Another Cinderella ◆p8ZbvrLvv2






高森藍子は椅子に座ってぼんやりと扉の外を眺めていた。
この状況でも彼女の最大の魅力である見る者を癒すようなふんわりとした雰囲気は失われておらず、
少しでも外を歩けば容易に死の気配を感じられる状況でも、彼女の周りだけは時間の流れが緩やかになっているかのようである。
ここは警察署の一階にあるロビー。
比較的外を確認しやすい位置を選んで彼女はカウンターにいくつかある椅子の内一つを選んで腰かけた。
その視線は誰かを待っているかのように外に注がれている。
しかし先程から外の様子は全く変わる事なく、彼女の落胆をより色濃くしていた。
落胆の原因は、言うまでもなかった。


三十分ほど前、小日向美穂に偶然遭遇した藍子は当然彼女を仲間に入れようと勧誘した。
しかし、美穂は藍子の言葉にハッキリとした拒絶反応を見せて再度飛び出して行ってしまった。
拒絶された衝撃に動けずにいた藍子の代わりに彼女を追って行ったのは日野茜
追いかけようにも追いついた所で美穂を引き留める術が思いつかなかった藍子は、
結局茜に尻拭いを任せるような形になってしまい、不甲斐無い思いで彼女を見送った。
去り際に連絡するとの言葉を茜が残したのもあって、共に残った栗原ネネと警察署に留まる事にし、
署内で連絡を待つために彼女たちはロビーへと足を踏み入れた。
念の為に誰か居ないか一通り建物を回り、ついでに屋内の確認もした。
給湯室に割と最近食事をしたであろう食器類が置いてあったが、恐らく美穂ともうこの世に居ない塩見周子が摂った物だろう。
念のために地下や二階も回ってロビーに戻った辺りで藍子はある事に気付いた。


それは、同行していたネネが疲労を滲ませている事だった。





考えてみれば当然の事である、藍子もネネも一睡もしてないのだから。
藍子も彼女の様子を見て初めて自分が少し疲労していることに気付いた。
署内に入ってからネネの口数が減っていたのは恐らく自分を気遣っていたというだけではなかったのだろう、
仮眠室が二階にあったものの、あまり離れるのは危険だと判断して捜査課の来客用であろうソファで休むように勧めた。
当然押し問答になったが、結局先に折れたネネが少し休むことになった。
藍子自身は普段から過密スケジュールである程度眠らないのには慣れていたというのも理由の一つ。
しかし、藍子は少しあの時の彼女の様子に引っ掛かる物があった。
自分だけ休むのは不平等だ、その理由は自然なのだが他にも訳があるようなそんな素振りだった。
今ネネが休んでいるであろう捜査課への入り口を見つめる。
何かあればすぐに呼ぶと約束はしたが、幸か不幸か今の所そんな前兆は特に無かった。
ネネが殺し合いに乗るとは思えない、しかし何やら彼女から距離を置かれているような感覚があった。
まるで自分を見定めてるかのような、そんな視線を感じていた。


「…………はぁ」


藍子は外から一旦目を離すと、もう何度目か分からない溜息をついた。
二人が戻ってくる気配どころか連絡の電話が鳴り響く気配も無い、雰囲気とは裏腹に彼女は落ち着かない気分だった。
茜は美穂に追いつけたのだろうか、はたして美穂を仲間に入れる事は出来るのだろうか。
いざ腰を落ち着けると考えるのはそんな事ばかりで居ても立ってもいられなくなりそうだった。
けれど今の自分に何が出来るのだろうという葛藤もあって、結局出来る事は二人の帰りを待つことばかり。
このままではいけない、何か出来る事を探そうと彼女は周りを見渡す。
すると、傍らに置いてあった二つのバッグが目に入った。
一つは開始時点から背負っていた自分自身のバッグ、そしてもう一つは――――――





「……夏樹……さん……」


「……そうですよね、一回駄目だっただけでくじけてちゃいけませんよね」


「夏樹さんの託してくれた思い、絶対無駄にはしませんから」


木村夏樹が託した「希望」がそこにはあった。
本が何冊も入っていて重かったけれど、絶対に手放すつもりはなかった。
もう並んで歩くことは出来ない、それでも最後に託してくれた小さな「希望」の最初の一輪。
それだけは、無駄にしたくなかった。
不思議と気分も落ち着いてきて、彼女はまず朝食を摂ろうと前向きに考える。
行動する為にはまず栄養をしっかり摂らないと話にならないと普段の経験上分かっていたから。


食事を終えた所で、ペットボトルの水をバッグに戻した藍子の指が何かに触れた。
そういえばまだ支給品の確認をしていなかった事を思い出す。
頭の隅には引っ掛かっていたのだけど今まで確認する気は起こらなかった。
もし武器が入っていても使うつもりなんて毛頭無かったし、見るだけで嫌悪感を抱きそうだったからだ。
しかし冷静に考えると入っているのは武器とは限らない、もしかすると何か役に立つ物かもしれない。
少し躊躇したものの、女は度胸とばかりに藍子は思い切って指に触れた物を引っ張り出した。


――――――それは、ケースに入ったCDプレイヤーだった。





武器が出てくるのか、それとも思わぬ便利アイテムかもしれないと、
多くの緊張感と少しの期待感を持って引っ張りだした藍子は少し拍子抜けしてしまった。
気を取り直して、藍子は注意深く半透明で頑丈そうなケースを観察した。
一見ごく普通のCDプレイヤーだが、もしかすると爆弾でも内臓されてるのかもしれない。
そうでなくとも何か特殊な仕掛けがあるのかもしれないと思って慎重にケースを持ち上げる。
すると、ケースの底に貼り付いていたらしい紙がひらりと膝の上に落ちてきた。
拾い上げるとそこにはどこか見覚えのある字でこう書いてあった。


これは何の変哲も無いCDプレイヤーです、ちなみにCDは入ってません♪
電池で動くタイプなのでオマケに電池も付けておきましたから安心してくださいね!

追伸:実は爆弾が仕掛けられているとかそんなオチは無いのでご安心を☆


藍子は更に困惑したままケースを開くと、CDプレイヤーを改めて観察した。
どうやら小型ながらもかなり高性能な代物らしく、耐久性も高そうだった。
イヤホンも素人目に分かる程に高級品で、本体にはスピーカーまで付いていた。
実際音楽に精通している人間が満足するくらいの代物であったが、
肝心のCDが付いてない時点で、それ以前にこの状況下では全く意味の無い物だった。
藍子は先程とは違ったベクトルで溜息をつきながらプレイヤーをケースから取り出すと驚いた。
ケースの底には電池がぎっしりと詰まっており、大きさも様々であった。
それどころか明らかにこのプレイヤーでは使わないであろうボタン電池まであった。
通りでケースが異常に重いと思っていたが、これだけ入っていれば当然だろう。
藍子はプレイヤーをケースの中に戻すとバッグの中に再び突っ込んだ、
他に何か入っているかもしれないという発想が思い浮かぶ心境でもなく、
普通の人間ならからかわれていると怒る所であったが、気の優しい彼女は首を捻っていた。
いわゆるハズレという奴なのかな、と少し冷静になった頭で考える。
実際藍子でなくともこれを活用する方法を見つけるのは困難だろう。
誰かが何かに使えるだろうCDを持っている、もしくは電池が必要な状況でなければ。





やや気の抜ける出来事があったものの、藍子は依然として椅子に座っていた。
もう美穂と茜が出ていって一時間程になるだろうか、しかし二人が戻ってくる気配はない。
ついさっきまで藍子は夏樹のバッグから爆弾関係と思われる本を取り出し読んでいた。
しかし教養は当然ながらごく普通の一般人レベルである彼女には、夏樹と同じく内容は全く理解出来なかった。
真面目な彼女はなんとか少しでも理解しようと努力したが、いかんせん専門用語が多くて無駄な努力に近かった。
諦めてバッグに本を戻すと再び外の風景を眺める。
他の事をやりつつも外に関しては意識を向け続けていたが、全く変化は無い。
しかし藍子は茜と美穂がきっと戻ってくると信じていた。
美穂が戻ってきたらどう声をかければいいのだろうと考える。
あの時の拒絶の言葉は、やっぱりきつかった。
それはきっと同じような拒絶を一度受けているから。





『アイドルだって、アイドルである前にひとりの女の子なんですよ?』


同調することは出来ないけれど、理解することは出来る複雑な言葉だった。
シンデレラガール……いや、十時愛梨という一人の少女の心の叫びだったのだろう。
それは今回の事とは関係無く、戸惑い続けたままに周りに祭り上げられた彼女の本音だったのかもしれない。
そしてそんな愛梨の「希望」は理不尽な形で踏みにじられ、奪い去られてしまった。
愛梨の決意がどれだけ固いのかは分かっていた、果たしてそんな彼女を変える事が彼女のプロデューサー以外に出来るのだろうか。
二度目の邂逅では説得らしい事すら出来なかった、三度目の正直はあるのだろうか。
藍子には一つだけ当てがあった、それは十時愛梨だけに問う事の出来る言葉。

だったら貴女は、シンデレラで在ることは出来ないのか。

彼女は確かにヒロインである事を選んだ、だからアイドルに戻る事は出来ないのかもしれない。
けれど彼女はたった一人のシンデレラでもあるのだ、この名を冠したお伽話がどんな物語なのか誰でも知っているだろう。

灰かぶり姫は、魔法をかけられて―――――王子様と、恋をする。

彼女がプロデューサーへの想いを貫くために悲劇のヒロインで在ろうとしているなら、それはきっと違う。
だって、シンデレラは同時にヒロインでもある筈だから。
詭弁かもしれない、けれどこれが今の藍子に出来る精一杯だった。
後はただ一つ、彼女に与えられる何かが欲しかった。
愛梨は決して自分から望んで殺し合いをしているわけじゃない。
彼女の空白を、絶望を覆い隠す事の出来るガラスの靴さえあれば、きっと止められる。
例えアイドルに戻れないとしても、せめて殺す事だけは止めなければいけない。





『『生きて』……と、――さんがいったから』




そう言った彼女の表情は悲痛な覚悟に満ちていて。




だからこの言葉を聞いた時、私は確信した。




ああ、彼女はきっとプロデューサーの最後の「魔法」に縋っているのだと。




だから私は、彼女にこだわっているのだろう。




少しだけ、昔の話。


高森藍子は、どこにでも居る普通の女の子だった。
小さな頃にテレビで見たアイドル達。
彼女達はとても輝いていて、小さな少女をあっという間に魅了し、笑顔にさせた。
自分も同じように見る人達を笑顔にしたい、幸せな気持ちにしたい。
そう思って、藍子は同じ世界へと飛び込んだ。


けれど、高森藍子は普通の女の子のままだった。





FLOWERSが結成される少し前、その頃が私にとって一番苦しい時期だった。
アイドルを目指してこの業界に飛び込んで。
入った当初は光るものがある、素質があるなんて言われていた。
だからボーカルのレッスンも、ダンスのレッスンも、表現力のレッスンも。
頑張って、頑張って、苦しくてもとにかく頑張った。
それなのに、結果が付いてこない。
今ならハッキリと言えるけれど、私は伸び悩んでいた。


そんなある日、私は握手会のイベントに居た。
業界に入ってから、ずっと変わらない営業の一環。
何人かのアイドルの中の一人で、勿論人の姿もまばらで。
それでも精一杯レッスンで教わった笑顔で少ない人数と握手を交わす。
私の運命が変わったのは、その時に会場に居た柄の悪そうなファンの一言だった。
その人は他のアイドル達の列にも並んでいて、彼に言葉をかけられたアイドル達は一様に顔を引き攣らせていた。
たまに居る、あえて酷い言葉をぶつける悪質なファンなのだろうと察しがついた。
けれど私の憧れるアイドルはどんな時でも笑顔だから、そう思って笑顔のまま順番が来た彼と握手を交わそうとして――――――


「お、結構顔可愛いじゃん。あーけど胸ペッタンコかよ、ドラム缶みてーだな」


「しかも笑顔がわざとらしいし、君アイドル向いてないから辞めた方がいいよ、ギャハハ」





気付くと、泣きながら握手会の会場を飛び出していた。
体型を笑われたのが悲しかったわけじゃない。
それとなく似たような事を言われたことだって何度もあった。
私は御世辞にもグラビアで映えるようなスタイルじゃなかったから、時には悩んだりもした。
けれどそれが理由で諦めようと思ったりしたことなんてなかった。
私が何より悲しかったのは、今までの努力を全否定するかのような彼の心底馬鹿にした口調だった。
その時の私は伸び悩むあまり不安定で、なのに周りにそれを隠していたのもあんなに簡単に取り乱した原因だったんだと思う。
もうあんな風に言われるのにはとても耐えられない。
人気の無い場所に座り込んで溢れ出てくる涙を拭いながら、やっぱり自分は憧れのアイドルにはなれない。
そう思っていた時、前から人の気配を感じて顔を上げるとスーツ姿の男性が立っていた。
おぼろげに、同じ事務所に居るプロデューサーの一人だと思い出す。
私のプロデューサーの代わりに叱りに来たのかなと思っていると、彼は私に近づいてきた。
仕事を投げ出したのだからと引っぱたかれるの覚悟で俯いていると、何も言わずに私の前でしゃがみこんだ。
その表情は優しげで、まるで私の悩みを全部理解してくれてるようで。

戸惑う私に、彼は言った――――――


それから間もなくして、私は彼のプロデュースするユニットのメンバーに選ばれた。
実は少し前にもユニットの話はあったものの、以前も候補に居た私が伸び悩んでいたのもあって一度駄目になっていたらしい。
けれど彼は諦めずに粘り強く話を進めて、後は一人のメンバー候補のプロデュース権を譲ってもらうだけだった。
私が逃げ出した日は、最後の関門であった私の元プロデューサーと交渉していたのだと後で聞かされた。
そんな時に私が飛び出してしまい、慌てる元プロデューサーを尻目に真っ先に私を追って飛び出したとの事だった。
結局その後何を思ったのか、元プロデューサーはそれまで強硬に反対していたというのに、
あっさりとプロデュース権を譲ってしまったらしい。
理由を聞くと苦笑するばかりで、結局最後まで教えてもらえずじまいだった。

確かに言えることは、あの日、とある言葉で私の運命が大きく変わったことだけ。





『泣くなよ、君は笑顔が一番素敵なんだから』



『俺には君の笑顔が必要だ』



『レッスンで習った笑顔じゃなくて、自然な君のままの笑顔でいいんだ』



『周りを幸せにさせるような、ふんわりとした笑顔だよ』



『もう一度、最初から一緒に頑張ろう』



『絶対に、トップアイドルになろう』



『どうしても不安なら、俺が――』





外を見つめながら藍子は呟く、覚悟に満ちた表情で。




「……ねぇ、愛梨ちゃん」



「あなたは私に強いって言った、みんなも私が強いって言う」



「けどね、違うんです」



「私も愛梨ちゃんと同じだから」



「普通の女の子でしかなかった私を、変えてくれたんです」



「『君を支えてみせる』」



「『絶対に、どんな時でも君がアイドルで居られるようにしてみせる』」



「だから、絶対に愛梨ちゃんを止めます」








「――――――きっと同じ、魔法をかけられたアイドルだから」









【G-5・警察署/一日目 昼】


【高森藍子】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×2、爆弾関連?の本x5冊、CDプレイヤー(大量の電池付き)、未確認支給品0~1】
【状態:疲労(小)】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
1:絶対に、諦めない。
2:他の希望を持ったアイドルを探す。
3:自分自身の為にも、愛梨ちゃんをとめる。
4:茜の連絡を待つ
5:爆弾関連の本を、内容が解る人に読んでもらう。


※FLOWERSというグループを、姫川友紀、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいて、リーダーです。四人同じPプロデュースです。
※元プロデューサーが現在も誰かを担当しているのか、元々兼任していたのか等は後続の方にお任せします。



【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話、未確認支給品0~1】
【状態:睡眠中】
【思考・行動】
基本方針:自分がすべきこと、出来ることの模索。
1:高森藍子と話す、はずだったけど……
2:小日向美穂が心配。彼女の生き方をみたい
3:決断ができ次第星輝子へ電話をかける。


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最終更新:2013年04月28日 23:53