魔法をかけて! ◆yX/9K6uV4E



――――そっと瞳を閉じるから、魔法をかけて!








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







私が、アイドルになった時の事を思い出していました。
たしかクレープの食べ歩きをしていた時だったと思います。
あの頃の私は普通の少女だったと思う。
ちょっとスイーツが好きなだけの女子高生でした。
ケーキを食べ過ぎて体重を気にしたりするだけの、そんな当たり前のようにある普通の生活。

変わった所は無くて。
だから、スカウトされた時、本当ビックリしたんです。
だって、私はそんな特徴ある子じゃなくて。
むしろ少しちょっと太めで……
こんな取り柄のない私がアイドルになるなんて思わなくて。


でも、なれたんです、アイドルに。

プロデューサーがかけてくれた『魔法』で。


私は、皆の応援されるアイドルになれたんです。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「ふう、これで……入れるかな」

裏道を使って、お昼にかかる頃、私――三村かな子は温泉に無事たどり着く事ができました。
その後は温泉施設の探索に時間を費やしました。
誰か潜んでいるかもしれないので、一部屋一部屋しっかり確認しながら。
幸い誰も居なく、殺すことせずにすんだのです。
……ただ、誰が居たという事は食堂と女風呂のものがなくなっていたことから解かりました。
一旦此処を出ているだけかもしれない。
単純に去ったと楽観視することはできないでしょう。

なにせ、私はこれから温泉に入るんです。
ある意味無防備になるので、準備は怠る事はできません。
まず、私は管理室に言って、施設のマスターキーを回収しました。
そして、幾つかの非常口を封鎖して、入り口を限定します。
といっても、玄関のみですが。
玄関は逆に閉まっていたら不自然すぎるので。
玄関から、入浴場から少し離れた所にあるので、まあ直行する人はいないでしょう。

そして私は、『男湯』に向かいました。
何で、男湯かというのは、心理的要因を利用した保険です。
参加者は言うまでも無く女の子しかいません。
ので、あえて男湯を好き好んで入る……というのはないでしょう。
だって、参加者はアイドルで女の子なんだから。
普通は嫌がります。
ので、探索の目的以外でこちらに来ることはない。
そう踏んだのです。

男湯の入浴場に入り、露天風呂からの非常口があることを確認して、私は一安心しました。
脱出する時があったら、此処から出ることができるので。
そして、男湯の脱衣所の入り口に入ったら、音がなるように、施設のお土産コーナーから鈴を拝借してつけました。
しかも、3つほど。これで、戸を開ければ入浴場にも音が聞こえるでしょう。
呼び鈴代わりなので、不自然には見えないので大丈夫です。

そうして、下準備が終わったので、ようやく入る事ができる。
ふうと、私は大きな溜め息をついて、服を全部脱いで、それを脱衣籠にいれるのではなく、デイバッグに。
勿論このデイバッグも入浴場にもっていくつもりです。
だって、そんな全部の装備を外に置くなんて自殺行為できるわけがありません。
服をつめたのも、脱衣場に置く事で、誰かが居ると言う証拠を残すわけにもいかなかったが一つ。
もし露天風呂の非常口から逃げ出す事になっても、着る服が亡くなるという事がないようにする。
その二点を考え、私は服をつめました。

これで、準備オッケーです。
……ふう、ちょっと疲れました。
でもやっと、お風呂に入れる。
少しは疲れがとれるかな。

そう思って、入浴場に向かおうとして。


ふと目に入るものがありました。



それは、変わり果てた自分――――三村かな子の姿だったのです。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






そう、私の姿が、映っていました。
大きな鏡に、変わり果てた自分が。


別に、何かが変わった訳……でもないんです。
二の腕や、太腿、それにお腹周りが……すっきりと引き締っている。
ちょっとぽっちゃりした私の姿では……もうありませんでした。
何でこうなったかって……基礎体力をつけるための運動を一週間続けたんだから、そうなるのも当たり前でしょう。
ある意味ダイエットと変わらないんだから。
それだけ、それだけのことです。

ですが、それは、私にとって『消失』でした。

……私はアイドルとしては……そのちょっと、丸めだったんです。
それはコンプレックスだったのだけど、やがてそのコンプレックスは無くなっていきました。
なんでって……それがいいと応援してくれるファンやプロデューサーが居たから。

自分が駄目だと思った欠点でさえ、それはアイドルの個性だったんです。

嬉しかった。嬉しくて、涙が出てきたことさえ。
こんな自分でさえ、ファンは受け入れて、私を見て笑ってくれる。
だから、私も笑顔になれる。それに応え、もっと頑張ろうと。
みんなを幸せにする『魔法』をもっとかけようと。

だって、ファンが、プロデューサーが、みんなが、私をアイドルにする『魔法』をかけてくれたんだから。
私は、ファンを、プロデューサーを、みんなを、幸せに出来る『魔法』をかけることができるんです。




……そう、だったんです。



……でも、でも、もう……無理なんですね。



だって、私は、もう変わり果ててしまったんだから。
私は、『アイドル』じゃなくなってしまったんだから。
みんなが褒めてくれたものすら失くしてしまって。
私は、あんなにもアイドルだったのに。

『魔法』は解けて、『魔法』をかけることなんて、もう出来ないんですね。


あぁ……そうです。



だって、私は…………『敵』なんだから。


こんなにもすらっとした身体になって。
こんなにも、運動するのにも苦じゃなくなって。
アイドルだった時は、踊りは苦手だったのに。
今じゃ、上手くできそう。


えへ……えへへ……うぅ……うぅ……ぁ。


鏡に映る私は、泣いてました。
笑おうと思って…………笑えませんでした。
いつかファンのライブで見せた時のように、幸せで、泣きながら、笑う事なんて、出来ませんでした。
幸せにする権利も、幸せになる権利も何もかも捨ててしまったんですから。



……ぁ、うぁ…………ぁあ。


気がついたら、涙が止まりませんでした。
其処に移る顔は、アイドルでの私ではありません。
当然、アイドルに戻る事ができない、ただの、敵。



……そう。そうなんだ。

私は、自分の顔を見ながら、他の人達の顔を奪ってた『本当の理由』に気付いてしまった。
トレーナーさんに言われたからじゃない。
自分が敵だという証明したかったんじゃない。
アイドルを奪って、アイドルを殺したかったんじゃない。


本当は…………ただ、羨ましかった。


きっと、こんな状況でも、参加者のアイドルは、笑うでしょう。
哀しみで、泣くでしょう。
笑って、泣いて。
でも、それでも光輝くアイドルなんです。

それが堪らないぐらい、羨ましかった。
悔しかった、嫉妬していた。

ねえ、なんで、なんで。



――――――私と、貴方達は違うものになったんですか?



『アイドル』と『敵』というものに。


なんで、私が『敵』にならないといけなかったんですか?
誰か別の人になっていたかもしれないのに。
どうして、どうして、私だったんですか。
貴方達も私になっていたかもしれないのに。


「……ぁ……っー」


そう思うと悔しかった。
だから、アイドルの人達のアイドルを奪いたかった。
アイドルを否定しかった。どうしても否定したかった。
貴方達も、私のようになったんだと認めさせたかった。




そんな、醜い私が居たんだ。


ファンを幸せにする魔法もかけらない、ただの魔女になった、私。
幸せになれない、ただ輝くアイドルを不幸にする魔女になった、私。


そんな、私が、今の私でした。


「……ぁあぁあ」


泣いた、涙が溢れた。
そんな自分が嫌だった。
違う、違う、こんなものになるためにアイドルになりたかったんじゃない。
こんなものの為にプロデューサーは魔法をかけたんじゃない。


ファンが、みんなが、応援した、私はこんなんじゃない。
私がなりたかった私はこんなんじゃない。


そう、思ったら、もう、無理でした。
私は、もう顔をとるなんて、出来やしない。
醜い私なんて、もう閉じ込めたい。
そう思ったんです。



私は、『敵』


でも、私は、私は。



笑えなくても、笑う事ができなくなった私でも。


こんなにも変わってしまった私だけど。



みんなを幸せにする魔法をかけるように。



笑いたいと思う事は、ちゃんとあるんです。


だから、ねえ……私。



泣かないで。




――――笑って、魔法をかけて!




【F-3・温泉 男湯脱衣所/一日目 昼】

【三村かな子】
【装備:無し】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
     M16A2の予備マガジンx4、カーアームズK7の予備マガジンx2、ストロベリー・ボムx11
     コルトSAA"ピースメーカー"(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)
     医療品セット、エナジードリンクx5本、US M16A2(27/30)、カーアームズK9(7/7)、カットラス かな子の服】
【状態:疲労】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。
 0:魔法をかけて。
 1:温泉に向かい、そこを拠点とし余分な荷物を預け、できればまとまった休息を取る。
 2:もう二度と顔はとらない。









涙を止める魔法を知らない少女が居なくなって。
笑える魔法を失くした少女が移していた鏡は。



―――こなごなに割れていました。


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最終更新:2013年05月14日 09:11