彼女たちの幕開け ◆j1Wv59wPk2
フィルターの外れた世界は、とても残酷だった。
* * *
水族館の一室、目の前には大きな水槽が出迎える様に鎮座していた。
その中には、大小様々な魚が悠々と泳いでいる。
そしてその水槽の前に二人――
岡崎泰葉と
喜多日菜子が居た。
「誰もいませんねぇ……」
「そうですね……私達が一番最初みたいですが」
既に彼女達はその水族館の奥まで探してはいたが、そこには人の姿は無い。
彼女達は……と言うより泰葉は、この場所で集合の約束をしていた。
しかし現在、島の端へ行った二人もケーキ屋へ向かわせた二人も未だに戻ってきていない。
もしや――と、最悪の可能性が頭をよぎる。
その可能性がないとは言い切れない。あの火事の原因が、
白坂小梅を襲った人物が近くにいるかもしれない。
しかし、それを今考えても仕方無いと頭から考えを追い出す。
待つ場所であるここから離れても入れ違いになるだけだろう。まだ焦るような時間ではない。
「どうするんですかぁ?」
「下手に探しに行っても仕方ありません。
当初の予定通りここで待ちましょう……とりあえず、次の放送まで」
そう言って、泰葉は近くのソファに手をかける。
大きい水槽の目の前に置かれたそれは、休憩しつつも水中の絶景を楽しめる設計になっていた。
「放送……ですかぁ」
日菜子はいまいちピンときていない顔で言葉を繰り返した。
彼女は最初の放送があった時には麻酔が効いて寝ていたから、それに実感がわかないのだろう。
そう、彼女はただ妄想にとらわれていただけだ。
それが現実から逃げた結果だったのかどうかは分からないが、少なくとも本来の彼女は進んで殺し合いに乗るような人物ではない。
それは断言できる。彼女は純粋で、優しい少女だ。アイドルとしても輝いていた。
だが、悪意が無いから許されるというものではない。
彼女は他の人間を傷つけたのは事実であって、それは間違いなく罪だ。
ならば、泰葉はその罪をどうするのか。どう償わせるのか。
どちらにしろ、泰葉にはやらなければいけない事がある。
「さて……喜多さん。落ち着いた所で聞きたい事があります。
この先何をするにしても、あなたに確認しなければならない事が」
手をかけたソファに座ることなく、ただまっすぐと日菜子を見つめる。
それがこれからに関わる大事な話だと言う事を日菜子は理解して、緊張した面持ちで身を引き締める。
そして、その内容も概ね分かっていた。いつまでも目を逸らしてはいられない事だということも。
「喜多さんの今までの行動について、です。
ここに連れられて来てから、どのように行動したか、いつ仁奈ちゃんと合流したか……そして」
―――あなたが、他に誰かを傷つけたか。
「………っ」
彼女は、そう言葉を続けた。
泰葉が彼女をどう判断するにしても、まずはその罪を整理しなくてはならない。
彼女は既に泰葉の目の前で人を切りつけている。
『殺す』事より『倒す』事を考えた攻撃は命を断つ事はなかったが、同じ様な状況が前になかったとは限らない。
考えたくない事だが、その凶刃が他のアイドルを傷つけた可能性がある以上は、それを確認しなければならない。
だが――それは責める問いではない。
「正直に話してください。
私は……できればあなたを傷つけたくはない」
それは偽りでも何でもない泰葉の本心。
彼女はアイドルでは無い者に、特にアイドルを傷つける者に確かな憎悪を抱いているが、
しかし泰葉に目の前の少女を心から憎むと言う事は無い。
それが真実だ。彼女は『動く夢の腐乱死体』ではないから。
救えない相手には躊躇はしないだろうが、日菜子はそうではない筈だ。
彼女がもう戻れないほどの罪を背負ってしまっていない限りは、まだやり直せる。
そう考えるのは、彼女が同じプロデューサーのもと育んだからでは無い。
「私は、アイドルとして絶対にこの殺し合いを止めたい……いえ、止めてみせる。
でも、きっとそれは一人では成し遂げられないから……協力が必要です」
自分のためでは無く、しかし日菜子のためだけでもない。
この気持ちはどんな状況でもアイドルとして輝く皆の為に、決して負ける事無く抵抗する為に。
「だから……あなたの今までを包み隠さずに話してください。
『アイドル』としてこのイベントに終わらせるには、それが必要です」
『アイドル』として、彼女はその先を見つめていた。
* * *
日菜子は、今までの事を包み隠さず話した。
とはいえ、その量は決して多くは無く、何の変哲も無い話だった。
ただ表現豊かな少女が怯え、震えて、やがて現実から目をそらしただけの話。
そこに一人、妄想の世界で『魔女』と認識されなかった少女がいただけ。
泰葉はその一部始終をただ無言で聞いていた。
「……分かりました、信じます」
そして、それはあっさりと終わった。
それは当事者である日菜子にとっても意外だったようで、疑問符を浮かべる。
「あれ?意外とあっさりなんですねぇ」
「信じないことには何も始まりませんし………それに」
言葉を続けようとして、少し詰まる。
その間に日菜子は首を傾げるが、その間は短かった。
彼女は少し照れながら、しかしはっきりと。
「喜多さんは優しいですし、自分に嘘はつきません。それくらいを見極める目はあるつもりです」
まっすぐと、そう言った。
「……むふふ♪ありがとうございますぅ」
「…あ、でもちゃんとやった事の落とし前は付けてもらいますよ?」
「さっきから言ってますけど、一体何をするつもりなんですかぁ……?」
泰葉の思わせぶりな発言に、日菜子はただおろおろするばかり。
その光景に笑顔を見せながら、泰葉は確信していた。
彼女は一度妄想に逃げたが、その根は心優しい少女だ。
彼女がまだ『アイドル』として輝けるのなら、きっと大丈夫だと。
そして、まだこの会場にも強く抵抗するアイドル達が居るはずだ。
彼女達と合流できれば、できないことは無い。漠然としていても、夢を目指していたい。
「まぁ、その事に関してはちゃんと小梅さんに確認して……ふぁ……あ」
そう思ってソファに腰かけて――――自然にあくびが出ていた。
「……泰葉ちゃん、眠たいんですかぁ?」
「いえ、そんなことは……ふぅ」
口では否定するが、実際そうだろうと冷静に判断している部分もあった。
この殺し合いに巻き込まれてからもうすぐ半日が経とうとしている。しかもスタートが真夜中だ。
極限状態が続けば眠気が襲う事もなかっただろうが、
心の中で隙ができてしまった今、体が休憩を求めているのに気づいてしまった。
「……だったら休憩してても良いんですよぉ」
「何を……まだ休んでる暇はありません」
「でも、今は待つだけですよねぇ?日菜子はもうぐっすり寝ましたから、後は休んでてください」
その言葉を皮切りに、自然と瞼が下に降りてきてしまう。
信頼していないわけではないが、だからと言って休むには気が早い。起きていないといけない。
そう思っていても体は抵抗出来ない。ソファの柔らかさが体を包んでいく。
「大丈夫ですよぉ、放送はちゃんとメモを取っておきますから」
そんな気の抜けた声が頭に響く。
その優しさが、彼女をアイドルとしてもう一度輝かしてくれるのならまあいいか、なんて。
うつらうつらした頭はぼんやりとそんなことを考えていた。
* * *
少女は静かに寝息をたてている。
この広い水族館で、意識が覚醒しているのは日菜子ただ一人となった。
「むふ……泰葉ちゃん、寝顔も可愛いですねぇ」
そんなことを言いながらも、撫でる手は震えていた。
ここは殺し合いの場なのだと、その体が恐怖を示している。
フィルターの外れた世界は、とても残酷だった。
救いのない殺し合いの世界。容易に自分の死ぬ姿が想像できる、『死』が目の前にある世界。
一度折れた心が、もう一度逃げ出そうと警鐘を鳴らしている。
(大丈夫ですよ……日菜子は、もう逃げません)
しかし、あの時とは決定的に違う。彼女はもう逃げ出さない。
自分が変わったわけでは無い。弱い心は確かにある。恐怖している自分は確かに居る。
それでも、今の彼女は心が落ち着いていた。
(泰葉ちゃんが……支えてくれましたから、今の日菜子は日菜子で居られるんです)
――彼女の歌が、日菜子を『救った』から。
そして今もなお、フィルターの外れた異常な現実に恐怖を覚える日菜子に勇気を与えている。
それはまさに、この異常な殺し合いの場でもはっきりと『アイドル』として存在している何よりの証拠だった。
「泰葉ちゃんは流石です……日菜子も負けてられませんねぇ」
そう言っていつものようにむふふと笑う。
その中身は普通の少女。お姫様でもなければエージェントでも無い。
特殊な能力は何一つないただの少女―――それでも。
(必ず、あなたを助けます)
その気持ちだけは、本物だ。
* * *
彼女達は現実を見て、それでも『アイドル』として、この現実に立ち向かう。
しかし、現実は等しく牙をむく。現実はそう甘くは無い。
とても残酷で、無慈悲な世界。
彼女達の進む道は例え正しくとも、未だ暗く前は見えなかった。
【岡崎泰葉】
【装備:スタームルガーMk.2麻酔銃カスタム(10/11)、軽量コブラナイフ】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:睡眠中】
【思考・行動】
基本方針:
『アイドル』として、このイベントに抵抗する。
1:次の放送まで水族館で待機。
2:
今井加奈を殺した女性や、誰かを焼き殺した人物を探す。
3:『アイドル』である者への畏敬と『アイドル』でない者への憎悪は確かにある。けど……?
4:
佐城雪美のことが気にかかる。
5:
古賀小春や
小関麗奈とも会いたい。
※サマーライブにて複数人のアイドルとLIVEし、自分に楽しむことを教えてくれた彼女達のことを強く覚えています。
【喜多日菜子】
【装備:無し】
【所持品:無し】
【状態:疲労(中)】
【思考・行動】
基本方針:『アイドル』として絶対に、プロデューサーを助ける。
1:次の放送まで水族館で待機。
2:羊の子(仁奈)がどうなったか気になる。
最終更新:2013年04月28日 23:45