Spiral stairs ◆j1Wv59wPk2


それは、彼女達が悪夢のようなイベントに巻き込まれる、ほんの少し前の出来事。


「あっ」
「お」

その日のレッスンを終えて、ロッカーの立ち並ぶ更衣室に入った時。
彼女達は、ばったりと出会った。

「二人とも、久しぶりだね」
「凛も久しぶりー。そっちもレッスン帰り?」
「うん。私達も今終わったとこ」

レッスンを終えて、帰ろうとした奈緒と加蓮。
同じ状況の凛と、卯月と未央。
偶然の出会いでも何のことはなく、世間話に花を咲かせる。
そしてそこには彼女だけではなく、一緒にデビューした二人もいた。

「奈緒さん、加蓮さん、こんにちは!」
「ん。卯月も未央も元気そうでなによりだな」
「まーねー。私達も合同でレッスンって久しぶりだし!」

卯月が屈託のない笑顔であいさつをして、未央も服を片づけつつ話す。
『ニュージェネレーションズ』は個々の仕事も増えつつあり、個別のレッスンも珍しい事ではなくなっていた。
そんな彼女達とは凛ほど親しい仲ではないが、彼女達もまた接点はあった。
奈緒、加蓮と凛で三人集まってた時に、未央が声をかけたのが最初のきっかけ。
自分の夢に対し真摯に付き合うようになっていた二人にとって、最初から夢に向かい続けてきた二人とも意気投合はできた。

「私達もオフで集まる事、最近少なくなってきてるよね」
「凛達もそうだけど、あたし達も結構忙しくなってきたもんな。最近は凛の誘いにだって、断る事も多くなってきたし」
「あれ? この前誘った時に断った理由はレッスンじゃなかったっけ」
「うぐ…」

凛が少しいじわるそうに呟き、言葉につまる。
それを見ていた加蓮が、思わず笑う。
あまり会う機会がなかったとしても、この空気は何も変わらない。
そんな当たり前のような事を改めて実感していた。

「まぁまぁ、いいじゃないですかお二人さん! 忙しい事はいいことだー!」
「うおっ……なんだよ、なんか今日は妙にご機嫌じゃないか」
「なんかいいことでもあったの?」
「んふふー…内緒っ!」

そんな二人の肩に飛びついて、未央は笑う。
語る彼女の姿は、ひどく上機嫌に見える。
そういえば、凛もここ最近何か自分の事のように喜んでいた事があったような。
理由を知る由はなかったけれど、悪い事でないのならそこまで追求するつもりもなかった。

「ふふっ……でも、私はうれしいよ」
「えっ?」
「今は、そうやってちゃんとレッスン優先してるって事だし。
 ちゃんと、夢に向かって進んでるんだよね、二人とも」

未央にのしかかられながらも、凛はさっきとはまた違う微笑みをみせる。
さっきのいじわるなそれとはまた別な、真面目なものも混じった表情。
こういう、真面目な話になると大体誰かが折れる。
今回は奈緒がいつものように照れて、視線を逸らす。
そんな反応を見て、凛はまた微笑んだ。

「おやおや、しぶりんったら私達を差し置いて……妬けちゃうな~?」
「未央、何その言い方…」
「いいもーん、私にはしまむーがいるもん。
 ねぇしまむー? しまむーは私を置いていかないよね……?」
「ふえっ!?」

そんな二人の会話をその間で聞いて、未央は少し茶化す。
卯月を見つめるその目は、うるうる…とわざとらしい効果音が聞こえてきそうだった。
凛は半ば呆れた表情をして、卯月は戸惑い、未央はやがていじわるそうに笑った。

「あはは、まるで私と奈緒みたい」
「その例えには複雑な気分だな……」

凛が卯月と未央の方に付き合っているその間、静観してた加蓮がけらけらと笑う。
未央が盛り上げて、卯月が戸惑う。似たような光景を、今までたくさん見てきた。
他人事のようには思えない。それがどうにも、可笑しかった。

「やっぱり、二人といる時の凛はいきいきしてるね」
「ん……ああ、そうだな」

そして、話題は渋谷凛の方へと移る。
奈緒と加蓮と一緒にいる凛がつまらなそうとか、そういうわけではないけれど。
でも、あの二人と一緒の『ニュージェネレーションズ』である凛はまた、違う輝きを放っていて。

それこそ、奈緒と加蓮の目指す輝き。
等身大の友人とはまた別の、目指すべき目標としての姿。

「負けてられないね」

今は、もう手の届かない高みなんかじゃない。一緒に頑張るライバルなんだ。
そんな事を思って、不敵に微笑む。
それに対して、口には出さなくとも頷く。
奈緒も、同じ気持ちだった。

「頑張らないとな」

そういうと、奈緒は何かを加蓮の手に置く。
さっきまで手に持っていたそれは、未開封の水のペットボトル。
加蓮の分、という事だろう。

「気が利くね、さんきゅー」

丁度、喉が渇いていたところだ。ふたを開けて、口に流し込む。
勿論ただの水なので味はしないが、その冷たさが疲れた体に染みるようで気持ちいい。

「水分補給はしっかりしないと、倒れるからなー」
「もー…大丈夫だってば。私、最近体力ついてきたんだよ?」

次に奈緒が放った一言に、加蓮はわざとらしくむくれる。
それこそ昔は、自分の体調を盾にして甘えようとしていた。
けれど今は、そんな穴を埋めようと努力はしてる……つもりだ。
奈緒に心配されるのに悪い気はしない。けれど、ちょっと癪にさわる。

と、ここで。
加蓮が何か思いついたかのように意地悪な表情をした。

「それに……いざって時は、奈緒が守ってくれるもんねー♪」

逆手に、とる。
茶化すのなら、茶化し返してしまえばいい。

「……お前なぁ」

それに困ったように、奈緒は頭を掻いて応えた。
加蓮の想像通り。いつもの彼女通りの反応で、加蓮は嬉しくなった。


「おんやおんや……まるでお二人、夫婦みたいですなぁ?」
「んなっ!? な、ななな何言ってんだよ!?」
「あー、いいねぇ夫婦。このままゴールインしちゃう?」
「でっ、できるわけないだろ!?」

と、ここで思わぬ援軍の登場。
いつのまにか話を聞いていた未央が、二人の間に割って出る。
おもしろいぐらいに初心な反応を示す奈緒に、加蓮と未央は二人していじり倒す。
それを見て卯月は困ったように笑い、凛は今度こそ本当に呆れていた。


そんな和気藹々とした、なんてことのない楽しげな空間。

そこには五人が五人、みんなが笑顔を咲かせていた。




    *    *    *




和気藹々と、楽しげな声が聞こえてくる。


「………」


そんな部屋の扉越しに、その女性――千川ちひろは、立っていた。


「仲良きことは、美しきかな……ですね♪」

盗み聞き、というつもりはなかった。
ただ、なんとなく立ち寄ったら声が聞こえてきて、足を止めたぐらいの事。
いつだって、この事務所はいろんな場所で、たくさんの楽しげな声が聞こえてくる。
心の許しあえる仲間と共に切磋琢磨していく。それは、とてもいい事だ。

「その強さは、有望株ですし……」

そして、その絆の強さは『計画』に置いても有用に働く事だろう。
未だ知られていないそれを一人思い返し、彼女達に期待を寄せる。

共に歩んできた、信頼を持つ三人。
分かち合ってきた、友情を持つ三人。
そして、その両方で、中心にいる少女。
多くの夢の上に立つ彼女は、強い。

きっと彼女は、この『計画』の渦中に巻き込まれたとしても、その輝きを喪わないのだろう。
ずっと強く、強く。彼女は走り続けていく。


「でも」


そこまで考えて、彼女は口を開く。


「違うんですよね……今の『貴女』じゃ、ない」


それは、今までの彼女とはまるっきり違う、冷酷な声。

「生まれるべきものは、そんな軽いものじゃない」

『絶望を希望に変える力』。彼女の望む境地には、まだ至っていない。
所詮、何かに依存した強さというのは、ただの一般人程度のものでしかない。
全部なくなってしまえば、脆くも崩れ去ってしまうもの。
目指すものは、それよりもっと先だ。
普通の少女の夢から更に昇華した、全ての希望となるべき存在。

自身が何もかもを喪ったとしても、希望を創り、どんな絶望でもかき消せるような存在を、望んでいる。

彼女がそこまで行くかどうかは、分からない。
少なくとも今の段階では、『本命』よりは、優先度は落ちる。
確かに候補の一人ではあるのだが……実際に始まらない事には、判断できやしない。


「もっと、絶対的な………」


そこまで呟いたところで、がちゃり、と扉の開く音がした。

「あ、ちひろさん! お疲れ様でーす!」
「はい、お疲れ様です。今日はゆっくり休んでくださいね♪」

さっきまでの表情とは一変し、優しい笑顔で送る。
それに帰路につく彼女達は何も疑問に思う事なく、ぞろぞろと出ていく。
見送る彼女の表情はずっと変わらず笑顔で、ただ見つめる眼だけは、鋭く。


「……あなたは、どうするんでしょうね?」


誰に向けるでもなく、そうつぶやいた。






    *    *    *







欲望のエントランスは大きく口を開け、大蛇のごとく蜷局を巻き混沌へと誘う。

行き着く先は天空か、地の底か―――


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最終更新:2016年04月20日 00:31