悲しみの翼 ◆HB6UlrC94Y
少女は、人ではなかった。
頭上には輝く輪を戴き、背中には二枚の翼を持っていた。
自らの存在を誇示するかのように、不可思議に煌めく白銀の翼。
その両翼で周囲の闇を切り裂きながら、シナプス最強の戦略エンジェロイドタイプαイカロスは疾走していた。
頭上には輝く輪を戴き、背中には二枚の翼を持っていた。
自らの存在を誇示するかのように、不可思議に煌めく白銀の翼。
その両翼で周囲の闇を切り裂きながら、シナプス最強の戦略エンジェロイドタイプαイカロスは疾走していた。
白い甲冑に包まれたほっそりとした体躯は、華奢な少女のものである。
だが、その両足がアスファルトを蹴り立てる轟音は、到底ただの少女のものでは有り得ない。
瞬き一つする合間にも、イカロスの身体は瞬間移動でもしたかのように前進し、その後には砕け散ったアスファルトの粉塵がたなびく。
だが、その両足がアスファルトを蹴り立てる轟音は、到底ただの少女のものでは有り得ない。
瞬き一つする合間にも、イカロスの身体は瞬間移動でもしたかのように前進し、その後には砕け散ったアスファルトの粉塵がたなびく。
周囲の耳目を大いに惹きつけるであろう、先程の大爆発。
それを我が身に集めるべく、イカロスはこうして囮としての役割を自らに任じていたのである。
周囲は開けた草原だ。
好戦的な人物であれば、こうして目立つイカロスの姿を捉え、狙って来るに違いない。
それを我が身に集めるべく、イカロスはこうして囮としての役割を自らに任じていたのである。
周囲は開けた草原だ。
好戦的な人物であれば、こうして目立つイカロスの姿を捉え、狙って来るに違いない。
「こうするしかなかった……こうするしか、なかったんです。マスター……」
しかし、そんな荒々しくも大胆な行動とは裏腹に、イカロスは悲しみに満ちた声を力なく漏らす。
つい先程、イカロスは隠れ潜んでいた人間と、機械仕掛けの従者を殺害した。
相手の動向を、確かめる事すらせずに。
それは平和を愛し、人を傷付ける兵器を何よりも嫌う智樹の意に反する行為だ。
決して許されるはずもない罪科だ。
それを理解していてなお、イカロスはそうせざるを得なかった。
つい先程、イカロスは隠れ潜んでいた人間と、機械仕掛けの従者を殺害した。
相手の動向を、確かめる事すらせずに。
それは平和を愛し、人を傷付ける兵器を何よりも嫌う智樹の意に反する行為だ。
決して許されるはずもない罪科だ。
それを理解していてなお、イカロスはそうせざるを得なかった。
かつて、己が兵器たる本性を智樹に見せた時、彼はそれを許してくれた。
本当はただの女の子でしかないのに、そんな機能を持たされている事が可哀想だと。
でも、お前のその力のおかげで友達が助けられる――そう、言ってくれた記憶(メモリー)はイカロスの記憶領域の
一番大切な所に保存されている。
嬉しかった。
主の意と共に、空を自由に翔ける喜びを、初めて得た。
本当はただの女の子でしかないのに、そんな機能を持たされている事が可哀想だと。
でも、お前のその力のおかげで友達が助けられる――そう、言ってくれた記憶(メモリー)はイカロスの記憶領域の
一番大切な所に保存されている。
嬉しかった。
主の意と共に、空を自由に翔ける喜びを、初めて得た。
だが、今の状況はその時とは違う。
大勢の参加者の中から、マスターだけを生き残らせる。
そんなエゴイスティックな目的の為に、イカロスは自分達と同じ立場の参加者たちを――罪もない彼らを虐殺する事を決意したのだ。
太古の昔、シナプスの尖兵として地上を焼き払った時のように、無慈悲な空の女王となって。
自分の本性は、やはり兵器でしかなかったのだと、イカロスはマスターに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
大勢の参加者の中から、マスターだけを生き残らせる。
そんなエゴイスティックな目的の為に、イカロスは自分達と同じ立場の参加者たちを――罪もない彼らを虐殺する事を決意したのだ。
太古の昔、シナプスの尖兵として地上を焼き払った時のように、無慈悲な空の女王となって。
自分の本性は、やはり兵器でしかなかったのだと、イカロスはマスターに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
他の道をシミュレートしなかったわけではない。
八雲紫なる女性との問答において、まず争いを回避しようとした者がいたように、この殺し合いを良しとしない者たちは
それなりにいるはずだ。
智樹ならば、そんな彼らと手を取り合い、この殺し合い自体を打開しようとするだろう。
それなりにいるはずだ。
智樹ならば、そんな彼らと手を取り合い、この殺し合い自体を打開しようとするだろう。
――だが、それでどうなると言うのだろう。
打開派と手を組めばあの時、殺し合いの続行を望んだ者たちを排除する所までは可能だろう。
しかし、ここは既に殺し合いのシステムの中なのだ。
いつまでも殺し合いが停滞していては《禁則》に触れてしまう。
打開派と手を組めばあの時、殺し合いの続行を望んだ者たちを排除する所までは可能だろう。
しかし、ここは既に殺し合いのシステムの中なのだ。
いつまでも殺し合いが停滞していては《禁則》に触れてしまう。
使える時間は有限。
その中で、あの八雲紫を打倒し、なおかつその間マスターの身の安全を保ち続ける……
そんな奇跡が起きる可能性は、ZEROに近いとイカロスの電子頭脳は算出していた。
その中で、あの八雲紫を打倒し、なおかつその間マスターの身の安全を保ち続ける……
そんな奇跡が起きる可能性は、ZEROに近いとイカロスの電子頭脳は算出していた。
なにせ、八雲紫の居場所すらわからないのである。
彼女に拉致された時も、今ここへと送られてきた時も、イカロスのセンサーは何の兆候も捉える事が出来なかった。
ならば、何かの奇跡が起こり八雲紫と対峙出来たとしても、次の瞬間には再びどこかへと落とされてしまうだろう。
そして、そここそが彼女の言うところの、地獄であるかも知れないのだ。
彼女に拉致された時も、今ここへと送られてきた時も、イカロスのセンサーは何の兆候も捉える事が出来なかった。
ならば、何かの奇跡が起こり八雲紫と対峙出来たとしても、次の瞬間には再びどこかへと落とされてしまうだろう。
そして、そここそが彼女の言うところの、地獄であるかも知れないのだ。
あの見せしめにされた男たちのように、大事なマスターが苦悶の絶叫をあげる様など、シミュレーションすら行いたくなかった。
しかも、それが五千四百万年も続くなどと。
7千万年前に建造されたイカロスには、その途方もない時間が実感出来る。
しかも、それが五千四百万年も続くなどと。
7千万年前に建造されたイカロスには、その途方もない時間が実感出来る。
八雲紫との対決の道だけは選べない。
それが、イカロスの電算能力が導き出した結論であった。
それが、イカロスの電算能力が導き出した結論であった。
その一方で、参加者たちの皆殺しという道も、実現困難である事は明らかだった。
最初の主従こそ予想外にも難なく殺せたが、何せ殺し合いと言うほどである。
決して、誰かが一人勝ち出来る様にはなっていない筈だ。
最初の主従こそ予想外にも難なく殺せたが、何せ殺し合いと言うほどである。
決して、誰かが一人勝ち出来る様にはなっていない筈だ。
それは、イカロスに施されたデチューンからも判断出来る。
イカロスが本来の能力を発揮すれば、このような会場はAporonの一撃で跡形も無く消し飛んでいる。
それをさせないように制限しているという事は、八雲紫が望む殺し合いとは対等な力関係を基本としているのであろう。
1組ずつ、確実に。
それがこの殺し合いの、デフォルトスタイルなのだ。
イカロスが本来の能力を発揮すれば、このような会場はAporonの一撃で跡形も無く消し飛んでいる。
それをさせないように制限しているという事は、八雲紫が望む殺し合いとは対等な力関係を基本としているのであろう。
1組ずつ、確実に。
それがこの殺し合いの、デフォルトスタイルなのだ。
「でも……それじゃ間に合わないかもしれない」
前述した通り、参加者を皆殺しにして智樹を救うというプランも、決して成功率が高い訳ではなかった。
時間を経る毎に、マスターが死ぬ確率は高まっていくのだ。
こうしてイカロスが走っている間にも、智樹に魔の手が迫っていないとは言い切れない。
時間を経る毎に、マスターが死ぬ確率は高まっていくのだ。
こうしてイカロスが走っている間にも、智樹に魔の手が迫っていないとは言い切れない。
マスターを護りながら、他の参加者たちを殺していくプランもあるにはあったが、マスターに静止された時点でイカロスには
行動の自由がなくなってしまう。
エンジェロイドにとって、マスターの命令は絶対なのだから。
故に、イカロスにとってマスターを救う道は『これしかなかった』のである。
行動の自由がなくなってしまう。
エンジェロイドにとって、マスターの命令は絶対なのだから。
故に、イカロスにとってマスターを救う道は『これしかなかった』のである。
だが、そうなると智樹の命運は、まさに運否天賦であった。
智樹は妙なバイタリティに溢れる少年ではあったが、能力的にはただの中学生に過ぎない。
どう見立てても最初の12時間を過ぎる頃には、生存率は半分を切っているだろう。
智樹は妙なバイタリティに溢れる少年ではあったが、能力的にはただの中学生に過ぎない。
どう見立てても最初の12時間を過ぎる頃には、生存率は半分を切っているだろう。
主の傍にいる事が出来ない以上、イカロスが取れる対策は、より早く他の参加者たちを皆殺しにする事だけだ。
イカロスが付近の参加者を殺せば殺すほど、智樹のエンカウント率は低下して安全となる。
だからこそ、こうして闇夜の中でも目立つ姿を晒しているというのに、一向に殺害対象を発見出来ない事にイカロスは焦りを覚えた。
イカロスが付近の参加者を殺せば殺すほど、智樹のエンカウント率は低下して安全となる。
だからこそ、こうして闇夜の中でも目立つ姿を晒しているというのに、一向に殺害対象を発見出来ない事にイカロスは焦りを覚えた。
「やはり……あの空に還らなければマスターは救えない……」
紅玉(ルビー)を大粒にカットしたかのようなイカロスの両眼が、夜空に輝く満月を捉える。
空の女王の異名通り、本来のイカロスにはマッハ24という高速で空を翔ける機能が備わっている。
それは単独で大気圏を突破し、宇宙空間への飛翔すらも可能とするほどの、驚異的な能力だ。
空の女王の異名通り、本来のイカロスにはマッハ24という高速で空を翔ける機能が備わっている。
それは単独で大気圏を突破し、宇宙空間への飛翔すらも可能とするほどの、驚異的な能力だ。
だが、いつのまにハッキングを受けたのか、現在のイカロスは兵装の展開はおろか、単純に飛ぶ事すら出来ずにいた。
走りながらもイカロスは自らのシステムをハックして、その制限を解除しようと試みていたのだが、電子戦に優れたタイプβニンフなら
いざ知らず、イカロスのハッキングは、遅々として進まない。
走りながらもイカロスは自らのシステムをハックして、その制限を解除しようと試みていたのだが、電子戦に優れたタイプβニンフなら
いざ知らず、イカロスのハッキングは、遅々として進まない。
「それでも、飛ばなきゃ……マスターを救えないエンジェロイドに価値なんて……ないっ!」
手段は、ある。
絡め手が駄目なら、力押しをすればいいだけだ。
制限で翼への動力供給が絞り込まれているというのなら、そのか細い動脈(パス)に無理矢理高出力の力を供給してやればいいのだ。
イカロスに搭載された動力炉は、シナプス最高の技術の結晶。
可変ウィングの核(コア)。
それはイカロスというフレームに、収まりきらないほどの出力を内在している。
だから、フレームへのダメージを度外視すれば、理論的にはそれは可能なのである。
そう、フレームへのダメージを度外視すれば。
絡め手が駄目なら、力押しをすればいいだけだ。
制限で翼への動力供給が絞り込まれているというのなら、そのか細い動脈(パス)に無理矢理高出力の力を供給してやればいいのだ。
イカロスに搭載された動力炉は、シナプス最高の技術の結晶。
可変ウィングの核(コア)。
それはイカロスというフレームに、収まりきらないほどの出力を内在している。
だから、フレームへのダメージを度外視すれば、理論的にはそれは可能なのである。
そう、フレームへのダメージを度外視すれば。
「可変ウィングシステムセーフティ解除、モードウラヌスクィーン――オーバードライブ」
決断を下すや否や、イカロスは自らを律する命令文(コマンド)を唱えた。
そのコマンドに従い、イカロスに内蔵された可変ウィングのコアは無限の力を翼へと流し込む。
それはイカロスの羽根を長く伸ばし、その翼を更に光輝かせる。
そのコマンドに従い、イカロスに内蔵された可変ウィングのコアは無限の力を翼へと流し込む。
それはイカロスの羽根を長く伸ばし、その翼を更に光輝かせる。
そして。
そして、限界を超えた力の発露は、やはりイカロスの身体を蝕むダメージとなってリバースする。
光り輝く羽根が大量に抜け落ち、全身の骨格が軋み声をあげる。
壊れた先から、自己修復機能で修復していくが、到底間に合うものではない。
光り輝く羽根が大量に抜け落ち、全身の骨格が軋み声をあげる。
壊れた先から、自己修復機能で修復していくが、到底間に合うものではない。
「アアッ! ウアアアアアアァァァッ!!」
痛みに強いイカロスでも、思わず悲鳴を漏らすほどの激痛が走る。
痛みとは、身体が発する危険のシグナルだ。
このままでは壊れる。
壊れてしまう。
そんなシステムが発する危険信号を、イカロスは意思の力で無理矢理抑え込む。
痛みとは、身体が発する危険のシグナルだ。
このままでは壊れる。
壊れてしまう。
そんなシステムが発する危険信号を、イカロスは意思の力で無理矢理抑え込む。
壊れてもいいと。
どうせもう、マスターに二度と褒めて貰えないのだ。
二度と叱ってもらう事も、頭を撫でて貰う事もない。
この身はただ、マスターを生還させるためだけのただの道具。
それを達成出来る時間だけ持てば、それでいい。
どうせもう、マスターに二度と褒めて貰えないのだ。
二度と叱ってもらう事も、頭を撫でて貰う事もない。
この身はただ、マスターを生還させるためだけのただの道具。
それを達成出来る時間だけ持てば、それでいい。
だいすきなマスターと、ずっといっしょに居たい。
そんな分不相応な望みなど、とうに捨てている。
そうでなくては、成らない。
そうしてすら、事は成らない。
そんな分不相応な望みなど、とうに捨てている。
そうでなくては、成らない。
そうしてすら、事は成らない。
悲壮な覚悟を決めて、エンジェロイドの本分を全うせんとイカロスは飛び立つ。
疾走の勢いを借りて、大空へと一歩踏み出す。
疾走の勢いを借りて、大空へと一歩踏み出す。
「戦略エンジェロイドタイプαイカロス、出撃します!」
◇ ◇ ◇
そして戦場の空に、空の女王は再び君臨する。
零れ落ちた雫は、そらのおとしもの。
零れ落ちた雫は、そらのおとしもの。
――さようならマスター。どうか生きて――生き延びてください。
【Dー4/空/1日目深夜】
【従:イカロス@そらのおとしもの】
[主従]:桜井智樹@そらのおとしもの
[状態]:オーバードライブ状態(現在『空の女王』になっており身体能力が上がっています)
[装備]:なし
[方針/行動]
基本方針:マスター以外の全参加者の皆殺し。
1:空から殺害対象をサーチする
2:掛けられた制限をなんとかする。
[備考]
※参戦時期はカオス戦(1回目)終了後です。それ以降の出来事はまだ知りません。
※このままだといずれ、身体が崩壊します。
[主従]:桜井智樹@そらのおとしもの
[状態]:オーバードライブ状態(現在『空の女王』になっており身体能力が上がっています)
[装備]:なし
[方針/行動]
基本方針:マスター以外の全参加者の皆殺し。
1:空から殺害対象をサーチする
2:掛けられた制限をなんとかする。
[備考]
※参戦時期はカオス戦(1回目)終了後です。それ以降の出来事はまだ知りません。
※このままだといずれ、身体が崩壊します。
| 前:血染め の ユフィ | 投下順に読む | 次:ボーダーオブライフ |
| 前:ある女の受難 | 時系列順に読む | 次:探し人は誰ですか |
| 前:そして1人しかいなくなった | イカロス | 次: |