彼女たちは硝子越しのロンリーガールフィフティーン ◆John.ZZqWo
思ってたよりも狭い場所だったんだ――というのが山頂の見晴台に戻ってきた
島村卯月の抱いた感想だった。
最初に辿りついた時は真っ暗な夜で、闇に半ば溶けた木々に囲われ、その闇そのものが無限に広がっているようにも感じられたのに、
太陽が昇って全てを照らし出してしまえば、木々の向こうまで見晴らしもよく、そこにあるのはただの小さく柵に囲われただけの広場だった。
恐る恐る踏み入ると島村卯月は親友の名を呼ぼうとし、しかし声が出せないことを思いだす。
それが無性に悲しく、情けなかった。
深呼吸をし、喉に手を当ててみたり、ボイストレーニングのことを思い出してみたりしても声は出ない。
ただ掠れた声とも呼吸音とも判別のつかないただの音が少しだけ漏れるだけだ。
親友の名前すら呼べないことにまた落ち込み、しかたがないと踏み出した島村卯月は、しかしすぐに足を止め、息を飲んだ。
「――……ッ」
そこにあったのは
新田美波の死体だった。
彼女はまるで誰かに懺悔しているかのように身体を丸め、芝生の上に蹲っている。額は地面についていて、その表情は伺えない。
そして彼女の死体の傍には、なぜか脱ぎ捨てられた血塗れの衣服が落ちていた。
もしかすれば親友のものかと島村卯月はそれを確かめ、しかしそれが親友のものではなくあの
水本ゆかりのものだと気づく。
いったい、ここで何があったんだろうか。そしてこの服を脱いでいった水本ゆかりはどうしたんだろうか。
探しに来た
渋谷凛の姿もこの見晴台には見当たらない。逃げた彼女を水本ゆかりが追っているんだろうか。
色々と疑問は思い浮かぶがその答えは出ない。
「…………………………」
少しだけ迷って、島村卯月は蹲る新田美波の死体へと手を伸ばした。
放送は確かに聞いた。そこで彼女の名前が死者として呼ばれたことも忘れてはいない。
けれどもしかすれば、もしかすればまだ生きているんじゃないか。そう思い。肩を揺さぶろうとその手をのせて――
「――ッ! ……ぁ…………ハ…………」
そのあまりの冷たさに島村卯月は声のない悲鳴をあげ、慌てて死体から離れ、そのまま芝生に尻もちをついた。
ひやりとした体温のない人の身体はひどく気味が悪かった。
人がただの肉塊に――死体になっていることは気が狂いそうなくらいにおぞましく、そしてやはり彼女は間違いなく死んでいた。
いやいやと頭を振り、ガチガチと歯を鳴らしながら立ち上がると、島村卯月は目を瞑りながらその場を離れた。
そしてそのすぐ奥――そこから遊園地と山のふもとまでがよく見渡せる見晴台の端に、
本田未央の死体は転がっていた。
島村卯月は逡巡し、けれど決心して足を震わせながら近づく。
緑の芝生は彼女の周りだけ真っ赤に染まっていて、それはまるで悪趣味なスポットライトのようにも見える。
そして死体には首がなく、その首は少し離れた場所で半ば草の中に埋もれるようにして落ちていた。
島村卯月は土を蹴らないようにゆっくり近づき、そして両手でそっと拾い上げる。
その顔は――本田未央の、彼女の表情は最後に見た時と同じで、少しだけ戸惑い気味な、でも彼女らしい明るい笑顔だった。
「ぁ…………――、――――ぉ、……ッ」
じわりとその目に涙を浮かべると、島村卯月は彼女の頭を胸元でぎゅうと抱きしめる。
そして、上着を脱ぐとそれを地面に広げ、彼女の頭から丁寧に泥と草を払ってその上へと置いた。
それから胴体のところへ向かうと、島村卯月は自分の服が血で汚れるのにもかまわずそれを抱えあげ、引きずりはじめる。
両手にかかる重さと冷たさはどうしようもなく死体のもので、けれどもこの時だけは嫌悪をよりも親友への気持ちのほうが上回った。
「………………ハァ、ハァ」
血で濡れていない芝生のところまで引きずると、島村卯月は広げた上着を今度は枕になるように畳み、本田未央の首をその上に置いた。
再び胴の上に首が戻ってきた親友に島村卯月は語りかけようとして、けれどやっぱり声は出なくて、
なので、冷たくなった手を握り、心の中でただ「ごめんなさい」と言う。
「ぅ……ぁ、ぁ――――――ぁ、ぁ、あ………………ぁ、あ、ぁあ、ぁ…………」
すると、途端に嗚咽と涙が溢れ出し止らなくなった。
本田未央を、――彼女を殺してしまった。
彼女はもうなにもできない。
楽しいことも嬉しいことも恋をすることもできず、アイドルとしてステージに上がることもなく、歌を歌うことだってもうできない。
いっしょにトレーニングすることも、苦しい時に励ましあうことも、失敗した時にいっしょに泣くこともできない。
島村卯月は思い出す。
@
……――私と未央ちゃんと、そして凛ちゃんとで『ニュージェネレーション』というユニットとして売り出されることになったけれど、
でもなにかかもが三人いっしょというわけじゃなかった。
三人の中では凛ちゃんがダントツの人気で、いち早く彼女のCDデビューが決まった時は、未央ちゃんと次は私たちだと励ましあった。
その次に私のCDデビューが決まった時、未央ちゃんは自分のことのように喜んでくれた……けど、私は、いや他のみんなも知っていた。
未央ちゃんがその笑顔の裏で本当はひどく落ち込んでいたことを。
でも未央ちゃんはそんな落ち込んでいる部分を決して私や凛ちゃん、プロデューサーさんの前でだって見せなかった。
それよりもトレーニングに打ち込むようになり、小さなイベントやコンパニオンの仕事なんかもそれまで以上に精力的にこなすようになった。
事務所の中にいる人の中には未央ちゃんのことをこれといった特徴がないだとか、引き立て役にすぎないって言う人もいる。
けど、そうじゃない!
未央ちゃんは誰よりも努力家だったし負けず嫌いだった。
初めて私たち三人が顔をあわせた時、
書類審査の合格通知をもらって集まった私たちだったけど、それは実は手違いで本当は失格だということで、
悲しくてすごく残念で、それでも私はしかたがないと諦めて帰ろうとしたんだけど、そこで食い下がったのが未央ちゃんだった。
未央ちゃんがあの時、社長に食い下がらなかったら今の私たち――『ニュージェネレーション』はなかった。
未央ちゃんがいなければ辛いトレーニングや、いつまでもアイドルになれない焦りや苛立ちを乗り越えることはできなかった。
未央ちゃんは空回りすることも多いけれど、それは私や凛ちゃんの分もがんばってくれてたんだねって今ならわかる。
そしてとうとう未央ちゃんもCDデビューが決まって、そして三人で、ちっぽけなイベントだけど、三人いっしょのイベントも決まってたのに。
プロデューサーさんからその報告を受けた晩は二人だけでお祝いしようって家に呼んで、お菓子もジュースもCDも全部用意して、
でもいざ二人で顔をあわせたら涙が止まらなくなって、朝までずっと諦めなくてよかったって泣いて、それなのに――
殺しちゃったよ! 未央ちゃんが死んじゃったよ!
真っ赤に染まった芝生の上にぽつんと拡声器が残されてる。未央ちゃんの拡声器。私が使った拡声器。
思いついた時は名案だと思った。実際に里美ちゃんと美波ちゃんが来た時にはみんなで歓声をあげて、これで全部が解決するんだと思った。
けれどそれはただの現実逃避で、今思えばもっとよく考えればよかったんだなってわかる。
もっと慎重に行動していれば……、せめてみんなには隠れていてもらえば、死ぬのは馬鹿な私だけですんだのに。
なのに未央ちゃんはそんな馬鹿な私の代わりに死んで、なのに私は自分だけ逃げ出して、凛ちゃんも未央ちゃんもここに置き去りにした。
寂しかったよね。死んじゃう時に誰もそばにいないなんて。
ごめんね。ひとりにしてごめんなさい。
私たちは三人いっしょの『ニュージェネレーション』なのに、バラバラにしちゃってごめんなさい。
@
「…………――――、――――――ぁ、――、――――――――――――――――――ぁ、――――――――――――――」
ここに戻ってきてからどれくらい経ったろう。
あれからずっと本田未央との想い出に浸っていた島村卯月は、日差しに暑さを感じてようやく顔をあげた。
太陽はもうかなり高いところまで昇っていて、周囲を見渡せばこちらは逆になんの変化もない。
島村卯月は握っていた手を離すと、目元をごしごしとこすって立ち上がる。
「(またここを離れるけど、今度は凛ちゃんを連れて戻ってくるから。
戻ってきたらまた三人でお話して、歌を歌って、それからいっしょにごはんを食べよう。
だから、それまで少しだけ待っててね)」
泣きはらした目は真っ赤で、でも芝生の上に横たわる彼女と同じ笑顔を浮かべて、島村卯月は心の中で彼女に約束する。
そして普段となにも変わってないように手を軽く振ると、踵を返しゆっくりと歩き出した。
その身体がふらりと揺れ、足がたたらを踏む。
「(ううん、こんなことでへこたれないよ)」
スカートのポケットに手を入れると島村卯月はそこから一本のチョコバーを取り出した。
そのもう半分かじられたチョコバーは昨晩、本田未央が元気付けるために食べさせてくれたものだ。
島村卯月は半分になったチョコバーを更にもう半分だけかじる。
「(未央ちゃんにまた元気もらったよ)」
そして半分の半分になったチョコバーをまたポケットに入れると、また歩き出す。
ふらり、ふらりと身体を揺らしながら、ゆらゆらとした足取りで、島村卯月は三人いっしょだった見晴台を離れてゆく。
【E-6・山頂・見晴台/一日目 昼】
【島村卯月】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、包丁、チョコバー(半分の半分)】
【状態:疲労(大)、失声症、後悔と自己嫌悪に加え体力/精神的な疲労による朦朧】
【思考・行動】
基本方針:『ニュージェネレーション』は諦めない。
1:凛ちゃんを探して、未央ちゃんのところに連れて帰る。
2:そうしたらまた三人でいっしょにいたい。
3:歌う資格なんてない……はずなのに、歌えなくなったのが辛い。
※上着を脱ぎました(上着は見晴台の本田未央の所にあります)。服が血で汚れています。
※拡声器は本田未央が首を落とされた場所に置かれたままになっています。
※山頂の見晴台には、新田美波の支給品(基本支給品一式)と本田未央の支給品(基本支給品一式、救急箱)が放置されています。
最終更新:2013年05月06日 22:13