「――――素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。」
午前2時。草木も眠る丑三つ時に、6騎目のサーヴァントが召喚されようとしている。
茶色に鈍く光る液体が、消去の中に退去、退去の陣4つを象る。
術師は褐炭の墨を指になじませ、それらの陣を召喚の陣で囲む。
既に詠唱に呼応しているのか、なぞられたそこは、淡い焔(ほのお)が揺らめいている。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
陣を描いたそれ自体が、この魔術師が呼び出そうとしている「彼」の触媒。
北欧のある火山島の洞窟より掘り出される褐炭。
もはや燃料としても使われなくなった、神秘へと帰化した幻想種の遺物。
学術研究用に採取した際に譲り受けたそれを、魔術師は今宵の儀式の贄とする。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。」
この地で行われる聖杯戦争では既に「弓兵」、「槍兵」、「騎乗兵」、「暗殺者」、「魔術師」の5騎が召喚に応じている。「彼」はその残された2騎のいずれにも応えうる。
描かれた魔方陣は、黒き焔を上げながら、次第に周囲の空気を焦がしていく。
「汝三大の言霊を纏う七天、」
騎は決した。現れようとしているのは「剣士」のサーヴァント。黒焔はいよいよ、魔術師へと降りかかろうとしていた。
されど彼は怯むことなく、最後の一説を唱える。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り人よ―――」
陣より生じた大気をも灼(や)く焔は魔術師の目前で止まり、そのまま陣の中央へと引きずられていく。褐炭の墨も床から剥がされ、黒き焔は墨を巻き上げながら、稲妻の如き眩い光を放つ火柱へと変化する。煌々と燃え上がるそれはいつしか人型、それも女性の形へとその形状を変えていく。
「何!?――」
魔術師が異変に気付いた瞬間、人型の黒焔は青白い光へと変化した。
「……召喚に応じ、
セイバー、参上いたしました」
赤橙色の髪にタイトな黒装束という、松明を思わせる出で立ちをしたセイバーを名乗る女は、その髪と同じ色をした目で、魔術師に声をかける。
「――――」
明らかに失敗したという表情を浮かべ、彼女のマスターになるであろう彼は軽く俯き、額に右手の指先を当てて目を閉じた。
「……どうされたのですか?サーヴァントとして召喚された以上、貴方にお聞きしたいことがあるのですが」
黙り込む魔術師に対し、セイバーを名乗る彼女は再び声をかける。少しして、彼は苛立ちを抑えるように口を開く。
「……状況が上手く飲み込めない。逆にこちらから幾つか質問をしたい、いいかな?」
「構いませんが……」
魔術師は目を開き、俯いたまま目の前の女性サーヴァントに問いかける。
「では一つ目。お前が手にしているその剣は、誰が鍛えたんだい?」
「狡猾なロプトル、であったと記憶しています」
「なるほど」
少なくとも狙いの宝具は引けたらしい。若干安堵し、彼は質問を重ねる。
「二つ目。その剣を、お前は引き抜けるかい?」
質問に対し、彼女は首を振りながらこう答える。
「いいえ、できません」
「なんだと」
魔術師は僅かに声を荒げる。それに対し、彼女はこう続ける。
「私がこの剣にできることは、持ち歩き、9つある錠を緩め、その焔を少しだけ放つことです。私がこの剣を引き抜けば、その前に私自身がこの町と共に消え去ります」
魔術師の顔が更に険しくなる。そこに目の前の女性は追い打ちをかける。
「勿論、それはあなたも同様です」
「わかった、もういい」
大儀式における自分の失態に激しく憤りつつもその怒りを溜め息に変えて、魔術師は改めてセイバーらしき女に、微かに震えた声をかける。
「――『黒き者の妻』よ、私がお前を呼び出したマスターである。無礼を承知で聞くが、この聖杯戦争における勝利を誓ってくれるかい?」
「ええ、この剣より零れる黒焔に誓って――、?」
共闘を誓おうとしたその時、セイバーは不意に顔をしかめた。
「どうした?」
彼女のマスターもそれにつられて一層しかめ面を強くする。
「……どうやら、私と似た類のサーヴァントが召喚されたようです」
彼女の声に戸惑いの色があることを、マスターはすぐに察した。
「それも、私よりもずっと強大な、ずっと危険な――」
――彼女が呼ばれる少し前の事。
「おや、夜道に散歩するのも特段悪いことでもないらしい」
深夜の河川敷を歩いていた、この地には馴染のない褐色肌の青年が、何かを見つけて声をかける。
「いえ、存外夜道というものは危険でございますぞ、南蛮の貴公子殿」
闇夜の中からどことなく声が響く。
「それはご忠告痛み入る。しかし私も態々実体化して闊歩していたのは、貴方がたのような方を探していたからというもの。面と向かって謝意を述べたいことも含めて、どうかその姿を拝見したい」
動じることなく、南蛮の貴公子と呼ばれた長身痩躯の青年は闇の中から響く声の主との対面を希望した。
「左様でしたら」
声の主は肯(がえ)んじた。黄金色に輝く鹿の角と、鈍色の六文銭を兜にあしらった、黒く光る鉄製の鎧を纏った極東の武士が、褐色肌の青年の眼前へとその姿を現す。青年より少し低い背丈の彼の右手には、短剣符(オベリスク)を思わせる形状の槍が握られている。
「面白い形の得物を持っていらっしゃるな。その武器からして、
ランサーであると見える」
褐色の青年がそう述べると、ランサーと呼ばれた武士は兜の中で笑みを作って答える。
「如何にも。拙者はランサー、信濃国が国衆にして日本一の兵、名を――――」
「待った。その名は言わずとも良い」
真名を口にする直前で、青年はランサーの口上を阻む。
「――無論戦場において自分の名を述べることは示威であり手柄を互いに立てさせるものとなる。しかし、此度の戦いにおいてはお互いに肩書きがあるではないか。私達にはそれで十分、それでいて貴方は既に『日本一の兵』とまで名乗った。そのような方と相見えられただけでも十分光栄だ」
つらつらと説き伏せる青年に、ランサーは噤んだ口を開く。
「少し調子が狂いましたがいいでしょう。では名乗りの代わりとして貴方の肩書きをお聞きしたい」
「仰せのままに」
青年は軽く頭を垂れ、その肩書きを述べる。
「私は
アーチャー。黄金の国の王にして、遥か東にあると聞いた黄金卿であるこちらへと参上した」
「ある程度話には聞いていましたが、この日本という地が黄金の都と言われていたのは真にございますか……」
アーチャーと名乗った青年の言葉に、ランサーはやや恐縮気味に返す。
「とはいえ、拙者も貴方のような位の高い方をお目にかかれて光栄でございます。こと、そのような方と一戦交えられるとなれば」
「はぁ、やはり戦闘になるか」
やや呆れ気味に、アーチャーは腰の低い血気盛んな眼前の武士に声をかける。
「――ただ私のようなサーヴァントが夜道を歩けば別の者と当たることは当然か。……いいだろう。その戦い、我が財である無尽の黄金を以って受けて立つ」
彼の意思表明と同時に、金色に光る楔状の物体が、アーチャーの周囲に出現した。その尖った先端全てが、対峙するランサーへと向けられている。
「その無尽の黄金、乗り越えるには拙者の六文で十分でござるよ」
対するランサーも返し文句を述べつつ、特殊な形状の朱槍――十文字槍――を構え、アーチャーを睨む。
「行け、我が黄金――氾濫する黄金大河(ニジェール・インフレーション)!!」
「一騎血戦・赤備え!!」
各々が宝具の名を口にし、戦いの火蓋が切って落とされる。ランサーの纏う鎧一式が赤く輝き、純金の楔が一斉に彼へと襲い掛かる。赤備えを纏った槍の名手は瀑流と化した黄金の中へと飛び込み、楔を次々と弾き飛ばす。ある楔は地面に叩き落とされ、ある楔は高く打ち上げられた。そしてまたある楔は逆走し、所有者であるアーチャーにも飛び込んでくる。
「やはり打ち返してくるか、見込んだ通りだ」
「余裕そうですがもうここまで距離を詰められていますよ!」
すらりとした身をよじり、黄金の射手は次々と打ち返されたものを避け、更に金の楔を追加して打ち出す。しかし、二者の距離はじりじりと短くなり、いよいよ十文字槍がアーチャーを捉えようとしていた。
「その身体貰ったァ!」
ランサーの鎧が一層赤くなり、アーチャーへの距離が一瞬で縮まり、十文字槍がその痩せた体を貫こうとしていた。
「――消えた!?」
しかし、アーチャーの姿はそこにはなく、代わりに彼がいたのはランサーの真上であった。
「財とはただ擲つのみの物に非ず。施し、それを高みに導くことこそが財の本懐なり」
自身に黄金を「施し」たのか、金色のオーラを身体から揺らめかせながらアーチャーは赤備えの武士を見下ろしながら声をかけ、無数の黄金の氷柱を彼へと降らせる。
「――成程、貴方も拙者の赤備えの速度に応えられる方でありましたか」
十文字槍を回転させながら、黄金を弾きつつランサーはアーチャーに問いかける。
「左様。そしてここは私の
数値膨張(インフレーション)が支配する場所。どちらが速度に追いつけなくなるか、あるいは根負けするか。……できれば、お互いに小手調べというところで終わりたいのだがね」
地面へと撃たれる黄金の速度は増し、弾かれた黄金も踵を返してランサーに四方八方から襲い掛かる。しかし彼は兜の中でニッと笑顔を浮かべた。
「残念ながら些か興が乗ってしまいましてね。小手調べと行くにもこれだけでは物足りない!」
地面を強く蹴り、再びアーチャーへと距離を詰める。
「それではもう暫くお付き合い致そう」
対するアーチャーも口角を上げた。
深夜の河川敷上空を、赤と金の2つの光源が飛び回る。赤い流星は何度も折れ曲がりながら直線的に金色の光を追いかけ、金色の光はその流星をひらりとかわしつつ漂うように動き回る。時折金色の光がその輝きを増し、後光のようなものが赤い流星を追尾し、狭い空間に満点の星を彩った。
「ほほう、だんだんと狙いが正確になってきたか」
黄金を撒き散らしながら上空を舞うアーチャーが上機嫌に述べる。
「一対一でも時間をかける程やり易くなるのが、拙者が日本一の兵たる所以!」
黄金を薙ぎ払いながら突撃するランサーは更に言葉を続ける。
「東海一の弓取りを二度も追い詰めた実力を侮るなかれ、アーチャー!!」
一対一の攻防に興ずる二人を、カメラを積んだ茶色の小型無人飛行機が撮影していた。
その動画は町の外れにある貯水池の地下にできた、ある空間のディスプレイに映し出されている。
「しかしすごいなぁ。ランサーとアーチャーの一騎打ち、さすが三騎士同士の戦いだけあって見ているこっちも熱が入りそうだ」
そう口にするのはディスプレイとにらめっこをする紅顔の少年。その横には彼のマスターが立っており、その背後では泥で構成された
ホムンクルスが「ろくろ」で建材らしきものを作りながらどこかへと運んでいる。
「しかしまぁ、これじゃあ僕も苦戦するんじゃないかな」
「おいおい
キャスター、あれだけ物騒な戦闘機2つも用意していて苦戦するって、それは流石にないだろ」
少年をキャスターと呼んだ男は、背後に用意されている調整中の2機の戦闘機、「黎明と再生の導き(マアネジェット)」と「冥闇と死出の誘い(メセケテット)」を一瞥して謙遜を制する。
「どうだろう。あの二人は速いうえに小回りも効くみたいだし、瀑流の弓矢(クヌム・サハル)も当てづらいかな」
「あの水ミサイルのことか?」
「そうそう。それと、僕としてはアーチャーが鬼門かなぁ」
談笑をしつつキャスターは録画した動画を巻き戻し、アーチャーが上空から金塊を降らせた時の動画を示す。
「こいつは……金塊ぶん投げて自分を強化していたやつか。そんなにキツい相手か?」
魔術師というよりは戦士と形容すべき筋骨隆々のマスターは、怪訝な表情を浮かべながら痩せたアーチャーの姿を眺める。
「まず金自体が水よりもずっと重いからね、あの金を大きな杭にでもされて打たれたらミサイルじゃどうにもならないよ」
「少しずつ打ち込んで軌道をずらすのはどうだ?」
「考えてみたけどかなり苦しい。それくらいなら普通に避ける方がまだマシ」
腰かけていた椅子の背もたれに寄りかかり、腕を組みながらキャスターはさらに続ける。
「それよりももっと怖いのはあの『施し』だよ」
「『施し』の何がそんなに怖いんだ?」
マスターは更に怪訝な顔をする。
「たとえば、電池と導線だけで回路を作っちゃいけないのは知ってる?」
「ああ、確か抵抗が殆どないからつないだ瞬間電気が通り過ぎて導線が焼き切れるんだっけな」
「そうそう。ただの電池じゃそこまではいかないだろうけど、電気回路に流れる電流が増えすぎると回路が壊れてしまう。つまり魔術回路に大量の魔力が流れると――」
「爆発する?」
マスターの答えにキャスターは頷く。
「そういうこと。あの戦闘機もそうだけど、いまいるここ『遺志眠る地平の金字塔(アケト・クフ・メル)』だってあの金塊で『施し』を受けたら作りかけでも大爆発しかねないんだ」
「あー……なるほどな。魔力が通っているものを使う限り、まともにやりあうのは危険と」
「そう。だから僕らはアーチャーがいる限り大きくは出られない。もし出会ってしまったら回避一辺倒で、キミが相手方のマスターを倒すのが一番勝算のある筋かな」
そう言いながらキャスターは録画した映像を止め、ドローンのライブ中継に切り替えた。
すると、戦っていた画面上のアーチャーとランサーは動きを既に止めていた。
「……これは見つかってしまったかもね」
そうキャスターが呟くと、無人飛行機に向けられる声がスピーカーから聞こえてきた。
「――――ランサー、動きを止めてくれるか」
金塊を絶えず撃ち続けていたアーチャーが突然射出を止めた。
「どうしました?もうお疲れですか?」
まだやれるぞと言わんばかりに、ランサーは挑発的に応える。
「そういうわけではない。あれが見えるか?」
アーチャーは上空のある一点を指差す。その先にあったのは、何やら濃い茶色の浮遊する物体であった。
「妙な物体ですね。あんなものは拙者も初めて見ましたよ」
「私も実物は初めてだ。この時代の言葉では、どうやらドローンと呼ぶ無人飛行機らしい」
2人がそれを見つめると、ドローンは方向転換をして180度回転した。
「待ちたまえ、そこの飛行機。この声が聞こえるか」
アーチャーの声に応じ、ドローンは再び2人の方向にカメラを向ける。
「別に手を下そうというわけではない。そこから声を出せるなら出して見せよ、サーヴァントの一人よ」
「……仕方ないか」
少年の独り言のような音が聞こえたかと思うと、ドローンはアーチャーとランサーのいるところへと近づいた。
「初めまして、アーチャーとランサー。僕のクラスはキャスターだ」
先程と同じ声でドローンが喋る。
「なるほど、見立てはついていたがね。勿論だと思うが、君の本体がこれというわけではないだろうね」
「まさか。あくまでこれは泥を捏ねて作ったものだよ」
泥で作ったとはいうものの、プロペラやレンズ、スピーカー等、細部の部品も精妙に作られている。また、これといった武装も見当たらない。
「泥からこんなからくりを作ったのですか、私の旧知の忍者でもここまですごいものを作った覚えはありませんよ」
ドローンを眺めながら、ランサーが舌を巻く。
「へぇ、ホントに忍者っていたんだ!」
スピーカーの向こう側からも、キャスターの驚く声も聞こえてきた。
「ええ、忍者とはいっても大体は余所の国で言う斥候やお使いだったりしますがね」
意外な好反応に、ランサーが口を緩ませる。
「しかし、今見つかったようなヘマをするほど忍者は甘くありませんよ?」
「あはは……」
スピーカー越しにキャスターが苦笑する。
「とはいえ、こうして一方的に覗かれるのもあまりいい気分ではない。できればキャスター、君の姿を是非拝みたいところなのだが、応じてくれるかね」
アーチャーは穏やかな口調でドローンに話しかけるが、キャスターは応じない。
「それなんだけど、僕ら魔術師は隠れるのがメインだからね。余程の事がないとちょっと顔は出せないかな」
「そうか、それは残念」
「ただ、顔を出さなきゃいけなくなるような予感はするんだ」
「「どういうことだ?」」
2人は同時にキャスターの言葉に疑問を示した。
「予感。あくまでも予感なんだけど、今回は、その、かなーり大きな戦いになりそうな気がするんだ……」
灼熱の皇帝は山を登る。
その素足が踏んだ跡には炎が宿り、夜道を煌々と照らす。
灼熱の皇帝は山を登る。
雑木林を意にも介さず進む。彼が通り過ぎる処は全て焼け落ちる。
灼熱の皇帝は山を登る。
その手に刻まれた物は、彼を呼び出した者の令呪。呼び出した者は、既に消し炭と化している。
灼熱の皇帝は山を登る。
マスターなど存在しなくとも、己が太陽皇帝(サパ・インカ)である限り、「煌帝神臓」(サパ・インカ)が脈打つ限り、彼はサーヴァントではなく、「最上の王(サパ・インカ)」としてこの地にあり続ける。その「神の心臓」は魔力の奔流を生み、四肢より業炎を滴らせ、辺りを燃え盛る火の洞穴へと変えていく。
灼熱の皇帝は山を登り終えた。
聖杯戦争とやらが繰り広げられる街を一望できる山の頂上にて、周囲を焼き払いながら見下ろす。いずれその炎天の力で平らげる、人の住まう土地を見下ろす。
「朕が顕現するには余りにも小さな地よ。ここに態々朕を呼び下ろした人の器量とやらが知れる」
己を朕と呼ぶサーヴァントは吐き棄てる様に呟くと、その足元から更に赤い炎が燃え盛り、辺りの地面を燻していく。
「だが朕の生まれ育った地も、斯様に小さなものであったことは確か」
火の手は益々広がり、彼の背後は深夜にもかかわらず白昼の如き明るさを放つ。地上に現れた太陽とも言える業火の中に影を作るのは、また同じ「地上に現れた太陽」そのものであった。
「よかろう。この地より、朕の王国(インカ)を遍かさん。朕の建国神話を再現せん」
ライダーのサーヴァント――灼熱の皇帝、
パチャクテクは天を仰いだ。そしてこの地を制圧せんと誓うがごとく、山を焼く炎の勢いを強めた。
――しかし、その刹那。
「何事」
強めたはずの炎は次々と消えていく。蝋燭の火を吹き消すように、皇帝が放った炎は立ち消えとなる。次第に燃えるものはごくわずかとなり、辺りは再び夜の暗さを取り戻した。
「我々は夜闇に潜み、人の目を盗んで戦うべきもの。この山を燃やしてしまうのは宜しくない」
既に焼かれた土を踏みながら進む物音。ライダーは自らの掌に火を灯し、自らの元へと進む者の顔を見た。
「人の身でありながら朕の顔を拝むとは不敬なり」
「何を申すか。人間にあれ程の山火事を消すことなどできるはずがない。私も貴様と同じサーヴァントが一人、
アサシンである」
アサシンを名乗る男は、白い長衫を身に纏う辮髪姿の青年であった。
「よりによって人の使い走りを名乗るか。神の使い走りであった神祖にも及ばぬ俗物とは、その不遜極まりない態度、却って恐れ入る」
怒りを覚えていると取れる言葉ながら、ライダーの声は余りにも平坦である。凡そ感情というものを感じ取ることのできない声である。
「貴様とて不躾な言葉遣いではないか。そして尚もクラスを名乗らないと来た。言うがよい」
「……よかろう。朕の炎を吹き消した技量と臆さぬその豪胆さに免じ、朕の名を示す」
再び周囲から火の手が上がる。それと同時にライダーの四肢に炎が宿る。
「朕は大地を揺るがすもの、パチャクテク。人の身にありて太陽。神祖すら焼き尽くす業炎。朕こそが最強最大最高、不可侵にして絶対の現人神である」
現人神を名乗るサーヴァントの声と共に、周囲の火から火柱が立ち上る。
「私はクラス名を聞いたのだが……まぁよい」
対するアサシンも右半身を後ろに下げる。腕と脚を前後に開き、腰を後ろに下げつつ重心を落とす。後ろに下げた右手を上に掲げ、左手でライダーに挑発をかける。
「来るがよい、パチャクテク」
「アサシンと名乗る者よ。人の身で朕に挑むことを光栄に思い、同時に恥じるがよい」
対するライダーも右足を下げ、走り込む姿勢を取る。
「『煌帝(サパ)――」
彼の背中より火球が現れ、爆燃する。
――神臓(インカ)』!!」
自らの異名を唱えたライダーは火球を推進剤に、アサシンとの距離を詰める。
「――――縮地」
アサシンの身体が皇帝の視界から消え失せる。その刹那、彼の側頭部にアサシンの蹴りが入る。
「フンッ!」
しかしライダーは避けるそぶりも見せず、その蹴りを受ける。代わりに彼の口から火が噴かれ、その頭部を己の業火で包み込む。バシインッ、と直撃する音と共に、皇帝の炎がアサシンの脚に咬みついた。
「なるほど」
そう呟いたアサシンは蹴りを入れた直後に間合いを取る。そして、
「――ハアッ!!」
と燃え盛る自らの脚に呼気をぶつけて火を吹き消した。
「やはり先程の鎮火はその呼気によるものであったか」
「如何にも」
焦げた長衫の煤を軽く払い、アサシンは再び構えを取る。
「アサシンなる者よ。先ほどの蹴りといい、息吹といい、朕の目にもその技、人の領分にあらざるものと見える」
ライダーは頭を包む炎をその身に仕舞い込み、更に続ける。
「しかしそなたは人の子。神には及ばぬものなれば、その技は我に能わざるものに非ず」
対峙するアサシンの眉間に、微かに皺が寄る。それを意にも介さず、皇帝は宣う。
「太陽皇帝(サパ・インカ)に不可能なし。
皇帝特権――縮地」
ライダーの身体が、アサシンの視界から一瞬消える。
「なっ――」
「油断されるとは何たる屈辱」
アサシンがすぐさま視線を落とすも、灼熱の皇帝は既に炎を纏った足でアサシンの脛を薙ぎ払っていた。長衫に再び火が移り、彼は火炎車となって雑木林へと投げ出される。先の山火事で燻りの残るそこに、再び火の手が上がる。周囲の火を吹き消そうと呼気を放った瞬間、彼の頭上に皇帝が現れる。
「ぬかるな、人の子よ」
炎の鎚と化した彼の踵を、アサシンは直撃だけは回避する。しかし、その焼けた鉄槌は呼気により強度を失った左手に命中し、あらぬ方向へと折れ曲がった。
「ぐああ゛っっ……!!」
呻くアサシン。しかし皇帝は一瞬で距離を詰める。
「次は外さぬ」
変わらぬ語気のライダー。しかし、対峙する拳法家はふっと笑う。
「っ……、人ならぬ力には『神すら及ばぬ力がある』と心得よ、現人神」
「――――縮地」
そう呟いた瞬間、ライダーの身体が完全に静止した。いや、正確にはアサシンが「0秒の中で」動いている。ゆっくりと立ち上がり、アサシンもまたすぐさま詰め寄り、ライダーの胸部に蹴りを一つ入れる。
「人の領分を越えた者には魔力、呪力、
神通力などがある。勿論これらは人が想像した、さらに言えば西洋と極東の人々が創造した力である」
更に蹴り。蹴り。蹴り。その一撃一撃に音はないものの、その威力は手負いであることを一切感じさせない。
「だが、私はそのどちらでもない中華の者。生前の私に、それらの力を扱うことはできなかった」
独白と共に蹴りは続く。もはや何度皇帝の胸に蹴りが入ったかはわからない。
「そのような私が一つだけ体得した、人間ならざる技……それが、仙術である」
アサシンの蹴りが一旦止む。再度、ライダーの真正面に立ち、反動をつけて止まることなく突撃する。
「そして、これが我が奥義!」
最大限の力を込めた蹴りが、皇帝の胸部に突き刺さる。
「――――無影脚!!」
その蹴りと同時に時は再び動き出す。
「ぐうっ!?――」
一瞬にして様々な方向から胴に衝撃が入り、皇帝の身体が転げまわる。「煌帝神臓」にひびが入り、彼の胸板から溶岩が噴き出す。
「……覚えたか、皇帝パチャクテク。神なれど及ぶことのない領域が人にあることを」
折れた左手に治癒用の魔力を回しつつ、アサシンは皇帝の名を呼ぶ。
「……太陽皇帝(サパ・インカ)に、不可能……なし。皇帝特権――外科治療」
ライダーは応える代わりに、己の「煌帝神臓」を修復する。そして彼は立ち上がり、己の顔を地に付けた男の元へと歩み寄る。
「まだ戦うのか、いいだろう……、?」
アサシンは臨戦態勢を取るが、皇帝は動じることはない。そのままアサシンの腕を握ると、その折れた左腕が修復されていく。凡その治癒魔術では到底成し得ないスピードで、彼の腕は元通りとなった。
「人の子よ、お前が人の子である限り出来ぬことはある」
ライダーの視線は治癒したアサシンの左手から、彼の顔に移る。
「だが、朕にできぬことを成しうるというならば、朕の全力を以って、お前の全力を捻じ伏さん」
「……その厚遇と寛大なお心遣いに、感謝致す」
アサシンの表情は穏やかなものだった。
「……名だ」
「名?」
ライダーが問いかける。
「そう。アサシン、お前の名だ」
「……
黄飛鴻だ」
「確(しか)と、覚えた」
――近くに閃光。
ライダーとアサシンがお互いの真名を知り合ったところで、その横から突然眩い光が現れた。皇帝の炎の色ではない、英霊を召喚する際の青白い光。
「何者か」
「更なるサーヴァントか……しかし何故?」
2人がその様を傍観しているうちに光は消え失せ、その中から年端もいかない少女が現れた。白い修道服を身に纏った彼女も状況が飲み込めず、茫然自失としているようだった。
「失礼、お嬢さん。少し話をお聞きしたい」
アサシンは彼女に近寄り、その目前で片膝をつけて見上げる。
「アサシンさんと……ライダーさんですね、なんでしょうか」
「まず一つ。あなたのクラス名をお聞きしたいのだが……よろしいかな?」
初見で二人のクラスを見抜いたことで、ある程度予想はできたが、念のため少女のクラス名を聞き出した。
「私は……ルーラーです」
「ありがとう。しかしパチャクテク、貴様ライダーだったのか」
意外そうな表情で黄飛鴻は皇帝を見る。
「そのようなこと、太陽皇帝(サパ・インカ)たる私には関係のないこと」
ライダーは相変わらずである。
「……。それはいいとして、ルーラーさん。もう一つ質問があるがいいかな?」
「はい、どうぞ」
ルーラーの促す声を聴くと、アサシンは真剣な面持ちで質問を述べる。
「では。ルーラー、あなたが召喚されるというのは、私が聖杯から得た知識における聖杯戦争というもの少々勝手が違うはずである。あなたが現れる戦争形態はどういうものか、説明してくれるかな?」
その質問に対し、ルーラーは応える。
「はい。私たちルーラーが召喚されるのは、聖杯戦争がへんな形式で、結果がわからないとき、もしくは、聖杯戦争で世界にゆがみ……?が生じる時です」
年相応のややたどたどしい返答に、アサシンは「ありがとう」と首を縦に振った。
(私が圏境で探りを入れた限りでは、ライダーが現れるまでこの町には私を含めて4騎しかいなかったはず。そうなると前者の線は消える……)
そう推測した上でアサシンの表情が険しくなる。
(となると後者か。ライダーも十分歪みを生じうる存在ではあるが、それ以上と考えるべきなのか……)
「ライダー。此度の聖杯戦争は、今の一戦よりも遥かに厳しくなるやもしれんぞ」
「……同意見である。朕の『煌帝神臓』も不調を呈している」
感情のないライダーの声が返ってくる。しかし、ライダーもまた不安を感じていた。
(朕の「煌帝神臓」が、止まっている……?)
魔力の奔流が生まれないと共に、胸の奥がそわそわと落ち着かない感覚が、ライダーに静かな懸念を募らせた。
「……嗚呼、大地の歎きが聞こえる」
七尺はあろう大男。部屋の一室で一人佇む。
「……聞こえる、神秘のうちに留まることの叶わなかった、大地の歎きが聞こえる」
傍らには血の海、散らばる脳漿、拉げた腸、砕け散った骨。それらはすべてかつてマスターだったもの。令呪だけ残して、原形を留めないほどに崩壊している。
「……聞こえる、雑多な人間どもに踏み躙られる、大地の歎きが聞こえる」
神秘の島の意思と癒合した彼に、人間の声は届かない。代わりに大地の声が聞こえる。
「この大地は、既に余すところなく穢された。人間どもが、神秘という布を引き裂き、大地は、その穢れに涙している」
男は令呪を拾い上げる。拾い上げる四肢からは既に、黒い濃霧に包まれている。
「その悲嘆に、我は報いよう。その純潔の亡骸を、我は弔おう。その怒り、我が代行しよう」
そして男は令呪を残した皮膚片を掲げる。
「令呪を以って我に命じる。我に投げかけられる声を、聞き届けること勿れ」
令呪の一画が消え、黒い霧は一層濃くなる。
「重ねて令呪を以って我に命じる。我を妨げる声を、聞き届けること勿れ」
再び令呪の一画が消え、右手に黒い刃が宿る。
「更に重ねて令呪を以って我に命じる。我に仇成す声を、決して聞き届けること勿れ」
最後の一画が消えると同時に、令呪が刻まれていた皮膚も消滅する。彼の魔力が黒い霧となって、屋敷内に充満する。
「我は島の意思を体現する者。我は大地の歎きを代弁する者。我は神秘を保護する者。我は大地の怒りを代行する者」
黒い霧の一部が、彼の鎧を作り上げていく。何物よりも黒く、光すら吸い込まれる漆黒の鎧が彼を覆う。
「大地を蹂躙し尽くした文明は滅びねばならぬ。余りにも増えすぎた人間どもは、死に絶えねばならぬ。大地の歎きを甘美とした人理に、終焉を齎さねばならぬ」
皺の宿る老齢の大翁の顔は憤怒の形相となり、その目がカッと見開かれる。
「我が名は卑王ヴォーディガーン。この地より、人の住むことを許さぬ、暗黒の楽土を築き上げんとす」
そして、卑王は拳を床に下ろし、心象風景をこの世に下ろす。
「呑まれよ大地、呑まれよ世界、呑まれよ人間。神秘を喪った此処より、昏き神秘を取り戻さん、『卑王滅界(ロスト・キャメロット)』!!――――」
黒い霧は急激に圧を増し、召喚された屋敷は砕け散り、黒煙と共に瓦礫が拡散する。その霧は路地を埋め尽くし、道行く人々は声を上げることもなく斃れる。
「我は楽土を広げんとす。この地にはもはや何も要らぬ、聖杯とて要らぬ。それこそが我が姪を幻惑し、ブリテンより神秘を滅ぼしたものなれば」
聖杯を追い求める中で、時に魔術師は「呼び出してはならない」英霊を降臨させる。
その時聖杯は世界を歪めぬよう、調停者をその地に下ろす。
例えその相手が、「抑止力」そのものであったとしても。
Fate/Rebellionis phylaxis
此度の戦いは、星の過剰な防衛本能。
セイバー:
シンモラ
今回はマスターが
スルトを呼び出すつもりで誤って呼び出しちゃったという設定。というか世界を滅ぼすレベルの剣で何をするつもりだったんだろう……。
顔つきや各配色はぐだ子そのまんま。本スレでもちらちら出てきた意見を反映。
ランサー:
真田信繁
ト○ンザムおじさん。一応今回は互いに小手調べらしく令呪宝具は使わない方針。十文字槍をただの槍術のみならず棒術のようにも使いこなすしぶとい中堅。自分の血を鎧に注いでるけどインフレスキルの中で果たして生き残れるのだろうか。
アーチャー:
マンサ・ムーサ
早速大量の金をサイコミュ兵器として運用したお兄さん。ふわふわ浮遊しながら真田を翻弄し、ついでに
黄金特権でこっそりケオプスのドローンを探す「
気配察知」を限定的に使用している。一生涯分の金ぶん投げたらピラミッドやマチュピチュも爆発するんじゃないかな。
キャスター:ケオプス
今はやりの泥―ン少年。
千里眼と泥で作った探査機で他陣営を分析するものの、ライダーやアサシンを筆頭におかしなサーヴァントだらけでかなり慎重気味。戦闘機あるのに。ただ、ゴールデンみたいなマスターを手に入れたことは幸いか。礼儀としてもあるが、顔出しNGの口実を作るためランサーらにクラスを公開。
ライダー:パチャクテク
サパインカおじさん。だいたいFGO妄想スレのせい。ノリノリで書いたはいいが、後から見て「ヒエッ」って顔をする羽目に。超高速移動に心臓修復と、皇帝特権のもとに不可能なし。それでもアサシン相手には実力を認め、それなりの礼を示すように。
アサシン:黄飛鴻
李書文先生を超えてしまったスタプラお兄さん。服装はワンスアポンアタイムインチャイナ準拠の「白い彗星」。そのため顔つきの割にやや渋い声。今回はルーラーが幼女だったので紳士的に会話する役も与えました。
ルーラー:
聖ウルスラ
本人は戦えない8歳幼女。この鯖制作時に居合わせなかったこともあり、なるべく崩さないようチョイ役として出演して頂いた。絶対CV久野さんでしょ
バーサーカー:卑王ヴォーディガーン
既に混沌と化していた皆鯖大怪獣戦争のラストに登場したダークホース。その立ち位置はまさに魔王そのもの。ガチ厄災枠として初っ端から民間人を霧で葬る役に。
そして思う。「ステリセ封印能力持ちのガチタンは、ヤバイ」。
タイトルのRebellionis phylaxisはラテン語に訳すと「防御への叛逆」。もともと卑王が出てくる直前から抑止力が動き出しそうなメンツだらけだったところに「大地の意思」たる卑王が登場したのが「アナフィラキシー」に見えたところから「反防御」を意味する「anaphylaxy」からひねって名付けました。
最終更新:2016年05月10日 00:47