Ideal and Reality ◆p8ZbvrLvv2
すぐ傍の机にある電話が鳴ったのは、どれくらい前のことだっただろうか。
数分、数十分、あるいは数時間経っているのかもしれない。
そこで、時間の感覚が曖昧になってしまっていることに気付いた。
待ちかねていた筈の連絡は、確かに
高森藍子を安心させる物で。
同時に、大いに悩ませることになったのだった。
「美穂ちゃんが……死のうとしてた?」
「うん……なんとか寸前で止めたけどね、今は落ち着いてくれてるみたい」
日野茜は、ここから南東の方角にある牧場から電話を掛けていると言っていた。
数時間前に相次いで飛び出していった彼女と
小日向美穂の居場所が分かり、ほっとしたのもつかの間。
状況は思ってもみないほどに悪化していて、藍子は酷く焦ることになった。
とはいえ茜が同行していたお陰で、なんとか最悪の事態は回避出来たようでもあり。
茜は、これから美穂を連れて警察署へと戻ってくるとのことだった。
「それでさ……後のことは藍子ちゃんに任せようと思って」
「とは言っても……私はカウンセラーの経験があるわけじゃ」
「そうじゃなくてさ、恋愛のことなら私じゃ力になれないだろうし」
目の前で自殺未遂を目撃したのもあってか、茜の声にはいつもの張りがないようにも思えた。
芸能界という特殊な業界に居ても、彼女たちの純粋な人生経験はそれほど豊富とは言えない。
ましてや、経験豊かな大人でも簡単に解決できるような問題じゃなければ対応に困るのは当然だ。
それだけに、茜の取り柄であるパワー全開というわけにはいかないようだった。
「よし、決めたっ!やっぱり私じゃ無理だから後は任せるよ!」
「え、えーっと、それって自信満々に言うことじゃ……」
「どっちにしろ合流しないといけないしねっ、それに美穂ちゃんがいつシャワー上がってきてもおかしくないし!」
「あ……だったら仕方ないですね」
美穂が居る場だと突っ込んだ話が出来ないので、今は居住スペースで見つけたバスルームに押し込んでいる。
電話の最初にそう言っていたのを思い出して、少しほっとした。
もちろん美穂に気を使ったのもあるのだろうが、茜にそれだけの余裕があるのなら安心だろう。
最後に軽くお互いの状況を報告し合って、受話器を置いた。
「ふぅ……」
そんなやりとりを追想しながら、藍子はソファにもたれかかる。
電話が掛かってくる前に少しだけ休息が取れたので、それほど眠気はない。
最初はそんな気分じゃなかったはずだが、やっぱり身体は正直だったようだ。
同行している
栗原ネネは、今も外の様子を見てくれているのだろう。
考え事に集中したかったのもあって、電話の後に様子を見に来た彼女にもう少しだけ休ませてほしいと頼んだ。
あっさり承諾されたのが少し申し訳なくもあったが、今はその優しさに甘えさせてもらおうと思う。
(これから美穂ちゃんに対して、どう接していけばいいんだろう)
(焦っちゃいけないのは分かってるけど……もどかしいな……)
"理想"を追い求めれば求めるほどに、"現実"はそこから遠ざかっていく。
まだまだ精神的に発展途上な年頃なのもあって、藍子も葛藤が深まり始めていた。
焦るのも良くないが、落ち着いてこれからのことを考える余裕もそれほど残されてはいない。
まずは状況を整理し直さなくては、といっそう重くなり始めた頭を働かせる。
何よりも今、最優先すべきは美穂の精神状態を安定させることだろう。
問題はそこからで、どうやって生きる方向へと意識を向けさせればいいのかが重要だ。
アイドルとして生きること、失った人の意志を受け継ぐように働きかけるのは既に手酷く失敗した。
今の彼女にとって、最も影響力が強いのは当然ながらプロデューサーのことなのだろう。
だったら、彼を助ける方法を考えようと励ますのが一番なのだろうか。
(きっと……最初からそうするべきだった、そうしないといけなかった)
(感情だけじゃ人は動いてくれない、繋ぎ止めるだけの説得力がないと……)
"理想"を掲げることは間違っていない、それだけは今でもハッキリしている。
しかし、それだけでは誰も着いてきてはくれないのが"現実"なのだ。
そのことに気付いて、藍子は今までの自分の浅はかさを思い知った。
己の在り方を説くことだけじゃなく、そのためにどうするのかを具体的に示さなくてはいけない。
そこを怠ってしまえば、ただ綺麗事を振りかざす人間としか映らないだろう。
今のままでは、いたずらに相手を不審に陥らせてしまうだけで。
そこで決裂して、相手が届かない場所に行ってしまえば悔やんでも悔やみきれない傷になる。
だからこそ同じ失敗を繰り返して、美穂と離れる結果になるのだけは避けたい。
前回の放送で
及川雫の死を知ったことが、藍子の心理へと確実に影響を与えていた。
「せめて……『生きて』いてほしい、今はそうあってほしいです」
仕方のないことだとはいえ、少し迷いはある。
本当は皆がアイドルでなくては何の意味も無い、それだけは曲げたくなかった。
けれど今の藍子では、美穂と和解してアイドルで居させるにはあまりにも無力すぎる。
結局、どちらかを選ぶのならば妥協してでも前者を選ぶしかないだろう。
けれどプロデューサーを助ける手がかりが見つかっていけば、きっと美穂にも希望が訪れる。
たくさんの一つを積み重ねていけば、それは大きな物へと繋がっていくはずだ。
――――だからこそ、まだまだこれからだと小さく微笑みながら決断する。
――――それは紛れもなく、アイドルとして生きる少女の姿だった。
「はふぅ……危うく心配かけっぱなしになるとこだったね」
ガチャン、と受話器を置いて日野茜は一息つく。
ここは、牧場の所有者が普段暮らしているであろう居住スペース。
まっすぐ警察署へ向かうはずだった茜がここに居るのには理由がある。
小日向美穂を追いかける時に連絡をすると言い残していたのを思い出したのだ。
警察署では、高森藍子と栗原ネネがさぞ心配していたことだろう。
とはいえ問題が一つあった、それは美穂の状態を本人の居ない場所で伝えなくてはいけないというもの。
流石に本人の前で自殺しようとしていたなどと言うわけにはいかないし、茜はそこまで能天気な人間ではない。
どうしたものかと考えていた時、汗をかいているのに気付いたのは幸いだった。
折角だからどこかでシャワーを浴びていこうと美穂を促しつつ、こっそり電話がありそうなところを探して。
牧場の持ち主が住んでいる場所なら両方あるだろうと考えていたら、正に狙い通り。
本来茜は隠し事や企みが非常に苦手なのだが、今回は偶然ながら上手くいってくれたようだ。
「そういえば美穂ちゃんは……よしよし、まだ浴びてるね」
念のために浴室の方向に耳をすませると、水音が僅かに聞こえて一安心。
先程は肝を冷やしたが、なんとか美穂は自分の意志で思い留まってくれた。
ここからは先程の電話で宣言した通り、藍子に任せるつもりだ。
(とは言ったものの……それだけじゃなぁ)
しかし、これでは藍子だけに責任を負わせてしまったような気がする。
恋愛関係の話は、確かに茜では解決できないかもしれない。
けれど力を貸すと言った手前、何か自分でも協力をしたいのが本音だった。
傍にあった椅子を引き寄せて腰を落とし、テーブルに顎を乗せて考える。
今回は茜にできないから藍子に助けてもらう、だったらその逆はなんだろうか。
本来、特別親しかったわけでもないから簡単には思いつかない。
しかし、茜には一つだけ他のアイドルよりも知っていることがある。
それはかつて、プロデューサーが彼女の担当だったという繋がりのお蔭だ。
彼は何と言っていただろうか、とおぼろげな記憶を手繰り寄せる。
熱血一本で通していたから、タイプの合わない子の励まし方が分からなかったと言っていた。
それは藍子の見た目だけでも分かることだろう、お世辞にも体育会系には見えない。
むしろ大人しくて、優しそうな雰囲気が魅力なんだろう。
(あ、そっか……藍子ちゃんは優しい、優しすぎるってことなのかな)
なんとなく、どうしてさっき上手くいかなかったのか分かった気がした。
藍子は相手に対して強く叱咤したり、強引に引っ張ったりが出来ないのだ。
だから、どうしても真正面から自分の想いをぶつけるしかない。
そうなれば当然衝突することも多くなってしまうし、相手の精神状態によっては失敗するだろう。
決してそれが間違っているわけじゃないけど、時には強引な方が上手くいくこともある。
だって、自分と
多田李衣菜こそがその良い例だったはずだ。
(さっきは全部任せて一歩引いてたけれど、それじゃ駄目だった)
(つまり……みんなに協力してほしいって熱く語りかけて、引っ張っていく)
(それこそが藍子ちゃんにできない、私が助けられることなんだ!)
そう考えると、一気に目の前が明るくなった気がする。
すぐにでも警察署まで全力疾走で戻って、藍子を助けたいくらいの気持ちだった。
もちろん美穂を待たなければいけないのだが、どうやらまだシャワーを浴びているようで。
じっとしていられない気分だったのもあり、元気よく立ち上がる。
あんまり気合いを入れ過ぎると美穂がびっくりするだろうから、お茶でも飲んで落ち着こう。
「淹れてる時間は無いし、ペットボトルの奴でもいいんだけどなぁ」
「うーん……人の家のものだけど……ごめんなさいっ!」
どうやらこの島にはアイドル以外誰も居ないみたいだし、支給品の水じゃ物足りない。
茜はよく分からないどこかへ手を合わせると、キッチンの方へと向かう。
背後からは、まだ水音が鳴り響いていた。
「どれどれ……おおっ、アレがある!」
この家の住人はあまり茶に関してこだわりがなかったのか、市販の大きめなボトルが置いてあった。
間延びしたような響きの、馴染み深いあの銘柄である。
美穂は随分長めに浴びているから、冷たいお茶が用意されていれば喜んでくれるだろう。
折角だから、次に自分がシャワーを浴びた後にもう一杯飲むのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら食器棚からグラスを取り出して、注ぐ。
キャップを閉めて、テーブルまで持っていこうとした瞬間だった。
カツッ、と後ろで足音が聞こえた。
両手が塞がっていた茜が、何気なく振り向きかけた瞬間。
ドスッ、と背中に衝撃が走って小さく息が漏れた。
何よりも、いつの間にここまで来てたんだろうという驚きで頭がいっぱいで。
――――まるで扉が開いているかのように、浴室から聞こえる水音が少し大きくなっていた。
小日向美穂は、惰性のままに歩き続ける。
もう誰かに振り回されることに疲れ切ってしまっていて。
そして、死を選ぼうとした瞬間にそれすらも止められてしまった。
結局自分の意志で生きることを選んだものの、これからどうすればいいのか分からない。
出口の見えない迷宮をひたすらに彷徨う感覚。
それが、今の精神的な状態。
(私は……どうしてこの道を歩いてるんだろう)
最も、肉体的にもそれは大して違いはない。
警察署への道を辿っているのも、ただ日野茜がそう言っていたからに過ぎない。
一体この先に何があると言うのだろうか、ただ一つだけ言えるのはこの先に高森藍子たちが待っていること。
彼女達はこれからどう動くか考えているのだろうか、そして自分はいったいそれをどうするつもりなのだろう。
辿りついたその先が、自分でも全く見えない。
(ただ一つだけ言えるのは、何かが起こるということだけ)
シャワーを浴びてから、微妙に頭がぼんやりしている気がする。
まるで夢を見ているかのように、意識がふわふわと落ち着かない。
なんとなく、毒薬の瓶や草刈鎌をデイバックに戻したことだけは覚えている。
いずれにせよ、気分がハッキリとしないのは当然のことだ。
(まるで追い立てられてるような……早く行けって急かされてるみたい)
そんなに焦らなくても、いつかは目的地に辿りつくというのに。
まるで後戻りを許さないかのように、追い立ててくる。
そのせいで微妙に焦燥感が煽られ、平常心を崩されてしまう。
――――けれど、それ以上に美穂の頭はとある疑問で埋め尽くされていて。
「ねぇ……茜さん、どうしてこの子が着いてきてるんですか?」
たまりかねて口に出すと、隣を歩いていた茜が首を傾げる。
美穂が少しためらいがちに視線で示したその先に居るのは、一匹のトナカイ。
この会場に居ないイヴ・サンタクロースと、どんな関係なのかよく分からない存在。
彼の名前は、ブリッツェンと言う。
「いやぁ~、なんだかさっき忘れられてたのが気に入らなかったみたいでさっ!」
「そうですか……けど、せめて前を歩かせましょうよ」
牧場で背後を衝かれたトラウマもあり、なんだか視線を向けられてるような気がして落ち着かない。
それこそ、まるで追い立てられてるような感覚だった。
とりあえず並んで歩くか、できれば先導してもらいたいくらいに。
「それもそっか、ブリッツェンおいで~」
「……無視されてますね」
「うーん、かなり根に持ってるみたいだね!」
先程シャワーを浴びているうちに、つい色々なことを考えてしまっていて。
気付いた時にはすっかりのぼせてしまっていた。
ふらつきながら浴室を出た後の光景は、あえて語る必要もないだろう。
茜と交代して一人と一匹になったときは正直、かなり怖かった。
結局着いてくることが決まったようだが、藍子とネネはいったいどんな顔をするだろうか。
「おっと美穂ちゃん、警察署が見えて来たよっ!」
「……意外と遠かったんだ」
「うーん燃えてきたっ!仕切りなおしていっくぞー!」
敷地内に入り、茜がドアを開いて署内へと入っていく。
心もち視線を下に向けながら、美穂もそれに続いた。
受付のカウンターの先には二人の少女が待っていて、ほっとした様子が伝わってくる。
立ち止まったのが合図になり、美穂を除いた三人が言葉を交わし始める。
「二人とも……本当に無事で良かった」
「なんだか久しぶりって感じだねっ!ネネちゃんも元気だった!?」
「はい……少し眠ったから元気いっぱいですよ」
ネネも二人が無事だったのに安心したようで、表情は落ち着いていた。
なんとなく疎外感を覚えていると、ふと視線を感じる。
そこに誰が居るのかなんて、説明しなくても分かるだろう。
「……おかえりなさい、美穂ちゃん」
「…………」
何も言わずに押し黙っていると、藍子が寂しそうに笑う。
流石に上手く割って入る自信がないのか、茜とネネは何も言わない。
美穂は今でも彼女の言葉に同調するつもりはない、けれど邪魔をするつもりもなかった。
しかしこのままでは結果的には和を乱して、迷惑をかけてしまうのは間違いないであろう事実。
改めてそのことを確認して、結局取る方法は一つだと辿りついた。
「あの、私たちこれから……」
「ごめんなさい茜さん、やっぱり私は別のところに行きます」
何かを言いかけた藍子を遮って、背を向ける。
また同じように説得されるのはまっぴらだったのもある。
行くあてはなかったが、ここを出てから考えればいいだろう。
「いやいやいや、いきなり出ていっちゃ駄目だよ美穂ちゃん!」
「えっ、一体どうしたんですか?」
慌てたように声を掛けてくる茜に、まだ事情をそこまで把握してないのか戸惑うネネ。
二人の言葉に少しだけ後ろ髪を引っ張られながら、元来た出入り口へと歩き出した。
しかしその瞬間、どういうわけか物理的にも後ろに引っ張られる感覚を覚える。
「ッ……!?な、なに……?」
「あの、その子ってもしかして……」
「えっと……さっき牧場で見つけたんだ、ブリッツェン」
美穂の服の袖を、ブリッツェンが咥えていた。
まるでこの場に引き止めようとしているみたいに、くいくいと引っ張ってくる。
その純粋な瞳に一瞬揺らいだが、結局少し強引に振り切る。
しまったと気付いたのは、その直後だった。
「わっ……きゃっ……!」
止まらないとみるや、案の定彼は美穂へと突進をかけてくる。
一度同じパターンを経験していたお陰かなんとか正面で受け止められたが、勢いで尻もちをついてしまった。
そして驚いたことに彼は動きを拘束しようとしているのか、押し倒そうと顔から突っ込んできて。
結局ほとんど先程と変わらないまま、パニック状態に陥った。
「だ……誰かっ、助けてぇ!」
「こらブリッツェン!さっき私にも同じことしてきて……ってどわあ!」
「あ、茜さん大丈夫ですか!?」
「ごめんネネちゃん、ちょっと手伝ってっ!」
「ええっ!?むむむ無理です!」
ブリッツェンを取り押さえようとした茜だったが、じたばたと暴れて振り切られてしまう。
鍛えているとは言え、体格的には小柄な彼女では彼を抑えきれない。
助力を乞われたネネも人選としては明らかに不適格な上、すっかり怯えている。
結局自力でなんとかするしかないと、美穂が腹をくくった瞬間。
「……女の子にいたずらしちゃ駄目だって教えたでしょ、ブリッツェン」
いつの間にかすぐ傍まで近寄ってきていた藍子が、優しい声音でそっと囁いた。
その瞬間、嘘のように美穂へと掛かっていた圧力が消える。
気付くとブリッツェンは藍子にすり寄って、ぺろぺろとその頬を舐めている。
それは夢を見ているかのような光景で、三人はそれをぼうっと眺めていた。
「……藍子ちゃんってブリッツェンと仲が良かったの?」
「えっと、実はまだまだ下積みだった頃に、留守番してたこの子の面倒をよく見てたんです」
「すごいですね……さっきまで暴れてたのにこんなに大人しくなるなんて」
いつの間にか、雰囲気が和やかになっている。
美穂自身も、それまで感じていた反発心や煩わしさが薄れてしまっているような気がした。
まさにこれこそが、高森藍子という少女が持つ才能なのだと少し分かった気がする。
彼女のアイドルとしての輝きはこんな状況でも色褪せる事なく、人を引き付けてやまない。
自分の気持ちを覆い隠しているはずなのに、こんなにも眩しい。
少しだけ、それに魅せられてしまったのを認めざるをえなかった。
――――この気持ちが羨望なのか嫉妬なのか、憧れなのか僻みなのか。
――――今の美穂には、よく分からないままで。
――――それを知りたいと思わされたことも、認めざるをえなかった。
「美穂ちゃん、私はあなたがアイドルでいることを強要することはできません」
「……………………」
「だから、これからはプロデューサーさんたちを助けるために、協力してくれませんか?」
「……どういうこと?」
高森藍子は、すっかりおとなしくなったブリッツェンを撫でながら小日向美穂に語りかける。
その姿が最初の時とは異なっていることに、栗原ネネは気付いていた。
あれだけアイドルであることにこだわっているように見えたのに、それを翻してしまっている。
今までの藍子とは違う、明らかな譲歩と言ってもいいだろう。
「さっきはバタバタしてて話せなかったんですけど、実はここに爆弾に関する本があるんです。
だから、もしその分野に詳しい人が居ればこの首輪を外すヒントになるかもしれない」
「……そんな都合のいい人なんて、簡単に見つかるとは思えない」
「ごめんなさい……今の私が示せる方法は、これしかないんです」
やっぱり、美穂をここに引き止めようとしているのは間違いない。
日野茜の連絡が来た後に考えたいことがあると言っていたが、それはこの事についてだろう。
つまり藍子自身も悩んだ末に、こうすることを選んだのかもしれない。
目的は……やはり死んでほしくない、単純に考えればそういうことなのだろうか。
「第一、プロデューサーさんたちが何処に居るのかだって……」
「それは……」
「けど、そこで諦めてたら何もできないよっ!」
「えっ……?」
言いよどみかけた藍子を救ったのは、これまで難しい話に割って入ることのなかった日野茜だった。
彼女は美穂の肩をがっしり掴むと、その真っ直ぐな情熱のままに語りかける。
「美穂ちゃんだって本当は助けたいんでしょ!だったら一緒に頑張ろうよ!」
「……私だって、助けられるものなら助けたいに決まって……」
「よしっ、それなら私たちに着いてきてくれるよね!」
「そんな……それとこれとは話が違……」
「違わないよ!同じ目的なら一人より二人、二人よりたくさんの方が良いに決まってる!
目的が難しいのなら協力しないと、手を繋がないと乗り越えられないんだよっ!」
サッパリとした裏表のない性格をしている茜の言葉には、何の打算も企みも感じさせない。
だからこそ、それは人の心へと直接ぶつかってくるのだろう。
そう思っていると、矛先が突然こちらへ向けられてきて、ネネは驚く。
「ネネちゃんだってそう思ってくれてるから、ここに残ってくれたんだよねっ!」
「え?……私は……まだどうすればいいのか迷ってて」
「それなら行動していればきっと見えてくるよ!ネネちゃんの道っ!」
「私の……道……?」
どうしようもないほどに根拠のない、強引な理屈。
けれど、何故だか引き付けられるような何かを感じてしまう。
茜の熱さにあてられてしまったのかもしれないけど、決して嫌な気分ではなかった。
自分の進むべき道、それこそが今のネネの見つけたいものだから。
「そう、なんでしょうか……見つけられる、でしょうか」
「ここでウジウジ悩んでるよりはきっと可能性は高いよっ!」
「…………ふふっ、確かにそうかもしれませんね」」
まだまだ水彩の位置から動くことはできないし、動くだけの理由は見つからない。
それでも、プロデューサーを助けるために行動することはできる。
勝手に自分が可能性を狭めてしまっていただけで、助けられる可能性はゼロじゃない。
そう思った瞬間、少しだけ心に明かりが灯った気がする。
――――その小さな意志こそが希望となって、やがて世界を変えるのかもしれない。
「……私もやりたい、できることがあるならやりたいです」
「よしっ!ほら、美穂ちゃんも!」
茜が元気よく呼びかけるも、やっぱりまだまだ美穂は踏ん切りが付かないようだ。
あまり強引すぎるのもかえってややこしくしてしまうのではないかと、少し心配になる。
しかし、強引に引っ張る人間も居れば、優しく導く人間だって世の中には確かに居るのだ。
幸いだったのは、ここにそんな人たちが両方揃っていたことだろうか。
「今は……無理しなくてもいい、生きてるだけでいいんです」
「……生きてる……だけ?」
「はい、死んでしまったらもう取り返しが付かないから……それだけは止めたい」
「……………………」
「頑張らなくてもいいから……せめて、ここに居てください」
そう言って、藍子はもう一度美穂に手を差し伸べる。
その手を重ねたら、きっと彼女は絶対に離したりすることはないだろう。
一瞬だけ、美穂と目が合った。
問いかけるようなその視線に、少し困った風に笑い返す。
そして時間にすれば数十秒くらいだろうか、たっぷり悩んだ様子の後に。
「迷惑をかけるかもしれないけど……それでも、いいなら」
決して視線が合うことはなかったけれど、二人の手は重ねられたのだった。
ひとまずは合流できた四人は、捜査課のソファで改めて情報を共有した。
ブリッツェンが何故牧場に居たのかが主な話題だったが、誰もそれらしい理由は思いつかず。
念のためと前置きしてから藍子が取り出した爆弾関係の本も、当然誰一人理解までは辿りつかなかった。
もっとも、人質が居る以上は道具と理論が揃っていても解体なんて段階へは進めないだろう。
現段階で何もリスクを負わずに済むアイドルは……少なくとも一人だけしかネネは知らない。
「差し当たっては……夜になってからのことですね」
「とりあえず昨日みたいに外に出て、誰かを探してみるってのが一番かなぁ」
「それも良いですけど……ここは大きい建物ですから、待ってれば他の子が来るかも」
「そっかー、夜じゃあんまり遠くまで見えないしね」
藍子と茜は夜になってからのことを話し合っている、ここに残るべきか相談しているようだ。
動くとすれば、もう陽が傾き始めているから慎重にならざるをえないだろう。
仲間を募るなら藍子の言う通り、ここへ残るのも一つの手だ。
そちらを選択するならば、ネネ個人として考えなければいけないことがある。
(携帯……協力するのなら、輝子さんのことを話すべきかな)
プロデューサーを助けようと試みながら、歩むべき道を探っていく。
そう決めた今なら、状況に流されずに自分の意志で選択ができるかもしれない。
それならば、最初の一歩を踏み出すべきはこの瞬間なのだろうか。
小さなワンコールでこれからの未来が大きく変わる、何故だかそんな予感がしていた。
「うーん思いつかないっ!そういえばここ給湯室あったよね、お茶淹れてくる!」
「さっき何杯も飲んでたのに……」
「分かりました、とりあえず一息入れましょうか」
行き詰った雰囲気は苦手なのか、茜が部屋を飛び出していく。
その後ろ姿を目で追いながら美穂が何やら呟いていたが、内容までは聞き取れなかった。
藍子も答えを出しかねていたのか、ソファから立ち上がって窓際まで移動して。
それまでソファの横で退屈そうにしていたブリッツェンが、それをのんびりと追っていく。
本人は謙遜していたが、懐かれているのは確かなんだろう。
夕暮れの窓際に立つ少女とトナカイというのも字面だけならシュールだが、こうして見れば不思議と絵になっていた。
その横顔はほっとしてはいたものの、少しだけ物憂げにも見える。
もしかすると、今でも美穂にはアイドルで居て欲しいと願っているのかもしれない。
けれど、やっぱりそれは持つ者だからこその傲慢でしかないのだろう。
誰もが皆、決して折れない信念を持っているわけではないし、茜ですら藍子に並び立てるかは分からない。
そして、彼女がどうしてそこまでアイドルで在ることに拘るのかも知ることのできないままだ。
一体、何がそこまで藍子を支え、頑なにさせているのだろう。
生まれながらのアイドルと言えばそれまでだ、けれどそんな完璧な人間がこの世に居るだろうか?
そもそも彼女の下積みが長かったのは、決して最初から「持って」いたわけじゃないという証左に他ならない。
何がそこまで藍子を変え、今のような輝きを持たせるまでに至らせたのだろう。
その瞳の奥にあるであろう何かを、彼女が誰かに明かす時は来るんだろうか。
ようやく目標らしい物が見えてきたのに、気になることは増えていくばかりだ。
ぼんやりと藍子の横顔を眺めながら、ネネはそんなことを考えていた。
――――むかしむかしあるところに、とてもやさしい女の子がいました。
――――たくさんの人をしあわせにしたいとねがっていた女の子は、ある日まほうつかいさんとであいます。
――――かれにまほうをかけられた女の子のほほえみは、かぞえきれない人たちをこうふくにしました。
――――しかしある日、いつのまにかすきになってしまっていたまほうつかいさんが、わるものにつれさられてしまいます。
――――ほんとうはかえしてとさけびたくて、たすけるためならどんなひどいことでもするつもりでした。
――――けれど女の子は、だいすきな人がかけてくれたまほうをやぶることはなかったのです。
――――なぜならまほうつかいのかれは、女の子のほほえみをだれよりもほめてくれたのだから。
【G-5・警察署/一日目 夕方】
【高森藍子】
【装備:ブリッツェン?】
【所持品:基本支給品一式×2、爆弾関連?の本x5冊、CDプレイヤー(大量の電池付き)、未確認支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いを止めて、皆が『アイドル』でいられるようにする。
0:これからの具体的な方針を考える。
1:絶対に、諦めない。
2:美穂ちゃんにはとにかく『生きて』いてほしい、今はそれ以上を求めない。
3:他の希望を持ったアイドルを探す。
4:自分自身の為にも、愛梨ちゃんを止める。
5:爆弾関連の本を、内容が解る人に読んでもらう。
※FLOWERSというグループを、
姫川友紀、相葉夕美、
矢口美羽と共に組んでいて、リーダーです。四人同じPプロデュースです。
また、ブリッツェンとある程度の信頼関係を持っているようです。
【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話、未確認支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:自分がすべきこと、出来ることの模索。
0:どうして、そこまでアイドルに拘るんだろう。
1:
星輝子へ電話をかける……?
2:高森藍子と日野茜の進む道を通して、自分自身の道を探っていく。
【日野茜】
【装備:竹箒】
【所持品:基本支給品一式x2、バタフライナイフ、44オートマグ(7/7)、44マグナム弾x14発、キャンディー袋】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:藍子を助けながら、自分らしく行動する!
1:他の希望を持ったアイドルを探す。
2:迷ってる子は、強引にでも引っ張り込む!
3:熱血=ロック!
【小日向美穂】
【装備:防護メット、防刃ベスト】
【所持品:基本支給品一式×1、毒薬の小瓶、草刈鎌】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:とりあえず、生きてみる。
1:今の所は、藍子たちと一緒に行動する。
2:自分の気持ちを隠してなお、アイドルとして輝く藍子に対して……?
3:囁きは……
最終更新:2013年09月14日 22:10