。
(プロデューサーは、殺し合いを拒む子たちへのエサ。放送でそれに触れていないということは、上手く機能しているということかしら?)
反抗的な態度を取れば、担当プロデューサーの首輪を爆破する――プロデューサーを救いたければ、従わざるをえない。
その気持ちが動力源となり、みんながみんな、揃って殺し合いに励んでいるのだとしたら。
(人質は、殺してしまえばそこでおしまい。言うなれば切り札なのだから、向こうも簡単に切りはしないでしょう)
人質の件について触れなかったのは、アイドルたちの不安を煽るためか。
それともそんな必要がないくらい、アイドルたちが殺し合いに対して意欲的なのか。
(駄目ね……)
和久井留美は、再度頭を抱える。
死亡者数、禁止エリアの指定位置、千川ちひろの言動――放送の内容は、どれを取っても裏付けとなっている。
『殺し合いをしているアイドルが運営の想定以上に多かった』という事実の裏付けに。
ライバルは自分が考えているよりもずっと多いのかもしれない。
このままここで息を潜めていれば、ライバルたちがアイドルの数を減らしてくれるのでは?
いや、もしライバルも同じ考えでいたら、結局は数が減らない。
自分と同じ思考に考え至ったライバルが、弱者狩りにキャンプ場を訪れる可能性も?
こちらが様子見しているうちに、有益な武器を根こそぎ持っていかれるというのもリスキーだ。
(……これ以上の守りは、ただの弱気だわ。運営にも誤解されかねない。従来の方針通り、攻めていきましょう)
和久井留美は地図に目を通し、次なる目的地を検討する。
目指すのは弱者が引きこもっていそうな場所だ。
キャンプ場では当てがはずれたが、怪しい場所はまだある。
(私の考えているとおり、そんな弱者はほとんどいないというのであれば、無駄足だけど……)
白坂小梅や市原仁奈のように、錯乱気味にあちこち逃げ回っているアイドルのほうがずっと多いのではないだろうか。
そもそもこの状況についていけない弱者は、どこか一箇所に隠れるという発想すらないのではないか。
逆に頭の働く子なら、ランドマークになりそうな特定の場所……地図上で施設名が明記されている場所は避けるのではないか。
だとすれば、山中の洞穴や町にある名もなきビルなどのほうが隠れ潜みやすいのではないか。
僻地である【E-1】が禁止エリア指定されたのは、そういう知恵の働く弱者が隠れていたからではないか。
(考えが……まとまらない)
ここにきて、和久井留美は方針は見失う。
考えれば考えるほど、自身の打ち立てた戦略は欠陥があるように思えた。
そんなことはないさ――そう背中を押してくれるプロデューサーは、いまはここにはいない。
(……待って。ここなら、あるいは……私の悪い考えすべてを肯定したとしても、獲物がいる可能性がある)
ふと思いつき、和久井留美は地図上のある一点に視線を向けた。
そこは、ここ【D-5】のキャンプ場より西に位置する地点。
――飛行場だ。
(素人考えで『飛行機があればこの島から脱出できるかもしれない』と考えつく子がいないとも限らない)
それでなくても、飛行場の敷地は広い。隠れ潜むには打ってつけの場所とも思える。
(反対に『飛行機があったところで操縦できないのだから、飛行場に行ったところで意味はない』と考える子もいるでしょう)
だから獲物など集まらない――多くのライバルたちは、そう考え至るのではないだろうか。
(運営側としても、ここは封鎖しづらいはず。港が見当たらない以上、ここは私たちにとって唯一の『島の出入り口』なのだから)
こんなにも早い時期から、希望を摘むことはしないはず。そう、たとえここに殺し合いに否定的な弱者がいたとしても。
ターゲットとなる弱者が隠れ潜んでいる可能性があり、
ライバルが弱者狩りを目的に立ち寄るとは考えづらく、
それでいて禁止エリア指定を免れたと仮定できる場所。
(決まったわね――次の目的地は、ここ)
位置的にも近い。
さっそく足を運ぶべきだろう。
飛行場へ。
◇ ◇ ◇
和久井留美は情報の吸収と整頓を終えた後、お腹に軽く食べものを入れて、キャンプ場を発った。
情報端末を手に取りながら、目指すは西。目的は狩りだ。
脱出は……やはり無理だろう。
昨今のアイドルは一芸に秀でていたりする子も多いが、さすがにパイロット技能を持つアイドルなど聞いたことがない。
希望的観測など無駄なだけだ。
もう夢を見る歳でもない。
和久井留美は一人の実直な人間として、現実を見る。
この業界は辛く厳しいところだから。
アイドルは、夢見がちでは生きていけないのだ。
【D-5 キャンプ場/一日目 朝】
【和久井留美】
【装備:ベネリM3(6/7)】
【所持品:基本支給品一式、予備弾42、ガラス灰皿、なわとび】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。
1:その為に、他の参加者を殺す。
2:飛行場へ移動する。
3:弱者がひきこもってそうな場所(MAPの端や行き止まり)を巡り、その相手から使える武器を奪う。
4:『ライバル』の存在を念頭に置きつつ、慎重に行動。無茶な交戦は控える。
5:『ライバル』は自分が考えたいたよりも、運営側が想定していたよりもずっと多い……?
最終更新:2013年03月03日 00:45