負けない、心 ◆yX/9K6uV4E







――頑張れ







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……アタシがアイドルになった理由?」

それは、ある日のパジャマパーティーのときのこと。
同じ事務所のアイドルの仲間たち5人と、合宿所に集まって交流も兼ねて、おこなったパジャマパーティー。
来週行われるミニライブに向けて、結束を固めるためにってことみたい。
その五人は、アタシ――若林智香と、川島瑞樹さん、間中美里さん、黒川千秋さん、そして元々友達だった緒方智絵里ちゃんだ。
同じプロデューサーからプロデュースされている智絵里ちゃんとは仲がよかったけど、他の人とはあんまり。
そういった事情もあって一番年長だった川島さんが提案し、プロデューサーの了解を得て、開催されたという感じ。
もっとも、プロデューサーも監督という事で、いるけどねっ。
勿論、アタシ達の部屋にいないけど、それは男子禁制だからですっ☆

そんな感じで、アタシ達は夜更かししていて、不意に智絵里ちゃんに聞かれた事だった。
千秋さんと美里さんが川島さんによって、お酒に潰されて、そろそろ寝ようかという時。
おずおずと、枕で顔を隠しながら、智絵里ちゃんが聞いてきたんです。
どうしても、今聞いておきたい。そんな風に。


「誰かを元気にさせいから、かなっ☆」


何でこんな事を聞いてくるか、解らなかったけど、アタシは素直に答えていた。
それが私の答えだから。
そう思ったら一直線っ。
居てもたっても居られなくて。
だからアイドル目指して。
そして、気がついたらアイドルになっていた。

「でも、それならチアガールでもいいんじゃ……?」


それでも、なお智絵里ちゃんは突っ込んで聞いてくる。
何がそんなに気になるんだろう?
……でも、確かにそうかも。
傍から見たら元気にするなら、チアガールのままでも出来ていた。
アイドルになってまでする願いじゃないかもしれない。
けれど


「違うよ。アタシの中で、アイドルじゃないと駄目だったから、だよ☆」


アイドルじゃないと駄目だった。
アイドルじゃないと出来ないと思ったから。
だって、

「アイドルって、応援する人と一緒になって頑張れるんだ、一緒に頑張ろうって! それって凄い身体が熱くなるんだよっ」

ファンと一緒になって、ライブを楽しくする。
アタシがファンを応援して。
ファンがアタシを応援して。
それがたまらなく楽しくて、嬉しくて。
だから、それはきっと


「だから、アタシ、アイドルじゃないと駄目で、アイドルになりたくて、なれてよかったっ☆」


アタシがアイドルになれてよかったということ。
アタシなりのやり方で、皆が元気になってくれる。
アタシ自身も元気になれる。
それって、とてもいいことだと思うんだっ☆


「ふふっ……智香ちゃん、立派ね」
「そ、そんな事ないですよ、川島さん……恥ずかしいなぁ」
「ちゃんとした目標があるって、大事よ」
「えへへ……川島さんはあるんですか?」
「……私? そうねえ」

不意に聞かれた川島さんはんーという表情を浮かべて。
そして、とてもお茶目に笑いながら、こう言った。


「ふふっ……内緒よっ」
「えーっ!?」
「アイドル川島瑞樹は、秘密が一杯あるのよ♪」
「そ、そんなぁ」

きっと川島さんの中にもそういうのがあるんだろう。
だって、今、笑っている川島さん、とっても可愛いから☆
だから、アタシは残念と言いながらも、笑っている。
なんだか、いいなぁ、そういうの。
そう思ったから。


「…………あの時……彼がそういってくれたから私は今、こうしてるのかもね」


そして、笑いながら川島さんがそっと呟いた言葉。
彼というのはなんとなくわかったけど、私は深く聞く事はしなかった。
野暮と言う事だよ、きっと☆
アタシにも解るしねっ。



「いいなぁ…………わたしは、そんなもの……」



そして、枕を握りしめ、何かを言いかけた智絵里ちゃんが居て。
アタシは気になって、言葉をかけようとしたけれど

「……そろそろ寝ますね。夜も遅いですし」
「そうね、そうしましょうか」

智絵里ちゃんは握り締めた枕にそのまま顔を埋めて、布団に入ってしまった。
こうなったら何もいう事が出来ない。
気になって仕方ないけど、うずうずるけど。
我慢して、アタシも寝る準備する。
あっ、その前に。



「アタシ、シャワーだけ浴びてきますね」


汗だけ流しておこう。




でもアタシは、その時、ちゃんと智絵里ちゃんに聞いておけばよかった。




彼女がなんで、アタシにそういうことを聞いてきたかっていう事を。






     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






(シャワー……っと。そういえば風呂場は共用なんだっけ)


シャワーを浴びようとアタシはお風呂場に向かっていた。
そういえば、男女共用だったなと思い出す。
まあ、もう深夜だし……大丈夫かな。

アタシ、なぜかもう何度もシャワーの時とかで、プロデューサーに裸を……見られてる。
見せたいわけでもないし、と言うか恥ずかしいし。
最初のぞきを疑ったけど、どうやら本当に偶然みたい。
何度ラッキーがおきているのか。
あきれつつも……ちょっと恥ずかしい。

だって、アタシは、憎からずあの人のことを想っている。
何故そうなってかは解らない。
であった時からかというと、違うような。
でも、いつの間にかだったんだよ☆

いつの間にか好きになってた。

そういうものだ、恋って。
アタシが恋するってびっくりだったけど、でも、してみたら嬉しい。
それが叶うかどうかはどうでもいい。
……っていうか、叶わないかもしれないほうが多分可能性的に高いかも……
だって、ライバルは一杯……というかプロデュースされてる6人皆そうかも。
響子ちゃんやナターリアちゃんはかくそうもしないし。


アタシはそういう二人を見て、ちょっと自分から引いてしまう。
アタシ自身より、誰かを応援したくなる。
そんな気持ちになって。
それは弱気なのかもしれないけど、アタシらしいって。

だから、この恋は……



「っと、暗くなっちゃいそう☆ シャワーシャワーと」


そう、気持ちを入れ替えて、脱衣所の戸を開けた。
汗と一緒にやな気持ちも流しちゃおう。
なのに


「お、おう」


そこに居たのは全裸のプロデューサーだった。
何一つ隠さず髪を乾かしている。


…………。
…………………………。


「い、いい湯だったよ」
「ば、馬鹿ぁぁぁぁ!!!」


私はすぐに後ろを向いて駆け出した。
こ、このパターンは考えてなかった。
びっくりした、逃げ出すしかなかった。

初めて見た、見たくなかった。


きゃーきゃーいいながら廊下を走って、そのまま布団にダイブ。
顔を真っ赤にして、忘れようとして。
忘れられず、さらに布団でジタバタ。
は、恥ずかしい。
見たのはアタシなのに。

男の裸、上半身の裸は見たことあるけど、全部はじめて。
それでも、こんなに恥ずかしいのは好きになったから?
解らない。でも、恥ずかしくて。
忘れたいはずなのに、忘れられなくて。

プロデューサーさんも男の人だなって。


そう想ったらさらに恥ずかしくなって。



でも、アタシはどこか嬉しい。



これが、恋なんだ。



うん……できるなら……




誰にも、譲りたくないな。



本当に。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






そして、ミニライブ当日。



事件が起きたのです。
プロデューサーがアクシデントで来れないという話をちひろさんから聞いて。
その話の後、智絵里ちゃんが怯えて、リハーサルで失敗して。
そして、消えてしまった。

前もそういうことがあったと聞いた。
ソロのミニライブで失敗したという話を。
その時はプロデューサーが居て、何とか元気を取り戻したと。
それ以来智絵里ちゃんのイベントには必ずプロデューサーが付き添うになったと。
けれど、今回来れない事で均衡が崩れて、結果、まともに出来なくなってしまった。

その兆候はあった。
例えば、傍から見ても智絵里ちゃんがプロデューサーさんに依存しているということ。
ライブのレッスンでも一人だけつまずく事が多かったこと。
そして、合宿所のときのこと。


それが全部積み重なって、智絵里ちゃんが怯えた。

それまでにどうにかできなかったのか。

悔やむ事は多いけれど、今はそれより、智絵里ちゃんを探して。


……探して、どうするんだろう?




決まってる。



応援するんだっ!


元気になれって!



そして、智絵里ちゃんを倉庫の隅で見つけて。
智絵里ちゃんは怯えながら、アタシに言った。



「やっぱり、無理だよぉ、わたしは……一人でなんて出来ない」


震えながら、頭を振って。
逃げるように。


「わたしにアイドルなんて、無理だったんだ……無理だよぉ……」
「そんなこと無い……」
「そんなことない訳がない!」


アタシの否定を、強い否定で、返した。
その智絵里ちゃんの表情は、悔しさ? 怒り? 悲しみ?


ううん、これは、深い悩んだ末の苦しみ。



「わたしは、アイドルになった理由なんて、無いもん! 目標なんて、ない!」



智絵里ちゃんは涙を流してなかった。
それでも、泣いてるようで。


「ただ、あの人に誘われるようになった。 でも、それだけ! アタシには智香ちゃんみたいな、モノ、何にも無い!」


ああ、智絵里ちゃんは。
ずっと悩んでいたんだ。

アイドルとして、なるもの。
アイドルとして、なりたいもの。

自分の、憧れ。


そういうものが無くて。


ただ、なすがままになって。


それで、周りと自分を比べて。



結果、プロデューサーにしか頼る事しか出来なくて。



そして、更に自分を追い込んで。




「だから、わたし、アイドルじゃない!」



そう、やって、何もかも、諦めようとする。



ねえ、アタシ。


アタシは、どうしたい?


この子に、かける言葉はある?


かける応援は?


元気にする言葉って、あるかな?







――――勿論、ある!





「智絵里ちゃん――――」



それは、ありふれた言葉。



「頑張れ、負けるな」


智絵里ちゃん目指すものは、勝つ必要なんてない。
チアでする応援する試合とは違う。
誰かに勝つ必要なんて、無いんだ。


だから、


「――頑張れ、負けるな」




自分自身の弱さに。



「――――頑張れ、負けるな」



自分自身の悲しみに。



「――――――頑張れ、負けるな」


そう、自分自身に。


「そんなこと……言われたって……」



智絵里ちゃんは、私をにむ。
きっと、解らないかもしれない。
でも、それを言っちゃ意味がない、と思う。

自分自身に、気づかなきゃ、意味が無い。


だから、私は手を振って、応援する。



「頑張れ、負けるな! だって――!」



だって、だって



「智絵里ちゃんは、あの人が見つけたアイドルでしょう!」





貴方だって、選ばれたアイドルなんだよ?



たくさんの星から、選ばれた、輝く星。



その輝きに、違いなんて、劣るものなんて、無いと思うんだよ。



だから、乗り越えるのは自分。 自分は駄目だという、心。




「……!」


だから。




「……負けるな! 頑張れ!」


自分の心に。


自分の、弱い心に、負けるな。


元気になって!


「頑張れ、負けるな!」




さあ、一緒に!




「頑張ろう! 一緒に! 負けるな、智絵里ちゃん!」




アタシを手をさし伸ばして!





どこまでも!




「いこう! 皆待ってる! 頑張れ! 負けるな!」



そして、智絵里ちゃんは、私が出来ないぐらいの素敵な笑顔を、浮かべて




「――――はい、智絵里……ファイトです! わたし……負けません!」



アタシの手をとって。



きっと、自分自身に負けなかったんだ。


負けない、心を持って、歩こうって。





だからもう、大丈夫。



アタシはこれでいい。


皆と一緒に元気になって、皆を応援して。


そして、何処までも楽しくなる。


これが、アタシのアイドル、なんだから☆



「いこう! 皆待ってる!」





手をとって思う。



――アタシ、アイドルになれて、本当によかった。










     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






ライブが無事成功して。
皆笑っていて。



その後の事。




プロデューサーが駆けつけて。


そのプロデューサーに、抱きつく智絵里ちゃん。


幸せそうで。

嬉しそうで。


二人は、笑っていて。



アタシは遠くで見ていて。




「貴方は応援するだけなのね」


そうやって、私に声をかける人、千川ちひろ。



「それでいいんだよ☆」



それでもいい。
なら、と彼女は言った。
その笑顔は、ちょっと怖くて。
私を誘惑するようで。



「私が貴方に、貴方のその隠している心に、応援しましょう」



そう言って。




「――――頑張れ、負けるな」


何に?


見つめる先にいるのは二人。





「――――頑張れ、負けるな」





かなわない、もの。




「――――頑張れ、負けるな」




でも、かなってほしいなって、譲りたく……ない。





「――――頑張れ、負けるな」




アタシ……だって……この、想い。








「――――頑張れ、負けるな」







負けたくない、かなわないって想いたくない。


負けたくない、自分の心に。


アタシは、叶うなら……



だから、アタシ



――――――誰にも、負けたく、ない。






そう、負けたくない、かなわないって想いたくない。


負けたくない、自分の心に。


アタシは、叶うなら……





智絵里ちゃんにも、誰にも、譲りたくない。



アタシは…………負けない。






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最終更新:2016年04月20日 00:46