嘘 ◆p8ZbvrLvv2
――――――己を守るため、自分が自分であるため、誰かを護るため
――――――あなたはどんな「嘘」を付いたことがあるだろうか
<Anzu>
双葉杏は少し前に終わりを告げた放送について振り返っていた。
と言っても彼女には言外に含められたニュアンスを考察するほどのやる気も洞察力もない。
感想を抱くとすれば死亡者と禁止エリアくらいのものだろう。
「禁止エリアは……うん、特に関係なさそうだな」
杏は放送が終わってすぐに禁止エリアを確認するためにデイバックを探っていた。
そこで地図を発見すると、先程の記憶を辿りながら確認する。
どうやら指定されたのは杏の現在地とはかなり離れているようだ。
「そういえば……最初の放送の禁止エリアってどうなってんだろ」
島全体の図を眺めていた杏が思い出したように呟く。
一回目の放送を聞き逃したため、既に禁止されているエリアが分からないのだ。
杏は何か手がかりがないかと再びデイバックを探る。
すると、何やら親しみのある形状をした機械が目に入った。
「お、もしかしてこれで色々確認出来たりして」
「えーっと……よし、ビンゴ!」
「んーっと、禁止エリアはE-1……ここはあんまり関係ないな」
「それと……C-7!?」
「ってことは……まさか」
不吉な予感に襲われた杏はもう一度地図を引っ張り出す。
本来なら第二回の内容を確認するだけで済んでいたはずなのだが、勿論それどころではない。
「……うぞっ、あっぶなあああああ!」
地図の区域を確認した杏は真っ青になる、なぜならそこは先程まで自分が居たと思われる区域である。
今更ながら放送内容を確認することになった彼女にとっては非常にショッキングな知らせだった。
「時間的にも……うわぁ、下手したら死んでたってこと……?」
特別な意図もなく移動しようと思い立った自分を杏は全力で称賛した。
あのまま留まっていたら間違いなく首が飛んでいたところだろう。
虫の知らせと言う奴はなかなかどうして馬鹿に出来ないものだと杏はしみじみと実感した。
「……で、あの人は相変わらずか」
端末で
第二回放送の内容を改めて確認すると、先程より少し悪くなった気分のまま杏は顔を上げる。
前方に居る誰かさんは放送が始まっても歩みを止めることはなく、
おかげで先程は放送に意識が向きすぎて見失ってしまうところだった。
水族館も大分近づいてきて、もう既に前方にはその姿が小さく見えている。
仲間が先に着いているのならば、放送の少し前に言っていた通りに彼女は殺人の罪を被るのだろうか。
(やっぱり、おかしいよ……あんなのただの自己満足じゃん)
あの時の彼女の言葉に、杏はやっぱり納得がいかなかった。
本当の殺人者を庇ったところで、何の意味があるというのだろう。
下手をすれば激昂した仲間に殺されてしまうかもしれないというのに。
(良くてもひとりぼっちになるだけ……自分が辛くなるだけなのに)
流石に仲間がどんなにお人よしだろうと人を殺した人間を受け入れてくれるわけがない。
少なくとも杏だったら絶対に願い下げだ。
けれど歩みを止めない彼女の後ろ姿は杏に決意を語った時よりも落ち着いて見える。
放送で更に人が死んだことが分かったというのにどうしてあんなにも平然としているんだろうか。
杏にはその姿が不気味にしか映らなかった。
けれど心の底ではそれに相反するものを感じていた。
(杏は……どうなんだろ……)
(この人と逆で、ずっと隠したままでいるのかな)
(このまま働かずに済むんなら別にそれでいいんだ……けど……)
本当は前方の少女に羨望を感じているのかもしれない。
自分の罪を告白し、懺悔をする。
例えそれが偽りであろうと、杏にとってはほんの少しだがまぶしくも見える。
けれどその強さは、杏にはない。
だから決意を固めることもなく、このまま少女の後を追うことしか出来なかった。
『よくもアタシの妹を……絶対に許さない』
『お姉ちゃんも杏っちに怒ってるよ?なのにまだ平気なの?』
『杏は最低だな、あーあ俺死んじゃうよ』
だから、新たに増えた幻聴も、消えることはなかった。
――――――そして杏は知らない。
――――――放送直後に、前方を往く少女が小刻みに震えていたことを。
――――――しばらくして、不気味と形容するほどの平静を取り戻したことを。
<Yasuha>
岡崎泰葉が叩き起こされたのは、つい先程のことだった。
同行していた
喜多日菜子の勧めもあって、しばらく眠るつもりだったのだ。
だから鬼気迫る声で自分の名前を呼ぶ声と共に体を揺すぶられたとき、
何か急を迫られる事態があったのだとすぐに認識した。
「そんな……嘘……」
「本当、ですよぉ」
「市原さんが、死んだ……?」
しかし状況は想定している中でも最悪のものだった。
暗い顔をした日菜子に
市原仁奈の死を告げられた泰葉の頭は真っ白になってしまった。
その報告で、やはり眠ってからほとんど時間が経っていないことが分かったけれど、
そんな事はどうでもよくて。
「けど、肇ちゃんの名前が呼ばれなかったんですよぉ」
「…………」
「だからこれからどうするのか相談しようと思って……」
「…………」
「……泰葉ちゃん」
突然ぎゅっと手を握られて泰葉は驚いた。
慌てて視線を合わせると、日菜子の顔は今までに見たことがないほどに真剣で。
「辛いとは思います、けれど今は肇ちゃんのことが先ですよぉ」
「喜多さん……」
「後でいっぱい泣いてもいいですから、まずはこれからのことを考えないと」
そう言われて、泰葉は少しずつ落ち着きが戻ってくるのを感じた。
今は悲しんでいる場合じゃない、肇のことの方が優先だ。
自分が諭される側になるのは少しばかり意外であり、同時に恥ずかしくもあった。
けれど冷静さを取り戻したからこそ見えてくるものもあって。
「貴女も我慢しなくていいんですよ」
「え?」
「市原さんを気にかけてたのは藤原さんだけじゃない、それを忘れるほど冷静さを欠いてはいませんから」
「あ……」
今度は逆に、目を伏せかけた日菜子の手をぎゅっと握る。
お互いに抱え込みすぎないように。
もう届かない場所へ彼女の心が行ってしまうことのないように。
「さて……とりあえず他の内容についても教えてもらえますか?」
「っ……はい、了解ですよぉ」
「……うっかり死んでしまったお馬鹿さん?」
「ええ、そこは引っ掛かったから間違いないですよぉ」
とりあえず肇のことについて相談するならば現状を把握することは必須。
だからこそ放送内容については情報端末で確認したけれど、何かヒントになることを話しているかもしれない。
そう考えて泰葉は改めて放送の内容について特に細かい部分を日菜子から聞いていた。
その話によると、どうやら死亡者の中に禁止エリアに引っ掛かったアイドルが居るらしい。
「まさか……それが……」
「可能性はゼロじゃないですねぇ」
「けど、藤原さんも居るのにそんな初歩的なミスはありえない……」
「……そう考えると確かに、一緒だから片方だけ無事なのはおかしいですねぇ」
「ええ、だったら別の人が……?」
気は急いていたが、泰葉はあくまで冷静に考える。
何故ならそれはすぐそこにあるC-7エリアで適用された可能性が高いからだ。
もう片方のエリアは僻地で、そもそも近づく人間すら居ないだろうから。
あえてここに隠れるという手もあるのだが、それほどに慎重なら余計禁止エリアに引っ掛かるのはありえないだろう。
しかしそうなると一つの仮説が現実味を帯びてくる。
「私があれだけエリアを駆け回っていても誰とも遭遇しなかった……」
「つまり、その人はどこかの屋内に居たんですかねぇ……」
「その人と言っても死んだのはこの8人の中の誰かですけど―――ッ!?」
何気なく端末に目を落とした泰葉は驚きの余りに取り落としそうになってしまった。
どうして今まで気付かなかったのだろう。
自分はそんなに遠くない場所で、彼女を見かけたというのに。
「泰葉ちゃん?また何かあったんですか?」
「……いえ、やっぱり市原さんの名前を見ると辛くて」
(彼女は、あのとき私が見捨てたから……?)
「本当ですかぁ?それにしては随分反応が……」
「……流石に気にしすぎですよ」
(まだ決まったわけじゃない……そんなの分からないけど)
「無理しちゃ駄目ですよぉ、何かあったんなら……」
「本当に大丈夫ですから」
(もし、これで藤原さんまで失ってしまったら……全部私の所為だ)
泰葉は結局、里美の件に関しては話さないことに決めた。
まだこの状況に向き合い始めた日菜子には負担が大きすぎると思ったから。
そして、こんなに弱気な自分を素直に晒すことなんて出来なかったから。
気を取り直して、泰葉と日菜子は水族館から一旦離れて捜索へと向かうべきか相談していた。
そんな時、唐突に水族館内で足音が鳴り響いて。
反射的に日菜子を庇いつつ泰葉は持っていた麻酔銃を掲げた。
そしてしばらくして――――――
「……良かった、もうお二人は到着してたんですね」
姿を現したのは二人。
言葉を発さずに黙っているのは泰葉にとって少しばかり相容れないタイプのアイドルでもある、双葉杏。
「嘘…………」
「偽物じゃ、ないですよねぇ?」
もう一人は、今まさに最大の気がかりであった少女。
泰葉自身の為にも、絶対に見つけなくてはいけなかったアイドル。
「……心配しなくても、間違いなく本物ですよ」
<Hinako>
放送でその名を告げられた時、喜多日菜子は目を見開いた。
妄想に囚われてしまっていた頃に一緒だった羊の子。
市原仁奈の死が、ようやく現実に目を向け始めた少女に重くのしかかる。
(やっぱり夢じゃないんですねぇ……これが現実)
ここまで目を背けてきたツケを払わなければいけない時が来たのだ。
プロデューサーを助ける為にも、泰葉を支える為にも成すべきことを成さなければいけない。
(大丈夫ですよぉ……泰葉ちゃんが居るから日菜子は向き合えます)
だからそのためにはまず、何故仁奈の同行者である藤原肇の名前が呼ばれなかったのか考えなければいけない。
それが何を意味するのか考えるには日菜子だけでは手が余るのは間違いないだろう。
場合によっては水族館を離れなければならないかもしれないのだ。
自分から眠ることを勧めておきながらすぐに起こしてしまうこと。
更には仁奈の死を告げなければならないこと。
二つの意味で気が重くなるのを感じながら日菜子は泰葉に呼びかけたのだった。
その後少し取り乱した泰葉を励まして、そしてなんだかんだで自分も励まされてしまって。
時折彼女の様子がおかしいのが気になったけれど、これからのことを相談していた。
肇を探す為に一旦ここを離れるべきか、それとも
諸星きらりや
白坂小梅らの帰りを待ってから動くべきか。
どちらも一長一短と言える選択であり、時間の余裕がないというのに議論は平行線を辿っていた。
そんな時に館内で人の足音が聞こえてきて、二人の間に緊張感が走った。
丸腰である日菜子は泰葉の後ろについていざという時に備えていた。
けれど現れたのはあまりに予想外の二人組で。
まず最初に目に入ったのは藤原肇。
驚きと喜びで戸惑ってしまい、最初日菜子は思わず偽物かと疑ってしまった。
けれどそこに居るのはまぎれもなく本物で。
あの泰葉ですらはっきりと安堵の表情を浮かべるほどだった。
もう一人同行していたのは双葉杏。
小柄な彼女は一瞬居なくなってしまった少女を思い起こさせて、少し悲しみがぶり返してきた。
けれど特に敵意がある風にも見えず、新しい仲間が増えたのだと解釈していた。
この時は確かに日菜子も泰葉も安堵の余り気が抜けていて。
何故肇だけが無事に帰ってきたのかまでは意識が向かなかった。
彼女が最初に一言発してからずっと、割って入るタイミングを計るように黙っていることにも何の疑問も持たず。
――――――これから待ち受けることを、全く予期などしてはいなかった。
「……岡崎さんと喜多さんにお話があります」
「もう知ってるとは思いますが、仁奈ちゃんは……死んでしまいました」
「……殺したのは、私です」
日菜子はその言葉の意味を理解するのに、しばらくの時間を要した。
余りにも突然すぎて、頭が全くついていかなかった。
それはどうやら泰葉も同じだったようで。
「……どういう、意味ですか?」
かろうじて、日菜子とまったく同じ感想を口にしていた。
「言葉通りの意味です、仁奈ちゃんを……殺してしまったんです」
分からない。
意味なんて、分かるはずない。
どうして肇がそんなことしなければいけないのか。
混乱しながら、日菜子は口を開く。
「そんなの嘘ですよぉ、だって肇ちゃんにそんなことする理由が……」
「ない、とは言い切れない状況ですよね」
「…………!?」
暗い表情でそう言葉を紡いだ肇に強くショックを受ける。
何も言えずにただ、見つめることしか出来ない。
「私は怖かった……あの子があまりにも純真無垢に見えたからこそ理解が出来なかった」
「信頼を寄せるフリをして、私を殺そうとしているんじゃないかって、恐ろしくなって」
「気付いたら……あの子の首を絞めていたんです」
肇の顔は、まるで許しを乞うているようで。
すっ、と心が冷えてくるのを日菜子は感じていた。
彼女が、恐ろしい。
ただ、恐ろしい。
「あの子の息が止まってることに気付いた時、ハッと我に返ったんです」
「次の瞬間、罪悪感で気が狂いそうになって」
「だって、あの子は抵抗しなかったんです」
「あの子の信頼は本物で、私はそれを酷い形で踏みにじってしまった」
「だから……あなたたちにはちゃんと、私の罪をお話しないといけないって思ったんです」
怖い。
この人が、怖い。
日菜子はもう聞いているのに耐えられなくて。
やめてくださいと言おうとした瞬間。
「――――――出ていけっ!!」
水族館中に、少女の怒鳴り声が響き渡った。
「岡崎さん……」
肇がポツリと呟いて、自らに銃口を向けている泰葉へと視線を向けた。
その顔は、救われたような顔で。
日菜子は何も言えず、ただただ呆然と二人を見ていた。
「私は今まで、貴女がそんなことをする人間だとは思わなかった」
「…………」
「今でもそれは変わりません、けれど」
「……何ですか?」
「市原さんが実際に死んでいる以上、そのようなことを口にする貴女を完全に信用するわけにはいかない」
「…………」
「だから、ここから立ち去りなさい」
そう言って、泰葉は引き金に指をかける。
しばらく肇はその様子を見つめて。
「分かり、ました」
そう言って、背を向けた。
「杏……ここに残ってもいい?」
肇の姿が見えなくなった頃、それまで黙っていた杏が遠慮がちに口を開いた。
泰葉は俯いていて何も言わない。
ようやく少し平静を取り戻した日菜子が代わりに答えることにした。
「一応確認しておきますけど、杏さんは殺し合いに乗ってないんですよねぇ?」
「そ、そりゃ当たり前だよ!そんな面倒なことするわけないじゃん」
「あ~……ある意味納得なんでしょうかぁ」
「正直心細くてさ、迷惑かけないからお願いっ」
「多分問題はないと思いますよぉ」
「ホントっ!?良かったぁ~」
ほっと息をつく杏を、静かに見つめる。
そして視線を横に戻して、泰葉に問いかける。
「泰葉ちゃん……やっぱり肇ちゃんは仁奈ちゃんを殺してなんかないですよぉ」
「…………」
「だって肇ちゃんがあんな疑心暗鬼になるとは思えないし、
第一武器を持ってない上にあんなに小さい仁奈ちゃんを恐れるなんておかしいです」
「…………っ」
「だから、きっと何か嘘を付かないといけない理由が……」
「……ってます」
「え?」
それまで下を向いていて、表情が見えなかった泰葉が顔を上げる。
日菜子はそれを見て少しばかり驚いた。
それは、岡崎泰葉という「アイドル」にとって似つかわしくないものだったから。
身体が小刻みに震え、表情は不安に怯えている。
「私だって分かってるんです……藤原さんの言ってることは明らかにおかしい」
「泰葉ちゃん……」
「ただ……もし市原さんが別の人に殺されていたとしたら」
「…………」
「私の所為でまた、誰かが死んでしまったのかもしれないと思うと……!」
「それって、どういう」
「だから怖くて問い詰められなかった……嘘であることを疑えなかった」
(どういう、事なんでしょう)
色々と様子がおかしくなってきた、と日菜子は思う。
やっぱり泰葉が隠し事をしていたというのはなんとなく察した。
これに関しては落ち着いたらゆっくりと聞いてあげるべきだろう。
けれどとりあえず今は他のことも考えなければならない。
肇がまさに去ろうとしたあの時までは、日菜子とて冷静ではなかった。
とにかく目の前に居る彼女が怖くて居なくなってほしいと思っていた。
けれど、自分達に背を向けかけた瞬間。
(凄く儚げだったけれど、日菜子の知ってる肇さんでしたねぇ)
彼女は、まるで重荷を降ろしてほっとしたように見えた。
それは罪悪感や自責の念を感じさせるようなものでもなくて。
だからこそ、それまで抱いていた恐怖心が薄れたのだった。
(それだけじゃありません……きっと肇ちゃんは最初から無理矢理押し切るつもりだったんですよぉ)
更に疑念を深めたのは、肇以外の要因だった。
いくらなんでも心細いと言っていた杏が、殺人者と行動を共にするだろうか?
もし知らなかったのだとしたら、ずっと黙ったまま驚く素振りを見せなかったのは明らかに異常だ。
考えれば考えるほど怪しい部分が次々と思い浮かぶ。
それは喜多日菜子という少女の意外な素質と言えるだろう。
時に、妄想をする子というのは時に情報の欠片から物語を創造する力に優れていたりする。
また、周りをよく見ているから視野が広かったりすることもある。
だからこそ、日菜子はこの状況でもいつもの癖でどんどんと頭の中で想像が形を成していき、
そして真実へと辿りつこうとしている。
(うーん……あの時驚かなかったってことは杏ちゃんは何か知ってるのかもしれませんねぇ)
(泰葉ちゃんが落ち着くまでにやんわりと知っていることを話すように促すべきかも)
(それだけじゃない、早く追いかけないと肇ちゃんも見失ってしまいます)
(これまで日菜子は迷惑かけっぱなしでしたからねぇ……今のうちに"落とし前"の前払いですよぉ)
いくつかの嘘が入り乱れる中で、一人の少女が正しい道を見出そうとしていた。
<Hajime>
水族館の入り口で、一人の少女が立ち尽くしている。
その表情は、何か大切なことを成し遂げた顔だった。
その表情は、何か大切なものを失ったような顔だった。
少女の手には何も握られてはいない。
ついさっきまで持っていた盾は、館内を入ってすぐ横に立てかけてある。
もう、自分には必要ないだろうから。
だから、せめてこれから来るであろうかつての仲間の役に立って欲しかった。
あれさえ目に入れば、要らぬ警戒をせずに奥へと進むことが出来るだろう。
殺意ある者に見つけられやしないかという心配はあった。
けれどそれを目にする時点で、恐らくその人物はここに目的があってやってきてるのだから。
だから、このままでもいいだろうと思った。
水族館への道を歩いているとき、少女はどうやって嘘をつくのか考えていた。
殺意ある者を装うのか、恐慌状態に陥った愚か者に見せかけるか、疑心暗鬼に呑みこまれた罪人になるか。
一つ目はあまりにも危険が大きすぎた。
何かの弾みで事故が起きてしまえば嘘をつくどころの話ではない。
誰かが傷つく可能性のある道だけは選べなかった。
二つ目は自分自身が最後まで演技をする自信がなかった。
その上同行者が居たために、あまりにも無理があると判断せざるを得なかった。
三つ目も決して褒められた案ではなかった。
状況的にも、客観的に見た自分自身の人柄を考えても他の二つと同じように苦しい。
しかしこれが恐らく自分以外の人間が最も安全に済む方法だった。
だから少女は無理矢理押し通すのを覚悟でこの方法を選んだ。
水族館に居た片方の少女の憤怒の形相を思い返す。
自分が最低な行いをしている自覚があったからこそ、それは辛いものだった。
けれどその怒りが自分に向いていることは、自分にとって大きな救いであったのだと思う。
もう片方の少女の怯えた顔を思い出す。
自分が卑劣な人間を装っている自覚があったからこそ、それは悲しいものだった。
けれどその恐れが自分に向いているからこそ、なんとか押し通せたのだと確信出来た。
(これで、全て終わって私は孤独へと落ちた)
(なのに、どうしてこんなにも空虚なんだろう)
(ほとんど満たされるものはない、孤独すらも辛いわけじゃない)
(もう、感情を失くしかけているのでしょうか)
少女は想う。
かつて人々を夢へと誘う使者だった少女にはもうその資格はありはしない。
幸せも喜びも感じなくなってしまったから。
(美波さんも……そして、周子さんまで逝ってしまった)
(だから、心の何処かで縋っていた希望すらも失くしてしまった)
(壊れてしまった私に、もう誰かを笑顔にする資格はない)
先程の放送で、
塩見周子の名が呼ばれたとき。
僅かに残っていた希望すらも奪い去られてしまった。
もう失うものなどないから、誰かに悪意を向けられることも辛くはなかった。
殺人者の汚名を被り続けることができた。
少女は天を仰ぐ。
この空は太古の昔から人が生まれて、生きて、そして死んでいくのを見てきたはずだ。
気が遠くなるほど昔、きっと誰もが孤独だった。
心を通わせることが出来ないなら、誰かと一緒でも「独り」のままだから。
だからこそ人は言葉を覚え、文字を考えたのだ。
ひとりぼっちは寂しいから。
わかってもらえないのは悲しいから。
だから、人は言葉で自分の気持ちを伝えて、そして繋がっていく。
けれど。
誰かと繋がるためにあったはずの言葉で、少女は孤独へと落ちた。
それは代償だった。
誰かを憎まない代わりに、自分自身を犠牲にしてしまった少女に対する仕打ち。
だから、いくら言葉を叫べても、文字で想いを伝えられても。
もう少女が誰かと繋がっていくことは、ない。
藤原肇が、それを望み続ける限りは。
【D-7・水族館/一日目 日中】
【双葉杏】
【装備:ネイルハンマー】
【所持品:基本支給品一式×2、不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x1-2】
【状態:健康、幻覚症状?】
【思考・行動】
基本方針:印税生活のためにも死なない
1:一応信用できそうなので、泰葉達と共に行動する。
2:自分の罪とは向き合いたくない。
3:肇の選択は理解できない、けれどその在り方に……?
※二度の放送内容については端末で確認しています。
また、それにともなって幻覚に
城ヶ崎美嘉が現れるようになっています。
【岡崎泰葉】
【装備:スタームルガーMk.2麻酔銃カスタム(10/11)、軽量コブラナイフ】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:動揺】
【思考・行動】
基本方針:
『アイドル』として、このイベントに抵抗する。
1:もし、二人の死が自分の所為なら……
2:
今井加奈を殺した女性や、誰かを焼き殺した人物を探す。
3:『アイドル』である者への畏敬と『アイドル』でない者への憎悪は確かにある。けど……?
4:
佐城雪美のことが気にかかる。
5:
古賀小春や
小関麗奈とも会いたい。
※サマーライブにて複数人のアイドルとLIVEし、自分に楽しむことを教えてくれた彼女達のことを強く覚えています。
また、榊原里美と市原仁奈の死に自分が間接的に関与しているのではと考えています。
【喜多日菜子】
【装備:無し】
【所持品:無し】
【状態:疲労(中)】
【思考・行動】
基本方針:『アイドル』として絶対に、プロデューサーを助ける。
1:とりあえずは泰葉を落ち着かせて、事情を聞く。
2:杏に対してそれとなく探りを入れて、場合によっては問い詰める。
3:その返答によっては追いかけて肇を連れ戻す。
【D-7・水族館入口付近/一日目 日中】
【藤原肇】
【装備:無し】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム】
【状態:絶望】
【思考・行動】
基本方針:誰も憎まない、自分以外の誰かを憎んでほしくない。
1:???????????
※ライオットシールドは、水族館を入ってすぐの場所に立てかけてあります。
最終更新:2013年06月15日 07:47