第二回放送 ◆T4kibqjt.s
正午になると同時に放送用のスイッチを入れる。
人間味のない平坦な声。
「ごきげんよう諸君。無事二回目の放送を迎えることができて嬉しいよ。
諸君もこの放送を聞けば生き残っている実感を得られるだろう?その感覚を忘れないでくれたまえ。
当たり前の話だが死んでしまえばもう何も感じることはできなくなる。
諸君が生の実感を持ち続けたいと願うなら、最後の一人になるしかないのだ。
もっとも願いは人それぞれだ。死んでしまった誰かを生き返らせるために最後の一人になるというなら、それもいいだろう。
いずれにせよ、諸君の奮起に今後も期待している。
では、禁止エリアと新たな死亡者の発表だ。
まずは禁止エリアから。
13:00からF-6
15:00からD-3
17:00からC-1
以上の三ヶ所だ。
但し、電車内に限っては禁止エリアであっても移動可能であることを伝えておこう。
もっとも、誰かに突き落とされるような場合には意味がないので危険には違いないがね。
次に死亡者を発表する。
以上だ。生存者は37名になる。
聞き漏らしはなかったかね。同じことを二度言うつもりはないので、聞き逃した情報は知り合いにでも教えてもらうことだ。
もっとも、その者が真実を伝えてくれるという保証はどこにもないがね。
まぁつまらない死に方だけはしないでくれたまえ。
それでは放送を終える。
六時間立ってもまだ生きている者がいたら、そのときまたお会いするとしよう」
語り終えたあと、余韻を持たせるような数秒の沈黙。
静かに放送用のスイッチを切る。
◇
バトルロワイアルの会場の遥か彼方、あるいは、極めて近くに位置する場所。
スイッチばかりがやたらと多い大型の装置にスペースの大半を閉められた狭苦しい部屋で、ギラーミンは備え付けの椅子を無視するように真っ直ぐに立っていた。
対面する機械は放送用のものである。たった今二度目の放送を終えた。
嘲るようでいて励ますようでもあり、それでいて冷たく突き放しているともとれる何とも捉えどころのない内容であった。
声色から意図を推し量ろうにも、口調はのっぺりとして平坦そのものであり、およそ感情というものが感じられない。
ただ、苦さにも似た渋味のにじんだ、低い、年齢を重ねた男の声であると知れるだけだ。
長身を覆う黒地のマントに同色のつば広の帽子。
目鼻を残して特異な衣装に隠されているため人相を知ることは出来ないが、その分細長い針のような視線の鋭さが際立っている。
冷徹さを隠そうともしない風体である。声だけ聞けば放送が彼の喉から発せられたことを疑う者はいないだろう。
しかし、中身に目を向けて見るとどうだろう。
容赦のない殺し屋を絵に描いたような風貌とあまりに印象が食い違っていないか。
復讐に身を焦がす者にしてはこれまで見せた所作はあまりに無味乾燥に過ぎはしないか。
人形のように血の通わぬ言葉からはおよそ意思というものが感じられず、入力された音声データを再生するプレーヤーの様に彼自身の存在は希薄だ。
あたかも、流された放送はギラーミンによるものではないかのように。
むしろ、誰によるものでもない言った方が正確かもしれない。
それほどに、これまでギラーミンが果たした仕事の価値は薄い。
少くとも彼自身はそう感じていた。
──いけ好かねぇ。
声には出さず胸中で呟く。視線はじろりと眼前の一点に注がれていた。
空きスペースに四角い、手のひら程の大きさの道具が置かれている。『シナリオライター』と言う名前らしいがライターというには少し大きい。
理屈は知らない。だがこの道具に台詞の書いた紙を入れ火を灯すと指定された者はその通りに喋る。
話者や細かい演出等をト書きとして組み込むことも可能であり、だからこそ『シナリオ』の名が付けられたのだろう。
火を灯している間しか機能しないとは言え、一度作動すれば支配を抜け出すことは難しい。
二度の放送と開幕の
ルール説明をこの機械の命ずるまま、自分の意思と関係なしにこなしたギラーミンは身を持ってそのことを実感していた。
次の放送が近づけばまた奴が、あるいはその手の者がシナリオの書かれた紙を持ってくるだろう。
面白みのない台詞と簡単な演出だけが書かれた、下らないシナリオを。
その時がくるまで、ギラーミンは特にすることがない。
これが、放送やルール説明の場における、彼のものとも思えぬ立ち振る舞いの真相であった。
奴、恐らくは奴らがどのような組織で、何を目的としているのかは知らされていない。
このライターはギラーミンに与えられたものだがそれが奴らの私物なのか、あるいは殺し合わせている連中に与えた支給品のようにどこぞから奪ってきたものかさえ分からない。
これまでの極僅かな接触で推測できることと言えば連中がとてつもなく慎重で用心深いと言うことだけである。
自分達が表に現れるようなことは極力避けどうしても必要な場合はギラーミンを間に立たせた。
ライターの力で自由意思と感情を奪ってしまえば情報流出の心配もあるまい。
ただでさえ連中とギラーミンの接点はこれまで皆無だったのだ。自分が出てきたからと言って奴らの影を思い描く者はいないと言っていい。
今回に関して言えばこれみよがしに演出された「因縁の再会」も良い隠れ蓑となるだろう。
なぜ自分をと、直接聞いたことがある。答えは一言だった。誰でも良かった、と。
殺し合うメンバーを見繕っている途中で偶々目についた。ギラーミンが選ばれた理由は本当にそれだけのようだった。
付け加えるとすればギラーミンの体質か。地球より遥かに引力の弱い星系出身のギラーミンは身体能力が地球人より圧倒的に低い。
地球人と正面から戦った場合、たとえ相手が子供でも勝つことはできないだろう。
しかし、射撃のような技能や知力に関して言えば劣るどころか並の者より余程切れる。
つまるところ、ギラーミンは反逆の心配なく使える便利な駒という扱いだった。
満足できる立場ではない。
とはいえ見返りが皆無という訳でもない。無事に目的を達成したときには莫大な報酬を約束されている。
ルール説明のときに語った脱獄からその後の生活にかけてのくだりは事実であり、胡散臭さを差し引いても魅力的な話ではあった。
今のところこれといったトラブルは起きていない。死亡者は順調に数を重ねている。
連中としては思惑通りと言ったところなのだろう。それが何なのかと言えば、まったく検討もつかないが。
知りたいとも思わなかった。少くとも今は。
自分から波風を立てて無駄に立場を危うくする必要はない。
ただ。
不思議と、このままつつがなくことが終わるとはまったく思えなかった。
──機械に任せて上手くいくと思わねぇこった。悪知恵はコンピュータじゃ弾けねぇぜ。
企むのが連中であれ、殺し合っている奴らであれ。
自分だったとしても。
ギラーミンは長い背を屈めて葉巻に火をつける。
打ち捨てられた燐棒が、ピンと尖った音を立てて宙を舞った。
【黒幕について】
ギラーミンの雇い主。
ロワ開催の目的、規模、正体等は一切不明。
また、放送意外にギラーミンに与えられた役割、権限についても不明。
【シナリオライター@ドラえもん】
見た目は普通のライター。シナリオを書いた紙を中に入れ火をつけるとそのとおりの行動を取らせることができる。
誤字があってもそのまま演じさせるといった融通のきかない面もある。
原作コミックスでは8巻「ライター芝居」に登場。
時系列順で読む
投下順で読む
Back |
|
Next |
第一回放送 |
ギラーミン |
[[]] |
最終更新:2012年12月04日 03:29