ペンタグラムエキスパンション(ストーリー3)




ハニャン連邦に向けた航海は順調であった。強い潮流が存在するのか夜が明けるころには浮遊島は見えなくなり、船の甲板に立つと目には360度全てが海のしか映らない
波の音が響き、青空が広がる大海原を船は進んでいく。

気絶から復活したニーダは、ギィに対して文句の一つでも言い騒ぎ出すかと思いきや、いきなり げんなりした表情をして端っこでおとなしくなる。
「うう… もう少しでウリの最大の敵が襲ってくるニダ… 船酔いという悪魔ニダ…」
高所恐怖症に、更に船酔いまであるらしい… 対したポテンシャルである。おそらく彼の貧弱さは今後の作品を作るにあたり大変ありがたいものになりそうである。

「そういえば忘れてた… 僕も船酔いが…」
「君達ってホントに… それでも男性なの?」
一応主人公でありながら、ニーダに負けず劣らずのひ弱な彼もそうだが、パワフルなギィとギャシャールに比べると何とも頼りの無い男衆である…
呆れたように言うギャシャールの言葉で更にうな垂れる二人を見て「ハァ…」と大きなため息つくギィは、舵を取りながらため息混じりに二人の心配を拭払する。

「安心しな… 船酔いなんて起こんないから… 多少の波なら動かないようにこの船は出来てる。」
ルアルネ傭兵団は海上戦だってこなせる様に、ある程度の波になら揺れ動かず、安定した足場が提供できるように、船底には特殊な技術が使われていると話す。
ハニャン連邦などの軍は平原での戦いに特化しているが、ルアルネ傭兵団は地、海、空のあらゆる場所で満遍なく戦える。その汎用性が認められ、「数は劣るものの最強」と呼ばれている。

「なんてすごい技術だ!」
「おお…!! こんな技術を開発するなんて、ウリの次に凄いニダ!」
確かに凄い技術だが涙を流して喜ぶこの男達に、女性二人はあきれるしかなかった。

「…ごほん。ところでギィ。反乱組織なんだけど…」
「やっとまともな話に移れるね…」
確かにギャシャールはギィからしてみれば生意気で気に入らないが、本気馬鹿のニーダとヴァイラ教ヒッキーよりはずっと頼りにはなると思っている。船酔い如きに脅威を感じる二人を放って置いてギィは反乱組織について話してくれた。

ハニャン連邦に敵対する反乱勢力。そのほとんどは「農民」で構成されているようだ。ハニャン連邦を構成する農民の占める人口の割合は70%もいる。レナド将軍により小国は統合され連邦国となったがその際に、国は農民に一定の税を設けたのだが…
「設定された税に不満が出たのさ、「多すぎる」、とね」
今までその税以上を納めていた農民にとっては喜ばしい事だったが、その逆に低い税を納めていた農民にしては、たまった物ではなかったらしい。更には徴兵制度まで設けたもんだから不満がたまるのは当たり前だ。
若い働き手を奪われ、女・子供に年寄りだけで田畑を耕し重税を納めなければならなくなった。
「そして、干ばつ…」
追い討ちをかけるように多くの死者を出した干ばつが各地に発生した。農民は役人に、税の軽減や干ばつで苦しむもの達への救済を求めたが、役人はその救いの手を振り払い、農民達は「では、徴兵をやめてくれ」と懇願したがそれも無下に断られたそうだ。
「…どう考えても無茶苦茶。重税・徴兵・飢饉で国は全く救いの手を出さないなんて。」
一揆が発生するのは必然だ。そんな状況に堪えろというほうが無理がある。

「多くの人間が反乱に参加し、中には連邦諸国の領主などの姿が見られている。大方、反乱を起こした農民を先導して革命でも起こそうとしてるんだろうね…」
「で、そんな不幸な人達を僕らは「鎮圧」しにいくんだ。」
「逆なら良いのかい?不幸な農民の味方について、国家陥落に加担するのが? レナド将軍が農民達を不幸の諸悪だから殺しても良いって言うのかい?」
その場合、空席となった王者の席を求めて、諸国の権力者が国民を巻き込んだ戦争を起こす事になる。とどのつまり、どちらを倒せばいいかなどないのだ。

「…」
「絵本じゃないんだよ… 悪い奴がいてそれを倒したら皆が幸せ、そんな単純には出来てないっての…」

ギャシャールはかつて自分がいたララモ党を思い出し、「平和」について強い疑念を抱く。ギィの言うとおりだ、完璧な悪役なんて存在しない。加害者でもあり被害者でもある場合も存在する
ララモ党は「平和」のために、それを乱す存在を倒してきた。でも、その「平和」は誰にとっての「平和」なのだろう?

「ギャシャール…」
ギャシャールは静かにその事を考えていると、様子はおかしかったのかヒッキーが心配そうに話しかけてくる。
「ん?ヒッキーどうしたの?」
「その… 大丈夫?」

「僕の心配なんかより自分の船酔いの心配をしたら?」
「大丈夫だよ。この船本当に揺れないし…」
ギャシャールは弱気を感じられないように、突っぱねるようにヒッキーに言うと、彼は苦笑いを浮かべながら、後ずさりする。心配して声をかけたがぜんぜん大丈夫だった様だ。


「ところで… 気になる事があるんだけど… ヴェサリスに斬られた傷って、もう治ったの?」
「まだ完全には治ってないけど、無理をしない分にはぜんぜん大丈夫。」
ギャシャールは君に抱きつかれた時にちょっと傷が開いたけど… と言いそうになるが、そこは黙っておき 斬られた傷を服の上から軽く さする。

「そうなんだ… あきらかに致命傷だったのにギャシャールって見かけによらず凄いタフだね…」
「君が僕をどんな目で見てるか知らないけど、僕はあんな傷を負って生きていられるほど頑丈じゃないよ。」
どういう風に見たらあの傷を「タフ」の一言で乗り切れるのか… と冷や汗をたらす。

「うん、分かってる… あの場に居たんだ。ほんの数日で治る傷のはずない事くらい分かるよ… ギャシャールの呼吸は止まりかけてて、血も凄く出てた…」
あの時の状態を一番知っているのはヒッキーだ… 傷の治る治らないの以前に、死にそうになったほどの深い傷だ。どう考えても生きている事自体がおかしい
「そんな状態なのに何故か僕は助かった…」
しかし、その傷も今や塞ぎかけている。ましてや、ギャシャールもピンピンしている… 

「そして、手にはヴェサリスの持ってた緑柱の職人石を握ってた。」
せっかく苦労して手に入れた職人石を奪え返さず、去っていった…

「…」
「…」
考えるほどに分からなくなる… 確かに20余近くの職人石を手に入れたからと言って一つや二つ程、今更手に入らなくても十分だろうが、だからといって 奪った石をあえて返しておく必要も無い。
「謎ニダ…」



「いつの間に居たのニーダ?」
船酔いがどうのこうの言っていた後に姿が見えないと思ったら、話に唐突に出てくるニーダに少し驚く。

「…誰もウリの相手をしてくれないから、お料理を作ってたニダ。 もう準備は出来たから厨房へ来ると良いニダ。」
律儀にエプロンまでしたニーダのアンバランスな姿に、皆思わず吹き出しそうになるが本人は自分の姿の珍妙さに全く気づいていない
その言葉を聴いたギィも船を自動操縦にする。

「へー たまには役に立つんだ。」
「あんたにしては気が利くじゃない。」
「ありがとうございますニーダさん。」

結局感謝の言葉を述べたのはヒッキーだけで、後の二人は言いいたい放題のことを言って厨房へ降りていった

「本当に… ヒッキー以外は失礼な奴らニダ…」
昔なら火が付いた様に怒ったが、ニーダはなんだかだんだん邪険に扱われるのにも慣れてきた
そんな自分が少し情けなくなり小さくため息をつくと、ヒッキーたちが向かった厨房へ戻っていた。

「! こりゃなかなか。 伊達に43年も独身じゃないね。」
厨房へ下りたギィは、ガツガツと普通は小鉢でよそいで食べる料理を盛り付けられている皿から豪快に口に流し込み、「貪り食う」という表現とても綺麗に当てはまる食べ方をする。
褒めてくれるのは彼にとっては誇らしいが、いちいち一言多いらしい。

「頼むから普通に褒めて欲しいニダ。っていうかウリには許婚がいるニダ!そこら辺の毒男と一緒にするなニダ!!」
ドクオと呼ばれ憤慨するニーダは、そういうと自分で用意したお茶を飲みながらが実は婚約者が居る事を話す

「一人身は寂しいからって、妄想はよくないよ。」
「ニーダさん… その… 戦わないと、現実と…」
皿から豪快食べるギィとは対称的にきちんとニーダの用意した小鉢から料理をよそいで食べる二人。ニーダのその発言を全く信用していない様子でそれを「妄想」と片付けている

「ヒッキーまで… まあ、信じろとは言わないニダ。」
「っていうか、その妄想の女性は何歳? もしかして、2次元の人じゃないよね?」
「馬鹿にするなニダ! …20歳ニダ。ウリが22歳の時すでに許婚として決定されていたから、生まれる前からすでに結婚する運命だった人ニダ。 名前はレモテナって…」
信用してくれないならまだしも、完璧に「妄想」と決め付けられ、さすがに少し怒りを覚える。
その婚約者は自分が最も活躍した頃に、その功績が認められて本来貴族にしか許されていなかった夫婦への誓いを約束されていたと話す。

「…」
「…」
「あれ?どうしたの二人とも?」
ニーダの言う名前を聞いた瞬間、二人とも口に運ぶスプーンを止めて固まる。

「妄想も大概にしなよ… レモテナって言ったら「黄金都市ムルア」にあるコンヴァニア財団の「三柱の塔」の権力者。モナザード卿の一人娘じゃないか。」
「あのウザー卿にモカー卿を抑えて、コンヴァニアを統べる最強の権力者と呼ばれたモナザード卿の一人娘が許婚って、そんな妄想… コンヴァニア財団の人が聞いたら、なます切りにされて縛り首だよ?」
今は落ちぶれた科学者に、大富豪の一人娘が婚約者というどう考えても信じろと言う方が無理な話である。まあ、ニーダなら なおさらだ。

「信じろって言うほうが無理ニダね… まあ、しょうがないニダ。」
彼もその事は承知であるようで、いまいち実感がわいていない様だ。実質、彼はレモテナを写真では見た事があるが実際は一度も直接会った事が無い。

「まあ妄想はともかく。 これ普通においしいし… 研究者辞めて料理人になったら? そのほうが大成するよ絶対。」
「うう… ウリは研究者として皆を助けていきたいニダ。 料理人は確かに皆を幸せに出来るけど、助ける事は出来ないニダ…」
科学者として駄目だ何だの言われ、料理の事だけ絶賛されても彼は全く嬉しくなさそうである。ギャシャールの言葉を聞いて少しまんざらでもなさそうにするが、すぐに自分の中で湧いた考えを拭払する。

「ニーダさん?」
アレだけひどい目にあいながら、まだ科学者として生きる道をあきらめていない彼にヒッキーは少し驚く。コンヴァニア財団に見捨てられこれだけ苦労しているのに… この人は実は「強い」人なのかもしれない

「そういえば、「オワタ」だったっけ?あんな生き物見た事無いね。 ありゃコンヴァニアに住んでる生き物なのかい?なんかホムンクロスが何とかって言ってたような…」
ギィは食事を口いっぱいに頬張りながら、彼が科学者として開発した「オワタ」について詳しい話を聞こうとする。

「ホムンクルス!人工生命体の事ニダ。ウリが開発した「魂」の無い筋肉で出来た人形ニダ。そりゃそうニダ… 基本は試験管やアタノールの中で出来たんだから、命から孵さない者に命なんて無いニダ…」
「魂がないって… 自分で思いっきり動いてたじゃないか。そうじゃなきゃ、浮遊島に奇襲をかけたり出来ないはずだろ?」
「魂を持たないホムンクルスといえど、機械みたいにプログラムすれば、単純な命令くらいはこなせるニダ。徐々に改造を重ねていって、そして、ウリは戦闘員にもなるホムンクルス「オワタ」を開発したニダ。」
コンヴァニアのホムンクルスについて、第三者… 特に他勢力のものに話す事は禁じられているが、彼なりにルアルネに迷惑をかけたこともあるのだろう。洗いざらい話をしてくれる。

「あいつ等のせいで石は、ヴァイラに奪われちまった。「オワタ」といい「変換システム」といい、あんた ろくなモン開発しないね…。」
「…本来、ウリが開発した「変換」技術は重症を負い、命の危険がある者に使用して、ウリが開発したホムンクルスに一時的に命を移して、自分の殻になった肉体を処置してもらうのが目的ニダ…」
自身の変換システムは「医療」への応用が可能で、ホムンクルスも実際はそのため開発したものであったようだ。

「そんなの役に立つの?」
「まず第一に処置される側に苦痛というものがなくなるニダ。貧乏人でも高級な麻酔薬を使用する事無く、最低限の人材で低価格で手術を受ける事ができる。」
コンヴァニアは3つの都市に分かれている。金の都ムルア、銀の都レヴリス、銅の都レズボンの3つがあり、ヒッキー達が訪れた金の都ムルアはそれはすばらしく美しい町並みだった。建物や道路はもちろん、その脇の溝に至るまで細かな装飾がちりばめられていた
貴族階級の者のみが住むことが可能な「黄金都市」である。銀の都レヴリスも上流階級の人たちが住む過ごしやすい町なのだが… 銅の都レズボンは上記二つの都市とは少し異なる。
財団仕切る都市の中で、とにかく治安が悪いスラム街であり、貧困で喘ぐ者達が多い。そう言った者達の集まりなのである。
自分の技術は高い手術のための資金を集められない人たちの救いのために開発したものであった。

「おなか開いたりした後だから、ちょっと痛いかもしれないけど… でも、少量の局所麻酔で済むからこれまた低コスト!」
「貧乏な人でも、安いお金で手術が出来んだ…」
「! …でも、あいつ等「宝石」に命を吹き込んでたじゃないか。そんな人助けのために使われてるなんて信じられないね」
色々と安上がりになるので、お金が無くて困った人達でも差し出す額によっては十分に治療は受ける事が可能であるらしい。
しかし、実際の変換システムは医療に使われているどころか、人助けにすら使われていない…

「ウリだって信じたく無いニダ。 どんな理由があろうと断じて、元の体に戻る事が出来なくなる無機物に、魂を移し変えるような事はしてはいけないニダ…」

不意にヒッキーとギャシャールは、コンヴァニアでの宝石研磨機のことを思い出す。
「あの… コンヴァニア財団のあの装置は何十人もの命を一つの宝石に吹き込んでいたけど、その人たちはどうなるんですか?」
「…」
「その人たちはもう… 一つの宝石に何人もの魂が混在してる場合… 元には戻らないニダ…」
無機物に魂を移す事はもう自分の体には戻れないと話す。

「そ… そんな!」
「…!」
「人の魂というものは 溶け合うことはなくても、同じ器に入っているなら複雑に混ざり合ってしまうニダ… そんな混ざった状態の命を元に戻すなんていうのは不可能に近いニダ。」
「じゃあ、あの時に僕より先にあの部屋に入った人 「全員」…」
「命吸い取られて殺されたって訳だ…。」
苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべるギィに、青ざめていくヒッキーとギャシャールは宝石に命を放り込まれる恐ろしさに嫌悪する。

「…ウリの技術はそんな事に使われるなんて知らなかったニダ。 宝石にが綺麗になるとかそんなの… コンヴァニアのやってる事は「虐殺」ニダ。」
「!」
「あっ! ギャシャール!どうしたの!?」
ニーダの言葉を聴くと彼女は突然部屋から出て行く。

「ヒッキーいくニダ… 側に居るだけどもいいから、彼女についててあげるニダ。」
「え…? あ… はい…」

「あんた空気読めないと思ったけど、少しは見てるんだね。」
「いや、空気読めてなかったニダ… 「虐殺」なんて言葉を使ったら、あの子が気にするのは当たり前だったのに…」
「反省すりゃあ、それでいいよ。」
彼女にとってニーダが言った「虐殺」には、ララモ党が関わっている。自分が今まで命を捧げる覚悟で尽くしてきた自分の「正義」と信じた組織だ。
責任感が強いのだろう… いままでララモ党のことを何も知らず、悪行を重ねる組織に加担していたと感じて居たたまれなくなったのだろう…

「ウリの尊敬する科学者が言ってたニダ。「技術を生み出すだけが科学者の仕事じゃない。生み出した技術を「子」の様に育て、「子」が間違った道を歩まないように、人々と共に見守る義務がある。」って言ってたニダ…」

「…」
「生み出した「子」をロクに世話もせずに、他の人に世話を押し付けた結果がこれニダ。 ウリは… 科学者失格ニダ。 結果、「子」は悪い事に使われて沢山の人が「不幸」になったニダ… 「不幸」になった人たちにこそ「幸福」になって欲しかったのに」

「その点に関しては、あたしは責める事は出来ないね… あたしも… しっかりあの子のことを見てたら、ルアルネはあんな事にはならなかったかも知れないからね…」

「さっきからギィがウリの事を怒らないなんて… 嵐が来るかもしれないニダ!」
「うっさい!この妄想毒男が!気安く名前を呼ぶんじゃないよ!!」
「痛ぁ! 殴ったなニダね! コンヴァニア財団の誇る研究者のウリを殴ったニダね!?もう怒ったニダ!!女だからといってウリは容赦しないニダよ!!」
「船の避雷針と、船の錨… どっちに括り付けられたい?」
「ウリ如きが調子こいてすみません 許してください」


(子の責任は親の責任ニダ… この後始末。 必ずウリの手でつけてやるニダ!)

広大なる平原にそびえ立つ巨大な建造物。内の者を害する敵を遮断する強固な城壁がくまなく都市を囲い、壁にはその者との数々の戦いの後が残っている。ここは城塞都市「シレモン」
ハニャン連邦を統一し、世界にその名を知らしめた王レナド=シルベルトゥスが鎮座する連邦国の主要都市である。
数多くの尖塔立ち並び、その鋭くとがった屋根の構造は空からの侵入者を撃退するのにも役に立つ。

「反乱軍についてですが… 我等は、」
巨大な城の一室。位の高い役職に与えられる高貴な石造りの部屋の中で、二人の男性が向かい合い静かに話をしていた。

「如何せん数が多いですが、向こうには研ぎ澄まされた剣や、戦場で兵をまとめ上げる指揮官も居りません。所詮は、鍛え抜かれた我等が精鋭にとっては、烏合の衆に過ぎないでしょう。」
部屋の中に居るにもかかわらず、重装のよろいを身に纏うその男性は、反乱軍という言葉を聴くとすぐさまに返事を返した。
自身の話の最中、強引に割り込むような返事に白い服を着た男性は少しイラだった様子になり、すぐさま言葉を返す

「今後の事も考えて行動しなければなりません…上から押さえつけるだけでは更なる戦の狼煙を上げるに過ぎなくなります。軍が動けば戦いの勝利は確実になりますが事が大きくなるだけでしょう。ルアルネの傭兵団方々にて、こちらで反乱軍の「鎮圧」を申し立てておきました。」
軍が動けば国に不満を持つ者が多くなるだけだ。

「「鎮圧」ではございません… 「殲滅」でございます。レナド将軍殿より、そうお言葉を頂きました。」
騒動の鎮静化で無く、騒動の原因とそれに加担した者への討伐であると鎧の男は付け加える。それは、レナド大将軍の意思であり、決定された処置であるとも話をする。

「ライツァー将… その… 本当にレナド将軍は反乱軍を「殲滅」されるおつもりなのか?」
「愚問ですな、レフティス参謀。どのような理由があろうと国を脅かすような輩は成敗されなければならない… 」
白い装束のレフティスという男性がレナド将軍の決定に対して納得いかないという表情をしている。
一方の鎧の男、ライツァーはすでに敵となった者に対して「殲滅」には何の容赦も無いようだ。

「しかし…! 元は国民だったのですよ!? そのほとんどは農民で、重税と昨今の飢饉による食糧難によって多く苦しんでいた者だと聞きます!」
力によって反心を抱いたものを力で再び押さえ込んでも、結局同じことの繰り返し。いたちゴッコだ。何より長い間戦乱に心癒える事のなかった農民にこれ以上の苦しみを与えるのは嫌なのである。

「…」
「我々もここは彼らの事も考えて、強硬な態度をとらずに、話の場を設けるなど…」
冷めた表情でその言葉を聞くライツァーは、すでに決定された内容にいまだ納得していないレフティスに苛立ちを覚えていく。

「下らんな。レフティス… いい加減にしろ。貴様は前にレナド将軍に釘刺されたばかりあろうが。」
「兄さん… あなたはレナド将軍の忠誠を誓った身だ。 あの方の意向があなたにとって絶対なのは分かる… しかし…!」
「いい加減にしろと俺は言ったんだぞ… レフティス。それ以上の発言はレナド様の決定に異を申し上げるという事と同じになる… それがどういうことか分かるな?」
レフティスはレナド将軍に目をつけられている。これ以上余計な事をすれば、レナド将軍やほかの参謀達に反逆罪の罪をかぶらせられても不思議ではない。

「…出過ぎた事を申し上げて、ご迷惑をおかけしましたライツァー将殿。私とて「国」に忠誠を誓った身です。これ以上の軽率な発言は控えます…」
「良いのです。それに頭を下げるのは私の方でありますよ。少しでもあなたがレナド将軍に不敬の念を抱いているなど… 私如きがあなたの忠誠心を疑うなど、分際もわきまえずに…。」

「…もうそろそろ職務に戻らなければなりませんので、失礼します。」
結局何の成果もあげられず、深いため息と共に部屋を後にするレフティスに再び深いお辞儀をするライツァー。

「レフティス… お前は「レナド将軍」ではなく「国」に忠誠を尽くすのだな。 だが、くれぐれも早まるんじゃないぞ…」
足音も聞こえなくなった頃に頭を上げると、彼は静かにつぶやく

「やっとついたね。」
一隻の船が、港へ入り停留する。やく五日ぶりに大地だ!
ここ港町「リシァーダ」。ハニャン連邦の中でも王都に近いこともあり、大勢の人が行き交い、物が取り引きされ、交易品が運ばれてくる。「ハニャンの台所」だ。

「すぐ着くって言った割には結構時間が掛かったような気がするけど?」
「いちいちうっさいね、あんたは。」
すぐに着くと言ったギィに対して、小声で突っ込むように言うギャシャールに苛立った様に言い放つ。

「まあまあ… ッて言うか船酔いの無い船旅って結構面白かったですよ。」
「本当にお気楽だね、あんた… 私達にこれからどんな困難が待ち受けているか分からないんだよ?」
(そういうギィさんも、船旅を満喫していたような気がするけど…)
一度船の上で、釣りをした時の事… ヒッキーの竿に大物が掛かった時に一緒になって釣り上げた事を思い出す。苦労して吊り上げたときのそのギィの笑顔といったら、喜んでいる以外の言い表せなかった。

船を下りて、港町を見渡す。すると奥の小道から小柄な男性がこちらに近づいてくる。
「皆さん!お待ちしておりました!」

「あなたは?」
ヒッキーが名前を聞くとゼィゼィと少しその場で息を整えた後、自己紹介を始める男性。
「ええ私はレフティスという者ですが、皆さんを宮廷に案内するようレナド将軍様から おおせつかったものです。」
礼儀正しく白い服を身に纏うその男は、レフティスと名乗る。この人、服からしてかなりの高官の様な気がするけど、もしかして自分達を迎えに来るためだけにこんな所に!?
来訪者を迎えるためとは言え、わざわざ本人自ら遥か彼方に見える王都からここまで、来てくれるなんて…

「…ふーん。」
しかし、ギィはレフティスの顔を見ると小さくため息をつく
「あ…あの何か?」
「いいえ。はるばるご苦労を掛けます。」
顔をじろじろと見られ、少し焦った様に答えるレフティスに頭を深々と下げ、ギィがお礼の言葉の述べる。
ギィがあれだけ頭を下げたのを見た事の無い、ヒッキーとギャシャールは少し驚いたようにその姿を見ていた。
このままでは、レフティスに無礼なのかと考え慌ててギィの後を追って頭を下げるヒッキー。しかし、ギャシャールは頭を下げるどころか明後日の方を向いて欠伸をしているではないか。

「ほら! ギャシャールも挨拶しなきゃ!」

「ああ、よくもまあそんな格好でお疲れ。」
焦って、お辞儀を促がすヒッキーを尻目に興味なさそうに首だけ下げて軽い礼だけ済ませると、再び明後日の方向へ体を向ける。
「ちょちょちょ… ちょっと! 大臣さんに失礼だよ!」
あまりの非礼にヒッキーが注意もするも、それを見て「やれやれ…」といった感じに小さいため息をつき、全く態度を正そうとしないギャシャール。

「おい、ちょっと来な。」
国の一高官に対して、明らかに挑発的態度を取るギャシャールに、低い声で呼びかけるギィはそのまま彼女を連れて町の路地裏へ消えていく…
やばい… ヤキでも入れられているのか…? ともかく、止めないと! っとその矢先すぐに戻ってくる二人。喧嘩はしていないようだ。

「非礼をお許しください。こいつには私からきちんと言い聞かせておくので、ご配慮を…」
「申し訳ございません。」
先ほどの態度とは一転、頭を下げ謝罪をするギャシャール。やはり、ギィは発言力があるのか?それとも、自分に発言力がないのか…

「い… いえ、ではこちら馬車を用意していますのでついて来てください。」
何なんだコイツ等… と言った感じに顔を引きつらせるレフティス。まあ、その気持ちは分からない事は無いが…

はあ… この先、本当に大丈夫なのだろうか?

ヒッキーはその後レフティスに案内される方へついて行く。 そこにはレフティスの言うとおり馬車が一台止まっていた。
「馬車…」
「お… お気に召しませんでしたか?」
「いえいえ… と、とんでもない…」
「王都はこの先のダット平原を越えた先にあるのですが、歩きだとお時間が掛かるので馬車を用意したのですが…」
「ホントに大丈夫ですから… あはははは…」
ヒッキーは船だけでなく乗り物も酔いがあり、そのためか馬車を見た瞬間少し固まる。レフティスが心配そうにこちらを見ているが、「乗り物に酔います」などと言えば、折角ここまで迎えに来てくれた彼の善意を無にしてしまう…
笑いを浮かべ、ヒッキーはレフティスに自分に酔いがある事を悟らないように心がける。

女性陣二人は「やれやれ…」と言った感じに、ヒッキーを置いてさっさと馬車へ乗り込んでいく。 ああ、な… 情けない…

馬車に乗って数十分。今だに港の中を走り続ける馬車… 早くもヒッキーは軽いものではあるが 酔いの兆候である倦怠感が襲ってくる。
「こ、この港町って… 結構広いんですね。」
急かすつもりも、焦らすつもりも無いがどうしようもなくこれからが不安になるヒッキーは、酔いがひどくなるかも知れないにもかかわらず、馬車を操作するレフティスに話しかける。

「そりゃあ、王都に近いからな。」
馬車の操作をしているレフティスはこちらをチラリと見た後、静かにそう答える。

「へ?」
敬語から一転、突然のタメ口になるレフティスにヒッキーは混乱する。

「ああ! その… いえ、あの… 王都に近いですので…」
「はあ…」
慌てて敬語になるレフティス。普段、公爵の場で敬語を使い慣れてるはずなのになぜ…? 襲い掛かる酔いに耐えながらも少し困惑する。
レフティスのほうは「しまった…」と言った感じで、手で口を押さえている。 お客?のヒッキー達に自分が敬語を使わなかった事がそんなに悪い事だったのだろうか?

(ふん、まあいい… ここまでくりゃあ。もう同じだな)
さっきまで進み続けていたはずなのに、道の中央で急に止まってしまう。
そこは人気がほとんど無い廃れた市場だ… 

「あの、レフティスさん?」
もう王都へついたのか?あり得ないがそれを確認するためにレフティスに声をかけるが… なにやら様子がおかしい。 すると、彼は突然に笑い出す。

「くくく… レフティス? だれだそりゃあ?」
そのレフティスだった男は、罠に掛かった愚かな三人を滑稽そうに見る。その後、敵意の眼差しでにらみつけると大声で怒鳴り始めた。

「俺を愚国の参謀、レフティス=サルタマークなんかと一緒にするんじゃねぇ!反吐が出るんだよ!!」
「え?でも、自分でレフティスって名乗ってたような…」
まだ、騙されたという事に気づいていないヒッキーはとぼけた様に答える

「う、うるせぇ! …オラ!降りろ!!おとなしくしてりゃ、命はとりゃあしねぇからよ!」
鋭い指摘に少しうろたえるも、再度怒鳴りつけるその男…
ここへ来て今更ながらに気がついたけど… 僕達って嵌められた!? もしかしてこいつ等が僕達の戦うはずだった反乱軍?やばい… 外から先ほどまで無かった足音が多く聞こえてくる。
あの男の言葉を皮切りに、潜んでいた仲間が出て来たのだろう… どうしよう! 

「あわわわわ…」
「はぁ… 予想通り。」
「だね… まあ、分かってたんだけど…」
馬車の中でおとなしかった二人が、レフティスだった男の言葉を聞くと突然にそう答える。

「ああ? 今なんて言ったか? ぎょふ…!?」
ヒッキーはともかく全くうろたえていない二人を見て、気に入らない様子でにらみつけるが、その刹那。ギィの瞬速のとび蹴りを喰らい吹き飛んでいく。

吹き飛ばされたその男は。道の中央で仰向けに転がり、失神したのかピクピクと軽い痙攣を起こしている。
仲間が突然に吹き飛ばされたのを見て、驚いたような声が多数、外から聞こえてくる。

「五日ぶりの運動に丁度良い。 さて、戦るか!」
「まあ、良い運動になるけど。 弱い者いじめは嫌なんだけど…」
首をコキコキと鳴らしながら、帯剣を抜き、外の反乱軍に自分の戦意を伝えるギィ。ギャシャールもこの状況に全く危機感を感じていないようだ。そして、臨戦態勢に入る。
何だろう… 凄く生き生きしているような気がする… この二人。
最終更新:2008年06月24日 22:40
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