ナカマハズレ ◆n7eWlyBA4w



【質問】



【60人もアイドルがいるのに、双葉杏は仲間はずれ。どうして?】




   ▼  ▼  ▼




 意外、というわけではなかったのだけれど。

 相川千夏は、頭に血が巡り出してからの僅かな時間で、自分に何も異変がないことを確認し、安堵した。
 縛られてもなければ物も盗られてない。体に何か異常があるわけでもない。
 もっとも、そもそも寝首を掻かれていたらこうして起きることさえなかったわけだが、
 千夏の同行者――双葉杏はどうやら彼女の期待に応えてくれたようだ。

 もちろん、杏は裏切らないだろうという打算があったからこそこうして無防備な姿を晒したわけではあるとはいえ、
 もしかしたら今の彼女には万が一があるかもしれないという恐れがあったのも事実だった。


「なーにぼんやりしてんのさ。もうすぐ放送始まっちゃうよ」
「え、ええ。ごめんなさいね」


 律儀に放送直前に起こしてくれるあたり、少なくとも杏が千夏と協力しようという意志は確かなものではあるようだ。
 少なくともそれは証明されたわけだし、この段階で疑ってもしかたがないと思い直す。

 軽く伸びをしてから枕元の眼鏡を拾い、千夏は立ち上がってログハウス真ん中のテーブルへと移動した。
 杏はとっくの昔に向かいの椅子に座って、足をぱたぱたと揺らしながら自分の端末を睨んでいた。
 これからの放送のことを考えているのだろうか。ものぐさだがしたたかなのが双葉杏だと、すでに身に沁みている。
 とはいえ、次の放送で何か劇的なことが起こるとは、千夏は大して考えてはいなかった。


(今は既に雨音は無し。とはいえ、流石に本降りの間に殺しを強行した子はそういないでしょう。
 時間帯も時間帯だし、この放送までの時間はあくまでインターバルと考えるべきね……)


 カンテラの灯りが漏れないようにとカーテンを引いた窓に目を遣りながら、声には出さずに胸の中だけで呟く。


(だからこそ、見定めるにはいいタイミングかしら)


 見定める? 何を?
 それはもちろん、他のアイドル達の動向であり、ちひろと運営の思惑である。
 放送自体が面白みのないものだとしても、何かしらよみとれることはあるに違いない。

 そして、もうひとつ。
 揺らめくオレンジ色の光に照らされて奇妙な影を浮かべるその幼い顔立ちを、千夏は無表情に見つめる。
 真っ先に見定めなければならないのは、ここにいない他のアイドルだとか運営ではない。
 何よりも見誤ってはいけないのは、目の前にいる、一見怠け者にしか見えないはずの、この少女。


(双葉杏……貴女は、何者なの?)


 結局のところ、千夏が知りたいのはただそれだけなのかもしれなかった。
 安心毛布と離れ離れの彼女が、いったいどういう存在なのか。それだけが知りたかった。

 双葉杏は、見たままその通りのものぐさで怠惰なろくでもない人間なのか。

 それとも千夏が評価しているような、才能に恵まれ勘も要領もいい、油断ならない存在なのか。

 あるいは心の支えを失って何をするのか分からない、得体の知れない何かなのか――


《こんばんは! 皆さん、そろそろ一日が終わりますよ!》


 しかし、杏は本当にぎりぎりの時間に起こしてくれたらしい。

 千夏が黙考に耽るだけの間もなく、ちひろの声がその思考を遮った。



   ▼  ▼  ▼



 結論から言えば四回目の放送は、ひどく淡々と進んで、淡々と終わった。

 今回の死者は三人。


 前川みく
 星輝子
 輿水幸子


 千夏にとって知らない名前というわけでもない。とはいえ、そこまで心が揺らぐわけではなかった。
 彼女の心を揺るがすような少女たちは、もう殆どが逝ってしまっていたから。


(……よりにもよって、生き残っているのが私と貴女だなんてね。失礼だけど、貴女は長生きできる子だとは思ってなかったわ)


 同じストロベリー・ボムを与えられたもう一人……緒方智絵里に思いを馳せる。
 千夏は彼女のことをアイドルとして評価していたし、実際可愛らしい、守ってあげたくなるのも分かる少女だと思っていた。
 ただ、それとは別に、引っ込み思案というよりは主体性というものの希薄な、自分から何かができるような子ではないと、
 冷徹なもう一人の千夏はそう評価を下していて、その認識はこの殺人ゲームの中にいて一層強くなっていた。


(今までひたすら逃げ隠れていたのか……それとも、この状況がきっかけとなって彼女の何かが変わったのか。
 ありえないとは言い切れない話だわ。この極限環境は、人間の奥深くにあるものを曝き出すには十分なものだもの)


 そう、殺人とは無縁のはずの目の前の少女が、躊躇なく凶行に及ぶくらいには。


 千夏は改めて、値踏みするように双葉杏の様子を見た。

 別段、変わったところはないように見える。少なくとも死んだ前川みくは杏と仕事をする機会もあったと記憶しているが、
 特に動揺を見せるわけでもなく、相変わらず退屈そうに端末をいじるばかりだ。

 おかしいわけではない、はずだ。現に千夏自身もそれといって動揺していないし、外からそう読み取られることもないと断言できる。
 大して親しくもない相手が今更死んだぐらいでいちいち取り乱すほうがよっぽどおかしい。
 だが、一度相手の内面を疑ってしまった今となっては、一挙手一投足にまで意味を持たせたくなってしまう。
 それでは本末転倒もいいところなのに。

「……ねえ」
「っ、何かしら」


 考えに没頭しすぎて、杏がこちらに胡乱げな視線を向けていることに気付かなかった。
 虚を突かれたのを悟られないよう返事をしたが、杏はこちらの様子を気に掛けていないようだった。


「特に用事ないんだったら、杏、もう寝ちゃっていい? いい加減退屈だったんだよねー」
「そうね……確かに次は貴女が寝る番では、あるのだけれど」
「歯切れ悪いなあ。杏の脳細胞は今こそ眠りを求めているんだって主張してるぞー」


 千夏は考える。
 果たして、このまま杏を寝かしてしまっていいものか。

 彼女のことだ、一度眠ってしまったらそれこそ梃子でも動かない、いや目覚めないだろう。
 今のうちに聞きたいことは聞いてしまうべきなのではないだろうか。
 例えば杏の今後の方針を再確認するでもいい。今の放送からこの殺し合いの傾向を分析するでもいい。
 何か、何かを今尋ねるべきだ。何か、何か……。


「……ねえ。“希望”って、何かしら」
「はぁ?」


 杏の怪訝そうな返事を聞くまでもなく、千夏自身が自分の発した問いに困惑していた。
 とはいえ、何の裏もなく気まぐれだけで口にしたわけでも、杏と禅問答がしたいわけでもなかった。
 たまたまタイミングが今になってしまっただけで、その疑問自体は何も不思議なものではなかった。

 本当は、前々から引っかかってはいたのだ。

 単なる言い回しの問題だと最初は思っていた。しかし、今となってはあまりにも積み重ねられ過ぎている言葉だ。
 杏に対しての問い掛けというより、自分自身に答えを尋ねるように、千夏はそのおぼろげな考えを声に出す。

千川ちひろ。彼女は、放送のたびにこの言葉を使っている。希望のためにとか、希望を忘れるなとか……」
「言われてみればそんな気はするけど。それって杏の睡眠時間よりも大事なことなのかな」

 そう、ちひろの『希望』に対する執着はどうも常軌を逸しているように思える。
 実際は大した裏があるわけではないのかもしれないが、それでも勘ぐりたくなるぐらいには存在感のある言葉だった。


「そして今度は、希望に満ち溢れている、と来たわ。私達が。おかしいとは思わない?」
「うーん。少なくとも、今の杏の希望は快適な睡眠かな」
「満ち溢れている? 今の私達のどこが? 殺さなければ殺される、この状況で?」
「おーい聞いてる? これ以上は睡眠基準法に抵触するよー。杏にはストライキの用意があるよー」

 残念なことにというか予想通りというか、杏は全く興味が無いようだ。
 杏から何かを引き出すのは諦めて、千夏は自分の考えを纏めるのに専念する。

「いくらなんでも、この状況で、殺し合う以外に先のない状態で、ただ殺人を否定するのは希望とは呼べないわ。
 蛮勇が勇気とは似て非なるものであるように、絶望からの逃避と希望は違う。千川ちひろにもそれは分かるはず」

「はーいストライキ決行でーす。労働者には働かない権利があーる。朝になったら起こしてね」
「しかしそれを彼女は『希望』と呼んだ。なら、希望には『未来』が対になっていなければならない。
 この状況での未来。それは自分以外を皆殺しにして生き残ることではないはず。だとしたら……」


 杏がいそいそと寝支度をするのも視界に入っていなかった。
 千夏はただ、何の打算も無しに、推測を口にした。


「ただの仲良しごっこではなく、本当に打開策を探しているアイドルがいるの……?
 この状況からの脱出のために。自分がアイドルであることを捨てずに生きるために」


 逃避ではなく、本当に前に進もうとしているアイドルが、今もいるとしたら。
 絵空事ではない殺し合いの現実を知り、60人のアイドルが半分以下になるという地獄を目の当たりにして、
 それでもこの島に満ちた狂気に囚われずにアイドルで居続けられているのなら、それは確かに希望だ。
 頭の中のお花畑に逃げこむことと、惨劇と向き合ってなお希望を失わないのは、似ているようで全く違う。
 そう続けて口に出し、途中で違和感を感じて、千夏は、そこでハッとして言い淀んだ。


 ぽかんとした顔の杏が、千夏の顔を真っ直ぐに見つめていた。


 様子が、明らかにさっきまでとは違う。
 突然なんの前触れもなく、今まで思い至らなかった何かに気付いた、そんな表情をしている。
 さっきまで毛布にくるまってぐっすり眠ることしか考えていなかったはずなのに。

 しまった、と思った。
 他の誰かに今の自説を披露するのなら、何の問題もなかった。
 でも、よりにもよってと言うべきか、たった今千夏の目の前にいるのは双葉杏だ。
 だからこそ、よくない。

「脱出? ここから? ……できるの、そんなこと」

 杏の言葉はなんてことないもので、それなのに千夏の背筋には冷や汗が流れた。
 否定しないとまずい。いくらこんな状況下とはいえ、双葉杏は基本的には『易きに流れるタイプ』のはずだ。
 今まで杏が自分から殺しに乗っていたというのが、本来の彼女の在り方から離れているのだ。
 殺し合わずに生き残れるかもしれない、なんてふうに思い込ませるのは、まずい。


「……あり得ないわ。私達がこの首輪で屈服させられているのは周知の事実。それに、仮に外す手段があったとしても、
 プロデューサーを人質に取られている以上、下手な行動は出来ないはず。現実性が無さ過ぎる」
「でもさ。さっきの話だと、いくら現実味がなくったって、やろうとしてる子は『いる』んでしょ?」


 この少女は何の前触れもなく核心を突いてくるところがあると、千夏は改めて悟った。

 確かに千夏自身も、本当に脱出という手段を求めているアイドルがいるという仮説は、有り得ると思っている。
 ちひろもそれを把握していて、狂気に飲まれないその姿を希望と呼んでいるのではないか、と感じる。
 もしかしたら違うかもしれない。が、少なくとも杏は、それを有り得ると考えているようだった。


「……そっかぁ。こんな時でも、アイドルで居続けようって人もいるんだぁ。ふぅん」
「…………っ」


 困ったことになったのかもしれない。
 今このタイミングで、杏が非戦派に寝返るのは非常によろしくない。
 お互い後に引けないからこそ運命共同体として共同戦線を張ったのだ。今更、一方的に降りられても困る。
 杏はちひろの言う希望なんて信じていないだろうが、少なくとも「優勝でも脱出でもどっちでもいいや」ぐらいは言いそうだ。

 ごくり、と千夏は唾を飲み込んだ。
 そして努めて冷静に、脳内でいざという時のシミュレーションを始めた。
 仮に杏が日和ったら、千夏は自分の秘密を護るために口封じを考えなければならなくなる……!




「ま、杏には関係ないね。おやすみー」



 しかし、そこまでだった。



「……、は?」
「なにさ変な顔して。別にどうでもいいじゃん、そんなやつらのことなんて」


 本気で鬱陶しそうな顔をする杏を見て、ようやく千夏は自分の考えが取り越し苦労だったのを悟った。


「これからももっと殺さなきゃ、でしょ? だから寝るんだよ。杏、変なこと言った?」
「い、いえ、そうね。何かあったら起こすから、その時はよろしくね」
「それは約束できないかなぁ。ふぅあああああぁ……」


 盛大にあくびをしながら、改めて寝る準備を始める杏。
 その歳不相応に小さな背中を眺めながら、千夏は内心で溜め息をついた。


(本当に、よく分からない子……)


 少なくとも、千夏のあの言葉を聞いた時の杏は、明らかに様子が違ったようだったけれど。
 そこから先は、どうも千夏が危惧していた流れとは違うようだった。

(これもまた安心毛布のせい? ……なんてね。深みにはまっても仕方ないか)


 どのみち一筋縄ではいかないのだ。堂々巡りに陥る前に、思考を切り替えることにする。
 これからの数時間は自分が見張りをする番だ。今は自身と協力者を守ることに専念しなければ。

 そこまで考えて、そもそもそれ以外に出来ることが無いことに気付き、千夏は今度は本当に溜め息を付いた。
 このログハウス、せめて文庫本の一冊くらい、用意があってもよさそうなのに。

 無意識に暇潰しについて考えてしまった自分に気付き、怠け者に付き合うのも考え物だと千夏は思った。




   ▼  ▼  ▼




 ――古びたうさぎの縫いぐるみ。




 それは彼女にとって、不安定なガラス球の小さな小さな支えだった。



 そのガラス球が転がり始めるための、最初の最初の弾みだった。



 怠惰な彼女を動かすための、些細な些細な仕掛けだった。


 だけど。


 そういうことだったとして。


 あの縫いぐるみが、ガラス球を動かしたとして。






 ――そもそも、そのガラス球に、質量を与えているのは、何だ?






   ▼  ▼  ▼



(……あーあ。気付きたくなかったなぁ。知らずに済めば楽だったのになぁ)


 杏は毛布にくるまったまま、小さな声で呟いた。
 面倒なことからは目を背け、厄介ごとからは逃げ続けるのが杏の生き方だったのに。
 まさかこんな形で、自分自身を見せつけられることになるなんて思わなかった。


(脱出、かぁ。今もアイドルでい続けてる、かぁ――)


 眠くて仕方ないはずの体で何度も寝返りを打つ。
 杏の頭のなかで色んなものがぐるぐると回って、奇妙な寝苦しさがあった。
 目を閉じていると、しばらくの間開放されていたはずの幻覚が、また杏の前に現れる。


(今までずーっと逃げっぱなしの、ズルくてヒキョウな杏っち)

 城ヶ崎莉嘉。杏がこの島で初めて殺した少女。杏の、ある意味での原点。
 その姿をとった何かが、杏の心の奥深くに語りかけようとしている。


(だけど今度は、今も頑張ってるアイドルの話を聞いて、ホントの自分に気付いちゃったんだ)


 ああ、そうだ、と杏は思った。千夏の話で、杏は気付きたくないことに気付いてしまった。
 それは知らずに済んだこと。自覚しないで済めば、きっと幸せだったこと。
 そして一度気付いてしまったら、きっともう二度と頭から離れない、そういう類いのことだった。


(しょうがないよねー。杏っちは、今までさんざん自分から逃げてきたんだから)


 逃げ切れればよかったのに。そんなことを今更悔やんでも仕方ない。
 肝心なのは、杏が自分自身のありのままの姿を、とうとう自覚してしまったということだ。 
 どんなに現実から逃げたとしても、自分自身と別れることだけは出来るはずがないのだから。


(いい加減認めなきゃいけないんだよ。杏っちの罪。杏っちが、本当は人殺しなんだってこと――)


 ただ。だけど。そうだとしても。

 目の前の莉嘉のニセモノが言うことは、その実、全くの見当違いなのだ。



(……うるっさいなあ。もうどうでもいいんだよ、杏が人殺しかどうかなんて)




 えっ、と呻いたのは莉嘉の幻影か、それとももう一人の杏だったか。




(もういい加減引っ張り過ぎなんだよ。どっか行っちゃえ、うそっぱちの幽霊なんて)



 莉嘉の幻影がぐにゃりと歪んだ。

 気付くと、杏はまだ真っ暗な森の中で、赤く濡れたネイルハンマーを握っていた。

 蘇るちょうど一日前の記憶が杏を包み、むせ返るような血液の匂いすら感じさせていた。

 倒れ伏した莉嘉を見下ろす杏の脳内に、莉嘉を殺した時の激情のうねりがフラッシュバックした。

 だけど今は、あの時わけも分からず爆発させた自分の気持ちが、ひどく客観的に感じられた。

 そうだ。すべては、あの時からとっくに始まっていたんだ。




“……お前があんなことをしなければ”



 そう。あんなことをしなければ。



“私も!!”



 杏には、別の未来があった。



“……プロデューサーもッ!!”



 殺し合いに巻き込まれない、別の可能性があった。



“こんなことに巻き込まれなかったかもしれないのにッ!!”



 お前があんなことをしなければ、双葉杏はアイドルでいないで済んだかもしれないのに。








【回答】




【この島で殺し合いが始まった時、自分がアイドルであることを呪ったのは、双葉杏ただひとりだから】

 幻影は掻き消えた。声もしなくなった。

 気付いてしまえば、もはや何ということはなかった。

 アイドルとしての双葉杏は、とっくの昔に首をくくって死んでいた。

 ほのかに芽生えかけていたアイドル生活への情熱とか、夢とか、希望とか。

 そんなものは、自分でも無自覚に抱いた呪いによって瞬く間に壊死してしまっていた。

 今の杏は、輝く方向に進んでいたはずのあの日の双葉杏の、きらめきの沈殿物でしかなかった。

 そんな杏が、今更性懲りもなくアイドルであり続けようとする者に、どうやって共感しろというのか?



(……はーあ。そもそも、アイドルだからこうして殺し合いなんてさせられてるわけじゃん。
 それなのに、アイドルとしての輝きを失わないでーとか、頭おかしいんじゃないの?)



 あの時。


 千夏に、今も希望を失わないアイドルがいると聞いた時。


 杏は真っ先に、それを『きもちわるい』と思った。




 それを自覚した時、世界の見え方は一変してしまった。
 自分を正視してしまった杏には、アイドルであることに拘るアイドルが正視できない。
 杏にとって、もはやアイドルとは元凶でしかなかった。生理的な嫌悪感を掻き立てる、異質なものでしかなかった。


 自分たちを地獄に叩き落としたものに、自分だけでなくプロデューサーまで巻き込むきっかけとなったものに、
 そんなアイドルという汚泥で出来た偶像に、今もなお憧れ続けている奴らが、心の底から『きもちわるい』。

 人に似すぎた人形を『きもちわるい』と感じるように、偶像(アイドル)というものが、杏にはただただ『きもちわるい』。


(やっぱり、めんどくさいけど頑張って殺さないとダメかー。杏は働きたくないんだけどなぁ)


 面倒だとは思っても、殺すことへの嫌悪は、それほど感じなかった。
 自分から逃げる必要がなくなると、殺しについてもうこれ以上悩むことすら億劫になって、杏は大あくびをしながら寝返りを打った。

 さていよいよ眠りにつこうとして、だけどそこで気まぐれを起こして、薄く目を開けた。

 真っ先に視界に入ってきたのは、何故か手放せずに枕元にまで持ってきていた、うさぎのぬいぐるみの粘土像だった。
 杏は懐かしいものに触れようとするように、そっとうさぎに向かって手を伸ばした。



 そしてそれを、躊躇なく握り潰した。




 一瞬でうさぎの形を崩して、指の間からにゅるにゅるとはみ出してくる粘土を一瞥すると、それを部屋の隅へと投げ捨てた。

 べちゃりと、かつてうさぎであったものが床へと張り付いたが、すでに杏はそっちを見てはいなかった。

 そのまま特に名残惜しさを見せるでもなく、杏はもぞもぞと毛布を頭まで被った。





【D-5・キャンプ場/二日目 深夜】


【相川千夏】
【装備:チャイナドレス(桜色)、ステアーGB(18/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×7、男物のTシャツ】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
 1:杏と行動。
 2:日が昇るまでこの場に留まる。杏が目覚めるまでは見張り担当。
 3:杏に対して、形容できない違和感。

※チャイナドレスに着替え直しました。

【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式x2、ネイルハンマー、シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾x24
       不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x0-1】
【状態:健康、爆睡】
【思考・行動】
 基本方針:死なない。殺す。生き残る。
 1:千夏と行動。
 2:次の放送まで熟睡する。
 3:アイドルがきもちわるい。

※幻覚は見えなくなったようです。


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最終更新:2016年04月20日 00:38