彼女たちのせいでしかないあの夏のフォーティワン ◆John.ZZqWo



朝日に白くぼけた道の上を渋谷凛は自身の長い影を追いながら歩いていた。
その足取りは重い。
まるで靴の中に気だるさが溜まり形を持ってしまったのかと、そんなことを思うほどに足は重かった。



なにかを考えなくてはいけないと思う。なにかを。
例えば、島村卯月の行方。
ここまで来て、まだ見かけたという話すらひとつもない彼女。一体、どこに姿を消してしまったんだろう?

大石泉に連絡をお願いされた病院に陣取っていたはずのアイドルたち。
記憶を辿れば、そう。
向井拓海小早川紗枝。それと――、それと――…………。それ、?

足が重い。足が痛い。

目の前の坂道を見上げる。来る時にこんな坂道はあっただろうか?
いいや、あった。
来る時は下り坂だったから気にならなかっただけ。来る時は、じ――……?

そう、だ。
いつの間に自転車を降りて歩いているのだろう?
いつから自転車に乗らず歩いているのだろう?
自転車はどこにあるのだろう?

諸星きらりから譲ってもらった自転車。彼女は、自転車は今どこに?

記憶を手繰る。
それがひどく億劫なのはどうしてだろう。それをしてはいけないと思うのはどうしてなんだろう?

“自転車は病院にあるよ”

そうか。忘れてきたんだ。病院の前に止めて、そして――そのまま、置いたまま出てきてしまったんだ。

“取りに戻らなくちゃいけないんじゃないかな”

そう。あれがないと困る。この島は広い。歩いてたらどれだけ時間があっても足りない。

“だから病院に戻ろうよ”

うん、病院に戻るよ。忘れ物を取りに帰るよ。


振り返る。


病院は目の前にあった。私は一歩もそこから進んではいなかった。






 @


「ふぇわあぁあぁあああ……っ!?」

なに、この声?






「…………は、…………っ? …………私」

ここは、“どこ”?

わからない。混乱する。急に時間が飛んだような。記憶が飛んだような。まったく別の世界に連れ去られたような。
怖い。わからないのは怖い。多分、それは、もしなにかがおかしくなったのだとしたら、それは私以外にありえないから。
ついに気が狂った……とは、でも、まだ思いたくない。

冷静に。冷静に、周りを、観察しよう。大丈夫。殺し合いが始まった時でもできたんだから。
ここはどこ? 明るい部屋。広い。テーブルがいくつも並んで、壁にはメニュー、新しいハンバーガーの宣伝ポスター。
そう、ここはただのハンバーガショップ。なにも怖くないところ。

「…………あ」

手の中に食べかけのハンバーガー。まだ少しだけあたたかくて。
トレーの上にはぱさぱさのフライドポテト。そして、手付かずの“アップルパイ”。

「そか……」

なんのことはなかった。
ここは通り道に見つけたハンバーガーショップ。なにか食べようと中に入り、見よう見まねでハンバーガーを用意して。
食べている途中にうとうととして、多分、“落ちた”。
時計を見れば「5時45分」。この店に入ったのが確か20分くらいだったはずだから、意識を失ったのは一瞬だ。

「はぁ……」

大きな溜息を。そしてたくさん氷を入れてキンキンにしたコーラを飲む。
食べかけのハンバーガーはトレイの上に。もう食べたいとは思わなかった。それよりも気持ち悪かった。
フライドポテトももう食べたくない。アップルパイも、多分一生食べられない。

「…………最悪」

なにが最悪? 多分、なにもかもが最悪。こうやって最悪だって思う心が一番最悪。

“だから病院に戻ろうよ”

あれは自分の声だった。渋谷凛の声。私の声。本当の声。私の本音。本当の私がしたいこと。



“私”は言った。「奈緒のところに戻ろうよ」――と。

奈緒は死んでいない。けど、別れるということは奈緒を殺すということ。どうしてそんな選択をしなくちゃいけないの?
戻ればいい。奈緒の手を引いてあの病院から連れ出せばいい。そうして奈緒といっしょに行けばいい。



  私 は 奈 緒 を 助 け て も い い 。



みんなで帰るって言ったよね。だったら、どうして? なんでなにかひとつだけしか選んじゃいけないの?
奈緒を連れ戻しに病院に戻ろう。加奈ちゃんの遺体だって、ちゃんと埋葬してあげよう。
岡崎さんや喜多さんだって今から戻ればできることがあるはず。未央だってあのままじゃかわいそうすぎる。

今から全部できることをしにいこう。これ以上、後悔しないように。これ以上、悲しくならないように。


そう、“私”は言っていた。






 @


自転車のサドルを撫でる。きらりから預かった自転車は“記憶どおり”に店の前に立てかけてあった。
放送までは間もなく。
座って待っていてもよかったかもしれない。けど、座っているとそれだけで不安になって、だから立っていることにした。

「…………」

“私”は言った。戻ろうと。後悔をしないためにできるだけのことをして、それから進もうと。
それは私の本心だ。私はきっと後悔する。後悔なんて言葉じゃきっと全然足りないくらいに後悔する。
時計の針が6時に近づく。きっと、“名前”が呼ばれる。その時、気が狂うかもしれない。発狂するかもしれない。

それくらいに私は臆病な人間だ。今頃になって、この島に来て、追い詰められて、だんだんそれがわかってきた。

もう一人の“私”が頭の中で言う。戻っちゃいけない。後ろを振り返っちゃいけないと。
それが私の本心だ。もし一歩でも後ろに下がれば、一回でも足を止めれば、私は酷く後悔するに違いない。
多分、死ぬと思う。比喩でなく、その時死ぬと思う。もし、“名前”が呼ばれたら私はここで死ぬだろう。

卯月は言ったよね。諦めないのが私のいいところだって。

違うよ。私はあの時、初めて卯月と出会って、未央と3人でアイドル候補生になる追試を受けた時。
怖くて怖くてしかたなかったんだ。
一瞬浴びた光が消え失せ、ただの自分に戻ること。
なにもなかった、手違いだったと親や友達になんてない顔をして報告しなくちゃいけないこと。
自分の見た未来(ゆめ)が嘘だったんだって、それを認めちゃうことが怖かった。

諦められなかっただけなんだ。ただ、諦めるほうが怖かったって、それだけだったんだ。

あの時、卯月に助けられなかったら、渋谷凛という存在は壊れていた。
きっとただのなんでもないひとりの人間になって、もう二度と渋谷凛には戻らなかったに違いない。
そしてそれは今も変わらない――。

“私”は島村卯月を失いたくない。それは、私の世界の否定だから。

だから、私は卯月以外の全部を諦めることができる。どれだけ残酷で、どれだけ後悔しようとも。
卯月と手を取って、もう一度彼女に「笑顔、笑顔」って言ってもらえればまたそこから歩き出せるんだ。
どんな後悔があっても、どんな心残りがあっても、それもいっしょに、卯月とならステージの上に持って行ける。

そう信じてる。そう信じたい。だから、きっと、これはただ最初からそうだったってだけの話で、だから――

「私はニュージェネレーションを諦めない」

そう言ってきたんだ。






 @


お店の壁掛け時計を見て、情報端末の時計を見て、どちらも何度も見比べて、それでなにが変わるわけでもないのに。

後10分足らず、なにもできない時間がもどかしくて私はこの後のことを考える。
しなくちゃいけないことは決まっている。
卯月を見つけ、病院にいたはずの人らを見つけ、警察署に戻り、みんなで帰る。

けど、卯月は本当にどこにいるのだろう? まだ山の周りにいるんだろうか。それともどこかで入れ違いになったのか。
誰も卯月の姿を見た人はいないという。だったら、卯月は山頂でひとりぼっちで私を待っているのかもしれない。

「キャンプ場……遊園地……」

山の傍にあって立ち寄ってないのはそのふたつだけ。
キャンプ場はいまいちぴんとこない。
遊園地は動物園でもあるらしいけど、卯月がそこに隠れてるというのはなんだか想像するとありえる気もしてきた。



「向井拓海と小早川紗枝、それと、白坂小梅松永涼……」

そして、それが病院にいたはずの人間の名前。きらりから託された名前。でも……、私はすでに“見ている”。
加蓮と奈緒に出会ったあの場所。和久井さんと対決したあの場所にあった二人の死体。
あれは松永涼と白坂小梅に見えた。
車椅子の死体には片足がなかったし、黒こげの死体は子供みたいに小さかった。だから間違いないと思う。

残りの二人も死んでいるような気がする。奈緒は名前を出さなかったけど、病院の中でもっと殺しているという風だった。
もしそうなら、それはもうすぐに判明することだけど……少し楽になるかな、なんて。

「ほんと、最低……」

でも、それなら卯月だけを探せる。
もう奈緒と加蓮とも別れてしまったんだ。他のめんどうなことは全部見捨ててもいい。
卯月だけでいいんだ。最初っからそうだったんだから。
この島から抜け出すなんてこともなんだか些細なことに思える。卯月と私、二人だけなら簡単になんとかなるんじゃないかな?

「そんなわけ、ない……」

ああ、もう本当に気が狂いそう。これって寝不足のせい?

“私”はもうどこかで死んでもいいって思い始めてる。生き残ることが正しいのかわかんなくなってる。
“私”は今にも奈緒が病院からここへと駆けつけて、やっぱりいっしょに行くと言ってくれるかもと期待している。
“私”は卯月のためなら誰かを殺してもいいって思ってる。奈緒や加蓮もそうしたんだから。
“私”はもうなにもかも投げ打って、ずっとここで泣いて、疲れたら寝て、助けてくれる人を待ち続けたいと思ってる。
“私”は目の前の自転車を持ち上げてウィンドウにぶつけて粉々したくてたまらなくなってる。

渋谷凛は、奈緒と加蓮の遺志を、これまでの全部を無駄にしようないよう前に進み続けなくちゃいけないんだって思ってる。






時計の針が上ってゆく。カチコチと。何の容赦もなく私を追い立てる。






お願い。卯月。私をもう一度助けて。






【B-4/ファーストフード店/二日目 早朝(放送直前)】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:疲労、軽度の打ち身】
【思考・行動】
 基本方針:『アイドル』であり続ける。/ニュージェネレーションを諦めない。
 1:卯月を探す。/卯月を探す。
 2:警察署へ戻る。/卯月を連れて戻る。
 3:渋谷凛として前へ進む。/お願い、卯月。もう一度手を握って。
 4:みんなで帰る。 /卯月といっしょにステージに立つんだ。


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最終更新:2015年12月11日 20:04