今はただ、それだけを ◆ncfd/lUROU



凛ちゃんを探すと決めた私――島村卯月だったけど、凛ちゃんがどこにいるのかの手がかりなんてなくて。
それでももう山の中にはいないだろうと考えて下山を選んだ私。
何度も木の根に躓いて転んだりもしたけれど、無事に海に面した道にでることが出来ました。
もう日も高く昇り、暖かい春の陽光が私に降り注いでいます。
それは、昨日も一昨日もその前も変わらずにあったもので。
けれども、そんな光がいつもより、どこか眩しく思えてしまって。
私は思わず顔をしかめてしまいました。

『こんにちは、お昼の時間ですね! 』

ノイズ混じりの音声が響き渡ったのは、丁度そのときで。
春のうららかな陽気にはよく合う、だけど殺し合いには場違いな、ちひろさんの明るい声。
下山しているうちに、放送の時間になっていたみたいです。
慌てて名簿と筆記用具を取り出す私の心は、不安と恐怖でいっぱいでした。
凛ちゃんの名前が呼ばれてしまうかもしれない。
凛ちゃんが既に死んでしまっていると、突きつけられてしまうしまうかもしれない。

でも、そんな私の感情など関係ないかのように、放送は進んでいって。
ちひろさんが投げかける言葉も、どこか上の空のまま聞いていて。

そして、死者の発表が始まりました。

一緒にラジオに出ていた美嘉ちゃんの名前が呼ばれました。
未央ちゃんを殺したゆかりちゃんの名前も呼ばれました。
私が見捨ててしまった里美ちゃんの名前も呼ばれました。
他にも、いろんなアイドルの名前が呼ばれました。
けれど、凛ちゃんの名前は呼ばれませんでした。
そうして、禁止エリアを発表して、それから少しお話があって。
放送は、終わりました。

ふーっ、と大きく息を吐いて、私はその場に座り込みました。
凛ちゃんの名前が呼ばれなかったから。凛ちゃんがまだ生きていてくれていたから。
吐いた息はまさしく安堵の溜息で。座り込んだのは安心して力が抜けてしまったからで。
心情が行動に表れて、だからこそ、私はすぐにそのおかしさに気づきました。
だって、八人もの人が死んでしまったのに。その中には私が見捨ててしまった子もいるのに。
それなのに、凛ちゃんが生きていたから、安堵した?
でも、だって、そんな、それじゃあ、私は、まるで――



凛ちゃんの命に比べたら、放送で呼ばれた八人の命なんて重要なことじゃないと――そう、思っているみたいじゃないですか。

「――――っ!?」

手に持っていた筆記用具がぽとりと地に落ちて、でもそれに構わず私は、自分の頭に浮かんだその言葉を追いだそうと首を振りました。
それはきっと、傍から見たらいやいやをしている幼子のような有様なんだろうと思います。
自分の思うようにならないことを否定して、駄々をこねる小さな子供。
でも、私はもう高校生で。だから、思うようにならなくても否定できないことがあることぐらい、知っています。
でも、これは違うのだと、否定できることなのだと、そう思いたくて。
それなのに、私の過去は、それを許してくれなくて。
だって、だって、だって。

だって、最初の放送の時、私は美嘉ちゃんのことを気にもしなかったから。 
莉嘉ちゃんが死んで一番悲しむのは、美嘉ちゃんなのに。
もしかしたら、それが引き金になって死んじゃうかもしれないのに。

だって、山頂から逃げた後、里美ちゃんの声に気づくまで、私は凛ちゃんのことしか頭になかったから。
山頂に置き去りにしたのは、凛ちゃんだけじゃなかったのに。
私の呼びかけに応えてくれた里美ちゃんと美波ちゃんも、あの場所にはいたのに。

ただ凛ちゃんのことを心配するだけで、美嘉ちゃんのことも、里美ちゃんのことも、美波ちゃんのことも、何一つ考えていなかったから。
無意識であっても、私の中で、たしかに優先順位は存在していたのだから。
私は、認めざるを得ないのです。凛ちゃんの命に比べたら、放送で呼ばれた八人の命なんて重要なことじゃない、そう思っているのだと。

こんなとき、プロデューサーならこう言ってくれるのだと思います。
『誰にだって大切なものはある。それに優劣をつけてしまうのは仕方ないことだ』って。
私も……殺し合いが始まるより前の私も、同じ事を思ったでしょう。思えたでしょう。
でも、初めて人が死ぬ瞬間を見て、目の前で未央ちゃんが死んで、暗闇の中で恐怖と心細さに押しつぶされそうになって、数時間まで話していた美波ちゃんの死体を見て。
そうして命の重さを、その大切さを本当の意味で知ったから。痛いほど実感したから。
だから、その優劣を比べるなんてできません。したくありません。しちゃいけないんです。
なのに。それなのに。私はそれをしてしまったんです。

そんな私は、やっぱり私自身をずるくて汚いとしか思えなくて。
それが嫌で嫌で、でも否定はできなくて。

こんなに汚くなんて、なりたくなかったのに。
私がこんなにずるくなんて、知りたくなかったのに。
なんで、こうなってしまったんでしょうか。
意味のない自問自答を続けるうちに、情けなくなって、涙が出そうになって。
それでもそれを我慢できたのは、きっと山頂で未央ちゃんに元気をもらったからで。

(ごめんね、未央ちゃん。未央ちゃんにもらった元気、こんなことで無駄使いしちゃった)

こんなずるくて汚い私でも、『ニュージェネレーション』は支えていてくれました。それを壊してしまったのは、私なのに。

危険性も考えずに皆が助かることを望んで拡声器を使って、その結果『ニュージェネレーション』を壊してしまった私。
きっと、どこまでいっても普通でずるくて汚い私が、皆を助けるという大それたことを望むなんて、間違いだったんです。
未央ちゃんと、美波ちゃんの死はその罰で。
皆を助けたいという思いが間違っていたとは思いたくないけれど。
それでも、多くを望んだ結果大切なものを壊してしまったから。
私にはもう、身の丈に合わないことを望んだりはできません。したくありません。
する資格も、ありません。

それでも、ひとつだけは諦めたくないんです。
多くのことなんて望みません。たったひとつでいいんです。
『ニュージェネレーション』だけは望ませてください。
諦めないでいさせてください。

『ニュージェネレーション』だけは諦めないということ。
それがどんなことを意味するか、わかっています。

美嘉ちゃん。初めて会った時はちょっと怖い人なのかなって思ったりもしたけれど、話してみれば全然そんなことはなくて。
妹想いの、とっても優しいお姉ちゃんでした。
ラジオをやることになってからは一緒にいる時間も増えて、オススメのショップを教えてもらったりもして。
大切な、大切な友達でした。大好きでした。

(ごめんなさい)

里美ちゃん。ほんわかとした雰囲気の、とっても可愛い女の子でした。
もし話をしたのが殺し合いの中じゃなかったら、きっと友達になれたと思います。
……なんて、見捨ててしまった私が言えることじゃないけれど。

(ごめんなさい)

美波ちゃん。私とあまり年は離れていないのに、すっごく落ち着いていて。
雰囲気もまさに大人って感じで、あんな風になれたらいいなって思いました。
でも、そんな美波ちゃんを置いて逃げ出したのは、私なんです。

(ごめんなさい)

ゆかりちゃん。未央ちゃんを殺した張本人だけど、恨む気にはなれません。
だって、ゆかりちゃんは自分の信じたことのために、自分の信念のままに動いてて。
ゆかりちゃんの言葉に反論できずに逃げ出した私には、その信念を、その行動を否定することなんてできないから。

(ごめんなさい)

私は、『ニュージェネレーション』を諦めません。
だから、それ以外――この島にいる、他の皆のことを諦めます。
後悔も、友達も、何もかもを諦めて、『ニュージェネレーション』のためだけに行動します。
もし凛ちゃんと誰かが襲われていたら、私は凛ちゃんだけを助けます。
もしここから抜け出す手段がないのなら、きっと私は凛ちゃんと未央ちゃんのために、皆を殺すんだと思います。
だから、ごめんなさい。

失ったものは多くて、取り返せないものもいっぱいあって。
ずるくて汚い私に、多くを望む資格なんてないけれど。
それでも『ニュージェネレーション』だけは諦めたくないから。
私はただそれだけを願うのです。
凛ちゃんがこの空の下で、笑顔でいてくれることを。
『ニュージェネレーション』がまた、笑顔で向き合えることを。



空を見上げると、やっぱり太陽はまだ眩しくて。
それでも、凛ちゃんがこの空の下にいるとまだ信じられるから、この広い空を嫌いにはなれません。
そんな空に、かすかに、でも間違いなく銃声が響き渡って、それは私がさっきまでいた山頂の方面から聞こえてきて。
だから私は、不安を隠せませんでした。
もし凛ちゃんが、私がそうしたように山頂に戻ってきていたら。ちょうどそこに、別の参加者が居合わせて、その結果が、今の銃声だったなら。
私は――――





【E-7・道/一日目 日中】


【島村卯月】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、包丁、チョコバー(半分の半分)】
【状態:疲労(大)、失声症、後悔と自己嫌悪に加え体力/精神的な疲労による朦朧】
【思考・行動】
基本方針:『ニュージェネレーション』だけは諦めない。
1:凛ちゃんを探して、未央ちゃんのところに連れて帰る。
2:そうしたらまた三人でいっしょにいたい。
3:歌う資格なんてない……はずなのに、歌えなくなったのが辛い。
4:今の銃声は……


※上着を脱ぎました(上着は見晴台の本田未央の所にあります)。服が血で汚れています。


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最終更新:2013年05月13日 07:58