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朋也「軽音部? うんたん?」 文化祭①
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meteor089
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朋也「軽音部? うんたん?」
76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:16:40.86:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
律「って、なんであたしがジュリエットなんだよっ! 納得いかねぇーっ」
春原「僕だってロミオなんかやりたくないねっ」
机を弾く勢いで立ち上がるふたり。
和「多数決で決まったんだから、諦めてちょうだい」
壇上に立ち、教卓に手をついて言う。
律「いやだぁーっ! なんであたしがあんなアホとラヴな劇をせにゃならんのだっ」
春原「僕だっていやだよっ! 相手をムギちゃんに変えてくれぇっ!」
和「話し合い聞いてなかったの? 演るのは、ロミ男vsジュリエッ斗よ」
和「ラヴロマンスとは程遠い、ルール無用の命がけの闘いで真の最強を決めるっていう血生臭い物語よ」
黒板には、演題の隣に『最強の格闘技はなにか!?』とあおり文が書かれていた。
女生徒「りっちゃんと春原くんにしかできないよ」
男子生徒「おまえらが適役だろ」
そうだそうだ、と賛同の声が上がる。
律「ああ、そういうこと…なるほどね、やってやろうじゃん」
77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:19:07.27:jpDSDOMkO
部長の目がギラつく。
春原「ふん…どうやら演技じゃすみそうにないようだね」
春原もそれを受けて、にやりと口角を吊り上げた。
メインキャストが決まった瞬間だった。
メインキャストが決まった瞬間だった。
―――――――――――――――――――――
梓「へぇ、先輩たちのクラスは演劇をやるんですか」
唯「そうだよぉ。私は女子高生G役なんだ」
梓「女子高生Gですか? いったいなんの劇をやるんです?」
唯「ロミ男vsジュリエッ斗」
梓「ロミオvsジュリエット? 愛し合うふたりが戦うって…笑える喜劇にするつもりですか?」
唯「ちっちっち~。字が違うんだな、これが」
席を立ち、ホワイトボードに板書した。
梓「ロ、ロミ男vsジュリエッ斗…確かに、リングネームみたいですね…」
澪「ちなみに、原作・脚本はムギだ」
紬「うふふ」
台本を手に微笑む琴吹。
78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:19:36.46:+UZ/pLeq0
梓「あ、あー…なるほど、そうでしたか…納得です…」
律「ショラ!!」
部長が練習スペースで声を上げる。
ちょうど春原に蹴りを放っているところだった。
ちょうど春原に蹴りを放っているところだった。
ザシュ
顔面に飛んできたその蹴りを、腕のガードでさばく春原。
春原「馬鹿の一つ覚えの前蹴りしかないのかよ!!」
律「前蹴りじゃねーよ」
ブオッ
春原「!?」
ゴッ
止められた足を空中で振りかぶり、そのまま春原のアゴに決めていた。
紬「…カケ蹴り」
琴吹の解説が入る。
梓「さっきからのあれは、いつもの喧嘩じゃなくて、演劇の練習だったんですね…」
紬「といっても、ほとんどアドリブでやってるみたいだけどね。私の脚本では寸止めすることになってるから」
79:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:20:45.83:jpDSDOMkO
梓「そ、そうですか…でも、あんな殺陣シーンがあるなら、女子高生役ってどういう役割になるんですか?」
唯「それはね、劇中で私がしまぶーに…」
紬「唯ちゃん。いろいろとアウトよ」
唯「あ、そだね。ごめんごめん」
梓「? しまぶー?」
紬「梓ちゃんは、気にしなくていいのよ?」
梓「は、はぁ…」
―――――――――――――――――――――
律「ふーい、ちかれたー」
春原「あ゛ー…あっつ…」
こんなに涼しい時期にも関わらず、汗ばむ体をあおぐこのふたり。
はしゃぎすぎだった。
はしゃぎすぎだった。
梓「律先輩はこれからまた練習があるんですから、しっかりしてくださいよ」
律「あー、わかってる、わかってるぅ…」
だらりと背もたれに体を預け、ぱたぱたと下敷きで風を送っていた。
梓「もう…ほんとにわかってるんですか?」
80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:21:09.14:+UZ/pLeq0
律「おう、任せろい」
しゃきっと姿勢を正す。
律「さてと…それじゃ、新曲の歌詞を発表し合おうかね。おまえら、昨日の宿題忘れてないよな?」
律「さぁ、先発は誰だ?」
唯「はいはぁ~い。私からいきまぁす」
ピラピラと二枚の紙はためかせる。
律「お、唯か。よし、かましてみろぃ」
唯「おほん。では…『ごはんはおかず』」
………。
ぽかんと口を開ける俺たち。
タイトルからして地雷臭が漂っている気がする…。
ぽかんと口を開ける俺たち。
タイトルからして地雷臭が漂っている気がする…。
唯「ごはんはすごいよ なんでもあうよ…」
朗読していく。その独特すぎるセンスには閉口するばかりだった。
秋山といい勝負かもしれない。
秋山といい勝負かもしれない。
唯「…どうかな?」
律「変な詞だな、おい…」
梓「澪先輩に影響されたんですか?」
82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:25:00.89:jpDSDOMkO
澪「って、なんだ、私の書く歌詞って変なのか!?」
梓「い、いえ、違います…ただ、その…呼吸の置き方とかの話ですよ」
梓「ほら、澪先輩のそういうところって、思わずマネしたくなるなにかがあるじゃないですか」
澪「そ、そうか?」
梓「はい、そうですよっ」
必死に接待スマイルを作っていた。
紬「私は、おもしろい歌詞だと思うな。曲をつけてみたいわ」
唯「さっすがむぎちゃん、わかってるぅ~」
律「まぁ、ムギがそういうなら、候補にいれてもいいかもな」
唯「それと、もうひとつあるんだけど…」
今読み上げた方を下に置き、もう一枚を手に取った。
唯「いきます。『U&I』」
耳を傾ける俺たち。
唯「キミがいないと何もできないよ キミのごはんが食べたいよ…」
今度は比較的まともな仕上がりになっていた。
さっきのおふざけ全開な歌詞とは一線を画している。
さっきのおふざけ全開な歌詞とは一線を画している。
83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:26:03.29:+UZ/pLeq0
唯「…はい、おわり~」
梓「すごいです…ちゃんと韻も踏んでましたし」
律「これ、ほんとにおまえが書いたのか?」
唯「ちょっとだけ、ちょ~っとだけ憂に手伝ってもらったんだよね」
律「なるほど。憂ちゃんが9割負担したんだな」
俺もそう思う。
唯「む、そこまでじゃないよっ、失敬なっ」
律「おまえじゃ、こんないい歌詞書けないだろ。認めろよ」
唯「むぅ、そこまで言うなら次はりっちゃんの素晴らしい作品みせてよっ」
律「おう、いいぜぇ」
ポケットからくしゃっと丸めた紙を取り出す。
唯「なんか見た目からしてゴミみたいだね」
律「うっせ。見た目は関係ねぇっての」
ぱりぱりと音を立て、読み取れるように形を整えていく。
律「んん…そんじゃいくぞ、『僕らはファミリー』」
84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:27:16.42:jpDSDOMkO
律「明日のことは 明日考えましょう 明日になったらなんとかなるでしょう…」
律「僕と君とは友達 だけどヤバくなったらさよなら…」
律「イライラする日は君を殴りますごめんねと謝るから許しましょう…」
かなり身勝手でおちゃらけている人間像が浮かんでくる歌詞だった。
なんとも部長っぽさが詰まっている内容だ。
なんとも部長っぽさが詰まっている内容だ。
律「…どうよ?」
唯「く、くやしいけどおもしろいよ…」
律「わはは、そうだろう」
梓「なんとなく律先輩が春原先輩をぽかぽか殴ってる時の場面を想像しちゃいましたけどね」
澪「ああ、それ私も思った。やっぱり、春原くんを想って書いたのか?」
律「ばっ、変な言い方するなってのっ! こんなヘタレを題材にするならもっとう○ことかシモい言葉選ぶわっ」
澪「春原くん、これ、律の照れ隠しだから、気にしないでいいよ」
律「なに言ってんだよっ! 照れてなんかないわいっ」
春原「こいつに照れられてもしょうがないけどね」
律「だからおまえも真に受けんなってっ!」
唯「でもしっかり顔は赤いんだよねぇ~」
85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:27:46.44:+UZ/pLeq0
律「う、うっさいわっ! っと、とにかく次だ、次いけっ!」
紬「じゃあ、私がいこうかな」
春原「お、待ってたよ、ムギちゃんっ」
春原が拍手で賑やかす。
紬「ふふ、ありがとう。それじゃあ、いくわね…『G・I・C・O・D・E』」
言って、どこからか帽子を取り出し、目深に被った。
歌詞カードは持っていない。暗記しているんだろうか。
歌詞カードは持っていない。暗記しているんだろうか。
紬「引き金引くぜキリがねーぐれー 耳がねー奴にゃ用はねー…」
…バリバリのラップだった!
紬「Carnivalのようなマジなfire ball 心に灯った火の玉着火 やっぱナンバー1はやっぱ…」
身振り手振りで挑発的な煽りを入れていく。
紬「俺ら壊れたガキの立場 暴れりゃ We don't stop no バリア…」
そのリリックもかなり過激なことを言っている。
矢継ぎ早に繰り出される言葉をなめらかに発声し、一度も詰まっていないところがすごい。
俺たちは琴吹のステージに完全に飲まれていた。
矢継ぎ早に繰り出される言葉をなめらかに発声し、一度も詰まっていないところがすごい。
俺たちは琴吹のステージに完全に飲まれていた。
紬「…ふぅ。どうだったかな?」
帽子を取り、いつものほがらかな顔にもどる。
86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:29:07.61:jpDSDOMkO
その切り替えの速さは、ある種神がかっていた。
律「い、いや…すげぇな、ムギは…それしか言えねぇよ」
春原「ヒューッ! ムギちゃん最高ぉうっ!」
唯「早すぎてなに言ってるか聞き取れなかったよ…」
澪「確かに…でも全然噛んでなかったところがすごい…」
梓「ムギ先輩のソロだけで会場も沸いてくれそうですよね」
紬「ふふ、ありがとう」
律「まぁでも、ラップはムギの個人技だからな。放課後ティータイム名義ではやれないかな、やっぱ」
律「悪いな、ムギ」
紬「あ、いいの。これはちょっとしたネタのつもりで披露しただけだから」
律「あ、さいですか…」
唯「次はあずにゃんの見せてよっ」
梓「私ですか? いいですけど…」
鞄をごそごそと漁る。
そして、可愛らしく彩られたノートの切れ端を取り出した。
そして、可愛らしく彩られたノートの切れ端を取り出した。
梓「じゃあ…いきます。『噛むとフニャン feat.あずにゃん』」
87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:29:35.75:+UZ/pLeq0
梓「あーず あーず あずさー! 噛むぅとフニャン ニャン ニャン ニャ ニャン…」
ファンシーすぎる歌詞が続く。
梓「全部後回しで渋谷までダッシュ 連絡しても留守電これすっぽかし?」
と思えば、今度はセリフ調で攻めていた。
正直、『ごはんはおかず』を馬鹿にできないくらいの出来だった。
正直、『ごはんはおかず』を馬鹿にできないくらいの出来だった。
梓「…どうでしょうか」
律「おまえなー、普段しっかりしろとか言っておいて、ここ一番でボケるなよ」
梓「え? ボ、ボケ?」
唯「あずにゃんもシャレがわかってきたってことかな」
紬「可愛かったよ、梓ちゃん」
梓「………」
唖然とした表情。
こいつはマジなつもりで作詞してきたんだろうか。
まぁ、確かに可愛かったといえば可愛かったが。
こいつはマジなつもりで作詞してきたんだろうか。
まぁ、確かに可愛かったといえば可愛かったが。
梓「…もういいです。私、才能ないみたいですから」
不貞腐れ気味に言う。
梓「どうも場をしらけさせちゃったみたいなので、澪先輩で綺麗に締めてください」
89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:30:55.02:jpDSDOMkO
澪「ん、私か…」
律「トリだぞぉ、重要だぞぉ」
澪「変なプレッシャーかけてくるな…」
言って、丁寧にたたまれた紙をポケットから取り出す。
澪「じゃあ…『時を刻む唄』」
言って、軽く息を吸う。
澪「きみだけが過ぎ去った坂の途中は 暖かな日だまりがいくつもできてた…」
なんとなく春の日を連想させる詞。
澪「僕ひとりがここで優しい 温かさを思い返してる…」
情景は、ちょうどこの学校にある、校門まで続く長い坂道が想像しやすかった。
澪「きみだけを きみだけを 好きでいたよ 風で目が滲んで 遠くなるよ…」
歌詞の意味を考えるなら、これはどういう状況に立たされていると読み取れるだろうか。
好きな人がいて…共に温かな日々を送っていたのに、別離を迎えてしまい、今ではもう触れることもできないと…
俺にはそんな風に聞える。
好きな人がいて…共に温かな日々を送っていたのに、別離を迎えてしまい、今ではもう触れることもできないと…
俺にはそんな風に聞える。
澪「いつまでも覚えてるなにもかも変わっても ひとつだけひとつだけありふれたものだけど…」
澪「見せてやる輝きに満ちたそのひとつだけ いつまでもいつまでも守ってゆく」
90:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:31:54.34:+UZ/pLeq0
このくだりはどうだろうか。すべてが過去になってしまい、悲観にくれている様子はない。
むしろ、なにかを決心した強さのようなものを感じる。
それは、大切な人と過ごす中で得た、かけがえのないものを失わないよう、強くありたいという願いなのかもしれない。
むしろ、なにかを決心した強さのようなものを感じる。
それは、大切な人と過ごす中で得た、かけがえのないものを失わないよう、強くありたいという願いなのかもしれない。
澪「………」
読み終えてしまったのか、静かに手元から目を離した。
澪「おしまい…なんだけど…どう?」
律「いや…意外だったよ、かなり」
澪「そ、そうか?」
律「ああ。おまえが書いたにしちゃ、なんかその…ふわふわしてないっていうかな」
梓「なんだか意味深な詞ですよね。受け手が試されてる気がします」
紬「そうね。でも、例えば…失恋しちゃった時の自分に置きかえてみたら、すっと腑に落ちるんじゃない?」
律「ああ、確かに、きみだけを好きでいたよ、って言ってるよな」
律「むむ、ということはだ…」
顎に手をあてがい、探偵のように構える。
律「一人称が僕でカモフラージュされてあるけど、これってまんま澪のことなんじゃねぇの?」
澪「な、なんでだよ…」
91:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:33:07.11:jpDSDOMkO
律「ほら、岡崎はさ、唯とくっついちゃったじゃん」
澪「う…そ、それは…」
唯「あの…澪ちゃん…その、私…黙っててごめんね、あの時」
澪「いや、いいんだそれは。うん、岡崎くんには唯みたいな明るい子があってると思うし」
律「強がんなよ。ちょっと未練あるから、こんな詞が書けたんだろ?」
澪「ち、違うって、別に私は…」
梓「澪先輩! いつまでもこんなチンカスを引きずっちゃダメです!」
梓「澪先輩は美人ですから、こんな甲斐性無しで無愛想な奴なんかよりいい人が絶対にいますよ!」
唯「あ、あずにゃん、朋也をあんまり悪く言わないでね?」
梓「ムキーっ! なんですか! またこれみよがしに下の名前で親しげに!」
唯「それは、付き合ってるからいいと思うんだけ…」
梓「ノロケないでくださいっ! 不潔ですっ!」
唯「ご、ごめん…」
律「はっは、梓もやっぱまだ妬いたりするなぁ。おまえも未練残ってんのか?」
梓「そんなんじゃありませんっ! もう、練習しますよ、練習っ!」
92:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:33:46.60:+UZ/pLeq0
律「わかったよ。んじゃ、梓のヤケ練習に付き合ってやるかね」
紬「くすくす」
梓「ムギ先輩、笑わないでくださいっ!」
―――――――――――――――――――――
文化祭までの日。
軽音部の活動はティータイムに割かれる時間がごく僅かなものとなり、ほぼ全て練習に費やされていた。
創立者祭の時よりも、はるかに気合が入っている。
それはきっと…誰も口には出さないが…今回が、放課後ティータイム最後の舞台となるからだろう。
ライブが終わってしまえば、唯たち三年は引退だ。後はもう、脇目も振らず受験一直線となる。
そして、合格発表も済んでしまえば、次は卒業が待っていた。実に淡々と過ぎていくものだ。
俺たちがいくら望もうが、時は止まってはくれない。流れを緩めてもくれない。
いつだって同じペースで過ぎ去っていき、物語の結末を運んでくる。
そんな寂しさを音で振り払うかのように、演奏には強く力が込められていた。
軽音部の活動はティータイムに割かれる時間がごく僅かなものとなり、ほぼ全て練習に費やされていた。
創立者祭の時よりも、はるかに気合が入っている。
それはきっと…誰も口には出さないが…今回が、放課後ティータイム最後の舞台となるからだろう。
ライブが終わってしまえば、唯たち三年は引退だ。後はもう、脇目も振らず受験一直線となる。
そして、合格発表も済んでしまえば、次は卒業が待っていた。実に淡々と過ぎていくものだ。
俺たちがいくら望もうが、時は止まってはくれない。流れを緩めてもくれない。
いつだって同じペースで過ぎ去っていき、物語の結末を運んでくる。
そんな寂しさを音で振り払うかのように、演奏には強く力が込められていた。
―――――――――――――――――――――
そして、当日。午後になり、体育館で3年D組の演劇が幕を開けた。
『先入場者 戦闘スタイルは空手を中心とした打撃 だが打撃だけに止まらず!』
『投げ・締め・間接なども使う 20戦20勝0敗 3年ぶりのS級格闘士となる…』
『日本 ジュリエッ斗!』
律「………」
93:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:35:08.23:jpDSDOMkO
部長がベッドに腰掛けたままライトアップされる。
『そして 後入場者は――』
春原が舞台袖からステージに出て行くと、同じようにスポットを浴びた。
春原「………」
『その男が使う格闘技は実戦!! イスラエル軍に正式採用されることにより洗練され…』
『世界中の軍隊・警察関係者に広まり、歴史の中で迫害を受けながらも滅ぶことなく現代では世界経済を握り…』
『多くの天才科学者を出し、IQが世界で一番高いと言われる民族が作った、今なお進化し続ける格闘術…その名は――』
『クラヴ・マガ!! 63戦63勝0敗 イスラエル ロミ男!』
『さぁ、お賭けください!!』
女生徒1「ロミ男に20万ドル」
男子生徒1「ロミ男に100万ドル」
女生徒2「ロミ男に50万ドル」
男子生徒2「ロミ男に10万ドル」
モブ役のクラスメイトたちがそのセリフだけを言い放ち、袖に捌けて行った。
そして、入れ替わりに横断幕を持った黒子集団が出て行く。
そこには、『配当 ロミ男 1.05倍 ジュリエッ斗 21倍』と書かれている。
テロップのようにその文字列がステージを横切っていく。
そして、入れ替わりに横断幕を持った黒子集団が出て行く。
そこには、『配当 ロミ男 1.05倍 ジュリエッ斗 21倍』と書かれている。
テロップのようにその文字列がステージを横切っていく。
94:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:36:06.80:+UZ/pLeq0
『事前予想絶対不利の中 日本人がユダヤ人に 戦いを挑む!!』
前座のナレーションが終わると、いよいよ演技の開始だった。
ここまでは順調だ。不安があるとするなら、あいつらのアドリブだ。
白熱し過ぎなければいいのだが…。
ここまでは順調だ。不安があるとするなら、あいつらのアドリブだ。
白熱し過ぎなければいいのだが…。
―――――――――――――――――――――
律「金剛!!」
ドガッ
春原「うっ……」
部長の振りかぶった右腕が春原の心臓に突き刺さる。
春原「………」
どさっ
すると、崩れ落ちるように春原が倒れた。
台本通りの終わり方だ。
途中、執拗な下段への攻撃というアドリブはあったものの、無事に全ての殺陣シーンが終了した。
台本通りの終わり方だ。
途中、執拗な下段への攻撃というアドリブはあったものの、無事に全ての殺陣シーンが終了した。
律「ふぅ…」
突きの状態で体を止めたまま、部長が息を吐く。
『今現在 最強の格闘技は 決まっていない!!』
95:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:37:23.98:jpDSDOMkO
そのナレーションを以って全行程が終わり、終劇を迎える。
裏方も含め、スタッフ全員が舞台に上がり、一礼して幕が下りていった。
裏方も含め、スタッフ全員が舞台に上がり、一礼して幕が下りていった。
―――――――――――――――――――――
律「あ~、いい仕事したわ、われながら」
社長座りで椅子に深く腰掛ける部長。
唯「ふんすっ ふんすっ」
その後ろで唯が肩を揉んでいる。
紬「お疲れ様、りっちゃん」
琴吹がメイドのように紅茶の入ったカップを配膳する。
まさにVIP待遇だった。
まさにVIP待遇だった。
律「うむ、くるしゅうない」
紬「春原くんも、お疲れ様。いい動きだったわ」
同じように、春原の前にもティーカップを差し出す。
春原「お、ありがと、ムギちゃん」
受け取り、ずずっと一口すすった。
梓「ここでちょろちょろ練習してるのは見てましたけど、実際通して見るとすごい立ち回りしてましたよね」
96:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:37:59.62:+UZ/pLeq0
律「だろん? あたしの新たなる才能が目覚めちゃったって感じ?」
澪「おまえは普段通り暴れてただけだろ。殺陣を考えたムギが一番すごいと思うぞ」
紬「そんなことないわ。あれを演じられるのも、りっちゃんと春原くんのセンスがあってのことよ」
澪「そ、そうなのか?」
律「ほぉらな、やっぱあたしの才能じゃん」
春原「ま、僕のセンスの前ではおまえはただのスタントマンに成り下がってたけどね」
律「んだと!? あたしの金剛で盛大に心臓震盪起こしてたクセによっ」
春原「あれはただ台本に従っただけだっての。実戦なら僕の圧勝さ」
律「けっ、なにが実戦ならだよ。アドリブで上段一発入れたら顔歪んでただろーが」
春原「あれは顔面でさばいてただけだっ!」
律「それが直撃してるっていうんだよ、アホッ!」
春原「ふん、素人目じゃ、あの高等技術はわからないか。でも、ムギちゃんならわかってくれるよね?」
紬「春原くん、腕の立つ整形外科を手配しておいたから、ちゃんと通院してね?」
春原「定期的に通わなきゃいけないほど歪まされてるんすかっ!?」
朋也「もうおまえだって気づくのが難しいぐらいだけど、鼻の穴見るとギリ思い出せるな、もとの顔が」
98:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:39:37.23:jpDSDOMkO
春原「なんでそんなパーツがきっかけになってんだよっ!?」
朋也「おいおい、そんなの、おまえとの思い出がいっぱいこびりついてるからに決まってるだろ?」
春原「ハナクソみたいに言うなっ!」
律「わははは!」
―――――――――――――――――――――
澪「…はむっ」
手に人という字を書いて飲み込んだ。
古来より伝わる緊張をほぐす方法だった。気休めともいうが。
古来より伝わる緊張をほぐす方法だった。気休めともいうが。
律「よぅし、そろそろいくか」
開演前40分。時間的にはまだまだ猶予があったが、念のため早めに講堂入りすることになった。
搬入は午前中の内にあらかじめ終えていたので、即スタンバイに入れる状態にある。
搬入は午前中の内にあらかじめ終えていたので、即スタンバイに入れる状態にある。
唯「大丈夫だよ、澪ちゃん」
紬「ちゃんと特訓もしたしっ」
澪「っ、そうだよな…」
梓「いつも通りにやりましょうっ」
澪「うん」
99:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:40:16.08:+UZ/pLeq0
律「よぅし、じゃ、やるぞーっ!」
「おーっ!」
天に向かって拳を突き上げる軽音部の面々。
紬「私たちのライブっ」
「おーっ!」
梓「最高のライブっ」
「おーっ!」
唯「終わったらケーキっ」
「おーっ…うん?」
疑問符がつく。
そして、全員の視線が唯に集まった。
そして、全員の視線が唯に集まった。
律「んだよ、ケーキって…せっかく気合入ってたのに…」
梓「そうですよ…それに、ケーキならさっきまで食べてたじゃないですか」
梓「まさか、まだ飽きたりないって言うんですか?」
唯「ただのお約束だよ、てへっ」
どこまでいこうが、唯は唯だった。
100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:41:29.67:jpDSDOMkO
それは、こんな大舞台の前でも変わることはないようだ。
梓「お約束って…まったく、唯先輩は…」
咎めるような口調だったが、その口元は笑っていた。
澪「でも、なんか本当にいつも通りで、緊張が和らいだよ」
紬「ふふ、そうね。唯ちゃんはこういう時、いい方向にムードを緩めてくれるよね」
律「ま、そうだな。ムードメーカーを自負するあたしでも、それは認める」
唯「えへへ、ありがと」
そう、いつだって唯はこうして周りに明るさを振りまいていたのだ。
その暢気なペースに巻き込まれ、みんな笑顔になっていく。
俺もその一人だった。だから今、俺はここにいる。
その暢気なペースに巻き込まれ、みんな笑顔になっていく。
俺もその一人だった。だから今、俺はここにいる。
律「んじゃ…いくぜぇっ」
「おーっ!」
最後の激励が上がり、部室のドアへと足を向ける。
すると…
すると…
がちゃり
さわ子「あ゛ー…間に合った…」
さわ子さんが満身創痍な風体で扉にもたれかかっていた。
101:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:42:01.08:+UZ/pLeq0
律「って、どうしたんだよ、さわちゃん…」
さわ子「こ、これ…衣装…」
ぷるぷると震える腕を伸ばし、Tシャツを5着差し出す。
律「お、今回のはこれなんだ?」
部長が一番に受け取った。
さわ子「み、みんなも…どうぞ…」
促され、さわ子さんのもとに集まる。
そして、全員の手に行き渡った。
そして、全員の手に行き渡った。
梓「今回はまともですね」
端を持って広げ、その全様を眺めながら言う。
澪「うん…よかった」
秋山も同じく広げ見て、そのノーマルさに安堵していた。
律「で、さわちゃんは、なんでそんな疲れてんの」
さわ子「それを徹夜で作ってたからよ…」
律「え? でもこれ、かなりシンプルじゃん。徹夜するほどじゃなくない?」
確かに。ただ中央にHTTと印字され、バックに☆マークがあるだけのデザインだった。
103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:43:30.15:jpDSDOMkO
これならば、よっぽど前回のほうが手間暇かかるはずだ。
さわ子「いろいろあったのよ…」
律「いろいろって、なに」
さわ子「いいから、もう講堂に行きなさい。音出しとかしなきゃでしょ…」
律「そうだけど……まぁ、いっか」
律「ほんじゃ、いくべ」
さっきまでの気合に満ちた空気は抜けきり、ゆるゆると部室を出て行った。
俺と春原も後に続こうと、その背中を追う。
俺と春原も後に続こうと、その背中を追う。
さわ子「あ、ちょっと待ちなさい」
半開きになっている扉を横切ろうとした時、さわ子さんに呼び止められた。
春原「なに? なんか用?」
さわ子「あんた達には、ひとつ仕事をしてもらうわ」
春原「仕事?」
さわ子「そ、仕事。とりあえず、ついてきて」
そう告げて、返事を聞かずに歩き出す。
104:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:43:59.92:+UZ/pLeq0
春原「………」
朋也「………」
朋也「………」
俺たちは無言で顔を見合わせた。
このやり取りに既視感を覚えると、目で言い合っていた。
それは、去る日、軽音部の新勧を手伝うよう命じられることになった時の流れと酷似していたからだ。
このやり取りに既視感を覚えると、目で言い合っていた。
それは、去る日、軽音部の新勧を手伝うよう命じられることになった時の流れと酷似していたからだ。
―――――――――――――――――――――
さわ子「さ、あんた達もこれを着なさい」
部員達と同じTシャツを渡される。
春原「へぇ、僕らの分もあったんだね」
さわ子「それだけじゃないわ」
言って、ダンボールを二つ開封した。
両方とも中に大量のTシャツが敷き詰められている。
両方とも中に大量のTシャツが敷き詰められている。
春原「うわ、なんでこんないっぱいあんの」
さわ子「配布用にたくさん作っておいたのよ。大変だったわ…」
それで徹夜だったのか…。ようやく納得がいった。
春原「ふぅん、入場特典ってやつ?」
さわ子「ま、それもあるけど、サプライズが真の目的ね」
106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:45:12.20:jpDSDOMkO
さわ子「きっと、あの子達驚くわよぉ、観客が自分達と同じ衣装着てたら」
徹夜の理由を曖昧に答えていたのは、そのための布石だったということか。
はぐらかしながらも、早く会場入りするよう促していたのは、状況を整えるためだったと。
ということは、やっぱり、俺たちの仕事はそこに関係してくるんだろう。
つまりは…
はぐらかしながらも、早く会場入りするよう促していたのは、状況を整えるためだったと。
ということは、やっぱり、俺たちの仕事はそこに関係してくるんだろう。
つまりは…
朋也「これ、俺たちが配ればいいんだろ?」
そんなところだろう。
さわ子「その通りよ」
思った通りだ。
朋也「オーケー、わかったよ」
一度しゃがみ、ダンボールを抱える。
朋也「それと、さわ子さん。おつかれさまな」
さわ子「あら、あんたの口からそんな言葉が聞けるなんて…意外だわ」
さわ子「それに、最近表情もずいぶん柔らかくなったし…やっぱり、唯ちゃんの影響かしら? 」
朋也「さぁね」
さわ子「ふふ、でも、そんな風に気配りができるなら、あんた将来いい男になるわよ、きっと」
朋也「そりゃ、どうも」
107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:45:50.58:+UZ/pLeq0
春原「僕は? さわちゃん」
朋也「おまえは骨格が変形して人の形が保てなくなるぞ、きっと」
春原「さわちゃん、やっぱこいつただの鬼畜だよっ! なにも変わってねぇよっ!」
さわ子「ふふ、そうみたいね」
―――――――――――――――――――――
春原「お、なんだあいつら」
講堂の出入り口から中を覗くと、うちのクラスメイト達が同じライブTシャツを着てわいわいと騒いでいた。
朋也「あれも多分、さわ子さんの仕込みだろ」
ちらり、と隅に立つさわ子さんに目を向けた。
さわ子「………」
その視線に気づき、こちらに向かって親指をぐっと立ててくる。
それは、俺の仮説が肯定されたとみて間違いないんだろう。
それは、俺の仮説が肯定されたとみて間違いないんだろう。
―――――――――――――――――――――
憂「あ、こんにちは、岡崎さん、春原さん」
ぽつぽつと人の出入りが始まった頃、憂ちゃんがやってきた。
女生徒「………」
109:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:46:58.57:jpDSDOMkO
その隣には、友達なのか、一人の女の子がいた。
朋也「よ、憂ちゃん」
春原「よぅ、妹ちゃん」
憂「おふたりとも、どうしたんですか? そのシャツ」
朋也「ああ、これ、さわ子さんがライブ用に作ってくれたやつなんだけど…」
ダンボールから2着新たに取り出す。
朋也「観客用のも作ってきたみたいでさ。配るように言われてるんだ」
朋也「憂ちゃんも、ぜひ着てくれないか」
憂「あ、はい、もちろんですっ」
嬉々として受け取ってくれた。
朋也「そっちの子も」
女生徒「あ、はい」
受け渡す。
女生徒「………」
シャツを持ったまま、なぜか俺を凝視していた。
110:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:47:56.35:+UZ/pLeq0
朋也「ん? それ、破れてたりしたか?」
女生徒「いえ、違います。ただ、実物のほうがカッコイイなぁ、と思いまして」
朋也「あん?」
女生徒「唯先輩の彼氏さんですよね? 憂から聞いてます。写メもみせてもらいましたし」
朋也「あ、そうなの」
憂「すみません、勝手にいろいろと…」
朋也「いや、別にいいけど…」
女生徒「私、ちゃんと唯先輩と釣り合い取れてると思いますよ」
朋也「そりゃ、どうも」
女生徒「まぁ、それだけです。いこ、憂」
憂「うん」
連れ立って前列の方へ向かっていく。
朋也(………)
妙な恥ずかしさだけが俺の中で渦巻いていた。
―――――――――――――――――――――
111:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:49:16.17:jpDSDOMkO
秋生「がーっはっは! なんだ小僧、その格好は!」
朋也「げ…オッサン」
春原「うわぁ、サバゲーの男だ…」
今度はオッサンがずかずかと幅を利かせながら、威圧感たっぷりに現れた。
早苗「こんにちは、岡崎さん」
その後ろには早苗さん。
女の子「こんにちは」
と、もうひとり、小柄で大人しそうな女の子がいた。
その顔は、早苗さんとそっくりで、まるで姉妹のようだった。
ということは…この人が、ふたりの娘である、例の渚さんなんだろうか。
その顔は、早苗さんとそっくりで、まるで姉妹のようだった。
ということは…この人が、ふたりの娘である、例の渚さんなんだろうか。
朋也「こんにちは、早苗さん。それと…渚さん?」
女の子「あ、はい、そうです」
やっぱりそうだった。
渚「えっと…」
どう返したものかと迷っているような、そんな表情を浮かべている。
初対面の人間に名前を知られていたのだから、そうもなるだろう。
初対面の人間に名前を知られていたのだから、そうもなるだろう。
朋也「ああ、俺、唯と仲良くさせてもらってて、いろいろと話を聞いてるので…それで」
112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:50:01.51:+UZ/pLeq0
渚「あ、そうでしたか。それでは…改めまして、古河渚です。よろしくお願いします」
朋也「岡崎です。こちらこそ、よろしく」
渚「名前は、朋也さんですよね」
朋也「え?」
渚「私も、岡崎さんのこと、お父さんとお母さんから聞いてました。唯ちゃんの彼氏さんだって」
朋也「あ、そっすか…」
渚「でも、唯ちゃん、すごいです。うらやましいです。こんなかっこいい男の子と付き合ってるなんて」
早苗「ですよねっ。私も、初めて見たとき、すごくかっこいいと思いましたよ」
朋也「はは、どうも…」
褒め殺しだった。
秋生「ふん、こんな優男のどこがいいんだ。浮かれまくってウケ狙いのTシャツ着るような奴だぞ」
朋也「そんなんじゃねぇっての。ほら、あんたもこれ着てくれよ」
ぐいっと押し付ける。
秋生「てめぇ、この俺にも一緒になって滑れっていうのか、こらっ!」
朋也「だから、ギャグじゃねぇって」
113:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:51:35.48:jpDSDOMkO
秋生「うそをつけぇっ! ダメージを分散させようとしてるんだろうがっ!」
朋也「頼むから話を聞いてくれ。いいか、唯たちもステージ衣装で同じものを着てるんだ」
朋也「それで、観客も同じシャツを着て出迎えるって寸法だ。それを秘密裏にやってるんだ」
朋也「まぁ、サプライズだな。そういうわけだから、あんたも協力してくれ」
秋生「かっ、そういうことか…まわりくどい言い方しやがって、要はサプライズだろうが」
朋也「いや、だからそう言っただろ…」
秋生「ま、なんだか知らねぇが、おもしろそうだな。協力してやる。ありがたく思え」
朋也「ああ、感謝するよ」
オッサンは俺の持っていたシャツを乱暴に奪うと、それを重ね着した。
秋生「む、サイズがあってねぇぞ、おい」
朋也「あんたが規格外なだけだ。我慢してくれ」
秋生「ちっ、しょうがねぇな…」
朋也「早苗さんと渚さんも、よかったらどうぞ」
早苗「もちろん、着させてもらいますよ」
渚「私も、一着お願いします」
114:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:52:18.40:+UZ/pLeq0
好意的なふたりで助かった。すぐに話が進んでくれる。
オッサンとは大違いだ。よくもまぁ、こんなのと結婚したものだ、早苗さんは。
渚さんも、この人の血を引いているとは到底思えないほど丁寧な口調だ。
きっと、早苗さんの血の方が濃かったんだろう。よかった…オッサンの遺伝子がでしゃばらなくて。
オッサンとは大違いだ。よくもまぁ、こんなのと結婚したものだ、早苗さんは。
渚さんも、この人の血を引いているとは到底思えないほど丁寧な口調だ。
きっと、早苗さんの血の方が濃かったんだろう。よかった…オッサンの遺伝子がでしゃばらなくて。
秋生「よし、いくぞ、おめぇら。最前列でフィーバーするぞ」
早苗「唯ちゃんたちの邪魔をしちゃだめですよ?」
秋生「その辺はしっかりわきまえてる。俺は大人だからな」
渚「お父さんが言っても全然説得力ないです」
秋生「なぁにぃ? おまえだっていまだに、だんごだんご言ってるじゃねぇか」
渚「だんご大家族は子供から大人まで幅広い層をカバーしてるので問題ないです」
秋生「あんなわけのわからんテーマソングをバックに踊り狂ってるもんがか?」
渚「わけのわからないテーマソングじゃないですっ。すごくいい歌ですっ」
渚「お父さんにもわかって欲しいので、今から歌いますっ。だんごっ、だんごっ…」
秋生「また頼んでもねぇのに歌い出しやがったよ、こいつは…」
呆れたように頭を掻くオッサン。
けど、渚さんはまったく気にしていないようだった。
のびのびと口ずさんでいる。
そんな風に人目はばからず歌う渚さんを見ていると…なぜだか涙が出そうになった。
懐かしくて、温かくて、溢れるような優しさが目の前にある気がしてならない。
けど、渚さんはまったく気にしていないようだった。
のびのびと口ずさんでいる。
そんな風に人目はばからず歌う渚さんを見ていると…なぜだか涙が出そうになった。
懐かしくて、温かくて、溢れるような優しさが目の前にある気がしてならない。
115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:53:41.17:jpDSDOMkO
でも、なぜそう思ってしまうのかは、まったくわからなかった。
というより…思い出せないと言った方が正しいかもしれない。
というより…思い出せないと言った方が正しいかもしれない。
秋生「サビまでにしとけよ」
言って、歩き出す。
早苗さんもその後ろについていく。
早苗さんもその後ろについていく。
渚「あ、待ってくださいっ」
慌てて中断し、渚さんも後を追った。
朋也「あ、渚さんっ」
その背に声をかける。
渚「はい? なんでしょう?」
きょとんとした顔で振り返る。
朋也「あの…俺たち、昔どこかで会ってませんか?」
もしかしたら、記憶を辿る糸口が掴めるかもしれない。
望みは薄かっただろうが、訊かずにはいられなかった。
俺は、知れるなら知りたかったのだ。この想いの正体を。
望みは薄かっただろうが、訊かずにはいられなかった。
俺は、知れるなら知りたかったのだ。この想いの正体を。
渚「昔、ですか? その…いつごろでしょうか」
朋也「ずっと昔…遠い昔です」
116:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:53:57.63:jMNBd2ZP0
wktkがとまらない
117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:54:18.32:+UZ/pLeq0
渚「でしたら、幼稚園生の時ぐらいでしょうか」
朋也「いえ、時間じゃないんです。そんなの、象徴に過ぎないんです」
朋也「もっと、こう…想いだけで懐かしさが感じられるような、そんな過去です」
渚「えっと…その、すみません。私、昔は体が弱かったですから、そういう素敵な思い出はなかなか作れなかったんです」
渚「ですからきっと、岡崎さんと会っていたとしても、覚えていられなかったと思うんです」
朋也「………」
どうやら俺の言ったことを、これまでの人生で得てきた思い出の話だと思っているようだ。
言い方が悪かったのか、正確に伝わっていなかった。
いや…正確もクソもないか…。
あまりに漠然としすぎていて、俺自身ですらよくわかっていないのだから。
そんなことを理解して欲しいなんて、どうかしてる。
言い方が悪かったのか、正確に伝わっていなかった。
いや…正確もクソもないか…。
あまりに漠然としすぎていて、俺自身ですらよくわかっていないのだから。
そんなことを理解して欲しいなんて、どうかしてる。
朋也「そうですか…」
渚「すみません、思い出せなくて…あの、もしかして、岡崎さんは覚えていてくれたんでしょうか」
朋也「いや、俺も確証はないっていうか…ただ、うっすらとそんな気がしただけですから、気にしないでください」
渚「そうですか…でも、岡崎さん、なんだか落ち込んでいるように見えます」
朋也「そう見えるなら、きっと罪悪感が顔に出てるんでしょうね」
朋也「こんなくだらないことでわざわざ引き止めてしまったっていう」
118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:55:53.05:jpDSDOMkO
渚「いえ、そんな…私はなんとも思ってないです」
にこりと笑顔を向けてくれる。
なんとなくその質が唯と似通っているように見えた。人に安心感を与える、という点で。
なんとなくその質が唯と似通っているように見えた。人に安心感を与える、という点で。
朋也「なら、俺も気が楽です」
渚「岡崎さんが楽になれたなら、私も気が楽です」
朋也「はは、じゃ、おたがいさまっすね」
渚「はいっ」
視線が交錯して、どちらも笑みがこぼれる。
それだけのことだったが、俺はこの時、なにか吹っ切れた気がしていた。
感傷に浸って抜け出そうとしない自分がアホらしく思えるほど、今この瞬間が澄んでいた。
それだけのことだったが、俺はこの時、なにか吹っ切れた気がしていた。
感傷に浸って抜け出そうとしない自分がアホらしく思えるほど、今この瞬間が澄んでいた。
朋也「それじゃあ…ライブの方、楽しんでいってください」
渚「はい、そうさせてもらいます。それでは、私はこれで」
言って、背を向けて歩き出す。向かう先は、オッサン達がいる最前列のようだった。
春原「今の、かなり斬新な切り口のナンパ方法だね。今度僕も使わせてもらうよ」
春原「あれ? もしかして君、前世で僕の体の一部だった? って感じでさっ」
朋也「カタツムリってカラ取ったらナメクジじゃね? って返されて終わりだな」
春原「意味わかんない上に会話つながってないだろっ」
119:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:56:27.57:+UZ/pLeq0
朋也「いや、だから、お前の前世がナメクジだったって話だろ」
春原「そんなボケ拾えねぇよっ!」
―――――――――――――――――――――
15分前にもなると、いよいよ客足の入りが激しくなってくる。
わらわらと生徒が集まって来ていた。
わらわらと生徒が集まって来ていた。
春原「しゃーす、これ、よかったら着てくださーい」
俺たちは出入り口の両脇に立ち、仕事をこなしていた。
朋也「よかったら、着て下さい」
次々に手渡していく。
朋也(ああ、なんか、懐かしいな…)
新勧の時もこうやって募集チラシを配っていたことを思い出す。
春原「しゃーす」
あの時の春原は、まったくといっていいほどやる気をみせず、地べたに座り込んだりしていたのに…
今では慣れない丁寧語まで使って精力的に動いていた。
俺も、以前より自然と足が動いている。
あんなにも嫌っていた懸命になることを、普通に受け入れてしまっているのだ。
それを思うと、なにか感慨深いものがあった。
今では慣れない丁寧語まで使って精力的に動いていた。
俺も、以前より自然と足が動いている。
あんなにも嫌っていた懸命になることを、普通に受け入れてしまっているのだ。
それを思うと、なにか感慨深いものがあった。
キョン「お、春原に岡崎」
120:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:57:03.14:+UZ/pLeq0
涼宮「久しいじゃない、ふたりとも」
古泉「ご無沙汰してます」
長門「………」
SOS団の面々だった。
朋也「よぉ」
春原「お、久しぶり」
キョン「なにやってんだ、こんなとこで、そんなシャツ着て…またなんかの悪巧みか?」
春原「違うよ。これを配ってるだけだって」
ダンボールから一着取り出す。
春原「おまえらもライブ見に来てんだろ? これ着て観てやってくれよ」
キョン「なんだ、公式Tシャツか?」
春原「ああ、しかも無料だぜ? 着るしかないっしょ」
キョン「まぁ、そういうことなら、着ようかな」
涼宮「あんたら、軽音部の雑用でコキ使われてるの?」
朋也「そういうわけじゃないけどな」
121:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:58:26.25:jpDSDOMkO
涼宮「そ。だったら、我がSOS団におけるキョンよりかは地位が上なのね」
キョン「もう団活も引退してるんだから、現在形で言うな」
涼宮「なに言ってんのよ! 一時休止するだけだって言ったでしょっ!」
涼宮「SOS団は永久に不滅なんだから! 大学に行ってもサークルを立ち上げるわっ!」
涼宮「だから、あんたもちゃんと勉強して第一志望受かりなさいよっ!」
キョン「あー、はいはい、わかってるよ…やれやれ」
やっぱり、その口ぶりからして、こいつらは同じ大学を目指しているんだろうか。
春原「はい、ハルヒちゃんも、有希ちゃんもよかったら着てね」
涼宮「ん、まぁ、ちょっとダサいけど…我慢して着てあげるわ」
あくまで上から目線を保ったまま受け取る。
長門「………」
長門有希の方は何も言わず、ただ静かに受け取った。
朋也「ほらよ、古泉」
俺は残った古泉に1着差し出す。
古泉「んっふ、僕はそんな新品より、あなたの着ているその中古の方がブルセ…」
122:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:59:02.27:+UZ/pLeq0
長門「…そろそろ殺る」
古泉「んっふ、これはこれは…ここは新品を素直に受け取った方がよさそうですね」
相変わらず不穏なことを口走る奴らだった。
涼宮「キョン! ちゃんと観やすい席は確保してるんでしょうね!」
キョン「できるかよ…今来たばっかだろ、俺も…」
言いながら、館内へ歩を進めていく。
その後に古泉と長門有希も続いた。
その後に古泉と長門有希も続いた。
古泉「おっと、忘れていました」
振り返り、こちらに歩み寄ってくる。
どうも、春原に進路をとっているようだった。
そして…
どうも、春原に進路をとっているようだった。
そして…
古泉「ふぅんもっふっ!!」
ビュッ
激しく腰が振り出された。
春原「ひぃっ!?」
さっ!
間一髪で避ける春原。
123:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:01:12.83:jpDSDOMkO
バァンッ!
その行き場を失った腰のエネルギーが壁に激突して音を上げていた。
古泉「おっと…避けられてしまいましたか。やはり、同じ手は二度は通用しないということですか…」
振りかぶった腰を定位置に戻しながら、ぶつぶつとつぶやく。
その衝突した部分の壁からは、ぱらぱらと粉塵がこぼれ落ちてきていた。
その衝突した部分の壁からは、ぱらぱらと粉塵がこぼれ落ちてきていた。
古泉「もう一撃いきたいところですが…日に一度しかできない大技ですからね…退くとしますか」
にこっとさわやかな笑顔をこちらに向け、身を翻した。
そして、無駄にスタイリッシュさを醸し出しながら奥へ消えていった。
そして、無駄にスタイリッシュさを醸し出しながら奥へ消えていった。
春原「お、おおお岡崎…んあなななんか僕、さっきすごくやばかった気がするんだけどどど…」
ガクガク震えて上顎と下顎が噛み合っていなかった。
多分、かつて廃人にされたトラウマが蘇りかけているんだろう。
哀れな奴…。
多分、かつて廃人にされたトラウマが蘇りかけているんだろう。
哀れな奴…。
―――――――――――――――――――――
和『さぁ、みなさんお待ちかね、光坂高校文化祭目玉イベント、放課後ティータイムの演奏です』