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 からんからんがらんがらんからー……ん。

 暗い店内に、けたたましいベルの音が鳴り響いた。
 ありえないことのはずだった。
 扉を押し開けていたきらりさんは、驚いた表情で立ちすくむ。
 細心の注意をもって扉を開けていたのに――。

「――っ、私たちは殺し合いに乗っていません!」

 私は叫びながら、すぐさまライオットシールドを構えてきらりさんの前に出る。
 かちり。
 かすかなスイッチの音とともに回り始めた天井のファンだけが、私の声に答えていた。


 水族館を後にした藤原肇諸星きらりは、病院への道すがら、道路沿いのダイナーに立ち寄っていた。
 本来ならばそこに寄る理由はなく、彼女たちは雨の中、救急病院へと急ぐ予定であった。
 しかし通り過ぎようとして彼女たちは、そのダイナーがウィンドウ全てのブラインドを降ろしていることに気づく。
 何者かが、夜間、そこに立ち寄ったのだ。
 そして、外が雨である以上、未だ立ち去らず残っている可能性も高い。

 ――入ってみよう。

 二人の意見は、そう合致した。
 まず、傘を入り口付近に置いて、気づかれないようにそっと様子を伺う。
 ブラインドから明かりは漏れていない。
 ガラス扉から見えるダイナーの内部は、外と同程度かさらに暗い。
 音を立てずにドアを開けさえすれば、中に入って観察できるはずだ。
 殺し合いに乗っていない者たちがいれば、仲間になることができるだろう。
 仮に、殺し合いに乗っていた者がいても、気づかれる前に立ち去るか、盾を構えて説得するくらいの余裕はあるだろう。
 なにより夜を越す場所に、わざわざ地図上にある施設を選ぶという行為は、仲間を求めるがためのものなのではないだろうか――。
 そんな考えがあった。


 ――それは甘かった!

 藤原肇は、高速で思考を巡らせる。

 ベル。
 本来なら、私の背後の扉に一つだけついているもののはず。
 それが、音として響いてきたのはフロア全体から。
 窓だ。
 ブラインドの隙間が揺れている。
 ドアの開閉に連動して、その動きを一本の糸がダイナーの最奥まで伝えていた。
 その線上にいくつものベルが仕掛けられ、鳴子として機能するようになっている。

 夜を越す場所に、地図上にある施設を選ぶという堂々たる行為。
 それは、必ずしも殺し合いをしない仲間を求めるため、だけとは言えない。
 人を待ちかまえ、必ず屠るための準備をしているからとも考えられたはずなのに――!


 肇が叫んだ後の静寂には、シーリングファンの羽根だけが風を切る。
 二つある天井のファンのうち、奥の一つだけが回り続けていた。
 これだけの物音を立てて、自分たちの存在が相手に気づかれないわけがない。
 自分たちが殺し合いに乗っていないことをアピールして、せめて、ここにいる人物が同じ志を持っている可能性に賭けようとした。

 しかしアピールしたところで、根拠もない主張が信じてもらえるとも限らないし、ここの人物が殺し合いに乗っているとしたら、そもそも無意味な発言だ。
 説得するにしても、相手の対応を一度受け、冷静な環境を整えてからでなくてはならなかった。
 相手は、一体どんな動きを見せるのか――?


 瞬間、今までダイナー内の隅々にまで目を凝らしていた諸星きらりが反応する。

「肇ちゃん! 奥!」
「っ!?」

 ズッ。
 一瞬、脚を引きずるような音がした。
 そしてダイナーの奥の暗がりから、突然、何者かが飛びかかってきた。
 その影はほとんど一直線に、すさまじい勢いで二人をめがけて飛来する。
 人間とは思えない跳躍だった。

「……きらりーんッ――」

 驚きに動けない藤原肇の目の前を、稲光のように白い腕が横切る。
 背後にいたはずの諸星きらりが、ステップを踏んで前へと跳び込んでいた。
 襲いかかる影に合わせるように掴みかかり、その勢いを横へいなしながら組み伏せる。

「ロッ、クぅっ!!」

 ドガァ……ン。
 バキッ。

 床板を打ち鳴らして、衝撃が響いた。
 そして続けざまに、骨でも折れてしまったのではないかという、乾いた破断音。

 ――きらりさん、流石にやりすぎでは……。

 その時、きらりの押さえ込んだ襲撃者を見て、二人は驚愕した。

「にょ!?」

 きらりが組み敷いていた影は、木製の椅子だった。

 ――何故、椅子が!?

 藤原肇は入り口付近のかすかな光度に、椅子の脚へ結ばれる一本の紐を見た。

 シーリングファン。
 紐。
 椅子。
 跳躍。
 連動するベル。
 骨の折れたような破断音。

 脳裏に閃く光景が、藤原肇を即座に行動に移させた。

「きらりさん! 羽根!」

 目を上げる余裕もなく藤原肇は、飛び込むようにして諸星きらりの前にライオットシールドごと身を投げる。
 声に反応したきらりの視線の先に、今まさに巨大な扇風機の羽根が飛来していた。

「にょわあああっ!!」

 椅子に繋がっていたファンの羽根は、きらりが椅子を叩き落とした衝撃で根本から折れ、あたかも丸ノコの刃のように襲い来る。
 きらりが転がりながらライオットシールドの内側に手を添えるのと、そこへ巨大な羽根が衝突するのとはほとんど同時だった。
 ポリカーボネート製の面に耳障りな高音を立てて上滑りした羽根は、斜めに傾いたシールドから後方へ受け流され、ダイナーのガラス戸にひびを入れる。
 たわんだ羽根が床に転がり、不安定な金属音を漂わせて止まっていた。

「……はい、フリーズよ、そこの二人。アタシの拳銃はアンタたちの頭を狙ってんだから」

 幼いけれども鋭い、警告の声が肇の耳を刺す。
 ――やられた。
 このライオットシールドの強度では正面からの銃弾を防げるかわからない。
 この人物は、こんなトラップまで仕掛けて、確実に私たちを殺す気なのだ――。

「予定より随分派手に引っかかってくれたじゃない、デカ女。
 ……レイナサマのイタズラは、大成功を納めたと言えるわね」
「うっぴょお! 麗奈ちゃんだったのぉ!?」

 ぱっと、ダイナーのキッチンに明かりがともる。
 きらりの華やいだ声の上がる先、少女のシルエットが、得意げに、それでもどこかほっとしたように笑いながら、その指先に拳銃を回していた。

「……アンタで安心したわ。ギッタンギッタンにやり込めるだけで、済んだから」
「きらりさんすみません~。もうちょっと早かったら、いっしょにシチュー食べれたんですけど~」

 少女の後ろからもう一人、柔らかな声音とともに、ひょっこりと顔を出してくる子がいた。
 胸元に抱えたグリーンイグアナが、ちろちろ舌を出している。
 ダイナーにいた人物は、小関麗奈古賀小春だった。


 跳ね起きて二人に抱きつくきらりさんの背をぼんやり見つめながら、私は、横座りした床に安堵の息を流していた。


    ++++++++++


「――というような具合で、合流したんです」

 待ちうけロビーのソファーに輪を描いて座る一同に向かって、藤原肇はそう締めくくった。
 一日の終わりと始まりを告げた第四回の放送の後、救急病院に集った8人の少女たちは、自分たちの体験を共有すべく、そして今後の行動方針を決定すべく、話し合いを行なっていた。


 小関麗奈と古賀小春は、諸星きらりと別れた後、灯台に暫く籠もり、昼からは殺し合いに否定的なアイドルと合流すべくダイナーへ向かって、そこに罠を張り巡らせていたことを話していた。
 二人の方針は、互いを守りながら生き残ること。
 そして、具体的な脱出や合流の手段を模索し、間違った道を進むアイドルを止めたい、ということだった。
 特に麗奈は、南条光の死を知ってから、殺し合いに乗る人物への対処法を、大量に画策していたらしい。

 麗奈と小春は、夕食をとった後、ダイナーの二階に上がって休息をとろうとしていた。
 そこへ諸星きらりと藤原肇がやってきた形になる。
 目論見通りにその効果を発揮した鳴子を聞き、麗奈は二階への階段脇のスイッチを入れた。
 シーリングファンは、入り口側のもう一つのファンの軸を経由して、束ねたタコ糸でダイナー奥の椅子と結びつけられていた。
 回転にあわせて糸は巻きとられ、糸が巻きとられきったとき、椅子はそれに引っ張られる。
 入り口側のファンを経由しているため、その方向は極めて正確に制御し得た。
 雨夜の暗さと合わせ、打ち所が悪ければ骨折もありうる、もはや『いたずら』を通り越した実用的なトラップだった。
 殺し合いに乗っている者を無力化する効果は、十分見込めたと言える。
 ……諸星きらりに迎撃され、ファンの軸を折られることまではさすがに想定外であったが。 

「……アタシが鳴子を仕掛ける前から、既に誰かがドアベルを一つ増やしていたわ。
 アタシと同じようなことを考える策士が、この島にはいるのよ」

 きらりたちと、救急病院に向井拓海たちがいるとの情報を共有し、4人揃って向かおうとしたわけであるが、その際の作戦を立案したのも麗奈だった。
 盾を持つ肇と、ヘッドライト付きヘルメットの小春が先頭を行き、探照灯と囮の役割を担う。
 銃を持つ麗奈と体力に優れるきらりは、後方の暗がりをついて行き、もし誰かに襲われた際でも対処できるような陣形を組んでいた。
 夜道や病院内でも、殺し合いに乗る人物と遭遇しない確証はなかったからだ。

「まあ、きらりと肇にも手伝ってもらって、罠は再利用されないよう全部かたしてきたけど。
 ダイナーには生乾きの血の跡もあったし……。あそこですら殺し合いが起きたんだわ。
 人数が集まっても、まだまだ危険は多いのよ」
「あ……、その血って……。り、涼さんの、かも」
「へ?」

 真剣な眼差しで対策の必要性を語る麗奈に、白坂小梅が小首を傾げる。

「ふ、拭き取れきれなかったから……。ホラーだったかも?」
「あん時ん涼はんは一刻を争う状況やったさかいになぁ」
「それよりもアタシはまず、『ロック』ってそういう意味じゃねえよと言いたい……」
「うきゅ? ロックって、『ひとの魂や体を揺さぶること』だーって、教わったにぃ」
「うーん、それは間違っちゃいないんだけど……」

 小早川沙枝、松永涼と発言が続き、諸星きらりの反応に涼は頭を抱える。
 麗奈はバツの悪さにこめかみを掻き、古賀小春に頭を撫でられた。

「とりあえず、さっきの話は、麗奈と肇がお互いに考えすぎた果てに起こっちまった戦いなんだろ?
 それより、アタシは水族館の方が気になってたんだ。聞かせてくれ」

 車椅子の涼の姿を一度見やり、向井拓海が口を開く。
 見据える先は、ほとんど無表情に足元を見ている藤原肇だった。

「……はい」

 肇は先ほどから淡々と、麗奈の話に補足情報を加えていた。
 放送を聞いた後、その面もちは合流時とは打って変わって感情の見えないものになり、拓海に不安を抱かせていた。
 肇はきらりに目配せをし、覚悟を決めたように語り始める。

「小梅さんといた時のことは、ある程度拓海さんも聞いていると思いますが――」


    ++++++++++


 藤原肇は、東の町のログハウスに、自殺を図ったと思われる佐城雪美の遺体を見た。
 そして町に出る道すがら諸星きらりと出会い、炎上する店舗の前に、二人の少女だったはずの煤の塊を見る(後に彼女たちは、白坂小梅と諸星きらりの手で弔われた)。
 炎の前では、妄想に囚われた喜多日菜子に襲われたものの、直前に会った岡崎泰葉の手で難を逃れ、白坂小梅、市原仁奈とも行動を共にした。

 きらり・小梅が自転車の回収及び麗奈・小春の探索に向かった後、肇は泰葉の勧めで、仁奈とケーキ屋を訪れる。
 そして肇がわずかに目を離した隙に、市原仁奈は何者かに絞殺された。
 その際、双葉杏と出会うも、肇は、仁奈を殺したのは自分だと偽り、日菜子と泰葉のもとに杏を残して水族館から去った。
 キャンプ場方面に歩みながらきらりと再会し、渋谷凛との会話などを受けて考えを改め、仁奈の弔いをすべく道を引き返した。
 そのさなか、一軒の住宅に撲殺された城ヶ崎莉嘉を発見し、仁奈と共にケーキ屋の上に眠らせた。

 そして、泰葉と日菜子の訃報を聞く。
 水族館に向かっても、杏や、伝言に向かったはずの凛の姿はなく、泰葉だったはずの焼死体と、莉嘉と同様に小さなハンマーで殺されたように見える日菜子が残されていただけだった。
 きらりとともに病院へ向かった後のことは、麗奈と小春が先に語った通りである――。

「……7人。いえ、8人のアイドルの、亡骸を見ました。
 そしてそのうちの3人は、私が殺したも同然です。
 さっきの放送で更に3人亡くなって、もう32人の命が失われたことになりますね」

 静かに死の数を数え、ふと思い出したように、藤原肇はそう付け加える。
 微に入り、細に穿つ、克明な記憶と説明であった。
 それでも彼女はだいぶ詳細を削り、婉曲に話していただろう。
 だが話を聞く7人の脳裏には、程度の差こそあれ、かなり鮮明な映像と感触として、当時の様子が浮かんでいた。

 病院のロビーには、深夜の冷気が充満して動かなかった。
 誰もがその冷気に唇を凍り付かせてしまう。
 その中で、ただ向井拓海だけが、両の膝に握り拳を落としていた。

 長髪を振りたてて立ち上がる。
 肩をわななかせ、拓海は肇を睨みつけた。

「……おい。軽々しく『私が殺した』とか言うんじゃねぇよ。
 きらりと一緒に、そいつらの思いを背負うんだろ!
 諦めたみたいな顔してんじゃねえよ!!
 もうそんなに死んじまってるからこそ、アタシたちは今からできる限りの人を助けに、手遅れになる前に、行こうって言ってんじゃないか!!」
「ええ。その通りです。そのために、もっと方針を詰めていきましょう」

 怒りのような熱気を吹き付けられながら、藤原肇はより一層静かに返答していた。
 その返事に引火しそうな拓海の剣幕を、脇から涼が掴んで引っ張る。

「おい拓海、落ち着け。肇だって思いは同じなんだから……」
「藤原はんは、うちらより色んなもの見てはる。熱意だけでなんとかなるものでもあれへんのよ、この殺し合いは」

 涼と沙枝に諭され、拓海は憮然としながらもソファーに戻った。
 初めて藤原肇の全体験を聞き及んだきらり、小梅、麗奈、小春も、心配そうな視線を肇に送っている。
 彼女はその目に薄い光を湛えながら、デイパックから一冊のアルバムを取り出していた。

「……今度は、向井さんたちのお話を聞かせてください。
 涼さんの脚を奪った人のことが、気になっていたんです。
 私たちが『助ける』べき人が誰か、見えてくるかも知れません」

 肇の眼の光は、墨を流したように黒かった。
 薄い光は彼女の瞳孔の奥を際だたせ、美しく黒々とした色彩として、見る者の視覚に感受されていた。


 ――諦めた、というのとは違うんです。拓海さん。


 開いたアルバムに目を向けながら、藤原肇は彼女たちの話をその端々まで、瞳の土に注ぎ始める。


    ++++++++++


 その始まりは多様だったが、彼女たちは皆一様に死を間近に触れていた。

 向井拓海は、自らの手榴弾の爆発に巻き込まれてしまった少女を掻き擁いた。
 小早川紗枝は、その少女の遺体を真っ先に看止めた。
 松永涼は、また異なる少女から、謝罪と共に爆弾を転がされた。
 白坂小梅は、女性との出会い頭に自身のアイドルを否定され、大きな銃を突きつけられた。

「……すみません。その方たちの特徴、教えていただけませんか?」

 肇は、その話を唐突に切る。
 拓海の目尻が一瞬だけ震えた。

「私にはアルバムが支給されていたんです。
 これから先に出会う人が、殺し合いに乗っているか、乗っていないか、それは誰なのか、できる限り知っておくべきだと思うんです。
 以降のお話でもできれば、あなた方に危害を加えてきたアイドルの特徴を教えてください」

 拓海は肇を見つめたまま大きく息を吸い、それを鼻から太く吐き出した。
 肇以外の一同は、その様子を身じろぎもせず注視する。
 瞬きをして、低く言葉を投げる拓海の挙動を、小関麗奈が最も長く見つめていた。

「……そういうことなら、説明するよ。アタシらにも見せてくれ」


 拓海に手榴弾を投げようとした少女の名は、すぐにわかった。
 アルバムの写真を見て、一目で拓海は彼女だと気づいた。

 佐々木千枝
 殺し合いの開始から4人目という早さで、その命を落としてしまった少女。
 わずか11歳。迷子の子供みたいに、気弱な女の子だった。

『約束したんです。……今度のオフに一緒に服を選んでくれるって! だから、ごめんなさいっ!』

 同年代の3人ユニットで、色んなツアーで歌っている写真がある。
 遊園地で魔法少女のような格好をして、楽しそうに笑う写真がある。
 こんな女の子が。

『千枝が死んだらプロデューサーさんも死んじゃうから……っ!』

 プロデューサーのために意を決して、人殺しをしようと――。


「紗枝さん。もしかして、この子って、あの煤だらけの病室の――……」
「……そや。どなたさんかわかれへんけれど、あん子をもういっぺん燃した人のいてはる」

 拓海の思考は、肇と紗枝の会話に切り裂かれていた。

 肇たち4人は、拓海たちと出会う前にその異臭に気づき、佐々木千枝の眠る病室を発見している。
 そこは壁面から天井に至るまでが煤に覆われ、鼻を突く、油と肉体の焼けた臭いに満ちていた。
 スプリンクラーのせいか病室の中は湿っていたが、それでもここの炎は、少女の肉体を炭にするまで燃え盛っていたことになる。
 きらりと肇にとっては、それは激しいデジャヴを感じさせる光景だった。
 紗枝は拓海と出会った後、佐々木千枝の遺体を病室に安置して立ち去っていたが、その後、何者かがやってきて彼女を焼いていたのだ。

 肇は拓海の様子には気を払わず、涼や小梅からもさらに話を聞いている。

「……こいつだ。そうか、緒方智絵里、っていうのか、あいつ……」
「彼女も、千枝ちゃんと同じく、謝りながらの爆弾……」
「大丈夫だにぃ! ぜーったい『助けて』あげられるにぃ!」
「涼さん、彼女の爆弾って、どんな感じでしたか?」

 拓海には、自分と同じくアルバムの写真に唇を噛む涼や、熱く励ましを送るきらりに対して、藤原肇の言葉がひどく異質に思えた。


 ――どうしてこの少女の言葉は、こんなに冷えているのか。
 自分より年下であろうのに、その様子は波一つない水面のように静かだ。
 彼女は、放送を聞いて何を思ってしまったのか。
 そしてなぜ、自分は彼女の言葉の一つ一つに、こんなにも苛立っているのか――。


「それで、小梅さんに銃を向けたのは、大人の女性、でしたよね」
「わ、わからなくて、ごめんなさい……。でも、この三船さんじゃ、ないかも。髪、短かった……」
「あと候補は3人? この中に、殺し合いに乗ってるヤツが少なくとも1人以上残ってるのは確定なのね……」
「みんな、優しそうな人ばかりなのにねぇ……」

 集まった8人の内でも年少の3人は、アルバムを前にそれぞれの溜め息をつく。

 藤原肇の思考は、奇しくも岡崎泰葉とほとんど同じ推理過程を経た。
 容姿や身長、年齢を元に、『大人』と言えるだろう人物は4~5人。
 シルエットからして三船美優ではないとすれば、小梅を襲った人物は、川島瑞樹和久井留美相川千夏のうちの誰かに限定される。
 そこに高垣楓が入ってくるかどうかというところだろう。
 藤原肇は淡々とその推測を口に出し、代わりに向井拓海の口はどんどんと重くなった。

 黙りこんでしまった拓海の代りに、紗枝が中心となって以降の話を進める。


 救急病院を後にした拓海と紗枝は、爆発から逃れた涼と出会い、禁止エリアから逃げてくる人と合流しようとした。
 そうして通りかかったスーパーマーケットで、件の襲撃に会う。
 彼女たちはまんまと眼鏡の女性の罠にはめられ、爆弾で倒壊した棚に涼の脚は潰された。
 拓海が紗枝の薙刀で涼の脚を切断し、辛くも脱出したところで、きらりと小梅に出会った。
 以降は小梅と共に、涼の手当て、ダイナーでの物資・軽トラックの確保などをしつつ病院に到着。
 きらりの伝言が肇たちに届くことを信じ、その帰還を待っていたのだった。


 その時の様子を聞く中で、小関麗奈の表情は傍目にもわかるほどに顰められていた。
 肇は無言でアルバムをめくり、その中のあるページを皆に提示する。

「……眼鏡をかけているアイドルは、ここに呼ばれた60人の中では、この人しかいません」

 相川千夏。
 23歳。北海道出身。
 大槻唯とユニットを組んでいたが、その彼女は第一回放送前に亡くなっている。
 アルバムの写真はほとんどその大槻唯の金髪と笑顔に埋められ、物静かで理知的な千夏の微笑みはその脇にそっと添えられていた。

「……ですが、FLOWERSの相葉夕美さんや、小梅ちゃんなどにも一応、眼鏡をかけた写真がありますから……。
 変装していたと考えれば、一概に彼女が爆弾魔とは、決め付けられません……」

 静かだった肇の声は、肺の奥を絞った泥のような音で、そう付け加えた。
 そして、さらにその声の湿り気とざらつきを濃くしながら、肇は黒い瞳孔で語る。

「あと、莉嘉ちゃんと喜多さんを殺した人は、小春ちゃんや紗枝さん、麗奈ちゃんと同じかさらに低いくらいの身長の人だと思います。
 靴のサイズが、私より2回りは小さかったので。
 ……一応、覚えておいて、下さい」

 声の中に泥濘を滲ませながら、それでも、藤原肇の表情は動かない。

 肇の無表情が隠す心は、むしろ自己嫌悪ともいうべき感情だった。
 0時の放送を聞き、死者の名を耳にした時、肇はその死を悼むより先にその名に、
『ああ、莉嘉ちゃんたちを殺した犯人が、絞れてしまった』
 と考えてしまっていた。

 星輝子輿水幸子と双葉杏。それが城ヶ崎莉嘉殺害の犯人として残っていた容疑者だった。
 喜多日菜子が同様の殺害方法で殺されていたため、この犯人が生き残っていることは確実と言えた。
 そこへ、星輝子と輿水幸子の死の報せが入る。
 双葉杏が殺し合いに乗っている可能性は、限りなく100%に近かった。

 ――このことは言うまい。

 双葉杏と親しかった諸星きらりを傷つけまいと、肇はこの情報を最後まで、ぎりぎり仄めかすに留める。
 互いに有名なアイドル仲間が集う島で、変装する意味など無いに等しいのだけれど、相川千夏にも、一応のフォローを入れておく。

 緒方智絵理も含めて、彼女たちが一度ならず殺人を試みたのだと、そう確定させてしまうことが、怖かった。
 彼女たちを救うためにも、その殺意には、対策を取らなければいけないのに。

 ――見たくない。けれども、見える。
 そして本来ならば、恐らく、見据えなければいけないもののはずだ。
 その上で、きらりさんたちと一緒に、救うんだから。
 しかし依然として、やはり、見たくない。
 そしてなぜ、自分は彼女たちの事実の一つ一つを、こんなにも忌避したくなるのか――。


『貴方の“アイドル”を。見せ付けなさい』


 千川ちひろは、そう放送で呼びかけていた。
 肇の心は、相反する色の土の中に沈んでいく。
 藤原肇は、自己の水中に沈むアイドルの姿を、今一度見つめ直さざるを得なかった。


    ++++++++++


 その後、8人は、今後の方針を決めた。
 この島の海岸線を不自然に封じていくような禁止エリアの配置に気づき、この殺し合いの主催者が隠している何かがそこにあるのではないか、と小早川紗枝が考えたことには、藤原肇ら4人も驚きと共に納得した。
 東の街を辿ってから南下し、他のアイドルを探して天文台に向かうことで合意が取られる。

 諸星きらりなどは、すぐにでも出発しかねない勢いだったが、藤原肇がそれを虚ろな眼差しのままで差し止めていた。

「あの……。涼さんの脚と体調は、大丈夫なんですか?」

 涼は毅然とした口調で、自身の好調を主張してみた。
 そこへ、紗枝が小声で耳打ちしてくる。

「……でも松永はん。……少しも休んでへんよね」

 涼は小梅の視線を気にするように慌て、脚の痛みなど鎮痛剤で消えたと主張した。
 その脚の断端を、麗奈が醒めた表情でつつく。

「本当に、そうかしらね」

 涼の喉はけったいな叫びをあげていた。
 その腕を掴んで、きらりが顔を寄せてくる。

「……涼ちゃん、お顔白いにぃ。お手手も冷たいし、張りもないにぃ」

 涼は喘ぎながら、手に持った水のペットボトルを指し示した。
 小春がそれを一瞥して、拓海のもとから別のボトルを探し出してくる。

「脱水の時は、ただのお水は良くないかもですよ~。
 ライブの時は、これと同じような感じで、スポーツドリンクを半分に薄めて、梅干しを入れるのがいいです~」
「……経口補水液って書いてあるな。なんだ。お前、血が薄まってたからトイレばっか行ってたのか? 輸血パックあるのによ……」

 涼は、水の代りにその飲料を受け取ることしかできなかった。
 涙目を堪えて笑顔を作る涼に、小梅の切なそうな眼差しが迫る。

「涼さん……。もう一度、手当て、しようか……?」

 その背後で、肇が拓海に向かって静かに問いかけている。

「えっ……? 輸血パックあるのに、輸血はしていなかったんですか?」
「……そうだよ。平気そうに見えたからさ」
「脚の痛みの方は? 鎮痛剤とか、麻酔とかは? 止血も大丈夫なんですよね?」
「小梅が見つけてくれたのを飲ませてるけど、麻酔なんてねぇしよ……」
「歯医者さんでも耳鼻科さんでも行けば、麻酔はされるじゃないですか。あるはずですよ」
「探してもわかんなかったんだよ!!」
「冷静になりよし!」

 肇が切実に尋ねるたびに、拓海の言葉は火を噴いていく。
 紗枝が二人の間に入って双方を差し止めようとした。
 ソファーから二人が立ち上がる。

「そんなに言うなら、お前が探してきてくれよ!!」
「もちろんです。見つけたらお呼びしますね」

 赫い拓海の眼差しに、肇の黒い瞳が応えていた。


    ++++++++++


「……ほら、開かへんのよ。多分その麻酔薬もここ入っとるんやとは思うんやけど」
「病院ってよく見ると、色んなものがおいてあるんですね~」

 小早川紗枝は、『救急カート』とラベルされた、キャスター付の赤い引き出しを指した。
 古賀小春のヘッドライトが、その引き出しを照らしていく。
 藤原肇は、小春の明かりと紗枝の案内を頼りに、ロビーから救急処置室にやってきていた。


 引き出しには上から『救急薬品』、『気管挿管物品』、『輸液・血管確保』、『BVM・酸素マスク』とラベルされており、側面には黒い酸素ボンベが掛かっている。
 下3つの引き出しは自由に開いたが、最上部の『救急薬品』には鍵がかかっていた。
 “薬剤の管理は担当薬剤師が必ず介入”などと注意書きもされているため、厳重に保管されているのだろう。
 局所麻酔薬といえど、劇薬なのだ。

 藤原肇は引き出しを一通り確認した後、袋入りの注射針と、『駆血帯』と書かれた帯を中から選びだした。
 カートの上に積まれているアルコール綿のパックとともに紗枝へ手渡す。

「……目的は麻酔だけではありません。これがないと涼さんに輸血もできませんよね」

 そして再び振り返り、彼女は小春を手招いて、処置室の中を見回り始めた。
 麻酔薬が取れないのなら、戻るべきではないのだろうか。

「藤原はん? どないしはりました?」
「局所麻酔って、注射薬だけじゃありませんよね。
 咽頭炎になって喉を見てもらったとき、カメラの先にはキシロカインという麻酔のゼリーがついていました」

 肇と小春は、『SPD・物品棚』と書かれている背の高い棚の前で立ち止まっていた。

 ――ここ、よく見えるようにしておいて下さいね。
 ――はい~。わかりました~。

 そして二人は、下の方から棚の籠の中を観察し始める。

「……それに、麻酔薬なんて、救急の現場なら使用頻度が高いもののはずです。
 紗枝さんは、自分の部屋でよく使うものなら、手に取りやすいところに整理しませんか?
 お医者さんだって同じ人間でしょう。用法を忘れないように注意書きや張り紙もしてますし……」

 ネラトン、ベクトン、ディッキンソン、プロベントプラス、ロードーズ。

 一見しただけではよく分からない物品のラベルを指差しで確認していく。

「物の形と有様はそのまま、その物の用途であり、役割なんです。
 器を作っていると、特にそれを感じます」

 三方活栓、連結管、バイドブロック、翼状針。

「そして突き詰めていけば、物はその役割に最適化されるように、その有様を変えていきます。
 陶芸も、部屋の掃除も、きっと病院の薬品も……」

 セッシ、シリンジ、舌圧子、カテーテルチップ、イオダイン。

 藤原肇の指は、棚の最上段まで行って止まる。
 そこの籠を引き出して、大量にストックされている資材の一部を手に取った。
 小春のヘッドライトの明かりに、その詳細を見つけにゆく。
 一種類ごとに、記載された効能・効果を確かめ、選び出した。

「多分、私たちアイドルも、同じなんですよね。
 自分がイメージするアイドル像に己を変えていく……。
 みんな自分の『役割』に、最も適した『器』を作っているんです」

 彼女の差し出した白い手には、『キシロカインゼリー』というチューブ。
 そして『ソーブサンフラット』と書かれた薄い箱が載っていた。


    ++++++++++


「へぇ……なんか、思ったより太くて立派なのね……」

 小関麗奈は、『それ』の被膜を剥いて、ごくりと固唾を飲んだ。

「やめてくれ……そんなの入らねぇよ……」

 車椅子に座らされた松永涼が、恐怖に慄いた目で『それ』を見つめる。

「だ、大丈夫だよ、涼さん……。い、イタいのは、最初だけ……」
「そうだにぃ☆ 思い切って、ぶすっ☆と刺しちゃえば、あとはきっときゅんきゅん☆だにぃ!」
「ヒョウくんが一緒にぺろぺろしたら、痛くなくなるかもです~」
「やめろぉ!! 余計気持ち悪いから!!」

 涙目で首を振り、もがく松永涼の両腕を、諸星きらりが背後からがっちりと押さえつける。
 白坂小梅が更にその腕の一本を、太い帯できつく縛ってしまう。
 反対の腕にはイグアナが乗り、古賀小春とともに涼のその表情をじっくりとねめつけてくる。
 小関麗奈は思いつめた眼差しで、向井拓海に『それ』を手渡した。
 まっすぐに立つ『それ』を見て、拓海は顔に緊張を浮かべ、そして照れたように笑う。

「なぁ、涼……。アタシ、こうゆうの初めてだから、下手だったら、その……ごめんな?」
「もうちょっとマシなこと言えねぇのかよ拓海!!」

 涼の言葉とは裏腹に彼女の『そこ』は充血し、中身を見せた『それ』を待ちわびるかのように、拓海の指先にコリコリと触れる。
 拓海は、おずおずと、しかし大胆に、『それ』を涼の体内に刺し入れた。

「――――~~ッッ!?」
「よ、よし、入ったっ!!」
「ち、血が戻ったら、帯を外すから……、中だけ抜いて……」
「小春! その管とって!」
「はい~。根元まで血は落としてますよ~」
「輸血☆ぱわー、ちゅーにゅー開始だにぃ!」

 注射針を静脈に刺すだけで一大事であった。
 6人の少女がマニュアルを睨みながら、懸命に輸血を試みているのだ。

 処置室で目的の医薬品を見つけた肇たち3人は、涼たち残りの5人を呼び寄せていた。
 律儀に経口補水液を飲んでいるところを連れられた涼を待っていたのは、素人たちによる静脈路確保という、恐怖の時間であった。
 その素人たちが曲がりなりにも一発で成功を収めたのは、救急病院のマニュアルの練られ方と、彼女たちのアイドルとして培ってきたセンスが、奇跡的な化学反応を引き起こしたせいであったのかも知れない。

 遠巻きにその様子を見ていた小早川紗枝は首をかしげる。

「なぁ藤原はん。あん針って、そないに痛い太さなんやろか?」
「……わかりません。でもやはり、注射の怖さっていうのは万人に共通ですよね」

 発見した袋の針は、ひやむぎに近い、太目のそうめんくらいの太さであったろうか。
 うどんでないだけマシだろう。
 そう思いつつも、血管の中で流しそうめんが開催される絵面を想像してしまい、藤原肇は紗枝の隣で身を震わせる。

「ふ、副作用を確認するために、最初は、1分で1ミリリットルずつ……」
「おしょうゆだと、20滴で1ccですよ~」
「じゃあじゃあ、このきゃわゆい☆わっか、くるくるするにぃ☆」
「……おいアタシの血管だぞ!? ふざけんな、だだ流れじゃねーか!!」

 ひとしきり騒ぎは続き、なんとか彼女たちは輸血に成功したようだった。
 輸血パックの下がる車椅子に放心状態の松永涼を連れ、処置室の中を、今度は水道の方へと向かう。
 刺入の緊張により一瞬で肩こりになってしまった拓海と麗奈に代わり、肇と紗枝が道具を持って後を追った。
 傷口のガーゼ交換である。

 緊張を撫で下ろす拓海へ、麗奈がその肩を揉んでやりながら声をかけていた。

「お疲れ様ね。ちょっと、アンタに話したいことがあるんだけど、いい機会だから来てもらえる?」
「ん? 良いけど涼の方は……。まあ、大丈夫かな……」

 麗奈に腕を引かれて、拓海は処置室を後にする。
 振り返り振り返り窺うその視線の先では、涼が再び、声にならない叫びを上げていた。


「――――~~ッッ!!!」
「頑張って下さい……。今度は、本当に痛そうですね……」
「だ、大丈夫? ガーゼ、固まっちゃってるから……」
「こういう時は、湿らせてからやると良いと思いますよ~」
「うーん……、剥がすと痛々しいわぁ。血ぃも滲んではるし……」
「でもでも、このために、肇ちゃんと紗枝ちゃんが見つけてくれたんでしょお?」

 血に固まったガーゼを剥がしたあと、涼の脚の切断面は、骨と肉の覗く凄惨な様相を呈していた。
 ガーゼは血液と共に、付着した組織を連れていってしまった。
 ふとももの動脈は小梅の処置で縛ってはいたが、それであっても全体が腐ってしまわないように、間欠的に緩めて脚に血を流させている。
 最初の手当てから何時間も経っているというのに、ガーゼを剥がした直後、そこには完全に乾いたような赤い筋肉が覗き、そして見る間にじくじくとした液に覆われていってしまう。
 水道に洗う間も、涼は苦痛に顔を歪めていた。

 小梅が新しいガーゼで傷口の水分をふき取った後、きらりはそこに、優にチューブ半分ほどのゼリーを塗り、小春が厚めの綿のようなシートを被せる。
 ギリギリ傷口を覆うようなそのシートへ、小梅が最後にペットシーツのような吸水素材を被せて、新しい包帯で巻きなおした。

「な、なぁ……こんなんで本当に効くのか?」
「キシロカインゼリーは、実際に麻酔で塗られたこともありますし……。隣にあったそのシートも、傷口の治りを早め、痛みを和らげてくれるそうです」
「そんな魔法みたいな話があるのか……?」
「だってだって、きらりたちは、これから魔法みたいなこと、しに行くんだじぇ~?
 涼ちゃんの痛いのくらい、スッキリさせちゃうよ☆」
「7人掛かりの、大魔法でしたから」


 肇は涼たちにそう言い残して、一部始終を見守っていた紗枝のいる壁際へ移った。
 相変わらず表情に乏しい肇に向かって、紗枝が笑いかける。

「藤原はんはお優しい人どすなぁ」
「……どうしてですか?」
「自分が見てはる辛いこと、極力、自分の内に溜めて、耐えようとしてはるやろ」

 細く、柔らかな眼差しだったが、小早川紗枝の瞳は、まっすぐに肇を見ていた。
 その睫毛に照る微かな光が、肇の瞳の奥に飛んでくるかのようだった。

「せやけど、もっと隠さんと言わはった方がええ時もおます。
 うちらにも、これから先『殺し合いに乗った人』と会う時にも、その陰を持った人の言葉の方が、伝わる時がおますかも知れへんよ」
「……」

 小早川紗枝の瞳を見つめ返しながら、肇は考える。
 ――彼女になら、私の葛藤を、伝えてもいいのだろうか。


    ++++++++++


 ……私は、やはり人を殺したのだ。
 初めはただの、嘘であったはずだ。
 それでも、岡崎さんと喜多さんに語りながら、『私』は仁奈ちゃんをこの手で、確かに絞め殺していた。


『「私」は怖かった……あの子があまりにも純真無垢に見えたからこそ理解が出来なかった』
『信頼を寄せるフリをして、私を殺そうとしているんじゃないかって、恐ろしくなって』
『気付いたら……あの子の首を絞めていたんです』


 その時の『私』は、ただ純粋無垢な好意を向ける仁奈ちゃんを恐れていた。
 それはつまり、殺し合いをせず全員での脱出を望むことを、楽観的であると疑っていたことになる。
 そんなものはありえないと。
 皆と自分の助けを追い求めながら、同時に、皆と自分の希望を否定していた。
 その挙げ句に、その時の『私』と私は、その矛盾に耐えきれず、壊れてしまったんだ。


『いやぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!』


 あの時、私が聞いた『私』の声が、まだ耳に残っている。
 あの時、『私』が締めた首筋の感触が、私の手に残っている。
 『私』が呼んだ絶望が、私の土の中に残っている。
 『私』の姿は、確かに私の可能性の一つであったのだと、自覚してしまった。

 その黒い『私』が、放送の時にも、私に死をただの情報として捉えさせた。
 もう既に3人ものアイドルを殺してしまった『私』は、私の中でしっかりと息づいてしまっている。

 よなげて選り分けて、ようやく見えてくる、心の深みにある黒土。
 それは多分、誰の心にもあるものだ。
 だけれども、それは『器』の素材としてはあまりに鋭すぎる。
 普段通りの生き方をしている時には滅多なことでは出てこない、厳重に封印された素材だ。

 人はみな白と黒と、希望と絶望とを心に併せ持っているんだろう。
 そのどちらを多く自分の『器』に配合し、どの面を見せてしまうか。
 突き詰めれば、殺し合いに乗るか乗らないかなんて、単にそれだけの違いかも知れない。


 ――杏さんももしかすると、その狭間に揺れ動いていた可能性がある。

『それに人殺しってバレちゃったら、きっと誰も信用してくれなくなるしね。
 誰にも言い出せずに一人で悩むんじゃないかなあ。ほら、杏はこう見えて根が繊細だし』


 考えすぎかも知れない。
 それでも、彼女はもしかすると、私のあの時の様子に、自分の進むべき方向の答えを、見つけようとしていたのではないだろうか?


 備前からは、本当に沢山の種類の土が産出される。
 備前焼の茶褐色の色合いは、簸寄せ(ヒヨセ)と呼ばれる田の底の粘土と、山上の鉄分を豊富に含んだ黒土の配合によって生み出されてきた。
 香登、磯上、下り松などの粘土産地や、山ヒヨセの使用やその割合が少し変わるだけでも、器の風合いは明確に変化する。

 ――ならばその絶望の黒土をも、みんなの希望と併せた、その補色の土の先に、道はあるのかも知れない。

 ……私は、絶望を見つめていよう。
 それをも作品として認めてくれる人がいるなら、試してみよう。


「……紗枝さんには、お話しておこうと思います。
 私は、相川千夏さんと双葉杏さんは、確実に殺人を行なっていると思っています」
「そうなんやろねぇ。……でもそれを踏まえた上で、藤原はんは、助けようと思ってはるんやろ?」
「はい、そしてその際最も気をつけるべきは、紗枝さんたちを襲った爆弾です。
 全員の話を総合するに、その爆弾は、二人以上の人に、複数個――それもかなり大量に支給されているんだと思います
 それ以外にも、気を抜いてしまえば、ここの全員がすぐにでも誰かに殺されてしまう可能性はいくらでもあるんです。
 ……絶望はいつでも、私たちのすぐ傍にありますから」

 夜間のドラッグストア、水族館、ここの病室。
 そこにあった遺体は、みな一様に炭になるほどに焼かれていた。
 涼さんに転がされた爆弾、そしてきらりさんも目撃した惜し気もない3回の爆発。
 それらはみな一瞬で火災を起こすような、焼夷弾だったらしい。
 恐らく、これらは全て同一の武器によるものだろう。
 スプリンクラーもあっただろう千枝ちゃんの病室を焼き尽くし、岡崎さんや、あの少女二人を一発で焼死させるモノなど、そう何種類もあるはずがない。
 投げられたことに一瞬でも気づくのが遅れれば、ただちに炎に巻かれて死んでしまうのだ。

 それに気づくためにも、みんなを守るためにも、私は『人を殺した』という絶望と共にあろう。
 希望と共に、絶望を愛で、両方の色に染まるような慈悲を。
 殺してしまったアイドルも、殺されてしまったアイドルも、今を生きるアイドルも。
 みんなを見つめてその心を汲み、助けるための道を探そう。


『――――貴方に掛かっている命は一つじゃないのですから』


 そう。ちひろさんの言うとおり。
 自分だけでも、プロデューサーさんだけでもない。
 真に大きな器だったら、きっと希望も絶望も、等しく載せていけるのだろうから――。


「……ようわかりました。やっぱり、藤原はんは『お優しい』人どすなぁ」

 ――そないなとこ、うちと、似とるんやろか。

 紗枝さんは、本当に小さな声で、ぽつりと呟く。
 彼女は、はんなりと笑っていた。

「うちは、向井はんの熱意も、藤原はんの冷静さも、脱出には両方必要なことやと思います。
 ……向井はんにも、気ぃ悪くしいひんで話してもらえますやろか?」
「……気を悪くしたように見えちゃいましたか。
 祖父譲りの頑固さも、ほどほどにしますね。
 皆さんのイメージ、私も一緒に、現実にしたいですから」


 ――人を宥和させる彼女の空気は、きっと紗枝さん自身の『器』だ。


 何の憂いも表さない彼女の微笑みの中には、恐らく、私や他の人と同じく、様々な感情が渦巻いているだろうに。
 波風を立てず、全てを柔らかく纏めようとする、薄絹のような微笑がそれを覆っている。
 紗枝さんが私に見せてくれているのは、とてもしなやかで強い『器』だった。

 きっと辛さを押し込めて、その『器』を保っている。
 それでも今は、その好意を受けさせてもらおう――。


 気取らず、気負わず、私らしく――。
 私もあなたのお蔭で、また少し自分の『器』に近づけるような、そんな気がします。
 ――ありがとうございます。


 その感謝の言葉は、藤原肇の水面いっぱいに広がった。
 始原の海のようにその水嵩と土は深くなってゆく。
 藤原肇であり藤原肇でない者達の、記憶と想いが、補色であり単色の澄んだ渦を巻く。

 彼女の深い色合いの瞳の光に、口元のみに浮かぶ柔和な微笑みが、照りかえっていた。


    ++++++++++


 向井拓海は、先程までいた待ちうけロビーまで、小関麗奈に連れて来られていた。

「……まあここまで来れば、聞こえないわよね」

 麗奈はそう呟いて、拓海の方に向き直った。
 非常灯だけがかすかな明かりとなっているロビーで、麗奈の姿はその薄い逆光にシルエットとして見える。
 その表情は拓海には窺えない。
 処置室の方を気にかけたまま、拓海はなおざりに問うた。

「で、改まって、結局なんなんだ?」
「アンタは、さっき、アタシと肇の戦いを、考えすぎと言ったわね。
 ……アンタは間違ってる。
 相手が殺す気なら、そのくらいの対処はできなきゃ、向こうを助けて生き残るなんて離れ業、無理よ」
「何の話かと思ったら……」

 拓海はがりがりと頭を掻いて、佇む麗奈に向かって語る。

「だからってあれはやりすぎなんじゃねぇのか?
 聞く限りじゃ、下手すりゃあれはお前の方が人殺しになってた事件だぞ?
 まず、呼び掛けに答えるなり、仕掛けるのも、説得のためのもんだけにしておくとかよぉ……」

 一歩ほどしか離れていない二人の距離をその言葉が進むのには、数秒の時間がかかったように思えた。
 拓海が反応を待つも、麗奈の影は暫くの間黙り込んでいた。
 逆光の中で、彼女は薄く笑ったようだった。

「……だったら、アタシが今、アンタを殺すのを、説得できる?」
「――はぁ!?」

 麗奈の左腕が動いた。
 腰のガンベルトからの抜き打ち――。
 蛇の鎌首のような青光りが奔る。

 ぞくり。
 拓海の背骨が、その冷たい光に撫でられていた。

 あまりにも唐突。
 だがしかし。
 明らかに麗奈は銃を、アタシに突きつけようとしている――!

 黒い夜がその毒牙に降る。
 コルトパイソンの弾丸をほとんど接射で受ければ、命はないだろう。
 唇を剥いた麗奈の白い歯。
 伸ばされる左腕の拳銃。
 その動きを見て、瞬間、左半身に重心を移動させた。
 麗奈の射線上から逃れようと一歩を――。

 ごりん。

 左の腸骨に、硬い物が当たって、拓海の動きを止めさせていた。


「……アタシの拳銃は2丁よ。
 今、アンタは死んだ。
 病院の廊下で出会った時も併せて、2回目よ」


 麗奈の右手に持たれたもう一丁の拳銃が、下腹部に突きつけられていた。

「――ッ!」

 アタシは麗奈の両腕をひっつかんで怒鳴る。

「オイ、テメェ! 冗談でもそういうことはやめろっ!!」
「これが冗談で済まなくなるからやってんのよ!!」

 麗奈は手をふりほどき、アタシの声に噛みついた。

「相川千夏って策士は、爆弾2発と拳銃、それに血の偽装まで使って、アンタたち3人を罠にはめたんでしょう!?
 どんなことだってしてくるのよ、相手は!
 具体的なプランはあるの?
 脱出のために、天文台から見晴らすのはいいわよ。
 それでもまず、殺す気で向かってくるヤツに対抗できなきゃ、平和ボケした仲良し8人組なんて良いカモよ!
 一網打尽だわ!!」
「おい……ちょっと待て。まだそいつが犯人だと決まった訳じゃ……」
「はぁ? アンタ気がつかなかったの?
 あれは単に、肇がきらりとか小春とかに気づかって言葉を濁してただけでしょ?
 どー考えても、あの千夏ってやつも、あと……杏でさえも人殺しをしてるのよ」

 麗奈は苦々しい顔で言い捨てた。
 千夏はともかく、杏については殺し合いに乗っている者の候補にはのぼらなかったはず。
 ただ、背の低いヤツとしか――。

「……莉嘉と仲良しで、背の低いヤツなんて、あとは杏しかいないわ」

 心を見透かしたように、そう麗奈は言った。
 俯きながら、歯を噛み締めながら、自分自身に言い聞かせるように、麗奈は言葉を紡ぐ。

「アタシは出し抜いてやるわ。
 このレイナサマが、今まで『レッスン』してきたことで負けるわけには、いかない。
 あのニート女を正気に戻してやるためにも、アタシはあの壁を、撃ち抜いてやる……」

 ――アタシは、昨日の夜から、もう覚悟はしてるの。

 そう言って、麗奈は強い眼差しで面を上げた。

「アンタも、あの3人をまとめてたリーダーだってんなら、ささいな感情でウジウジしてんじゃないわよ!
 上に立つニンゲンってのは、このアタシみたく、いつでも余裕と自信を持って堂々としているべきなのよ!!」

 叫びながら、麗奈は自分の胸に手を当てる。
 見上げてくる瞳には、涙がたまっていた。

「……扇風機の羽根まで折れちゃったとか、その威力できらりと肇を殺しそうになっちゃったとか……。
 そんなささいなこと、気にするそぶり見せたら、誰もついて来なくなるでしょうが……。
 結果よければ、能ある失敗は尻尾隠すのよッ……! このバカッ!!」

 心尽くしの罵倒と諫言をぶつけてくる、潤んだ思い。
 アタシは気づいたら、その体を抱きしめていた。

「バカッ! バカッ! ザコッ!
 アタシじゃ、こんなグループのリーダーなんて、役不足なのよ!
 アンタが、アンタがしっかりしなきゃ、誰がアタシたちの計画を引っ張るのよ!
 アンタの胸は飾りなの!? デカ女とかはんなり女とかに任せた方が100倍マシよ!!」
「……すまねぇ」

 麗奈はアタシの胸に顔を埋めながら、めちゃくちゃにアタシの体を叩いている。

 本当に、こんなガキにまで慮られるようじゃ、アタシはリーダー失格だ。
 こいつは一体、どんな思いでそんな決心をしたんだろう。
 佐々木千枝も、緒方智絵里も、方向は違えどあんな幼さで、重大な決心していた。

 一方のアタシはどうだ。
 見ないふりをして、忘れていただけだ。
 あの夢の中でも見た、恐ろしいまでの安堵。

 そんな道には進まないと、思っていたはずなのに。
 アタシには信念があったはずなのに。
 見失うわけにはいかない、『絶対に助ける』という信念が。

 それなのに。
 心の中では、ともすればその安堵を求めようとしている。
 決心がついてねぇ。
 根本のところで、覚悟ができてねぇ。
 いつ、そっち側に自分が揺らいでしまうのかが、怖くて仕方ねぇ。

 アタシが、肇の言葉に苛立っていたのは、きっとそのせいだ。

 具体的な案もねぇ。
 堪え性もねぇ。
 アタシは耳障りのいい題目を掲げて、感情にまかせて旗を振っていただけだ。

 肇は、アタシが抜かっていたことごとくを穿り返し、アタシの目の前に突きつけた。
 アタシのために見せてくれた、アタシの中身なのに。
 そんなに冷静に、アタシは自分の中の恐ろしさを見つめられなかった。

 アタシは、現実から目を背けていたのか?


『――――貴方に掛かっている命は一つじゃないのですから』


 千川ちひろの言うとおりだ。
 アタシらは、自分たちアイドル同士のことを考えているだけじゃいけない。
 首輪も。
 脱出も。
 殺し合いも。
 肇みたいな視点をも、持たないと。
 早くしないと、“アイツ”が。
 プロデューサーの命が、奪われちまう。


 肇の顔は、本当に『諦め』ていたのか?
 その表情に映っていた『諦め』は、アタシの心じゃ、ないのか?


 ――なぁ。
 どうすればいい?
 アタシは一体、どうすればお前らみたいに、決心ができるんだ?


 麗奈の轟かせた無形の弾丸は、確かに拓海の心臓を撃ち抜いていた。
 その心臓に火を入れる、再点火を祈る一撃だった。
 しかし拓海は、その傷口から流れていく赫い炎を前に、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
 その創をどう処置すればいいのか。
 何を輸血すればいいのか。
 今の拓海には、それを探す方法さえわからない。

 零れ落ちる炎が照らす拓海の下には、心安らぐような暗い夜が広がっていた。


    ++++++++++


「り、涼さん、気分は悪く、ない?」
「……ああ、大丈夫だ。脚も、痺れたみたいな感じはするが、確かに痛みはかなり少ない」
「もう血も、出なさそうだにぃ☆」
「それは、きらりの押さえるパワーが強いせいもあるだろうな……」
「のどはまだかわきますか~?」
「いいや、それほどでもなくなった。ありがとな、みんな」

 3人の即席看護婦さんに囲まれた松永涼は、深い呼吸と共に眼をしばたかせた。
 巡る熱は指先まで行き渡り、痛みも緩和され、抑えられていた疲弊がどっと出てきたように思える。
 皆の思いがこもった脚と腕、そして、周りに集う暖かな笑顔に、涼は体の奥から力が湧いてくるのを感じた。
 そして一際高い星のような笑顔を、見上げて思い出す。

「……なぁ、きらり」
「うゅ? なんだにぃ?」
「お前にロックのこと教えたのって、リーナか?」
「そうだにぃ☆ 一緒にラジオに出たときにー☆」

 ははっ。
 その時の様子を想像して、笑みをこぼす。

 どう転んだら、ロックが物理的にヒトを揺さぶることになるのか。
 多田李衣菜もかなり独自のロック観を持っていたが、師が師なら弟子も弟子なんだろうか。
 きらりは車椅子のハンドルをにぎったまま跳ねる。

「みんなで歌う新曲って、とってもきゅんきゅんして、ロック魂に火をつけるって!」
「言いそうでもあり言わなそうでもあるな……」
「だからだから!
 ……きらりは、りーなちゃんのロック魂で、みんなの心も体も、ハピハピの世界征服するにぃ!
 みんなのうた、ぜーったいに聞いてもらえるように、きらりん、やっちゃうから☆」

 ロッキングしていた車椅子の揺れが収まった。
 振り向いたら、きらりの顔は、とても切なそうに笑っている。
 それでもその目の光は、厳かに燃える火のようだった。
 その言葉に、アタシの頭へ降ってくる曲があった。

「『So don't become some background noise(聞き流されるノイズになっちゃ駄目なんだ)』……ってか?」
「うゅ?」
「いや、なんでもない」

 ……ロックの神様の歌詞が、自然に思い浮かんできてしまった。


 おい、聞こえてるか李衣奈、夏樹。
 お前らの魂は、確かに受け継がれてるぞ。


 考えてみれば、『We Will Rock You』って意志は、『必ずアッと言わせてやる』って生き様だ。
 ここに集まった全員、誰もが独自の決意を胸に秘めている。
 それでここの主催に立ち向かおうってんなら、間違いなく、そりゃロックだ。
 『ロックの核心は反体制、反権力』だからな。

 ちひろさんが、『貴方の“アイドル”を。見せ付けなさい』っていうなら、見せ付けてやろうじゃないか。
 アタシたちアイドルが、どれだけロックなのかをさ。


 『世の中には醜さと美しさが同居していることに気づかなきゃいけない』。


 アタシだって、他人を信じられなくなったり、爆弾投げられて脚を失くしたりしたよ。
 それでも、アタシは今、こんだけの仲間と小梅に囲まれて、幸せだ。
 どのアイドルも、その心にはロックがあると、アタシは信じてる。


 ……アンタもそう思うだろ、緒方智絵里?


「アタシも噛ませろよ。その世界征服。
 手助け、必要だろ? この先の相手は一流のパフォーマーぞろいだしよ」
「おっすおっす! たくみんたちみーんなで、やっちゃおっ☆」
「そないに言う元気が出てきたなら、心配いらへんね。ほんによかったわぁ」
「向井さんたちが見落としている点は、私もできる限り拾うお手伝い、しますよ」

 アタシときらりの握手に、壁際にいた紗枝と肇も戻ってきた。
 そしてふと気づいたように、紗枝は辺りを見回す。

「その向井はんは、どこに行かはったんやろ?」
「麗奈ちゃんと二人で、処置室の外に出て行ってましたが」

 肇は拓海たちの同行も、見落としてはいなかったようだ。
 本当に、ここにはすごいアイドルしかいない。

 『ステージに上がったときは自分が一番上手いと思え。ステージを降りたときは自分が一番下手だと思え』なんて言葉もあるが。
 藤原肇は、放送にも拓海の剣幕にも、ほとんど動じたように見えなかった。
 アタシだって、放送のたびに訃報へのショックが薄れて、それが嫌だとも感じてはいるけど。

 拓海のことだ。
 アイツは、たとえ3人でも、また深くショックを受けているんじゃないか?
 だから、肇の言葉に、怒りをぶつけたんじゃねぇのか?

 雨の夜中でアレだ。
 これからの6時間で、また今まで以上に、殺されるアイドルが出てきちまうかも知れねぇ。
 だが、焦るなよ拓海。
 バンドのリーダーなんてものは、センターで自分の得意な特技をぶちかましてればいいんだ。
 その目指すレベルが高けりゃ、残りのメンバーは自然についてくる。
 余計な考えごとなんてアタシたちメンバーに任せて、その理想と綺麗事を見せ付けてくれ。
 これだけロックな人員があつまりゃ、自然とその綺麗事にも、肉がついていくさ……。


「……ふあぁ」

 考えを巡らせていた涼の口から、小さなあくびが漏れた。
 周りのメンバーたちが、その顔を覗き込んでくる。

「あ、涼さん……、眠く、なっちゃった?」
「いたくなくなった証拠ですよ~」
「涼ちゃんも、きらりたちと、ねむねむすゆー?」
「ああ、いや……。アタシのせいでみんなが足止め喰らうのもマズイだろ……」
「せやけど、うちらはともかく、諸星はんたち4人も、ほとんど休んでへんやろ?」
「向井さんと麗奈ちゃんが戻ってきたら、改めて相談しましょうか」


【B-4 救急病院/二日目 深夜】


【向井拓海】
【装備:鉄芯入りの木刀、ジャージ(青)、台車(輸血パック入りクーラーボックス、ペットボトルと菓子類等を搭載)】
【所持品:基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2、ミント味のガムxたくさん、ペットボトル飲料多数、菓子・栄養食品多数、輸血製剤(赤血球LR)各血液型×5づつ(涼の血液型を除く)】
【状態:全身各所にすり傷】
【思考・行動】
 基本方針:生きる。殺さない。助ける。
 0:アタシは、どうすればいいんだ?
 1:状況を見て行動。
 2:市街地を巡りながら他のアイドルらを探し、天文台へと向かう?
 3:スーパーマーケットで罠にはめてきた爆弾魔のことが気になる。
 4:涼を襲った少女(緒方智絵里)のことも気になる。


 ※軽トラックは、パンクした左前輪を車載のスペアタイヤに交換してあります。
  軽トラックの燃料は現在、フルの状態です。
  軽トラックは病院の近く(詳細不明)に止めてあります。



【小早川紗枝】
【装備:ジャージ(紺)】
【所持品:基本支給品一式×1、水のペットボトルx複数、消火器】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを救い出して、生きて戻る。
 0:肇はんは、うちと似てるかもしれへん。
 1:とりあえずは、休むか出発するか、今後の行動方針を相談。
 2:天文台の北西側に『何か』あると直感しているので、天文台に向かいたい。
 3:もう少し拓海はんの支えになれたらええんやけどね。



【松永涼】
【装備:毛布、車椅子、輸血製剤(赤血球LR)×5(一部輸血中)】
【所持品:ペットボトルと菓子・栄養食品類の入ったビニール袋】
【状態:全身に打撲、左足損失(手当て済み)、衰弱(軽快)、鎮痛剤服用中、眠気】
【思考・行動】
 基本方針:小梅を護り、生きて帰る。
 0:ありがとう、みんな。
 1:足手まといだとしても今できることをする。
 2:小梅のためにも死ぬことはできない。
 3:アタシだって、ロック魂を見せ付けてやるよ!
 4:拓海、焦るなよ?



【白坂小梅】
【装備:拓海の特攻服(血塗れ、ぶかぶか)、イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式×2、USM84スタングレネード2個、ミント味のガムxたくさん、鎮痛剤、不明支給品x0~2、吸収シーツ×5枚】
【状態:背中に裂傷(軽)】
【思考・行動】
 基本方針:涼を死なせない。
 0:涼さんが元気になって、本当に良かった……。
 1:涼のそばにいて世話をする。
 2:胸を張って涼の隣に立っていられるような『アイドル』になりたい。


 ※松永涼の持ち物一式を預かっています。
   不明支給品の内訳は小梅分に0~1、涼の分にも0~1です。



【諸星きらり】
【装備:かわうぃー傘】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品×1、キシロカインゼリー30ml×10本】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:つらいことや悲しいことに負けないくらいハピハピする。
 0:みくちゃん、輝子ちゃん、幸子ちゃん……。みんなの心も体も、ハピハピさせるからにぃ!
 1:肇ちゃんと一緒に、みんなをハピハピにする。
 2:杏ちゃんが心配だにぃ……。どこにいるんだろ?
 3:きらりん、もーっとおっきくなるよー☆



【藤原肇】
【装備:ライオットシールド】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム、折り畳み傘】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:誰も憎まない、自分以外の誰かを憎んでほしくない。
 0:希望も絶望も、みんな受け止められるようになろう。
 1:誰かを護る盾でありたい。
 2:きらりさんと一緒に、みんなをハピハピにする。
 3:双葉杏さん、相川千夏さん、緒方智絵里さんには警戒する。
 4:一度自分を壊してでも、そのショックを受け止められる『器』となる。なってみせる。



【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1、ビニール傘】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
 0:リーダーなんだったら、細かいこと気にしてんじゃないわよ、向井拓海!
 1:小春はアタシが守る。
 2:相川千夏も、双葉杏も、アタシが出し抜いてやる。
 3:きらりと肇には、謝ったほうがいいかしら……。



【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット、ジャンプ傘】
【所持品:基本支給品一式×1、ソーブサンフラット3号×9枚】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、間違った道を進むアイドルを止めたい。
 0:小春でも、みんなをたすけられるでしょうか~?
 1:麗奈ちゃんが悪いことをしないように守る。


 ※着ている服(スカート)に血痕がついています。


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向井拓海
松永涼
白坂小梅
諸星きらり
藤原肇
小関麗奈
古賀小春

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最終更新:2014年08月30日 22:49