てぃーえぬけーとのそうぐう ◆ncfd/lUROU
沈黙。無言。静寂。
それらはどこにでも存在するものであり、決して珍しいものではない。
しかし、『
日野茜がいる場所で』という前置きを付けた場合はどうだろうか。
茜の人となりを知る者なら、十人が十人、一言一句違わず同じことを言うだろう。
『あり得ない』と。
日野茜という少女を一言で表すならば『熱血』という言葉がもっとも相応しい。
それは茜の信条であり、象徴であり、傾向であり、性質であり。
茜を語る上で、熱血は切り離すことが出来ない要素だろう。
そんな茜の周りはいつも賑やかだ。沈黙も静寂も、茜の熱血が吹き飛ばしてしまうのだから。
まさに熱い太陽のような、そんなアイドル。故に、茜がいる場で静寂は、沈黙はあり得ない。
それなのに、だ。その茜が人を励ますために同行しているにもかかわらず、その場は沈黙に支配されていた。
茜が、足を止める。手を引かれていた
小日向美穂も、つられて足を止める。
伏し目がちだった美穂が目線を上げた先には、木材の表面に牧場と彫り込まれた看板と、木でできた簡素な柵があった。
その先はもう放牧地なのか、まばらではあるものの牛の姿も見ることが出来た。
「ほら、着いたよ!! どうする、牛とか撫でてみる!? それとも休憩入れたほうがいいかな?」
「……少し、休みたいです」
茜の言葉に美穂はコクリと頷いて、それから返答をする。牧場に向かうと決めてからは、お互い初めて発した言葉だった。
「そっか。じゃあ、あの高い建物に行ってみよう! ああいうところには牧草が貯めてあるってFLOWERSが出てた番組で……っ」
牧場の奥のサイロを指差した茜の声が唐突に途切れる。FLOWERSという言葉を聞いて、美穂の表情が変わったのを見たからだ。
理由は言うまでもなくFLOWERSリーダー、
高森藍子のことを、ひいては先ほどの藍子との会話を思い出したからだろう。
俯いた美穂に小さく「……ごめん」と呟いてから、茜は仕切りなおすように言葉をかける。
「ほら、牧草の上で寝たらきっと気持ちいいよ! 私もまだ一睡もしてないし、寝ればスッキリするかもしれないし!」
美穂の返答は無く、コクリと頷くだけで。それ以上は茜も言葉が紡げず、黙って美穂の手をとって。
柵を越えて、牛の横を何頭か通りすぎても、二人は再びの沈黙に包まれたままだった。
――――――――――
『だけど、私は『アイドル』なんだよ!! プロデューサーが信じてくれた私を、熱く燃える私を曲げちゃダメなんだよ!!!!』
この殺し合いの中で、
多田李衣菜に向けて茜が言った言葉だ。
熱く燃える私を曲げちゃダメ。その考えは今だって変わっていない。
それでも、だ。普段のように熱く接して励ますことは、美穂に熱血を、茜の持つ強さを押し付けることになりかねない。
藍子に向かってあなたの強さを押し付けないでと叫んだ、美穂に。
熱く燃える私を曲げない、曲げたくない。でも、私を貫けば美穂を傷つけるかもしれない。
普段の茜ならばそれでも熱血を貫いたかもしれない。傷つけてしまうことを恐れて何もしないなんて、茜には似合わない。
しかし、もう既に一度、茜達の言葉は美穂を傷つけてしまっているのだ。そして、茜自身もそれを軽率だったと認めている。
だから、茜は簡単には貫くことを選べない。曲がらず、されど貫けず、立ち止まることしかできない。
それが、茜が美穂に声をかけられなかった理由。沈黙していた理由。
沈黙に支配されるまま、美穂の手を引いて歩き続けることしか、茜にはできなかったのだった。
(こんなとき、プロデューサーならどうしたんだろう)
閉塞状態の中、茜の脳裏にふと、プロデューサーの顔が浮かんできた。
こんなときでもプロデューサーに頼りたくなってしまうのは、それだけいつもプロデューサーを頼ってきたからか。
情けないなぁと思いながらも、茜はプロデューサーとの日々を想起する。
(……そういえば、プロデューサーもこういうことは苦手だって言ってたっけ。たしか、あれは――)
○ ○ ○
「プロデューサーって、私以外のアイドルを担当したことあるんですか?」
まだアイドルになってから日が浅かった、そんなある日の昼下がり。営業が思ったよりも早く終わった私とプロデューサーは、事務所の一室でお茶を飲んでいた。
仕事の方針を確認したり、最近の流行をチェックしたり、単なる世間話をしたり。
そんな心地よい時間の中で、ふと浮かんだ疑問を、プロデューサーに投げかけてみたのが始まりだったと思う。
「ん、ああ。あるけど、なんで突然そんなことを?」
「いや、プロデューサーってイメージと違ってなんか仕事に慣れてるなぁって思いまして!」
「お前、それは俺が仕事が出来なさそうなイメージだったと言いたいのか?」
「はい!!」
「そこは否定しろよ!? ……まあ、担当していたと言っても一人だし、その期間もそう長くなかったんだけどな」
「へぇ……その子、どんなアイドルだったんですか?」
「ああ、そうだな……笑顔が素敵な奴だったよ。お前みたいに元気爆発! って感じではないけど、優しい笑顔だった」
そう言うプロデューサーの顔は、すごく懐かしそうで、でも悲しそうでもあって。
それが気になったから、その話の続きをせがんだんだった。
でも、プロデューサーはなかなか話してくれなくて。結局その話の続きが聞けたのは、それから数週間後のことだったんだよね。
ある日プロデューサーのデスクで見つけた、二冊のスクラップブック。片方には私の名前が、もう片方には意外な名前が書いてあった。
プロデューサーが個人的に私の記事をまとめてくれているのが嬉しくて、ちょっぴり照れくさくて。それと同時にもう片方の名前が気になって。
だから、照れ隠しも兼ねて、プロデューサーに聞いてみたんだ。
プロデューサーは観念したようで、いろいろなことを話してくれた。
その子こそプロデューサーが昔担当していたアイドルであること。
握手会の日に、その子が飛び出して行ってしまったこと。
突然の事態に慌てるばかりだったプロデューサーの代わりに、別のプロデューサーがその子を探しに行ったこと。
後日、そのプロデューサーにプロデュース権を譲渡したこと。
その後、私をプロデュースすることになったということ。
「繊細な奴だったからな。ガサツな俺とは多分、合ってなかったんだろう。あいつが伸び悩んでたのは俺にもわかってたけど、効果のあることは何も言ってやれなかった。
熱血一本で通してきたから、タイプが合わない子を励ましてやるのは苦手だって気づいてなかったんだな。
それでもあいつをトップアイドルにしてやる! って気持ちだけはいっちょまえにあったから、プロデュース権を渡したりはしたくなかった。
結局、俺がつまらない意地をはったせいで、あいつの才能が花開くのが遅れちまったんだけどな。あいつに必要だったのはあのプロデューサーみたいな接し方だったってのに。
それにやっと気づいて、プロデュース権を譲渡して。……なんともカッコ悪い話だ」
そう言うプロデューサーの顔は、やっぱり悲しそうで。
それが嫌で嫌で、私は――
○ ○ ○
日野茜は気付けなかった。プロデューサーとの過去に想いを馳せていたから。
小日向美穂は気付けなかった。自分はどうしたいのか思い悩んでいたから。
背後からのそのそと近付く存在に、彼女たちは気付けなかった。
「きゃ、きゃああっ!?」
茜を現実に引き戻したのは、背後から聞こえてきた美穂の甲高い悲鳴だった。
反射的に振り返った茜の目に飛び込んできたのはこちらへと倒れこむ美穂と、その後ろの大きな何か。
何があったのか。背後のものは何なのか。そんなことを考える前に、茜の身体は動いていた。
美穂の手を引いていた手を離し、空いていたもう片方の手とともに抱え込むように受け止める。
しかし、茜がいくら体力自慢のアイドルと言っても、その体格と腕力は少女の範疇を出ない。
さらには突発的すぎる状況、振り向いた直後という悪条件、その他もろもろが重なった結果、茜はバランスを崩してしまう。
バランスを崩した状態で少女一人を受け止めきれるはずもなく。
――ドッテーン!
小日向美穂は日野茜を巻き込んで、盛大にズッコけたのだった。
「あいたたた……。あ、大丈夫!?」
下敷きになりながらも美穂に声をかける茜の身体に怪我はない。下が牧草であったことが幸いしたようだ。
茜としても、ここで自分の身体の心配などする気はない。倒れただけの自分よりも悲鳴を上げた美穂の方が深刻な事態にあるのはわかりきっているからだ。
「うん、大丈……ひゃあぁっ!?」
返事をしかけた美穂の身体がビクンと震え、続いて火を吹かんばかりに顔全体が朱に染まる。
ジタバタと暴れ始めた美穂の下、茜は自分がまだ美穂を抱き止めたままだということを思い出した。
慌ててその腕を緩めると、美穂はそのままゴロゴロと脇に転がって行く。美穂の身体で覆われていた視界が開けたその時、初めて茜は美穂の背後にいた大きな何かの姿をはっきりと見ることが出来た。
美穂を見て、茜を見て、もう一度美穂を見て、そちらに向かってのそのそと歩いて行くその姿は。
またも悲鳴をあげる美穂に構わず、その頬をぺろぺろと舐めるその姿は。
大きな角と鼻水が特徴的な、牧場には似つかわしくないその姿は。
「……ブ、ブリッツェン!?」
この場にはいないイヴ・サンタクロースのペット(?)であるトナカイに、他ならなかった。
【G-6・牧場/一日目 昼】
【小日向美穂】
【装備:防護メット、防刃ベスト】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌、毒薬の小瓶】
【状態:健康 哀しみ】
【思考・行動】
基本方針:殺しあいにはのらない。皆で幸せになる方法を考える?
1:茜についていく
2:藍子の考えに嫌悪感。
3:やめてぇえっ!?
【日野茜】
【装備:竹箒】
【所持品:基本支給品一式x2、バタフライナイフ、44オートマグ(7/7)、44マグナム弾x14発、キャンディー袋】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いには乗らない!
0:美穂をどう励ますべきなのかが、わからない。
1:あの高い建物(サイロ)で休む
2:他の希望を持ったアイドルを探す。
3:その後藍子に連絡を取る。
4:熱血=ロック!
最終更新:2013年05月06日 20:47