差しのべてTenderness ◆j1Wv59wPk2



優しさを、差しのべて―――《Tenderness 差しのべて》

優しさを、捧げたい――――《Kindness 捧げたい》




    *    *    *




「おはようございます」
「おう、おはよう」

気持ちの良い風と朝の光を浴びながら、あの人の待つ事務所へと入る。
ドアを開けてあいさつとともに微笑み、それに一人身を飾らない男性が挨拶に答える。
そんな何気ない日常が、栗原ネネは好きだった。

――でも、今日はちょっとだけ違う。

「………なんだよ」
「今日は、タバコ吸ってないみたいですね」

デスクの周りを回って、隅々まで確認して、そして無いことを確認する。
そう、いつもなら申し訳程度に隠してある灰皿(吸殻入)が今回は何処にも無い。
彼なりに気を使っているとはいえ、いつもは隠れて吸っているのもまた日常だった。
でも今日は、それが無い。灰皿すらない。

「……たりめーだろ、今日はネネの晴れ舞台なんだからよ」

そう目を逸らしながら、照れながら言ってくれた。
それでネネは『思い出す』。今日という日はいつもの日常とは少しだけ違う特別な日。
数日前のオーディションで勝ち上がって、今日は大きなライブ、『サマーライブ』に出演する日だ。
それまでに苦労は経験してきた。その全てが報われる日。
だから、いつもは隠れてタバコを吸っているこの人も、今日に限っては一切すっていないのだろう。
変なところで律儀な人だと、ネネはそう思った。

「ふふっ、ありがとうございます」

でも、それと同時に心は温かい気持ちに満ち溢れていた。
その妙に意地っ張りで、子供っぽくて、そして頼りになる。そんなプロデューサーの事が好きだった。

「でもそう言えるんでしたら、ちゃんとやめてくれればいいのに…」
「ばっかお前、禁煙がどれだけ辛いか知らねぇからそう言えるんだよ。あれが無けりゃ今頃ストレスで死んでるわ」

そして彼女が身を案じれば、彼は軽く返してくれる。
大した事のない、答えの分かっている問答。ネネがアイドルになってから、変わらない関係と変わる世界。
そんな平和と変化が、ネネはやはり好きだった。

そんな平和で、そして楽しい日常がずっと続けばいいと思って――


「………え?」


世界に、『ひび』が入った。


そう表現するしか、無かった。
平和な日常な筈なのに、その空間に不自然なひびが入る。
なのに誰も気づかない。目の前のプロデューサーも、周りの皆も、誰も。
まるで、テレビの画面が割れていてもずっと日常を流し続けるドラマのように。
皆が皆、ひび割れていく世界で最早『不自然な』日常を演じ続けていた。

「な………何、が………」

そうして、平和だった日常がメッキのように剥がれていく。
その裏にあったのは――いや、何もなかった。
不自然なほどの黒。闇と言ってもいいかもしれない。正に何もなかった。
日常が崩れて、周りが全て黒に支配されていく。

「い、嫌………っ」

そうして平和な日常は崩れて、最後に残ったのは―――


「…………あ」


完全な黒と、あの人の姿。


「        」

目の前にいるあの人は、口を動かしている。なのに、何も聞こえない。
何かを言い聞かせているように動かしているのに、何も聞こえない。
ずっと、無音の世界。これがずっと続くのかと、そう思い始めた矢先に。


―――――ピ。


「え………」


なにか、聞きなれない音が。
いや――聞いた事は、あった。『あの時』に、響いた機械音だ。

「ま……まって………」

喉から声が出なくなる。絞り出した声も、かすれている。
目の前で、音の鳴る彼は未だに口を動かし続ける。でも、何も一切、届かない。
ただネネの頭の中にあったのは、焦りと、絶望だ。
この先に起こる結末を知っているから、彼女は焦って、そして何も変わらない事実に絶望する。
駆け寄って、何をしても、変わらない。声も聞こえず、意思疎通もできずに、


「   」


余りにも軽快な音と共に、目の前で、彼は死んだ。


「………ぁ………」

その血飛沫が、目の前に広がる。自らに降りかかる。
目の前にいたのは血の池と、首の無い、あの人の『死体』。

「なん、で…………」

全てがあっさりと終わって絶望と虚無の中に浮かぶのは、疑問。
何故、彼が死ななくてはならなかったのか。
何も悪いことはしていない。それ以前に、『私たち』は何もしていない。
それなのに、何故プロデューサーが。何故、なぜ、なんで――


『何故?』

後ろから、不意に聞こえる女性の声。


『あなたが、誰も殺さないからでしょう?』


訳もわからないまま、事実を宣告された。
―――そう、理由なんて最初から分かっていた。
栗原ネネが『あの場所』で、誰も殺すそぶりを見せないから、『殺し合い』をしなかったから。
何もしなかったから、人質のプロデューサーが、死んだ。

「い、や……なんで………いや…嫌………!」

頭で結論がでても、言葉は否定と疑問を繰り返す。
しかし、もう後ろから返答はない。
たった一人になって、救いの手も何も無い。
完全な暗闇の世界、救いの無い、ただ絶望のみが広がる世界の中で。
彼女はずっと、マイナスの感情に囚われ沈んで行く。

ずっと、ずっとずっとずっとずっと――――



    *    *    *




「―――!――さん、ネネさんっ!」

誰かが呼ぶ声がする。
その声を直ぐには認識できない。一体何があったのか。
ぼんやりとした頭で、ふと触れた自分の額はびっしょりと濡れていて、でも頭の整理はつかない。
目の前には何やら心配そうに焦る少女の顔があった。

「………藍子、さん?」
「大丈夫…ですか?なにか、とてもうなされてて……」

その言葉を聞いて、栗原ネネはようやく現状を理解する。
色々とあって、高森藍子と合流し、いつの間にかネネ自身が休憩する事になっていた。
疲れていたのは自覚していたが、それを言うのは迷惑だと思っていた。
しかし、彼女にはお見通しだったらしい。結果、好意に甘え休んでいた。
そして、あの光景を経験して……今に至る。

あれは、夢だったのか。
冷静になってみれば当たり前の事、あまりにも非現実的すぎる光景だ。
あれはただの悪夢。輝いたあの日を織り交ぜた、たちの悪い夢。

(そう、なの?)

……いや、違う。あれは悪夢では無い。
自分の心を的確に写した夢。そしてあの夢よりも救いようの無い現実。
ただ夢と、一言で片付ける事はできない。

「……ご、ごめんなさい。ご迷惑を……」

未だ落ち着かない心を無理矢理引っ込めて、冷静を装う。
そうだ、あれは夢でも何でもない。いずれ起こりうる現実になるかもしれない。
いくつかの道の先にあるであろう、いくつかの結末の一つ。そして、最悪の結末。
考えたくもないことなのに、考えなくてはならない。
どれだけ辛くても、直視しなければならない。先の見えない、道を選択しなければならない。
ずっと悩んできた事、ずっと選べなかった事が、改めて事実としてのしかかっていた。

「……いえ、大丈夫でしたら……良いんですけど、その」
「どうかしたんですか?」
「放送が流れてから、様子がおかしかったので……」

彼女は遠慮がちにそう言う。
放送と聞いて、頭がまた回りだす。
突然すぎたあの夢は、あれが節目になっていたのだろうか。
ネネは近くにあった自分の荷物を探り、携帯端末を取り出す。
放送の内容は逐一、この端末に保存されているという。
そして、直ぐにそれを確認する。

「…………」

そして内容は、なに一つとして救われない。現実を、確かに映し出していた。
その人数は、8人。前より少なくなった……なんてことは言えない。
その一人ひとりが全員、今を輝くアイドルだった筈だ。誰一人として聞いた事の無いアイドルはいない。
しかし、そのアイドルが死んだ。魅力的で、輝いていた皆が、もうこの世にはいない。
現状は何も変わらず、悪化していくばかりだった。

「あの……私はまだ大丈夫ですから、もう少し休んでいても……」

その思考からくる疲労が顔に出ていたのか、同行していた藍子に心配される。
それに申し訳なさを感じる反面、ネネは彼女の事も気にかかった。

「いえ、もう大丈夫です。次は私が待ちますから、藍子さんは休んでいてください」
「……なら、いいんですけど」

荷物を持ち、ソファから立ち上がる。
そして、半ば押しつけるように藍子をソファに座らせる。

―――彼女は、どうなのか。
彼女も状況はまったく同じで、むしろ背負うものの重さで見れば彼女の方がずっと上の筈なのに。
放送だって、彼女に縁のある人こそ呼ばれなかったろうが、その人数は彼女の道を揺さぶるのに十分すぎるほどのはずだ。
彼女はアイドルとしては完璧だろう。完成されていると言ってもいい。
しかし、一人の少女としてはあまりにも不自然だ。
ユニットのリーダーとして、こんな殺し合いの場でさえ16歳の少女が背負うには余りにも不相応な重圧を担って。
それでも、そんな辛さを乗り越えてでも、彼女は目に映るもの全てを『束ねる』というのか。

『アイドル』たるアイドル、高森藍子。
彼女の存在は、間違いなく栗原ネネが行く道へのキーの一つだ。
一体何が、彼女を『アイドル』たらしめているのか。
どれだけ辛い事があっても、拒絶されようともアイドルでいられる理由。彼女の心。
その想いを知る事が彼女の、水彩のようにぼかされた道をはっきりとさせていくのだろう。
それが白か黒かは、わからない。

(………輝子、さん……)

こっそりと、荷物から携帯電話を取り出す。
開けば、複数件の不在着信。それらが何かは確認するまでもなかった。
切り方も問題があった事は自覚している。せめて無事だということぐらいは伝えるべきだったかもしれない。
それでも、電話をかける勇気がない。意思を決められないまま、電話をかける事が、できない。

藍子達にはまだ携帯電話の事は話していない。
もし話せば間違いなく彼女達は疎通して、同行の道を選ぶ。断言してもいいし、それが悪いことだと言うつもりも無い。
でも、もしここで彼女達が合流してしまったら、自分の意思がうやむやになってしまうような、そんな怖さがあった。
周りの人に流されて選択してしまって、後悔したくはない。
勿論、あまり時間をかけるわけにはいかない。彼女達を待たせる訳にはいかないし、いざというときの決心が、できないから。

だから、彼女へと……高森藍子へと、その想いを聞かなければ始まらない。
既に半日も悩んで、でも出ない答え。その答えを彼女が持っているとまではいかないまでも、何かを握っているはずだと。
長く、深い悩みへの光明が差すと信じて、藍子へ声をかけようとして、


「ぁ…………」


しかし、その言葉は届かない。

「…………?」

聞こえない程の、自分でも驚く程の小さな声。
何故、こんなか細い声しか出ないのか。
声が出ない訳じゃないのに。いつでも、想いを口にできるはずなのに。
もう長く迷っている暇はない。だから早く彼女の心の内を聞かなければならない、筈なのに。

(怖、い…………?)

結論を出すことの、恐怖。
彼女の中身を聞く事への恐怖、その先電話先へ意思を伝える恐怖、
そして……自分自身と、あの人の命が晒されている恐怖。
あの悪夢は、的確に自らの心を写していた。栗原ネネの弱さをはっきりと。
後回しにしても何も解決しない、むしろ悪化していくかもしれない。それはもう分かっている。
それでも、彼女はそれを直視できるほど強くない。彼女は、どこまでも『ただの少女』だった。

「……どうか、しましたか?」

「……………いえ、なんでも、ありません」



未だ電話はならず、未だ電話はならせない。

先延ばしにした―――してしまった『決断』。



迷走する心《迷走mind》は、彼女を締め付けていた。



    *    *    *



(………ネネさん)

ソファに座る高森藍子には、彼女が何かを思い詰めて、隠していることは察していた。
その隠し事、この場所ならば、おおよその予想はできる。彼女から、まだ『返答』は聞いていないから。
そして、彼女がそれを隠す理由もなんとなく察しはついている。
彼女もまた、高森藍子の『強さ』に悪い意味で影響されているのだ。

そんな事を、望んでいる訳ではないのに。

彼女だって先程の放送で尾を引かない程強くはない。
8人のアイドルが死んだ。それが誰であろうとも、その命の重さに変わりは無い。
一度共演したこともある及川雫も、同じくらい有名になっていた神崎蘭子も、もうこの世にはいない。
戻ってくることはない。それが想像以上の哀しみであることはもう知っているし、体験している。
でも、そんな弱さをもう見せる事はしない。
結果として、それは裏目にでてしまったのか。支えきれない強さが、また少女を追い込ませているのか。

(それは、違う)

そう、それは違う…と藍子は思う。
藍子の持つ強さは、押し付けるものではない。
なぜならば、その『強さ』自体が、彼女一人のものでは無いから。
自分のプロデューサーから、あの時逝ってしまった木村夏樹から、道を違えた十時愛梨から。
そして、数え切れないほどのファンと、一緒に頑張る皆で作り上げてきた強さだから。
―――この『強さ』は、皆で支え合うものなんだ。

(花束に、優劣なんてない。
 私だけの強さじゃないから、あなたにも、みんなにも支えて欲しい)

しかし、ここで藍子がそれを説く事はできない。それもまた、自分の『強さ』の押し付けになってしまうから。
揺れる少女をあとひと押しできる力は確かに持っている。けど、きっとそれは強すぎる。
彼女が望まぬままに押す形になれば、良くない結果になるのは明白だった。
だから、いずれ彼女から聞いてくれることを願う。
例え自分自身がどう思っていても、自分から切り出すことはできない。
彼女が向き合う時にこそ、力になれる、力を貸せる筈だから。
その時が来るまで、彼女からは話は切り出さない。時間があるわけではないが、きっと今はそれが最善だ。



ソファに体を預けて、しかし意識は休息する事を望んでいないようにはっきりとしていた。

彼女自身の意思がはっきりとしていても、現実は未だ、上手くいかないようだった。



【G-5・警察署/一日目 日中】


【高森藍子】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×2、爆弾関連?の本x5冊、CDプレイヤー(大量の電池付き)、未確認支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
0:睡眠をとる………?
1:絶対に、諦めない。
2:栗原ネネの想いを聞く。
2:他の希望を持ったアイドルを探す。
3:自分自身の為にも、愛梨ちゃんをとめる。
4:茜の連絡を待つ。
5:爆弾関連の本を、内容が解る人に読んでもらう。


※FLOWERSというグループを、姫川友紀、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいて、リーダーです。四人同じPプロデュースです。
※元プロデューサーは現在日野茜を担当しています



【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話、未確認支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:自分がすべきこと、出来ることの模索。
0:しかし、結論を出すことへの、それ以上の根本的な恐怖?
1:高森藍子の想いと、その本心、そして理由を知る。
2:小日向美穂が心配。彼女の生き方をみたい。
3:決断ができ次第星輝子へ電話をかける。


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最終更新:2013年06月15日 08:02