彼女たちのかつて、そして現在のサーティーナイン ◆John.ZZqWo



“彼女”は満天の星を見上げていた。

雨雲が通り過ぎた後の夜空には無が澄み渡り、そして深く、輝く星を数え切れないほどに抱えている。
ちょうど24時間前。昨日、殺しあいが始まったばかりの時に見上げた空とそれは同一だった。

ただそれだけを見上げていればまるで昨日の夜に戻ったようで、しかしそうでないことはつい先ほどの放送が、幾人もの死者が出たという現実が否定している。
悪夢のような記憶は夢でも幻でもなく、この1日だけで何十人もの『アイドル』が死に、それ以上の哀しみが積み上げられた。

そして、――“彼女”はまだ誰も殺せてはいない。

そうしろと言われたのにも関わらず、彼女はこの1日で誰も殺すことができなかった。

今、星空を見上げる“彼女”は、



――“悪役”だった。






 @


僅かな非常灯だけが頼りの静かで暗い図書館の中、高垣楓はひとり、窓際で夜空を見上げながら月の光を浴びていた。

「大事な人、か――」

午前0時の放送で千川ちひろは「貴女にかかっている命はひとつではない」と脅すようなことを言った。
それは人質となっているそれぞれのアイドルのプロデューサーのことだろう。殺しあいをしなければ、彼らは死ぬ。そういう意味の言葉だったはずだ。
けれど、その脅しは高垣楓には通じない。彼女の大事な人――プロデューサーはもうすでに死んでしまっているのだから。
高垣楓は、ゆえにその言葉に心を乱されることはなかったが、しかしひとりの別の少女のことを思い浮かべていた。

「愛梨ちゃん、どうしてるかな……」

十時愛梨。自らとプロデューサーを同じくする、つまりは同じくすでにプロデューサーを失っている初代シンデレラガール。
そして、この殺しあい企画の中で運営の息のかかった“悪役”ではないかと目されている少女。
彼女の立場は悪い。少なくとも2人のアイドルを殺したの確かなことだ。その動向から“悪役”と見られるのも無理はない。だが……、

高垣楓は彼女が“悪役”だとは思っていなかった。

「(あの子はそんなに器用な子じゃない。悪役をしろと言われてできる子なんかじゃない)」

殺しあうことを告げられたあの場所でプロデューサーが殺された時のことを高垣楓は思い出す。あの時の彼女の声、表情、それはまぎれもなく本物だった。
本物の恋をする少女の声で、本当に愛する人を失った少女の表情だった。

「(ただ、少し違っただけなのよね。愛梨ちゃんと私は……)」

高垣楓は自分はもう死んでいいと考えた。けれど十時愛梨は死なないと考えて、高垣楓は彼の死を認め、彼女はおそらくそれを認めなかった。
たったそれだけの話で。
なにが違ったのかというと、彼を愛していたのは同じで、彼の『アイドル』だったのも同じで、そして彼から愛されていたのは少しだけ彼女のほうが上回っていて。
そして、高垣楓は少しだけ大人で、十時愛梨は見た目のままの少女だった――なんてそんな話。

「(……愛梨ちゃんはシンデレラ。だから、この悲劇の主人公なのね)」

くすくすとおかしくて笑ってしまう。自分も彼女のようにひたむきに愛されたいと願っていれば、たった午前0時までの魔法でも叶ったろうにと。
今となってはそれが幸福だったのか不幸だったのかを知る術はないけれど、こんな醒めた目で星空を見上げてはいなかったろうと。
大人である高垣楓の中の時計はもう午前0時を過ぎて、王子様は過去で、新しい目的は未来にあった。



しかし、と高垣楓は首を傾げる。十時愛梨が“悪役”でないとすれば、だったらそれは誰なのだろうと。
友人である川島瑞樹はひとりいると言った。それもまるで確証があるかのようにはっきりと、“悪役がひとりいる”と言ったのだ。
そうすると、彼女から見れば誰が“悪役”なのかは明確なのだろうか?

「(私、かな……?)」

もし疑われているのだとすれば自分かもしれないと高垣楓は思った。なぜなら、それはあながち外れているとも言い切れないからだ。



先の更に前の放送で南条光ナターリアの名前が読み上げられた時、高垣楓は心の中で――

「(……ざまあみろ、よ)」

そう呟いた。そして彼女らが誰に殺されたのかもわかっていた。いっしょにいたはずの和久井留美。彼女以外にはありえない。
全部わかっていてあんな提案をし、全部わかっていて二人を見殺しにした。

飛行場で和久井留美を加えて6人のアイドルが集合した時、二手に分かれようと言い出したのは高垣楓だ。
そしてまず和久井留美が残留すると決め、道明寺歌鈴を連れて出るとも決めた。
道明寺歌鈴を連れて行くと言えば矢口美羽もついてくる。そう計算した上での行動で、それは実際にそうなった。
高垣楓は彼女にとって大事な道明寺歌鈴と矢口美羽を連れて、そして南条光とナターリアを和久井留美の下に置いて逃げ出すことに成功したのだ。

「(留美ちゃん。今頃は次の獲物を探している頃かしら……? 私たちを追っては、こないでしょうね)」

大石泉にはそう言えなかったが、和久井留美が殺しあいに勝って生き延びようとしているのは高垣楓からすればそれこそ一目瞭然だった。
縄跳びに灰皿? 本当にそれが彼女に与えられた武器だったとしよう。しかし、だったら彼女はすぐに“使える”武器をどこか街中ででも探したはずだ。
あの和久井留美が縄跳びと灰皿を鞄に入れてのこのことこの島を、しかも当てもなく歩いているはずなんてありえない。
すぐに自分たちを狙って潜りこんできたのだなとわかった。

「(私、あなたたちが殺されるってわかってたわ。けれど、あたたたちは知らなかったでしょうし、まゆちゃんもそうだったのよ……?)」

南条光とナターリア。ふたりの子供をあそこに残したのは道明寺歌鈴や矢口美羽に比べて優先度が低かったからというわけではない。
高垣楓ははっきりと佐久間まゆを殺したナターリアを憎んでいた。
いや、殺しただけなら不幸な事故だと割り切れたかもしれない。けれど、あの子供たちが佐久間まゆの死を簡単に乗り越えようとしたのは許せなかった。

「(自らの行動を悔いてごめんなさいって、それで死を無駄にしないって言えば報いたことになるの? まゆちゃんは納得できたと思うの?)」

なにを持って彼女の死を無駄にしないと言えるのか。死を業として背負えるというのか。そんなのは子供たちの勝手だ。勝手に納得してるにすぎない。
佐久間まゆには関係ない。彼女たちは佐久間まゆの願いも知らない。彼女たちが死を背負っても彼女の言葉はプロデューサーには届かない。
高垣楓は許さなかった。
死を踏みつけにしていて、それでいて簡単に先に進むと、想いを背負って輝くだとか、歌うだとか、そういうことをいう子供たちが心の底から許せなかった。

「(……だから、あなたたちは同じ目に会うのよ)」

子供たちの死が放送で告げられた時、川島瑞樹はその場にいっしょにいた。
どうせなら大げさに嘆いてみればよかったかもしれない。判断を誤ったと悔いてみればよかったかもしれない。
けれど、高垣楓はそんな素振りですらあの子供たちに送るのは嫌だと、むしろ手を叩いていたずらが成功した時のように笑おうとすら思ったのだ。
そんな気持ちが川島瑞樹には透けて見えたのかもしれない。そして彼女から自分が“悪役”だと疑われているのかもしれない。
今、“悪役”と疑われている十時愛梨とプロデューサーを同じくしているのだ。彼女が疑われる理由を転用すれば自分も疑われるのはありえる話だろう。

「(あれで、釘を刺したつもりだったのかもしれないわね……)」

川島瑞樹ははっきりとみんなの前で“悪役”がいると言った。そして、たとえ“悪役”でも、もう人を殺していてもまだ仲間だと。
それは裏返して言えば、これ以上の凶行を止めるようという忠告だったのかもしれない。
高垣楓が自分が生き残るため、佐久間まゆの言葉を伝えるため、そして誓いと夢、未来のために誰かを見殺しにする可能性、そこへの忠告。


【 けれど、高垣楓は“悪役”ではない 】


「(瑞樹ちゃんの勘違い? もし、そうでないとしたら――……)」

高垣楓が可能性を探ろうと思索に没頭しようとした時、不意にその背に声がかけられた。声の主は同行していた大石泉だった。



「窓際に立っていたら危ないですよ。……いつ、外から撃たれるかわかりませんし」
「……ええ、そうだったわね」

言われて高垣楓は素直に窓際から離れる。そして彼女に首尾はどうかと問うた。彼女の胸に抱えられた数冊の本を見れば問うまでもなかったが。

「はい、探していたのは。それに他にも役立ちそうなものを何冊か……」
「それで時間がかかったんだ」

胸に抱えられた数冊の本。一番上に表紙が見えているのは例の爆弾の本のようだったが、その下にあるのはよく見れば医学書だ。
なんのためにか、なんて問う必要はない。彼女なりの責任感と必死さに、高垣楓はいい子だなと微笑んだ。






 @


大石泉は高垣楓が運転する車の助手席から窓の外の夜空をじっと眺めていた。その膝の上に探していた本を乗せて。
夜空はゆっくりと窓の外を流れる。帰りの道はとても静かだった。

『犯罪史の中の爆弾』――探していた本はすぐに見つかった。同時に、木村夏樹がそこにいた痕跡も。
抜き取られて空いていた本棚の隙間。テーブルの上に乱雑に置かれたままの何冊かの本。
それはまぎれもない木村夏樹のあがきで。諦めないという意思の残滓だった。

「………………」

大石泉はぎゅっと本を掴む手に力をこめる。
木村夏樹は皆が助かる道を探そうとした。志し半ばで倒れたが、それは高森藍子に引き継がれ、そして今、大石泉に届いた。しっかりと。

探していた本以外にも参考になりそうなものは持ってきた。
まだ全てを精査したわけではないが、ざっと見た限りでも首輪爆弾を外すのは不可能ではない、いや必ず外せるものだという手応えをもう得ている。
勿論、それを実行するための用意や機材の入手にはまた手間がかかるだろうが、首輪は外せるのだ。



「――首輪は大丈夫そう?」
「ええ。外すことはできそうです。ただ……」

ハンドルを握り前を向いたままの高垣楓に問われ、答えを返し、大石泉はその言葉の最後を濁してしまう。首輪は外せるはず。けれど。

「時間かしら?」

懸念をあっさりと言い当てられる。

「さっきの放送で言われてたものね」

大石泉は頷く。そう、運営側はついにプロデューサーの命をちらつかせてきた。はじめから彼らが人質だったのは変わらないが、今度はより露骨に。
それはアイドル同士の殺しあいが滞っていることを示し、同時に自分たちのような殺しあいを否定する集団ができていることに対する牽制でもあるのだろう。

「まだ、時間はありますよ」

搾り出すような大石泉の言葉に高垣楓はどうして?と問う。

「次の放送まで6時間。そして、本当に私たちのプロデューサーを殺すつもりなら次でもう一度念押ししてくるはずです」

プロデューサーの命はこの殺しあいを成立させるための根本であり、運営側にとっての切り札である。そう簡単に切れるカードではない。
そして、次の放送までの6時間と、更にそこから次の放送までの時間とを合わせればまだ半日も時間がある。そう大石泉は高垣楓に説明した。

「……そっか」

彼女の返事はそっけない。大石泉もこれが楽観論だとはわかっている。
確かに次の放送でみんなのプロデューサーが全員殺されるなんてことはないだろう。けれど新しいみせしめがひとり選ばれる可能性はある。
それは自分のプロデューサーかもしれないし、高森藍子や他のアイドルのプロデューサーだったりするかもしれない。

しかしそれでも、大石泉は道を迷わない。もう決めたのだから、たとえ不器用と言われようとも、まっすぐに敷いた道、その上をできる限り駆けることしかできない。



「――あなたのプロデューサーはどんな人?」

不意に尋ねられ、少し考えた後に大石泉は変な人ですよと答えた。

「変な人?」
「はい。私じゃちょっと理解できない変わった人です」

プロデューサーのことを思い浮かべながら、出会ってから昨日までのことを思い出しながら大石泉はその人のことを語る。
趣味は世界の秘境巡り。大学を卒業して以来、ずっと海外の僻地を巡ってはそこでしか見られないなにかを見て回っていたそうだ。
そして、日本に戻ってきたタイミングでなんの因果か事務所の社長と出会い、意気投合してアイドルのプロデューサーをすることになったのだという。

「え? それじゃあ……」
「はい。素人ですよ。私たちのプロデューサーは、ひょっとしたら私たち以上にアイドルのことを知りません」

ニューウェーブが3人揃って新しくデビューしたように、その担当のプロデューサーもこれがプロデューサーとしてのデビューだった。
わからないことばかりで他のプロデューサーにサポートしてもらったり、事務所の机にかじりついて勉強していたり、担当のアイドルを放って別のアイドルを見に行ったり。
なのでスケジュール管理は大石泉がしているし、トレーニングのメニューやライブの演出なんかも彼女が組んでいたりする。
プロデューサーを欠席させたまま番組の打ち合わせをしたことも一度や二度ではない。

「まるであなたがプロデューサーさんみたいね」
「かもしれません。でも、私たちに私たちの知らないことを教えてくれる、少なくとも私にとっては得がたい人物です」

高垣楓はくすりと笑い、大石泉もそれにつられそうになり、――しかしそこではっと気づいた。



もしかすれば自分の役割は、……この企画を現場で管理し進行させるプロデューサーなのではないだろうか?
今までこの殺しあい企画のゴールは誰かが最後のひとりになるまで殺しあうことだと思っていた。
けれど、それはあくまでゲームとしてのゴールであり、この企画を番組として見た場合だと、運営が望む結末は別のところにあるのではないだろうか?

首輪を外すためのヒントになる本が手に入ったのは偶然だろうか? 偶然にしてはできすぎてはいないか? これが運営の用意していたものなら?
『アイドル』たちが絶望に挫けず殺しあいを打破することそのものが望まれている結末だとしたら?

今までの千川ちひろの言葉も、そう考えると納得がいく……気がする。
『アイドル』たちがこの殺しあいの中で最後まで『アイドル』であり続けるのが運営の狙っているところなのだとすれば、
自分――大石泉の役割は、今こうしていること、その知識で『アイドル』たちの反抗を手助けすることなのではないだろうか?

だからこそ、ニューウェーブの中からひとりだけ選ばれたのでは……?



いや……と、大石泉は背を這い登る悪寒に身体を震わせながらそれを否定した。
たとえ本当に事実がそうであったとしても、それがなにを保証してくれるわけでもない。安易に信じ込み、縋り、気を緩めるようなことがあってはならない。
そんな余裕はないはずだ。実際に目の前で人は死に、今もいつ誰に殺されるかもわからない。
舞台設定があったとしても、この LIVE に台本なんかは用意されておらず、完全なアドリブ劇なのだから。

大石泉は本を胸に抱き、また窓から夜空を見上げる。仲間のふたりも、もしかしたらこの同じ夜空を見上げているかもしれないと、そう思いながら。


【 そんな大石泉は“悪役”ではない 】








栗原ネネはひとり、医務室の窓際に椅子を寄せそこから夜空を見上げていた。その手にはもう永遠に繋がらないであろう携帯電話が握られている。

あの時、どうしてそこに行くと言えなかったのか。
暗い病院の中、携帯電話を耳に当て決断を迫られていたあの時のことを栗原ネネは思い返す。

殺しあいをしなければ生き残れない。けれど、そんなことをしてはこれまでの全てとプロデューサーを裏切ることになってしまう。
けれど、殺しあいに否定的なことがばれてしまえば人質となったプロデューサーを殺されてしまうかもしれない。
そこにかかってきた星輝子からの電話。それは、最後のチャンスだと思わせるもので、実際にそのとおりだったのだ。

選択を曖昧に保留し、はぐらかすばかりで時間を無駄に過ごした結果、自分を誘った星輝子は再び言葉を交わすことなく死んでしまった。
大石泉のまとめた結果によると、彼女と同行していた人は今行方が知れている人の中にはいないので、まだ行方がわからない人の中にいるのか、
あるいはこれまでに死んだ人の中か、もしくは同じタイミングで死亡が知らされた2人がそうだったのかもしれない。

運がよかったのだと考えることができるだろうか? もしあそこで合流を選んでいれば自分もそこで死んでいたかもしれないと思うことができるだろうか。
だから電話をかけなかったのは正解だった――なんて、思うことができるはずがない。

栗原ネネの頬を一滴の涙が伝う。

決意するのが遅すぎた。
高森藍子と小日向美穂。この殺しあいの中で象徴となるであろう2人のアイドル。
彼女らの顛末を見ることで、自分の心の奥底に眠っていたものと、アイドルを目指した由来を思い出し、改めてアイドルであることを決意できた。
たとえこの命が今、死の際にあるとしてもそのことそのものに後悔はない。

けれど、やはりなにも犠牲を出さないという選択肢はなかったのだ。あの時、選ばないという選択が星輝子の命を奪った。

それだけでなくこの1日で多くのアイドルの命が失われた。
自分が選ばないでいたうちに。それはつまり、「選ばない」などという選択肢は元からなかったということなのだ。
そう思っていただけのことでしかなくて、その時その時で選んでいないつもりで、誰かが犠牲になることから目を背け耳を塞いでいたにすぎなかったのだ。

だから、もう選ばないといけない。

無為な時間を過ごすことはできない。一命は取り留めたと言われたけれど、同時にこのままでは長くないとも知らされている。
じゃあなにができるだろう? 栗原ネネにはなにができるだろう? 今、アイドルとしてなにができるだろう?

亡くなった星輝子を探し出し、決意したことだけでも伝えようか。でもそんなことに意味があるだろうか? 衰弱した身体でそれができるだろうか。
皆がこの島からの脱出方法を模索しているのを手伝おうか。けれどそこに自分の出番はあるだろうか? むしろ足手まといとなっているのに。
ではアイドルらしく歌で皆を元気づけようか。自分がそうされたように。しかし歌うことができるだろうか? 喉も肺もこんなに弱りきって。

涙が後から後から止まらない。握った拳の上にいくつもいくつも落ちて、窓の外の夜空はぼやけて星も見えなくて。



『彼女が諦めないなら! 私が、諦めるわけには、行かない! 彼女が私を信じてくれてるから! 私も彼女を信じる!』

その時、はっきりと大石泉の言葉が聞こえた。
彼女はあの時はっきりとそう言った。諦めないでいる人がいるなら投げ出さないと、信じてくれる人がいるならその信頼を裏切らないと。
あの意識が混濁した中で、自分が本当に生を諦めず彼女を信じていたのか、それはもうはっきりとはわからない。
けれど、

「……諦めない。私は、私を……信じる」

その言葉を今同じように返そう。大石泉が自分のことを諦めないのなら諦めない。信じていてくれるのなら同じように信じる、と。
栗原ネネはこんなところで死にはしない。
身体もすべてよくなって、殺しあいからも脱出して、プロデューサーも救い出して、アイドルとして復帰し、妹とファンに歌を贈り、すべての希望になってみせる。
諦めない。絶対に諦めない。それが今選ぶべき選択で、自分が信じなくてはいけないこと。
そう、

「……私はアイドル

なのだから。



栗原ネネは涙を拭い、夜空をもう一度見上げる。そこにはいくつもの星が輝いていた。

「私は生きる」

それが栗原ネネの選択で、


【 そんな希望を抱く栗原ネネは“悪役”ではない 】






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医務室の前の廊下は表のほうと比べると殺風景で、どこに視線を置いていいのかわからないふたりは明り取りの窓から覗く夜空を見つめながら話をしていた。
殺そうとしてしまった少女である小日向美穂と、殺そうと思ってもそれができなかった矢口美羽。

「どうして、歌鈴ちゃんの巫女服を着ていたんですか?」

互いを知り合いたいというふたり。語りだせば、それは自然とふたりの間にいた少女――道明寺歌鈴の軌跡を追うものとなった。



「――そこで、歌鈴ちゃんは言ったんです。それはずるいって」
「ずるい?」

ことのあらましは大石泉から事情聴取された際にそれとなしに聞いていたが、当事者から詳しく語られるとそれはまったく印象が変わるものだった。
生き残るためにふたり手を組んだ矢口美羽と道明寺歌鈴。
最初に出会ったのが高垣楓で、死んでもかまわないと言った彼女に対して道明寺歌鈴が言い放ったのが、ずるいという言葉だったらしい。

「私たちは、歌鈴ちゃんは本当はとても怖がってました。殺しあいをするってことに――」

けれど、道明寺歌鈴は決心しようとした。恋のためになにをしてでも生き残るのだと。恐怖をすべて胸のうちに押さえ込んで。

「だけど、楓さんは怖がってはいなかった。それが、歌鈴ちゃんからはどうしても……きっと、うらやましかった。うーん、違うかな……?」
「……………………」

矢口美羽から知らされた親友の言葉に、道明寺歌鈴は口をわななかせた。なにかを言おうと思うのに、口も、膝の上で握った拳も震えるばかりで。

「美穂ちゃん……?」

夜空を見上げていた矢口美羽が異変に気づき隣を見て、そして涙を零している小日向美穂に驚く。

「どうしたの? なにか私、見当はずれなこと言っちゃった?」
「おんなじだった……」
「え?」
「歌鈴ちゃんも……私とおんなじだった…………おんなじだったんだ」
「美穂ちゃん!?」
「歌鈴ちゃん……歌鈴ちゃん……」

顔を覆い背を丸めて泣き出した小日向美穂に矢口美羽はおろおろとするばかりで、なにか失敗をしたのかと焦るも、けれどそうではないらしいと悟り。
背に手を当てて彼女が落ち着くのを待つと、ハンカチを渡して次の言葉をゆっくりと待った。



「私もずっとずるいって思ってました」
「美穂ちゃんも?」

涙を拭ったハンカチをぎゅっと握ると小日向美穂はゆっくりと、けれどよどみなく語り始める。
ふたりの間には同じ気持ちがあったことを。

「周子さんといっしょにいた時も違和感があったんです。なんでこの人はこんな平気そうにしているんだろうって」

塩見周子。小日向美穂と最初に同行していて、彼女を庇って神谷奈緒北条加蓮に殺されたと、矢口美羽はそう聞かされている。
ふたりがかりで襲われて、しかも目の前でいっしょだった人物が殺されたのだ。その時の小日向美穂はとても恐怖していただろう。

「それから、藍子ちゃんと会って、こんな中でもアイドルらしくあろうって言う彼女に私は黒い感情を抱いてしまったんです」

それが、道明寺歌鈴の言った「ずるい」と同じだと小日向美穂は言う。

「いっしょなんです。ただどうしてって……、どうしてあなたは平気なの?って、それだけで。
 私がこんなに怖い思いをしているのに、なんであなたはおんなじように怖がっていないのか。その理由よりも、ただ怖がってないということだけが憎かった」

ずるいという気持ちだった。

「だから、困らせようと思ったんです。私と同じように怖いと思ってほしかった。だから、藍子ちゃんの大事な人を殺そうって……」
「私を……」

小日向美穂は身体の向きを変えるとじっと矢口美羽の顔を見る。泣きはらした赤い目で。

「ごめんなさい」
「……美穂ちゃん」
「藍子ちゃんも、美羽ちゃんもなにも悪くないんです。ただ私が臆病なだけだった。そして、中途半端な私だったから……」
「中途半端?」

その言葉に矢口美羽は一度瞳を瞬かせた。なぜだかわからないが、それは自分にとってもこの先のために大事な言葉だと思えたのだ。

「素直に藍子ちゃんのことをすごいと思えればよかった。できないなら本当に逃げてしまえばよかったんです。……けれど、それも怖かった」

どっちつかずの位置で、高森藍子に守ってもらっていながら、彼女に対して黒い感情を燻らせていた。それが小日向美穂の中途半端さだった。

「……そして、殺すことも間違っちゃうなんて。歌鈴ちゃんよりよっぽどドジですね。……それに歌鈴ちゃんは誰かを殺そうとはしなかった」

それが、私と歌鈴ちゃんとの違いなのかなぁと、小日向美穂は悲しく零す。だから、“彼”は“彼女”を選んだのかと。

「でも、よかった。藍子ちゃんも歌鈴ちゃんも、みんなも、私と同じだった。それがわかったのは、本当に……」



そして、矢口美羽は道明寺歌鈴の最期を小日向美穂に伝えた。彼女は最後までずっとプロデューサーの名前を呼び続けていたと。
小日向美穂はそれを聞いて笑ってみせた。名前の通りの温かい日の光のような笑顔を。

「私、決めました。歌鈴ちゃんの恋を応援します」
「それって、えっと……美穂ちゃんの恋は?」

小日向美穂は手を胸に当てて、

「この恋はその後です。まずは歌鈴ちゃんの恋を成就させてあげたい。歌鈴ちゃんの気持ちをプロデューサーさんに届けてあげたいんです」

その顔は憑き物が落ちたかのように穏やかで、そこに最後のわだかまりがあったのだとそう矢口美羽は察することができた。

「プロデューサーさんはずっと歌鈴ちゃんのことを想って生きていくのかもしれない。けれど、そうしないと私の恋はもう一度はじまらないと思うから」

だったらと、矢口美羽は両の拳を握る。

「じゃあ、私が応援しますっ! 美穂ちゃんの恋を!」
「えっ!?」

驚いた顔をする小日向美穂の前で、矢口美羽は強い決心をその顔に浮かべそして彼女へと詰め寄る。

「応援したいと思ったから。だって、美穂ちゃんはとってもいい子だし」
「でも、私は美羽ちゃんを殺そうと……」
「それって、怖かったからだけなんだよね? それだったら私だっていっしょだった。誰かを殺そうって思っちゃってた」
「……それでも私は、実際に」
「いっしょに謝るよ。ゆるしてもらえるまでネネちゃんに、みんなに謝ろう? だからね――」

矢口美羽は手をのばして小日向美穂の手を取る。ぎゅっと温かく包むように握って。

「友達になってくれるかな?」

そう言った。



小日向美穂はまた泣き出して、矢口美羽のハンカチはいっぱい濡れて、そしてふたりは立ち上がると手をつないで医務室の中へと入っていった。

彼女たちはずっとただ怖がっていただけで、


【 そんな、矢口美羽と小日向美穂は“悪役”であろうはずがない 】






 @


風に当たってくると言って医務室を出てきた川島瑞樹は、警察署の屋上で独り星空を見上げていた。
1日が過ぎて昨日と変わらない星空を見上げ、そして1日前のことを、この殺しあいが始まった時のことを思い出す。


商店のシャッターにもたれた姿勢で目が覚めた時、川島瑞樹の耳にはルルル……という電子音がまるで目覚ましのように聞こえていた。
そしていつの間にかに手には情報端末が握らされており、それをぼうっとした意識のまま耳に当てると代わりに“彼女”の声が聞こえた。

『おはようございます。川島さん』

それは千川ちひろの声だった。いつも事務所でアイドルとプロデューサーを迎えてくれる女性で、川島瑞樹にとっては酒の飲める友人のひとりだ。
普段と変わりない口調で彼女は次にこんなことを言った。

『そこから見える通りに出るとバス停で姫川友紀さんが眠っています。彼女を殺してください。姫川友紀を殺してくれさえすればかまいません』

彼女がそう言い終えると電話はぷつりと切れた。



姫川友紀は言われたとおりにバス停のベンチの上で寝ていた。
川島瑞樹は鞄に入っていた銃を片手に彼女の枕元に立って――、そして彼女が目覚めるまでただなにもせずに待った。

「うわぁ! ……えっ、川島、さん……?」
「おはよう友紀ちゃん」

そうしてわかったのは彼女の場合は情報端末は目覚ましのようには鳴らなかったことだ。
すぐ後で大石泉とも出会うことができ、そこで彼女に探りを入れてみたが彼女の場合も情報端末が音を鳴らしたということはなかったようだった。



今、警察署の屋上で再び川島瑞樹は情報端末を取り出してその白い画面を見る。
どんな操作をしてもあの時と同じ音が流れることはなかった。千川ちひろや、また別のどこかに電話をかけることもできないし、音声も再生できない。

夢だったのかもしれないとも思う。けれど、そう思い込もうとするには耳に残った彼女の声ははっきりとしすぎていた。
姫川友紀を殺しさえしてくれればいいとはどういうことだろう?
彼女の言葉の意味が、この殺しあい企画の主催者としても、自身の友人としても、川島瑞樹には理解することができない。

「友紀ちゃん……」

そして、医務室を出る際に矢口美羽から聞かされたことによると、その姫川友紀は今行方不明だという。
高森藍子と日野茜が連れ戻しに追って出たというが、不吉な予感しかしなかった。
姫川友紀という存在にどんな意味があるのか。

「……わからないわ」

ただ、弱々しく呟くことしかできない。
こんなことなら早いうちにこのことを大石泉と姫川友紀のふたりに明かせばよかったと、川島瑞樹は思う。
けれど、彼女たちが“悪役”を意識してからはそれも難しく、そして自分自身を除けば“悪役”については曖昧なことが多すぎる。

その役割を果たしていないはずだが自分には主催者の息がかかっている。


【 “悪役”は川島瑞樹だ 】


けれど、それだとあの学校の教室に残されていた席の謎はそのままだ。
そして十時愛梨は本当に“悪役”なのか。他の凶行に及んでいるアイドルたちは“悪役”なのか。それらはなにもはっきりとしない。

川島瑞樹は空を見上げる。そこにはやはり昨日とまったく変わらない満天の星があった。








【G-4・警察署付近 / 二日目 深夜】

【大石泉】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x1、音楽CD『S(mile)ING!』、爆弾や医学に関する本x数冊ずつ、RPG-7、RPG-7の予備弾頭x1】
【状態:疲労、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。脱出計画をなるべく前倒しにして進める。
 0:さくらと亜子はどうしてるだろうか?
 1:警察署に戻ったら入手した本を精読し、首輪解除の準備を始める。
 2:医学書を読んでできることがあれば栗原ネネにできるだけの治療や対処を行う。
 3:夜が明けたら、漁港へと川島さんを派遣して使える船があるか見てきてもらう。
 4:学校を再調査する。
 5:緊急病院にいる面々が合流してくるのを待つ。また、凛に話を聞いたものが来れば受け入れる。
 6:“悪役”、すでに殺しあいにのっているアイドルには注意する。
 7:依然として行方の知れないかな子のことが気になる。


【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)、ミニパト】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 1:まゆちゃんの想いを伝えるために生き残る。
 2:お酒は生きて帰ってから?


【G-5・警察署 / 二日目 深夜】

【栗原ネネ】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、携帯電話】
【状態:憔悴】
【思考・行動】
 基本方針:輝くものはいつもここに 私のなかに見つけられたから。
 1:生き抜くことを目標とし、選び続ける。

 ※毒を飲みましたが、治療により当座の危機は脱しました。
 ※1日~数日の間を置いて、改めて容体が悪化する可能性が十分にあります。


【矢口美羽】
【装備:鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)、歌鈴の巫女装束】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:藍子からの信頼に応える。
 0:ネネちゃんに謝ろうね。
 1:藍子に任されたから……頑張る!
 2:“悪役”って……。


【小日向美穂】
【装備:クリスマス用衣装】
【所持品:基本支給品一式×1、草刈鎌】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:恋する少女として、そして『アイドル』として、強く生きる。
 0:ネネちゃんに謝る。
 1:美羽ちゃんの友人になれるようがんばろう。
 2:歌鈴ちゃんの想いをプロデューサーさんまで届ける。

 ※装備していた防護メット、防刃ベストは雨に濡れた都合で脱ぎ捨てました。(警察署内にあります)


【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)、婦警の制服】
【所持品:基本支給品一式×1、電動車椅子】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(手当済み)、睡眠中】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:私は“悪役”だけど……。
 1:友紀ちゃんのことが心配。
 2:夜が明けたら漁港へと使える船があるか確認しに行く。
 3:お酒、ダメ。ゼッタイ。
 4:ちひろはなにを考えて……?


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最終更新:2015年03月08日 11:23