雛鳥ステップ ◆b8v2QbKrCM




しばらく川に沿って歩いていると、舗装された道路に突き当たった。
林道というには太く、車両の行き来も考えられているようだ。
大阪は辺りをきょろきょろと見渡した。
右手には川を跨ぐ橋があり、左手には緩やかなカーブがある。

「ここが橋って事は、えっと……」

肩から提げていたデイパックを路傍に下ろし、地図を取り出す。
遊園地を出たのが十数分前。
まっすぐ北に進んでいると大きな川に突き当たったので、そこから川の流れる方向に歩いてきた。
つまり現在地はF-2の橋の傍。
この橋を渡れば街まで一直線だ。
街を目指すのならば進路は確定的だろう。
しかし大阪は、煮え切らない表情で地図との睨めっこを続けていた。

「このまま街に行ったほうがええんかなー……。
 地図の端っこまで行ってみたほうがええんかなー……」

今の大阪は他の参加者の現在位置を知る術を持たない。
故に誰かと出会いたいと望むなら、進む方向をしっかり考える必要がある。
傍から見れば、ハイキング中のただの女子高生が道に迷って地図を見ているともとれる光景だ。
無論、ここは平穏なハイキング場などではなく、凄惨なバトルロワイアルの舞台なのだが。

「やっぱ街かなー。人がいっぱいおった方が……」

がたん、ごとん。
気楽で規則的な音に気を惹かれて、大阪はふと顔を上げた。
架橋を列車が走っていく。
電車やー、と気の抜けた声。
確かに地図の上では駅も線路も描かれている。
だが施設があるのと、それが機能しているのとは別の問題だ。
ひょっとしたら廃駅・廃線だということもあり得る。
なので、実際に走行する列車を見つけたことは、大阪にとって純粋な驚きだった。

「列車に乗ってみるのもええかもなぁ。
 ……あ、でも切符とかお金いるんやろか」

大阪が妙に現実的なことに思考を傾けていると、突然列車に異変が起きた。
走行中だというのに開く扉。
数百メートル先からでも目立つ金ぴかの姿。
そして、列車から放り投げられた、別の人間。
列車が架橋の上を走り抜ける一瞬の間の出来事だったが、あんなものを見逃してしまうはずがない。
大阪は男が落とされるところから巨大な水飛沫が上がるまでを目で追って、ぽつりと漏らした。

「ひどいことするなぁ」



   ◇ ◇ ◇



男の落下から数分。
大阪は街へ続く道を外れ、鉄橋の下にまで足を運んでいた。
別に男の安否を気遣っているわけではない。
むしろ逆だ。
男が完全に死んだことを確かめるために、大阪はわざわざここまで来たのだ。
列車が走り去って、静けさを取り戻した河畔。
大阪はその河原で目を細めていた。
男の姿は見当たらない。
川に流されてどこかへ行ってしまったのだろう。

「まさに、げどーや」

自分の行いを棚に上げ、大阪は金色の人間を非難した。
あんな相手がいるなら気をつけないといけない――
そう考え、金色の人間の姿を思い出そうとする大阪だったが、浮かんでくるのは人の形をした金塊だけだった。
距離が離れていたこともあるだろう。
しかしそれ以上に、黄金の輝きがあまりにも強烈過ぎて、他の印象を全て塗り潰してしまっていた。
現在の大阪の認識では、さっきの出来事は『金色のヒトガタがおじさんみたいな格好の人を蹴り落とした』と変換されてしまっている。
イメージの内容が更に脚色されるのも時間の問題だろう。
例えば、ヒトガタが死んだ魚のような目をした猫らしき不可思議生命体に摩り替わるとか。

「……そや。なんか荷物とか落ちとらんかなぁ」

きょろきょろと辺りを見渡してみる。
男が蹴り落とされたのだから、ひょっとしたら男の荷物も一緒に落ちているかもしれない。
別に落ちていなくてもそれでよし、もしもあったら儲け物という程度の期待だったが、幸運とは重なるものらしい。
川岸から程近い水草の草むらに一振りの日本刀が引っ掛かっている。
水草に隠れて見えにくくなっていて、大阪が見つけられたのも偶然としか言いようがなかった。
せっかくそんなものを見つけられたのだ。
刀剣類の類は既にひとつ持っているが、手に入れられるものは貰っておいて損はないはずだ。

「でも届くかなー」

川岸から刀までは一メートルと十数センチといったところ。
決して長身とはいえない大阪の背丈でも腕を伸ばせば届きそうな距離だ。
大阪は制服の袖をまくり、水際に立った。
邪魔にならないようデイパックを河原に置き、腰を落として片腕を肘まで浸し、川底に手を突く。
その腕を支えに、刀に向けて慎重に手を伸ばしていく。
傾いた頭から石ころ帽子が滑り落ちた。
それを慌てて拾い、口に銜えて作業を再開する。

「はほ、ほうふほひは……」

指先が鞘に引っ掛かる。
意識と視線を手先に集中させているせいか、スカートの裾が濡れていることには気付いていないらしい。
それどころか、周りで起きていることすら視界に入っていないだろう。

「ん……はっ……」

水草の根元に絡まっている刀を指の力だけで引き寄せるのは意外と力が必要で、
運動不足で運動音痴な女子高生である大阪にとっては大変な重労働だった。
伸ばした腕も支えにしている腕もぷるぷると震え、今にも力尽きそうだ。

(ピストル撃つほうが楽かもしれんわぁ)

女子高生らしからぬ物騒な思考に浸りながらも、どうにか刀を近づけていく。
彼女の身体にもう少しの柔軟性があれば、多少は楽に事を運べたのかもしれない。
だが曲がらないものは曲がらないのだから仕方がない。
精一杯に身体を伸ばし、ようやく掌で握れそうなところまで引き寄せる。
そのとき、大阪のすぐ後ろで砂利を踏みつけるような音がした。

「はい?」

身体を捻るように、音のした方を見る。
――脚だ。
大阪は更に身体を捻り、脚の主の姿を視界に収めようとした。

「――あれー?」

支えにしていた腕が限界に達し、背中から水面に倒れこむ。
身体が川底に沈む直前の一瞬、大阪は見た。
とっくに死んでいたと思い込んでいた、緑の髪をした男の姿を。



   ◇ ◇ ◇



「へーちょ」

奇妙なくしゃみをして、大阪はぶるりと身震いした。
河原の砂利の上に直接腰を下ろし、目の前で燃え盛る焚き火に身体を晒している。
髪も服も余すとこなくびしょ濡れで、濡れていない箇所がひとつもない。
服を脱がずに身体ごと乾かしているのは、その方が手っ取り早いと考えたのか、単に面倒なだけなのか、
或いは焚き火越しに男と向かい合っているからなのか。

「間違いねぇ……雪走だ。だが、どうして……」

抜き身の日本刀を丹念に観察しながら、緑髪の男が呟いた。
結論からいうと、大阪はこの男に助けられていた。
大阪の肘までしかないような浅瀬でありながら見事に水没した大阪を、男は日本刀――雪走と共に引き上げた。
本人としては、別に助けておかない理由もない、という程度の認識だったのだろう。
あれから暫く経った今も刀に掛かりきりで、大阪には殆ど注意を払っていない。
大阪は男が用意した焚き火に手をかざしつつ、男の姿を観察し始めた。
どこからどう見ても一般人という風貌ではなかった。
体つきは物凄い筋肉質で、腰にはさっき拾った刀を除いても三本の日本刀が差されている。
体中傷だらけだというのに平然としているのも普通じゃない。
大阪が今までに何度か出会ってきた『絶対に勝てない』類の人間だ。


――男からすると、大阪を発見したのは単なる偶然であった。
川への落下を間一髪で逃れ、病院へ向かおうと移動していたところ、視界の端に奇妙なものが映った。
帽子を銜えた少女が、水辺で身体を伸ばして何かを取ろうとしている姿である。
それを見て、まさかと思い引き返してきたのだ。


「お、これはかなり乾いてきたな」

男が大阪に石ころ帽子を投げ渡す。
どうやらこの帽子の機能については何も気付いていないらしい。

「おおきに、えーと、マリモさん」
「第一声がそれかよ!」

狙い済ましたような呼称に憤ってはみたものの、何が悪かったのか本気で理解していない大阪の顔を見て、男は忌々しそうに顔を背けた。

「……ゾロだ。マリモは止めろ」
「なら、おおきに、ゾロさん」

渡された帽子を膝に置いて、大阪は焚き火に視線を落とした。
生乾きの枝が混ざっていたのか、奥のほうで火花が弾けている。

(これからどないしよ……)

体育座りの格好になり、帽子ごと膝を抱きすくめる。
今の状況は、大阪にとっては想定外もいいところだった。
男が、ゾロが生きていた事といい、刀を手に入れそびれた事といい、尽くが悪い方向に転がっている。
唯一つ、ゾロが無力な相手を手に掛けない性格なのが不幸中の幸いだった。
見た目通りのか弱い少女として振舞ってさえいれば、ここでゾロを敵に回すことはない。多分。
濡れ鼠になったのは運が悪かったと諦めて、適当にやり過ごすのが一番だろう。
自分は力ないヒヨコのようなものなのだ。
虎やライオンに襲われたら勝てるはずなどない。

「……ぃ……ぉい……おい!」
「……あっ、ちゃうんよ、寝てないんよ」

咄嗟にぱたぱたと手を振る大阪。
思索に没頭しすぎたのか、自分を呼ぶ声に気付くのが遅れてしまった。
ゾロは大阪を持て余しているのがありありと分かる表情になったが、すぐに気を取り直すと、手短に用件を切り出した。

「地図、見せてくれねぇか?」
「智頭? あー、地図。ええよー」

なるべく普段の自分を装って、デイパックから地図を取り出す。
わたしはフツーの人。
わたしは悪いことなんかしてない。
心の中で何度もそう言い聞かせながら、焚き火越しに地図を差し出した。
燃え盛る炎に晒された紙が、焦げ臭い煙を染み出させながら変色し始める。

「だあぁっ! 燃えるっての!」

ゾロは慌てて炎の上から地図を引き離した。
苦々しく大阪を一瞥するも、強く言う意味が無いと思ったのか黙って地図に目を向ける。

(病院かぁ。怪我しとるもんなぁ)

大阪はゾロの視線と地図を差す指から、彼が目指そうとしている場所を知った。
戦ったところを見たわけではないが、ゾロは間違いなく強い。
これだけの怪我をした上で列車から投げ落とされたのに、こうしてカクシャクとしているのがその証明だ。
でも――怪我をしているのは紛れもない事実だ。
あのケモノミミのお姉さんも凄く強かったけれど、戦い終わった後の隙を突けば、大阪でも簡単に命を奪うことができたのだから。
大阪は石ころ帽子をぎゅっと抱いた。
これは自分の命綱のようなもの。
被っていれば誰にも見つからなくなる、魔法の帽子。
さっきは間違って落としてしまったけれど、これからはそんなことをしないように気をつけなければ。

「……よし、記憶は間違ってねぇみたいだ。悪ぃな、ほら」

大阪は男から渡されたものを何気なく受け取った。
焦げかけた地図と、ずっしりとした重み。
川に落ちていたものとはまた別の日本刀が、差し出した大阪の手に乗せられていた。

「……ほぇ?」
「お前が先に雪走を見つけてたみたいだからな。
 雪走は絶対に譲れねぇから、そいつで我慢してくれ。悪くない刀だ」

ああ、そうか、と大阪はおぼろげながらに理解した。

――この人も何だかんだでお人よしなんや。

もう用件は済んだといわんばかりに、ゾロは無言で立ち上がった。
腰には雪走と言うらしい刀を含めて三本の日本刀を差している。
こんなに持っていてどうするんだろうと少し思ったが、問い質すほどでもなかったので、すぐに思考から追い出した。
今考えるべきなのはそんなことではない。

「じゃあな」

大阪に背を向け、立ち去ろうとするゾロ。
狙うなら、今。
カルラにそうしたように、後ろから、ぱん、ぱん、ぱん。
それだけでまた一歩、自分は生き残りに近付いていく。
大阪は石ころ帽子を手にとって、そっと頭に近づけて――

「そや、ゾロさん」

直前でその手をその手を止めた。
気だるそうに振り向くゾロに、大阪は満面の笑みを向けた。

「色々してもらったお礼や。危ない人のこととか教えてあげるわ」

奇妙な髪型をした男の人。
やたらとうるさくてむちゃくちゃ速い男の人。
赤いコートの指名手配犯――ヴァッシュ・ザ・スタンピード
物騒な右腕をした不良。
大阪は彼らについて知っていることをゾロへと伝えた。
――刀のお礼?
そんなことはない。
――親切心?
ありえない。
胸の内にあるのは、ただ、打算のみ。
あんなバケモノ達を全部自力で殺すなんて気が遠くなってしまう。
けれど勝てない相手同士が殺し合ってくれれば、それだけ自分が楽になる。
生き残った方も無傷では済まないだろうから、隙を突いて殺すチャンスも増えるだろう。
それでも、できればゾロに生き残って欲しいな、とは思う。
最後に残ったのがお人よしなら、後ろから撃ち殺すのも簡単だろうから。

「……最初の奴はもう死んでるはずだ」
「そうなん? よかったぁ」

(わたしは勉強も出来んし、運動もちよちゃんにだって勝てへん。
 帰りたいんならこれくらいせなダメなんや――)

笑顔の裏で少女は帰るべき風景を思い浮かべた。
何の変哲もない生活は、いつもと変わらない空気に満たされている。



空を支配する猛禽も、最初は無力な雛鳥である。
もしも変わってしまうものがあるとすれば、それは彼女自身に他ならないのだ――








【F-1 線路付近・河原/1日目 朝】



春日歩@あずまんが大王】
[状態]:健康、ずぶ濡れ
[装備]:グロック17@BLACK LAGOON(残弾17/17、予備弾薬39)、石ころ帽子@ドラえもん、 聖剣グラム@終わりのクロニクル
[道具]: 支給品一式×3<大阪、ジョルノ> 不明支給品(0~1)<大阪>、不明支給品(0~2)<ジョルノ>
モンスターボール(ピカ)@ポケットモンスターSPECIAL、君島邦彦の拳銃@スクライド、トウカの刀@うたわれるもの
[思考・状況]
1:生き残るために全員殺してギラーミンも殺し、現実に帰る。
2:あまりにも強そうな相手とは関わらない、あくまでも不意をつけば倒せそうな相手を狙う。
3:お人よしの集団に紛れるのもいいかもしれないが、あまり長い時間は居ない
4:ヴァッシュ、金色の人間(アーチャー)を警戒。
5:機会があれば積極的に殺しに行く。危なくなれば逃げる。
6:余裕があればカズマ、ヴァッシュ、ラズロの事について何処かにメッセージを残す。
  できれば殺し合って数を減らして貰う。
【備考】
サカキを榊@あずまんが大王だと思っています。
※『石ころ帽子について』
制限により、原作準拠の物から以下の弱体化を受けています。
大きな物音、叫び声などを立てると、装備者から半径30m以内にいる者はそれを認識する。
鍛えた軍人レベル以上の五感を持つ者に対しては、上記の制限(距離、"大きな物音、叫び声"の判定)がより強化される。
 (具体的には、より遠い距離、微かな気配でも装備者の姿が認識されやすくなる)
さらに、常人のそれを超えた五感を持つ者に対しては完全に無効。
※聖剣グラムは制限により意思が封じられています。よって一言も話せません。
※ゾロとの会話から、ラズロ(リヴィオ)は死亡したと思っています。
※今後の動向については次の書き手にお任せします。




ロロノア・ゾロ@ワンピース】
[状態]疲労(中)、全身にダメージ(大)、左腿に銃創
[装備]八千代の刀@WORKING!!、秋水@ワンピース、雪走@ワンピース
[道具]支給品一式(地図なし)、麦わら海賊団の手配書リスト@ワンピース、迷宮探索ボール@ドラえもん
[思考・状況]
 1:傷を治す為病院に向かう。
 2:ウソップの仇打ち
 3:ゲームにはのらないが、襲ってきたら斬る(強い剣士がいるなら戦ってみたい)
 4:ルフィ、チョッパーを探す
 5:クーガー、橘あすかにも合ってみたい。リーゼントの男にも興味
 6:金ぴか鎧(アーチャー)は次に会ったらただではすまさない。


 ※参戦時期は少なくともエニエスロビー編終了(45巻)以降、スリラーバーグ編(46巻)より前です。
 ※吉良吉影のことを海賊だと思っています
 ※黎明途中までの死亡者と殺害者をポケベルから知りました。
 ※入れ墨の男(ラズロ)が死亡したと考えています
 ※圭一に関しては信用、アーチャーに関しては嫌悪しています。
 ※雪走が健在であったことに疑問を抱いています。
 ※第1回放送を全く聞いていないので、ウソップ以外の黎明及び早朝の死亡者、
  禁止エリアを知りません。
 ※大阪(春日歩)から、危険人物としてクーガー、カズマ、ヴァッシュの情報を教えられました。
 ※大阪の危険性を認識していないようです。
 ※地図を見た上で病院に向かいましたが、正しく辿り着けるかは依然として不明です。




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最終更新:2012年12月02日 18:54