彼女たちが引き当てたBLACKJACK(トウェンティーワン) ◆John.ZZqWo



「ん~……、いいお湯♪」

三村かな子はなみなみと湛えられた湯に身体を沈めると、その染み入るような温かさに喜びの声を漏らした。
薄く湯気が立ち上る水面は陽光を跳ね返してきらきらと輝き、とくとくと流れるお湯の音は耳をくすぐる。
身体を自由に、手足を伸ばして首筋まで湯につかると、彼女は繰り返し深く息を吐いてその心地よさに目を細める。

「……極楽、極楽♪」

念願だった温泉の気持ちよさは想像の何倍も上だ。それはまるでこのまま身体が湯の中に全て溶けてしまうのではなかというほどに。
入るまでにあった緊張や感情、今も維持しておかなくてはいけない警戒心。それらも全て流れ出てしまいそうになる。
ああ、ずっとこうしていられればどんなにいいことだろう。
とろけ、そしてそのまま寝入ってしまいそうな自分に気づき、三村かな子はゆっくりと身体を起こした。

「いい景色だなぁ……」

湯船の中で膝立ちになり、そしてどうせ誰も見てはいないのだからと腹をくくると思い切って立ち上がり、露天風呂の縁へと近づく。
山の中腹から突き出した形になる露天風呂からの、それも覗き防止の壁もない男湯から見る眺めは最高のものだった。
空は晴れ渡り緑は鮮やか。視界をさえぎるものは一切なく、山の麓までが一望でき、その向こうにはここからだと玩具のような細かさの遊園地も見える。
とても――とても、殺しあいが行われている舞台だとは思えないのどかさだった。

「…………………………」

露天風呂の縁。少しひんやりとする岩に腰掛け、膝から下だけを湯につけながら三村かな子はそんな風景をただぼうっと見続ける。
この時だけはなにもかもを忘れて。
桜色に火照った肌の上に浮かぶいくつもの透明な雫は山から下りてくる風に冷やされ、彼女の膨らみにそって滴り落ち少しずつ熱を奪っていく。
そんな身体をなぞる気持ちよさだけを感じながら、彼女はただただ視線を遠くにやり、何もかもを忘れて変わらない風景だけを見続けていた。


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「やっとついたねー」
「やっと、じゃありませんよ……」

太陽が真上へと位置する直前。姫川友紀を先頭に、大石泉、川島瑞樹の三人はようやく目的地である学校の前へとたどり着いていた。
北西の市街からかなりの距離を歩き、直前には長い坂道を上ってきた彼女たちの顔には疲労の色と大粒の汗が浮かんでいる。
そして明るく笑う姫川友紀を見る大石泉の目は少しばかり剣呑だ。

「姫川さんが途中で情報端末を落としたりするからこんなにも時間がかかったんじゃないですか」
「あはは……、それは面目ない」
「全く、近道になるはずがとんだ遠回りになっちゃったわね」

胸元を開き手で風を扇ぎ入れながら川島瑞樹が言う。
北西の市街から南の市街まではゆるやかに蛇行する一本の道でつながっているが、なにもそれ以外の場所が歩けないというわけでもない。
道の脇はほとんどが背の低い草原か雑木林だ。「だったらショートカットもできるね!」と提案したのが姫川友紀だった。
そしてその案自体は問題なかったが、方向を誤らないようにと手にしていた情報端末を彼女がどこかに落としてからが大変だった。
なくしてしまえば大きな問題になる。なので彼女たちは足元の見えない草原の中で端末を探し回り、結局は大幅に時間をロスしたのだった。

「だいたい、なんで落としてすぐに気づかないんですか」
「だからさ、それはポケットに入れたつもりだったんだってば」
「まぁ、無事についたんだしそれでよしとしましょう。友紀ちゃんにも悪気があったわけじゃないしね」

実はそのおかげでひとつの危険な遭遇を免れているのだが、しかし彼女たちがそれを知るよしもない。

「いつまでもこんなところに立っていたんじゃ危ないわ。中に入りましょう」

川島瑞樹に促され、彼女と二人は校門を潜りグラウンドを横切って校舎の中へと入っていく。
入ってすぐのそこは大きなロビーになっており、壁に案内図を見つけた三人はそれを見ながら思案しようとする。
だが、そこで急に聞こえてきたノイズに身体がびくりと反応した。

「なにっ!?」
「静かに。放送の時間です」

砂を擦りあわせたような異音を吐いたのはそのロビーにあるスピーカーだった。三人はそれに注視し、流れてくるだろう放送に身構える。
また誰かの名前が呼ばれるだろう。それは仲間であったり親しい人の名前かもしれない。
そしてそれだけではなく、まだ殺しあいをしようとしない者のプロデューサーの名前が呼ばれ、新しいみせしめとなってしまうかもしれない。
もしそんなことになれば? きっといかに自分たちを支える理性や道徳心がか弱いものかと知ることになるだろう。

『――こんにちは、お昼の時間ですね!』

そんな恐怖とは裏腹に、スピーカーから聞こえてきたのはいつものように明るい千川ちひろの声だった。



そして二回目の放送は終わり、スピーカーは最後にノイズを吐いてまた沈黙する。
死者の数は8人。前回よりも半減はしたが、人が8人も死んだとなればやはりあまりにも多すぎる数だ。

「蘭子ちゃん、死んじゃったんだね……」

少し震える声で姫川友紀が言う。
神崎蘭子――今、事務所の中で十時愛梨やFLOWERSと並んで推されていて、それ相応の人気のあるアイドルだ。
彼女の言葉には、言外にそんな事務所にとって大事な子でも死んでしまうのかというニュアンスがあった。
まだ、人気のあるアイドルは最後には保護されるんじゃないか――そんな気持ちがどこかにあったのかもしれない。

「ゆかりちゃんもまだこれからだったのに。それに、仁奈ちゃんみたいな子まで……」

川島瑞樹は沈痛な面持ちで呟く。
キグルミ少女である市原仁奈の愛らしさとあどけなさは事務所の中でも――いや、業界の中でも随一だ。
彼女はどんな風にして死んだのだろうか。しかしそれがどんなものであっても悲痛だと、想像して川島瑞樹は首を振る。

「今回の禁止エリアは、外れた位置にありますね。前回のでは亡くなった方がいるみたいですけど……」

大石泉は冷静な口調で自分らしい発言をする。だがその顔は青ざめていた。
まるで生死を決めるルーレットが自分の周りを回っているような。そんな錯覚を覚える。
いつ死んでもおかしくないということ。いつか死んでしまうということ。死んでいく子がいる中で取り残されること。どれもが怖い。
いっそ考えることを放棄して殺しあいに没頭できればどんなに楽だろうと、そう思えるくらいに。



「あたしたち、こんなことしてていいのかな?」

不安げな表情で姫川友紀が言う。

「ちひろさんを探したりとかする前に他の子らを探したほうがいいんじゃない……?」
「それは……」

彼女の言葉に大石泉は口ごもる。だが、川島瑞樹は萎縮する二人に対し優しく口を開いた。

「友紀ちゃんは仲間のことが心配なのね」
「それは、勿論そうだけど。そうじゃない子も。……それに、今やってることだって3人じゃできっこないよ。だったら……!」
「ですけど、それは……!」

大石泉は言いかけようとして、姫川友紀の顔を見て口を閉じてしまう。そして彼女の言葉は川島瑞樹が引き継いだ。

「他の子を探すといってもこの広い島だもの。当てもなく探したところでうまくはいかないわ。
 だったら、私たちは自分たちでできることをしながら、その途中で誰かと出会えることを期待するしかない。……そうだったわよね?」

姫川友紀は諭す言葉に小さく頷き、そしてもう一度大きく頷いて、それからいつもの表情で顔を上げた。

「うん。そうだった。ごめんね川島さん。それに泉ちゃんも」
「いえ、私は別に……」
「さぁ時間がないなら、私たちが巻きで動くしかないわ。がんばりましょう」

促され、そして三人はまた壁に張られた案内板を見る。



「私たちはあの“教室”を探しにきたわけですが……」
「当たり前だけど、けっこうあるね」
「ひとつずつ当たっていくしかないかしら。手分けして回ればそんなに時間はかからないと思うけれど」

首をかしげながら、腕を組んで、顎に手を当て――と三者三様にポーズを取りながら思案する。

「……あの時、窓の外に地面が見えなかったように覚えています」
「相変わらずすごい冷静さだねぇ」
「じゃあ少なくとも二階以上ということね。だったら上から見て回りましょう」

今度は三人同じように頷くと、ロビーの端から階段を上がり、最上階を目指し始めた。


 @


「川島さん、さっきはありがとうございました」
「なによあらたまっちゃって」

トイレの中、洗った手をぶらぶらと振って乾かしながら姫川友紀は川島瑞樹に言う。
大石泉は外で見張りをしているのでここにはおらず、彼女たちは二人きりだ。

「いや、なんかあたし暴走しかかってたかなぁって……」
「そんなこと別にいいのよ。私たちは仲間でしょ。それに、あなたにはFLOWERSという大切な仲間もいる。気持ちはわかるわ」

最上階に上ったところで姫川友紀はトイレに行きたいと申し出て、そして、その時に目配せをして川島瑞樹についてきてもらった。
用を足したかったのは嘘ではない。でも、彼女には川島瑞樹に聞きたいことがあったのだ。

「…………“大人”ってなんですか?」
「なぁにそれ。急にどうしたのかしら。らしくないわよ」

しおらしい態度に川島瑞樹は笑う。だがそれは嘲笑ではなくて、気に病むなという意味のこもった優しい笑みだ。
だからこそ姫川友紀はそういうのが大人なんだなと思い。どうすれば自分もそういう大人になれるのかと思う。
そんな姿は、きっと大人からすればとても子供っぽく見えるだろう。

「みんなにしてあげたいことがあるのね」
「うん、具体的なことじゃないけど。あたしも法律で言えば成人だしさ。けっこう事務所の中じゃ上なわけだし……」
「だったらね。なにもしなければいいんじゃないかしら?」
「ええっ!?」

突拍子もない答えに姫川友紀は川島瑞樹の顔を見る。その顔は、変わらず大人の笑みを浮かべたままだ。

「大人って、きっと……受け止められるってことじゃないかしら」
「……受け止める?」
「そう。だからなにもしないの。
 子供たちがぶつかってきた時に受け止める。どこかに行ってしまいそうなら止めてあげる。寂しそうなら一緒にいてあげる。
 時にはその子が傷つくこともあるかもしれない。でもむやみに危険から遠ざけることもしない。
 でも、その後で安心させてあげることができればそれは貴重な経験になる……のかしらね? 私にもまだよくわからないのだけど」
「そっか……、あぁなんだかそれってあたしたちのプロデューサーみたいだ」

姫川友紀は何度も頷く。もやもやとして定まらない“大人”というものが少しずつ形になってきているような気がしていた。

「じゃあ行きましょうか。泉ちゃんが待ってるわ」
「うん、ありがとう川島さん。なんだか私も川島さんみたいなかっこいい大人になれそうな気がしてきた」
「んー、私、本当はかわいいって言われたいのよねぇ……」


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「ゆかりちゃん、死んじゃったんだ……」

食事をとりながら放送を聞いていた三村かな子は、箸を進める手を止めて食堂の天井に取りつけられたスピーカーを見る。
水本ゆかり――清楚でいて凛とした、いつもどこか張りつめた空気を漂わせるアイドル、というよりもむしろ音楽家?というような女の子。
三村かな子は、自分では決してああはなれないだろうという存在である彼女に、かつては憧れを抱いていたりもした。
今は自分らしさを見つけたのでその気持ちは薄らいでいるが、しかし放送で呼ばれたことに反応したのはそれが理由ではない。

「本命……だって、言ってなかったかな……?」

一週間前よりこの島に滞在している三村かな子は、その間に千川ちひろから何度か企画について話を聞いている。
その内容はあくまで三村かな子の役割についてが主で、所謂この企画の肝や真相めいたことについては聞かされていないが、
参加者の名簿を見せられた後、雑談めいた会話の中で水本ゆかりの名前を千川ちひろは何度か口にしていた。
彼女の予想する最終的な生き残り候補の内のひとりで、特に本命、あるいは期待していると、そんなことを聞いた記憶がある。
“敵”として参加する三村かな子はそんな話をかなり微妙な気持ちで聞いていたのだが……。

「…………まぁ、いいか」

事故か偶然か、どっちにしろライバルが減ることはいいことだ。会えば殺しあいになってたのだから、知らないところで死んでくれたていたほうがよほどいい。
三村かな子は止めていた箸を動かし食事を再開する。昼食のメニューは豚のステーキと焼いたロールパン。それとカップのヨーグルトだ。
この旅館の食堂は純和風で、目の前にあるメニューはどれもそれっぽくはなかったが、彼女は栄養と安全性を重視した。
ここには港から運ばれてきた海の幸など、舌を誘惑するものは数多い。
どれもまだ一応は食べれるはずだが生物、特に魚は足が早い。なので三村かな子はそれを避けた。食べるものは全て火を通すようにとも指示されている。

「でも、お寿司も食べたかったなぁ」

向かいのテーブルに乗った空の寿司桶を見て三村かな子は言う。誰かは知らないが、先にここに居た人物が食べていったものらしい。
おそらくはメニューの一番上にある特上寿司。一番大きなお札のいる、普段じゃ中々手の出ない代物だ。

「おいしかったんだろうな……」

空になった寿司桶を見ながら三村かな子はロールパンにかじりつく。少し焼きすぎたパンは苦い味がした。


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「ここに間違いないわね……」
「そうですね……」

学校の最上階にあるとある教室で、川島瑞樹と大石泉の二人はあの惨劇のスタート地点である教室を発見していた。
乱雑に押しのけられた机。そして教卓の前にあけられたスペースには大きな血痕が残っている。
もうすっかり乾いてしまっているが、これはあの時にシンデレラガールのプロデューサーが流した血に間違いない。

「あの時、私たちがいたのはここだったということになるけど……」

言って、川島瑞樹は教室を見回し、大石泉は無言で入念に隅々を観察する。

「直接的な手がかりは残ってないかもしれませんね……」

だがここに残っているのは大きな血痕だけだ。その上に倒れていたプロデューサーの遺体はもちろん、他に手がかりになりそうなものも見つからない。

「まぁ、当然よね。私たちを運ぶ手間を考えてここにしたんでしょうけど、だからこそ足がつくようなものは残さないわよね」
「えぇ……」

落胆してないかというと嘘になる。だが、少なくとも大石泉の推測が当たり、足取りがつながったことに間違いはない。
二人はもう少し丁寧に捜索しようと床に屈み、または机の中を覗きこむ。その時、隣の教室を見に行っていた姫川友紀が声をあげて戻ってきた。

「二人とも! カ、カメラ……じゃなくて、モニター! 隣の部屋にモニターがあるよっ! ……って、なにこの血っ!」

ガタと音を立てて大石泉が立ち上がる。川島瑞樹も同じだ。
姫川友紀の顔を見て、次に互いの顔を見て頷きあうと二人は姫川友紀の案内でその隣の教室へと足早に移動した。



「これは……チェック用の小型モニタね。でも、どうしてこんなものが……?」

隣の教室にあったのは彼女らの期待したほどのものではなく、ただひとつの机の上に小さなモニタが乗っているだけというものだった。
延びたコードは教室のコンセントにつながっている。川島瑞樹がスイッチを入れると黒い画面に別の教室の映像が映った。

「隣の、あの時私たちがいた部屋ですね」
「誰かがあの時の私たちの様子をここで見ていた……」

カメラの位置は高く、教室の隅まで画面の中に収まっている。ここに座っていた何者かはあの時の一部始終をここから見ていたのだ。

「ここに黒幕がいたのかな?」

姫川友紀が言う。惨劇が開始される現場を別室でモニター越しに見る。確かにそれはいかにも黒幕というイメージに違いない。

「かもしれないわね。あるいはこの企画のディレクターみたいな人物か。……泉ちゃんはなにか考えがある?」
「少し、不自然な気がします」

大石泉は机の上に置かれたモニターを見ながら言う。なにが不自然なのか。それはこのモニターの存在自体だった。

「隣の教室は血痕こそ残っていますが綺麗に“掃除”されています。落し物のようなものも見つかりませんでした。
 つまり、ここを引き払う際にスタッフはできるだけ痕跡を残さないようにとしたはずなんです」
「なのに、ここにはモニターがひとつ……いや、隣の教室に仕掛けられているカメラとあわせてふたつも残っているわけね」
「これだけ忘れていった……とかはないよね」
「引き払う時にこれも一緒に回収すればよかった。けれど回収されてはおらず、今もここにある。この企画がスタートしても……」

大石泉の視線は動かない。そこに答えがあるのだろうかと、二人もモニターに注目する。

「そう……、ここに座っていた人物はこの企画が始まるまで“ここにいた”んです。だからモニターは回収されなかった」


 @


食事を終えた三村かな子は、ここに来た本来の目的である装備の整理と保管をロビーにあるフロントの奥で行っていた。
預かった貴重品を保管したり、郵送する荷物を置いておくためのスペースだ。
そこで一度全ての装備を広げ、すぐには使わないものは金庫に、使うものは取り出しやすさを考えてリュックに戻していた。

「これは……やっぱり持っていこう」

悩みに悩んだ末に三村かな子はカットラスを持っていくことにした。
もう、アイドルの顔を奪うということはしないが、無音で、また殺傷力の高いこの剣は非常に有用な武器だ。
“わざわざ千川ちひろがトレーナーの指示で大槻唯に持たせたもの”なのである。
教えられた戦闘スキルもこれがあることを前提にしている以上、ただの感傷で手放すわけにはいかない。

「拳銃は……、こっちにしておこう」

三村かな子は城ヶ崎美嘉の荷物から見つけたコルトSAAを金庫の中に仕舞う。
元から持っていたカーアームズK9とどちらにしようか悩んだが、最終的には小さくて軽いことと慣れていることを優先した。

「あんまり荷物減らないなぁ……」

結局、金庫の中に入ったのは途中で誰かから奪ったものばかりだ。
多すぎるストロベリーボムと殺傷力のない発煙手榴弾。そしてコルトSAAとその弾丸。
リュックの重さは大分減ったが、身軽になったというほどでもない。

「よいしょっと」

改めてリュックを背負いなおすと、三村かな子は最後にもう一度チェックしてから金庫の扉を閉め、そこに鍵をかけた。


 @


「――それって、“悪役”のこと!?」

大石泉の推論に姫川友紀が声をあげる。だが大石泉は素直にそうだとは答えなかった。

「わかりません。“悪役”というのもそもそも仮定の存在なんです。仮定の上に仮定を重ねていくのは危険だと思います」
「そう、ね。あまり見えないものに対して深く考えこんだり決めつけるのは問題だわ」
「……そっか。うん、そうだね」

三人は口を閉ざし、モニターと机を見る。
では、ここに座っていたのは一体何者なんだろうか? それは本当にこの島の中にいるアイドル――“悪役”の少女だったのだろうか。
もしそうだとするならば、その少女はどんな気持ちでこの部屋にいて、このモニターを眺めていたのだろう。

「でも、なんだかかわいそう……」

ひとりだけで部屋に残らされていたなんて、それはまるで居残り授業みたいだなと、姫川友紀は思った。


 @


結局、血痕のあった教室とその隣のモニターのあった教室ではこれといった手がかりは得られず、三人は探索の手を校内全体に伸ばすことした。
60人のアイドルとそのプロデューサーたち、千川ちひろを始めとする運営スタッフ。あの時、100から200の人間がこの学校の中にいたはずである。
ならばなにも痕跡が残ってないわけがない。そう考えて三人は学校の敷地内を隈なく歩き回る。

手始めに向かったのはスタッフが宿泊や機材置き場に使ったかもしれない講堂だ。だが芳しい成果は得られなかった。
次に彼女たちは職員室へと行ってみた。そこにあるFAXやコピー機になにかしらの痕跡やこの企画の真相に迫るヒントがあるかもと思ったのだ。
だがここも空振りだった。隣の校長室も、近くにあった図書室も覗いてみたがこれといった発見はなかった。
そのまま手当たり次第に保健室や理科室、音楽室などを見て回り、しまいには葛藤の末に男子トイレの中まで調べたりもした。

「あんまり人には話せない経験しちゃったわね」
「別になんでもなかった気もするけど」
「……………………」

しかし結局、ここにスタッフがいたというはっきりとした痕跡や、スタッフがどこに消えたのかそれを示すような手がかりは得られなかった。
歩きつかれた三人は今は校舎の一番端にある食堂へと来て、疲れた身体をプラスチックの椅子に預けている。

「ここに大勢のスタッフがいたらしいってことはわかるのにね……」
「どこに隠れたのかなぁ、もう……」

川島瑞樹が溜息を吐き、姫川友紀がテーブルへと突っ伏す。手ごたえのない捜索は彼女たちから確実に活力を奪っていた。

「あー、お腹減ってきたよー」
「確かにそうね。休憩もとってなかったし、次の方針を考えながらここで食事にしましょうか」

言うと、川島瑞樹は背中のリュックを下ろし、中から食べ物を取り出そうとして――そこではたと気づいた。
大石泉はどうしたのだろう? 食堂の中を見渡すと彼女は窓辺に立ち、ぴたりと動きを止めてその窓の外をにらみつけている。
もしかすればなにか発見をしたのか。それともその不穏さはまさかそこに死体でもあるというのか、川島瑞樹は席を立って彼女の傍に向かった。

「そこに、なにかあるの……?」

彼女の反応に穏やかではないものを感じた川島瑞樹は、刺激しないようにとそっと近づくと肩に優しく手をのせる。
声は聞こえていなかったのだろう。大石泉はびくりと身体を震わせると驚いた顔で振り返った。

「なにかあったの?」

もう一度、問いかける。すると大石泉は神妙な顔で「ありました」とだけ答えた。
それはなんなのか? 異変に気づいた姫川友紀も駆けつけてきて、彼女も様子を察すると今度は三人で並んで窓の外を見る。

「駐車場……? どこかおかしいところがある……?」
「……車の数が多いわね。ほぼ満車だわ。それにバンばかりなのも不自然よ。全部がこの学校の先生のものとは考えづらいわね」
「それもあるんですが、あの一番奥に止めてある白いバンを見てください。一見わかりにくいんですが……あれ、“中継車”です」

一度、大石泉を襲った衝撃が残りの二人にも走る。手がかりというにはあまりにもダイレクトなものだった。
駐車場の奥に止まっている、他よりも天井の高い白いバン。アンテナは収納されているが、知っている人間ならわかる。あれは中継車だ。
中継車とは文字通り、電波を中継することで現場からTV局へ映像を送ったり、コンサート会場に曲を送ったりすることができる。
それがここにあるということは、つまり、なにを意味するのか……?

「あの中にスタッフがいるなら捕まえて……」
「駄目です。首輪があることを忘れたんですか? 下手をすれば近づいただけで……」
「泉ちゃんの言うとおりね。無闇に手を出さないほうがいいわ。とはいえ、このまま見逃していいものか……」

三人の身体の中で今までになく心臓が跳ね、様々な選択肢が浮かび交差する。
これは好機なのか、あるいは罠なのか。
もしかすればスタッフと直接接触できるかもしれない。そうでなくとも、調べればどこと通信しているのかはわかるかもしれない。
しかしまだ手を出すには早いかもしれない。もしこれが直接、主催者へとつながるのなら彼らは首輪のスイッチをいれるのを躊躇わないだろう。
あるいは、あのバンはもうすでに用を終え、なにも手がかりは得られないのかもしれないが……。

姫川友紀、大石泉、川島瑞樹――三人が選んだ答えは……?


 @


装備の整理を終え、また出発する用意を整えた三村かな子だったが、その姿はまだ温泉旅館の中にあった。
入口より一番奥の客間で壁にもたれかかり、スカートより伸びる足を畳の上に投げ出している。
とても疲れていたこと、それに温泉と食事。一度気が緩んだことで彼女は睡魔に襲われ、そして今その歯牙に陥落させられようとしていた。

「せっかくだし、休憩してからいっても…………ん?」

しかし、ゆっくりと下りてきた目蓋を懐から伝わる振動が持ち上げる。なにか、と思うこともない。情報端末に新しいメッセージが届いたのだ。
もしかすれば休もうとしたことに叱責を受けるかもしれない。でも休息もまた必要だと教えられているのだから休んでも悪くはないはず。
そんなことを考えながら三村かな子は端末を取り出してスイッチを入れ、そして表示されていたメッセージに目を見開いた。

画面にはこんなメッセージが表示されていた。



   【学校に戻れ】 【3人殺せ】






【F-3・温泉 客間/一日目 日中】

【三村かな子】
【装備:カットラス、US M16A2(27/30)、カーアームズK9(7/7)】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
     M16A2の予備マガジンx4、カーアームズK7の予備マガジンx2
     ストロベリー・ボムx3、医療品セット、エナジードリンクx5本、金庫の鍵】
【状態:健康、眠気】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。
 0:学校に戻らなきゃ。
 1:そのために眠気をとろう(エナジードリンクを飲もう)。
 2:もう二度と顔はとらない。

 ※【ストロベリー・ボムx8、コルトSAA"ピースメーカー"(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)】
   以上の支給品は温泉旅館の金庫の中に仕舞われています。


【F-3・学校 食堂/一日目 日中】

【大石泉】
【装備:マグナム-Xバトン】
【所持品:基本支給品一式×1、音楽CD『S(mile)ING!』】
【状態:疲労・空腹】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。
 0:中継車を調べてみる? しかしそれは危険かもしれない。
 1:漁港を調査して、動かせる船を探す。
 2:その他、脱出のためになる調査や行動をする。
 3:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。
 4:かな子のことが気になる。

 ※村松さくら、土屋亜子(共に未参加)とグループ(ニューウェーブ)を組んでいます。

【姫川友紀】
【装備:少年軟式用木製バット】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)】
【状態:疲労・空腹】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する?
 0:中継車に突っ込む? でも首輪を爆破されたらどうしよう?
 1:漁港を調査して、動かせる船を探す。
 2:その他、脱出のためになる調査や行動をする。
 3:仲間がいけないことを考えていたら止める。
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。悪役を……?
 5:仲間をアイドルとして護り通す? その為には犠牲を……?

 ※FLOWERSというグループを、高森藍子、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいます。四人とも同じPプロデュースです。

【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:中継車を調べたほうがいい? でも先に他のことを進めたほうがいいかも。
 1:漁港を調査して、動かせる船を探す。
 2:その他、脱出のためになる調査や行動をする。
 3:大石泉のことを気にかける。
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。
 5:千川ちひろに会ったら、彼女の真意を確かめる。

 ※千川ちひろとは呑み仲間兼親友です。


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姫川友紀
川島瑞樹
前:魔法をかけて! 三村かな子

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最終更新:2013年05月22日 11:34