another passion ◆j1Wv59wPk2
『―――そんな感じで、二回目の放送を始めたいと思いますー!』
頭に、女性の声が響き渡る。
その言葉に、彼女はもはや何の感情もわかない。ただその内容を機械的に認識するだけだった。
そんな事に意識を回せる程の余裕がなくて、山の中で、何も考えられる事もなく彷徨っていた。
『―――自分が信じる“希望”を持って、強く生きなさい』
『希望』。希望とは、なんだろうか。
彼女――
十時愛梨が持つ希望とは、何か。
そんなものはもう、ない。自分の持っていた希望は、全て託してしまった。
これ以上考えれば、今度こそ上がってこれなくなりそうだったから。
そこに答えなんてない。そう割り切って、彼女は目的地もないまま惰性で足を動かす。
『今回死んでしまった皆さんは……』
死者の名前が呼ばれていく。
淡々と、最初の放送と何も変わらずに名前が呼ばれていく。
変わったのは、自分自身だ。周りは何も変わっていなくても、自分はこの六時間で変わってしまった。気づいてしまった。
8人の人間が死んだ。アイドルとして輝いていた少女達が、死んだ。
聞いた事の無い名前はなかった。全員が少なからず、名前に聞き覚えのある――それくらい、輝いていた。
でも、死んだアイドルなんてどうでもいい。『希望』を託したあのアイドルが生きている事さえわかれば、それでいい。
彼女がその代わりに感じるのは――死んだ数が少なくなった、という事。
8人、たったの8人。死ぬペースがおおよそ半分も減っている。
まだ、まだこの島には多くのアイドルがいる。まだこの殺し合いは終わらない。
この悪夢は終わらない。命の危機は未だ去らず、そして――まだ手を汚さなければならない。
「…………ッ」
その事実が、彼女に重くのしかかる。この悪夢の時間には、未だ終わりが見えない。
もう自分を騙し続けるのも限界なのではないか。
ギリギリの所で留まった魔法では、誤魔化しきれない自分がいる事を感じていた。
辛い。殺すことが辛い。逃げる事が辛い。ごまかす事が辛い。思い出すのが辛い。考えるのが辛い。
―――生きるのが、辛い。
いっそ全てを投げ出したいのに、それもできない。するわけにはいかない。
ただ理由も無くそれだけを認識して、いつの間にか放送が終わっていることにも気づかずにふらふらと歩き続けた。
「あ…………」
不意に、口から声が漏れる。
行くあてもなくただ足を動かして、気づけば開けた場所にいた。
この山の頂上だろうか。随分と見晴らしが良い。この島のある程度遠くまで見えそうな場所だ。
しかし、そんな光景よりも目を引くようなモノが、そこにあった。
彼女の目の前に広がっていたのは。
「―――――」
凄惨な、生を感じさせない光景だった。
* * *
そこで、一体何があったのか。
分かる事は、ここで争いがあって、命が二つ、失われたという事。
「……………」
彼女の直ぐ目の前にあったのは、前のめりになって倒れている人の姿。
その姿に生気は感じられず、広がっている血が死体であることを証明していた。
触らなくても、わかる程に。その現実を確かに証明していた。
十時愛梨は死体を見るのは初めてではない。
むしろ自分が、人を『死体』にしたこともある。慣れたとは言わないが、衝撃はそこまでなかった。
ただ、彼女が死んでいるという事実を淡々と受け入れただけだった。
もう彼女は動かない。決して喋る事も無く、想いを伝えることもない。
それが、そんな単純で当たり前のことが、今の彼女には何か重く感じられた。
死んでしまえば、全てが終わる。ここで何があったのかも、『彼女』は語らない。
だから、もう彼女から伝わる事は無く、故にもう興味もなかった。
愛梨はそれが死体であることを確認して、もう一つある人影の方へと向かう。
「ぁ…………っ」
しかし、その人影が。
奥にあったもう一つの『死体』が。
その姿が、彼女の心に引っかかった。
「………何、で」
その少女も、間違いなく死んでいる。
頭と体を繋ぐ部分には一本の線が通り、繋がっていない事を証明している。
だから、彼女も生きてるはずがない。事実、彼女は死んでいる。
しかし、だからこそ。この彼女の姿が、愛梨の心に引っかかる。
彼女は死んでいる。さっきの死体と同じ、動かないし喋らない。何も、語らない。
この少女は終わってしまった。友人に、大切な人に。どんな想いを持っていたとしても、全てが終わっている。
だというのに、この少女は。何で、なんで、何故、この少女は。
「あなたは………っ」
―――なんで、あなたは笑っているの?
なんでこの少女は、こんな場所で、無残に死んでいるのに。
なんでこの少女は、笑っているのか。
愛梨自身、そんな疑問を持ったこと自体おかしなことだとは分かっていた。
彼女は死んでいる。
だから、『彼女』はここにいない。愛梨の問いには、一切答える事は無い。
何があって、何故彼女がこんな所で死んで、何故笑っているのか。
その疑問は解決されることはない。それは分かっている。だからこそ。
――生きている自分がこんなにも辛くて、哀しいのに。
彼女の心に渦巻く感情が暴れている。
それがどれだけ醜くて隠したい感情であろうとも、一度出た感情をごまかす事はできない。
アイドルとして、余りにも自分勝手で我が儘な、黒い感情を。
――死んでいるあなたがなんで、幸せそうに笑っているの?
死んでいる彼女にどんな感情を持とうとも、それは全く意味は無い。
理屈では分かっていても、頭の中には誤魔化しようのない悪意が巡り廻る。
考える事に疲労した頭は、あっという間に感情に支配される。
疑問は怒りに、疑問は嫉妬に、疑問は■■に。
それぞれの形を変えて、認識されていく。
なんで?なんで、何で、何故、どうして、なんで――
「――――――っ!」
―――あなたは、死んでいるのにっ!!
* * *
朦朧とした、しかし確かな憎悪に満ちた頭に。
余りにも軽い、連続した破裂音が響いた。
「あ…………?」
それが、一体何なのか。すぐには判別できなかった。
「………ぇ……」
腕が痺れている。体が震えている。何故?
「ぁ………あ……っ」
その答えは、目の前にあって。
そこには、さっきまであったはずのモノが無くなっていて。
その代わりに、広がった血と、それに混じる、■■。
「う………あ………!!」
目の前の少女の頭が、無残に破壊されていた。
無意識だった。
ただ頭に浮かぶ自分勝手な憎悪と疲労からくる朦朧とした思考が、彼女の行動を勝手に決めてしまっていた。
そして、その結果が、目の前に広がっていく。
「お……うえぇぇぇっ……!!……げ…っ……ゴホッ……ぅ……」
それを理解してしまった瞬間に、体の奥から、のどを通ってせり上がってくる。
彼女はそれを必死で止めようと身をかがめても、その勢いは防げるものではない。
あっという間に通り道を焼き付けながら、嘔吐物が溢れ出していく。
つい先程に補給した消化しきれなかったモノまでまみれて一緒におちる。
べちゃり、と。ぼとり、と。とどまることを知らずに全てが戻されていく。
「はぁっ………はぁ………っ……」
逆流するモノが何回にも渡って彼女の喉を侵して、落ち着いた頃には焼けるように痛みを訴えていた。
そして思考も段々とクリアになっていく。
何故こんな事をしたのか。まったく意味の無い行動を。
弾数を消費するし、音が誰かを引き寄せてしまうかもしれない。
そんな行動を、何故してしまったのか。
おとぎ話では決して語られる事のない、裏の感情。
嫉妬とそれに伴う激情が、その銃弾を放った。
ただ、これ以上自分の内面を見たくなかっただけなのに。
目の前にいた少女が。何かに――願いに、想いに、生に――縛られなくなった、少女が。
許せなかった。
生きている自分が辛くて、哀しくて、壊れてしまいそうで。
だから、死んでいるのに……いや、死んでいるからこそ、彼女の事が許せなかった。
もう、なにも背負わなくても良い彼女のことが、許せなくて……そして、羨ましかった。
全てが終わって、落ち着いて。
憎悪と後悔が入り交じった思考には、しかし最後に一つの結論にたどり着いていた。
(引き金が、引けた)
死体相手だろうと、引き金は引けた。人間を破壊する事はできた。
それは撃てないと思っていた自分自身の大きな一歩であり、まだ『魔法』が続く証だった。
自分自身がどんな意志をもっていようとも、まだ人を殺せる。まだ自分は殺せる。
まだ自分は、生きていける。
そう、理由なんていらない。
死んでしまえば、全てが終わってしまうから。
あの人が何を託したのかはわからなくても、死んだらそこで終わってしまう。
だから、『生きる』。意味や理由なんて知らない。知らなくて良い。考える必要もない。
ただ、彼が与えてくれた言葉だけを胸に生きていく。
希望も絶望も全て託した今、ただそれだけをもって。
それは最初から決めていた事で、そして――決して揺るがない。揺らいではいけない。
(私は、あなたのようにはならない)
目の前の少女は、何も語らない。
それが『死ぬ』という事だ。
何度も実感して、そして改めて認識した事実。
ここで死ぬわけにはいかない。何も残さぬまま、この少女の様になるのは御免だ。
辛くて、哀しくて、楽しくなくても。
ここで立ち止まるわけにはいかないのだから。
それが。
(―――私の)
壊れた少女の、選んだ道だった。
【E-6/一日目 日中】
【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(0/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×4】
【状態:疲労(小)、憔悴】
【思考・行動】
基本方針:生きる。
1:意味なんてどうだっていい。殺して、生き抜く。
2:死への恐怖。死んでしまえば全てが終わる。だから『生きる』
最終更新:2013年05月13日 07:58